機動戦士ガンダム虹の軌跡   作:シルヴァ・バレト

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58:私の戦う理由

 0093.03.04

 

 第00特務試験MS隊所属、八雲道夜中尉突如クラップ級から脱走。追跡するも、既に姿は確認できず。

 

 0093.03.06

 

 第00特務試験MS隊、ロンド・ベル本隊と合流のため移動中にネオ・ジオン軍MS隊からの急襲。

 

 

 

 状況は変わらず不利だった。敵の数もさることながら、道夜がいない状態で来られたのがなおさら厳しい。

 

 幸か不幸か、道夜が乗っていった機体が俺の乗っていたジェガンだったということ。これが無かったらさらに厳しい戦いになっていたに違いない。

 

 もしそうだったのなら、きっと俺も戦いへは参加できなかっただろう。

 

 相手の数はおおよそだが小隊規模の数。少なければ6機程度だろうが……奴らがいるなら……8機。

 

「……さて……どうするか」

 

 呟いてはみるものの、それほど時間は無い。各個で撃破を狙えばこちらの被害が大きくなる。

 

 ならば……

 

「全機、連携して敵を叩くぞ!」

 

 一方相手は、散開してこちらを誘うように動いている。

 

[先生……あれ……]

 

 リリーは誘われているということに感付いたのか、俺に声をかけた。

 

「ああ。誘っているな。…無理に乗る必要はない。こちらはこちらの動きをする!」

 

[うん……!先生、一緒に……]

 

「よし、なら派手にやってやろうか!…各機、仲間との連携を意識して敵と交戦を。俺とリリーで切り込みに行く!」

 

 機体を動かし、相手へ照準を合わせる。当てる必要はない、誘導さえできれば。

 

 一射、続いて二射。その射撃は宇宙へ消えるが、攻撃に反応した一機が反応する。

 

 相手がリリーの正面へ。それを見逃さず、リリーはファンネルで敵を撃ち抜いた。

 

[やった…!]

 

「次だ。まだ来る―っ!!」

 

 背後からの攻撃を感じ、素早く振り向いてシールドを構える。

 

 そこにはビーム・ソード・アックスを振り上げたギラ・ドーガがいた。

 

 シールドがアックスを受け止め、こちらへの攻撃を防ぐ。

 

「ちっ……!!」

 

 シールドでアックスを押しのけ、隙を見せたギラ・ドーガの胴体へビームライフルを放った。

 

 ビームは胴体を貫通し、虚空へと消える。そして、正面でバチバチと電流が流れる機体を蹴り飛ばす。

 

 蹴り飛ばされた機体は、デブリへとぶつかり爆発。

 

 レーダーを確認すると増援が4機、こちらへと迫ってきているのが分かる。

 

 やはり…彼らを止めなければならないか。だが、彼らと戦うには一人では……。だが、彼らを俺の戦いに巻き込むわけには……。

 

 意を決した俺は、リリーへと無線を送る。

 

「リリー」

 

[……どうしたの?先生]

 

「…指揮官機を叩く。手を貸してくれ」

 

[…いいよ。先生が私を必要としてくれるなら]

 

「そんな言葉は……言わないでくれ。君は物じゃない。人間だ」

 

[ふふ、分かってるよ。じゃ、行こう!]

 

 本当は、自分一人で決着をつけるべきなのかもしれない。それでも、何故だか、一人で挑んではいけないと、俺の勘が告げていた。

 

 その嫌な予感が何なのかは分からない。何故か知らないが、俺が……死ぬ予感がしたんだ。

 

「…俺は…まだ死ねない……」

 

 移動の間、俺は小さく呟く。

 

[…先生は、死なないよ。…一人じゃないから]

 

 聞こえていたのか、それとも俺の心を読んだのかは分からないが、彼女はそう言ってくれた。

 

 

「……見えた……クロノード、カカサ…」

 

 正面に映る2機のザク。もう何度目の衝突だろうか。

 

[待っていたぞ。ムゲン]

 

 ふふふ、と楽しそうに笑うクロノードに対し、カカサは

 

[……さっさと終わらせよう。なあ?クロノード君]

 

 言葉の端はしから伝わる殺気。今まで感じたことのない感覚。

 

[っ……!あの黒いザク……怖い…!]

 

 リリーはカカサの殺気から、素直に言葉を漏らす。

 

「…あいつも俺を殺す気で来るんだ、仕方ないさ。……俺が…彼らへ殺気を向けられないのと対照的にね」

 

 クロノードのザクがライフルを構える。

 

[くるっ……!!]

 

 違う、これは……

 

「リリー!背後だ!!」

 

 リリーは寸での所で攻撃を受け止め、耐えている。

 

[へえ、意外と出来るじゃん。やっぱ、ニュータイプって奴なのかね。でも、そんなんで……俺を殺せると思うな]

 

 リリーの機体が吹き飛ばされる。

 

「リリー!!くそっ!!!」

 

 カカサへ狙いをつけ、射撃を放つも、全て回避されながらリリーへと迫っていく。

 

[これで……]

 

 振り上げた刀を俺はただ見つめるだけしか……

 

 すると突然、リリーは笑いながら言う。

 

[ふふっ。先生、私は大丈夫だよ。それよりも、白いのをお願い。一人じゃ、黒いの相手するのでいっぱいいっぱいだから]

 

[何を…!っ…!!]

 

 遠くからでは何が起きているかがしっかりと確認できないが、彼女を信じるしかない。

 

[先生に…そんなもの向けないでよ。怪我したらどうするのさ……。アンタが死んで詫びてくれるの?]

 

 冷徹なまでのリリーの言葉が聞こえる。

 

[……面白くない冗談だね。面白くない冗談ってのはさぁ……俺ぁ大っ嫌いなんだよ!!!]

 

 彼女がカカサを止めている間に、クロノードを何とかしなければ。

 

 

 ライフルを構える白いザクへ一気に詰め寄る。

 

[来たな、ムゲン!!!]

 

「うぉおおお!!!クロノードぉおおお!!」

 

 ビームサーベルで切り抜け、素早く反転し、ビームライフルを放つ。

 

 クロノードは、斬撃をサーベルで受け止め、振り向き、こちらへビームを放った。

 

 お互いのビームが相殺され、その間もなく、シールドからミサイルを放つ。

 

 白いザクは左腕でそれを防御。煙が彼の機体を包み込む。

 

 煙に包まれた機体へ詰め、振りかぶる。

 

 相手は煙を切り裂きながら、受け止めた。バチバチと音を立てながら、火花を散らす2機の得物。

 

[流石に……やるな…!……だが……]

 

「っ!!」

 

 白いザクが宙返りをし、俺の持っているサーベルを蹴り飛ばす。

 

 続けて、射撃。それをシールドで防御しようとした瞬間、シールドが両断される。

 

 サーベルをジェガンの喉元へと向けられ、クロノードは言い放った。

 

[お前には殺気が足りない。……俺を殺すという殺意が]

 

「………」

 

 返せる言葉が無かった。俺はまだ、彼らを殺すという気持ちになんかなれていなかったのだから。

 

[……どうした、昔のようにサーベルを持ち直せ。そして、俺に言ってみろ]

 

 彼と初めて会った時、俺は確か……言葉を発する前に、クロノードが言葉を続ける。

 

[そうだとしても、俺には基地を守る使命がある。悪いが引き下がれない。そう言ってみろよ、ムゲン・クロスフォード]

 

 俺は、彼と向き合い、覚悟を決めたはずなんだ。仲間を守るために、敵を斬ることを躊躇うことは無いはずなんだ。

 

 でも………

 

 だったら、クロノードやカカサはどうなんだ?俺にとっては大切な仲間なんじゃないのか?

 

 俺は……

 

 俺はどうすればいい?

 

「……俺は………俺には……出来ない」

 

[何?]

 

「確かに、クロノードやカカサは敵かもしれない。それでも、俺には……俺にとっては、大切な仲間なんだ!!そんなお前たちに…殺意を向けるなんて…」

 

 クロノードは溜息を吐いた後。

 

[そうか。…それは残念だ。お前なら、【()()()()()()】と思ったんだがな]

 

「応える……?それは―」

 

[今更、何を言っても無駄だ。……俺からの最後の情けだ。もう一度、そこに浮いているサーベルを拾え]

 

 言われるがままに、俺はビームサーベルを持ち直す。

 

 しかし、今の俺には、もう抵抗する気力さえも残ってはいなかった。

 

[先生……?!っ!!]

 

[よそ見、厳禁だよ。嬢ちゃん]

 

「……」

 

[お前との決着……こんなにも簡単だったとはな。残念だ]

 

 振り上げるサーベルをただ見つめるだけしか出来なくて……

 

[死ね。ムゲン]

 

「……」

 

[先生ぇええええ!!!]

 

 

 トドメを遮ったのは、小さな異変だった。

 

[なんだ……?]

 

[クロノード、何かヤバイ奴がこっちの味方を攻撃してる]

 

「……」

 

 カカサの言葉でレーダーを確認すると、敵MSの点が次々と消えていっているのが分かる。

 

 そして、その機体がこちらへ迫っているということも。

 

 機体の情報は、一切記載されていない正体不明機。

 

 次の瞬間、正面にいたクロノードが防御姿勢を取る。

 

 そして、俺とクロノードの前に立ちふさがるように佇む1機のMS。

 

 今までで一度も見たことのない白いガンダムであった。

 

「なん……だ……?!」

 

[ガンダム……!俺の邪魔をするのか!]

 

 白いガンダムは静かに銃口を俺へと向ける。

 

「くっ…!!!」

 

 バルカンを放ちながら、ガンダムへと迫る。

 

 勢いのまま、切り抜けようとするも、ガンダムは宇宙をまるで泳ぐかのように軽々と回避し、反撃と言わんばかりにバズーカを放ってくる。

 

 反転し、サーベルで弾頭を両断。

 

 正面の煙の中から、ガンダムのツインアイが怪しく光る。それはまるで、必死にもがくアリを、見下ろす蜘蛛のように。

 

「でえええやぁあああ!!」

 

 サーベルで切りかかる。しかし、ガンダムはそれを受け止め、こちらを蹴り飛ばす。

 

「ぐあぁああ!!!」

 

 俺では……勝てないのか…?俺に……殺意がないから……?

 

 

 迷っているからなのか……?

 

 

[先生!!!]

 

 ガンダムからの一射を、リリーの操るファンネルが相殺し、俺の目の前で弾ける。

 

「……すまない……リリー…」

 

[立って!!!前を向いて!!!]

 

「……!」

 

 リリーは俺とガンダムの間に割って入り、ガンダムと鍔迫り合う。

 

[そんなことで、リナさんは守れない…!!!]

 

「…リリー…!」

 

[先生が…!!ムゲンが守らなきゃいけないのは、人を傷つける事を躊躇わない人じゃない!!リナさんや、ここにいる皆でしょ!?]

 

「……分かってる…!!分かってるんだ…!!でも……俺は…!!!」

 

 拳を握りしめ、顔をゆがめる。

 

 分かっていても、手が、体が動かない。

 

 俺は……!

 

 

[ムゲン!!!]

 

 その声は、彼女の声だった。

 

「…リ……ナ……?」

 

[もう、あなたを傷つけさせはしないから!]

 

「リナ!?どういうことだ…!?」

 

[ジェガンで出るよ。私も戦う]

 

「ふ、ふざけるな!!リナは戦う必要なんかない!!」

 

[もう、嫌なの!!ただ待っていて、皆が消えていくのは…!!]

 

「それは俺も同じだ!!」

 

[リナさん!?―きゃああああ!!]

 

 リリーの機体が吹き飛ばされる。

 

「リリー!!くそっ!!」

 

 ビームサーベルで切りかかるが、相手には読めていたかのように対応され、受け流された。

 

[もらったぞ、ムゲン]

 

 背後からのクロノードの一撃を受け流し、再びガンダムへ切りかかる。

 

 ガンダムはつまらなさそうにジェガンを受け流し、遊んでいる。

 

 そして、反撃に腹部へ蹴りを食らう。

 

 吹き飛ぶ衝撃で、右肩を強打する。

 

「ぐああああ!!!」

 

[ムゲン!!?―っ…!敵!?クラップ級に張り付かれた!?]

 

「…くっ……リ……ナ……」

 

 右肩を抑えながら、リナがいるであろう位置へ視線を送る。

 

「クラップ級……くっ…!」

 

[ムゲン隊長!急いで後退を!!クラップ級に敵が…!!うわぁ!!!]

 

 彼の声と共に、小さいが爆音が聞こえてくる。

 

「……分かった。隙を見て離脱する…!」

 

 クロノード達に視線をやると、カカサとクロノードで、ガンダムと戦っている。今なら……離脱が可能だろう。

 

「…リリー……離脱だ。戦艦に敵が張り付いた。止めないと……」

 

[分かった!!急ごう!]

 

 俺はリリーと共にクラップ級へと急いで戻った。

 

 

[どうした?撃てねえのか?へっ!なら、この戦艦ごと……!]

 

[わ、私は……!]

 

 正面には、格納庫前にリナが乗るジェガンが、そして、そこへ銃口を向けるギラ・ドーガがいた。

 

「くそっ!!間に合うのか!?ファングたちも他のMSで手一杯か…!!」

 

[間に合わせないといけない!]

 

 こちらから射撃するにしても、リリーは先ほどのガンダムとの戦闘でファンネルが破損。一方の俺も、射撃武装は彼らとの戦いで無くなっていた。

 

 どうあってもこちらから援護することが出来ない。

 

 俺は……大切な人でさえも……

 

[クラップ級は……リナはやらせん!!!]

 

 ギラ・ドーガの背後へジェガンが、そしてギラ・ドーガに組み付く。これによって、相手は身動きが取れなくなる。

 

 そして、そのジェガンに乗っていたのは……

 

[トクナガさん!?どうして……!]

 

 リナが叫ぶ。するとトクナガさんは

 

[リナぁ!!今なら撃てるだろ!!ギラ・ドーガに一発お見舞いしてやれ!!]

 

[で、でもそうしたらトクナガさんは!!]

 

 

「くそっ!!間に合ってくれ!!!」

 

[先生!この距離じゃ!!!]

 

「諦めるな!!リナに、彼女に引き金を引かせちゃいけない!!」

 

 彼女まで血に染まってはいけない。

 

 そうしたら、誰があの子を…アウロラを抱いてやるんだ。

 

 何とかしなければ。何か手を打たないと!

 

「ユーリ!狙撃は出来ないか!?」

 

[無茶言わないでください!そんな距離…!!―っ!!!]

 

「ユーリ!?」

 

[こんな時に邪魔を…!!]

 

「くそっ!!」

 

 

 

[構いやしねえ!どうせこの先短けぇんだ。それにな、人にはやんなきゃならねえ時ってもんがある。俺にとってはそれが今ってだけだ]

 

[そ、そんな!!あ、あなたが死んだら……この部隊の整備長は…!!]

 

[お前が引き継げ。……俺の道を]

 

[……わ、私には無理ですよ……!だから!!]

 

[いいや、出来るさ。お前は俺が認めた……いや、俺の自慢の整備兵だからな]

 

[で、でも!!!]

 

[ムゲン!!!聞こえてんだろ!!!]

 

 俺はトクナガさんへ叫ぶ。

 

「トクナガさん!!ダメだ!!!離れるんだ!!」

 

[離れたら沈められちまうだろうが!!お前らよく聞け!!お前らが守らなきゃいけねえもんは何だ!?俺じゃねえだろ!!!]

 

「……トクナガさん…」

 

[お前らが守らなきゃいけねえのは、ここにいる家族と、お前たちが愛した娘がいる地球を守ることなんじゃねえのか!?]

 

「でも、あなたが犠牲になるなんてこと!!」

 

[犠牲はどの時代でも付いて回る。ならせめて、年寄りがその役目を果たそうじゃねえか]

 

[嫌だ……!私は……撃てない……!!!あなたを……撃つなんて!!]

 

[だったらお前らはここで死ぬのが望みか!?違うだろ!生きて明日を見るんだよ!!だから、引くんだ!リナ!!]

 

[い、嫌……]

 

 何か手はないかと考えながら、辺りを探すと、リリーのジェガンの手に、ビームライフルがあるのに気づく。

 

 俺はリリーからビームライフルを奪い取り、構える。

 

[せ、先生…!?…まさか!!]

 

「はぁ……はぁ……!!落ち着けよ、俺が……俺がやんなきゃ…!!」

 

 呼吸が荒くなる。本当にこの選択しかないのか?

 

[撃て!!撃つんだ!リナ!俺を……――を越えろぉおおおおおお!!!]

 

[嫌ぁあああああああ!!!!]

 

 ロックオンの文字。俺は引き金を、ギラ・ドーガへ向けて引いた。

 

 ビームは、ギラ・ドーガを貫き、動きを封じていたジェガンのコックピットを貫く。

 

[……っ…!!!!あ……う、そ……!!]

 

 爆発と同時に、頭の中に声が響いた。

 

『ムゲン。お前が、未来を見届けろ。お前は、お前だ。殺意なんかなくたって、それでいいんだ。……元気でやれよ。リナの事、頼んだぞ』

 

「……ああ。分かってるさ」

 

[せ、先生……]

 

 機体の壁を思いっきり殴った。悔しさや、こうすることしか出来なかった愚かさが俺を支配する。

 

 だが、それでも辛くても、心が苦しくても、涙は出なかった。

 

「っ……!!」

 

[い、いや……うそだよ……]

 

 リナの悲しい声が聞こえてくる。そのたびに胸が苦しくて。…戦争は、もう何度大切な人を失わなければならない?

 

[ムゲン!クラップ級の近くで爆発があった!!……まさか!?]

 

 ファングからの通信。俺は、静かに言葉を返す。

 

「……ファング……リナを…頼む。俺は……もう……迷わん」

 

[お前……。ああ、行ってこい。リナは任せておけ]

 

 察してくれたのか、彼は快く引き受けてくれた。

 

「リリー、君も戻って。……ビームライフルは、借りていくよ」

 

[…先生……。うん、生きて帰ってきてね]

 

 リリーは心配そうにそう言った。

 

「ああ、もちろんだよ。俺が生き残ったのにも、こうなったのにも理由がある。……俺は、もう迷わないから」

 

 彼らに背を向け、再びクロノード達の元へ向かう。

 

 

 俺は俺…。彼はそう言ってくれた。

 

 

 どうしていつも大切なことに気づくのは、誰かが死んでしまった後なんだ。

 

 

 それじゃあ変わらないのに。本当に必要な犠牲なのかも分からない。

 

 

 でも、俺はもう…躊躇いも、迷わない。

 

 

 俺は……クロノードと決着をつける。

 

 

 正面にとらえる白いザク。

 

 ビームライフルを構え、照準を合わせる。

 

「……当てる!!」

 

 こちらに気づいた白いザクは、ビームを回避しながら、反撃にビームライフルを放つ。

 

 その射撃をかいくぐりながらクロノードへと突っ込む。

 

「クロノードぉおおおおお!!!」

 

 ビームサーベルを左に薙ぎ払い、そこにカカサが割って入り、刀で受け止める。

 

 間合いを取ったクロノードが、ジェガンの頭部めがけて狙撃。

 

 ビームは頭部を掠め消えていく。カカサの刀を押し切り、蹴り飛ばす。

 

[ぐっ…!!負けらんねえ……俺はぁあああ!!!]

 

 態勢を立て直し、こちらへ突撃してくるカカサ

 

「邪魔を…するなぁああ!!!」

 

[ムゲン!!お前をクロノードの所へは行かせねえ!!!]

 

 カカサは拳で殴り掛かってくる。

 

 それを腕で防御し、叫ぶ。

 

「何故!何故そこまで彼を守るんだ!!!」

 

[んなもん決まってるだろうが!!かけがえのない友だからだろうが!!]

 

「だとしても、こっちだって退けない理由があるんだ!」

 

 拳を力で押し切り、ビームライフルの引き金を引く。

 

 ビームは黒いザクの足を貫き、爆発。

 

[ぐ……!ま、まだだ……。俺は……]

 

[もういい、カカサ。後は俺がやる]

 

[だが……。くっ…!!]

 

 カカサの機体を後ろへと下がらせ、白いザクが俺と対峙する。

 

[大切な仲間が死んだんだな]

 

「……だったら、なんだ」

 

[戦争は、いつも俺たちから何かを奪う。どの時代でも……変わらない]

 

「そうしているのはジオンだ!!お前が、お前たちがやろうとしているのは、俺たちのような奴らを再び生む行為なんだぞ!?」

 

[だからと言って、俺たちで変えられるわけじゃない]

 

「クロノード…!!!」

 

 彼は、変わってしまった。かつての仲間を、人間を愛していた彼は、もういない。

 

 それが強化人間の副作用が原因だというのは分かる。それなら、変わってしまったなら、俺たちが変えればいい。

 

[さあ、来い!!ムゲン!!!]

 

「俺はもう迷わない。お前が変わってしまったのなら、俺が……俺がお前を変える!!」

 

[出来るか?俺を変えることが!!]

 

 サーベルを振りかぶり、切りかかる。

 

 それを見越して、クロノードもビームサーベルで受け止め、鍔迫り合う。

 

「かつて、お前は俺たちと戦った。忘れもしない!!」

 

[始まりは、一年戦争だったなあ!!!]

 

 間合いを取り、ビームライフルを放つ。

 

 相手もビームライフルを放ち、互いのビームが相殺。

 

 サーベルで切り抜けようとするが、クロノードの対応で、再び得物がぶつかり合う。

 

「それから仲間として再び出会った!お前はその時言った!誰かの意志を引き継いで戦っていくと!」

 

[……俺は……俺にはそんな記憶はない!!]

 

「お前は言ったんだ!!幸せを、壊すわけにはいかないと!!」

 

[黙れぇえええ!!]

 

「クロノード!!お前は、カカサを……仲間を信じていたんだ!!」

 

[う、るさい……!!俺は…俺にはそんな記憶はないんだぁああああ!!]

 

 力で押し切られ、一度間合いを取る。その隙を狙って、相手が切りかかる。

 

[うおおおおお!!!]

 

 対応に遅れ、左腕が切り落とされ、爆発。

 

「くっ!!」

 

[死ね、ムゲン・クロスフォード!!]

 

 コックピットへの一突き。流石に間に合わない!

 

 しかし、それを遮ったのは―

 

[くっ……!何故だ!!カカサぁ!!!]

 

「カカサ…!?」

 

 カカサはビームサーベルを持ったクロノードの腕を掴み、サーベルは俺のコックピットの目の前で止められている。

 

[………クロノード、撤退だ]

 

[何?!こんなところで……!!]

 

[上からの命令だ。撤退しよう]

 

[ちっ……次こそは…!!]

 

 背を向け、離脱していくクロノードを、ただ呆然と見つめているとカカサが言った。

 

[ムゲン。一つだけ聞きたい]

 

 今回の彼は終始真面目で、どこか悲しげな声だった。

 

「……な、なんだ」

 

[何故……お前はアイツとの過去の話をした。あいつは、もう()()()()()()()()()()()()()()はずだ]

 

「……ああ。だからこそだ」

 

[何?]

 

 彼は、変わってしまったのかもしれない。それでも、俺たちは知っている。

 

「知っているんだ。少しの間でも、彼と一緒にいたから、彼の本当の姿が分かるんだ。だから、それを彼に言えば、伝えれば、変わってくれるんじゃないかと思ったんだ」

 

[……無理だ。アイツはもう、何も思い出せない。そして、【強化人間として死ぬ】んだ]

 

「ふっ……ははは!!!諦めるなんてお前らしくないな。…だったら、そんなの思いっきり殴って思い出させればいい」

 

[な………]

 

「俺は、諦めないぞ。どんなに可能性が低くても、どんなに傷ついても、変われる可能性があるのなら、俺はそれを信じたい…!」

 

「クロノードは、全てを忘れて死んでいい奴じゃない。アイツは、自分の周りにいる人の事を、大切な家族を……思い出さなきゃいけない」

 

「そして最期は【強化人間としてではなく、一人の人間として人生を全うする】それが、彼の道なんだ。俺は、彼を変えてみせる。それが、彼から沢山の事を学んだ恩返しなんだ」

 

[お前………ふっ……はははは!!!]

 

 カカサは大笑いした後、言葉を続けた。

 

[そうだな、アイツはそんなつまらない死に方する奴じゃないよな。……なあ、ムゲン]

 

「なんだ?」

 

[お前を……信じてもいいか]

 

「カカサ…?」

 

[俺は…アイツのそばにいてやることしか出来ない。でも、お前は、お前ならあいつを変えられる。…だから、お前を信じたい]

 

「………俺は、俺に出来る事をするだけだよ。俺は誓ったんだ。この手が血に染まろうとも、大切な人を守ると」

 

[そう、だな……お前らしい……。っと、そろそろ撤退しないとな。クロノード君、カンカンだぞこれ]

 

「……」

 

[またな、次がきっと最後になる。……信じているぞ、ムゲン]

 

 その言葉だけを残し、彼は戦場から離脱していった。

 

 俺も大きく息を吐いた後、戦場から離脱。

 

 

 

 格納庫に戻ると、整備兵たちが慌ただしく働いているのが目に入る。

 

 その中にリナの姿は無かった。

 

「……リナ…」

 

 機体から降りると、こちらに気づいたのかファングがこちらへと寄ってくる。

 

「ムゲン…」

 

「ファング、リナは……?」

 

 ファングは静かに首を横に振った後

 

「……部屋だ。……だが、お前が今行くのは……」

 

「…ああ。でも、彼女も理解しているはずなんだ……こうするしかなかったって事を」

 

「ムゲン、お前が【背負う】事は無かったんだぞ……?」

 

 俺は首を横に振る。

 

「違う。背負う背負わずに限らず、あの時は、ああするしかなかった。これが…【()()】だったと……」

 

「悲しいな、結局…誰一人救うことなんて出来やしないんだ……」

 

「でも、それが俺たちの進んできた道だから。それでも、その中で救える人たちを救っていくしかない……それだけだよ」

 

「ああ……」

 

 ファングはひどく悲しそうな顔をしていた。

 

 

 廊下は静かだった。

 

 艦内から見える宇宙も、今は泣いているように見える。

 

 リナの部屋の前へ

 

「……リナ……」

 

 声をかけても、反応はない。

 

「…入るよ」

 

 扉を開くと、そこには涙を流しながら泣いている彼女の姿があった。

 

「……リナ…」

 

「何…っ…!!」

 

 彼女の瞳は、大切な家族を殺された憎しみに満ちていた。

 

 そして、それを向けているのは……俺だ。

 

「……すまなか―」

 

「言わないで!!!」

 

 リナの言葉が、それを遮る。

 

「言われたら…私はあなたを憎めない………許しちゃうから……」

 

「……お前は…俺を殺す理由がある。だから、お前が俺を殺したって、俺はお前を恨みなんかしない」

 

「っ………!」

 

「だが……分かってほしいんだ。俺は、お前に引き金を引いてほしくは無かった」

 

「だからあなたが撃ったの!?わ、私の大切な人を…!!あなたが!!」

 

「……ああ」

 

「!!!」

 

 リナは涙を流しながら俺の胸ぐらを掴み、睨みつけた。

 

「……どうすることも……出来なかった。心で最善だったと言い続けたって、それは最善なんかじゃない」

 

「あ、あなたが……!!トクナガさんを…!!!くっ…うぅ…!!!」

 

「今こうして、君の言葉を、目を見て……なおさらそう思ったよ」

 

「私は……無力だ……こんな……恨むことしか出来ないなんて…」

 

「いいや、それでいいんだ。君は……正しい」

 

「正しい!?正しいわけないじゃない!!!大切な家族を、最愛の人が殺すなんて、正しいわけないじゃない!!!こんな、バカげてる……」

 

 リナは、その場で崩れ、俯いた。

 

 俺は……彼女を抱きしめてあげられる資格なんかない。

 

 でも、だったらどうすれば良かった…?

 

 沈黙が続く。その間、ただ彼女の泣く声だけが部屋に響いていた。

 

 先に口を開いたのは彼女

 

「トクナガさんは……私に…『ムゲンを恨むな』って言った。…けど、無理だよ……私にとって親のような存在だった人を討った人を恨むなって言うほうがさ……でも…」

 

「でも!!!あなたは私が愛した人……。そんな人を恨むなんて……私にはできないよ…」

 

「……リナ…」

 

「俺は……君に引き金を引かせたくは無かった。君が引いたら、誰がアウロラを抱いてやるんだ」

 

「っ……!」

 

「そうやって、恨まれるのは俺だけでいい。君は……俺を恨み続けたっていいんだ」

 

「…わ、私は……!くっ…うぅ……!!!」

 

 俺は膝をつき、彼女の肩に手を乗せる。

 

「…すまなかった。俺は……君を救ってあげられなかった…」

 

「……ムゲンは……どうして……」

 

「うん…?」

 

「どうして傷ついてまで戦うの……?」

 

「……リナやアウロラを守るためだ。皆を守りたいさ、それでも、俺の両手で出来る事なんか限られているから」

 

「……また、そうやって人を殺すの…」

 

 俯きながら、俺は頷く。

 

「…ああ……殺す。この手で守れるもののためなら…」

 

「…そう…。………ムゲン、私はあなたを()()()()。けれど、私はあなたの妻だから、あなたを恨みたくはない……。だから……ムゲン、一つだけ約束して」

 

 俺は彼女の顔を見る。彼女は、色んな気持ちが混ざったような顔をしていた。

 

 俺は微笑みながら言葉を返す。

 

「なんだい…?」

 

「トクナガさんの…いや、私の父さんのために、この戦いを終わらせて。……それで、生きて帰ってきて」

 

「……ああ、帰ってくる」

 

「帰ってきたら、一回だけ思いっきり殴らせて。……それで……気持ちが晴れるかは分からないけど…」

 

「……ああ」

 

「……私も、もう迷わないよ。私は、彼の自慢の整備兵だから……。やるべきことは決まってる」

 

「リナ……」

 

「あなたや皆が死なないように、全力で整備する。失うのはもう……嫌だから」

 

 彼女の瞳には、決意と言う名の炎が満ちていた。

 

 最善だったと、人は言うけれど、最善って何なんだ。

 

 これもきっと言い訳にしかならないんだろう。それでも、俺は、そんな犠牲の上で前に進む。

 

 この手を血に染めることが俺の罪。

 

 そして、この世界を見届けることが俺の罰。

 

 でもその中でも、変えられる何かがあるはずなんだ。

 

 ……クロノード、今度こそ、お前を変えてみせる。

 

 友として……大切な仲間として。

 

 

58 完


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