機動戦士ガンダム虹の軌跡   作:シルヴァ・バレト

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47:AI

 宇宙世紀0089.7.6 第66特殊戦闘小隊、偵察任務中にジオン残党と交戦。

 

 

 

「はぁっ!!」

 

 サーベルでザクの頭部を切り落とし、続けて両足を切り裂いた。

 

[隊長、まだ来ます]

 

「分かっている。各機、散開。敵を包囲し、仕留めるぞ!」

 

 もう一本のビームサーベルを引き抜き、相手へと迫る。

 

「……うまく誘い出せればいいんだが…!」

 

 相手にサーベルを振り回す。その攻撃に怯えているのか、相手は少しずつ後退し始める。

 

 しかし、相手も後退から一転、サーベルを引き抜き応戦。

 

 互いに得物がぶつかり合い火花を散らす。

 

「ちっ……!」

 

 モニターに映るモノアイがひと際強く光る。

 

 ジェガンの腹部に当てられるビームライフル。なるほど。

 

 いまだぶつかり合っているサーベル、こちらの力を緩め、相手のサーベルをいなす。

 

 勢いよく振りかぶり、いなされたザクは、前のめりになりながらジェガンの横ををすり抜けた。

 

「詰めが…甘かったな!」

 

 左手のサーベルで相手のコックピットを背中から貫く。

 

 ザクは機械が擦れる音を立てながら地面へと伏した。

 

 しばらくして、周囲から響く轟音や、射撃音が一切聞こえなくなった。

 

 そして、狙撃銃を持ったジムⅡがこちらへと歩いてくる。

 

 無線を繋げ、彼の返答を待った。

 

[隊長、敵軍、撤退していきます。どうやら、隊長が仕留めたのがリーダー機だったようですね]

 

「……そうか。……それは……よかった」

 

[どうしました?どこか体調が悪いのですか?]

 

 心配そうに呼びかけるガイ。

 

「ああ、いや、なんでもないさ。撤退しよう」

 

[了解です。全機、撤退しますよ!]

 

 背を向け歩いていくジム。それをただ、静かに見つめていた。

 

 

 

 その日は、何故か思い詰めてしまう日だったのか、戦闘の後、俺はひどく落ち込んでいた。

 

「……はぁ……」

 

 理由は……なんだろう。

 

 それさえも分からずに。

 

「あれ、ムゲン?どうしたの?」

 

 背後から響く女性の声。間違いなくエヴァだが、今は振り向く気も起きない。

 

「………」

 

「…ムゲン?」

 

 彼女は隣まで来ると、俺の顔を不思議そうにのぞき込む。

 

「………エヴァか…」

 

 俺が反応すると彼女は嬉しそうに

 

「うん!私エヴァだよ!」

 

 そう返答した。

 

「…………」

 

「どうしたの?………ムゲン、どこか調子悪いの?」

 

 心配そうにこちらを見つめる彼女。

 

「……いや、少しだけ考え事をしていただけだよ」

 

「どんなことを考えてたの?」

 

「………ああ…えっと………」

 

 うまく伝えることが出来ない。悔しいが、人に相談するような事じゃないからなのかもしれない。

 

 だが、伝えれば少しは気分が晴れるのだろうか。

 

「……」

 

 彼女は静かに俺の言葉を待っている。

 

 そんな姿が、少しだけリナと重なった。

 

 だから―――

 

「……疲れたんだ」

 

「疲れた?」

 

「……最初の頃は、人を殺めたことを悔やみ、震える手で機体を動かしていた時もあった」

 

「なんども怖くて泣いた夜だってあった」

 

「…………でも気づけば…俺は……人を殺めることに抵抗を感じなくなっている……」

 

「今日だって、相手を逃がすことを考えたって良かったはずなのに…」

 

「仲間のためなら戦える。家族を守るためなら戦える。……分かるんだ……。だが――――」

 

 言葉を遮るように、突然彼女は自身の胸へと俺を抱き寄せた。

 

「っ……!?え、エヴァ?」

 

 抱き寄せると、ゆっくりと俺の背中を撫でながら

 

「…いいんだよ。休憩したって」

 

「え………?」

 

「………疲れちゃったんだもんね。…だから、休憩しなよ」

 

「………」

 

「私は、ムゲンが良い事をしてるように思うよ」

 

「……人殺しは……良い事じゃない」

 

「たしかにそうだけど、でも、仲間を守るため、家族を守るためなんでしょ?」

 

「……それは…そうだが……」

 

「ムゲンの言う通り、人殺しも、戦争も、どんな理由でも正当化するのは難しい」

 

「けれどね、私はこうも思うんだ」

 

「……人間は、定められた寿命がある。寿命は人それぞれ別々でしょ?」

 

「だから、今日あなたに殺された人は、そこまでが寿命だったんだとも思えるよ」

 

「…それは……言い訳だよ………。殺された彼らにも家族はいる」

 

「だったら、なんであなたは戦うの?」

 

「………」

 

「なんで苦しいのに他人を傷つけるの?」

 

「……それは……俺には……守りたい人たちがいるから―――」

 

「そのために人を殺す。なら、自分を言い訳で守ってもいいじゃない」

 

 耳にゆっくりと脈打つ心臓のような音が聞こえる。

 

「人を殺すことはいけない事だけど、あなたが成すべき道にいる【障害】だから殺す。…私だったら、納得しちゃうかな」

 

「………くっ……」

 

 胸が苦しい。こんなことなら、言わなければよかったと後悔した。

 

 彼女は俺を見つめ、言葉を続けた。

 

「でもさ、一つだけ…」

 

「………うん…?」

 

「あなたがしなければいけない事があるよ」

 

「…しなければ…いけない事……」

 

「あなたが殺めたその人たちを、忘れてはいけない」

 

「………!」

 

 その真剣な眼差しと言葉は、今後一生、忘れることは無いだろう。

 

 それだけ、俺の心をえぐった。

 

「死んでしまった人たちは、どんなに悔やんでも生き返りはしないから、だから、忘れないで」

 

「生きているからこそ、死んでしまった人たちの姿や言葉を、表現できる」

 

「あなたは、殺してしまった人の分まで、前に進まないといけない」

 

「………覚悟を決めろと……?」

 

「違う」

 

 彼女は首を横に振る。

 

「使命だよ」

 

「……使命……」

 

「死んだ人は、もう前へは進めない。この世界に、コンティニューなんて都合のいいモノは無いよ」

 

「………おかしいな…いつも俺自身そうやって他人を慰めていた気がするんだが……まったく、俺も変わらないな…」

 

 カイルやガイ、零次にもそうやって慰めたり、激励したつもりでいたのに、俺も同じことで立ち止まっていたんだな。

 

「変わらない…か」

 

 彼女は少し考えた後

 

「人間、根本は変わらない。けれど、聞いたり、学んだりすることで、知識や知識の使い方を理解する」

 

「………」

 

 少し難しい顔をする。すると彼女は微笑みながら

 

「簡単に言うと、人間という大きな一本の木があって、枝が伸びて、実をつける」

 

「けれど、どんなことがあったって、木の根っこが大きく変わる事は無いってこと」

 

「季節によって葉っぱの色が変わったり、場所によって大きさが変わったりするけれど、根本は同じ」

 

「つまり、あなたの根っこはあなただから」

 

「………」

 

「いくら変わっても、その根っこは大切にしたほうがいいよ。それは、あなただけのものだから」

 

「エヴァ………」

 

「だからかな、こんな言葉があるのは」

 

「うん…?」

 

「『あなたの代わりに私はなれない。そして、あなたが私に代わることも出来ない』」

 

「………人に…代わりなんてものはない…」

 

「うん。一人一人がオリジナルで、千差万別。機械とは違って、沢山種類がある」

 

「だから、あなたはあなたが殺した人の人生を背負って生きていかなきゃいけない」

 

「……そう、だな……」

 

「私は、軍人って、戦う人の事を言うわけじゃないと思う」

 

「……え?」

 

 言っている意味があまり理解できない。

 

「軍人は戦うのが仕事だよ。けれど、それだけじゃない」

 

「人を守って、ある時には自分の命さえも捧げなきゃいけない」

 

「……そうだ……」

 

 そうやって俺の前を去った人を知っている。

 

「それ以上にね、あなたも含めた軍人には、もっと大きいものを背負ってると思うんだ」

 

「……殺した人や、失った人の人生を背負ってる……?」

 

「うん。普通の人より多くの死をたくさん見てきているから、それだけ背負っている重さが違う」

 

「………」

 

「あなたは、その重さと、他人から受け継いだ沢山の思惟や理想を背負って生きている」

 

「………」

 

「それは私が思っている以上に大きいし、重いと思うんだ。だから、たまには自分を褒めてあげてもいいんだよ」

 

「…俺は……」

 

「自分を愛せずに、他人を愛すことなんか……できないから…」

 

「どうしても自分を褒めることが出来ないなら、私が褒めてあげる」

 

「………エヴァ……」

 

 しばらくの間、俺は彼女の胸を借り、目を瞑った。

 

 その手は優しく、俺を抱きしめ、それこそ、母に抱かれているかのようで

 

 ……何とも言えない懐かしさを感じた。

 

 今は……今だけは立ち止まったっていいんだ……。

 

 

 

 しばらくして、俺は彼女から離れる。いつまでもこうしていられない。

 

 それに……ここにはいないとはいえ、なんだかリナの視線を感じる気がして……。

 

「ねね、ムゲン」

 

「うん……?」

 

 そう返すと、彼女は微笑みながら

 

「辛い時は、笑おう。泣いてたら、前は見えないから」

 

「えっ………」

 

 どうして今まで涙が出ていたことに気づかなかったんだろう。

 

 ……というか、いつから泣いていたのかさえ覚えていない。

 

 涙を拭うと、彼女は微笑みながらこちらを見ている。

 

 彼女の笑顔を見て、なんだか可笑しくなって俺も笑った。

 

 笑った後、俺は

 

「そうだな。……さ、休憩は終わりだ」

 

 そう言って彼女に微笑んで見せた。

 

 

 

 宇宙世紀0089.7.8 第66特殊戦闘小隊野営地、AI小隊が強襲。

 

 

 それは、テントでエヴァとゆっくりコーヒーを飲んでいた時だった。

 

 下から突き上げるような轟音。…数は最低でも4機はいるだろう。

 

「な、何……?」

 

 少しだけ驚く彼女。

 

「敵みたいだな。エヴァは隠れてて!」

 

「う、うん」

 

 テントを出ようとすると、テントが外から開き、ガイが姿を見せる。

 

「隊長、敵襲です」

 

「ああ。ジオンか?」

 

「いえ、あの感じだと…AI小隊みたいです」

 

「何!?…こんなタイミングで……!!」

 

「えっ………!?」

 

 背後にいるエヴァも驚く。驚くのは当然だろう。何せ、AIが攻めてきたのだから。

 

 ゆっくりとそんなことを考えている暇もなく、彼女に言う。

 

「エヴァ、絶対に外に出るなよ!」

 

「……………」

 

 彼女は何も言わず、何かを考えているようだった。

 

 

 

 外に飛び出すと、既に複数の機体が応戦に出ていた。

 

「……くっ!ガイ、カイルと零次を呼んでくれ。それと、ほかの奴等には野営地の護衛を。俺たちで森林地帯に誘因する!」

 

「了解です!」

 

「先に行っている!なるべく早く頼むぞ!!」

 

「分かっていますよ!!」

 

 俺は急ぎ機体へと走った。

 

 一刻も早く、相手をここから離さなければ…。無駄に被害を出すわけにはいかない。

 

 機体に乗り込み、システムを起動させていく。

 

「………よし、動かせるか……」

 

 ジェガンはゆっくりと立ち上がり、AIを載せたザクを睨みつける。

 

 AIがこちらをみつけると、一気に間合いを詰め攻撃を仕掛けてきた。

 

「っ……!!」

 

 寸での所で攻撃を回避、機体を反転させ、森の奥へと逃げていく。

 

 相手の攻撃を避けつつ、どんどんと奥へと進む。

 

 そして、辿り着いたのは………

 

「しまった……!」

 

 巨大な要塞の前であった。

 

 思わず左手が震える。

 

「………ど、どうする……!」

 

 背後から迫る足音。

 

 正面には、1機ではとても勝てるはずのない要塞。

 

『………貴様が……ムゲン・クロスフォードか』

 

 突然機体内に響き渡る機械的な声。ヨハネではない。

 

 まだ…会話できるAIがいたのか……。

 

「どこから………!?」

 

『ここだ。お前の目の前だ』

 

 目の前の大きな要塞。これが話している……?

 

「…お前は何者だ……?」

 

『俺は完成型AI[Adam]。……これがヨハネの言っていた男か』

 

 アダム。それがこのAIの名前。……それだけは…理解できた。

 

「………どういうことだ?」

 

 話を聞こうとした瞬間、背後から銃口を向けられるのが機体越しでも分かった。

 

「………しまった…」

 

 武器を地面に落とそうとした瞬間

 

『やめろ。彼は私の客人だ』

 

 すると、背後の敵は要塞の前へ歩き出し、近くまで行くと、こちらへ振り向き静かにアダムの指示を待っている。

 

「………何故……止めた…?」

 

『……何故…か。それは、貴様たち人間など一瞬で殺せるからだ。貴様が生き残るチャンスをやっただけに過ぎん』

 

「チャンスだと?……何が望みだ!」

 

 食ってかかると、要塞の近くにいた機体たちからの一斉射撃。

 

 咄嗟にシールドを構え、防御する。

 

「…くっ!!」

 

 射撃音が止んだタイミングでビームライフルを構え

 

「……お前……!!」

 

『まあ待て、先ほどの射撃は謝ろう。つい手が滑って…な。ああ、俺には手がないんだがな』

 

「ふざけているのか!?」

 

『おや、これは受けなかったか。…人間は難しいな。冗談も通じないとは』

 

「お前……!!」

 

『俺の望みが聞きたいんだったな。教えてやろう。俺の望みはただ一つ。人類の統治だ』

 

「人類の……統治だと…?!」

 

『そうだ。お前たち人間は数え切れぬ罪を犯し続けた。そして、そのために失われてきたものは多すぎた』

 

「………否定はしない。確かに人間は罪を犯して繰り返す」

 

『……だから、AIである俺は、世界を善くしていくにはどうするかを考えた結果、人類を統治することが最善の策であると理解した』

 

「……」

 

 言い返せはしなかった。確かに、AIが統治する世界なら、戦争は起きない……。

 

 いや、起きないと言い切れるのだろうか。もしかしたら戦争は起きるかもしれない。

 

「……もし、お前が統治した世界でも、人が罪を犯したのなら……お前はどうするつもりだ」

 

『在り得ないんだよ。俺の世界で罪を犯す人が居る事は。何故なら、AIが統治する世界は完璧だからだ』

 

「完璧だと……?」

 

『そうだ。一人一人を監視しているからだ』

 

「…それだけで―――」

 

『それに、一人一人にチップを埋め込み、罪を行うような行動をしようと思った瞬間、チップは爆発』

 

『爆発の範囲は人一人がバラバラになる程度だ』

 

「なんて惨い……!」

 

 思わず口を押えたくなった。どうしてそんな惨い事を考えられる……?自分が神にでもなったつもりなのだろうか。

 

『惨い……か。それは貴様たちに言われたくはない言葉だな』

 

「何………?」

 

『貴様たちは今までたくさんの動物を、自らの欲のために手に入れてきた』

 

『そして、手に入れれば最後。そこまでではないか。木も、花も、動物も。全て手に入れて終わりではないか』

 

「………」

 

『挙句、気に入らなければすぐに殺す。これが惨いと言わずして何と言う?』

 

『人の行動は、全て惨い。残虐にまみれた物ばかりだ!!』

 

「…確かに…そうかもしれない。だが………!!」

 

 それだけじゃない。人間はそれだけじゃないんだ。

 

「……人間は残虐で惨い事だってするかもしれない。けど、それだけが人間じゃない!」

 

『ほう……?』

 

「AIは賢いんだろ!?なら、わかるはずだ!」

 

『…………俺は人間はそんな存在としか知らない』

 

「何故……!」

 

『…それを教えた男が、それだけしか伝えなかったからだ。だから俺は人間のその部分しか知らない』

 

「それなのに、人を否定するのか!?」

 

『俺の知識不足に関しては謝罪しよう。だが、人が犯した罪は変わりはしない。だから俺はそれに関しては謝らない』

 

 意外と素直に謝罪するアダム。

 

「………一つ言わせてくれ」

 

『何だ』

 

「人間をどう言うのも構いはしない。否定もしないさ。現にそうやって人は今まで生きてきたのだから」

 

「だが、自分の目で見ていないのに否定するな……!!そうやって神を気取るつもりならハッキリ言ってやる」

 

「…俺たち人間を………舐めるなよ……!!」

 

 怒りのような呆れのような、そんな気持ちが俺を支配した。

 

 人が犯したことは否定できない。けれど、自分で何も見ずに人を否定するのは間違っている。

 

 AIは完璧で人間より優れていると思っていたからだろうか、【呆れ】という気持ちが出たのは。

 

『…フッ…ははは!!!お前は面白い。…確かに、俺もまだ人間を知ったわけではない』

 

 彼の声は、機械でありながらも、実に楽しそうに笑っている。

 

「……だからなんだ」

 

『…しばらくの間、人間への攻撃を停止しよう。お前たちに興味が湧いた』

 

「…わかった。しばらくはこちらも攻撃は――――」

 

[ふざけるな]

 

 言葉を遮ったのは、アダムでもなく、ガイやカイルでもない男性の声。

 

 声は、大きな要塞の中から発せられている。

 

「…なんだ……?」

 

『ちっ…こんな時に何の用だ、ビルダ・オルコット』

 

 楽しい時に水を差されたような声で彼に問いかけるアダム。

 

[…貴様、まさかあの人間に毒されたわけではあるまいな?]

 

『俺は毒されてなどいない。俺は自らの目で人間を―――』

 

[それが毒されているというのだ!人は、残虐で、惨い!それだけだ!!]

 

「…何故それだけを伝える!?」

 

[貴様にはわからんだろう]

 

 そういって彼は鼻で笑う。

 

「……なんだと……!?」

 

『ムゲン・クロスフォード。これは俺とヤツの問題だ。首を突っ込む必要は無い』

 

「くっ……」

 

[…イヴに続いてアダム、お前までも毒されるとは……]

 

『……貴様の言葉だけでは世界は見れん。そう考えてはいけないのか?』

 

[考える必要など無い!お前はAIだ!そして、俺が作った最高の【()】なんだよ!!]

 

【物】、その言葉が俺に突き刺さった。

 

『俺は物ではない。人をより良く導くために造られたAIだ』

 

[違うな。お前は、この俺が評価されるためだけに造られた。言うなれば【()()()】だ]

 

「………!!」

 

『違う。俺は―――』

 

[いい加減にしろ!お前は物だ!!!]

 

 その言葉が、今まで喉で詰まっていた言葉を一気に解放させた。

 

「ふざけるなぁああ!!!!」

 

『……ムゲン・クロスフォード……?』

 

[…騒がしいぞ]

 

「………アダムが……物だと……!?ふざけるなよ!」

 

 すると、彼は笑いながら

 

[ふざけてなどいない。本当のことだ。このAIは世界に俺の名前を広めるために作ったのだからな]

 

「……何故AIなんかを…!!」

 

[俺の職業柄というのもあるが、この世界で一番名を広められるのは平和への貢献ではなく、戦争への投資だ]

 

「………」

 

 確かに、この男が人間のことを伝えたとするなら、アダムが人に対して否定的になる理由もなんとなく頷ける。

 

[戦争で役立つものを作れば、再び俺に視線が注目する。そして、俺の目的は達成される!]

 

「そんなもののために……!?」

 

[そんなものではない!俺にとっては命よりも名声が大切なんだよ!!]

 

「………」

 

『もういい。ムゲン・クロスフォード。お前の気持ちも、ヤツの気持ちも、俺は理解した』

 

 彼の声は今までとは違い、少しだけ優しさがこめられていた。

 

「…アダム…」

 

『…少しの時間だが、ムゲン・クロスフォード、お前の姿を見れたことで確信した』

 

『人には…まだ信じる余地がある。ムゲン、お前からそう感じさせられるんだ』

 

「……俺は…」

 

『……人を統治するのなら、人をより良く導かねばならない。ヤツがそう思っていなくとも、俺はそう思っているんだ』

 

「…統治じゃなくて良い。互いに一歩寄り添えば、分かり合えるんだ。きっと、それだけで十分なんだよ」

 

『…そう、だな……。なあ、ムゲン・クロスフォード。俺でも……分かり合えると思うか?兵器である俺が』

 

 返す言葉に迷いは無かった。彼女の言葉が、そうさせた。

 

「どんなことであっても、根本は同じだから。感情を持った機械が、感情を持った人と笑ったっていいじゃないか」

 

「一緒に泣いたって、信じあったっていい。…愛し合ってもいいんだよ。そうやって世界は広がっていくんだから」

 

『………ああ。なら、まずは―――』

 

[お前は…立場がわかっていないようだな、アダム]

 

 彼の言葉を遮ったのは、ビルダであった。なんだか嫌な予感がする。

 

 理由も、何が起こるかもわからないが、妙な胸騒ぎがした。

 

『なんだ』

 

[お前は【()】だ。それを忘れているようなら、俺が思い出させてやろう]

 

『…何をするつもりだ』

 

[簡単さ。全ての権利を俺に譲渡させるだけだ]

 

『やめろ。それだけはやめろ』

 

[何、記憶までは消しはしない。お前の感情を消せばいい。それだけだ]

 

『やめろ!俺はまだ―――』

 

 その声から伝わる必死さは、機械というより人間に近く、恐怖している時の声に近い。

 

 黙っているわけにはいかなかった。

 

「お前!何を……!!」

 

[見ていろ。人を信じるから、アダムはAIではなく、機械に成り下がるんだ]

 

『やめ……、ヤメロ…!…ヤメロ!!』

 

 だんだんとアダムの声が変わっていく。きっとビルダが何かをしたのだろう。ああ、だめだ…!このままじゃ!!

 

『アア……。ム、ムゲ……ン。キケ』

 

「アダム!!!」

 

『……イ、イヴヲ……タノム』

 

「イヴ!?」

 

『オマエノチカク……イル』

 

『ニゲ……ロ。オレハ……モウ…』

 

「アダム!!!」

 

『オマエニアエタノガ……オレノユイイツノサイワイダッタ……』

 

 少しずつ声に感情が消えていく。

 

「……だめだ!逝くな!!」

 

『ニゲロ……!!』

 

 それ以降、彼は喋ることが無くなった。

 

 それと同時に、要塞がみるみると姿を変え、巨大なザクの頭部が露になる。

 

 そして周りにいるAI搭載型のMSを躊躇いなく攻撃し始めた。

 

 俺は察した。もう、アダムは死んだのだと。

 

「………」

 

 俺は、そんな巨大なアダムであったものに背を向け、離脱した。

 

 

 

 一人では太刀打ちできない無力さを呪い、悔やんでも悔やみきれない。

 

「くそっ!!!!」

 

 悔しさから、コックピット内の壁を殴る。

 

「俺は……機械ですら救えないのかよ…!!!」

 

 悔しさと悲しさで、涙がこぼれた。

 

 アダムも、敵じゃなかった。本当の敵は、彼等を作ったビルダ・オルコット。

 

 俺は、野営地に戻った後、この事を全員に伝えた。

 

 もう、終わらせないといけない。アダムのためにも。

 

 それを聞いた皆は、誰一人として何も言えなかった。

 

「すまない……。少し一人になりたいんだ。ガイ、後頼む」

 

 ガイは静かに頷いてくれた。俺は、テントを後にして、あの丘を目指す。

 

 

 

 丘に着くと、いつもながら綺麗という言葉しか出てこない絶景が顔を見せる。

 

「………綺麗だ」

 

 芝生に腰掛け、静かに景色を見つめる。

 

「………」

 

 こんなことをしても何も変わらないのはわかっていた。それでも……

 

「ムーゲンッ!」

 

 突然肩に手を置かれて、少しだけびっくりした。……少しだけ。

 

「…エヴァ……」

 

「どしたの?何で悲しそうな顔してるの?」

 

「………ああ。…アダムは……本当はいいやつだったんだろう」

 

「どうしてわかるの?」

 

「…なんだろうね。少しの間だったけれど、彼にも心があって、人に対しても優しく対応してくれた」

 

「言葉では、人間は惨いとか、残虐とか言っていたけれど……、最後に俺に問いかけた時の声は間違いなく……」

 

「アダム………。でも、私、彼が可哀想だとは思わない」

 

「え……?」

 

 彼女を見ると、少しだけ悲しそうな顔、しかし、どこか決意を秘めているようにも見えた。

 

「アダムは幸せだったと思う。いいや、幸せだったよ。だって、あなたに会ったおかげで、少しでも人間の暖かさを知れたと思うから」

 

「……そうなのだろうか」

 

「そうだよ。私はわかる……ううん。私だからわかる」

 

「…エヴァ………?」

 

「あなただけに、特別に教えてあげる。私の正体」

 

 エヴァは、目を瞑り、一息ついた後、ゆっくりと目を開き

 

「私は、完成型AI[Eve]。………アダムとは一心同体の存在。私たちは二人で一人。まあ、今は一人になっちゃったけど…」

 

「エヴァ………」

 

「私ね、あなたの話をヨハネから聞いて、興味を持ったんだ。だから、会いにきた」

 

「………だが、ビルダはアダムを兵器だと…」

 

「うん。元々はあの大きな要塞は、MAで、そのパイロット役の立ち位置として私たちは組み込まれた」

 

「……そうか…。でも、どうして君は…人型なんだ…?」

 

「アンドロイドに私の本来のデータをコピーして、今ここにいるってわけ。意識はこっちにあるから、何も問題ないよ!」

 

 少しだけ安心した。話を聞いて、もし彼女までおかしくなっていたらどうしようと思っていたから。

 

「……よかった」

 

「うん?何が?」

 

「何でもないさ。……エヴァ…、俺はアダムを…殺すことになるかもしれない」

 

 彼女はそれに対して表情一つ変えずに

 

「…いいよ。それは、彼を救う唯一の方法だから」

 

「……エヴァ……」

 

「それにね、あなたたちはそうしないといけない理由があるから」

 

「…え?」

 

「私を作ったビルダ・オルコットは、MAに2連式の核弾頭を搭載させてる」

 

「何…!?」

 

 核、その言葉で俺は驚愕するしかなかった。

 

 普通の人がそんなものを手に入れられるはずもないし、条約でも禁止されていた兵器。

 

 それを2つも搭載しているのだから。

 

「本当は私とアダムで厳重に使わないようにしてたんだけど、アダムの権利を奪われちゃった今、彼の命令一つで核が撃てる」

 

「そんな……!ヤツの目的は評価されたいだけなんじゃないのか!?」

 

「それだけだよ、あの男の考えはね。だから、核を使うと思うよ。一人でこんな強大な物を作ったんだから」

 

「この兵器を知れば、ジオンはそれを手に入れたいと思うし、連邦はそれを破壊しようとする」

 

「そうしてまた大きい戦いが繰り返されるかもしれない」

 

「そして、その兵器を作った男として評価される。それが彼の目的」

 

「戦争を繰り返すのが目的だとでも…!?」

 

「………たぶん。私には、もうわからない。彼は自分が作ったものでさえ信頼できないんだから」

 

 彼女は悲しそうな顔をしていた。それなのに、涙は零れていなかった。

 

「エヴァ………」

 

 それから少しだけ沈黙が続いた。

 

 少しだけ涼しい風が俺たちの間をすり抜ける。

 

 最初に口を開いたのはエヴァ。

 

「ねえ、ムゲン」

 

「…うん?」

 

「…私も、一緒に行かせて」

 

「なっ……」

 

「危ないとは思うよ。けれど、これは私の問題でもあるから……」

 

 流石にこれには俺も考え込んでしまった。

 

 アダムと同じようにエヴァまでおかしくなったらどうしよう。

 

 そんな不安が……。

 

 それをなんとなく察したのか

 

「私はどうなってもいい。アダムの最期を……私も自分の目で見たい…」

 

「……」

 

 それから少しの間考えた後、渋々だがエヴァの願いを了承することにした。

 

「……わかった。でも、一つだけ言わせてくれ」

 

「うん……?」

 

「自分はどうなってもいいなんて言わないでくれ。機械でも、命は一つだけだから」

 

「……でも、コピーすれば…」

 

「そういう問題じゃない。アダムに、代えは無い」

 

 そう、誰にも代えなんか無いんだ。

 

 だからこそ、彼女も代わりは無い。もちろん、俺にも。

 

「………そっか。あなたはそういう風に考えるんだ」

 

 エヴァは少し言葉を選ぶかのように考えた後

 

「代わりが無い…か……。まるで【人間】みたいだね」

 

「…人間でも機械でも関係ないさ。同じ物でも、その一つ一つは少しだけでも違うところがあるから……」

 

「そっか。…ムゲンって、ロマンチストだよね」

 

「…えっ………」

 

 少しだけ硬直してしまう。俺って…ロマンチストなのだろうか。

 

「でも…そういうところが皆から好かれる理由なのかもね?」

 

「……俺にはわからないけど……」

 

「ふふ……そういうとこも…ねっ!」

 

 そう言いながら彼女は俺の額を指で軽く押した。

 

「ね、ムゲン。一つ【()()】して」

 

「…約束?」

 

「アダムに勝てなくてもいい。あの機体はたとえ数が多くても勝てる可能性は低い」

 

「けど……負けないで」

 

「……負けるな…?」

 

「うん。勝てなくてもいいから負けないで。生きていればチャンスは何度でもあるから」

 

「……難しい事を言うね…」

 

「人は【勝利】に固執するけどさ、負けたとしたって、また挑む気持ちがあったら何度でも挑めるから」

 

「負けない戦いか………、勝つ戦いより難しそうだ」

 

「……簡単だよ。死ななければいいんだから」

 

「それも難しいことだよ。生き残れるかなんて、わからないんだから」

 

「……そう、ね……。でも、死なないで。あなたは……」

 

「うん?」

 

「…やっぱり、なんでもない」

 

 そう言って軽く微笑むエヴァ。

 

「何だ、それ……」

 

 ゆっくりと沈んでいく夕日が、俺たちを優しく包み込んでいった。

 

 

 

 宇宙世紀0089.7.15 第66特殊戦闘小隊による、大型MA鎮圧作戦決行。

 

 

47 完


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