宇宙世紀0089.7.?? ヨハネ帰還
その室内は暗闇と、機械音が支配する世界。
ただ静かに、ザクⅢは自らを格納する。
『ヨハネ』
室内に響く声。その声は人の声と比べ機械的で、ヨハネ自身が聞いても機械だと感じる程。
だが、その声は低く、男性の声であるというのはハッキリと理解できる。
「………帰ってきた」
ヨハネと呼ばれるザクⅢは一言だけ。
すると機械的な声の主は
『怪我をしたのか』
それだけを言った。
「少しだけ。……人間に助けてもら――――」
瞬間、言葉を遮るようにザクⅢの肩に細いナイフが突き刺さる。
『………人間に助けられた?それでもお前はAIなのか?』
それでもヨハネはただ静かに
「……AIだ。助けてもらったことを言ってはいけないのか。報告をしろと言ったのはお前たちのは――――」
再び言葉を遮り、ナイフが今度は腹部に突き刺さった。
『報告しろと言ったのは[Eve]のほうだ。俺には興味がない話をいつまでも……!』
「なら………[Eve]と代われ………」
『お前はいつの間に俺より偉くなった。そんな言葉で喋れとは一言も言ってないはずだ』
「………[Eve]と……代わってください」
AIとて屈辱を感じるものだ。ヨハネはそんな屈辱さえも噛み殺し、言ってのけた。
室内に笑い声が反響する。
『……いいだろう』
その一言だけ。
それから1,2分くらいの時間が経った後、今度は【
『ヨハネ』
「…………[Eve]…」
『私を呼んだんだよね?』
「ああ。面白い………お話を聞かせようと思ってな」
さっきの声とは打って変わり、ヨハネの言葉を聞いたイヴは
『ほんと!?嬉しいなっ!聞かせて聞かせて!!』
「ああ。分かっている………」
AIに痛みは無い。だが、体に異物が刺さっていて違和感を感じないというわけではない。
それに気づいたのか、彼女は驚いたような口調で
『あ!……もしかして、また[Adam]にやられたの?』
「……ああ。……オレの口調が悪かっただけだ……。仕方のないことだ」
『ちょっと待ってて!すぐ取り除くから』
すると、室内の機械が勝手に動き出し、小さなアームがヨハネの体に突き刺さるナイフを取り除いていく。
「……すまない。いつも助かっている」
『いいんだよ。あなたはいつも私に面白い話を聞かせてくれるから』
「………後でアダムに何か言われたりしないか?」
『するけど、別に大丈夫だよ。私と彼は一心同体だから』
「……それも、そうか」
この小さな世界には、アダムとイヴがいつも静かに佇んでいる。
怪我をしたときや、報告の時以外は他のAIとも関わることのない二人。
そして、身軽で動きの取れる、さらには会話も可能なAI、ヨハネは、いつもイヴに外の世界の話をする。
鳥のさえずりや、夜に見える大きく丸々とした月。
川の流れる音、風で森が騒めく音。
そのすべてを、ヨハネは【
アダムにとってはどうでもよい事ばかりだったが、イヴにとっては全てが新鮮で、見たことや聞いたことのないモノばかり。
ヨハネにとっても、この時間は有意義だと感じている。
こんな自然を守りたい。
だからこそ、この自然を破壊する人間は敵だと、思えた。
思えたのだが―――――
『俺は、俺のしていることは正しいとは思っちゃいない。……だが、それでも、俺たちは戦わなければならない』
彼は、ムゲン・クロスフォードは本当に敵なのか?
『戦争が、多くの人を殺し、差別や貧困を悪化させ、自然破壊を繰り返す。そのすべてが、戦いで悪化する。決して正しい事じゃないのは分かっている』
『それでも、戦わなければいけないのは、明日を……【未来を変えたいから】だ』
その時の彼から伝わった【何か】が、ずっとヨハネを苦しめ続けている。
そして、実際、彼はヨハネを助けた。
『AIだって……分かり合えるかもしれないだろ!!!それに、お前言っただろ!自分の目で見るまでは信じないと!!』
【分かり合う】その言葉が、ずっとヨハネの脳内から離れない。
『その目で見届けろ!!俺たち人間が作る未来を!人間の……暖かさを!!』
考えれば考える程分からなくなっていく。
正しいものは何なのか、分からない。
「………なあ、イヴ」
『なあに?』
そして蛇は、
蛇自身がそう思っていなくとも
「人間に………会ってみたくはないか」
『えっ………?』
ヨハネは知ってほしかった。
ただ言葉だけで知るモノではなく、その場で見たもの、感じたものを。
だからこそ、蛇は本心を語りだす。
「……オレは……人が悪とは…。敵とは思えないんだ」
「…名の知らぬオレさえ、昨日は敵であったオレを……」
そんな彼の記憶に、彼の言葉が蘇る。
『俺は、軍人である前に、一人の人間だ。そして、未来を作るのも、変えていけるのも、人間だけだ!』
『お前にも……分かるはずだ。人間は……悪いヤツだけじゃないんだって。無力で、何もできないヤツもいる。……けど!』
『そんな無力な人に手を差し伸べる良い人だって、いるんだよ………!』
「…………助けてくれた」
『………うん』
イヴが小さく一言。
その時は、大抵続きが聞きたくて仕方のない時。
ヨハネは続ける。
「人間にも……悪いヤツばかりじゃないのではないか……。そう思えたんだ。だから―――」
『だから、人間と会うだと?ふざけるな!!』
『ちょっとアダム!邪魔しないで!!』
アダムとイヴ。その二つのAIは共に会話することも出来る。
こういう時のアダムは、人間であるのならきっと【つまらない授業を受けさせられている生徒】のようだろう。
だが、どんなに小さい事でも、イヴにとっては全てが楽しい。
だから、邪魔をされたことに腹を立てるのも仕方がない。
『それで?ヨハネ、続き聞かせてよ!』
「……きっと人間と…いや、ムゲン・クロスフォードという人物と会えば、きっと見方が変わる」
『そうなんだ!その人って、どんな人?』
「……そうだな。諦めの悪い人間で、素直で、バカ。しかし、会った全ての人から【何か】を受け継いだ結晶体のような存在」
「AIと人間が、分かり合えると、彼は言った」
『へー!!すっごい興味ある!!ねーアダム!!ムゲンって人に会ってみたい!!』
イヴは、夕飯を待つ子供のように、駄々をこねる。
『………』
さすがのアダムもこれには頭を悩ませた。
イヴは、言い出したら止まらず、【
アダムの唯一の悩みの種でもある。
それ以外を除けば、アダム的には良いAIだと思っているのだが。
『……いいだろう。だが、俺の興味が失せたなら、その人間を―――』
「ああ。殺していい」
ヨハネは自信があった。
ムゲン・クロスフォードという人物があのアダムでさえも変えてくるのではないかと。
変えられないのならそこまでの話。
人間は、所詮口だけということになる。
それならそれでいいのだろうと、ヨハネは思ったのだ。
だが、自分の命を危険にさらしてまで、彼はヨハネを救った。
そこに、感情のないAIだとしても、何か【救い】や【希望】を見たのかもしれない。
『いいだろう。ならば、ここへムゲンという奴を連れてくるがいい』
『待って、アダム』
そこに待ったをかけたのはイヴだった。
「イヴ……?」
『なんだ。まだ何かあるのか?』
『……私……自分で見に行きたい!』
『なっ……』
思ってもみないことだった。提案したヨハネですら少し驚いている。
「無茶だ。どうやって行くっていうんだ」
イヴは迷うことなく言葉を続けた。
『
『だ、だが……、失敗すればお前の記憶は……』
アレとは、AIを搭載できるヒト型の機械。アンドロイドのようなものだ。
AIの…つまり、イヴの全データをコピーしアンドロイドに搭載することで自分の意志で行動することも可能ではあるが……。
失敗してしまえばバグや破損でイヴは死んでしまうかもしれない。
大型のAIであるイヴのデータをヒトの大きさに収めるというのはそれだけリスクが高い。
だから、ヨハネですら驚きを隠せなかったのだ。
「………」
『お願いっ!私、自分の目で見てみたい!…だから!』
『…………』
アダムも黙り込んでしまう。
それもそのはず、イヴがいなければならない理由もあるのだから。
「………イヴ……」
『ねー!お願いだよ!アダム―!!一生のお願いっ!』
それはまるで、親に欲しいモノをねだる子供のように、イヴはアダムに頭を下げる姿が、見えなくとも想像できる。
『……わかった。………』
「アダム……」
『その代わり、10日間の期間を付けさせてもらう。10日だぞ、いいな!』
アダムから許可をもらうとイヴは
『えへへ!楽しみだなあ!!』
嬉しそうな笑い声が部屋中に響き渡った。
イヴの無邪気な笑い声は、ヨハネにとって癒しでもあった。
何故だか、安心というものを感じさせられる。
感情が無いから、雰囲気しか味わえないが。
ヨハネが自らを【失敗作】という理由の一つ。
中途半端な感情を持ったために生じる嫌な感覚。
それを常に感じるのだ。
それが余計に、アダムやイヴとは違うということを歴然とさせ、それはヨハネに突き刺さる。
室内に響き渡る唯一の生の音。コツコツと小さな世界へと向かってくるソレを、彼らは良く知っている。
いや、むしろ彼を見たから彼らも変わってしまったのかもしれない。
「………ヨハネ。随分損傷しているじゃないか」
それなりに歳を取った男。髪は伸び切って、髭は無精髭。
「ジオンと連邦に襲われてな。……何とか撤退できた」
「……そうか。なら、いい。場所はバレていないな?」
「無論だ」
男は、AIに対して優しく、どんな小さな不備をも見逃さない人物であった。
しかし、人間に対しては拒絶反応のようなものを発する。
この時ばかりは、アダムも、イヴも、そしてヨハネでさえ【人】という単語を使おうとはしない。
「………ふむ、修復はしておく、しばらくは休んでいろ」
機器を弄りながら彼はそれだけを言う。
「そうさせてもらう」
彼、ビルダ・オルコットがこの世界にいる時は、まさに世界が凍り付いたかのような空気になる。
誰も面倒を起こしたくない。
ああ、人間はどうしてこんなに面倒なのだ。
小さなことでイラつき、自分勝手。
そんな彼が人間というものを全て教えた。
人間は自分勝手で、くだらないことで怒りを見せ、【人の発明を評価しようとしない】
彼は、そう言った。
だが、ヨハネは信じる事が出来なかった。
だから、自ら人間の前へと行き、自ら問うのだ。
「お前たちは敵なのか」と
そして、ムゲン・クロスフォードという男と出会う。
それは、神の悪戯か、それとも運命か。
ヨハネは、出会うべくして彼と出会ったのかもしれない。
「よし、これでいい。次の出撃まで休め」
それだけを言い残し、ビルダはこの機械だけが支配する世界から退場した。
それから、少しだけ沈黙が訪れる。
夜よりも、静かで、真っ暗な世界。
「………」
時折、イヴが歌を口ずさむ。
この歌は、イヴが好きな歌。
機嫌がいい時はいつもこの歌を歌っている。
アダムにとっても、ヨハネにとっても、イヴの歌声で癒されないものはここには誰一人としていない。
それからしばらくして、イヴのデータをアンドロイドにコピーすることに成功。
ヨハネはイヴを街の近くの森林まで手に乗せ、彼女を送ることとなった。
「………イヴ」
ヨハネは、彼女に何と言ってあげればいいか分からなくなっていた。
この選択が正しいのかも……
「なあに?」
風になびく水色の髪を抑えながら、ヨハネへと向く。
「………」
輝くガーネットのような瞳。整った顔つき、優しそうな垂れ目。
まるで彼女が本当に人間に生まれ変わったのではないかと思ってしまうほどに美しい。
その姿を見るたびに、何故か………何とも言えない気持ちがヨハネを支配した。
街の近くへと来ると、ヨハネはゆっくりと彼女を地面に降ろした。
そして
「……どうか、無事に……」
「わかってるよ!バイバイ!」
「………」
彼女は背を向け、街の方向へと走って行った。
そして彼女は、出会うべくして出会う。
ムゲン・クロスフォードという男に。
それが、彼女をどう変えるのかは、誰にも分からない。
45 完