時之派出所職務記録~時空を往く警察官~   作:九戸政景

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政実「どうも、初めましての方は初めまして。他作品を読んで頂いてる方はいつもありがとうございます。片倉政実です。
今回からこの作品の投稿をさせて頂きます。皆さんが楽しんで読んで頂けるように頑張って参りますので、これからよろしくお願い致します」
警司「どうも、この作品の主人公である時雨警司です。
ところで、こういう作品を書こうと思ったのは、何か理由でもあるのか?」
政実「そうだね……強いて言えば、異世界と警察という二つの要素を組み合わせたら面白そうかなと思ったからかな」
警司「あー……なるほどな。まあ、異世界と何かを組み合わせるみたいなのってよくあるしな」
政実「ふふ、そうだね。この作品もそういった異世界モノに負けないように色々と頑張っていかないといけないね」
警司「そうだな。
さて……それじゃあそろそろ始めていくか」
政実「うん」
政実・警司「それでは、第1話をどうぞ」


第1話 時空の狭間の派出所

「……よし、これで良いな……!」

俺――時雨警司(しぐれけいじ)は、目の前の鏡に映る自分の姿を見てそう独りごちた。目の前の鏡には、私服を着た俺――短く切った黒髪に少し鋭い目などを備えた白い肌の男の顔が映っていたが、そこには気の緩みの象徴たる寝癖や髭の剃り残しなどは影も形も無かった。

今日は俺が警察官として初めての出勤日のため、寝癖や髭の剃り残しなんかは問題外だ。しかし、目の前に映る俺の姿にそんな物は一切無い。

……そう、あってはならないのだ……!

眼の奥で燃えるやる気の炎を静かに見つめていた時、俺はふとある事を思い出した。

「そういえば、俺の配属先の交番って……一体どこにあるんだろうか……」

時之派出所。それが俺がこれから職務を行う事となる交番のはずなのだが、その名前を俺は今までまったく聞いた事が無かった。

「そういえば、警察学校でお世話になった教官達に話した時もはぐらかされたりただ微笑まれただけだったな……」

時之派出所、一体どんなところだというんだ……?

「……ヤバい、何か不安になってきた……」

時之派出所という得体の知れぬ場所の存在に、俺は大きな不安を感じ始めたが、ふと左腕にはめている腕時計に眼をやった瞬間、その不安は彼方へと吹き飛んだ。

「……っと、そろそろ出た方が良いか。今日は初出勤だからって事で、時之派出所の人がそこまで案内してくれるらしいから、遅れるわけにもいかないしな」

そう独りごちた後、俺は身嗜(みだしな)みの最終チェックをした。そしてその後に、窓などの戸締まりをチェックした後、帽子を手に持ちながら住んでいる安アパートの部屋のドアをくぐって外へと出た。

そしてその瞬間、眩しいほどの朝日を浴び、思わず右手で庇を作りながら空を見上げた。

……色々不安はあるけど、何とかなるよな……!

「よし、行くか!」

そして、頬を叩いて気合を入れ直した後、俺はまずは制服などに着替えるべく、警察署へ向けて歩き出した。

 

 

 

 

「えーと……確かこの辺だよな……?」

警察署で制服に着替えた後、俺は待ち合わせ場所であるオープンカフェを探して、街の中をうろうろしていた。

「うーん……昨日受けた電話の内容的にはこの辺のはずなんだけどな……」

件のオープンカフェの住所や名前を書いたメモを見ながら静かに唸った後、俺は再び周囲を見回した。その時――

「……ん? もしかして……あれかな?」

道路を一つ挟んだ向こうの方に、落ち着いた雰囲気を醸し出しているオープンカフェらしき建物を見つけた。

……うん、この辺りにあるカフェはあれだけのようだし、とりあえずあそこに行ってみるか。

一人でコクンと頷いた後、俺は件のカフェへ向かって歩き始めた。そして、カフェの入り口に近付いたその時、一人の男性が満足そうな笑みを浮かべながらカフェから出てきた。

……見た目から判断するにおおよそ50歳頃、まだ黒々としている短めの頭髪に優しげな印象を他人に与えるシワ一つない顔、そして服装は俺と同じ警察官の制服。つまりこの人は――

「あ、あの……」

俺は自分の予想の答え合わせをするべく、その男性に話し掛けた。すると、男性は俺の姿を見て、ニコリと笑いながら静かに口を開いた。

「……ふふ、おはようございます。君が今日から時之派出所に来てくれる事になっている時雨警司君ですね?」

「は、はい……! 巡査の時雨警司と申します……! 本日からよろしくお願い致します……!」

「はい、よろしくお願いしますね。私は錠前巌(じょうまえいわお)、階級は警部です」

「警部殿……という事は、時之派出所は警部交番なのですね」

「ふふ……まあ、そういう事になりますかね」

そう言いながら男性――錠前警部は、とても優しい笑みを浮かべた。

よ、良かった……どうやら優しそうな人みたいだし、そこは一安心だな……。

俺が心の中でホッとしていると、錠前警部は先程出たばかりのカフェを振り返り、穏やかな笑みを浮かべた。

「それにしても……このカフェは、中々落ち着きがあって良いところですね。最近は『彼方(あちら)側』で朝食を取る事が多かったですが、今度からは『此方(こちら)側』でも朝食を取るのも悪くは無いかもしれませんね」

『彼方側』……『此方側』……?

錠前警部のその言葉に疑問を覚えたため、俺はその事について訊く事にした。

「あの……警部殿。その『彼方側』と『此方側』というのは一体……?」

「……ふふ、それは後で分かりますよ」

俺の疑問の声に錠前警部はクスリと笑いながら答えると、再び俺の方へと体を戻し、ニコリと笑いながら言葉を続けた。

「さて、それではそろそろ参りましょうか。今、時之派出所のメンバーの一人にお留守番を頼んでいたので、彼用の朝食も途中で購入しないといけませんからね」

「は、はい! 分かりました!」

慌てて敬礼をしながら答えた後、俺は錠前警部の後に続いてカフェを後にした。

派出所のメンバー……警部殿は『彼』って言ってたけど、一体どんな人なんだろう……?

そんな疑問を抱きつつも、俺は遅れないようにしながら錠前警部の後に続いて街の中を歩き続けた。

途中で立ち寄ったコンビニで件の朝食を買った後、俺は錠前警部の後に続いてひたすら街の中を歩き続けた。するとその内に、あまり人通りのない路地などを歩き始めたため、俺は少しずつ不安を覚え始めた。

……本当にこの辺りに交番なんてあるのか? けど、まさか警部殿が道を間違うわけは――

「ところで、時雨君。一つ訊いても良いですか?」

「……へ?」

突然錠前警部が静かに話し掛けてきたため、俺は思わず変な声を上げてしまった。

っと、マズいマズい……相手は警部、すなわち上司だ。しっかりとした態度で臨まないと……!

そう自分に言い聞かせて心を落ち着かせつつ、俺は平静を装いながら錠前警部の言葉に答えた。

「はい、何なりと訊いて下さい。錠前警部」

「時雨君は自分の配属先が決まった時、様々な人にその事を話したと思います。その時、その人達はどのような反応をしていました?」

「そうですね……」

俺はこの事を話した時の様子を思い出しながら答えた。

「同期達は誰も聞いた事が無い様子で、警察学校の教官達ははぐらかしたりただ微笑んだりと、反応は様々でした。」

「ふふ、やはりそうでしたか」

「やはり、と言いますと……?」

「時之派出所は、存在自体を知っている人が少ない上、その存在の特異性もあり、正確な説明を行えるのは時之派出所に配属された人や上の役職に就いている人くらいしかいないんです。

それ故、よっぽど噂に明るい人で無ければ、新人警官はその存在自体を知らず、本庁に勤めている人でも名前しか聞いた事がないという人が多いのです。

……もっとも、微笑んでいたという人に関しては、一度でも操作などで私達と関わりを持った人だとは思いますがね」

「そう……なんですね」

けど……だったら、何でそんな特殊な部署に俺が配属されたんだ……?

錠前警部の説明を聞き、ますます謎が深まってきたその時、

「……あれ? 向こうの方、何だかだいぶ賑やかですね……?」

路地の出口方面から何やら様々な人の声が聞こえたため、俺は歩きながら小さく首を傾げた。

まあ、今はサラリーマンの出勤時間とか学生の登校時間でもあるし、人の声がするのは当然だけど、それにしては賑やか過ぎないか……?

聞こえてくる様々な声に疑問を覚えていると、錠前警部はクスクスと笑いながら声を掛けてきた。

「行ってみれば分かりますよ、時雨君。

……ほら、そろそろ着きますよ」

その言葉通り、俺達は長かった路地から抜けだした。するとそこには――

「……何だ、これ……!?」

さっきまでいた町並みとは違ってビルよりも少し低めの建物が多く並ぶ中、様々な人々が会話を交わしながら歩いていた。それだけなら普通の光景なのだが、問題があるとするならば――

「……あれって、『ヒト』なんだよな……?」

俺が知ってるような『ヒト』に紛れて、耳が尖った金髪の『ヒト』や尻尾が生えた『ヒト』など様々な見た目の『ヒト』らしき者達が楽しそうな様子で生活をしていた。

こ、これって一体……?

助けを求めるように錠前警部の方に視線を向けると、錠前警部はニコリと笑いながらそれに答えた。

「大丈夫ですよ、時雨君。彼らはこの街の住民達ですから」

「じゅ、住民……? このファンタジー小説とかに出てきそうな人達がですか……?」

「ええ、そうです。ここは――」

錠前警部が説明をしてくれようとした時、突然後ろから大きな声で話し掛けられた。

「おお! ゲンじゃねぇか!」

「……おや?」

不思議そうに声を上げる錠前警部と一緒に振り向いてみると、そこにいたのは蜥蜴(とかげ)のような姿をした鉄の鎧を着た大男だった。

……は? と、蜥蜴……!?

その大男の姿に俺が警戒心を抱いていると、錠前警部は落ち着いた様子で返事をした。

「ああ、グランさんでしたか。おはようございます」

「おう! おはよう!」

錠前警部の挨拶に蜥蜴の大男――グランさんはニッと笑いながら答えると、隣に立っている俺に気付いた様子で声を掛けてきた。

「んー? そういや、お前は見た事ない顔だな?」

「え、あ……その……」

その姿の特異性と突然の事による驚きから上手く答えられずにいると、錠前警部がクスリと笑いながら代わりに答えてくれた。

「彼は時雨警司君。この度、時之派出所に来てくれる事になった巡査です」

「へえ、派出所の新入りかぁ! ようやく新しい奴が入ってきて、ゲンも正直ホッとしてんじゃねぇか?」

「ふふ、まあそうですね。ここの皆さんも知っての通り、時之派出所はメンバーの数が少々少ないですから」

「はっはっは! 確かにそうだな!」

錠前警部の言葉にグランさんは豪快に笑いながら答えた。その様子から察するにどうやら悪い人ではないみたいだが、やはりその姿のせいもあって、俺はグランさんに対して一歩踏み出せずにいた。

グランさんはたぶんリザードマンって奴なんだろうけど、何でそのリザードマンが普通の人間の錠前警部と仲が良いんだろう……?

そんな事を考えながら二人の様子を窺っていると、グランさんは突然何かを思い出したような表情を浮かべた。

「……っと、いけねぇ。そろそろ店に戻んねぇと、どやされちまうな」

「ふふっ、そうかもしれませんね。

それでは、私達もこれで失礼します」

「おう! またな!」

「はい、では」

「し、失礼します……!」

俺達が挨拶を返すと、グランさんはニッと笑いながら頷き、そのまま街の中へと歩いていった。

……ふう、緊張した……。

小さく息をつきながらそう思っていると、錠前警部は去って行くグランさんの姿を見ながら静かに口を開いた。

「グランさんはこの街で鍛冶屋を営んでいる方でして、依頼をすれば包丁などの日用雑貨から剣や盾といった武具まで作って下さるんですよ」

「そうなんですね……」

鍛冶屋か……あんなに大きな体ならさぞかし強い剣や盾を――

その時、俺はある違和感に気付いた。

あれ、剣や盾……?何で剣や盾なんて必要になるんだ……?

俺が腕を組みながらその事について考えていると、錠前警部はクスクスと笑いながら声を掛けてきた。

「さて、それではそろそろ行きましょうか。ここで色々と説明しても良いのですが、歩きながらの方が良いと思いますので」

「あ、はい……」

返事をした後、俺は錠前警部の後に続いて再び歩き始めた。その最中、さっきのグランさんのように普段は見るはずの無い存在を次々と目にした。河童や天狗といった妖に始まり、エルフやドワーフといった西洋の物語でしか見ないような存在、果てはスライムなどのヒトの形をしていないモノまでいたが、その誰もが親しげな様子で錠前警部に話し掛けていた。

「錠前警部……先程から見かける方々もこの街の住民なのですか……?」

「はい、そうです。ここは簡単に言うならば、様々なモノ達が住まう場所ですから」

「様々なモノ達が住まう場所……。

あ、あの……どうして、ここにはそのようなモノ達が住んでいるのですか?」

そう訊くと、錠前警部はにこにこと笑いながら静かに口を開いた。

「時雨君。君はここに着いた直後、街の中を歩く住民を見て、ファンタジー小説に出てきそうだと言いましたよね?」

「は、はい……」

「あの発言。実はあながちハズレてはいないのです」

「……つまり、ここの住民達はそういったファンタジー小説みたいな世界から来ている、と……?」

「私が知っている限り、半分近くはそうです。そして残りの方は私や君のように彼方(あちら)の世界から此方(こちら)の世界に来た方々なのです」

「彼方から此方へ……」

「はい、その通りです」

そして、錠前警部は突然立ち止まり、俺の方を向くと、ニコリと笑いながら言葉を続けた。

「ここは次元街(じげんがい)。様々な世界と繋がっている街であり、唯一次元の狭間に存在する街ですから」

「次元街……次元の狭間に存在する街……」

……そっか。だから、こんなにも様々な種族がここにいるんだな。

「私達のように仕事で来ている方もいれば、偶然ここに迷い込みそのまま住む事を決めた方、果ては元の世界では住めなくなってしまった方など、ここにいる方々には様々な理由があるのです」

「なるほど……」

錠前警部の言葉に答えながら俺は街の住民達へと視線を移した。住民達は彼方の世界の人間達と変わらぬ様子で生活をしており、街の様子や住民の姿形が違う事を除けば、現代社会の人間の生活風景と何ら変わらない物に思えた。

様々な理由を持ったモノ達が住む街『次元街』。そんな場所で今日から俺は職務に励むんだな……。

街の様子を見ながらそんな事を考えていたその時、錠前警部の携帯が突然鳴り出した。

「失礼」

そう言うと、錠前警部は懐から携帯電話を取り出し、画面を見ずにそのまま電話へと出た。

「はい、もしもし……」

そして錠前警部は、時折静かな笑い声を上げたりしながら電話の相手との会話をし、

「……では、また後程」

落ち着いた様子でそう言うと、電話を切って携帯電話を懐へとしまった。そして再び俺の方に顔を向けると、小さく微笑みながら話し掛けてきた。

「今の電話は、派出所のお留守番を頼んでいた部下からだったのですが、あまりに私達が遅いので、どこで道草を食っているのかと言われてしまいました。

まあ、遅いのは確かですし、落ち度は私にありますから、そう言われてもしょうがないですけどね」

「は、はあ……」

上司に対してわざわざ遅いって電話をしてくる部下って、本当にどんな人なんだ……?

その部下に対しての興味が更に強くなった時、錠前警部は再び穏やかな笑みを浮かべながら言葉を続けた。

「さて……では、行きましょうか。これ以上彼を待たせるのも申し訳ありませんからね」

「あ、はい」

そして、俺達は再び時之派出所へ向けて歩き始めた。

 

 

 

 

歩き始めてから数分後、俺達は件の時之派出所の前に立っていた。時之派出所は、一見どこにでもありそうな見た目の建物であり、ここが『次元街』である事などを除けば、何の変哲もない派出所にしか見えなかった。

「さて、それでは早速――」

錠前警部がそう言ったその時、派出所の中から一人の男性が現れた。そして男性は、錠前警部の姿を見ると、とても安心した様子を見せながら大きな声で話し掛けてきた。

「おっ、ゲンさん! お帰りなさい!」

「はい、ただいま戻りました、ケンさん。遅くなってしまい申し訳ありません」

「あ、ゲンさんが謝ること無いっすよ! さっきのは俺の方が悪いんすから!」

ペコリと頭を下げながら謝る錠前警部に対して、男性は慌てた様子で返事をした。

……この反応、つまりこの人が錠前警部が言っていた『彼』か。

俺は二人の様子を眺めながら、男性の姿を観察した。スポーツ刈りのような赤い頭髪に少し荒々しさを感じる顔。そして、大柄な体格を大きな制服で包んでおり、腕には何やらブレスレットのような物を付けていた。

見た目は普通の人間っぽいけど、この人ももしかしたら異世界のヒトなのかな……

そんな事をボーッと考えていると、男性が俺の存在に気付いた様子で声を掛けてきた。

「……ん、お前は……?」

「あ……じ、自分はこの度、この時之派出所に配属された時雨警司と申します……!」

「おっ! お前が今日から来る予定の新人か! 俺の名前は、十文字健一郎(じゅうもんじけんいちろう)ってんだ。これからよろしくな、警司!」

「は、はい! よろしくお願い致します、十文字さん!」

俺が頭を下げながら言うと、

「はっはっは! 警司、そう畏まんなくても良いぜ? 俺はそう畏まられるよりも、フランクに来てくれた方がやりやすいからな!」

十文字さんは豪快に笑いながら言葉を返してきた。

……うん、何というか見た目通りな人だな。けど、何だか楽しそうな人みたいだし、これなら一安心だな。

十文字さんの姿を見ながらホッとしていた時、錠前警部がクスリと笑いながら声を掛けてきた。

「時雨君。十文字さんは普通の人間に見えますが、実は魔人と人間のハーフなんですよ」

「……え、そうなんですか……?」

俺が不思議そうに訊くと、十文字さんは大きく頷きながら答えてくれた。

「おうよ! だから本名は別にあんだが、向こうに用があったりする時の事を考えて、ゲンさんから名前を付けてもらったんだ。因みに親父が魔人族の奴でお袋が普通の町娘だったらしいんだが、何の因果か親父が困ってたお袋を助けた事がきっかけで夫婦になったらしいぜ?」

「な、なるほど……。という事は、その髪は地毛なんですか?」

「ああ、これは親父からの遺伝だ。まあ、元の世界でもそうだが、ここにも色んな奴がいるから、大して目立ったりはしないんだけどな」

「……そうでしょうね」

それはそうだろうと思う。ここにはさっき見てきたようなモノ達が住んでいる街なのだから、髪が赤かったり人間と何かのハーフだったりするくらいならば平気で受け入れる気がする。むしろ、俺や錠前警部のような現代社会から来た人間の方が珍しいのかもしれないし。

そんな事を考えていた時、

「……っと、いけないいけない。これを忘れるところでした」

錠前警部は何かを思い出したように声を上げると、手に持っていたコンビニの袋を十文字さんへと差し出した。

「ケンさん、お待ちかねの朝食です。今回はサンドイッチやサラダなど、洋風な物で揃えてみました」

「おおっ! ありがとうございます、ゲンさん! 朝から何も食ってないもんで、腹ペコだったんすよ!」

「ふふ、そうでしょうね。それでは、私は時雨君にここの簡単な説明をしてしまいますので、ケンさんはゆっくりと食べていて構いませんよ」

「うっす! ゴチになります、ゲンさん!」

十文字さんは嬉しそうな様子で錠前警部からコンビニの袋を受け取ると、中に入ってる物を丁寧に取り出し、しっかりと食事の挨拶をしてからそれらを食べ始めた。

そしてそれを優しい眼差しで見つめた後、錠前警部は俺の方へと視線を移した。

「さて、それではここの内装についての簡単な案内をしつつ、何故ここが作られたのかについて説明をしますね」

「あ、はい。よろしくお願いします」

「はい。ではまず、私達が今いるここについてですね」

錠前警部の言葉を聞きながら俺は周囲を軽く見回した。周囲には幾つかの机と椅子があり、全ての机の上には何かしらの本が収まった棚や筆記用具が入ったペン立てなどの事務用具が置かれていた。

「ここでは本庁から送られてきた事務仕事やこの次元街で起きた事件や事故などを処理します。後は、この次元街の住民の皆さんのお相手もここで行います」

「本庁からの事務仕事……具体的にはどのような仕事があるんですか?」

「そうですね……例えば、最近この辺りで何があったかなどの報告や私達の勤怠についての管理などですね。もっとも、それらの書類は私が朝に持ってくるので、それについては問題はありません」

「分かりました」

「さて、次なのですが……時雨君、こちらを付けていただけますか?」

そう言うと、錠前警部は制服のポケットから十文字さんが付けているのと同じようなブレスレットを取り出した。

……あれ、よく見たらこれって……。

「これは……警察学校の卒業試験の前に付けた物と同じ物ですよね?」

「はい。時雨君、これを付けた時にこの球形の箇所が白色に光りませんでしたか?」

「あ、はい……光りました。それで後で同期達に訊いてみたら、白色に光ったのは自分だけだと……」

「ふふ、そうでしょうね。そうでなければ、時雨君がここに配属されるわけは無いのですから」

「え、それって……?」

俺が小さく首を傾げながら訊くと、錠前警部は優しい笑みを浮かべながらブレスレットのような物を差し出してきた。

「時雨君、これを付けてこの先にある扉を開いてみてもらえませんか?」

「あ、はい……分かり、ました……?」

何がなんだか分からないまま、俺はブレスレットを受け取り、そのまま右手首に付けた。そして少し先の方に見える木の扉へ向かって歩き、そのまま扉を静かに開けた。すると――

「……へ?」

俺の目の前に現れたもの、それは多くのロッカーだけが置かれた質素な部屋だった。

え、いや……ここって、俺が制服に着替えてきたロッカールームだよな……!?

俺が目を白黒させながらその場に立ち尽くしていると、後ろから楽しそうな錠前警部の声が聞こえた。

「ふふっ、驚いたでしょう? それ――マギアブレスのオーブを白く光らせられる方のみがこことロッカールームを繋げられるらしいのです。なので、行き帰りはここを使った方が早いですよ」

「あ……はい、分かりました……」

予想もしていなかった事による驚きで心臓が高鳴る中、俺は静かに答えながら扉を閉めた。そして、右手首に静かに填まっているマギアブレスへ視線を向けると、件のオーブは穏やかな白い光を放ち続けていた。

まあ、何で俺がここに配属されたのかはこれで分かったわけだけど……。

俺はクルッと振り返った後、錠前警部の所へ戻りながら話し掛けた。

「ですが、錠前警部。何故、自分達がこのマギアブレスを白く光らせられるのでしょうか?」

「ああ、その事ですか。実は、そのマギアブレスにはその人に魔力やそれに類似する力を有しているかやその人の潜在的な波動の色を感じ取る力があるようなのです。つまり、オーブが示す色というのは、それらを組み合わせた結果、マギアブレス自体が判断した色という事になります」

「……つまり、自分と錠前警部は現代社会に生まれながらにして、魔力を有した人間という事ですね?」

「ふふ、どうやらそのようです。私も最初は戸惑いましたが、グランさんなどといった様々な方と出会わせて頂けたこともあり、今ではこの『縁』に感謝していますよ」

「『縁』……」

俺はもう一度マギアブレスに視線を向けた。すると、マギアブレスは俺に答えるかのようにキラリと光った。

『縁』か……確かにそうかもしれないな。何で魔力みたいな力を有しているかは分からないけど、それのおかげで同期の奴とは違った経験が出来ると思えば、良いわけだしな。ここは大人しく錠前警部のようにこの『縁』に感謝しつつ、ここでの職務に励んだ方が良いかもしれない。

そう思いながらマギアブレスを見つつ、静かにフッと笑っていると、錠前警部が突然何かを思い出したような表情を浮かべた。そして十文字さんの方へ振り返ると、

「そういえば、ケンさん。彼女はまたどこかに行っているのですか?」

落ち着いた様子で十文字さんに訊いた。

彼女……? まだ他にもここに配属されてる人がいるのか……?

俺が疑問に思う中、十文字さんは咀嚼していた物をゴクリと飲み込んでからそれに答えた。

「アイツっすか? アイツならたぶん一度元の世界に戻ってると思いますよ」

「そうですか……。では、戻ってきてから彼女の紹介をするとしましょう」

十文字さんの答えに錠前警部は落ち着いた様子を崩すことなくそう言った。

元の世界……って事は、やっぱりその人も十文字さんと同じような人か。

その人がどのような存在なのかについて何となく察した後、俺は錠前警部に声を掛けた。

「錠前警部。その彼女というのは、十文字さんと同じような人なんですか……?」

「ええ、そうです。彼女はケンさんと同時期に配属された方でして、少々気難しいところがありますが、根は優しい方なんです」

「そうなんですね」

「ははっ! けど、普段はちょっと……いや、かなり暴力的な――」

十文字さんがそう言った時、入り口の方から怒りを孕んだ声が聞こえた。

「……へぇ? 暴力的、ねぇ……?」

「……へ?」

俺達が同時にそちらへ顔を向けると、そこにはムッとした表情を浮かべている気の強そうな女性が立っていた。女性は女性警察官の制服を着ており、十文字さんの事をまるで睨み殺そうとするかのようにジッと睨み付けていた。

すると、十文字さんは女性の事を見ながらしどろもどろに弁解をし始めた。

「あ……いや、暴力的ってのはだな……別に悪口のつもりで言ったわけじゃ……」

「へー……? 暴力的って言葉を悪口以外で使うなんて初めて聞いたけどー?」

「あー……その……」

「んー?」

「……す、すんませんでした……」

十文字さんが暗い声で謝ると、女性はやれやれといった様子でふぅと息をついた。そして、俺達の方へ歩いてくると、ペコリと頭を下げながら錠前警部に話し掛けた。

「ゲンさん。天王寺千代(てんのうじちよ)、ただいま戻りました」

「はい、お帰りなさい、千代さん。ケンさんが仰っていた通り、元の世界に用事で戻っていたのですか?」

「……はい、少々野暮用がありましたので……勝手な真似をしてしまい、申し訳ありませんでした」

女性が少し暗い声で答えると、錠前警部はニコリと笑いながら優しい声で話し掛けた。

「別に怒ってはいませんよ、千代さん。今はまだ朝礼前ですので、どう行動するかは個人の勝手ですから」

「ゲンさん……ありがとうございます」

「いえいえ」

錠前警部は落ち着いた様子で答えた後、再び俺の方へと顔を向けた。

「時雨君。彼女は天王寺千代さんと言いまして、階級は巡査部長です」

「巡査部長……あれ、そういえば十文字さんの階級って……」

「ケンさんは警部補なので、千代さんの上司に当たりますね」

「あ、そうなんですね……」

……十文字さん、警部補だったのか……。

十文字さんの事をチラッと見ながら心の中で苦笑いを浮かべていると、錠前警部が今度は天王寺さんの方へと顔を向けた。

「千代さん、こちらは時雨警司君。今日からこの時之派出所に配属された方です」

「あ……彼が例の新人警官なんですね?」

「はい、その通りです」

錠前警部が頷きながら答えると、天王寺さんは俺の顔をジッと見ながら静かに口を開いた。

「……私は天王寺千代。貴方とゲンさんとは違う世界の出身で、こう見えて魔女の一族の出よ」

「じ、自分は時雨警司です……! これからよろしくお願い致します……!」

「ええ、よろしくね、時雨君」

天王寺さんは静かに微笑みながら俺の言葉に答えた。

……良かった。錠前警部が言っていた通り、天王寺さんも良い人みたいだ。ただ、さっきの十文字さんの件もあるし、天王寺さんとの言い争いだけは避けるようにしよう……。

天王寺さんの顔を見ながら心の中でそう決意していると、錠前警部が俺達の事を見回しながら静かに口を開いた。

「……さて、これで全員揃った事ですし、早速朝礼を始めましょうか」

「「「はい」」」

俺達が声を揃えて返事をした後、時之派出所勤務初日の朝礼が静かに始まった。

 

 

 

 

「……さて、これで中の案内は以上ですね。時雨君、何か訊きたい事はありますか?」

「あ、今は大丈夫です、錠前警部」

「分かりました。何か訊きたい事がありましたら、遠慮無く訊いて下さいね」

「はい!」

ニコリと笑いながら言う錠前警部の言葉に俺は大きな声で返事をした。

朝礼の後、俺は途中になっていた時之派出所内の案内を錠前警部にしてもらい、給湯室や仮眠室といった部屋の位置なども知る事が出来た。

……さて、後は職務に励むだけなんだけど……。

俺がどうしたら良いか迷っていた時、錠前警部が入り口付近で待機していた十文字さんに声を掛けた。

「ケンさん。今日の事務仕事は私と千代さんでやってしまいますので、ケンさんは時雨君と一緒にパトロールに行ってきてもらえますか?」

「うっす! 了解しました、ゲンさん!」

十文字さんは元気よく返事をすると、ニッと笑いながら俺へと近付いてきた。

「よし……そんじゃあ、早速行こうぜ、警司!」

「はい、十文字さん」

十文字さんの言葉に返事をした後、俺達は揃って錠前警部と天王寺さんに声を掛けた。

「「それでは、パトロールに行ってきます」」

「はい、行ってらっしゃい、二人とも」

「行ってらっしゃい、二人とも」

そして、錠前警部達の返事を聞いた後、俺達は揃って『次元街』のパトロールへと繰り出した。

 

 

 

 

時之派出所を出発してから数分後、街の中を歩いている最中に十文字さんが気持ち良さそうに体を伸ばし始めた。

「んー……! やっぱ体を動かしてる方が俺の性には合うなぁ……!」

「何だかそんな気がしてましたけど、本当にそうだったんですね」

「おうよ! 昔っから考える事とかはからっきしでな、いつも野山とかを駆けずり回ってたんだよ」

「そうなんですね……。自分はあまりそういう事をした事が無いので、ちょっと羨ましい気がします」

「んー……そんなら、休みの日にでもどっか行ってみようぜ? 適当な山を見繕ってやっからよ!」

「……はい、ありがとうございます、十文字さん」

「おう!」

そう元気よく返事をする十文字さんの顔は、まるで太陽のように輝いていた。

……何というか、十文字さんって本当に明るくて良い人だよな。見た目とか性格は体育会系っぽいけど、それでいてちゃんと他人が考えてる事をしっかりと理解して行動してくれるような気もするし。

そんな事を考えていた時、俺はふとある事が気になり、その事について十文字さんに訊いてみる事にした。

「十文字さん。十文字さんはどうして時之派出所に配属されたんですか? 元々は警察官とかでは無いんですよね?」

「んー、まあそうだな。元々は故郷でのんびりと暮らしてたんだが、ある時にゲンさんが俺の家を訪ねてきたんだよ」

「錠前警部が十文字さんの家を……?」

「ああ。んで、とりあえず話を聞いてみると、何でも次元の狭間にある街の警察官になれそうな奴がここにいるって聞いてきたらしくてな。それでマギアブレスを付けてみたら、俺がそれだったってわけだ」

「なるほど……。けど、聞いてきたって……一体誰に……?」

「たしか……この次元街を作った奴とか言ってたかな? ゲンさんは、時之派出所を建てる時から関わってたらしいし、そん時にでも俺と千代の事をソイツから聞いたんだろうな」

「なるほど……」

『次元街』を作った存在、か……。いつか何かのきっかけで会う事があったりするのかな……?

そんな事をぼんやりと考えていた時、

「……ん? おおっ、ケンに警司じゃねぇか!」

そう大きな声で話し掛けられたため、二人で揃ってそちらへ顔を向けると、そこには鍛冶屋のグランさんの姿があった。

「あ、グランさん。さっきぶりです」

「よお、グラン! お前、仕事はどうしたんだ?」

「へへっ! ちょうど今は客が来ねぇ時間帯だから、気分転換に散歩でもしようって思ってな。お前達はパトロールの真っ最中か?」

「はい」

「ま、正確にはパトロール兼警司への次元街案内ってとこだ。ここでやってくためには、まず顔を知られとく必要があっからな」

十文字さんがうんうんと頷きながら言うと、グランさんは豪快に笑いながらそれに答えた。

「はっはっは! そりゃあ違ぇねぇな! 何せ、天下の警察官サマだからな。住民に顔を知られとかねぇと、いざってぇ時に困っちまうしな!」

「そういう事だ。んじゃ、俺達はパトロールの続きがあっから、そろそろ行くな」

「おう! お前達も何か作ってほしいもんがあったら、遠慮無く言いに来いよ!」

「ああ、もちろんだ。んじゃなー」

「それでは、失礼します」

俺はペコリと頭を下げて、そして十文字さんは片手を上げながらそう言った後、再び街の中を歩き始めた。

そういえば……。

「十文字さんと錠前警部は、街の皆さんからもニックネームで呼ばれているんですね」

「ああ、まあな。因みに俺の場合は名前自体が長ぇからで、ゲンさんの場合は巌さんって呼ぶよりも呼びやすいからだったっけな」

「……なるほど。確かにそうですね」

「だろ? だから、警司も遠慮無く呼んでくれて構わねぇぜ? 他のとこはどうだか知らねぇが、ウチは最低限の礼節は弁(わきま)えてりゃあ、余程のこと以外は目をつぶってるからよ」

「……分かりました。徐々にそうしていけるように頑張ってみます」

「おう! 頑張りな、警司!」

十文字さんは俺の背中を少し強めに叩きながらそう言った。

イテテ……。けど、これは十文字さんなりのスキンシップみたいな物なんだろうし、早めに慣れていかないと……。

背中に感じる鈍い痛みに少しだけ温かみを感じつつ、俺は十文字さんとのパトロールを続けた。

『次元街』の住民達に挨拶をしながらパトロールを続けていた時、突然十文字さんの腹から低く大きな音が聞こえた。

「……っと、すまねぇ。腹の虫の野郎が鳴き始めちまったな」

「あー……確かにそろそろお腹空いてきましたね……」

そう言いながら腕時計に目を向けると、時計の針は正午頃を指していた。

……そういえば、この腕時計は向こうで買った物だけど、問題なくこっちでも動くんだな……。

そんな感動にも似た何かを感じていると、十文字さんが突然大きな声を上げた。

「……うっし、ならそろそろ飯食いに行くか! 腹が減ってたら午後のパトロールに支障が出ちまうしな!」

「分かりました。それで、どこのお店に行くんですか?」

「へへっ、すんげぇ美味ぇ店があっから、そこに行こうと思ってな。

……まあ、その前にちっとお前の金をここの金に換えに行かなきゃねぇから、先にそっちに行くぞ!」

「は、はい!」

そして俺は、十文字さんの後に続いて両替所へと歩き始めた。

 

 

 

 

「……よし、着いたぜ、警司!」

「ここが……十文字さんのオススメのお店なんですね」

俺は目の前にある店――蕎麦処 薫風庵(そばどころ くんぷうあん)を見上げながら呟くように言った。両替所で幾らかの紙幣をここの通貨――ディメインに変えた後、俺達は数分程度でこの店へとやってきたのだが、その最中に十文字さんの腹の音を幾度も聞く事となった。

……それにしても、ディメインって見た目だけなら普通の紙幣みたいだよな。描かれてる肖像は流石に知らない人だったけど。

さっき受け取ったばかりのディメインについてぼんやりとそんな事を考えていた時、十文字さんが大きな声で話し掛けてきた。

「よし……それじゃあ早速行くか!」

「はい」

そして俺達が揃って店の中へと入ろうとしたその時、

「……いたいた! おーい、ケン! 警司!」

遠くから俺達の事を呼ぶ声が聞こえたため、そちらへ顔を向けると、そこにはさっきも会ったばかりのグランさんの姿があった。グランさんは息を切らしながら俺達の所まで走って来ると、少し辛そうに息を整え始めた。

「グラン、どうかしたのか?」

「はぁっ、はぁっ……またあそこの猫が逃げやがったんだよ……!」

「あそこの猫って……ああ、アイツか……」

グランさんから話を聞くと、十文字さんは小さくため息をつきながら答えた。

猫……って、あの猫だよな……? その猫が逃げただけで何でそんなに焦ったりしてるんだ?

グランさん達の様子を見ながら不思議に思っていると、十文字さんがふと何かに気付いたように顔を空へと向けた。

「……あー、来ちまったか……」

「え、来たって――」

俺がその事について訊こうとしたその時、どこからか猫の警戒している時の鳴き声が聞こえてきた。

……あれ、普通の猫の鳴き声にしてはかなり大きいような……?

そう、それはただの猫の鳴き声というよりはまるで車のクラクションのように大きく、体中がビリビリと震えるような圧を放っていた。そしてその瞬間、俺はここがどういうところなのかを思い出した。

あ……そうだ、ここは様々な種族が住む次元街なんだ……。つまり、この鳴き声の主である猫っていうのも普通の猫なはずが――

そう思っていた次の瞬間、道の向こうから四本足で走る何かが走ってくるのが見えた。そして、俺達に近付いてくるにつれて、それの正体が徐々に明らかになっていった。

「……十文字さん、これって……!」

「……大猫(おおねこ)だよ。お前達の世界に伝わる猫の怪異って奴だな」

「大猫……」

十文字さんの説明に静かに返事をしながら、俺は大猫の姿を見つめた。大猫はおおよそ1メートル程の三毛猫の姿をしており、その首には金色の鈴が付いた唐松模様の首輪を付けていた。

大きさだけ除けばただの猫みたいだけど、たぶんそんな事は無いんだろうな……。

警戒をしながら大猫の様子を窺っていると、大猫はその金色の眼を楽しそうに輝かせながら俺達の事を見始めた。まるで、俺達の事を獲物か何かだと考えているかのように。

「……十文字さん。この大猫、どうしたら良いですか……?」

大猫の様子に更に警戒を強めながら訊くと、十文字さんはニッと笑いながら明るく答えた。

「警司、そんなに警戒しなくても良いぜ? コイツの相手くれぇ、ちゃちゃっと終わらせっからよ!」

「……え?」

俺の疑問の声をよそに、十文字さんは大猫の眼を見つめながら静かに大猫へと歩いていった。そして目の前でピタリと止まると、右手をスッと上へと上げた。

すると、十文字さんの手に小さな炎のような物が現れ、それは徐々に大きくなっていった。

「んー……まあ、こんなもんか」

十文字さんは呟くように言うと、その炎のような物を払うようにして大猫へと飛ばした。すると、炎のような物は大猫の周囲へと散らばり、地面へと着くと同時に壁のような形を作りながら大猫の事を囲んだ。

「フ、フシャアーッ……!」

大猫は俺達に対して鳴き声で威嚇しながらも、自分を囲む炎の壁に阻まれている事で俺達に飛びかかれずにいるようだった。

す、スゴイ……! 十文字さんってこんな事が出来たのか……!

十文字さんが秘めていたその力に静かに胸を高鳴らせていると、大猫から目を離さずに十文字さんが声を掛けてきた。

「……警司。悪いが、ゲンさん達に連絡を取ってくれるか?」

「は、はい……!」

十文字さんのさっきまでとは違う雰囲気に少し戸惑いながらも、俺は案内中に教えてもらった錠前警部の番号へと電話を掛けた。そしてその後、それによって駆けつけてくれた錠前警部と一緒に俺達は、大猫の飼い主への連絡などの処理に追われることとなった。

 

 

 

 

「……はい、本日の職務はこれで終わりです。皆さん、本日もお疲れ様でした」

午後5時頃、その錠前警部の声で俺達が作業の手を止めると、十文字さんがふと体を上へグーッと伸ばし始めた。

「んー……! 今日も何とか終わったなぁー……!」

「……何とかと言うほどの作業をケンさんはしてないと思いますけど?」

「いやいや、そうでもないぜ? 俺にとっては、どんな事務仕事でも大変だからな!」

「……それは威張りながら言う事ではない気がしますけどね……」

そんな十文字さんと天王寺さんの会話に苦笑いを浮かべながら、俺は机の上にある書類などに視線を向けた。書類には昼の大猫――珠音(たまね)の件について顛末が書かれており、その上にはすっかり落ち着いた様子で毛繕いをしている珠音の写真がクリップで挟まれていた。

……あの後の処理は色々と大変だったけど、何だかんだで珠音とも仲良くなれたし、昼飯も何とか食うことが出来たし、良かったと言えば良かったのかな……。まあ、珠音がいきなり喋り始めた時は、腰が抜けそうな程驚いたけど……。

珠音自身の本当の性格はとても大らかなものらしく、昼の件の時は少しハメを外した状態になっていただけだったのだという。もっとも、落ち着いた状態でも中々の迫力だったのだが。

……まあ、今日だけでも色々な事が学べた気がするし、俺の中の世界も広がってたらいいな……。

そんな事をぼんやりと考えていた時、十文字さんが何かを思いついた様子で大きな声を上げた。

「……そうだ! せっかくだし、着替えてから全員で飲みに行きません? 警司の歓迎会も兼ねて!」

「ふむ……そうですね。私はとても良い考えだと思いますが、千代さんと時雨君、いや……警司君はどうですか?」

「私も良い考えだと思います。これから共にやっていく以上、お互いに歩み寄る機会は必要だと思いますから」

「自分……いや、俺ももちろん大丈夫ですけど、本当に良いんですか?」

そう訊くと、十文字さんがニッと笑いながらそれに答えた。

「当たり前だろ? 千代も言ってたけど、これからここで一緒にやってくんなら、お互いに少しでも仲良くなった方が良いからな」

「……そうですね。俺も最初こそ色々と戸惑いましたけど、今日一日を通して、ここでやっていく決心はちゃんと付きましたし、これからこの時之派出所の皆さんだけじゃなく、次元街の皆さんとも仲良くなりたいと思いましたから。

だから、皆さん。これからもよろしくお願いします」

俺がそう言うと、錠前警部達は一度顔を見合わせた後、一斉にコクンと頷いてから、

「はい、こちらこそよろしくお願いしますね」

「おう、よろしくな!」

「うん、よろしくね」

ニコリと笑いながらそれに答えてくれた。そしてそれに対して、俺も微笑んで答えていると、十文字さんが大きな声で錠前警部に呼び掛けた。

「うっし……! そうとなれば、早速行きましょうぜ、ゲンさん!」

「ふふ、そうですね。ですが、私はこの書類を届けに行かなければならないので、皆さんは先に行っていて下さい」

「分かりました」

「了解っす! ゲンさん!」

「了解です」

俺達が揃って返事をすると、錠前警部はコクリと頷いてから机の上の書類を手に取り、そのまま扉の方へと歩いていった。そして、錠前警部が扉の向こうへと消えると、それを見て天王寺さんが机の上の書類を同じく机の上に置かれたファイルに入れてからスッと立ち上がり、静かに扉の方へと歩いていった。

え、ちょっ……!? このまま行ったら、男性用のロッカールームに行っちゃうんじゃ……!?

そんな俺の焦りをよそに、天王寺さんはそのまま扉の向こうへと消えていった。すると、十文字さんが楽しそうな表情を浮かべながら話し掛けてきた。

「くくく……警司、心配はいらねぇぜ? 千代はしっかりと女性用のロッカールームへ行けたからよ」

「……え、それってどういう……?」

「マギアブレスは、俺達のような奴らが付けた瞬間にソイツを持ち主として登録するらしくてな、その時に魔力や波動なんかからソイツの情報も読み取ってるんだと。だから、俺達はしっかりと男性用のロッカールームに行けるし、千代は女性用のロッカールームへ行けるってわけだ」

「あ、なるほど……」

つまり、今のは完全な取り越し苦労だったって事か……。

「つまり、お前が今入ったところで、女性用ロッカールームには着けないって事だ。はははっ、残念だったな!」

「……十文字さん。それ、俺が思ってる事を分かってて言ってますよね?」

俺がジトッとした目で見ながら言うと、

「もちろん、そうだが?」

十文字さんはしれっとした様子で答えた。

はぁ……やっぱりそうだったのか……。

十文字さんの悪びれない様子に心の中でため息をついていると、当の本人は再び楽しそうにニッと笑いながら椅子から立ち上がった。

「さぁ、俺達も行こうぜ、警司!」

「……はい」

……まあ、これが十文字さんという人なんだろうし、これから慣れていけば良いよな。

静かに返事をしながらそう思った後、俺は机の上の書類をファイルに入れてから、スッと立ち上がった。そして十文字さんと一緒に扉の方へ向かった後、俺はドアノブをゆっくりと回しながら静かに押し開けてロッカールームへと入った。

 

 

 

 

「……よし、準備完了だな」

制服と装備がしっかりとロッカーへしまわれている事を確認しながら俺はそう口に出した。

そして、隣の十文字さんの方へ視線を向けると、十文字さんは既に準備を終えていたらしく、楽しそうな笑みを浮かべながら携帯電話を操作していた。

……もしかしたら、錠前警部達に連絡してるのかな?

そんな事を思いつつ、俺は十文字さんに声を掛けた。

「十文字さん、準備完了です」

「ん、分かった。因みにゲンさんからだが、やっぱり少し遅れるから、店が決まったら連絡して欲しいとさ」

「分かりました」

俺が返事をすると、十文字さんは携帯を服のポケットへとしまった。そして、ニカッと笑いながら明るく話し掛けてきた。

「さってと……んじゃあ、そろそろ行くか!」

「はい!」

大きく頷きながら答えた後、俺は扉の方へと歩き、静かにドアノブに手を掛けた。

……まだまだ分からないことだらけだし、自分の常識とは違った事が次々と起こる気はするけど、それすらも自分の糧にしながら頑張っていこう。それがこの『縁』に導かれた俺がなすべき事なのだから。

そして、俺はそのままドアノブをゆっくりと回し、静かに押し開けながら進んでいった。様々なモノ達が住まう煌めきの世界へと。




政実「第1話、いかがでしたでしょうか」
警司「……今回の件を見るに、これからも本当に色々な事に巻き込まれそうだな」
政実「まあ……そうなるかな。因みに次元街での出来事以外にも巻き込まれる事にもなる予定だよ」
警司「……分かった。さて、気を取り直して……。
次回の投稿予定はいつ頃になりそうなんだ?」
政実「他作品との兼ね合いもあるから、未定かな」
警司「了解した。そして最後に、この作品についての感想や意見、評価などもお待ちしています」
政実「さてと……それじゃあそろそろ締めていこうか」
警司「ああ」
政実・警司「それでは、また次回」
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