β Ewigkeit:Fragments   作:影次

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まあ、まあ、ちょっと言い訳させてほしい。

寝てました。

最終更新五ヶ月前ですよ五ヶ月前、執筆の腕が恐ろしく鈍っているのを感じます。
どうあがいてもぐだぐだエンドが避けられそうにないけどリハビリがてらとりあえず短めに、怠けるもんじゃないなあ……。


Last Fragments:ここにいる

「この一ヶ月の間、貴方には驚かされてばかりでしたよ、テレジア」

 そこは、数式領域の外。

 戦う者たちがアルフレートの領域に飲まれ分散する中、ただ二人、ヴァレリア・トリファと氷室玲愛だけが深夜の廃病院にいた。

「疎いね、神父様。子供は高校入ってからが本気の反抗期なんだよ」

「そうかも知れませんねえ……私は、貴方の年頃まで子どもたちを守ることができなかった」

 互いの間に、殺意も敵意もない。

 ただ旧交を温めるように言葉を交わす。

「私には何の力もないけれど、神父様を振り回すことくらいなら慣れっこだから。暴力だけでやっていけるなら人間やってる意味なんかないんだよ」

「いやあ身に沁みましたよ、娘の本気の反抗期というものをこの歳になって思い知るとは。それを教えてくれた貴方は本当に良く出来た娘だ、テレジア」

「本当に、そう思ってる?」

「ええ、本当に。ことここにおいて、私は貴方に偽りなどしない」

「じゃあ、綾瀬さんを返して」

「それはなりません」

 ヴァレリアはゆるりと首を振った。

 玲愛の問いかけに間髪も迷いもなく、それを拒んだ。

「テレジア、私は最早後戻りできないのです。貴方が、私に対し言葉の限りを尽くし説得しようとしていることは分かります。しかしそれはあまりに愚かで……あまりに愛おしい」

「愚かでもいいよ、愛おしいなら」

「愛おしいがゆえに、私は貴方を失いたくないのです」

 二人の意思は決して交わらない。

 それでも、玲愛は言葉を尽くす。

 それだけしかできないのなら、それだけを。

「貴方の計画通りに行けば、私は失われないとでも思ってる? 大間違いだよ、それ」

「少なくとも、今死ぬことも、グラズヘイムに飲み込まれることはない。あの方は約定を守る。今この時こそが、私にとって千載一遇の時なのです」

「私が残っても、私以外のすべてが失われるなら、そんなの私が失われたのも同然だよ」

「いいえ、貴方はやり直せる。呪われた出生より解き放たれ、生を全うできる。私の計画が成就すれば、黄金は不完全なまま、次代のスワスチカへと持ち越されるのだから」

「じゃあ、次は私の子供が生贄にでもなるの?」

「止めますとも、今回と同じようにね」

「その次は?」

「ええ、止めます。私の命に懸けても」

「その次も、その次も、その次も?」

「そう! 何度でも、私は捧げ救い捧げ救い捧げ救い続ける! それが私の罪であり、願いなのだから! あの日、黄金に背を向け逃げ出したときより! それが私の罪であり罰なのだから!」

 何も知らなかった、表層だけ知ったつもりになって、それからは目を逸らしていた。

 だから、玲愛は今こうして言葉を交わし、本当の意味で怒っていた。

「頑固者! そんなの結局罪の数と償いの数が釣り合ってない! 神父様は何も償えてなんかいない、逃げ続けているだけだ!」

「分かってもらおうとは、思っていません。私も所詮渇望に縋るものなのだから。この狂い果てた世界の中で踊る人形のひとつに過ぎないのでしょう」

 それは、今までにないことだった。

 だがそれでも玲愛の言葉は、ヴァレリアに届かない。

 彼が捨て去ってしまったもの、それを彼自身が拾い上げるにはもう遅い。

 悲願の成就が目の前にあるのなら、その道を邁進する以外の選択肢はなかった。

「テレジア、貴方の言う通りです。暴力だけでやっていけるなら、人間である必要はない。ですが、この世は既に人の世ではないのです。ならば貴方だけは生きて、人の世に帰りなさい」

「帰るよ。けどついでに、藤井くんたちも連れて行く」

「いいえ、それは無理です。よしんば彼らがマキナ卿とナウヨックス卿に勝利しようと、ハイドリヒ卿の前に膝を屈することに変わりはない」

「神父様がどう思おうが、無理かどうかは私が決めることにするよ」

「何故、そこまで信じられるのですか。貴方は敏い子だ。幼い頃より、どうにもならないことだと知っていた筈だ。それが何故……貴方の心に火を点けたのは、一体何なのでしょう。愛とは似て非なる、その何かは」

「貴方にもいずれ分かる時が来るよ」

「いいえ、きっと来ませんね。そこが、私と貴方の別れ目なのだから」

 空間が撓んだ。

 夜闇の空に、火花が走る。

 何かが終わろうとしていることを、示していた。

「数式領域が解かれる。どうやら、決着が近いようです。名残惜しいですが、ここまでだ。彼らが開放され、いずれかの死によって最後のスワスチカが満ちる。……その前に、済ませておかなければなりません」

「……神父様!」

「貴方に敬意を評しましょう。小さなテレジア、たとえ何の意味もなかったとしても、こうして私の前に立ったことが。貴方はこれから、もっと素敵な女性になれる。だから……」

 借り受けた黄金が、鍍金の輝きがヴァレリアを覆う。

 天上のグラズヘイムに座す獣はただ一言、許す、と呟き、その手の槍を手放して。

「全てが終わったその時は、どうか、諦めてください。それが、最善なのだと」

 

『親愛なる白鳥よ この角笛とこの剣と指輪を彼に与えたまえ』

 

『この角笛は危険に際して救いをもたらしこの剣は恐怖の修羅場で勝利を与える物なれど』

 

『この指輪はかつておまえを恥辱と苦しみから救い出した』

 

『この私のことをゴットフリートが偲ぶよすがとなればいい』

 

 呼び出される神威の槍に、黄金の護りはひび割れる。

 しかし、少女そのものでしかない玲愛に、そのひびに手を伸ばす方法はなく。

 ただ、毅然と目は逸らさずに。

 首から下げたロケットを握り締める。

「神父様。私は、諦めない。何があっても、最後まで。そう決めたんだ。今更なんて、私は思わない。だって私は今、ここにいるんだから」

 その言葉に、ヴァレリアは曖昧に微笑んだ。

 人心掌握に長けた男が、一人の少女を前にしてどう微笑めばいいのか分からないと、ただ、もう終わりなのだから気にすることではないのだと。

 

 

『創造――神世界へ(ヴァナヘイム・)翔けよ黄金化する(ゴルデネ・シュヴァーン・)白鳥の騎士(ローエングリーン)

 

 

「――――――あ」

 そして、黄金の閃光が駆け抜けて。

 玲愛の腹部、子宮の位置を貫いた。

 ゾーネンキントの聖遺物、聖櫃の核。

 それを聖槍で貫くことにより、聖櫃の機能は一時的に停止する。

 そして、スワスチカは停止していない聖櫃……綾瀬香純を正しい聖櫃だと誤認し、そちらを生贄に使用する。

 ヴァレリアはその瞬間を歓喜し、

「……? な、に?」

 やがて、それは疑問に変わる。

 聖槍に貫かれたはずの玲愛は、意識を失うことも、倒れることもなく。

「これは……違う。馬鹿な、聖槍の一撃が、聖櫃を貫かず……」

 立ち塞がる何かがあった。

 それが代わりに聖槍の一撃を受け、砕けた。

 だが、一体何があるというのか。

 玲愛の魂にも等しいものに、一体何がへばりついていたのか。

 魔人ならぬ魔人である彼女は、魂を食らうなどということはしない。

 では、一体何が?

「……ああ、そっか」

 玲愛は、その正体に察しがついた。

 なにせ、自分がずっと探し続けていたものなのだから。

 しかしお笑い草だ、探し続けていたものが、自分の中にあったとは。

「君、こんなところにいたんだ」

 瞬間、『それ』は玲愛の中から飛び出した。

 紫色に煙るそれが、聖槍の意趣返しとでも言うように、ヴァレリアのもとへと飛翔する。

「ま、さか」

 紫の閃光が、ヴァレリアの鎧のひびに突き立つ。

 最強の鎧を失い、弱点を貫かれたヴァレリアは、その肉体を返上し、魂を散華させる。

「そう、か。そういうこと、ですか。マレウスが共謀していたのは、カインの中の彼ではなく、こちらの……! 二分割ではない、あの時、貴方は私の一撃で『三分割』して――」

 瞬間、全てを理解したヴァレリアの表情は絶望に染まった。

 すべて、すべて、手の内だったのだ。

 私の願いは叶わなかった、それはもう、ここに至る前に決まっていた。

「テレジア……私は、私は……!」

「……さようなら、神父様」

 崩れ行く中その手を伸ばすヴァレリアの手を玲愛は手に取り、僅かに視線を交わす。

「ここが、終わり。ここが、償いの場。リザも、きっとそうだったから。哀れみも悲しみもしない。だから、さようなら。後は、任せて」

「……ああ、テレジア。貴方は、なんと……」

 最後の言葉は聞こえないまま、その魂は散華した。

 散華した魂が廃病院に満ちる。

 やがて空間の軋みが亀裂に変わり、戦場が切り替わったことを告げる。

 見知った誰かが異界より帰還し、一人は更に深く深く沈んでいく、一人は黄金の階段を駆け上がっていく、それを知覚できる。

 スワスチカが完成し薄れゆく意識の中、玲愛は自らを救った『それ』を、両掌の中に掲げて。

「……大丈夫なの? とてもそうは見えないけど」

 『それ』はひび割れながらも、明滅を繰り返す。

 まだ終わっていないのだと、繰り返すように。

「そう。分かった。じゃあ、いってらっしゃい」

 雛鳥を見送るように高く掲げると、『それ』は黄金の城に向かって飛んでいく。

 そこに向かっている誰かを追って。

 

「……頑張って」

 

 そして、玲愛の意識は途切れる。

 


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