その男は、虹の果てで、何を想ったのだろう、そして、何を残せたのだろう。
彼に虹が見せた奇跡は―
外伝:Last Episode of Kuronodo
泣いていた。そこにいる大切な仲間が、家族が。
俺のために泣いてくれている。
きっと、昔の自分では考えもしない事だろう。
俺には、両親なんかいないと思っていた。だが、違ったんだ。
あの時――
戦いの果てで見た綺麗な虹は、俺に確かな温もりを与えてくれた。
それに加えて、俺の隣にいるはずのない人物を感じた。
俺の両親。物心つく前に消えた両親を、名前も、見たことすらない両親を、その時、ハッキリと感じた。
それは勘違いでもなく、幻影でもない。俺の父と母。
二人は笑っていた。それは、俺への労いだったのかは分からない。
だが、確かにあの場所で、【
胸に手を当て、俺は小さく呟いた。
「…暖か…だな…」
かつて、この言葉を言ったのを、今でも覚えている。
そう、
俺の妻の事も、娘の事も。
そして、大切な親友と仲間たちを。
あの虹は、俺に沢山の奇跡を見せてくれた。
奇跡は、それだけではなかった。
2日後の事、カカサの話を聞いて、思わず何度も聞きなおした。
フィアが目覚めたと。彼はそう言った。
俺は急いで支度をして日本へと向かった。ムゲンたちへの連絡はカカサがしてくれたらしい。
病室の前で、何度も息を整える。
すると、背後からカカサが
「行ってやれよ、お前が一番最初だろ」
俺は頷いて、病室へと足を踏み入れた。
病室の奥のベッドで、静かに窓の外を見つめる女性。
病院に来るたびに願った姿で、彼女は今佇んでいる。
ゆっくりと歩みを進め、彼女に近寄る。
足音に気づいたのか、女性は
「……この足音は……。…ああ、随分と懐かしい。やっぱりお前が一番最初に来てくれると思っていたよ、クロノード」
彼女はこちらへ振り向いて、微笑んだ。
俺はただ何も言わず、彼女を抱きしめる。
「……随分と大胆だな、クロノード。ふふ、私は嬉しいよ」
「お前に、お前に会えることを……何度夢見たことか…!やっと…やっと会えた!フィア!!!」
「ああ……私も会いたかった。お前に抱きしめてもらいたかった。……久しいな、クロノード」
話したいことが沢山あった。ルナの事や、今までの戦いの事。
でも、俺には時間が限られている。
出来るだけ、多くを伝えたかった。
「フィア………」
「ああ、分かっている。他の皆もいるんだろう?みんなで話そう」
「ああ…!!」
俺は笑顔で病室の扉を開き、彼らを招き入れる。
今までに感じたことのない喜びからか、自然と笑みがこぼれてしまうのが自分でも理解できた。
ムゲンも、カカサもリナも、全員がフィアが目覚めたことを心から喜んだ。
ムゲンは涙を拭き、そして、ルナを彼女の前へ。そして
「ルナちゃん、やっと、やっと君に会わせてあげられる…。君のお母さんを」
俺にとっては4年ぶりの再会。しかし、フィアにとっては6年ぶりの再会、喜ばないはずなどない。
ルナはゆっくりとムゲンの前へ出て、俺を見た。
「パ……パ……?」
涙が出そうになった。親になってから、つくづく涙脆くなったと感じる。
我が子がこんなにも成長していたことが、そうさせるのだろうか。
「…ああ。久しぶりだな、ルナ」
「…!!うん!!」
俺はルナに手招きし、フィアのほうを見ながら言った。
「さあルナ、覚えているか?ルナの母さんだ」
ルナは視線をフィアへと向け、大きく頷いた。
「うん!!ママだ!!!」
その言葉を聞いたフィアは、ルナを抱きしめ
「ああ……ルナ……!こんなに大きくなったんだな…。こんなに……こんなにも…!!私は嬉しいよ」
彼女の目には涙が流れていた。
ルナも寂しかったに違いない、けれど、親である俺も、フィアも…寂しかったんだ。
あの時の選択は、間違っていたのかもしれない。だが、ルナだけは、俺たちのような道を進んでほしくは無かった。
だから、後悔はしていない。
……でもこれで、安心できた。
ルナを抱きしめてくれる人がいる。それでいい。
それから数日後、フィアは退院し、家に帰ってきた。
カカサは用事が出来たとか言って数日の間家を空けるといって消えた。
……空を見ていた。
地球から見る空は、コロニーとは違い、綺麗な星が輝いては消えていく。
それを優しく見守るように佇む三日月。
「……綺麗だ」
自然とそんな言葉が漏れていた。
「おや、それは私に言っているのか?」
「うおっ!?フィア!?」
いつの間に隣にいたのか、彼女はこちらを見つめながら微笑んでいる。
「ふふ、お前は相変わらず可愛いな。…でも確かに……この空は綺麗だな」
彼女も空を見上げた。
二人の間に、少しだけ沈黙が流れる。
「なあ、クロノード」
「なんだ?」
「……ルナも随分と成長したな…。お前も、ムゲンも、成長した。……私は嬉しいよ」
「何を言うんだ、俺はもう限界さ…。だから、せめてルナといれるだけいてあげたい」
「………カカサから聞いた。副作用だったか……」
「ああ。強化人間という存在の宿命さ。……でも、後悔も、悲しさもない。ムゲンと決着をつけられた。それに……」
「俺の存在を記憶し続けてくれる人たちがいる事を知ったから」
俺はフィアに微笑んで見せた。
「……悲しい…ものだな…。愛する人が死んでしまうというのに、何もしてあげられないなんて」
俺は首を横に振りながら
「いいや、フィアは俺に沢山の事をしてくれた。それに、俺を愛してくれたじゃないか。それで…いいんだよ」
「……クロノード…」
「時代は嫌でも進んでいく。…けれど、それを乗り越えて生きていくしかないんだ。フィア、どうかルナを頼む」
「…ああ。分かっているとも」
彼女は手で自分の目を覆い、上を向く。
彼女の唇が震えているのが分かった。
俺はフィアを抱き寄せ、頭を撫でる。
「く、クロノード!?…なにを……」
「悲しい時くらい、俺がいるんだから頼ったらいいんだ。そうだろ?」
彼女は俺の胸に顔を埋め
「……クロノード……。うっ……うぅ…!!
「お前が居なくなるなんて嫌だ……!私を……一人にしないでくれ……」
「……俺だって、お前と離れるのは辛いさ。けれど、仕方がないじゃないか。……今は少しでもフィアを抱きしめていたい……そうすれば、君を感じれるから」
「…あぁ…!」
二人の悲しみを、月は静かに見守り続けた。
外はあいにくの大雨。
「…雨……か……」
そういえば、ルナが生まれた日も大雨だったな。
嬉しさもあるが、悲しさのほうが大きい。
ルナの成長した姿を見たかったし、出来れば、花嫁姿なんかも見てみたかった。
たしか、あの時は任務終わりだったな、カカサと二人で大慌てで病院に向かったのが昨日の事のようだ。
「はぁ…!はぁ……!!」
病院の前まで来て、やっとまともに立ち止まった。
それまでほとんど駆け足だったから。
「ちょ、ちょっとぉ、クロノード君、速いってぇ……!」
後ろから肩で息をしているカカサを横目に、俺は息を整える。
「……よし、行くか」
任務よりも緊張しているのか、どことなく声が上ずっているのが自分でも理解できた。
フィアが無事でいてくれることと、俺に親が務まるのかという事が頭の中でごちゃごちゃに混ざって、不安が募っていく。
案内された場所は、廊下で、話によるとこの扉の奥でフィアが頑張っているのだとか。
俺たち二人は、ただ扉の前の椅子で座って待つ事しか出来なかった。
あれやこれやと不安が募り、扉の前をふらふらと歩く。
それを見たカカサは肩を竦めながら
「クロノード君、気持ちは分かるけども、ちょっとリラックスしたら?ほら、この俺っちみたいにサ」
「い、いや……だがな………。心配なんだよ、フィアが…」
「ま、そりゃそうか。……んでも、クロノード君がそうやってしてたって、何も変わらないよ。ささ、座るがよろし」
そう言って彼は俺を強引に椅子に座らせた。
それでも落ち着かず、キョロキョロと周りを見渡してしまったり、やっぱり立ち上がろうかと思ったり。
するとカカサは
「よし、クロノード君、まず子供が出来たら、どんな名前にする?話によれば女の子って事だし」
「えっ……」
彼の言葉に少しだけ硬直してしまう。少しだけ考えた後、俺は口を開いた。
「そう、だな……【ルナ】というのはどうだろうか」
「へえ、じゃあそのルナちゃんに初めて会ったら、君はどうするよ」
「そ、そりゃあ抱きしめたい……かな」
「そうか。それじゃ、ルナちゃんの好きな食べ物を当てようぜ」
「どうやってだよ」
「あー、違うな。うん。…………まあ、何だ、俺も……緊張しているみたいだ」
「カカサ……」
珍しい。あのカカサがここまで緊張するところを初めて見たかもしれない。
「今日は雨だからって、そんなに湿っぽくなるなよクロノード君。今日は、良い日なんだぜ?」
「……あ、ああ…」
「あ!思いついたぞ!」
カカサはポンと手を叩き立ち上がる。
「な、何をだ……?」
「ルナちゃんの将来の夢さ!なってほしい職業とか無いの?」
俺はうーんと唸った後。
「ねえよ。少なくとも、俺やフィアのような道に進まなければ、それでいい」
「あーもうっ!夢が無いっ!夢が無いよクロノード君!!それでもアンタ親なのか!?」
肩を掴まれグラグラと揺らされる。
「い、いや、そうは言ってもだな……」
「じゃあ、代わりに俺が決めちゃおうかなぁ!!」
カカサはふっふっふと笑った後
「チョーイケイケの美少女になってもらって、いい学校入って、そんでもって
「…ふふ、そうだな。そりゃあいい」
すると、カカサは
「んでもって、チョーイケメンの男と結婚してさ!」
「ま、待て!気が早すぎるぞ!!」
「えー、いいじゃんかー。どうせ妄想だしさ!」
「だからって、結婚なんて、まだ生まれてもいない子に……」
「いいや、クロノード君分かっちゃいないね。ああ、分かっちゃいないとも」
「……な、何が…?」
カカサは人差し指を立て、ウインクしながら
「子供ってのは、クロノード君が思ってるより早く成長するもんなんだよ」
「そうなのか…?」
「ああ、そうさ。そうだって本に書いてあった」
「ほ、本って……」
「仕方ないだろ?俺だって子供なんか持ったことないしさ。それに、将来持つ気も無いからさ」
「お前……」
「だから」
カカサは真面目な表情で言った。
「…素直に嬉しいんだ。お前が子供を持つって聞いてさ」
「………ありがとう。カカサ」
「な、なんだよ、きもちわるっ!」
「誰が気持ち悪いだぁ!?」
ちょっと声を上げて立ち上がると、カカサはオーバーなリアクションを取りながら
「ワーヤメテー!!」
気づけば、俺の心の中で、不安が少しずつ消えていくのを感じた。
無意識でやってるのか、自分の意志でやっているのかは分からないが、今はありがたいと思った。今だけは。
それから、何時間とも思える時間を待った。
そして、扉の奥から赤ちゃんの泣き声が聞こえ、思わず立ち上がる。
「……!」
それにつられてカカサも立ち上がって叫ぶ。
「や、やっとか!!!」
医師に案内され、俺たちは病室へ。
心臓の音が聞こえる。今まで聞いたことのないくらい大きな音で。
病室の奥で、ベッドに横になるフィアと、小さな赤ん坊。
「フィア……!!」
「おや、クロノード……。それにカカサも……」
「…無事で良かった…」
「ああ。この通り、元気さ。…ほら、見てやってくれ。お前の娘だ」
震える手で赤ん坊を抱き上げる。
俺の……子供。
しっかりと理解するには時間が掛かったが、この可愛い子供を見ていて思うのは、守らなければならないと、そう感じた。
「……なあ、クロノード…。何て名前を付けようか」
「えっ…」
「迷うことは無いだろ?クロノード君」
カカサはにやっと笑ってみせる。
俺は腕に抱く子を見つめ、頷いた後
「この子は……【ルナ】。
「…ルナ……か……。良い名前だよ、クロノード。…なあ?カカサ」
「だねえ…。ちゃんと意味まであったなんてクロノード君はすごいネ」
「……本気でそう思っているのか?」
「もちのろんさ。俺ぁいつだって…って、もちと言えばこの前―」
彼の言葉をスルーし、ルナを見つめる。
将来、きっとフィアのように美しい人になるんだろうなとか、考えたりしながら。
でも……それも……もう叶わない。
俺はここで足を止めなければいけない。
ルナを……
「……ルナを………任せる…」
俺の前で大粒の涙を流しながら彼女は叫ぶ。
「……あ、当たり前だ!わ、私の娘だぞ!?私と……お前の…!!守るに決まってるだろ!!」
良かった。彼女になら……任せられる。
「ああ……ありがとう……」
消えていく。何かが…ひとつ、またひとつと。
でも、それに恐怖を感じる事も、悲しさを感じる事も無かった。
ああ……でも、ひとつだけ悲しい事は、ルナの大人になった姿……見てみたかった。
「やっと………休めるな……クロノード」
ムゲンは、涙を流しながら、俺に微笑む。彼の泣く姿を見たのはこれで何度目だろうか。しかも今回は…俺へ向けられた涙。
「ああ………長い……道のりだった。…でも、悪い事ばかりじゃなかった……こんなにも素晴らしい仲間と家族に見送られて逝けるんだから」
「……そうだな」
言葉とは裏腹に彼は少しだけ納得がいかなそうな顔をしていた。…本当に顔に出やすい。
まだまだ頼りないところもあるが、彼はまだ強くなる。
人の死を……俺の死さえ糧として強くなる。
強化人間でありながら、ニュータイプとしての温かさを持っている。
強化人間にはないその温もりを…彼は持っていた。
……おかしいな……。俺も……強化人間のはずなのに……【
そうか……俺は…最初から……
「名前が嫌いなんだろう?なら…こうすれば良いじゃないか!」
「……空砲…?」
「…せーかい!これでお前、ジョン・クライガーは死んだ。これで、自分の名前…つければ良いじゃないか」
「……なら…お前も…」
「…これで…俺達二人は名無しになった」
「…さぁ。自己紹介からだ」
「あぁ…」
「俺の名前はクロノード・グレイス。よろしくな!」
「…俺は…カカサ・キヤモイだ…よろしく。クロノード君よ」
そうだ……俺は…クロノード・グレイス。……強化人間なんかじゃなかった。
「……………ああ……大丈夫。俺は……人間……クロノード・グレイスだ………。強化人間じゃない……最初から、俺は……」
「……そうだ、クロノード。お前は人間だ。強化人間は、『ジョン・クライガー』。あの日、あの場所でもう一人の男と共に死んだ」
…俺も……人間だったんだ。
ああ……それが分かっただけで……もう満足だ。
「……それで……いい…………ルナには…………遠くへ出かけたと……言っておいてくれ。そうして………お前が大人になった日…………きっと……」
きっと会いに行く。
……無理でも………そうだとしても……
…ルナ……お前が……大人になった時、また、抱きしめてやるからな。
俺はクロノード・グレイス。
たった一人のどこにでもいる兵士。
でも、それでも…そんな俺にも家族とかけがえのない仲間たちがいた。
俺の存在を記憶してくれる人が居た。
カカサ・キヤモイという男と共に歩き続け、ここまでたどり着いた。
そうして、俺に残ったものは…何もない。
死には……何も無い。
『違う。クロノード……』
その声は、真っ暗な世界から響いて聞こえた。
フィアの声。
俺はもう……死んでいるのに。
『あなたは……残せた。私は……知っているから…』
そうか………フィアは知っているのか……聞かせてくれ、俺には……何が残っている?
『温もり……。あの、宇宙で輝く温かな光』
…ああ…………
温もり……か……
……いいものだ……な……
俺はもう何も感じることは出来ない。
そして、この先の未来を歩むことも、見ることも出来ない。
けれど、それでも、悲しくはない。
……俺は物語や筋書き通りが嫌いだ。だが…
大切な家族と、親友と歩めたこの物語だけは………好きになれそうだ。
Last Episode of Kuronodo 終