β Ewigkeit:Fragments   作:影次

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合間の補完が長い。
二年前の作者はそれが原因で折れた。
フラグメンツ形式でなければ死んでいた。
感想評価くだちい(願望)。

今回もまた、必要なような不要なような、そんな話ではありますが。


Fragments:1942~1943

「なんの用だ」

「そういえば、あなたとはまだこうして話をしたことがなかったと思いましてな、大佐殿」

 ヴェヴェルスブルグの城門前で、二人は鉢合わせた。

 正確には待ち伏せされていた、というのが正しい。

 城を後にしようとするヴァルターを呼び止めたのは、彼にとって見覚えのある姿。

 しかし、その顔の半分は戦傷である大きな火傷に覆われている。

 エレオノーレ・フォン・ヴィッテンブルグ=ザミエル・ツェンタウア。

 ゲシュタポにいた頃は多忙もあり専らすれ違うのみだったが、確かに知っていた。

 互いに、同じ人物を通して姿を見ていた。

「黒円卓の席を受けた者として、聞きたいことがありましてな。シェレンベルク大佐」

 その眼差しに、ヴァルターは鼻を鳴らす。

 ああ、全く予想通りの質問だった。

 質問を投げた当人も分かっているのだろう、これがあくまで通過儀礼に過ぎぬことを。

「俺はお前らとは違うよ。ハイドリヒに忠誠を誓った覚えもなければ、あいつの手足になった覚えもない」

「でしょうな」

 ヴァルターは、他の団員と違い表向き死亡したこととなって自由を得てはいない。

 親衛隊大佐、その地位は魔人の力によらず、ヴァルターがその働きにより得たものだ。

 無論エレオノーレも、またリザ・ブレンナーも似たようなものだ。

 現世での立場が重い団員ほど、雲隠れなど許されず、表の立場も兼任している。

 しかしヴァルターに限って言えば、それは黒円卓の片手間にできるような質量ではない。

「まだ果たすべき責任が残ってる。前線で死亡判定貰える立場じゃないんでね。それはそちらもある程度同じだろうが、それでもヴィッテンブルグ少佐のような英雄には程遠いということだ」

「ご冗談を」

 その言葉を、エレオノーレもまた鼻で笑う。

 それは侮蔑ではなく、むしろ真逆の意味で。

「一級鉄十字、戦功鉄十字、総統閣下の指輪、それらすべてを若輩の身で賜った名将、『将軍(ヘル・ゲネラール)』の二つ名を持つものが、英雄でなくてなんだという。私はあなたを侮ってはいない。この数年を直に見てきたが故に」

「あ、そう」

「だからこそ」

 ちり、と頬を熱が焼いた。

「同胞として、あなたの列席を歓迎しよう。しかしそれ以上に。ハイドリヒ卿に仇なす時あらば、私があなたを焼き尽くす」

 敬意と敵意は矛盾しない。

 清廉な戦士であれば、戦うことは憎しみを向けることではなく、賞賛を示す行為でもある。

「キルヒアイゼンが随分と世話になったようだしな。そしてなにより、ハイドリヒ卿の黎明を支えた副官としてのあなたに敬意を評する。故に、私は確信している」

 その戦意は燃え滾る炎となって。

 宣戦を布告するが如く、ヴァルターの肌をなでつけた。

「その時、あなたを燃やし尽くすのは私であるべきだ」

 その宣言に、ヴァルターは。

「…………」

 特に、思うところはなかった。

 エレオノーレに関してはベアトリスの領分だと思っていたし、彼女がなにを思い、渇望として黒円卓に飛び込んだのかは聞いてはいたが、それでも。

 当事者でない自分はその時が来ればあれこれ言う前に叩くくらいしかできやしない。

 ただ、それだけしかできないだろう。

「ヴィッテンブルグ少佐……と、呼ぶのはもうやめておこう」

 想う心を得た、そして、その逆もまたそうだ。

 ヴァルターにとってのエレオノーレとは、ベアトリスの宿縁であり、だからこそその宿縁に誰よりも近いのはベアトリスであるべきだと。

「キルヒアイゼンにとってはともかく。俺にとってはもう、お前は嘗て存在した誰かさんの皮を被った魔人でしかない。その忠、ハイドリヒに捧げたというのなら。もう上司と部下の関係ではないよ。ザミエル・ツェンタウア」

「成程、確かにその通りだ。私はザミエル。それ以外の肩書は、最早呼び名でしかないな」

 その在り方を、誇らしいと受け止める。

 エレオノーレの渇望は、そういうものだ。

「至言であった。では、私は変わらずにあなたをシェレンベルク大佐と呼ぶとしよう。その誇りが、ハイドリヒ卿の下でなくこの国にあるのなら。いつしかハイドリヒ卿の力となるその日まで。貴方を魔名では呼びますまい」

「死んでも来ないよ、そんな日は」

「ならば、私が殺すまで」

 肌を撫で付ける熱が、その刹那に大炎に変わる。

 足元が吹き飛び、炎の渦がヴァルターを飲み込んだ。

 常人であれば炭も残さず消滅する圧倒的熱量。

 しかし、その炎の中に、未だ人影はあった。

「騎士とやらが好きそうな、迂遠な試しだ」

 そして、炎が何かに切り裂かれたように爆ぜて。

 それが消えた先に、闇を纏う人影があった。

 深い、深い、漆黒の。

 しかしその漆黒は異界から漏れ出す霧のように、ヴァルターの体表を守護している。

 パリ、パリリと雷を打ち鳴らすような音が手から響いて。

 その両手から、漆黒の茨が見えた。

 不気味にうねる茨の棘は、所有者さえも蝕む禁忌の業。

 その禁忌を以て、自身の炎を払ったのだとエレオノーレは理解した。

「面白い」

 見聞するに、未だ活動と形成の中間。

 しかし、形成に至らぬ存在特有の不安定さが、一切見られない。

 それに、その一瞬でエレオノーレはその中身を僅かだが垣間見た。

 この魔人は、自身を支える術理の基礎からして自分とは違っている。

「上のご機嫌取りが残っていてね、焦げてる暇なんてないんだよ。分かったら、どいてくれ」

「……ふ。では、また」

 その在り方が惰弱などではない、鋼鉄の精神から来る責務の遂行であると知るからこそ。

 エレオノーレは道を譲る。

 今はまだ、その時ではない故に。

 

 

「ああ、最後に一つ」

「なんだよ」

「キルヒアイゼンは私のものだ。弁えない馬鹿娘だからとて、譲るつもりはない」

「……はい? なんのこと?」

 

 

 ヴェヴェルスブルグ城前にて 『シェレンベルク』と『ザミエル』

 

 

 

 

『やあ、今や僕の監視下でゲシュタポのお茶汲みをしているベッポ君! 元気かい?』

 

『僕? 僕は元気さ、この通り! 最近サイコパスの襲撃を受け続けて死にまくってる(・・・・・・・)けど! 死んでるならここにはいないだろうって? そりゃそうだ。でも残念なことに僕が死んでもアイヒマン君が人事を引き継いで君はゲシュタポの奴隷のままなんだ! 悲しいね!』

 

『まあまあそう怒りなさるな。ここもそんな捨てたもんじゃないでしょ? むしろ研究所に引き篭もってるより刺激的だと思わないかい? おっとそうそう、刺激と言えば、今回はきちんと君に用事があるのさ』

 

『……君には資格がある。絶対なる力を、すべてを縊り殺し高みから見下ろす力』

 

『そんな力があるとすれば、欲しくないかい?』

 

『詳しい話は、ヴァレリアン・トリファに聞いてくれ。きっと君も気に入るはずさ』

 

 

 

 

 

 そんな怪しすぎるお誘いから暫くして。

 

 

「騙されたッ! あんな恐ろしい存在が首領だなんて聞いてないッ! 図りましたねナウヨックス少佐!!!」

 

 

 背の高い、蜘蛛のような男が無様な顔芸を晒し、小さな人影を捕まえていた。

 呼び止められた人影、アルフレートはおや奇遇だねというわざとらしい態度で迎える。

「おやベッポ君。いや、今はシュピーネだっけ? 君をヴェヴェルスブルグに送り出してからしばらくぶりだけど元気そうじゃん。しっかり力もものにしたようだし」

「ええそれはまあ、私にかかればこの程度造作もないこと……ってそうではなく! 図りましたね! よもや死んだはずのハイドリヒ長官が、あのような恐るべき存在に変生し、魔人の玉座を握っているなど!」

「そりゃあ、事前に事細かに伝えれば逃げるでしょ」

「この野郎!」

「おっとやめてくれ、その術は僕に効く、やめてくれ」

 怒りのままに縊り殺されそうなので、アルフレートはゲシュタポのお茶汲みベッポ君、もといロート・シュピーネを宥めることにした。

「でもなんだかんだ力は手に入ったでしょ? 怖いっていうのも、その矛先が向かわなきゃどうでもいいもんじゃん」

「ええ、それは……副首領閣下のエイヴィヒカイトは素晴らしい。ただ劣等を思うがままに縊り殺し、魂を吸うだけでこれほどの力が手に入るとは。この甘露、知ってしまえば抜け出せません。くっくくくくくく」

 恍惚の表情で言うシュピーネが、一体なにをしてきたのかなど言うまでもないだろう。

 戦時中、と言う状況下であれば蔑まれこそすれど許される所業であり、アルフレートに至っては下衆だろうと屑だろうとどうでもいいことだ。

 なにせ自分もそうなのだから。

「ならいいじゃん、怖いっつっても味方なんだし。頼もしいでしょ」

「それは……まあ。味方であるうちは、私の安全は保証されたようなもの。私に求められている能力が最前線に立つものでない以上、この立場も都合がいい」

「そうそう、話持ってきてあげてよかったでしょ?」

「強いて言うのなら……一部の視線がきついことでしょうか。私の付いた席、『第十位代行』という立場がですね、本来そこに座っている方を思いますと、力不足だと思われていると言いますか、肩身が狭いというか」

「ヴァルターは忙しいんだ、黒円卓の組織運営なんかに構ってる暇もないくらいね。だから仕方ないことだよね。君をクリストフと一緒に推薦したことは」

 ロート・シュピーネの魔名を得たその男は第十位の席……の代行として指名された。

 それはなにも特別な意味ではなく、そのままの意味だ。

 ヴァルター・フリードリヒ・シェレンベルクは忙しい。

 どれくらい忙しいかって言うと、黒円卓としては時々城に顔を見せて、余った時間で活動位階の訓練をして、さっさと帰っていく。

 情報部門として表の地位を極めつつある彼はあらゆる権限に手が届きかけている。

 それは実質的に表にいた頃のラインハルトに迫るもので、つまり、死ぬほど忙しい。

 国の上層部からも表ではラインハルトの後釜として、裏では手に負えなくなった黒円卓と自分たちを繋ぐ貴重な存在として頼られている。

 ヴァルターには黒円卓という組織の調整も期待されていたのだが、敗戦への道を一直線に進んでる祖国だけで両手が塞がるというのにそんな非公式組織の塩梅なんか気にかけている暇はない。

 故に、代行を置くことをヴァルター、ではなくアルフレートが企み、副首領と首領、更に勧誘の共犯としてヴァレリアン・トリファに話を事前に通し実行した。

 城を開けがちなヴァルターに代わり、黒円卓の組織運営を担う、正しい意味での副官とでも言うべきか、ヴァルターがシュピーネに対しそんなことを思う筈もないが。

 そういった事情で、シュピーネは魔人となり、黒円卓に在籍することとなったのだ。

 アルフレートによって諸々の事情は一切伏せられたまま。

「かの将軍(ヘル・ゲネラール)殿の代理、などという立場でなければ私も一目置かれたのかもしれないというのに……」

「へー。このクソ野郎、死んで詫てどうぞってシュピーネが言ってたことを伝えとくね」

「いや言ってません、言ってませんから、メモにつけないで、ホント勘弁して下さい」

 唯でさえ五位と九位、ベアトリスとエレオノーレから時折極寒の視線を投げかけられるというのに、この上黒円卓においても上司という立場となった人からも当たりがきつくなれば完全に立場がなくなる。

 シュピーネは呆気なくアルフレートに屈した。

 経験上この冗談のような与太話が瞬く間に広まり公然の事実となってしまう、そういう手腕を目の前の小男が持っていることを知っているからだ。

 嘗て研究所で自由を謳歌していた頃、それでひどい目にあいゲシュタポの一員とされたあの時のことを、シュピーネは人生の大失敗の一つとして今も鮮明に覚えている。

「腰が低いなー。今や魔人になったんだから。ヴァルターにも立ち向かえるんじゃない?」

「あの黄金の獣に最も近い位置にいた御仁に対し、そのような迂闊なことをするつもりはありませんよ。するにしてもそれは絶対的な勝利を確信したときでなければ。貴方がた十三号室の丁稚として過ごした期間があれば、それを知るには十分というものです」

「にひ。だから君が好きだぜ、シュピーネ君。ヴァルターはいい顔しないだろうけど、君が君である限り、僕は君のことを応援してるさ。その臆病さは稀有なものだ」

「はあ……貴方の邪悪さと、シェレンベルク大佐の抜け目のなさには負けますよ」

 笑うナウヨックスは不吉そのものの体現ではあるが、得た圧倒的な力を手放すつもりもなく、シュピーネは呆れつつもその先に思いを馳せ同じく笑うのだった。

 

 

 某所 シュピーネさんの栄光と転落、その一部

 

 

 

 

「…………」

 自己の世界に埋没し、魂を研ぎ澄ます。

 言ってみればそれのみのこと、東洋で言う精神統一の座禅だの、古くは魔術師が言うトランスだのと、そう変わりはない。

 違うのは、自身の魂というものを明確に意識し、使役できているかどうか。

「……ッ」

 そして、練磨するのが精神というあやふやなものではなく、魂そのものだということ。

 まずこの段階で、それを行うに足る強靭な魂の持ち主でなければ不用意に魂に手を出した次の瞬間魂がひび割れ、最悪砕け散る。

 更に、それに足る強靭な魂の持ち主にしても、鍛えるための素材、それも自身の魂に近しく親和性のある繋ぎ目がなければ、ろくに鍛えることもできやしない。

 ごく一部、奇跡的な運命によりそれを手に入れるものを除いてはこういった超人の業が表の世界に現れない事は必然である。

「ふぅー……」

 故、カール・クラフト=メルクリウスのエイヴィヒカイトは完璧だった。

 強靭な魂の選定、聖遺物という術者と共鳴する繋ぎ目、そして魂を練磨するための大量の潤滑剤として他者の魂を用いることによる、恐ろしく簡易的な超人錬成法。

 成程これほど超絶の術式であれば、正に十三人もの魔人を生み出すことさえ容易い。

戦時中の第三帝国であれば吸収する魂に事欠かず、今も多くの団員が戦地に出て兵士たちの魂を喰らっていることだろう。

 

 ただ、数少ない例外はいるが。

 

「駄目だな」

 ヴェヴェルスブルグに充てがわれた専用の自室で、ヴァルターは瞑想を解いた。

「なにが駄目なんです?」

 ベアトリスは椅子に跨りそれをなんとはなしに眺めていたが、正直さっぱり分からない。

 それが聖遺物の制御訓練なのは分かるのだが、なにせ自分の時とは色々と違う。

 自分が、否、自分以外の団員も、活動位階の頃はもっと切羽詰まっていたというか。

 聖遺物を御する魂と自身の魂の強度が足らず、先ずは戦地で魂を取り込むのが急務だった。

 最も自分は魂を取り込まず意地でなんとかしたのだが。

 そうしてやっとの思いで形成位階に到達し、まともな制御が可能となったのだ。

 しかし眼前の人は本人曰く活動と形成の中間で完全な形成位階には達していないというのに、戦地で魂を集めてもいないのに、不気味なほど安定性をベアトリスに対し見せつけていた。

 体から立ち上る黒い霧、そしてその中から伸びる漆黒の茨。

 その黒は拒絶の色、その茨は苛みを表すかたち、最初に間近で見た時は背骨まで凍りついたかのような感覚を覚えたものだった。

「また失敗だ、ってこと。形成に至るイメージを掴めなかった」

「あの、私すごく疑問なんですけど。ヴァルターさんのそれ、本当に活動の範疇なんですか? 普通に事象展開型の形成では?」

 ベアトリスが今や部屋中に展開され、それでも尚部屋を傷つけず自分にも触れないよう制御されている茨を指して言う。

「活動と形成の中間段階だよ、これは。いや、担い手が別ならこれが形成でもいいんだろうな。でも、これは俺の形成じゃない」

 ふむ、とヴァルターはベアトリスを見て、おもむろに手を掲げた。

「お前には見せてもいいか。ほら」

 次の瞬間、掲げた手に何かが顕現する。

 それは内に黒鉄の輪を秘めた、美しい装飾の施された冠だった。

ロンバルディアの鉄王冠(コローナ・フェッレア)。俺の聖遺物だ」

「……んん???」

 ベアトリスは固まった。

 今目の前で、ヴァルターが非常に矛盾した行為を行ったからだ。

「……形成! できてるじゃないですか!!! 嘘つきましたね!!!」

「まあ、そう言うだろうな。だが違う。これは形成じゃないんだよ」

 これは単に手元に取り出しただけだ、そうヴァルターは言う。

「単に聖遺物を取り出すことと、形成位階として己の望むかたちで顕現させるのは似ているようで別の話だ。俺のこれは取り出してるだけ」

「つまり、ヴァルターさんはそれをもっと違うかたちで顕現させたいってことです?」

「少し違うな。これは俺のかたちじゃない、っていうのが分かるんだよ。……母さんならともかく、俺の本質は他者を傷つけるためのものだ」

 最後に小さく付け足された言葉に、ベアトリスはなにかを言おうとして、飲み込んだ。

 多くを聞いたわけではない。

 しかし、ヴァルターが魔人として覚醒するに辺り、母が死んでしまったことは聞いた。

 あの、小さな優しい人が、一体何故そんなことになってしまったのか。

 それ以上は語ってはくれなかったが。

「どうなんだろうな。自分のことなんで、他人以上にわからない」

 自嘲するようなヴァルターの瞳に迷いの色が見えて。

 ベアトリスは雷とともに剣を抜いた。

「……私は、そうですね」

 戦雷の聖剣(スールズ・ワルキューレ)

 ベアトリスの聖遺物。

 ベアトリスの祈りを体現した、雷光の聖剣。

「私は良くも悪くもこれ一本で頑張ってきましたから、これ以外の在り方を知りません。戦場を照らす光となって、この剣の指し示す先へ。だからでしょうか、あの水銀に死神だなんて称されても、なにも言い返せないのは」

 あの日、近くにいながらなにも為せず、すべてが手遅れになった。

 この力を得たからといって、それがなんとかなるのか、それは分からない。

「でも、私は剣は奪うばかりのものではない、守るためのものでもある。そう信じてます。この聖剣を握る私がそれを忘れない限り、どれだけの敵を斬り裂こうとも、この背には同胞たちの命を背負っている」

 一振り、二振り、剣が光の軌跡を描いた。

「私、先輩のことを長らく見てきたと思います。ナウヨックス少佐ほどじゃないですけど……それでも。先輩は、基本的には排他的で、でもそれは自分の鋭さを知ってるからこそ、誰かを傷つけまいとしてる。その刃で敵を斬り崩す以上に、その刃で誰かを傷つけないことを知っている。この茨をここまで制御できてることだって、きっとその証左だと思います」

 ちょっと前の変だったときはともかくですね。

 そう言って、雷剣で片隅の茨を斬り裂こうとする。

 しかし、剣は弾かれ茨は傷一つない。

「色んな所で守ってくれたこと、覚えてます。だから、もし先輩に相応しいかたちとやらがあるのだとしても、それはきっと傷つけるばかりの意味を持つものじゃないと思います」

 その結果に満足し、聖剣の形成を解いたベアトリスは快活に笑ってみせた。

 やっぱり、この人の本質は守る人なんだと、そう思えたから。

「傷つけることと、守ること……」

 ヴァルターはその言葉に暫し固まり、自分の手を見つめる。

 自分を顧みることを久しくやめていた男は、戦乙女の実直な感想が、自分の言葉よりも確かな真実に思えた。

 心の中で、あやふやだったかたちが実像を結んでいく。

 漆黒の底より鞘を抜き、人を傷つけ追いやり拒む原初のかたち。

 そして原初の拒絶とは即ち、自身を守護する最後にして最強の守り。

「刃に込める意味。剣、か」

 それを、或いは原初の意味さえ超越し己のままに振るうことが、許されるのだとしたら。

「……感謝する。キルヒアイゼン。どうやら見えてきたようだ」

「へあッ!? あ、は、はい、どういたしまして……やっぱり調子狂うなあ」

「ところで時計は見ているか。そろそろ出立の時間じゃないのか。三十分前行動くらいしてないとどやされるんじゃないのか、前そう言っていたろう」

「え、もう? げっ時間が経つのが早い! あわわ、私はこれで!」

「ああ、さっさと行くといい」

 大焦りで部屋を後にするベアトリスを見送って。

 ヴァルターは瞑想を再開し、深く魂の底に堕ちていく。

 それは確かに誰かを傷つけるものだが、それでも誰かを守るものだと知ったから。

 

『そう、あなたは、それでいいの。刃の痛みを知るあなただからこそ、それでいいのよ』

 

 その柄を取ったことに、誰かが微笑んだような気がした。

 程なくして、ヴァルターは真の形成を完成させることになる。

 戴冠の鉄を、剣と変えて。

 

 

 ヴェヴェルスブルグ城にて ヴァルター、形成訓練中

 

 

 




エレオノーレとヴァルターのやり取りは書く直前までどうすっかなーと悩んでました。
ハイドリヒ卿に従わぬ無礼者めー的な態度か、或いは魔人になる前に職場を共にした上官か。
そしてこうなった。エレちゃんの貴重な敬語。
リアルチートヴァルター君の戦歴は流石に認めざるを得なかった。
鉄十字章は前線で武勲を上げた軍人に与えられるもの。
戦功十字章は後方で支援が戦功として認められた軍人に与えられるもの。
髑髏指輪と名誉長剣はチョビ髭おじさんのお気に入りにしか与えられない記念品。
なんでこいつは鉄十字章と戦功十字章を両方持ってるの??? しかも両方一級で。

シ ュ ピ ー ネ さ ん だ よ !
君を逃がすわけがないでしょ。ヴァルターの不在時代わりにお城で事務仕事してて。
さて彼に訪れるのは栄光でしょうかそれとも転落でしょうか。

ヴァルターのエイヴィヒカイト訓練。
黒、拒絶、茨、剣。
もう大体形成の正体はこれで分かる人もいるんじゃないですかね。
ベアトリスからヒントを得て、というのはまあやりたかったところの一つ。
やりたかったにしてはあっさりめだったけど。

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