……箒?
ヴィクトルとセシリアが待機するピットに、箒がやって来た。
「どうした? 一夏の所にいたのではないのか?」
「知らん! あの馬鹿……」
「穏やかでないな、喧嘩でもしたのか?」
「あ、あいつは私を都合のいい知り合い程度に認識していたのだ!」
わなわなと怒りに震える箒がいた。
[篠ノ之さん? 貴方はそれ以上の関係を望んでいますの?]
「いや、それは……その……」
〚まぁ、貴方があの様な鈍物を好きになる訳が有りませんわね。最早男として以前に――〛
〚やめろ。それ以上言うな……!!〛
箒が鋭い目線をセシリアに向ける。
〚あら、良い顔出来るじゃないの。その調子で自分を出しなさいな〛
〚あ、あぁ、ありがとう〛
「和解は済んだか? 気にしていられる程、俺は器用じゃないぞ」
「済まない。えっと……調子はどうだ?」
「悪くは無い。不具合も無いが、やはり
何故か。彼の機体のみが、専用機でないからである。企業連が用意出来たのは武装のみだった。
……大体の物が量子変換し搭載できるのは有り難いがな
ヴィクトルは目の前にリストを現出させる。リストにはざっと数十種余りの兵装はあるが、その全てを同時に量子変換領域に収納していた。
残る問題はあと一つ、彼は“飛べない”
『織斑、グラズノフ、時間だ。位置につけ』
千冬が言う。模擬戦は抽選の結果、一夏対ヴィクトル、アレックス対セシリアの組み合わせになっている。
「了解」
ヴィクトルはISを起動。歩行してカタパルトに足を載せた。
数瞬してカタパルトが滑り出す。短い助走の後にヴィクトルはアリーナに飛び出す――
〚おっ、とと〛
初めてのISにカタパルト発進。慣れない事しかない一夏だがなんとか空中に身を置いた。
反対側を見やると、彼は“跳んで”いた。
滑空とも言えぬ時間の後、ヴィクトルは荒々しく地面に脚部を押しつけるのを持って停止する。
……なんか……かっけー!
着地しつつ回転し、
「通信では楽に話せるな、織斑」
〚お?〛
IS間の会話は自動翻訳されるため、彼らにとっては非常に有り難い。
「競技は開始されているな。俺は俺の証明をさせて貰う、悪いが“素人”に負けるつもりは無い」
ヴィクトルの乗った“ラファール・リヴァイブ”は肩部に掛かる武装を持つ。
「始めよう」
白式がロックされた事を警告する。
〚やべっ!〛
動こうとする前に、高速の弾丸が左腕を撃った。
……え? いま何が……
「弾丸を受けるのは初めてか? じきにパニックで頭が真っ白になる」
戦闘経験の無い兵が戦力になり得ない理由は、戦闘の能力ではなく攻撃を受ける事に対しパニックを起こすからだ。まして日本の高校生が耐えられる筈がない。ヴィクトルはそう見越していた。
〚おぉっ!? 速えぇ、スナイパーライフルって奴か〛
……ほぅ、胆力は十分か
なおもヴィクトルは右腕の長距離ライフルを発射する。回避率は上がっているがそれでも十分に一夏のシールドエネルギーは削られていく。
〚武装は? ……これだけかよっ!〛
白式は刀の様な近接兵装を虚空から
「手の内を明かすべきではないだろうに……」
ラファールの肩部が変換、ミサイルの発射機になる。
「避けるか、斬るか……」
ヴィクトルの攻撃にミサイルが加わる。
〚お前だって“斬れる”って言ってんじゃねえかよ!〛
言うが早いか、一夏は己に向かうミサイルに刀を――
「それ、VTFだけどな」
〚ぅ!?〛
刀が触れるその前にミサイルは爆発する。
……ミサイルはそれ自体、そう避けられる物ではない。お前ならどうする、一夏
[なんで……?]
観客席のリリウムは呟く。
……なんでアーロンさんは動かないの?
おかしい。いつもの彼なら素早く相手の死角に回り込むのが基本。
……トラブルが無ければ良いのですが……
〚だったら、一か八かぁっ!!〛
「思い切りが良いな、悪くない判断だ」
白式は一気に距離を詰める。相手の武装はスナイパーライフル一つ、弾幕の無い状況で、彼は迷い無く突っ込んだ。
……!?
ぞくりと、一夏はなにかを感じた。
……箒が打ちに来る時と同じ感じだ!
つまりは“殺気”。一夏は思わず真後ろに下がった。
「チィッ!」
一瞬後、内側に振りぬいたヴィクトルの左腕には物理型ブレードが握られていた。
〚っっぶねぇ!〛
「だが!」
左の半身になりながらもヴィクトルのライフルは構えられていた、ほぼ零距離でそれが発射される。
〚――!!〛
今度は白式のブレードがヴィクトルを阻んだ。
〚お前なら絶対顔を狙うと思ったぜ!〛
……読まれていたか
皮膚が露出している箇所に攻撃を当てればISのエネルギーを大きく削る“絶対防御”が働く。であるが故に、顔に照準が合わせられ、そこに刀を合わせられた。
オペレータルームには教師が二人。
〚凄い……二人とも搭乗経験が無いとは考えられませんね〛
真耶は感嘆を露わにする。
〚あぁ、だが……〛
……グラズノフはなぜ動かないんだ
彼の弱点が露呈しようとしている。
〚くっ、ハア゛ッ〛
……どうすりゃ勝てんだ、こいつに!
見やった
接近しなければ攻撃出来ないが、近づくには全速力でラファールのミサイルロックを振り切り続ける必要がある。その上に接近すればするほど、今度は彼の持ち換えたガトリングが容赦ない弾丸の雨を降らせてくる。
〚やばいな、追いつかれたら一巻の終わり……〛
……? 待てよ、何であいつは追わないんだ?
思わずラファールの足元を見る。そこは、機体を中心にグラウンドが削れていた。
〚そうか……分かったぞ。銃を撃つ時、お前は反動を抑えるから動けないんだな!!〛
「ほぅ、気付かれ、は?」
〚撃つためには動けない、だから追いかけると撃てない……。結果、お前は待ちの戦法しか取れない。そうだろ!〛
………………。
「まぁ、それでも良い、どうせ貴様は斬るしかないんだ。――――来い!」
〚分かってるさ、行くぞっ!〛
白式は再度突撃を掛ける。定型の如くVTFミサイルが白式に迫る。
〚オォオッ!〛
一夏は紙一重にすり抜け、更に追うミサイルを引き連れ、至近距離に。
……チィ、考えたな
このままではヴィクトルはもろとも爆発を受ける、即座にミサイルに停止信号を出し、ガトリングを――
「――――!?」
居ない。一夏は正面から消えていた。ハイパーセンサで全方位を確認し、八時方向に白式を確認した。
〚もらったぁ!〛
その言葉に、ヴィクトルは左腕を肩越しに後ろへ。
「足りないのは全体的な観察力、だな」
握られていたのは二つの円筒をつなげた様な銃。ヴィクトルによって引き金を引かれたそれは大量のHEAT弾を吐きだす。
〚!? ま――〛
一夏は爆発物の塊とも呼べるHEAT弾幕に突っ込んだ。空中制御能力を失って、白式は地面を削り、砂塵が舞う。
〚あ……!〛
〚ふん、機体に救われたな。馬鹿者めが……〛
〚それは一体?〛
真耶が画面を確認する。表示された白式のシールドエネルギーは、
〚シールドエネルギーが戻ってる……!?〛
砂塵が晴れる。そこには先程よりも白く輝くISがあった。
〚? なに? どう言う事?〛
〚織斑君の専用機が変わってる!〛
一夏のISは“フォーマット・フィッティング‐完了”と表示される。
〚な、なんだ?〛
「ここでフォーマットか。悪運の強い……」
スキャンの表示を見ると、白式のシールドエネルギーが多少の回復を得ている。
〚……よく分からないが、これでやっと
右手の物理刀も変化している。
〚“
……では、あの刀の能力は恐らく……
ヴィクトルは兵装を変換する。
それを見てか否か、一夏は雪片を展開、刀が上下に割れるように変形しエネルギーブレードを現出させる。
〚――でもそろそろ、守られるだけの関係は終わりにしなくちゃな。これからは俺も、俺の家族を守る〛
一夏の目の色が少し、変わった。
……素直だが身勝手な理想論、と言った所か
〚取り敢えずは千冬ねぇの名前を守るか。弟が不出来じゃあ、恰好が付かないもんな〛
「詰まらん御託は済んだか? 終わりにしよう」
煽りもそこそこに、ラファールは右腕の武装にエネルギーを溜め始めた。
同時に両肩のハイスピードミサイルを構え、発射する。
〚視えるっ!!〛
白式は正面からミサイルをそのブレードで叩き斬る。衝撃が白式に入るが、ノックバックする程ではない。
……あのチャージの具合は確実にやばそうだな
敵の左腕はまだ武装の変換が間に合っていない様だった。
己は右の半身になり、居合の様な型に。
後は速度が命。全速でラファールに接近する。
「残念だったな」
ヴィクトルは右腕のチャージが終わったらしい。銃を覆う程に大きくなったエネルギーを射出する。
〚いける!〛
逆袈裟にレーザーを斬ると弾丸は即座に消滅した。雪片がラファールの放ったSE弾のエネルギーを“喰った”のだ。振り切った流れそのままに上段の構えに――
『試合終了、勝者‐ヴィクトル・グラズノフ』
〚ゑぇ!?〛
〚どういう事?〛
一夏も観客席の生徒も、状況が分からない。
「やはりか。織斑、
ゆっくりと、彼はグラウンドを後にする。
[貴方っ! 貴方って人はぁっ!!]
アリーナからピットに入る廊下で、セシリアは凄い剣幕でヴィクトルに向かう。
[礼儀の一つも知らないんですの!? そうやって余裕
たった今の試合、ヴィクトルは飛ぶ事はおろか、跳びさえもしなかった。セシリアの目にはそれが一夏を見下す様に見えたのだろう。
「力は十分に示した。それ以上に何が必要だと言う?」
[わたくしは元より強さなど求めていませんわ! IS操縦者としての意志と最低限の礼儀をm]
「
故に、
「そこに求められるのは戦闘能力の他に何もない。もう一度言おう、力は・十分に・示した。さあ、気は済んだか、後は“
[そんなのっ! 認められる訳が無いでしょう!!]
痺れを切らしたヴィクトルは壁を殴りつける勢いでセシリアに迫る、所謂“壁ドン”と同じ状態だが、そこには明らかな敵意が籠っていた。
[ひっ]
「英雄でも相手にしているつもりか? 私は紳士ですらない。卑しい傭兵、
最後は吐き捨てるようにして、ヴィクトルはその場を去った。
一人残されたセシリアは、
〚俺、なんで負けちゃったんだ?〛
対する反対側のピットには千冬・真耶・箒の三人が来ていた。
〚“バリア無効化攻撃”を使ったからだ〛
千冬が口を開く。
〚バリア無効化?〛
〚あぁ、相手のバリアを斬り裂いて、反対に直接ダメージを与える。“雪片”の特殊能力だ。これは、自分のシールドエネルギーさえも攻勢転換する〛
織斑千冬がかつて有力なパイロットとなったのも、ISの国際大会である“モンド・グロッソ”での優勝を勝ち得たのも、この能力による所が大きい。
〚そうか、それで白式のエネルギー残量が一気に……〛
〚更に雪片はエネルギー攻撃を斬って無効化出来る。今回は逆にそれを利用されていたが〛
ヴィクトルは雪片にSE弾を斬らせてエネルギー切れに追い込んだのだ。
〚ISの競技は、シールドエネルギーがゼロになった時点で負けになります。バリア無効化攻撃は、自分のシールドと引き換えに相手に致命傷を負わせる……いわば、諸刃の剣ですね〛
真耶が解説を加える。
〚つまり、お前の機体は欠陥機だ〛
〚欠陥機!?〛
〚言い方が悪かったな。ISはそもそも完成していないのだから、欠陥もなにも無い。お前の機体は、他の機体よりかなり攻撃特化になっていると言う事だ〛
〚ハァ……〛
〚随分とピーキーな機体だなぁおい〛
〚確かに、初心者向きでは無いな〛
〚それで、いつ出撃出来るんだ? これ〛
カタパルトには、既に金具へ脚部のセットを完了したアレックスがいる。
〚もう少し待っていろ――〛
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
アリーナ上空、第二戦目が始まろうとしていた。
大型狙撃銃を装備した青いIS、ブルーティアーズの前には、白式にも劣らぬ白い輝きを放つフルアーマータイプのISが相対する。
[あら? 面白いタイプですわね]
ISは強力な防御スクリーンである“シールドバリア”の常時運用が前提とされているために、装甲の必要性が薄い。更に、情報処理もARで十分に対応出来るために入力系が無価値なためヘッドパーツが無い物が多数を占める。
「ま、特殊型の二、三は何処にでもあるもんだ。どう始める?」
アレックスの声から良く分からない喜びが滲み出ているが、フルフェイスマスクの様なヘッドパーツの裏の顔を窺い知るのは叶わない。
「アーr、グラズノフもなんだが、俺らにはISでは無くとも多少の経験が有るぞ」
[ACですわね?]
「アァ、だから――――あんまり手を抜いたら痛い目見るぜ」
一気に二人の空気が変わり、戦闘のそれになる。
両者が武装を構える。
……アナトリア研究所はネクスト仕様で作った訳か
試合を終えたヴィクトルと一夏の二人は観客席で観戦に入っている。
「織斑、よく見ておけ。白式のポテンシャルから考えて、恐らく
試合が始まる。
二機は同時に動いた。だが、
[――――!?]
……なんて急加速ですの!?
ブルーティアースが捉えきれない程の加速を、その機体は見せる。
「この感じだ! アレックス・ストレイド=ホワイト・グリント、戦闘を開始する!」
速い、視認するのが困難なレベルの瞬発加速で
ホワイト・グリントが構えるのは二丁の銃。照準でブルーティアーズを完璧に捉えたまま、相手の周囲を三次元に飛ぶ。
驚くべきは両者の距離、激しく機動戦を繰り返しているのにも関わらず一定の距離、
……離せない!? なんなのですの……!?
縦横無尽に、時に両手に持つ
……考えられてはいるが、まるで初頭の戦術だな
ISとNEXT、兵器として積み重ねてきた経験の差が、持つ戦術の絶対量の差として出ている。
左腕のアサルトライフルをばら撒き、相手の行動範囲を潰した上で右腕の本命である高性能ライフルでブルーティアーズにダメージを加える。更にそれが途切れる事無く続く。
〚すっげぇ、何なんだあいつ……〛
一夏が感嘆の声を漏らす。
「フン、六割程度だな」
「! そ、そうなのか?」
箒も驚く。
「ン? いや……アー」
……言ってしまって良いんだろうか
どうせいつかは解るだろう、と、ヴィクトルは話してしまう事にした。
「もし、奴が本気なら挙動の高速化・複雑化、肩部兵装、近接攻撃とそれに伴う戦闘距離の高速変更、自己偏差射撃による全射撃の狙撃射化、などがこれに加わる」
「そ、そうか……」
……言ってる意味がよく分からんぞ……
箒の思考にも頷ける。
[これでもっ……喰らいなさい!]
セシリアは全速で回避、アリーナを突っ切りながら振り向くのと同時に
……分裂か? いや、通常のCE系か?
両腕のそれぞれでミサイルを狙う。なおもこちらに向かうそれを確認し続け、次の瞬間、
「――ッ」
引き金を引く。発射された二つの弾丸は弧を描いて飛ぶミサイルに、当たった。
周囲にどよめきと言える声が広がる。だが、
「!? 不味――」
気付くのが遅かった。アレックスは爆煙の向こう側に大型の銃口を――。
直撃した。
……まだ一発……それでもダメージにはなった筈
直後、己の物とは別のミサイルがアリーナを飛ぶ。
……相手にもミサイルが有ったの!?
「こうゆう勝負じゃあ――」
先程までホワイト・グリントがいた辺りは急速な物体の移動によって生じたであろう霧が漂っている。
「――迷った方と、驚いた方が負けだぜ」
アレックスはミサイルと自分を挟んで反対に居た。
……!? どちらを――
セシリアは迷ってしまった、ミサイルを回避して下がるか、敵を避けて進むのか。
[クッ……!?]
“取り敢えず”横に動こうとするセシリアに、向かうミサイルは一気に分裂した。
真っ直ぐ来ていた攻撃が、一瞬で前面の全方向から来る物に変わる。
迷っていたセシリアは、更に驚いてしまった。
気付いた時にはもう遅い、敵は真後ろにいた。
「Too late!」
アレックスは右脚の中段回し蹴りをブルーティアーズの背中に当てる。
[クハッ]
肺の空気を一気に押し出されたセシリアはミサイルの群れに突っ込む。
『試合終了、勝者‐アレックス・ストレイド』
「おい、大丈夫か?」
地面に落ち、二度も息が止まったセシリアをアレックスが助け起こす。
[お……お気遣い無く……し、失礼いたしますわ……]
セシリアは一人で立てはしたがヨロヨロとピットに歩いて行った。
〚ア、アレックスって凄い強いんだな……〛
〚あぁ、そうだな〛
二人が感想を言い合う中でヴィクトルは一人、黙考する。
……ストレイドも回避に関しては手を抜いていなかった。
彼はセシリアの評価を数段引き上げていた。
〚にしても、負けちまったなぁ……ん? さっきからなんだよ、箒〛
〚その、なんだ……負けて悔しいか?〛
〚そりゃまあな〛
〚明日からは、あれだな。ISの訓練も入れないとだな〛
〚だなぁ〛
〚その……一夏は私に教えて欲しいのだな?〛
〚あぁ、気兼ねなく頼めて、付き合ってくれるのはお前しかいないよ〛
〚なっ!? ……そ、そうか。そうかそうか、では私が教えてやろう。明日からは必ず、放課後を開けておくのだぞ? いいな?〛
〚お、おう〛
〚フフッ〛
箒は、なんだか嬉しそうだった。