機動戦士ガンダム虹の軌跡   作:シルヴァ・バレト

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差し伸べられたその手は温かかった。そう知ったのは、かつてそれを教えてくれた【友達】

自分にはこんなにも沢山の感情があった。それを教えてくれたのは、大切な【先生】

そして、目の前に広がる人の意志は、世界さえも変えると信じさせてくれたのは、今まで歩んで出会った【仲間たち】

これは、そんな少女の出会いの物語。


外伝:Episode of Lily

 綺麗な虹だった。

 

 優しい温もりが、心の中で広がって……。

 

 私は理解できた。

 

 これが【()()()()()】なんだって。

 

 本当に大切なものを守りたいと思う気持ちなんだと。

 

 その場にいる全ての人が呆然とその景色を見ていて、それを止めようとするものは誰一人いなかった。

 

 優しいその温もりをずっと感じていたくて、胸に手を当てる。

 

「先生……」

 

[リリーか……。どうした?]

 

 先生の声は穏やかだった。初めて手を差し伸べてくれたあの日と同じ声。

 

 きっと、あの日から私の人生は変わった。

 

 目の前で大切な【()()】を奪われて、絶望に暮れていた私を、その手は優しく包んでくれた。

 

 怖くないって、一人じゃないって言ってくれた。

 

 その優しさで、言葉で救われた気がして。

 

 でも、先生はそんなの知らないだろうけどね。

 

 忘れてない。辛い過去も、先生との出会いも。

 

 

 

 私には両親の記憶が無い。

 

 居たのかもしれないけど、顔も、声も覚えてない。

 

 今両親がどうしているのかも分からないけど、せめて、生きていてくれれば、それでいいと思ってる。

 

 両親の記憶すらない私は、物覚え付いた頃には大きい施設で暮らしていた。

 

 私がここに来る前まで住んでいた場所。

 

 どういうことをしていたのかは分からない。だけど、人体実験であることは確か。

 

 私も、何度かその実験を受けさせられた。

 

 実験に選ばれるのは決まって私と同じような子供ばかりで、実験を受けて帰ってこなかった子も沢山見てきた。

 

 …きっと、実験の負荷に耐えられずに命を落としてしまったのかもしれない。

 

 真相は分からないけど、私はその実験を受けて見事に帰ってこれた。

 

 だから、大人の人たちには【適合者】って言われてたっけ。

 

 そう、かつての私には名前なんか無かった。

 

 彼らにとって、私達の名前なんかどうでもよくて、適合者、実験番号で呼ばれていたのを覚えている。

 

 実験で生き残ったのは私だけじゃなくて、もう一人いた。

 

 それが、私の人生初めての【友達】。彼も、大切な家族を失ってこの施設に入れられたらしい。

 

「言うことを聞け!適合者!!」

 

「……っ……!!」

 

 あれは、別の子に暴力を振るう研究者を止めるために、研究者の前へ立ちふさがった時。

 

 暴力を振るわれ、怖くて涙が出そうだった時、彼は

 

「……やめろよ!!」

 

「ああ?お前、俺に何て言った!?」

 

「ぐっ……!!」

 

 研究者の拳で、その少年は呆気なく吹っ飛ぶ。

 

「…ちっ。適合者を虐めるのがバレると面倒だ。てめぇら、喋るんじゃねえぞ!!!」

 

 終始イラつきながら研究者は部屋から出て行った。

 

 私は吹き飛んだ少年の近くへ

 

 少年は地面にうずくまって、目を瞑っている。

 

 怖かった。人と話した事なんか無くて、話したらまた殴られるかもしれないと思うと、怖くて声が出ない。

 

 でも、彼が心配で仕方が無かった。あの時助けてくれなかったら私は今以上の痛みを感じる事になってたのだから。

 

 だから……本当に微かだけど、口を開いて声を出す。

 

「だい……じょうぶ……?」

 

 弱々しいその声でも、少年の耳にはしっかりと届いたようで、彼は体をゆっくりと起こすと、にっこりと笑って見せたのだ。

 

 それから、静かに口を開く。

 

「……大丈夫。君は、大丈夫?」

 

 まさか言葉を返されるとは思ってもみなかったので、慌ててしまう。

 

 すると、彼は心配そうな表情で私を覗き込む。

 

「やっぱり、どこか痛い…?」

 

 人に見つめられるということ自体が初めてで、少年の顔をじっと見つめ返す。

 

 短めの黒い髪に、きりっとした眉。そして、安心感を覚える目。

 

 この少年に、この場所は似合わない。子供の私さえ、そう思った。

 

 私ははっとして、少年から目を背け、小さく首を横に振った。

 

「……そっか。なら良かった」

 

 その場はそれっきりだった。

 

 でも、その日から何故かあの少年の笑顔が忘れられなくて

 

 少しだけ興味を持った。

 

 彼と少しだけ…ほんの少しだけ話をしてみたい。

 

 けれど、それは叶わない現実で、私にそんな勇気は無くて……

 

 今まで、自分のそんな性格が嫌とは思わなかった。

 

 ここの世界で会話は必要ない。笑うことも、喜ぶことも、必要なかった。はずなのに……

 

 あの少年は、そんな世界で笑って見せた。

 

 それが、少しだけ羨ましく思えて……。

 

 だから、初めて私は自分の性格が少しだけ嫌いになった。

 

 臆病で、根性なし。

 

 でも、怖いから……何かを言われて、殴られたりするかもしれない。

 

 そんな感情が、私の脳内を支配するたび、彼との距離は離れていった。

 

 私のもやもやとは対照的に、実験は日を重ねるたびに厳しいものとなっていった。

 

 人を一人殺すということさえ、臆病だった私に出来るはずもない。

 

 それを強制するようになり、私は耐えるしか出来なかった。

 

 殴られるのが怖くて、痛いから、現実じゃないけど、人を殺した。

 

 部屋に戻った時、私はその場で泣き崩れるしかなかった。

 

 人を殺した、その感覚だけは本物で、正直、殴られるほうがマシだと思えるくらい。

 

 その感覚を忘れられなくて、手の震えが止まらなかった。

 

 泣き続けていた私の肩に、小さな手が置かれる。

 

 見ると、あの時の少年が、心配そうに私を見つめていた。

 

「…大丈夫?何があったの?」

 

 本当は、すがりついて泣きたかった。でも、しなかった。

 

 いいや、出来なかった。

 

 まだ、私の中で恐怖が残っていたから。

 

 だから、何も言えずに、彼を見つめるだけしか出来なかった。

 

 彼は、小さく微笑んだ後

 

「無理、しないでね。苦しかったら、オレを呼んで。きっと、君を助けに行くから」

 

 彼は、そう言ってくれた。言葉さえ返さない私に。

 

 ただその光景を見つめるだけしか出来なくて、彼が歩いて去っていく姿を見送るしか…出来なくて。

 

 少年は何かを思い出したかのように振り向いて笑いながら言った。

 

「オレはジェームス!君は?」

 

 私は恐る恐る、口を開く。

 

「……私は――」

 

「適合者02、時間だ」

 

 言葉を遮るように、ジェームスを呼ぶ研究者。

 

 ジェームスと名乗る少年は、少しだけ残念そうな表情を見せた後、部屋を出て行った。

 

 それから、実験の時間を増やされ、ジェームスと会うことも少なくなっていた。

 

 むしろ、それさえ忘れるほどの人間を殺す事を強いられて、正直、あれ以上繰り返していたら狂っていたと思う。

 

 やっと解放されたかと思えば疲れで体が動かず、そのまま死んだように眠る日が何度もあった。

 

 過度なストレスからか、突然暴れ出す子供も少なくは無かった。

 

 そうして、子供たち同士で殺し合いが起きるのも……。

 

 私やジェームスがどうしておかしくならなかったのは今でも分からないけど、私は【唯一の救い】を見つけることが出来たからだと思う。

 

 ジェームスと話してもらった時、私は救われたような気がした。

 

 ここでは感じたことのない【()()】を、彼から感じたから。

 

 

 

 ある日の事、その出来事は突然にやって来た。

 

「ぅぁ……っ!!」

 

 人の体というのは案外簡単に吹き飛ぶもので、それが年端も行かぬ少女であればなおさらだろう。

 

 呆気なく吹き飛ばされた体は、壁にぶつかってから地面へと転がった。

 

 痛みと恐怖、それが頭を支配していく。

 

 何一つ悪い事も、たてついたりもしていない。それなのに、ただ【()()()()】から殴られた。

 

 この頃になると、既に子供たちの多くは死んで、実験を耐えた少数の子供たちだけが、その部屋に監禁されていた。

 

 そうして、研究に煮詰まったり、イライラしている研究者が部屋に入り、手ごろな子供を今のように殴り飛ばす。

 

 彼らは、私達を殴ることでストレスを解消させていた。

 

 私達子供は、ただ怯えて震えることしか出来ないのに。

 

 誰一人として、それを助けようともしなかった。出来なかったのだ。

 

 誰もが大人という存在を恐れ、抵抗する者はいない。

 

「痛いか?痛いよなぁ?…でも、お前が悪いんだ。()()()()()()()()

 

 ただ目線を合わせるだけで、そんな小さなことで、彼は私をターゲットにした。

 

 もう、何を信じればいいのかも、どうすればいいのかもわからない。

 

 このまま殴り殺されたら、どんなに楽なんだろう。

 

 いっそ……殺して

 

 しかし、研究者は気分が晴れたのか、去り際に吐き捨てるように言った。

 

「次見たら、またお前を殴るからな。精々、目を合わせないように努力することだな」

 

 それから、私は人と目を合わせることが怖くなった。

 

 誰かに見られていることも、誰かを見るのも嫌になって……

 

 私は逃げるように人を殺すだけのシミュレーターに没頭した。

 

 そうすれば、誰も私を見ない。誰も私を殴らない。

 

 だから、もっと、もっと倒さなきゃ……。

 

 もっと………もっと………

 

 部屋に戻れば、疲れて、そのまま倒れる。

 

 気づけばまた蹴り起こされて、シミュレーターに。

 

 何一つ変わらない世界。

 

 何も考えなくていい。笑うことも、泣くことも、何一つ必要ない。

 

 ああ……そっか……

 

 見えなければいいんだ。そうしたら、殺さなくてすむし、誰にも殴られない。

 

 

 私は、細いペンを手に取り、自分の目に近づける。

 

 心臓がバクバクと高鳴り、そして、恐怖。

 

 怖い。でも、見たら殴られる。怖い……!!

 

 意を決して、ペンを突き刺そうとした瞬間、その手を誰かの手が抑えた。

 

「………え…」

 

 私は手の主を見る。そこにいたのは、ジェームスだった。

 

 少年はひどく悲しそうな顔で、私の手を掴んでいた。

 

 そうして、私の手からペンを掴むと、地面に投げ捨てる。

 

「何で……!何でそんなことするんだよ!!」

 

 ジェームスは大声で叫ぶ。

 

 怖くて、震えが止まらなくて…

 

 でも、次に感じたのは、痛みじゃなくて【()()()】だった。

 

 ジェームスは私を包むように抱いて、言う。

 

「なんで……オレを呼んでくれないんだよ。君を……こうして救ってあげられるのに」

 

 初めてだった。その温もりも、感じたことのない何かも。

 

 私にとっては、何が何だか分からない。

 

 震える声で私は言う。

 

「…目が……無かったら……皆…私を見ない…。私は……大人を見ないでいい……から」

 

 ジェームスは私に目を合わせると、首を横に振る。

 

「確かにそうかもしれない。けど、目が見えなかったら、君は暗い世界でずっと一人だ」

 

「それでも………いい…。こんな………こんな世界なら……見たく……ない」

 

 彼はしばらく考えた後、ニッコリと笑って

 

「じゃあ!君をこんな世界から連れ出してあげる!()()しよう!!」

 

 ジェームスは小指を立てて私の前に、首を傾げると

 

「こうやって、小指と小指を合わせて、約束をするんだ!これを破ったら、きっつーいお仕置きがあるんだよ!」

 

 無邪気に笑う少年に、私は少しだけ……賭けてみた。

 

 小指と小指が合わさり、私と彼の約束が交わされる。

 

「……きっと、連れて行く。だからさ、見えないようになんかしないで。君は、とっても綺麗な目をしているんだから」

 

 綺麗、当時の私では理解できない言葉だった。

 

 でも、なんだか胸の奥が温かくなった気がする。

 

「……そういえば、この前は聞けなかった。君の名前」

 

 私は、恐る恐る口を開く

 

「リ………リー……」

 

「リリー………。いい名前だね!誰からつけてもらったの?」

 

 私には、名付け親なんていなかった。

 

 リリーというのも、花の本を読んだ時、少しだけ気になった名前だっただけで、私に本来の名前なんかない。

 

「………いない」

 

「……いない…か。じゃあ、君の名前を知っているのは、この世界でオレだけなんだ!」

 

 少年はにっこり微笑むと

 

「……リリー」

 

 初めて、胸の奥で何かがドクンと音を立てた。

 

 私の名前じゃないのに……私だと分かる。

 

 私の事を呼んでくれている。

 

 私は………リリー。

 

「……ジェームス……」

 

「なんだい?」

 

「もう一回……だけ……呼んで」

 

 ジェームスは頷くと

 

「リリー」

 

 呼ばれるたびに、胸の奥でドクンと音を立てる何か。

 

 それが、今までで感じたことのないモヤモヤとした感覚を生み出す。

 

「よし!これから、毎日会って、作戦会議だな!」

 

 そんな私を後目に彼は頷きながらそう言った。

 

「……な、何を…?」

 

 彼は、ふっと笑って

 

「ここを抜け出す作戦さ!」

 

 

 

 それから私たちは毎日話し合った。

 

 ここから抜け出すために必要な物資、そして抜け出すためのルート。

 

 その全てを、毎日毎日、こっそりと集め、備蓄した。

 

 食料は私、地図や護身用の武器はジェームスが集めて管理。

 

 二人で共通の目的のために行動することが、こんなにもいいものだったなんて、知らなかった。

 

 ジェームスとなら、どんな大人だって怖くない。

 

 二人でなら、きっとここを抜け出すことだって出来る。そう信じて疑わなかった。

 

 全てを集めるのには相当の時間が掛かった。おそらく2、3ヶ月

 

 そうして、脱走決行当日。

 

 脱走は深夜、見回りが最も少ない時間を狙って抜け出す作戦になっている。

 

 寝静まった部屋。誰もが眠りについたその時間を狙い、私とジェームスは起き上がる。

 

 二人で何日もかけて集めたものを装備し、部屋を出る。

 

 細心の注意を払いながら、私達はルート通りに通路を進む。

 

 本来だったら地図が無いから迷いやすい。でも、地図もあるし、なによりジェームスがいる。

 

 その安心感から、恐怖は感じなかった。

 

 しかし、いくら念には念を入れたとしても、所詮は子供が考える事、大人たちはそれほど甘くは無かった。

 

「いたぞ!!!」

 

 出口までは直線のみというところでついに見回りに見つかってしまう。

 

 たちまち通路の明かりがついて、警報が鳴り始める。

 

「っ……!!」

 

「くそっ!リリー!走るんだ!」

 

「で、でも……」

 

「もう少しだ!行こう!!!」

 

 私達は走って出口へと向かう。

 

 背後からの靴の音が増えていく。

 

 怖い。捕まったらきっと殺される。

 

 その恐怖に駆られてか、さらに速度を上げる。

 

「はぁ……!はぁ……!!」

 

「もうちょっと…!!」

 

 出口の前まで何とか辿り着く。しかし、背後には大人たち。すでに大勢の研究者もこちらへと迫っている。

 

「くそっ!こんなところで…!!」

 

 ジェームスは必死に考えている。

 

「リリー!扉を開けて!!」

 

「で、でも大人が……!」

 

「こんな時のために、これがあるんだよ!!」

 

 ジェームスは拳銃を取り出すと、大人たちへ発砲。

 

「今のうちに早く扉を!」

 

 私は、バッグの中から、研究者が落とした外出用のカードキーを機械へ差し込む。

 

 すると、少しずつ扉が開いていく。

 

「……ま、まだ…開かないの…?!」

 

「くそっ!!」

 

 ジェームスは何度も発砲を続けている。しかし、そろそろ限界のはず。

 

 私はただ扉が開いてくれるのを願うしかなかった。

 

 やっと開いたのは、子供なら通れる程度の隙間。

 

「開いたよ!ジェームス!!」

 

「よし、先に行って!!」

 

「え……ジェームスは?」

 

「今はリリーが先。早く!」

 

 私は狭い隙間を抜け、扉の奥へと

 

 その瞬間、開いていた扉が閉まる。

 

「え……っ!?」

 

 私は閉まった扉を叩きながら叫ぶ。

 

「ジェームス!!ジェームス!!!」

 

 ジェームスは、何となく理解していたような、そんな顔をしていた。

 

 私に合わせるように、扉越しに手を合わせながら言う。

 

「行くんだ。その先は、君が見たこともない世界。こんな、最悪な世界なんかじゃない。綺麗で、素敵な世界だ」

 

「ジェームス!!!ダメだよ!!一緒に行くって約束したよ!!!」

 

 ジェームスは首を横に振りながら

 

「もう、ダメなんだ。抜け出す手段は、これっきり。…だから、良かったよ。君が抜け出せて」

 

「い、嫌だ!!私は……私はどうすればいいの!?」

 

「分からない。でも……ここにはもう戻ってこないで。それだけが、オレの望み」

 

「分かんないよ!!そんな事言われたって!!やっと、やっと……ジェームスの事分かり始めたのに!!」

 

 目から、何かが零れ落ちて止まらない。今まで、どんな時であってもそんなことが無かったのに。

 

 胸の奥が、締め付けられるように苦しい。

 

「…オレもさ。…リリー、少しの間だったけど、オレは凄く充実してた。君と出会えて、この何もない世界に光が差し込んだんだ」

 

「……ジェームス……ぅ……うぅ…!!」

 

「…リリー、どうか、生きる事をやめないで。世界を見て。君が思っているほど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「わ、わたし………!!」

 

 大人たちが近づいてくる。やがて彼らはジェームスを取り押さえるだろう。

 

 私は背を向けて

 

「………きっと、助けに行くから。や、やくそく……だから…!!」

 

 それだけを言って、走った。

 

 山を越えて、何度も転んだ。それでも走るのをやめない。

 

 ただ、ひたすら、私は走る。

 

 2度目の山を越えた時、強烈な光に目が眩む。

 

 光に照らされた木々、さえずる生き物の声。

 

 その全てが、見たことも、感じたこともない何か。

 

「わぁ………」

 

 綺麗、ジェームスが言った言葉を思い出す。

 

「綺麗………。でも………ジェームスは…いない」

 

 零れる何かが邪魔をして、うまく前を見ることが出来ない。

 

「………うぅ……!!!」

 

 こうして、私は唯一研究所から抜け出すことが出来た。

 

 それから、大人たちに追いかけられるのを恐れながら毎日を過ごしていた。

 

 私は、壁に貼られた古ぼけた紙を見る。

 

 そこには、新兵募集。でかでかとそう書いてあり、場所は下のほうに小さく書いてあった。

 

 迷うことなく、私はそこへ向かった。

 

 大人に追われるより、そこへ行ったほうが安全だと、直感がそう告げていたから。

 

 

 

 そして、私は出会う。【彼】に似た人を。

 

 配属された場所は、大きな鉄の塊。

 

 盗み聞きした話だと、戦艦って言うらしい。

 

 その中は広くて、研究所を思い出させた。

 

 一歩一歩震えながら進むものの、うまく歩けない。

 

 恐怖で足がすくんでいる。

 

 瞬間、人の気配を感じ、手ごろに隠れられそうな場所を見つけ、様子を見る。

 

 短く切り揃えた黒い髪、キリっとした眉と、ジェームスに似た瞳。

 

 でも、ジェームスじゃない。

 

 ……別人で、大人。

 

 見つかって、怖くて逃げた。必死で逃げた。

 

 捕まればまた施設に戻されるかもしれない。

 

 そんなの……嫌だ…!

 

 ひたすら逃げて、棚の中に隠れる。

 

 ここならバレない………!大丈夫、きっと。

 

 と、思っていたら、バレた。

 

 さっきの大人と目が合う。

 

「あ………」

 

 怖くて、私は叫びながらその人を押しのけて走り出す。

 

「い、いやぁああああ!!!!」

 

「ま、って……!」

 

 そんな彼の声を無視し、全力で逃げる。

 

「うわぁあああん!!来ないでよおおおお!!!!」

 

「まってくれって!!!別に何もしないって!!!」

 

 廊下に二人の声が響き渡る。

 

「来るなぁ!!!」

 

 私は必死で、ポケットの中にある何かを後ろに投げる。

 

 背後からカンッと軽い音が鳴った。

 

「いってぇ!?こ、この!絶対捕まえる!!!!」

 

「うわぁああああ!!!!」

 

 怒らせてしまった。余計に恐ろしくなって、さらにポケットからあるだけのモノを後ろへ投げながら逃げる。

 

「ちょ、ちょっと!?ストップ!スト……ぐはっ!!」

 

「あっ……!!」

 

 バランスを崩して地面へ倒れる。

 

「……はぁ……はぁ…」

 

 背後で、大人の人の足音がちかづいてくる。

 

 怖い……人が怖い……!!

 

「また……」

 

 もう、研究所に戻りたくない。

 

 ジェームスがくれた、この世界にいたい…!!

 

 身体を起き上がらせようとするも、足が痛くて動かない。

 

「うぅ……痛い……。怖い……」

 

「………」

 

 でも、でも……ここで…立たなきゃ…!

 

 涙を流しながら再び立とうとする。

 

 そんな私の前に、手が差し出される。

 

「立てるかい?」

 

 その人の微笑みが、ジェームスと重なった気がして。

 

「…………」

 

 怖かった。でも、私はその手を取った。理由も、どうしてこうしたのかもわからない。

 

「大丈夫…?」

 

 心配そうに私を覗き込む大人。それが不思議だった。

 

「………」

 

「どうしたの?」

 

「……………」

 

 怖くて、喋ったら殴られる。でも………喋らなきゃ、伝わらない。

 

「………い?」

 

「ん……?」

 

 その声は、彼には聞き取れなかったようだ。

 

 私はもう少しだけハッキリと言う。

 

「……………いじめ……ない……?」

 

 その言葉に、彼は私へ手を伸ばしてくる。

 

 やっぱり……殴られる…!!

 

「……ひっ……!」

 

 しかし、そうではなかった。頭を優しく撫でながら、その大人の人は言った。

 

「大丈夫。ここには、君をいじめる人はいないから」

 

「………」

 

「いるなら、俺が君を守ってあげるさ。だから、怯えないでいい」

 

 その言葉を信じたくなってしまったのは、どうしてだろう。

 

 ジェームスに似ているから?

 

 私は小さく頷いて言った。

 

「………うん…」

 

 そのあと、私は大勢の大人がいる場所に連れていかれた。

 

 終始頭を撫でてくれた大人の人の後ろで隠れていることしか出来なくて。

 

 それが終わると、私は部屋まで案内された。

 

 部屋は、一人が生活することが出来る程度の広さ。

 

 今は軍から支給されたダンボールが沢山あって、私の制服だったりとかが入っているらしい。そのせいか、部屋が狭苦しく感じる。

 

 重なったダンボールを降ろそうとした時、扉からノックが鳴った。

 

 一回目はダンボールを降ろすために無視した。

 

 それで、地面に降ろそうとした瞬間2回目のノックが鳴って、驚いた私はバランスを崩した。

 

「………!」

 

 ガラガラと崩れるダンボール。

 

 気づけば、私の上にはさっきまで積み重なっていたダンボールが一斉にのしかかっていた。

 

「……痛い…うぅ……!」

 

 すぐさま扉が開き、大人が入ってくる。

 

「うぅ……ひぐっ……!!」

 

 私は、大人がいることと、ダンボールに押しつぶされている事が二重に起こって、パニックになっていた。

 

「大丈夫か!?すぐ助けてやるから、じっとしてるんだぞ!」

 

「……うぅ……。怖い………。痛い……」

 

「大丈夫。怖くない。すぐに助けてあげるから」

 

 その言葉は、胸の奥で微かな温もりを与えてくれて、不安を取り払ってくれた。

 

「……ぐすっ…」

 

「だから、泣かないでいい」

 

 その人は、ダンボールを次々と退かして私を助けてくれた。

 

 そうして、私に微笑むと

 

「もう大丈夫だよ。怖くない」

 

 私は、小さく頷きながら言葉を返した。

 

「…………うん」

 

 その人は、私を起き上がらせて、椅子に座らせる。

 

「痛いところはないかい?」

 

 私の顔を覗き込み、心配そうに見つめる。

 

 怖いけど、でも…助けてくれたから……

 

 精一杯の言葉を、私は返す。

 

「………い、今は……大丈夫……」

 

「それなら良かったよ」

 

「…………あり……がと……」

 

「気にしないでいい。君に用事があって来たんだし。なにより、君が無事でよかった」

 

 無事で良かったという言葉が、胸の奥の温もりを、確かなものにした。

 

 …()()()()()

 

 私の口から小さく言葉が漏れ出す。

 

「………初めて……」

 

「うん?」

 

「………あったかい…」

 

「暖かいというと……?」

 

「…うまく……言えない。でも、『無事でよかった』って言われたら……あったかくなった」

 

 すると、大人の人はひどく悲しそうな顔で考え込む。

 

 しかし、そのあと何かを思いつき、私に微笑みながら言った。

 

「………その暖かいという気持ちは、【()()()】と言うんだよ」

 

「やさしさ…………」

 

「うん。これを知っているから、皆他人にこの気持ちを教えてあげられる。一緒に分かち合えるんだよ」

 

 ジェームスも……優しさを持っていたんだ。

 

 だから、胸の奥が温かくなった。

 

 そっか。これが、優しさ……

 

「……やさしさ……好き………」

 

「この世界には、君の知らないことが沢山ある」

 

 彼はさらに言葉を続けた。

 

「……」

 

「もちろん、俺にも知らないことも沢山、ね」

 

「知らないこと………」

 

「ああ。だから、俺が知っていることを、君に教えたい」

 

「教える……?」

 

「そう。そうやって、人は記憶や歴史というものを受け継いできたんだよ」

 

 難しい言葉は沢山あった。でも、それでも、あったかくて、優しい。

 

 この人から伝わる熱が、私を信じたいと思わせた。

 

「……すごい……」

 

「…今日から俺は……君の【()()】になる」

 

「せんせい………」

 

「ああ。俺はムゲン・クロスフォード。君の先生だ」

 

「………リリー………クリーヴズ………です」

 

 これが、私と先生の出会い。

 

 私は、先生と一緒に、多くの感情を知った。

 

 他の人も、私がすること成す事、全部を自分の事のように喜んでくれた。

 

 ファンネルという兵器を使うだけで、皆が唖然としていた。

 

 研究所で普通にやっていたことだから、どうしてみんなが驚いているのか理解できない。

 

 

 でも、私は守れなかった。

 

[まずい!!リリー!!避けろ!!!]

 

「………!!!」

 

[リリー!!!]

 

 その一射は、私へは届かなかった。

 

 目の前にジムが立ちふさがり、私を守ってくれていたから。

 

[へ………へへ……。ザザッ……リリーちゃん……は……やらせないぜ……]

 

[お前……!!]

 

[何があった!!!おい!]

 

[ムゲンさん……。リリーちゃんを……恨まないでください……。…あの子は……俺たち大人の………【希望】ですよ……]

 

[な、なにを……!]

 

[へへっ………。先……逝ってます……]

 

 その言葉を最後に、無線から爆音。そして、砂嵐の音が響いた。

 

[そんな………!嘘だ!!]

 

「あ………あぁ……!!!」

 

 目の前で……人が……さっきまで笑っていた人が……

 

 吐き気を催すような感覚。そして今まで感じたことのない何かが私を染め上げる。

 

[リリー!!動け!!動くんだ!!彼の犠牲を無駄にするな!!]

 

「………あなたたちが……!!この人を……!ゆ、ゆる…さない……!!!」

 

[リリー!?]

 

 私は彼を撃った敵を睨みつける。小さな機械が、敵に向かって射撃する。そのどれもが無慈悲にコックピットを貫く。

 

[リリー!退くんだ!1機では無理だ!!]

 

「…許さない…!!絶対……!!」

 

 やっぱり……私なんかいなければ、こんなことも起きなかった……。

 

 誰も…もう誰も近づかないでよ……!!!

 

 その攻撃は、私に近づくすべてを拒絶するように、動く。

 

[くっ!?リリー!?]

 

「許さない……!!!全員……!!」

 

[リリー!俺だ!!!くそっ…!!!]

 

 感じたことのない何かが、燃え上がるように広がって、ただ目の前にいる人を…全て否定する。

 

[くっ…!!ぐぁっ!?]

 

 私に近づこうとする青いジム。来るな!!誰も!!

 

[ムゲン!退け!!リリーは俺たちが止める!!]

 

[そうですよ。そんな機体では勝ち目がないです]

 

[俺が…………]

 

[俺が止めなきゃ……ならないんだ……]

 

[ムゲン……!?]

 

[俺は……彼女の先生だ………!助けてやらなきゃならないんだ!!]

 

 ボロボロのジムが、私を見据える。

 

『きっと、救ってやる!リリー!!』

 

 先生の声……?違う!!!

 

 否定するように首を振り、叫ぶ。

 

「大っ嫌い……!皆嫌い!!!」

 

[リリー!!]

 

[くっ……!!]

 

「やっぱり……みんな……怖い…。嫌い……!!」

 

 変わらない。暴力を振るわれるのと同じくらい苦しい。

 

 痛い…!!誰にも、伝わらない!!!!

 

[リリー!それじゃダメだ!!!]

 

「痛いの……!!胸が痛いの!!!張り裂けそう……!目の前であの兵士が死んだとき、すごく気分が悪くなった……。さっきまで生きてたのに!!」

 

「もう……そんなの嫌だよ……」

 

[リリー!それは人間として当たり前なんだ!!皆同じなんだよ!!!…くっ!!]

 

 先生は……!先生はそんな事言わない!!!私にもっと優しくしてくれる!!

 

 だから……!

 

「いやだ!!来ないで!!」

 

[リリー!!自分を閉じ込めるな!!お前は一人じゃないんだ!!]

 

「来るなぁああ!!!」

 

 ファンネルから放たれるビームがジムの右肩を貫く。

 

 もう誰も、私に近づかないで……。

 

 やっぱり、ダメなんだ。私は、変われない……。

 

[リリー!!!]

 

「来るな……!!来ないでよ……!!!」

 

[リリー!!俺が!!俺が分かるだろう!?]

 

 私は首を横に振りながら叫ぶ。

 

「知らない!!知りたくない!!」

 

[リリー!!!]

 

[くっ……そ……!!]

 

 青いジムは少しずつ圧されている。

 

 あの時、目を……何も見えなくなっていれば、こんな世界、見なくて済んだのに…!

 

 私が…私が見たかった世界は………

 

[ぐっ……ぉおおお…!!]

 

 世界は………!!!

 

「来るなぁああああ!!!」

 

 意思に呼応するように、ファンネルが次々と攻撃する。

 

 それでもなお、青いジムがこっちへ迫る。

 

[リリィィィ!!!]

 

「来ないでよおぉおおおおお!!!!!」

 

 放たれた一射は、青いジムの足を撃ち抜いた。

 

 そして、目の前が真っ暗になる。

 

[ぐぅ……!!]

 

「うぅ……えぐっ……うぅ…!!」

 

[………リリー………。怖くなんかない……何一つ]

 

 優しいその言葉が、私を目覚めさせる。

 

 …温かい…声。

 

「………せん………せい……?」

 

[大丈夫だから。もう、敵はいないから]

 

 そう言う先生の言葉。そして、真っ暗な機体の中。

 

「わ、わたし……先生に……何を……?」

 

[何もしていないよ]

 

[さ、帰ろう。家に]

 

「………」

 

 私は……知っている。

 

 先生を傷つけてしまったこと……。

 

 自分がしたことを。そして、部屋から出られなくなった。

 

 恐怖、悔しさ。そんな気持ちで一杯になって…。

 

 耐えられなかった。

 

 

 部屋に響くノックの音。何となく、先生が来たんじゃないかと感じた。

 

「…………せん…せい?」

 

「ああ。入れてくれるかな?」

 

「………会いたくない…。誰にも」

 

 今は、たとえ先生でも…会いたくない。

 

 いいや、合わせる顔が無い。もうこのまま、ずっとこれでいい。

 

「……じゃあ、扉越しで話そう」

 

 先生は扉に背を向け腰を下ろす。

 

「…………うん」

 

 静かな沈黙の後、先生は言う。

 

「……辛かったね」

 

「…………うん」

 

「何もしてあげられなかった。…ごめんね」

 

「先生は………悪くないよ」

 

「……いいや。君を出撃させるのは間違いだったのかもしれない…。戦わせることなんかさせなければ…」

 

「せん……せい……」

 

「リリー」

 

「………はい」

 

 先生は、渋々だが、口を開く。

 

「嫌なら、パイロットをやめてもいいんだよ。それ以外の選択も、まだ出来る」

 

 そう言われた時、私は、辞めようかと思った。

 

 けど………

 

「…………」

 

『ムゲンさん……。リリーちゃんを……恨まないでください……。…あの子は……俺たち大人の………【希望】ですよ……』

 

 顔すら覚えていない私の事を、その大人の人はそう言った。

 

 助ける義理も、意味もない私を、救ってくれた。

 

 ……私でも……救えるのかな……。

 

 私は思い切って言う。

 

「…わたしは………戦う……。あの人は…………わたしを【希望】って言ってくれた……」

 

「わたしは彼の事を知らなかったのに……。それなのに、わたしを庇って……」

 

「…………」

 

「…わたしが……希望になれるかは……わからないけれど…。わたしは、出来るだけやってみる」

 

 それで、彼の命が報われるかは分からない。でも、私も……いつまでもうずくまっているだけじゃダメなんだって

 

 泣いているばかりじゃダメなんだって……気づけた。

 

「リリー………」

 

「だめ……かな……。先生……」

 

 先生は少し考えた後

 

「…………個人的な意見とすれば、戦うなんて言ってほしくはなかったよ…」

 

「……」

 

「けれど、君の人生だ。君が選んだのだから、それに従えばいい」

 

 先生は、許してくれた。…嬉しいって言葉は、きっとこういう時のためにあるんだよね。

 

「先生………」

 

「でも、一つだけ…」

 

「…………?」

 

「選択には、常に責任が伴うことを忘れてはいけないよ」

 

 重い言葉だと感じた。何故だかは分からない。けど、先生が言う責任は、重かった。

 

「…責任………」

 

「ああ。君が戦って、人が死んでしまったという責任…とかね」

 

「…………」

 

「それを分かったうえで決めたのなら、俺は止めない。君の背中を押そう。それが先生の役目だから」

 

 責任…私が負えるかは分からない。

 

 けど、出来るところまで、私は戦う。

 

 泣いてばかりじゃ、ジェームスを救えない。

 

 今度は……私が……!

 

「……私は………戦います。先生」

 

「……分かった」

 

「もう……誰も…死なせないです……。その……か、家族……を…傷つけさせない…」

 

「リリー……!」

 

 先生は驚いたような声を上げていた。……なんでだろ。

 

「先生……。私……頑張ります」

 

「なら、俺も覚悟を決めないとな……」

 

「先生も……?」

 

「ああ。こうなってしまった以上、俺は君を死なせることは絶対に許されなくなった」

 

「……君の成長を見届け、君を守るという使命ができた…」

 

「………」

 

 

 私はその日から決意をもって生きてきた。

 

 ジェームスを救うため、力を使う。

 

 皆を……私を希望と言ってくれた人たちを守りたい。

 

 それが、私にできる恩返し。

 

 

 アクシズでの戦いから数日後のある日、グロリアスの戦艦で資料をまとめているときだった。

 

 一枚の資料がはらりと地面に落ちる。

 

「あ……拾わないと。もう、先生は面倒って言ってどっか行っちゃうし…はあ、最悪」

 

 ぶつぶつと文句を言いながら、資料を拾うと、その内容が目に入る。

 

「……これ……」

 

 その内容は、私がいた研究所についてだった。

 

 脱走した子供1名の行方は不明。

 

 その数日後、実験による事故で研究所が爆発。その研究所にいた子供と研究員は全て亡くなった、と書いてある。

 

「………う…………そ」

 

 手の震えが止まらない。

 

「こんな…………」

 

 ジェームスは……死んだ。

 

 救うことさえできないまま……。

 

『…リリー、どうか、生きる事をやめないで。世界を見て。君が思っているほど、世界はそんなにつまらないものじゃないよ』

 

 助けに行くって……【()()】したのに……。

 

「どうして………!!ジェームス……!!」

 

 こんな形で、私は知ってしまった。

 

 大切な、友達が亡くなった事実を。

 

 私は……これからどうすればいいの……?

 

「ジェームスは…もう、いない……」

 

 

「リリー?どうした?」

 

 先生の声。私は立ち上がって涙を拭く。

 

「な、何でもない!」

 

「………」

 

 先生は私の顔をじーっと見つめた後、小さくため息を吐き

 

「まったく……」

 

 私の頭へ手を乗せ、撫でた。

 

「あ……先生……?」

 

「……何があったのかは分からない。でも、辛いなら泣いたっていい」

 

「……でも……」

 

「俺は君の先生だよ。俺はそんなに偉くもないけどさ、でも、頼ってくれたっていいんだよ。それが仲間なんだから」

 

 苦しかった気持ちが、涙となって流れていく。

 

「せんせい……っ!!!うぅ………!!!」

 

「ああ。どうした?」

 

「大切な……友達が……友達が……!!!」

 

「……そっか。悲しいな」

 

「くっ……ぐすっ!!」

 

「今は沢山泣いていい。その友達も、きっと報われる」

 

「ジェームスぅ……!!!会いたい……!会いたいよ……!!」

 

「………」

 

 包み込むような手は、優しく、かつて差し伸べられたジェームスと似ていて……

 

 ああ……だから、こんなにも安心できるんだ…。

 

「ジェームスは……生き返らない……」

 

 先生は天井を見上げながら言う。

 

「死んだ人は…生き返らない。生き返ってくれればと、今までどれほどの人がそれを望んだだろう。でも、ジェームスは幸せ者だよ」

 

「え……」

 

「そんな思いを持ってくれるリリーがいるんだから。………喜んでいるさ、きっと」

 

「………うん…」

 

「リリー、これからもきっと、君は多くの人の死を見るかもしれない。でも、それでも前に進むんだ」

 

「その命を、後の時代に語り継いでいくために。今は、つらくても前に進もう。それで、限界が来た時、また会いに行けばいい」

 

「……わたし……ジェームスを助け出すって約束……守れなかった」

 

「大丈夫、ジェームスは怒っていないさ、きっと。むしろ、君が生きていてくれること、それで良かったんじゃないかな」

 

 私はジェームスの言葉を再び思い出す。

 

『オレもさ。…リリー、少しの間だったけど、オレは凄く充実してた。君と出会えて、この何もない世界に光が差し込んだんだ』

 

『…リリー、どうか、生きる事をやめないで。世界を見て。君が思っているほど、世界はそんなにつまらないものじゃないよ』

 

 ジェームスの言う通りだった、世界は、悲しい事も沢山あるけど、それ以上に、こんなにも温かくて……楽しいものだった。

 

 でも、それを伝える事は…もうできない。

 

「………でも、さ。俺はこうも思えるよ」

 

 私の手から資料を取って、それを見つめながら言う。

 

「もしかしたら、生きているかもしれない。ってね」

 

「……生きている……?…そんなの…無理だよ」

 

「そうかな?俺は信じたいな、生きているって。それで、いつか会えるんじゃないかって」

 

「………」

 

 ジェームス………

 

 また…会えるのかな。

 

 信じても……いいのかな。

 

 

 ううん。わたしも信じる。

 

 ジェームス、きっと、きっと助けるから!

 

「…今度は、私が助けるよ。約束だから!」

 

 

外伝 完

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