IS―地這い鴉の答え   作:ゲバラ

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 先ずは、感想を頂いた
“ダンプ”さん
“oota”さん      に感謝の意を。

 ACVDが楽しくって物書きが進まない筆者です。
このごろマッチングがだぶる事例が頻発してて“遂に過疎始まったか?”なんて。
時間の問題なんですかね。

 なぜ番外で一万字を超えたのか……。
そして学園物は硬い内容とオッサン要素を入れにくくて悲しいね。



Mission09-Another02

 IS 学園、朝。

箒は毎日と同じ時間に起きた。これまでの生活とは打って変わって非常に規則正しい。

と言うのも彼女の相部屋である住民、ヴィクトル・グラズノフの存在によるものが大きい。

 ヴィクトル・グラズノフ。男性で在りながらISに適応出来る異端児。カラード(首輪付き)の傭兵。

彼の修行僧にも似た生活が箒にも影響しているのだ。

 今日も彼女は相当早くに起床したが、ヴィクトルは早朝の、と表現するには多少の疑問があるランニングに出ており隣の床は空、

 ……じゃない!?

箒は多少の動揺を得る。

戦闘やそれに際する鍛錬には、異常なまでのストイックさを示す彼に限ってまさかサボるなんて、と。

 ……?

よくよく見ると汗をかいており、いつも無表情な顔には苦悶の表情が浮かんでいる。

〈師よ……何故……!〉

まるで老年のマスターアサシンが言うそれだが、箒にロシア語の技能は無い。

「お、おい……」

〈何故だ……お、前も……解っていただろう……!〉

箒は彼に鬼気迫る物を見つける。

「ヴィクトル! 大丈夫か!?」

 〈っはぁ! い、忌々しい……!〉

彼は悪夢から解放された。

「何か遭ったのか?」

彼女は無意識に近づく。

〈――――ぅぁっ!?〉

彼は近づく箒を見るなりまるで腰が抜けている様な形で後退する。

「どうした? お前らしく無い――」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 寮監、織斑千冬は早朝の巡回を行っていた。

新しく来た変なの(ヴィクトル・アレックス)を除けば、

この時間に出歩く者も、もしかすると起床している者もいないだろう。

 ……異常無し、か

一般の高校施設よりか遥かに高い倍率を潜り抜けて来た彼女らだけあって、愚行に走る生徒も無い。

通常の寮監業務の観点からすれば非常に楽な学園である。

千冬は何時もの巡回ルートを大方終える。

残るは自分にとってささやかな楽しみ、静かな食堂での朝食が待つのみ――

 

 {――――――――!!}

 

 叫び声、もとい悲鳴が寮内に響いた。良く聞き取れなかったが、発した人物が酷く取り乱している事は解った。

 ……何だ!?

聞くが早いか、彼女は来た道を全速力で戻る。

 ――此処は“IS学園”。高等学校であると同じ程に国際機関である側面が大きい。

少女らが過ごす青春の学び舎である以上に、混沌とした国家間で交わす策謀(さくぼう)の舞台だ。

生徒が産業スパイであった事例は数知れない。ISデータがために代表候補が襲われたり、籠絡(ろうらく)させられた事もある。

寮監の人選(織斑千冬)はそのためにここにいると言って過言ではない。

 

 千冬はアスリートを超えかねない膂力(りょりょく)を以って声の元へ駆ける。

 ……ここか――っ!?

彼女の目に部屋の番号が映る。

〚1125だと……!?〛

ここ(1125号室)は通常とは勝手が違う。片や高級傭兵、片やIS開発者の妹だ。

 ……篠ノ之博士狙いで此処に来ていたのか? バカな、企業の連中ならもっと頭を使う。少なくとも男は送らん……まさかとは思うが“ソッチ”か!?

“グラズノフに限ってそんな筈は……”と千冬は思うが他に思いつかない。

マスターキーを取り出しながら、彼女は少々混乱をしていた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 〚箒っ! 無事か!?〛

そこには少女が一人。オロオロとするばかりの箒がいた。

〚お、織斑先生……〛

 ……?

どうも予測とは違うらしい

〚グラズノフはまだ帰ってないのか?〛

であれば襲撃未遂だろうか、先ずは状況の整理を行う必要がある。

〚いえ、ここに〛

箒はベッドの側に目を移す、千冬からは死角に当たる位置、従って更に部屋の中に進む。

〚? 何が――?〛

言葉を失う。

そこには布に包まった“それ”が居た。

〈ひぅぅ……〉

緊張だろうか、彼は不規則に震えていた。

〚……篠ノ之、どうしてこうなった?〛

〚それが、その……〛

 箒は事の顛末(てんまつ)を伝える。

〚――容体を確かめようとしたらこんな具合で〛

〚そうか、こいつが悪夢に悩まされるとはな……。まぁじきに落ち着くだろう〛

 千冬は部屋を後にする。

 ……大事でないのは良いが、珍しい事もある

彼女の目から見て、彼は後の二人と比べ高校生とはかけ離れた印象が大きい。

見た目は少年、一夏やアレックスと変わらない。いや、一夏の方が整った顔立ちをしている。

だが、雰囲気は非常に頑強で老成とした感じがする。

特にその目は千冬が以前訪れたドイツ、そこで出会った叩き上げの参謀らの物。幾度となく修羅場を抜けた老兵のそれ。

〚あっ、織斑先生。難しいカオして、何かあったんですか?〛

〚ん? あぁ君か、実はな――〛

 

 織斑先生は知らずに情報を渡してしまった、(ヴィクトル)の人生をより面倒にする彼女に。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 朝の事など皆知らず、ヴィクトルもまた何事も無かったかのようにして、

その日の放課後に至る。

 〚いやー、有り難いな、今日はヴィクトルにも来て貰って〛

〚織斑さん、日本語日本語〛

〚あ、そうだったな〛

[来て頂いて嬉しいそうですよ?]

「今日はアリーナの空きが無くてな。まぁ、(なか)ばひっぱられて来たような物だが」

〚アレックスさん、今日もあの訓練ですの?〛

〚ん? んー〛ウィ!ラィ!エッヴァグリ!

〚折角ヴィクトルが来てるし、実戦やりてぇな〛

〚んー〛フォエバーハピネスメイカッドリム!

〚なんにせよ善は急げ、早めに行きましょう〛

〚んー〛エーヴァグリーン↑ファーミリィー↓

 

 「じゃ、実戦訓練。俺は部屋(オペレーションルーム)からお前(一夏)に指示を出すぞ」

画面の向こう、アリーナ内には一夏とセシリア。

『あの……ヴィクトルさん』

「何だオルコット」

画面のこちら側にはリンクスの三名。

『その、やっぱり貴方に出て頂いた方が一夏さんの訓練にもなりますし、えっと』

[お・ね・え・さ・ま? 昨日言った筈ですよね?]

『あぅ、リリウム……解りましたわ。ヴィクトルさん、オペレーティングとご教授を頂けますか?』

「戦術の指摘を?」

[ブルーティアーズのコンセプト、アーロンさんなら解ってますよね?]

 ……リリウムの入れ知恵と言う事か

「我流でもいいのか?」

『それで強くなれるのでしたら……!』

言うセシリアの目には決意の色が窺える。

「誇りのために己を変える。それもまた一つの矜持(きょうじ)か……。

 解った、オペレーティングを開始する、装備を確認」

『はいっ』

ヴィクトルはコンソールを操作、画面が表示枠で埋まっていく。

 

 〚対戦前に言っておくぜ〛

ヴィクトルに続いてオペレータについたアレックスが言う。

〚一夏、お前の機体は“普通”だ、どうあっても欠陥機じゃあない〛

数メートル横、ヴィクトルが言う。

「先ず、私の見解を言おう。BT(ブルーティアーズ)の操作性だが、IS戦闘に於いては最低クラスだ。定石(じょうせき)の策ではまず勝てん」

〚白式は兵装とフレームのコンセプトが完全に一致している。ISとしての特性を最大限生かした解りやすい機体構想として完成しているってこと。要は今おまえが考えてる戦法でも白式は100%応えてくれる〛

「最前提として、実験兵装である事が大きいのだろうが、ENライフル(スターライトMk.2)のスペックがISの戦闘に逆行している。リロードの遅さが正面からの射撃戦に於ける不利を確定している所が最大の問題だ。射撃精度を求めるが故に両手持ちにした事が操作性の悪さに拍車を掛け接近戦はまず不可能、ダブルトリガーの機体にはDPSで負ける」

(まさ)に一撃必殺をするだけの機体だ、二の太刀が必要無いからブレードの範囲が格段に広い。KURAMOTI(倉持技研)の装甲と安定性が瞬時加速時の被弾をカバーするからあまり考えなくても敵の懐に突っ込める〛

「高い射撃精度も微妙な火力の所為で大きな脅威にならない。得意の遠距離もアリーナの構造上、長くは続かない。遮蔽物が無い以上、現段階での射撃型ISの優劣はDPSと装甲のみだ。高速型のBTは装甲の面でも条件を満たせていない」

〚コンセプト立ては完璧、後は切るだけだ〛

『でも、俺こんな機体見た事無いぜ』

〚安心しろよ、ヴィクトルは“杭一本”で戦場を生き延びた〛

「スペック上の性能は目も当てられん、だが戦術は性能に勝る」

『そんな事あり得ますの?』

「今から、証明して見せよう」

 

 [では模擬戦、織斑さん対御姉……セシリア・オルコットの試合を開始します]

リリウムが審判のコンソールの画面をタッチ、5秒のカウントが出る。

三、二、一.

 ブザーと同時に両機が動く。

〚自分の間合いを基礎に置いて動け! お前の場合は瞬間加速の範囲だ、常に切れる位置に入ってプレッシャーを与えんだ!〛

『了解!』

「相手の有効射程を読み切れ、相手の間合いで戦闘するのは不利、だが離れ過ぎればレーザーの減衰が始まる。狙うべきは白式の瞬間加速限界域だ」

『解りましたわ!』

〚瞬間加速の限界ギリギリを目指せ〛

『おう!』

二人は寄らず、しかして離れぬ距離で相対する。

「射撃戦に出るのは迂闊だ、回避に集中している白式に撃った所で相手に与える影響は少ない」

〚白式は高い性能の裏返しに燃費が良くない、月光は攻撃の瞬間まで出すなよ?〛

『月光? 零落白夜の事だよな』

〚そう、それだ〛

「相手の集中力にも限界がある。この場合なら回避と回避を重ねるのがベスト。

 且つ最小限の労力で、だ」

『じれったいですわね、つまりどうしろと言いますの?』

「ビットを展開、だが動かす必要は無い」

 『ビットか、でもその手はお見通しだぜ!』

ビットによる遠隔攻撃は厄介だが、一夏は模擬戦で確認済みだ。

『先ずは一つ目!』

「やっぱりビットの同時操作じゃあ挙動が甘く……」

 ……動いて無い?

「ブラフか!? 一夏ァ不味」

『貰ったあ!』

剣は抜き出された。ビットの微力な抵抗を完全に回避し、

「――近接兵装使用に伴う対象に対する回避と接近で意識せざるを得ない機体制御、

 それを瞬間加速と零落白夜の並列処理、

 そして何よりも“ビットの操作中は機体操作が出来ない”と言う不確かな前例から来る安易な予測。

 必中だな」

『ッ!?』

白式の剣は振られない、代わりに受けるのはスターライトの中量エネルギー弾だ。

「ビットはダメージを与えるより、多角攻撃によって敵の意識を逸らす事に使える。

 動かさなければBT自身も射撃程度は可能だ」

すなわち、

「BTの本質は長射程の狙撃では無い。

 ビットを並行操作させ常に優位に立つ戦闘状況操作から完璧にライフルを当てて行く。

 戦術が完成すれば全ての行動が相手に対するプレッシャーになるだろう」

白式は不意の被弾に大きく吹っ飛ぶ。

『これが、わたくしの戦術(スタイル)……』

 

 ビットに向かえばスターライトが、BTに向かえば陣を整えたビットがEN弾を放つ。

『クッ、型にはまっているのが俺でも分かる……』

「無理に追うな、ビット陣の範囲を抜ければ相互のカバー体制が崩れる。

 それに相手が遠距離に離れれば」

『わたくしの範囲ですわ!』

〚自分の範囲を棄てるのはむしろ不味いな……〛

『でもどうすりゃ良いんだ!?』

〚今日まで散々やったアレ、覚えてるよな?〛

 

 『いける、これなら……!』

「注意しろよ、(ストレイド)がこのまま負けるとは思えん」

『ハイ!』

〚一発逆転のカードだ〛

『いくぜぇ……』

白式は速度を上げる、その先は、

 ……ビット陣の中央を突っ切って進む?

「最後はスペックに頼る突撃か。叩けば墜ちる、仕上げだ」

『了解ですわ!』

セシリアはビットを放つ、白式の回避先を読んでスターライトを放つ。

 

中型のEN弾は虚空を通過した。そこには水蒸気が有るのみだ。

「なん……」

 ……クイックブーストか!?

『完成しましたのね、クイックブーストが!』

「チィッ、何処だ!」

セシリアはハイパーセンサーに意識を走らせる。

〚地形を味方に付けろ!〛

『いっけぇぇぇ!!』

 ……上!

彼女の脳が高速回転する。

――スターライトは……駄目だ近い、照準を合わせる前に間合いに入る。

インターセプターは? コールする間に斬られてしまう。ビットは動くが……。

 ……ビット!

BTはENライフルを上に構える。

〚敵にとっては逆光だ! かまわず行け!〛

『おぉぉ……!?』

ビットだ。スターライトの銃口にビットが揃えられた。

『ビットは……』

 ……撃つだけでは無い!

セシリアは引き金を引く――。

 

 ビットはEN弾に貫かれ爆発した。

『クゥッ……!』

スターライトは銃口がひしゃげて使い物にならない。

セシリアには、もうまともな攻撃手段がない。が、

[試合終了、勝者はセシリア・オルコットですね]

「カァ――――ッ、出すのが遅かったか……」

「ストレイド、いつ仕込んだ?」

「ま、ちょっとずつな」

『お、終わりましたわ』

「最後は……済まなかった」

言うと彼女の顔は曇る。

『わたくし、謝罪を要求している訳ではありませんのよ……?』

セシリアはもじもじしつつも物欲しそうな目を向ける。

しかし、残念ながら彼には分かり得ない。

『――もう、知りませんわ!』

一方的に通信を切られる。

[今のは、褒めてあげる所ですよ。アーロンさん?]

「いや、しかしな……」

 ……だ、駄目だこの人

この男、多少の交渉能力はあれど、人間関係について考える能は弱いらしい。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 今代の記録方法は、大きな変遷を迎えている。いや、ここ(IS学園)に限れば完了形に近い。

記録はほぼ全てが電子化され、紙に()って立つ記録物は一部の学習用に限られる。

基本的にはコンソール一つで事足りる。そのような時代が目に見える所まで来ているのだ。

 時代の煽りを受けてか否か、少なくともこの日の図書室利用者は多くは無かった。

だが、今日に限っては要因は別にある。棚が並ぶ奥、目に見える所に一人の生徒が座っていた。

彼女は随分と暇そうに佇む。申し訳程度に持ってきた数冊の本を開きかけて閉じる辺りがそれを良く表している。

〚な、なんでこんな所に生徒会長が?〛

周囲のかすかな声を聞き流し、扇子を片手に持った少女、更識楯無には別の目的があった。

と、言う間にそれは来たらしい。

〈やぁ、今日は珍しく遅かった――〉

〈ロシア代表、更識楯無か。残念だが私は貴様に用など無い〉

やって来たヴィクトルは、数冊持ったままUターンする。

〈ふうん、ロシア代表として? 生徒会長としてではなく?〉

彼の足が止まる。

〈どうしてそう思ったのかな? 心当たりでも?〉

 ……厄介な

先ず、ヴィクトルは彼女をそう評価した。

〈言葉遊びに興じるつもりは無い。失礼する〉

〈ま、いいケド。来週も待ってるよ〉

今度こそ完全に止まった。

〈君の行動は毎日予測出来ない。傭兵業の基本スキルかな? でもこの日に絶対此処に来て、此処に座って本を読んでるからね。だから、また来週待ってるよ〉

楯無はこちら(ヴィクトル)を看破しているらしい。彼は逃げ切れない事を悟った。

〈要件はなんだ?〉

〈もっと面倒かと思ったけど、話が通って助かるね。取り敢えず、こっちに来なよ〉

楯無は隣の椅子をポスポスと叩く。それは確かに、ヴィクトルがいつも使う椅子だった。

〈…………〉

〈うん?〉

彼女は小首を傾げて尚も座るのを促す。彼は二つ目の諦めを実行した。

〈……随分面倒な挨拶だな、更識楯無〉

〈楯無で良いよ?〉

〈そんな事はどうでも良ぃっ?〉

隣、楯無が唐突に肩を寄せた。

〈今日はなんだかトゲが強いみたいだね、プライベートには邪魔入れない方が良かった?〉

彼女は悪戯しているような笑みをヴィクトルに向ける。

更に寄って言う、

〈へぇ、“ウラマーの論題に於けるシャリーアの解釈”……これ神学者レベルの読み物じゃない〉

〈はっ、早く本題に移れっ……〉

楯無は彼に息が掛かる位に近づく。

〈あぁ、そうね。実はロシア(本国)のお友達が“グーちゃんに会いたいよ―”って、んん? どうしたのかな、顔が真っ赤だよ?〉

〈な、何を言って……〉

言うヴィクトルの目は楯無の方を向けられない

 ……やっぱり

〈初々しい反応ね、鈴ちゃんの時もそうだったのかな?〉

〈ふざけるのも大概にしぁ!?〉

 楯無は相手の膝に手を載せた。もう彼は動けない。

〈お姉さんは知ってるんだなぁー。キミ、凰さんを抱える時、隠した顔が赤かったよね?〉

泣きつかれた鈴を運ぶ際、ヴィクトルはISを部分展開したが“話難い”なんて建て前だ。

言語調節は勿論やったが、実はフェイスマスクも起動していた。肌色を調節、もといごまかすためのそれは顔色を隠すのに機能していた。

〈ユリちゃんと喋った後、相当悩んでたし。2アングルでバッチリ〉

 ……カメラか

〈な、何を言って――〉

〈もう隠そうとしなくても良いよ、キミが超が付くほどウブな事位解ってるから〉

言って彼から離れる。

〈以外な弱点だね、やっぱりグーちゃんも人だった、て事かな?〉

ニパ~、と笑みを浮かべる。

 ……こ、この女は危険だ!

こんな情報をばら撒かれたら何が起きるか分からない。ヴィクトルは戦慄する。

〈……改めて聞こう、目的はなんだ?〉

〈ん? 今は何も、ちょっと御挨拶でもと思ってね〉

爆弾付きの、だが。

〈まぁ、そんな感じ。さっきのは無かった事にしてげるよ〉

〈お、おい待て! それでは……〉

傭兵達の慣例法に反する。レイヴン達に根付く貸しと借りの観念があった。

それこそ伝統的な傭兵であったヴィクトルはその掟を見逃せない。

〈借り一つだ。お前の言う事を一つ聞く、それでいいn〉

〈いいっていいって、そう言うの大丈夫だから〉

〈いや駄目だ〉

 ……ここで貸借(たいしゃく)契約を果たさないと、話の内容を口外されても文句が言えなくなる

〈貸借契約は尊守されるべきだ、双方の関係のためにぃっ! やめっ……〉

楯無は彼を黙らせる方法を覚えた。要はちょっと(しな)を作って(さわ)れば良い。

〈特には良いけど、キミって何者か聞きたいかな〉

 ……貸借は無しのままこちらの情報を聞き出そうってか!?

彼は己の人生で最もえげつない人に出会ったかもしれない。

言わなければばらすと脅しているに同義の発言だ。

〈……“レイレナードの亡霊”〉

〈えっ?〉

〈私の同族の者に聞けば解る、それで十分だろう〉

レイレナード社はネクスト技術に依存していたために、未だこちらの企業として存在していない。

〈ホントに言ってくれるとはね、正直期待して無かったんだけど〉

〈なっ!? この――〉

〈じゃ、またね“グーちゃん”?〉

言って楯無は有無を言わせず行ってしまった。

 

 〈……クソッ……〉

完全にペースを持って行かれた。相手との交渉力に大きな差があったなら、彼もこれからの糧にしようもあるだろうが、今回は己が弱点を晒した事に完全なミスがある。

記憶のフラッシュバック、即ちは夢をトリガーとして精神が不安定になった結果、決定的なボロを出してしまった。

楯無にしかばれていないだろうが、一番厄介な者だ。

問題なのは彼女のバックだ。難しい事は無い、ロシアと、そして彼女自身(更識)だろう。

近いうちに政略の駒にされるやも知れない。

“特異”な男性操縦者、それと関係が有るだけでも周囲への影響力は十分だ。

 そして晒した一つの情報、

 ……レイレナード、か

他の者がどうなったかを彼は知らない。

〈アンジェめ、次会った時は覚えていろよ……〉

ヴィクトルはこの弱点を得た時を想起する。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

その成立から、数世紀に渡る繁栄を得たシステム、

国家は限界をとうに超え、壊死していく他無かった。

 

 国家解体戦争。後にそう呼ばれるクーデターは、

およそ一カ月を以って国家に終結をもたらした。

 

 その中で鴉達は死んでいった。

最終にして伝説の一つとして数えられた彼も住処を変え、

その身さえも偽る事を余議なくされた。

 

 だがそれでも、鴉の目は、彼の目は死んでいなかった。

 

――――47年、レイレナード本社、エズザウィル――――

 

 「それで、経過はどうですか、俺は使い物になるのか」

「悪くは無い、むしろ良い。AMS手術は問題無く成功したが……」

己の前、レイレナード所属の医師がカルテを睨むように見る。

「原因が解らないんだ。AMS自体の副作用なのか、それとも脳の構造変化による内分泌系の変調なのか」

だが、

「AMSに異常が無い以上、我々はこれを超えた研究には進めない。

 リンクスに対してはAMS以外の調査・研究が認められていないからね」

「どうもイヤな感じだ」

「それを喜ぶ人も少なくは無い筈だよ、素晴らしいじゃないか“若返り”なんて」

 ヴィクトルことアーロン・ファーロングの肉体は若返りとも言える変化をきたしていた。

「恐らくは、AMS手術を急いだ事に因る物だ。

 まぁ他にも事例はある、確かに見た目に出る程の変化は無かったがなぁ」

「治りますか?」

「若返りを治す? 私には見当も付かないな。でも良いだろう、わざわざ治さんでも」

「そうですか……」

「なんにせよもう大丈夫だろう。後はもう来なくても構わないよ、じゃあお大事に」

 

 アーロンは、その足でリンクスの訓練施設に向かう。

「ん? 君か、驚いたな」

「訓練などしない男だと?」

問うた先には自分と同世代程、()しくはもっと若い女性が一人。No.3アンジェだ。

「ここに来るのは半年程度は先の事かと思っていた」

あぁあと、

「その見た目もな」

「嫌な感じだ。レイヴンになった頃まで戻っている。ところで……」

「何だ?」

「ここはリンクス利用施設で合っているのか?」

「?」

「その、AMSポートでもあるのかと思ってさ」

見た所ジムに見える。彼女も見た目の通りに利用していたようで、半袖のTシャツが肌に張り付いていて不快そうにしている。

「訓練の度にシミュレータに入っていたら精神過負荷で廃人確定だぞ。

 生身での肉体制御でも、機体制御に似ているから十分効果はある」

「だが、あるんだな?」

言ってアーロンは奥に進む。

「待てファーロング、話を聞いていたのか、AMS接続はきちんと計画してからだ」

「躊躇いの時間は必要ない、今は力こそが真理とも成り得る」

歩みは止まらない。AMSを取り付けるため、彼は無造作に上着へ手を掛ける。

「お、おい! 何を焦っているんだ、施術だって通常ではありえない早さをお前は要求している。無理が有るのは自分でも……」

アンジェの声が止まる。

「? どうした、これか?」

アーロンは首に掛かった物を手に取る。ペンダントに近い物だ。

「“真鍮の八端十字”と言う」

イクバールやテクノクラートの領域には信仰を持つ者が多い、彼もその一人である。

「正教会を示す八端十字にカリグラフィとアラベスクの装飾、ムスリム正教会の印だ」

更に言うと少数派の融合信仰だ。

「いや、そうじゃなくてだな……ファーロング、本当に経歴はあれで合っているのか?」

アンジェは問う。

「レイヴンは勿論ミグラント(死の商人)もそこまで怪我に近い職だとは思えないんだが」

アーロンは身体の至る所に消えない傷が有った。銃創、裂傷など古傷が絶えない。

「機械乗りとは思えん、まるで歩兵だ」

「気にする程の事か? まぁ、お……私が戦争産業に手を出したのはもう十年以上も前だ――」

 長い戦場での経験、アーロンの場合それは商才では無く戦闘力として開花した。

「ミグラントには、己の装備と力そのものを売り物にする連中もいる。私もその一人だった」

だが、一兵士として戦列に交じるのでは金に成るわけもない。

「最新式の装備に身を包み、幾度となく敵地に潜入したものだ。

 破壊工作や情報奪取、暗殺にも手を出した。今生きている事が不思議なくらいにな」

「…………」

「話が長くなった。予定が有ったんじゃないか」

「いや、鍛錬は始めたばかりだ」

 

 「――ワッ!!」

「!?」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 「随分ボケっとしてやがるな」

「……なんだお前か」

振り向いた先、アレックスと、

「フィオナ・イエルネフェルト?」

「御久し振りです、驚きましたか?」

フィオナが人の良い笑みを見せる。

「先日から貴方達担当の秘書官に就任しました」

「? 理解が出来ないんだが」

アナトリア研究所と企業連BFF部門に何か接点があった覚えが無い。

「“こちら”では今の所は皆味方ですからね、アレックスの機体データ収集でこちらに来る時にBFFの依頼で貴方の報告の処理も一緒に受けたの」

これまでは電話での直接報告だったためにフィードバックが早かったが、やはりセキュリティに不安が有ったのだろう。

「研究所のお仕事はこちらのアリーナを使用する許可が出ていますから、報告には私に言って頂くだけで大丈夫です」

「了解した」

「んで、お前いつまでそれ持ってるつもりだ?」

アレックスに言われて気付く。昔の事を思い出す内に握っていたのだろう。

「これか? これは“八端十字”と言ってな――」

 ……まぁ、銀製だがな

 

 その十字が真鍮になる事を、彼はまだ知らない。

 

 

 

 




 割と一瞬の思いつきで出来た話、後悔はしていない。

嘘です、ちょっとやり過ぎたかなと思ってます。

と言うかオリ主のブラックな部分に触れるのはもう少し先にしようとした結果、
俺tueeeに片足入っちゃってたのでこんな話を挟みました。
アレックスはまぁ万能型で良いんだけど、ヴィクトルの方がもう少し弱くあって欲しい。
その結果、強くて(物理)弱い(精神)キャラクタに一歩前進です。
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