第2次ネオ・ジオン抗争編の最終話になります。
フィアが目覚めた後のお話。
そして、ついに訪れる―
0093.3.14
フィア・アッシュベリー、6年ぶりに昏睡状態から目覚める。
0093.3.15
あの戦いの後、俺たちの生活はゆったりと元に戻っていった。
だがあの日、俺たち人類は見た。人の意志を、可能性を。
νガンダムが見せた【虹の光】は、人々に何を想わせたのかは俺には分からない。
ただ、その時俺が感じたのは、【皆がいた】こと。
目を瞑ると、そこに確かにグレイやシゼル、ゼロがいた、感じれた。
もう会うことも出来ないのに、でも、近くで感じたんだ、彼らの温かさを。
人々は語り継いでいかなきゃいけない、この奇跡を、人の可能性というものを語り継いでいかなければならない。
俺はもう、罰としてではなく【
皆、後は俺に任せてくれ。きっと、見届けて見せる、人と人が分け隔てなく手を繋ぐ時代を、人が、人と分かり合うことのできる時代を…!
「……」
心地の良い風が丘を流れていく。
結局、道夜はどこへ行ったのか、誰も分からない。
だが、きっといつか帰ってくる、そう信じている。
あの時、どうして止められなかったのだろう。考えれば、こうやって後悔をするのも何度目になるだろうか。
そう思うと、不思議と可笑しくなって、思わず笑ってしまう。
「あ、父さん、ここにいたんだ」
背後からの青年の言葉ではっとして、振り返る。
黒い髪を短く揃え、キリっとした眉が力強さを感じる。しかし、昔と変わらず優しい目をしている。
「どうした?ロイ」
かつて名も無かった少年は、今では家の事を手伝ってくれる青年に成長を遂げた。
アウロラの面倒や、他の子たちの面倒を見てくれて、彼は実に楽しそうに相手をしてくれている。
おかげでこっちは楽が出来るんだが、楽をしているとリナにまた何か言われるんだよな……。
「いや、母さんが父さんを探してたから」
彼は俺たちの孤児院で引き取った初めての子、別に名前で呼んでもいいと言っているんだが、彼は俺の事を父さんと、リナの事を母さんと呼ぶ。
「ああ、そうか。ありがとう」
「気にしないで。それで、父さんは何してたんだ?」
「ん?ああ、外で考え事さ」
するとロイは、若干呆れた表情でまたか、と言った。
アクシズでの戦いの後、よく一人で空を見上げる機会が多くなった。
そのたびに過去の事を悔やんだり、思い出したりする。
無意識なのか、俺は過去を忘れないためにそうしているのかもしれない。
「まあ、座りなよ」
俺は丘に腰を下ろし、隣へ座るよう手招きをする。
「…でも、母さんがうるさいよ?」
「お、お前が気にすることじゃないさ」
彼は言われた通り、俺の隣へ座った。
「で、どうしたの?父さん」
「いいや、ただ最近お前としっかり話す機会がなかったと思ってね」
「仕方がないよ、父さんは仕事があるんだし。それに、俺は父さんと母さんが側にいてくれるだけで幸せだから」
本当は、アウロラにも、ロイ達にも尽くしてあげなければならないのだが、次いつ戦いに駆り出されるか分からない。だからなおさら、彼のそんな言葉を聞くと悲しくなってしまう。
親なら、嫌でも時間を割いてあげたほうがいいのかもしれないのに。
「…すまないな、孤児院の事も手伝ってくれて」
「いいんだよ、俺、みんなの面倒見るの好きだから。それに、父さんの役に立ててるって思えるから、辛くはないよ」
「……ったく」
俺は彼の頭に手を乗せ優しく撫でる。
「父さん……?」
「ちょっとは子供らしいところを見せてくれよ、それじゃあ、俺の立場が無くなっちゃうじゃないか」
「ははっ!父さんは父さんだろ?俺は、それでいいと思う」
「………そうだな。お前は利口な奴だ」
「へへっ……。嬉しいな」
彼は幸せそうな顔をしていた。その顔が、俺の生きる活力となってくれる。
戦ってきたことも無駄ではないと思わせてくれた。
ロイは何かを考えた後、俺のほうを見てから言う。
「父さんは……見たの?あの虹」
あの虹、おそらく前の戦いで起きた虹の事を言っているのだろう。
「…ああ、見たよ、綺麗だったな」
「うん、それに…温かい。心が……とても温かくなった」
彼の言葉に、俺は何度も頷きロイの頭を撫でる。
「そうだな、とても温かい光だった」
あの光は、たった一人の人間が生み出した光じゃない。
沢山の、あの場にいた全ての人が『地球を守りたい』その想いが溢れたから生まれたと、俺は信じたい。
そしてガンダムは、その意思を束ねる媒介となった。
原理は分からない、それでも、それが結果的に地球を救うことになった。
「ありがとね、父さん」
「どうした?急に」
彼に視線を送ると、彼は笑顔で言葉を返す。
「この地球を救ってくれて」
俺は首を横に振った後
「違うよ、ロイ。俺は、地球を守るために戦ったんじゃない。お前を、そして皆を守りたかったから戦ったんだ。その結果なんだよ」
「でもそれは、地球を救うことと同じだよ。俺、地球が好きだからさ、こんなにも広い街があるのに、それ以上の街が、人がいるんだよ。不思議とワクワクするんだ」
ロイは目をキラキラと輝かせながら、丘の下に佇む街を見つめる。
「そうか、なら、将来の夢は学者かな?」
すると、彼は少しだけ暗い顔をした後
「いや、……それは父さんや母さんに迷惑をかけちゃうよ。学校へ行くのだって、タダじゃないからさ」
「何言ってるんだ、ロイ。俺もリナも迷惑なんて思うわけないじゃないか。金の事なんか心配する必要はないんだ」
「でも……」
弱気な言葉を遮るように俺は話を続けた。
「いいか、ロイ。俺は、これでも君の親だよ。子供が頑張ろうとしているのに止めるなんて出来ないよ」
「お前は、お前がしたい事をすればいい。俺やリナが【
「だから、俺はお前のやりたいことを全力で後押しするし、苦しくなったら一緒に苦しむ、悲しくなったら一緒に泣こう。お前は…俺の子供なんだから」
「…父さん………。いいの……?」
「…と、言っても、実際リナにも聞いてみないといけないだろうけど。きっと、リナも良いって言ってくれるさ」
「……!」
ぱあっと彼の顔が明るくなる。そう、子供たちは、戦いなんかする必要はない。
こうやって家族で暮らして、当たり前のようにご飯を食べ、風呂に入り、遊んで、寝る。それでいいんだ。
戦いなんかよりよっぽど素晴らしい。
心地よい風が、俺とロイの間を抜けていく。
俺は大きく背伸びをした後立ち上がりロイに言う。
「さて、それじゃあ、リナに会いに行くかな」
「そうだね。って、すっかり話し込んでた」
「まあ良いじゃないか、たまにはこんな日があっても、な?」
「まったく、父さんって人は」
家の中に入ると、さっきまでの静かさと比べ、とたんに騒がしくなる。
ロイは家に入るや否や声を上げた。
「母さん、父さんを呼んできたよ」
すると、子供部屋から大急ぎで出てくるリナの姿。
表情から見るに、結構怒ってる。
「ロイ、すまないが、彼らの面倒を頼むよ」
雰囲気を察してか、彼は頷いた後、子供部屋へ入り、扉をきっちりと閉めた。
少しだけ気まずい雰囲気が流れ、俺は堪らず
「な、なあ……。とりあえず椅子、座ろうか」
彼女は黙ったまま、俺の正面の椅子へ座り、互いに向き合う。
それでもリナは黙っている。
「……リナ」
「何…?」
「……わ、悪かったよ」
「それは、何に対して謝ってるの?」
「そ、それは……お、遅れたことかな……」
「…別に、いいけど」
「リ、リナ、どうしてそんなに怒っているんだ…?」
リナは前と変わって、どことなく暗く、言動も少しだけ棘がある。
それは、トクナガさんを喪った後から。
彼女の中で、それが後を引いているのだろう。
そして、その彼を殺した人物が目の前にいて、あろうことか自分はその人物の妻なのだから。
でも、どうすれば良かった?あのままリナを見殺しにすることが最善だったのか?
いいや、違う。違うはずなんだ。
「……怒ってる理由なんか、自分で考えればいいじゃない」
「…リナ……」
彼の死からまだたったの3日だ。当然の反応なのかもしれない。でも、リナも分かるはずなんだ。彼女が死んだら、アウロラを抱ける人が居なくなってしまう。
俺には……あの子を抱く資格なんか無いから。そして、今は彼女をまともに抱きしめる事さえできない。
罪を背負うにはあまりにも大きな代償だった。
「…リナ、実はな……ロイが、学校に行きたいそうなんだ。リナ、君はどう思う?」
「……別に、良いと思うよ。…私に聞く必要なんか、無いでしょ」
その言葉で、思わず声を荒げた。
「リナ!!!」
「……何。別におかしい事は言ってないよ」
「君は、あの子たちの親だろ?なら―」
「それはムゲンが決めたことでしょ、私は知らないよ」
「リナ、お前!!!」
手を思い切り握りしめる。
「…そうやって、偽善者ぶってれば、あなたは気分がいいでしょうね。私の事、なんにも分かってくれないくせに、助けたつもりになってさ」
その言葉が、俺の胸に突き刺さる。気づけば、俺の口から勝手に言葉が漏れ出していた。
「………ああ、そうだな。俺はこの手でお前の親代わりの人を殺した。それを引っ張るのは仕方がないと思うし、恨まれるのも俺のほうだろう」
「だがな、考える事を止めて、思考停止したままの人間に言われたくはない」
その言葉でリナは立ち上がり、俺の頬を殴った後叫ぶ。
「……ムゲンなんかに分かるか!!!私が、どれだけ苦しいか!!!」
「分かりはしないさ。俺はお前じゃない、だから少しでも互いに寄り添わなきゃわからない」
「うるさい!!そんなの―」
頑なに否定し続ける彼女を見て、俺の中で何かが消えた。
そして、俺は
「なら、
「え………」
涙に濡れた彼女の目が大きく見開かれる。
「俺を殺して、仇を取ればいい。そんなに俺が恨めしくて苦しいなら」
「ち、違う……そ、そんな…つもりじゃ……違うの…ムゲン…!」
「俺は…お前に殺されるのなら、何も後悔しない」
「や、やめて……!わ、私が……ムゲンを……殺す……?いや……嫌…!!」
その言葉ではっとする。俺は、何てことを言ってしまったんだ。
「あ……ぁ……ごめん…なさい…ムゲン……私は……」
「リ、リナ、悪かった。…君は、誰も殺さない。殺さなくていいんだよ」
「……もう、放っておいて……私は………」
「リナ……」
ふらふらと外への扉へと向かうリナ。
「お、おい……どこへ行くんだ…」
「どこでも……いいじゃない……。私は…もう、あなたに合わせる顔がないよ……こんな私、貴方に見せたくなかった……」
「そ、そんなことは―」
「もう、放っておいてよ!!!!私を見ないでよ!!!!」
リナは叫び、外へと走り出す。
俺は急いでリナの後を追った。頬の痛みなんか気にせずに。
しかし、外に出たときにはリナはどこへ行ったのか分からなかった。
俺は落ち着いてリナが居そうな場所を考える。
外は既に夕暮れで、もうじき辺りを真っ黒に染め上げる夜が来る。
丘を駆け下り、辺りを見渡して、目についた人に声をかけた。
「あ、あの!ここらへんに銀髪の女性が通りませんでした!?た、たぶん泣いていたと思うんですけど」
首を傾げ暫く考えた後、その人は首を横に振った。
そのあと、何人もの人に聞いて回っても、首を横に振るばかり。
後悔よりも、焦りが大きくなっていく。
「リナ……!無事でいてくれ……!」
今はただ、彼女が何もない事を、何も起きていない事を願って。
俺は分かっていなかった。
大切なものを守ると言って、結局見ていたのは子供たちばかりに目が行って、リナの事を考えてもいなかった。
俺は、彼女を理解してあげられていなかった。彼女からすれば、今の世界は狂っているような世界なのかもしれない。
『正しい!?正しいわけないじゃない!!!大切な家族を、最愛の人が殺すなんて、正しいわけないじゃない!!!』
「くそっ!何が、何が『手を血に染める覚悟がある』だ!目の前の大切な人から目を背けて!!そんな奴が言うセリフじゃねえだろ…!!!」
あらかた街を探したが、リナを見かけることは出来ず、俺はスラム街へと向かう。
スラムへと来ると、エミリーの家が見えてくる。
エミリーは、家の前で立っていて、何か考え事をしているようだった。
「エミリー!!」
俺は慌ててエミリーに声をかける。
「あ、ムゲンさん。ど、どうしたんですか!?すごい汗が―」
「リ、リナを見なかったか!?」
言葉を遮るように食い気味に聞く。
彼女は少しだけ驚いた様子で言葉を返した。
「え……リナさんですか…?み、見てませんよ…?どうしたんですか?」
「い、いや、知らないなら…いいんだ。すまない、忙しいからもう行くよ」
「は、はい……」
歩けど歩けど、リナの姿はない。本当に…どこへ行ってしまったのだろう。
俺は次に基地のほうへと向かった。
基地を見回し、一人の兵士に声をかける。
「き、君!リ、リナを……いや、リナ・ハートライトを見なかったかい!?」
「え、と、突然何を…って、ムゲン少尉!?」
「どうなんだ!?」
「え、い、いや…見てないと思いますけど…」
「そ、そうか。…基地も探してみないとな」
俺は兵士にお礼を言った後、基地内を探し回る。
しかし、どこを探してもリナの姿はない。
焦りと、不安、そして止められなかった後悔の念が俺の中で混ざり合う。
「…ここもだめか。…後は……」
「ムゲン」
振り返ると、大勢の兵士たちが息を切らせている中にファングやユーリたちの姿があった。
「ファング……?」
「いないんだろ、基地は探しておく、お前は別の場所を、アイツが行きそうな場所を探すんだ」
「…俺……でも…」
「ムゲン、トクナガはもういないんだ。アイツの心を受け止められるのはお前だけになったんだよ。だから……探すんだ」
「…あ、ああ…。皆、すまない!」
俺は基地に背を向け再び走り出す。
どこを探しても、どこにもいない。
まるで、本当に彼女だけが消えてしまったように。
あまりの不安からか、俺は気づかぬうちに声が漏れ出していた。
「リナ……リナぁ…!!!!どこにいるんだよ…!どこに……!」
子供たちがどうとか、もうそんなの関係ない。俺には彼女が必要なんだ。
他なんていない、彼女じゃないとダメなんだ。
「リナ……!」
居なくなってから分かる、この寂しい気持ちが。
リナは、一人で彼の死を受け止めていた。
そんな彼女に、俺は……俺は…!!
『俺を殺して、仇を取ればいい。そんなに俺が恨めしくて苦しいなら―俺は…お前に殺されるのなら、何も後悔しない』
こんな事を言った俺を殺したかった。どうして寄り添ってあげられなかったんだろう。
辛いって、苦しいって言葉からも、顔からも出ていたのに。
リナの言う通りだった。俺は、偽善者ぶっているだけなのかもしれない。助けた気になっていただけなのかもしれない。
でも、だからこそ、今は純粋に彼女と会いたい。
もう一度会う、そのためだったらどんな痛みも、苦しみも耐えられる。
この世界に神がいるのなら、この思いを聞き届けてほしい。
走りながら、俺はただひたすらにリナの無事を祈った。
息を吸うために一度立ち止まる。ふと目に入ったのは小さな路地裏。
そこで微かだが人の声が聞こえた。
まさかと思って覗くと、そこにはリナを囲む3人の男がいた。
ゆっくりと近づいていくと、話している内容が聞こえてくる。
「なあ、姉ちゃん、一緒に遊ぼうぜ?」
「……」
「何黙ってんのさ、遊ぼうぜって言ってるんだけど?」
「………」
「なんだよ、つまんねえなあ、まあでも、黙っているならオッケーって事だろ」
ふつふつとした怒り。
「じゃ、そこ座れ」
「…嫌です」
「座れって言ってんのがわかんねえか!」
男はリナの髪を掴んでナイフを首元へ
その光景で、俺の中の怒りが爆発した。
「……俺の女から離れろ。クズが」
一斉に全員の視線が集まる。俺の姿を見たリナは、思わず声を上げた。
「ムゲン……」
「なんだよ、今良い所なんだ、邪魔すると、殺すぞ?」
こちらを睨みつける一人の鼻を思い切り殴る。
力を入れすぎたのか、殴られた男は吹き飛び鼻を押さえている。
「…殺してやる。俺の女に触れたこと、後悔させてやる」
二人が襲い掛かる。正面からくる男の懐へ入り腹部への一撃。
側面からのパンチを受け止め、手刀を首目掛け落す。
「ぐ……てめぇ……殺す…!!」
男たちは立ち上がり、ナイフを取り出した。
「ムゲン……!」
俺は拳を構えなおし、一人へと殴り掛かる。
殴られた反動で思い切り吹き飛ぶ男。
「へっ……やるじゃねえか、じゃあ、これならどうだ」
鼻を押さえる男はリナを掴み、ナイフをリナの首元へ。
「動けば、この女は死ぬぞ。それでも戦うか?」
「………くっ」
「さっきはよくもやってくれたなぁ?殺してやるよぉ!てめえなんか!!」
その言葉と共に腹部に鋭い痛み。ナイフを刺された。
腹部を押さえて痛みに耐えている間も、俺の肩、腕が傷をつけられていく。
気づけば3人に囲まれ、体を切り刻まれていた。
膝をつき、地面に伏す。もう身体が動かなかった。
情けない……リナを守ることすら……。
「これで、トドメだなぁ…!!」
すると、俺の前へリナが立ちふさがる。
「……彼は殺させない」
「今更邪魔だ!こいつも切り刻め!!」
「リナ……やめ……ろ……逃げ…ろ…!」
「嫌だ!私は一歩も退かないから!!」
リナは俺の前に立ちふさがり、両手を広げている。
彼女の体から血が滴ってくる。
そして、リナも膝をついた。
「ふん。これくらいにしておくか。良かったなあ、二人仲良く死ねるんだもんなぁ」
トドメと言わんばかりに男はリナの腹部を蹴った。リナは吹き飛び、地面に横たわる。
「リ………ナ……」
傷だらけの身体で這いずって彼女へと寄る。体を起き上がらせることさえ苦しい。
でも、自然と悲しくは無かった。
「リナ………」
「う………ムゲン………?」
リナの側まで来ると、リナもこちらへと身体を寄せる。
「…随分探したよ………皆にも手伝ってもらってさ……」
「……ごめんなさい……私……」
「いいんだよ、俺も謝らなければいけない」
「あなたは謝ることなんて―」
「いいや、真剣に聞いてほしい。俺は、確かに偽善者ぶってただけなんだろう。でも、今は……単純にお前を想っている」
「……」
「俺がトクナガさんを殺した事実は変わらないけれど、それ以上に、俺はお前が好きなんだ。離れてからなおさら分かったんだ。俺には、リナしかいない」
「代わりなんか無い。俺は、MSを傷つけて帰ると怒って、MSの話になると子供みたいになって、嫉妬っぽくて、卑屈になるところがあって、でも俺の側にいてくれるリナじゃなきゃダメなんだ」
リナは大粒の涙を流しながら言う。
「わ、私も……あなたと離れて……寂しかった…。怖かった。でも、今更戻れなかった……だから……。あなたの事は許せないかもしれないけど、でも…私はムゲンの事が好き」
「ロマンチストで、偽善者ぶってて、いつもどこか上の空で、でも、いつも私を守ってくれる。そんなムゲンだからこそ好きになれた…。一人の女性として人を愛せた」
「許せないところもあるけどね、そういうところを妥協していくことで、お互いに分かり合えるんだよね……」
ゆっくりと頷く。
「ああ……それで……それだけでいいんだ」
仰向けに寝転がり、呟いた。
「あー………痛ぇなあ……。リナに殴られた頬が今になって痛む……」
「…私も…すっごい痛い……。血だらけだもんね、私達」
「思えば、そんな姿でこんな話するもんじゃあないよな?」
自分たちの今の状況を思い出し、思わず二人で噴き出してしまった。
「ははは!!!!」
「ふふふ…!あはは!!!」
「……ねえ、ムゲン」
「何だ?」
「私、もう大丈夫だよ。もう……泣かないよ」
「たまには泣いてほしい」
「どうして?」
「俺が慰めたいからかな」
「……いつも慰めてくれてるでしょ」
「……そうだっけか」
「ほんっと、あなたって人は……」
「…俺も、いつまでも引きずらないことにする。……そういうのはたまに思い出すくらいでいいんだ」
「それでいいと思うよ、あなたらしい」
「なんだ、それ」
「ふふっ、あなたには分からない事だよ」
「…?変なリナ……」
そのあと俺たちはファングに見つけられ、基地で怪我を治療した後、家へと帰った。
0093.3.20
フィアさんが目覚めた後、俺たちはアウロラの誕生日パーティーを兼ねたピクニックをすることになった。
家の事はロイとエミリーに任せておいた。本当はみんなで行こうと思ったのだが、ロイが『迷惑になるだろうから、父さんたちだけで行ってきて』と言われてしまった。
俺たちは日本へと向かい、そこでクロノード達と合流することになっている。
「ムゲン」
その声で俺の名を呼ぶのは、これで何度目だろう。
白髪の髪をゴムで束ね、キリっとした細い目に、力強さを感じる眉。整った輪郭で、とても30代後半とは思えないイケメン。
初めて会ったあの日から変わらないクロノード・グレイスの姿がそこにあった。
「……クロノード、久しいね」
「何を言ってる、6日と14時間36分ぶりだ」
「そ、そんなに詳しく言わなくたって……」
「ははは!俺はまだ元気だぞ」
その言葉とは裏腹に、左腕はぷるぷると震えていて、それを必死に隠そうとしているのが分かった。
「おう!ムゲン君じゃないの!」
「ああ、カカサか。調子はどうだい?」
カカサは珍しくスーツを着ていて、認めたくは無いがそれが似合っていた。
「おかげさまでバッチリさ。今日はフィアもいる」
「…そういうことだ。ムゲン」
カカサの肩をポンと叩いてこちらへ姿を見せたのはフィアさん。
「もう立って歩いても大丈夫なんですか?」
フィアさんは肩を竦めながら
「いや、実際どうだったかは忘れたが、まあ私的には大丈夫だ」
「……いやいや……」
「ムゲン……さんだ!こんにちは!」
フィアさんの横からひょこりと現れたのはルナちゃんだった。
黒い髪をフィアさんと同じように伸ばしていて、キリっとした眉に、細い目。ニコニコと笑っている姿がクロノードと重なった気がした。
「ルナちゃん、別に無理してさん付けする必要ないよ」
「そうなの?ママ……じゃなくてお母さんが」
「ん?ああ、そうだな、目上の人には礼儀をしっかりと言っているからな。でも、ムゲンが良いって言ってるんだ、良いんだぞルナ」
ルナちゃんはぱあっと笑顔になり
「うん!!ムゲン!抱っこし―」
「ダメ―!!!」
そうやって俺とルナちゃんの間に割って入ったのは銀の髪の女の子。
「ダメなの!いくらおねーちゃんでも、パパは渡さないのー!!」
こういうちょっと嫉妬っぽい所はリナに似ている。
「ははは。アウロラ、いいじゃないか、ちょっとくらい」
「ちょっとじゃないもん!パパいっつもおねーちゃんばっか抱っこするー!!ずるいー!!あうろらも抱っこ―!!」
苦笑しながらも、俺は頷いてアウロラとルナちゃんを抱き上げる。
「ほら、これでいいかな?」
「わーい!パパに抱っこされたー!」
「わ、わーい…」
アウロラに比べてルナちゃんはちょっとだけ控えめに喜んでいる。
恥ずかしさというのを覚えてしまえば、きっと抱き上げる事なんかできないんだろうな、なんて思ったりしている俺がいる。
「どれ、そろそろ始めるか」
俺は頷いて、二人を降ろし、目的の場所へと向かう。
その草原は、一目見れば楽園のような場所だった。
そこら中に花や草が咲き乱れ、風に揺られて楽しそうに踊る。
そんな光景を見ているだけでも幸せと感じれるのに、今はクロノード達がいる。
リナはフィアさんと一緒にお弁当の準備をしているようで、ルナちゃんとアウロラは草原で遊びまわっている。
景色を少し離れたところで見つめていると、隣にクロノードが並び
「……いい景色だな」
「ああ。そうだな」
「なあ、ムゲン」
「どうした?」
「何故あの時、お前は俺に語り続けた。記憶が無かった俺へ過去の事を言い続けた?」
「何故だろうな。でも、俺はどこかでクロノードの記憶が戻るんじゃないかって思えたんだ」
クロノードは肩を竦め言う。
「それは、ニュータイプの勘ってやつか?」
「さあね、でも確かにそう思えた。いや、信じたかったの方が正しいのかもしれない」
「……?」
「結局、俺がクロノードを思い出させたわけじゃないと思うんだ。あの時、あの場所には見えない【
クロノードは首を横に振った後
「違うな。俺はお前の言葉で目が覚めた。フィアを、ルナを守らなけらばならないという言葉を聞いて」
「確かに大きな意思があったのかもしれない。だが、俺はムゲン・クロスフォードという男の言葉で覚醒した。それだけは、間違いない」
「クロノード……」
「お前は、随分と成長したんだな。見た目も、中身も。……昔、俺の前に立ちふさがった新兵が、今では肩を並べて娘を眺めて幸せそうにしている。人生は分からないものだな」
「ああ……。きっと、人生なんて分からない事ばっかりなんだろうよ」
「そうだな。…でも、俺は悲しくないんだ。俺という存在を、残すことが出来たから。そして、俺という存在を【
「……そう、か」
「なあ、ムゲン」
「なんだ?―クロノード…!?」
クロノードは俺を抱きしめ、頭を撫でてくる。
「な、何を……」
「……たくましくなったな、本当に……本当に……」
その温もりは、父に抱かれているかのようで、優しかった。
大人であるにもかかわらず、子供に戻った気分で、安心させられる。
「……俺は……嬉しいんだ……俺を語り継いでくれるお前やカカサに出会えたことが」
「俺は……クロノードを語っていける程―」
「いいや、お前はもう、十分俺を超えていたんだ。……俺は、
「お前はまだやるべきことがある。俺よりも多くの事を見届ける事だ」
「………クロノード……」
「いいか、よく聞け、これが兵士としての俺の最期の言葉だ」
「
「……ああ、やってみる」
「その意気だ、胸張れよ?」
大きく頷く。そして、彼は離れると大きく背伸びをして
「よし、昼飯だ!」
くるりと背を向けて歩き出した。
その男は、どんなに病気に侵されても、それでもなお、輝いている。一人の兵士として。
0093.3.21
その日は、雨だった。
まるで、誰かを失うことへの悲しみのような。
死は、平等に訪れる。誰にでも。
病室のベッドに横になっているのは、クロノード・グレイスという男。
その場にいる誰もが、涙をこらえていた。
「…雨……か……」
クロノードはぽつりと呟く。弱々しいその声から、ひどく衰弱しているのが分かる。
「………なあ、フィア……?」
「なんだ?」
フィアさんはクロノードの手を握り、彼の顔を覗き込む。
「……ルナを………任せる…」
「……あ、当たり前だ!わ、私の娘だぞ!?私と……お前の…!!守るに決まってるだろ!!」
「ああ……ありがとう……」
雨の音が、病室の中に響く。
少し間が開いた後
「……カカサ」
「なんだ、クロノード」
「お前は……もう自由だ。もう、俺に付き従う必要も、俺をからかう必要も無い……。後は、お前がやりたいようにやればいい」
「……」
「お前とも……随分一緒に歩いてきたな。焼き鳥……何本奢ったっけなあ……」
「……
「……そうか。そんだけ奢ってたら…そりゃあ歳も取るよな」
「ああ……お互い長かったな」
「そうだな。……なあ、カカサ、もう一度……『相棒』って呼んでくれるか?こんな、こんな俺でも」
「……当たり前だろ!……お前は、どこへ行っても、どんな場所でも無敵の相棒さ」
「嬉しいな……その言葉」
「ったく……後は、任せておけよ」
「ああ、遠慮なく任せるぞ」
再び沈黙。そして
「リナ……」
「……」
「ムゲンは……きっと無茶をするだろう。……だから……だから…えっと…………だから、………側にいてやってほしい」
「ええ、分かってます。何も心配いりませんから」
リナはただ頷き続けた。
「…ムゲン」
「クロノード……」
「懐かしいな、お前と出会ったことを、昨日のように思い出す。お前は新兵だった……」
「ああ……ああ!」
「戦いで、あんなにも純粋なヤツを見たのは初めてだった。だから、なおさらお前に興味を持った」
「俺は、ジオンでもこんなに優しい人が居るのかと、最初は驚いた」
思い出せば出すほど、色んな気持ちが混ざって、苦しくなる。
「そして、俺たちは共に戦い、大きな敵を討った。思えば、そこからだったな……。お前と出会って全てが変わった」
「俺はお前に出会うことが無ければ、きっと別の道を進んでいたかもしれない」
涙が…止まらない。止められない。
「お前は……俺の所へ来て……
「ああ……!お前に出会えたことが……幸せだった!」
「……そう、か……。幸せか……。……俺はもう幸せを感じることが出来ない。だから、代わりにお前が幸せを感じてくれ、そしてそれを他の人へ語り継いでいけ」
「やっと………休めるな……クロノード」
「ああ………長い……道のりだった。…でも、悪い事ばかりじゃなかった……こんなにも素晴らしい仲間と家族に見送られて逝けるんだから」
「……そうだな」
「……………ああ……大丈夫。俺は……人間……クロノード・グレイスだ………。強化人間じゃない……最初から、俺は……」
「……そうだ、クロノード。お前は人間だ。強化人間は、『
カカサは彼に微笑みながらそう言った。
「そう………だな…………ルナも、アウロラも………見てないな?」
「……ああ」
アウロラにも、ルナちゃんにもこんな光景を見せたくはない。
「……それで……いい…………ルナには…………遠くへ出かけたと……言っておいてくれ。そうして………お前が大人になった日…………きっと………――――」
その場にいる全員が察した。クロノード・グレイスは、もういない。
大切な仲間が消えていく。人が死ぬことにはいつまでたっても慣れはしない。
むしろ、苦しくなる。
「あ………あぁ………!!クロ……ノード……!!」
フィアさんの声が余計に胸を締め付ける。俺は、リナとカカサに合図を送り、病室を後にした。
「あ!パパー!」
病室を出た俺に、アウロラがにこにこと近づいてくる。今の俺には、それが耐えられそうにもなかった。
「どうしたの?」
「……なんでも……何でもないんだよ。ちょっと、目がかゆくてさ……」
「ふーん……」
ルナちゃんは椅子から立ち上がり、カカサへと聞く。
「パパ……じゃなくて、お父さんは?」
カカサは泣きそうなのを堪えながら、口を開いた。
「クロノード君はね……病気でさ、だから、とても遠い所へ行って治療するんだ。ルナが大人になった日、きっとクロノードも帰ってくる」
「……カカサは行かないの?」
「……あいつ、雲みたいなやつだからさ。俺、置いて行かれちまったよ……。それにな、クロノードは、ずーっと戦い続けてきたんだ。だから、休憩する必要があるんだ」
「パパ……何で病気なの……?」
「それは………こ、ここでは治せないらしいんだ。と、遠い所なら治せるかもしれないって……」
「……そっか。じゃあ、私決めた!私、頑張って勉強してお医者さんになる!!お医者さんになって、パパの病気を治すんだ!!そうしたら、ずっとずーっと幸せだよね?」
「そう……か、そうか……。クロノードもきっと喜ぶよ……本当に……っ!」
「パパ?どうして、泣いてるの?」
涙が零れた。
「………アウロラ、人には、どうしても……そうなっちゃう時があるんだよ」
リナが優しくアウロラに言ってくれる。そのリナも、涙で顔が濡れている。
「……そっか……悲しいんだね……よしよし」
アウロラは俺のほうへ歩み寄り、俺に抱き着いてそう言った。
「アウロラ……ありがとう……」
そんなアウロラを抱きしめながら、俺は涙を流した。
それから数日後、俺たちはクロノードの墓を建てた。
そこにはカカサ、フィアさん、リナ、俺の四人。
場所は、俺が決めた。
「……ここは」
「ああ、連邦のニューヤーク基地の近くさ。今はここは小高い丘になっているが」
フィアさんは首を傾げ聞く。
「だが、どうしてここなんだ?」
「ああ、それはね」
「ここは、俺とクロノード・グレイスが初めて対峙した場所なんだ」
[そんな機体で俺と戦う勇気は認めてやる、だがそいつじゃ勝てないぜ?無理に戦う必要はないんじゃないかな?]
「あ、あの…どうしてそんなことを…?」
[どうしてって…そりゃそんな奴を倒したって面白くないだろう…?それに、連邦ジオン関係なく人間には変わらないからな、無駄に命はとらないさ]
「そうだとしても、俺には基地を守る使命がある。悪いが引き下がれない!!」
[仕方ない…なら、やるしかないか…]
[ビームサーベル相手に遠距離じゃ、分が悪いだろう?こいつ一本で相手してやる、来い!!]
「舐めるなぁあああ!!!」
それから始まった、10年以上の因縁。
彼は時に敵として、そして時に仲間として、俺の前へと現れた。
そして、その始まりの場所、それがここだ。
彼は、俺との【
宇宙世紀0093.3.21
『クロノード・グレイス』死去。享年36
60 完