その男はムゲンという男と出会い、共に戦った。
戦いの果てで見たのは、友の悲しき別れ。
そして今、彼は何を想うのか。
宇宙世紀0089.7.15 この日、俺たちは勝利と引き換えに、大切な何かを失った。
[俺は!!どうして!!彼女を救えなかったんだ!!!!]
戦争はいつだって、大切な何かを奪っていく。
奪う側も、奪われる側も……すべてを………。
こんな…こんな別れが……
「…………」
私は、彼に何も言ってやることが出来なかった。
歓声が沸く中に、彼の悲痛な叫びが確かに聞こえていた。
ムゲン隊長がこの部隊を去って数日後、私は久々の休暇でオーストラリア、トリントンに戻ってゆったりとした日々を過ごしていた。
そういえば、確かムゲン隊長の所属はトリントン基地だったっけ。
そんなことを考えながら、のんびりと街を歩いていると、気づけば居住区のところへ戻っているのに気が付く。
「おや、もう戻ってきてしまったのか」
自分に言い聞かせるように呟いて、軽く周りを見渡す。
居住区では、貧しいながらも必死に生きている人々が沢山いる。
私も昔はここでよく走り回ったっけ。なんて思い出しながら。
歩いていると、元気よく走る子供たちとすれ違ったり、買い物帰りなのか大きな荷物を持って歩く人ともすれ違った。
穏やかな雰囲気が、私の心を和ませる。
私が軍に入った理由は一つだけ。
こんな貧しい中でも必死に生きている人々を守るため。
とは言っても、そう志して軍に入った時は整備兵だったが……。
父も母も、既にこの世にはいない。
二人とも、戦争の影響である物資不足で飢えによる死だった。
私にだけ食料を与えていたから。
思い出すだけでも悲しくなる。
だから、なおさら、貧しい人々を見るのが辛かった。
でも、過去を悔やむのはもうやめた。
現在は、今できる最善を尽くせばいい。
「うわっ!!」
目の前で少年が転んだ。
素早く駆け寄り、少年を起こす。
「大丈夫かい?」
「……う、うん」
「痛いところはないかな?」
「大丈夫だよ!ありがとう!」
少年は丁寧にお辞儀した後、また走ってどこかへと行ってしまった。
「そこのお兄さん」
横から声を掛けられ、少しだけ驚きつつ、声のほうへ振り向く。
見ると、女性が少し疲れた様子で立っている。それほど体調が良さそうには思えない。
「なんでしょうか?」
「あの子を助けてくれてありがとうね。……ごほっ」
「それは構いません。それより、あなたは……」
女性は首を横に振った後言葉を繋いだ。
「………もう長くないのさ。ここの住人は、皆助け合って生きている。…互いに迷惑はかけられないだろう?」
「ですが……治る病気なら―――」
「治らないのさ。……だから、生きている人に……これからも生き続ける人に迷惑をかけられない」
「………」
私は、彼女に何もしてあげられないのだろうか……。
「悲しい顔をしなくていい。まったく…最近の若い子は―――」
「あ!こんなところにいたんですね!!」
彼女の声を遮ったのは、若い女性の声だった。
「エミリー、また来たの?」
声の主は、茶色の短髪で、目の色は黒。
優しいがつり目。素直に言って美人だ。
エミリーと呼ばれる人は、女性に近づき
「そうですよ。また、来ました。早く治ってほしいですからね」
「……まったく……」
呆れるように女性はため息をついた。
状況を見ていることしか出来ない俺に気づいたエミリーという女性は
「あ、すいません。よければ手伝っていただけますか?」
そう言って俺に頭を下げる。
「わかりました。ですから、頭を上げてください」
「ありがとうございます!」
それから、エミリーさんの手伝いをして、薬を飲ませたり、部屋の掃除なんかも手伝ったりした。
そのたびに女性は『別にいいのに』と言っていたが。
手伝いを終え、女性が眠りにつくのを見送って私は家を後にした。
「……帰ろうかな」
自宅へと足を運ぼうとしたとき、背後からエミリーさんの声がした。
「あの!!」
振り返り、言葉を返す。
「どうしました?」
「……さっきは、ありがとうございます。……よければ、お茶でもどうですか?」
「…………別に、構いませんが」
「ありがとうございます!」
私達はそれから、近くのカフェでお茶をした。
「へぇ……軍人さんだったんですね」
「……ええ。別に、それがどうってわけではないですが。今は休暇中です」
「そうですか……。それで、何かは叶いましたか?」
「え……?」
唐突な質問で呆気にとられる。何かは叶ったか……?
「はい。あなたが【
「……それは………」
どうなのだろうか。私は、貧しい人たちを守れているのだろうか。
結局、軍なんてものに入ってしまえば、そこで【歯車】のように回り続けなければいけない。
私は―――
「…まだ、叶ってないですね」
「そうですよね」
最初から答えは分かっていたような返答を、彼女は返してくる。
「貧しい人を救いたい。だから、軍に入った。けれど……果たして本当に守れているのかは……」
「むずかしいですね。…人を守るって」
「はい…」
つくづくそう思える。………エヴァさんの事もそうだ。
私は、本当に守れているのか……?
「……でも、私は思うんです」
エミリーさんは呟いた。
「知らないうちに、人を救っていることもあるんじゃないかって」
「………それは」
「軍人は、命を奪ったりすることもあるし、手を汚すこともあるよ。けれど、それによって救われた人だっている」
「……そうですね…」
「手が血で染まろうとも、今生きる命を守ろうとしているあなたなら……きっと、その理由は叶いますよ」
「……エミリーさん…」
「私も、昔は軍人でした。とは言っても、新米のオペレーターでしたけどね」
「あなたも………。では、あなたは軍に入った理由が……?」
少しだけ悲しそうな顔をした後、彼女は頷き
「ええ。叶いましたよ。………父に会うことが……出来ましたから」
「それは………」
「父が死ぬこと、それは今でも理解できません。けれど、父は、私や、部隊の人を守って亡くなった」
「父はきっと、【
「理由が……変わる?」
「はい。最後の最後で、父は【娘を、希望を託した人を守りたい】そう思ったと、信じたいんです」
信じる。そんな言葉、今まで何度も聞いてきた。
何故だか、その言葉が嫌いになれない。
彼女も、戦争で親を失った。
仕方がないとはいえ………
「そうだと……いいですね」
「はい。………すいませんね、急にこんな話しちゃって」
「ああ、いえ。気にしないでください」
「いつまでも過去を振り返ってちゃいけないんだけどなぁ……。前向いて歩かないと…」
「いいんじゃないですか?」
「え?」
彼女は首をかしげる。
「振り返ったって。それを糧に生きるのなら」
「………そうですね。………それも、そうだ……」
彼女は何かを思い出したかのように、笑った。
それから、エミリーさんの家まで話しながら進む。
彼女の家に着くと、家の横の庭に、小さなお墓が立ててあった。
墓には【私が愛した小さき英雄ここに眠る】と書いてある。
「………」
「あ、気づきましたか?」
「え、ええ。……これは」
「………私の英雄が眠っているんですよ」
彼女は少しだけ悲しい顔でそう答えた。
「……英雄ですか」
「はい。………」
彼女は目を瞑り、墓の前で手を合わせた。
私も彼女に続いて目を瞑り手を合わせる。
しばらくした後、彼女はこちらへ向いて
「ありがとうございました。また、会えるといいですね」
「…そうですね。できれば、戦争なんかなくなった時代に」
「……同感です」
エミリーさんと私はそのあとお互いに笑いあった。
夕暮れが街を包み込み、それぞれの思いを胸に家路へと
それは私も同様で、ゆっくりと自宅へ足を向けた。
しばらく歩いていると、目の前の女性が紙袋一杯の荷物を持って、歩いてくるのが分かる。
すれ違う瞬間、紙袋から一つのリンゴが滑り落ちた。
「あ………っと」
瞬時に対応できて、地面ギリギリでリンゴをキャッチ。
「あ、ありがとうございます」
女性は慌ててこちらへ向き直る。
銀髪のロングヘアーで、整った顔つきに、優しい瞳。どちらかと言えば垂れ目だろうか。
いかにもムゲン隊長が好きそうな女性。
私は微笑んだ後言葉を返した。
「気にしないでください。荷物、持ちますか?」
「あ、でも……」
「そちらがよければ、自宅までお運びしますよ」
「………」
少し考えた後、女性は頷いた後
「お願いしてもいいですか?」
それを聞いて
「任せてください」
私は女性から荷物を受け取り、女性の後についていく。
街を出て、そこから少し離れた丘に進んでいく彼女。
女性は軽い足取りで丘の頂上を目指して歩いていく。
港が近いおかげで海が一望できる。さらに反対側は街。
海と街並みを一つの場所で見ることのできる場所。
こんなところに家を持っていると思うと少し羨ましく思える。
頂上にはそれなりに大きな木造の家。
彼女は家の扉を開き、私に手招きする。
誘われるままに部屋に入ると、彼女は赤ちゃんを抱いて迎えてくれた。
「荷物は、床に置いてくれて大丈夫です。少し椅子に腰かけて待っていてください」
「ああ、すぐ帰りますから、構いませんよ」
「ここまで運んでくれたんです。そうはいきませんよ」
少しだけ躊躇ったが、彼女の言葉に甘えることにした。
「コーヒーでいいですか?」
「あ、はい」
しばらく待っていると、コーヒーの香りが鼻をくすぐる。
こんな事、前にもあったことを思い出した。
ムゲン隊長と朝にコーヒーを飲んだ時の事。
あの時間はゆったりとしていて、一分一秒が幸せに感じたひとときだった。
その時と同じ気持ちを、今私は感じている。
「……お待たせしました」
彼女はコーヒーを差し出し、椅子に腰かけた。
受け取り、一口。
「……美味しいですね。お上手です」
「ありがとう。夫にもよく褒められるんだよ」
彼女は少しだけ照れながら言った。
「……夫……ですか」
「ええ。その人、面白いんですよ」
ふふっと笑った後、言葉を続ける。
「寂しそうな顔を見せれば、何でもしてくれる。辛い時はいつだって傍にいてくれる……。だから…」
「………だから……時々怖いんです」
「怖い…?」
「彼が………壊れてしまうのではないかって……」
「…………それを支えるのもあなたの役目では…?」
「分かっていますよ。……でも、彼は私に構わず進んでいってしまう」
「……分かる気がします」
ムゲン隊長もそうだ。いつも一人で背負って、カッコつけようとする。
一人で出来る事なんか…限られているのに。
「でもさ、そのおかげで、私も前を進んでいける」
「………」
「彼と……一緒に進みたいから。それだけでいい……」
「………分かります」
ムゲン隊長を支えたい。気づけばそんな気持ちがどこかで湧いていたのかもしれない。
背中を支えてくれた彼に、少しでも返すことが出来たなら…と。
「彼は……優しいから」
「優しさだけなら、誰にだってありますよ」
少しだけ皮肉を込めて言葉を返した。
「……知ってるよ。それくらい。………でも、そんな彼だからこそ、支えたいと思えた」
「………綺麗ごとも言うし、迷ってうじうじして腹が立つ人もいるかもしれない」
「けどさ、それって、【人間】らしくない?」
人間らしさ?思わず口から言葉が漏れ出す。
「人間らしさって……」
「…私も、あまり分からないけどさ、少なくとも私はそう思うよ」
「他人からすれば可笑しい事言ってる人にも見えるだろうし、バカにされることだってあるだろうけどさ」
「それでも必死に今を生きて、地面を這ってでも仲間を、家族を守ろうとする。……そんな彼だからこそ、私は好きになった」
彼女は静かに目を瞑る。
私は口を開き
「……向こう見ずで、一人で背負って。少しもカッコよくもないのに、誰から何を言われても、折れない」
「どんな人とでも【分かり合う】事が出来ると彼は言った」
「私には理解できない考えでした。けれど、その言葉は面白く、何故だか信じてみてもいいかもしれないと思えた」
「…………私の隊長は、あのアムロ・レイやジオンのシャア・アズナブルのようにカッコよくもありません」
「けれど、それ以上に……誰よりも仲間想いでした」
「隊長は……ロマンチストなんです。少し夢見がちと言いますか……」
「ろ、ロマンチスト……」
「ええ。別に悪く言うつもりはないですよ。けれど、ロマンチストですね」
「………なんか、あなたの隊長と、私の夫って」
「気づきました?」
「「似てますよね」」
二人で声が重なったことに、笑いが込み上げてきた。
「ふ……ははは!!!」
「ははは……!!」
笑いあった後、先に口を開いたのは彼女。
「でも、だから私は嫌いになれないかな」
「同感です」
それから、1週間後。私は再びアジアの大地を踏み、新たな隊長と共に戦うことになった。
その隊長はいかにも新米で、見ているこっちが慌ててしまいそうになる。
「……え、えっと……」
「はぁ……もっとしっかりしてくれよ隊長」
「……俺、先に戻る」
カイルも零次も静かにテントを出て行ってしまった。
「………うぅ……」
「気にすることはありません」
「ガイ……さん」
「あなたは隊長です。自分がやるべきと思ったことをすればいい」
「………でも…」
「ゆっくりでいいんですよ。少しずつやればいいんです」
「……が、頑張ります」
「では、私はこれで」
お辞儀をした後、私はテントを後にする。
「………」
歩きながら、思い出す。
『確かに怖いけれど、今ここで帰ったら、家族に怒られてしまうからね』
『AIと人が分かり合う。そんな可能性だってあるはずだ―――手を取り合って歩ければ、きっといい未来があるはずさ』
彼は、きっとこれからも戦い続けるのだろう。
無論私も、軍人である以上、戦い続ける。
戦う場所が違えど、私達は―――
『俺たちは……家族だ』
「ええ。分かっています。……私達は…家族です」
Episode of guy 完