β Ewigkeit:Fragments   作:影次

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役者の変じた恐怖劇、そのプロローグ。
ここまで長かったですね、私も感慨深いです。
相変わらずぶつ切りフラグメント形式でお送りします。
再プレイ完了まで書き貯めるつもりだったんですが、原作がチャプターごとに分かれてるとそれを基準に区切りを設けて書いていく方法がわかりやすくて。
さっくり導入を書いてしまったんで投げることにしました。

初見の人もまた来たよの人もなにかいい知れぬワクワク感を感じてくれれば幸いでございます。
そして評価感想をくれ(定期)
くれればくれるほど頑張れる気がしてくるから。


プロローグ

 失敗した。

 今日もまた、失敗だ。

 魂の分離なんてものは思った以上に外法を越えた摂理への反逆らしい。

 成功するなら死んでもよかったんだけど、成功する気配が微塵も感じられない。

 今日も、僕の意識は正気と狂気の狭間にある。

 ルフラン。

 僕を約束の時まで死なせないそのゆりかごは、決して僕を守るものじゃない。

 あれは牢獄だ。

 死んで生き返る度に、僕の中の狂気の割合が増えていくのを感じる。

 今まで生き残るために不敵にこいつを使いこなしているように見せかけちゃいたが、そろそろ自粛しなければ危うい。

 限界数を数字で表すことは出来ないが、最悪残りの使える回数は両手で数える程度に足ると考えておいた方がいいだろう。

 頭の中で常に警鐘が鳴り続けている。

 『このままではまずい』『急げ、何もかも終わる前に』そんな言葉がやかましくリフレインし、苛立ちが募っていく。

 今でさえ、狂気のままに世界を滅ぼす準備を止められないというのに。

 いや、これは本当に狂気なのか。

 僕の本当の願いとは何だ。

 あるいは、それがほんの少しズレだだけの結果が今の僕だとするのなら、僕は一体何者なのか、何者だったのか。

 やめよう、考えても仕方のないことだ。

 少なくとも、この狂気の行き着く果てが今の僕の望まぬ結末であることは間違いない。

 それが起これば、何がどうなるかなんて想像に難くない。

 何もかも台無しに、灰を被らせて終了だ。

 僕に取り憑くもの、ヴァルターの黒と似た何か。

 時計の音、嘲笑う音。

 大地に突き立つ柱、灰燼に消える惑星。

 狂気ならざる僕に知り得たことはあまりにも少ないが。

 急がなければならない、何を犠牲にしても。

 時間が足りない。

 手を増やさなければならない。

 マレウスとの研究、ヴァルターの捜索、そして切り札の構築、やることは山積みだ。

 僕の、アルフレート・ナウヨックスの行うべき信念は唯一つ。

 その執着が僕を正気へと繋ぎ、僕の狂気の行き先を導く。

 僕が、僕でなくなる前に。

 

 

『お前は誰だ?』

『どこから来た?』

『今どこにいる?』

『行き先は?』

 

 

 秘匿文書:アルフレート・レポート1

 

 

 

 

 この街は呪われている。

 大いなる魔術師、恐るべき獣、悍ましき蛇の目に晒されている。

 海と山に囲まれて、切り取られ、現世から置き去りにされたかのようなこの土地は、しかし戦中からこの国の首都もかくやという発展を遂げている。

 住人たちは、知る由もない。

 その発展がある組織の手管によるものであり、この街のすべての命はいずれ捧げられる生贄であることなど。

 住人の数が常に調整され、ゲットーなどと揶揄されようと、所詮は都市伝説。

 現代の平和を生きる人々は、明日にも何かが起こるなど、考えもしないだろう。

 

 それを、不用心だ、等となじることは出来ない。

 嘗ての同僚、上司であるならばきっと言っただろう。

 しかし、私はそれを愛すべき光景だと思う。

 あの地獄、戦争という狂気がはびこる時代から、僅か数十年。

 このような時代を実現できたことを、努力と言わずに何と言うのか。

 臆病だなんて、私は欠片も思わない。

 私は、あいつらとは違う。

 戦争なんて、この時代にはもう必要ないのだ。

 

 だから、だけど。

 私は帰ってきた。

 止めに来た。

 今が約束の時、その前触れならば、私は感覚を研ぎ澄まし起きようとしている異変を探す。

 この諏訪原で、あのベルリンと同じ光景が再現されようとしている。

 それを、止める。

 ずっと、ずっと、そのために準備をしてきた。

 それは彼らとてそうだろう。

 他でもない私がよく知る、超絶の魔人たちが、その上に立つあの黄金の獣が敵だ。

 あの日、立ち向かうことすらおこがましいと、そう膝を屈してしまった。

 今度は、間違えない。

 私はもう、一人じゃない。

 あの人はもう先に入っている。

 私の役目はこの足で駆け、ツァラトゥストラの予兆を奴らより先に捉えること。

 さあ、行こう。

 町外れ、高層ビルが佇む裏路地で、少女は壁から背を離し暗がりへと消えていった。

 

 

 

 

 博物館の奥、秘密展示区画。

 気づきようもない、そのような場所に意図的に設計配置されたこの部屋は、十年間に渡りこの部屋の主を衆目に晒さないようにしてきた。

 中央に座すのは、巨大なギロチン。

 十九世紀において革命に用いられたという正義の柱、ボワ・ド・ジュスティス。

 だが、その訪客を拒む展示室に、男はふらりと訪れた。

 何故か、それは、声を聞いたからだ。

 彼もまた、声を聞く権利を持っていたかも知れない男だからだ。

 彼は幻視する、ギロチンの中、浜辺で歌う白痴の少女を。

 傅く詐欺師の脚本を。

『貴方、同じ? 違う?』

「違うよ。或いは、いつかは俺だったのかも知れないが。少なくとも今は違う」

『似てる、けど、違う?』

「加護だの呪いだのはもう足りているんだ。悪いな」

『貴方じゃない? 彼?』

「彼?」

 振り返ると、そこには二人目の訪客がいた。

 男にとって、何処かで見たような、その少年。

 半ば茫洋とここにやってきたように見えるその姿を見て。

「……ふむ」

「…………?」

 自分を見て、怪訝そうな顔をする少年の横を通り過ぎる。

 少年の後ろからは慌てたように少女が追随してきて、同じように男の存在に不思議な目を向けていたものの、その注目はギロチンへと移ったようだ。

 男は暗がりで繰り広げられるそれをしばし見て、踵を返した。

 この博物館、第一のスワスチカにて。

「恐怖劇とやらを、お前も見たいと思うか、アルフレート。俺は趣味じゃないな」

 そこに溶ける魂に、そう語りかけた。

 さあ、どうだろうね、と誰かははぐらかしたような気がした。

「……始まるか。俺も、もうじきだな」

 男は、獣だ。

 この街に集いつつある人外共と拮抗する、獣。

 しかし、男はそれを悟らせない。

 人の形をした軍団、ある意味ではそれを超越した闇の中の闇を宿すその男は。

 ただ、それを縛り封じることを切に願ったが故に、彼の仲間である少女と違い、この街に入り潜んでいても、それだけで敵に見つかることはない。

 しかし、仕掛け時は間近。

 その時にこそ、宣戦は布告されるだろう。

 その僅かな時まで、男は未だ日常という見えざる闇に潜む。

 

 

 久しぶりだな、元上司殿。

 お前の嘗ての副官が、引導を渡しに来たぞ。

 

 

 ああ、待っていたぞヴァルター。

 卿の奮戦、楽しみにしているよ。

 

 

 未だ奈落へと繋がらぬその場所で、しかし一瞬の言葉が確かに交わされた。

 

 

 

 

「やあ、藤井君。元気してた? 入院中日がなぐうたらできる幸せを噛み締めつつ、留年が割と現実味を帯びてきた単位の足りなさに頭を抱えたりしていなかったかな?」

「相変わらずキレッキレですね先輩」

 クリスマス前の寒い真冬に、屋上に屯しなくてもいいだろうに。

 まあ俺もここをサボり場として季節関係なく活用してるあたり人のこと言えないが。

 しかしいくらげんなりした顔を向けようと、当の先輩は片手でハムサンドを咀嚼しながらフェンス際のベンチに足をかけて奇妙なポーズを取っている。

 氷室玲愛。

 俺、藤井蓮にとって一個上の先輩で、数少ない友人の一人。

 月ノ澤学園の裏ミス、人形のような少女、ド天然、大人げない高校生、名誉熊本県民などなどエトセトラエトセトラ。

 普段は幽霊みたいに影が薄いくせに、付き合ってみるとエキセントリックな人だ。

「冬になってまで昼飯食うのに薄着で屋上ですか、相変わらず物好きとか何というか」

「うん、超寒い。暖めて、熱烈なハグを要求する」

「勘弁して下さいよ」

 やったらやったできゃあ痴漢とか言いそうなものだ。

 俺は先輩の足が掛かったベンチに腰掛けることにした。

 先輩もポーズ取るのをやめてベンチに座った。

「おい後輩。まさか本当になにもないというのかね。ハグがないならせめてその暖かそうなコートを寄越しなさい」

「ええ……まあ、別にいいですけど」

「苦しゅうない、大義である」

 コートを脱ぎ、先輩の肩に掛ける。

 コートの下の俺の制服は司狼との大喧嘩でズタボロになったものを香純が継ぎ接ぎしたもので、酷い有様だ。

「制服、ずいぶん風通しが良さそうになったね。寒くない?」

「そりゃ寒いですけど?」

「やっぱりハグする?」

「何でですか」

「ならコートに入る?」

「入りません」

「甲斐性ってものがないね、藤井君は」

「おちゃらけたナンパ野郎よりはマシだと自負してますよ」

「遊佐くんみたいな?」

「……まあ、そうなりますかね」

 隣り合い、緩い会話を交わす。

 この人のマイペースぶりはげんなりするが、その一方で落ち着きもする。

 以前までやかましいのが二人いた中、穏当に過ごせるこの空気が、俺は嫌いじゃなかった。

 だから、こうして呼び出しにも応じるわけで。

「で、何の話です」

「退院初日の登校日に、久しぶりの会話と洒落込もうかと思う先輩心は間違ってるのかな?」

「いや、まあそう言われると真っ当なんですがね。先輩からの呼び出しとなると、何か他の理由を勘繰ってしまうんですよ」

「女の子の心配を無下にするなんて、藤井君は酷い男」

 言葉の割になんとも思ってなさそうな目で、先輩が未開封のタマゴサンドを差し出してくる。

「きっと栄養が足りないのね。これでも食べて男ぶりを磨きなさい」

「タマゴサンドに男ぶりを上げる栄養が備わっているとは寡聞にして初耳ですね」

「少なくとも、背の低い男は性根も低ければ志も性格も低いんだよ、ソースは身内」

「はあ」

 おとなしくタマゴサンドを受け取る。

 どうせ昼食は購買で買ってくる予定だったし、ありがたいと思っておく。

「高けりゃ乱暴者って印象だと思いますけどね。何事も程々がちょうどいいんじゃないですか」

「そうかな。背の高い人、知ってるけど、基本ナヨナヨしてて悲観的で草食動物の見本みたいな人だよ。ソースは身内」

「それはそれでダメじゃないですか。というか先輩の身内って……」

 つまり、彼女に準ずる変人の集まりか。

 それならばこの言い草にも納得がいこうものだ。

「何?」

「いや、別に」

「人間素直が一番だよ。何を失礼なこと考えてたか吐きなさい」

「既に失礼なって部分に確信持ってるじゃないですか」

「だって藤井君だし」

「その言い草も十分失礼なのでは」

「親友と屋上で殺し合いしてた不良の中の不良には適切な評価じゃないかな」

「…………」

 先輩がそう言って、じっと見つめてくる。

 ああ、要するに話ってのはそういうことか。

「説教は勘弁して下さいよ。香純だけで十分だ」

「そうだね、自分でもらしくないとは思うよ。本当は、ちょっとだけ様子見て、特に何時も通りなら何か言おうとは思わなかった」

「……俺が、何時も通りじゃないって?」

「うん」

「ですか、退院直後で未だ不調なんでしょうね。暫くすれば元の俺に戻ると思うんで」

「戻らないよ」

 場の空気が冷えたような錯覚を受けた。

 先輩が俺の言葉に被せたその一言に妙な重みを感じたから、俺も言葉を止めてしまった。

「藤井君。失ったものは、戻らないよ」

「失ったものは戻らない。全く同感ですね。でも、だからこそそれに執着してても足引き摺られるだけでしょう。俺には俺の日常があって、あいつは勝手にそっから出ていっただけ。元々噛み合ってなかったんだ」

「それでも、君の日常だったはずだよ」

「……何が言いたいんです」

「正直ね」

 先輩は俺から視線を外し、ぼんやり空を見上げる。

「私も、君と彼が親友やってることに常日頃疑問を感じてたよ。藤井君は冷たいくせにお節介焼きだし、遊佐くんは騒がしいくせに義理堅いし。だから、いつか互いを巻き込んで大きな爆発をしちゃうんじゃないか、なんて、予感はなくても、納得はあったんだ」

「でしょうね。俺もあいつも、常日頃からずっと思ってたことだ」

「いつか、そういう日が来る……いつか……」

「先輩?」

「そんな風に思うことは、希望なのかな。諦めなのかな。きっと人によって違うよね」

 それは、何か思い出すように、とでも言うのか。

 不思議系の先輩がこうして考えてるのか考えてないのかよく分からない顔をするのは珍しいことではないが、その瞬間は、なにか特別なことを思い出しているように思えた。

「まあ、つまり、何が言いたいかって言うとね。藤井君。何処も痛くない時の幸せって、何処か痛い時にしか気づかないものだよ」

 それは、つまり、失って初めて気づく大切さ、というやつのことを言っているのか。

 俺にとって、司狼がそうであったと。

 そんな馬鹿な。

 俺にとって何より大切なことは、不変の日常だ。

 あいつはそれをかき乱そうとする異分子でしかなくて、それがついに頭角を現して。

 そして、互いに殺し合った、切り捨てあった。

 今更、何を、

「というかそれ、うらみちお兄さんですよね」

「バレたか」

「気づいた途端言葉のありがたみが急激に失せてきましたよ」

「む、うらみちお兄さんを侮る姿勢は藤井君と言えども許しがたい。至言だと思わんかね」

「いやまあ真理だとは思いますし侮ってもいませんがね……」

 うらみちお兄さんとは先輩が幼少の頃こよなく愛していた教育番組に出演する体操のお兄さんのことだ。

 俺も司狼も香純も布教されて見ることになったが、よくもまああんな社会の闇を垂れ流す夢も希望もぶち壊しなお兄さんを教育番組は放送できたものだ。

 先輩はうらみちお兄さんを人生の師匠と言い張っている。

 だからって教会に来る子供に人生の厳しさを教え込むのはどうなのか。

「まあ、ともかく、痛覚が鈍いふりをするのもいいけど、ふりをするのに飽きてきたらちゃんと自分を見つめ直しなさい。でないと社会の闇に呑まれることになるよ」

「まあ、先輩の忠告はありがたく受け取っておきますよ」

「……本当にね。分からないものなんだよ。失う前と、失った後じゃ」

「…………」

 小さく呟く先輩が、普段より益々消え入りそうな雰囲気だったから、俺は無言で一緒に空を眺めることにした。

 俺も、いつかそんな日が来るのだろうか。

 今は平然としてても、司狼のことを思い出してああしてればとか、女々しいことを考えたり?

 ないな。

 有り得ない。

 登校時に片側の騒がしさが失われた違和感は、何れ消えいくものだろう。

 先輩には悪いけど、今の俺にはそうとしか思えなかった。

「…………」

「…………」

 いや、思いたくなかったのだろう。

 それをきっかけに、何もかもが崩れていく、そんな予感を、俺は抱きたくなかった。

 

 

 

 

「よォ、感じるかマレウス」

「ええ、勿論よベイ。帰ってきた、って感じがするわね、この感覚」

 諏訪原という魔人を押し込める檻が十全に機能していることを、二人は感じ取った。

 人の形をした軍隊、今ここにはその同胞たちが集い、シャンバラはそれを歓迎している。

「ハッ、長かった。長かったぜ。だがようやくだ、待ちに待ったその時だ」

「だからって不用意に暴れないでよねー? 貴方がやりたい放題し始めたら全部終わっちゃうわ」

「んなこた分かってるよ。不忠者じゃねえんだ、俺だって弁えてるさ」

 ぎしり、ぎしりと空気がせめぎあう音がする。

 数千もの魂を食らった人外、カズィクル・ベイとマレウス・マレフィカルムの凱旋。

 そして、それを歓迎するものがいる。

「お久しぶりです、ベイ中尉にマレウス准尉、変わり無いようで何よりです」

「はーいクリストフ、出迎えご苦労さま」

「変わり無い? は、言ってくれるじゃねえか。死ぬか?」

 ヴァレリアの出迎えにルサルカは軽薄に、ヴィルヘルムは獰猛に言葉を返す。

 一言一言に剣呑な気配が漂うも、この場に集った誰もがそれを意に介さない。

「あれから十一年振りってところ? アルちゃんが死んでからだからー」

「ええ、私もあれからシャンバラを長く離れることになりましたからね。半世紀の殆どはこの地に根付いていた身にとっては中々懐かしいものがある」

「ジジババくせえ回顧話はやめようや。おいクリストフ、面子は何処まで揃ってる?」

 揶揄するように、しかしそこに苛つきはなく愉悦の笑みを浮かべながらヴィルヘルムが問う。

 まるで、そこに自分の望むものがある、と無意識に確信しているかのように。

「……ふむ、この話は後にしようと思ってたんですがね」

「勿体ぶらなくてもいいだろ、俺達の仲だ。なあおい、誰がいるんだよ」

 誰がいるのか。

 そこに、誰がいるかも知れないのか。

 その情報は確定的ではないが、しかし、彼らにとっては。

「ゾーネンキント、バビロン、カインはつつがなく。シュピーネは少々遅れることになりますが近日中には到着するでしょう。そして……」

 そして、もう一人。

「先日、我々の同類である何者かが外部から諏訪原に侵入する気配を確認しました。副首領閣下の盟約を携えしツァラトゥストラか、或いは――未だ帰還しない何者か、か」

「或いは、だろ。カハハッ」

 或いは、そう、或いは、だ。

 その可能性を、見続けていた彼らは、予想通りと佇み、或いは笑う。

「誰だろうと悪くねえ。祭りに飛び込んでくる果報者じゃねえか。誰だろうな? あのクソの代行か? それともヴァルキュリアか? それともまさかまさか――」

「その正体は、何れ相見えることになりましょう。ツァラトゥストラであれ、そうでないのであれ、我々の探し人に変わりはない」

「先ずは炙りだしからね。退屈しないようで何よりよ」

 その果てに、一体何が訪れるのか。

 志向も願いの果ても全く異なる三者は、しかし獣の鬣たる同志として、それを想起する。

 彼らにとって半世紀ぶりの、本物の戦争、本物の闘争。

 自身のすべてを掛けて、願望を成就せしめるその時は、訪れるのか。

 訪れるのだろう、そうに違いない。

 その点においてのみ、彼らはそれを齎した副首領、メルクリウスを信頼していた。

「では――」

 そして、神父は言葉を置き、彼らを祝福する。

 歓喜を以て、獣の爪牙を祝福する。

 

「あらゆる悪も、あらゆる罪も、あらゆる鎖も汝を縛れず、あらゆる禁忌に意味はない。汝の神、汝の主が、汝をこの地へ導き給う。汝はその手に剣を執り、主の敵を滅ぼし尽くせ。息ある者は一人たりとも残さぬよう。生ある者は一人残らず捧げるよう。男を殺せ。女を殺せ。老婆を殺せ。赤子を殺せ。犬を殺し、牛馬を殺し、驢馬を殺し、山羊を殺せ。恐れてはならない。慄いてはならない。疑うことなどしてはならない。汝は騎士。獣の軍勢。神が赦し、私が赦す。汝の主が総てを許す。獣の爪牙を自負する者よ、誉れ高きその名を唱えよ」

 

「――ヴィルヘルム・エーレンブルグ」

「――ルサルカ・マリーア・シュヴェーゲリン」

「汝の名誉は忠誠なり」

「我らが名誉は忠誠なり」

「聖槍十三騎士団黒円卓第三位、ヴァレリア・トリファ=クリストフ・ローエングリーンの名において、ここに汝らを祝福する」

 

我らに勝利を与え給え(ジークハイル・ヴィクトーリア)

 

 

 

 

「なーんて事を、キザったらしく言ってるんでしょうねあいつらは」

 少女は、高層ビルの屋上でアンパンと牛乳を手に大型の望遠鏡を覗き込んでいた。

 その先で邂逅している知古の三人を視界に収め、その場でされているのであろうやり取りを予想し、アンパンに齧りつき牛乳を飲みながら半眼で溜息をつく。

 先日よりこの街を密かに駆け巡っている少女だ。

 暗がりの中にあって、雷光のごとく、閃光が通れど目のあたりにすることも掴むことも叶わぬその少女は、十代後半ほどの金髪の少女だ。

 戦乙女のロゴの入った野球帽を目深に被り、背までありそうな長髪はポニーテールで纏め、瞳の色と同じ深緑のマフラーをはためかせ、少女は立つ。

軽く袖を引いたワインレッドのジャージ姿は昼間夜間問わずズボラな格好で外を歩くティーンエイジャーの類に近いが、帽子の鍔から見え隠れするその穢れなき瞳は騎士の如き清廉な気配と凛々しさを感じさせる。

「結局、機先を制する事は叶わなかったか。けど、未だ間に合わないわけじゃない」

 遠く視線の先、法衣の神父と軍装の男女、吸血鬼の男と魔女の女に対し、否、その背後にある黄金の軍勢に対し、少女は誓う。

 その爪牙を破り、砕き、あの炎を奪い返す。

 彼と共に、この安寧を喰らわんとする獣を打ち倒すことを。

「やつらが来る前に予兆くらいは掴めれば、というのは流石に思い上がりか。メルクリウスが時を違えるなんて杜撰な真似をするはずもなし」

 望遠鏡から目を離し、アンパンの残り半分を一気に頬張り牛乳で流し込む。

 そして設置していた大型の望遠鏡、大掛かりな設営と分解が必要と思われる大きさのそれを片手でひょいと持ち上げ、背中に引っ掛けた。

「先ずは、ツァラトゥストラを探さないと。敵であれ、味方であれ、そこで遅れを取ってしまっては始まらない。彼はアテが出来たと言ってたけど、それが正解ならいいんだけど……」

 そして、少女は駆け抜ける。

 予備動作もそこそこに、高層ビルの屋上を、まるで天狗のように飛び交う。

 風を置き去りに跳躍、跳躍、跳躍。

 高きから低きに向けて、その場から離れていく。

 未だ、見つからないように、気取られないように。

 その軌跡に光さえ纏っているかのように、少女は夜空を駆ける。

 過日の誓い、破れた夢、再び立ち上がった日、安息の日々をその胸に抱き、何も忘れていないことを再確認して、不敵に笑みを浮かべる。

 

 

 来ましたよ、ヴィッテンブルグ少佐。

 貴方を取り戻すために。

 来ましたよ、ハイドリヒ卿。

 彼と共に、貴方を打ち砕くために。

 迷いは五十年も前に捨ててきた、だから。

 ぶん殴ってでも、ぶっ刺してでも、止めてみせますから。

 

 

 その様は、諏訪原に舞い降りた天の使いのようでさえあった。

 

 

 

 

 そして、訪れる。

 彼らにとっては、約束の日。

 彼にとっては、日常の破れる音、その序章が。

 

「はッ!」

「あァ!?」

 迫る絶死の拳。

 その鉤爪は、俺の眼前で弾かれた。

 時の止まったような最中、しかし両腕も両足もぐちゃぐちゃになり身動き一つ取れない俺は、深淵からかかる呼び声のままに、何かを行おうとして、しかしそれは驚愕と共に失われた。

 その一瞬に見えたのは、やつの腕を上空から殴りつける誰かの腕。

 細身の、小さな女性らしき腕が、あの凶相の男の暴威を跳ね除けたという事実。

 空から何者かが襲来し、あの男に不意打ちを食らわせた。

「――ハ」

 その結果に。

 否、自身を弾き飛ばし、俺とやつの間に着地したそいつの姿を見て。

 やつは笑う、何処までも楽しそうに。

「は、はは、ハーッハッハッハッハッハッハッハッハ!!!!!!」

 何かを確信したかのように、高らかな声が響く。

 ゆっくりとついた膝を伸ばし立ち上がるその人影に、歓喜のままに叫ぶ。

「やっぱりな、そんな予感はしてたんだよ、てめえがあんなことでくたばる筈がねえ、信じてたぜ。なあ――ヴァルキュリア!!!」

「ヴァルキュリア? 何のことです?」

 その人影、その少女をやつはヴァルキュリアと呼び、しかし少女はそれに応えない。

 その名前は既に自分のものではないとでも言うかのように。

「私は今にも死にそうなこの少年を救いに馳せ参じた諏訪原の影のご当地ヒーロー」

 影が祓われ、その姿が鮮明に見えてくる。

 倒れる俺は、その姿を見上げるように目にする。

 正面に何かロゴの入ったキャップを被り、日本人離れした金髪をポニーテールで纏め、緑色のマフラーをはためかせ、赤色のジャージを身に纏ったその少女は、あの人外共に対し全く気後れすることなく、それを言い放つ。

 

「人呼んで……謎のヒロインB!!!」

 

 ……こいつひょっとしなくても馬鹿だな?

 俺はそいつが馬鹿であることを確信した。

 

 

 




アルフレート・レポート:次回以降も冒頭に挟まる予定

同じ? 違う?:彼女にとって彼は運命足り得なかったスペアであり失敗作、ということ

うらみちお兄さん:氷室先輩イチオシの教育番組のお兄さん。気になる現実の皆さんはWEB漫画で

謎のヒロインB:諏訪原の平和を守る謎の美少女ご当地ヒーロー。
        元ネタは言うまでもないサーヴァントユニヴァースのあれ。
        着てるジャージは某声が同じきもかわいい勇者のやつ。
        宇佐美ハル ジャージでググれ。
        それか健全な18歳以上のベア子好きはG線上の魔王やれ。


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