テレポートの光が消えると、そこは始まりの街の広場だった。
周囲には、強制テレポートされてきた他のプレイヤーが大勢いた。
「多いわねー。何人いるのかしら」
「たしか、製品版の販売数は一万だったから、九千ぐらいじゃないのか?」
まあ、千人もログインしてないわけはないけどな。
周りをみると、大勢のプレイヤー達は、突然のテレポートに戸惑っているようだ。
よく見ると、男性よりも、女性が多いが、どうせネカマばかりだろう。
ネカマとは、ネットゲームのアバターを、現実とは違う性別にして、その性別になりきることだ。
過去に、散々貢いだ相手がネカマだったことがあった俺としては、最初から疑ってかかるようにしているが、VRでのネカマには気をつけなければなるまい。
「ねえカズマー。なんでそんな怖い顔してるの?」
「いや、考えごとしてた」
「ふーん、もしかしてこんな美少女の私といたら、周りから妬まれないかとか」
「それは無い」
「......」
突然、殴りかかってきたアクアの攻撃をかわしていると、俺の耳に隣の人の会話が入ってきた。
『おい、本当にログアウトボタンなくなってるぞ』
『は?そんなわけが.....って、本当じゃねえか』
ログアウトボタンが無い?!まさかそんなわけ。
俺は自分のウィンドウを開く。
一番下のログアウトボタンがあるところを探すが。
「な、無い」
念のために他のところも見てみるが、やはり、ログアウトボタンは無かった。
「カズマ、そんなに慌ててどうしたの?」
「ない」
「ないってなにが?」
「ログアウトのボタンがだよ。お前も探してみろ」
「はあ?そんなわけが........」
俺に言われてウィンドウを開いたアクアが、言葉を失う。
「え?嘘でしょ?」
「本当だ。他のところも探したけど、なにもなかった」
俺の言葉にアクアの目の光がどんどん失われていく。
無理もない。このままだと、永遠にゲームの世界に閉じ込められることになる。
周りのプレイヤーも、それが原因で騒いでいるのか、罵声が飛び交っていた。
「おい、上を見ろ!」
それは誰が放った言葉だろうか。
上の空を見ると、先ほどまで街を照らしていた夕日は見えなくなり、かわりに、
血のような赤が空を埋め尽くしていた。
「なに..あれ?...」
絶望していたアクアが、空を見上げて声を出す。
その声は、すごく小さかったが、俺の耳には入ってきた。
空からは、血のような液体が落ちてきて、それが、集まっていき、巨大なローブを形づくった。
そのローブの姿に俺は見覚えがあった。
ベータテスト中に、アーガスのスタッフがしていた服装で、それぞれの街の主街区に数人はいた。
俺はアーガスのスタッフが、慌てて準備したのかとの、希望的観測をしたが、赤ローブの第一声で、それはほとんど潰えた。
『ようこそ、私の世界へ。私の名前は茅場昌彦。この世界をコントロールできる唯一の人間だ』
この世界をコントロールしているのはアーガスのはずですが。
『諸君らは、ログアウトボタンが消えて焦っていると思うが、これは不具合ではない。繰り返す。これはふ不具合ではなく、ソードアートオンライン本来の仕様だ』
不具合ではない。
つまり、ログアウトできないのが、このゲームの仕様。
それだけなら、まだいいのだが。
俺が考えを巡らせていると、
「それぐらいなら楽勝じゃない。心配して損したわ」
隣の馬鹿が、空気を読まずにそんなことを言った。
「アホか!こんなところで妙なフラグ立てんな!」
「カズマったら、なにを慌てているの?ログアウトできないぐらいまだ大丈夫でしょ?」
アクアの言葉は、茅場の話で周りが静まり返っていたせいで、かなり遠くまで聞こえていた。
実際、近くにいる何人かが、頷いているところを見ると、アクアの主張も理解できるが。
『もちろん、それだけではない』
茅場が、今の話を聞いていたのか、話を続ける。
『プレイヤーのHPがゼロになると、ナーヴギアから放出されるマイクロ波によって』
「話が長いんですけど。もうちょっとわかりやすく言って」
『そ、そうだな、わかり憎いか』
アクアの指摘に慌てだす茅場。
ああ、可哀想に。
アクアのツッコミによって、静まり返っていた空間も、緩んでいたが、
『つまり、ここで死ぬと、現実世界でも死ぬということだ』
その言葉に空間が凍りつく。
先ほどまで、近くの人と笑いあっていたプレイヤーも。
ツッコミをして、上機嫌なアクアも。
誰も言葉を発しない。
『クリア条件は、この浮遊城アインクラッドの最上階にいるボスの撃破。そして、蘇生アイテムは一切機能しない』
アインクラッドとは、このゲームの舞台である、全百層構造の、巨大な城、というよりは、世界に近い。
つまり、最上階とは百層を意味する。
うわあ、無理ゲー。
『それでは最後に、私から諸君らにプレゼントをやろう。持ち物を確認したまえ』
茅場の指示通り、持ち物を確認する。
持ち物には、俺達が倒したジャイアントトードの肉。
そして、
「手鏡?」
とりあえず、手鏡をオブジェクト化させる。
オブジェクト化された手鏡は、普通の物と、特に変わってるわけではないが。
手鏡を覗きこんでいると、
「うわ!ちょっ、カズマさーん!」
アクアの悲鳴が聞こえてきた。
そちらを見ると、アクアが青い光に包まれていた。
「どうなってんだ?」
俺が首を傾げていると、俺も青い光に包まれた。
「うわあ!おい、アクア助けてくれ!」
「カズマー。大丈夫よ。なにもないわ!」
と、アクアが能天気に返してくる。
それから大丈夫かと、落ち着いたら、光から解放された。
「ふぅ、本当になんにもないな。って、あれ?」
光から解放された俺は、不思議に思った。
「なあ、アクア。お前背が伸びてないか?」
「え、あんた誰?」
「は?」
こいつは何を言ってるんだろうか。
馬鹿だなと、思ってはいたが、ここまで馬鹿だったとは。
「お前、背伸びたかわりに頭悪くなったのか?」
「初対面の癖に失礼ね。というか、なんで私の名前知ってるの?」
「なにいってんだ。初対面ってさっきあったじゃねえか。俺だよ。カズマだよ」
「え?カズマってもっとイケメンだった気がするんですけど」
「なにいってんだ。俺の顔は.......」
俺は、手元の鏡を見て絶句した。
鏡に映ってたのは俺の顔だった。
現実世界の。
「俺じゃん。俺の顔じゃん!」
「ちょ、あなた大丈夫?回復ポーション頭にかけてあげようか?」
「いらねえよ!なんでだよ!」
チクショー!俺が頑張って作った、アバターが!
顔とかも、勇者みたいにカッコ良く作って、身長も高くしたのに。
俺は涙を流しながら、地面に膝をついた。
「そういえば、カズマはどこに行ったのかしら」
「ここだよ!顔と身長は変わってるるけど、俺がカズマだよ!」
「えっ、確かに喋り方とかは似てるけど、こんなヒキニートみたいな顔はしてなかったし」
「ヒキニートって呼ぶな、クソビッチ!あーもう、なんでこうなった」
俺はこの災害を引き起こした本人を睨みつける。
というか、あまりにもムカついたので、
「え、カズマなにしてんの?」
「見ればわかるだろ。あいつに一発キツいの入れてやるわあ!」
俺は怒りに任せて、腰の剣を茅場に投げつけた。
飛んでいった剣は、茅場にどんどん近づいていき、
『ぐはあ!』
綺麗に刺さった。
それを見ていた周りの奴らも、
「このやろう!」
「せっかくのアバターが台無しだ!」
「消えろ!このクソやろー!」
「この格好どうにかしろ!」
茅場に向かって剣を投げ出した。
剣だけではなく、槍や斧、短剣など。
大小様々な剣が茅場に突き刺さっていく。
『ちょ、諸君、やめたまえ!』
「うるせー。さっさと現実に戻せー!」
『や、やめたまえ。こ、これにてチュートリアルを終わる。諸君らの健闘を祈っている』
様々な武器の刺さった、ローブのアバターは、上空に消えていった。
それと同時に、インベントリの中に先ほど投げた武器が収納される。
先ほどの赤い空も、カオスな状態も、すべてが元に戻った。
カオスな状態は一瞬だけで、
「いやああああぁぁぁ!」
「戻してくれー!」
「これは夢だ。すべて夢だ」
すぐに、阿鼻叫喚のインフェルノが展開された。
だが、一番騒ぐと思っていた、馬鹿は、
「おい、アクアどこに行くんだよ!」
街の外に向かって走っていった。
俺も、アクアを追って走る。
広場から少し離れた路地で、ようやく追いついた。
「どこ行くんだよ」
「止めないで、カズマ。私は行くわ」
「行くってどこに」
「宿屋に戻って、眠りにつくから」
「現実逃避するんじゃねー!」
俺はアクアの後頭部を思いっきり叩いた。
すると、紫色のエフェクトが、出て俺の手を跳ね返した。
それを見ていたアクアが、何かを勘違いして、
「ふふん、私に危害を加えることは出来ないわ。素直に謝り」
「ほい」
「やめて、頬を引っ張らないで」
アクアの頬をダメージが発生しないギリギリで引っ張る。
「とにかく、今の俺達がするべきことは、現実逃避じゃない。金の確保だ」
「お金?」
「そうだ。さっき、お前が受けたクエストあったろ。それの報酬受け取りにいくぞ」
俺は、クエストの報酬を受け取りに歩き出す。
「あ、待ってー」
アクアが俺の後ろをついてくる。
そんなアクアを見て、俺はあることを思った。
「なあ、アクア。お前、なんで見た目変わってないの?」
アクアの見た目は、手鏡を使っても変わっていない。
本当なら俺のように現実の顔になるはずなのだが。
そんな疑問にアクアは、
「うーん、わからないわ」
「は?」
「わかんないって言ってるでしょ。元からこうなんだし」
マジか。
つまり、こいつは現実でもこんな美少女だと言うのだ。
「おい、アクア」
「ん?なに?」
「一発殴ってもいいか?」
「ちょっ、こんな時に冗談言わないで。私を殴ってもさっきみたいになるだけよ」
冗談のつもりはなかったのだが。
そんなことを話していると、
「お、ここだな」
目的の場所に到着した。
大きさは普通の民家と変わらないが、真ん中にある、『デットリーポイズン』という看板が、他の家との違いを物語っていた。
濃い色の木材を使ったドアを開けて中に入る。
「いらっしゃい!」
奥から店主の声が聞こえてくる。
店名では何の店か想像できないが、この店は、
「始まりの街随一の喫茶店、デットリーポイズンにようこそ。メニューはそこに置いてあるよ」
そう、喫茶店である。
大事なことだから二回言うが、喫茶店である。
と、目的を忘れていると思われるアクアが、
「おじさん、この『青竜の加護を受けし猪のシチュー』頂戴!」
「お前は注文してんじゃねえ!なにしにきたか思い出せ」
俺の言葉に、はっとしたアクアが、
「そうだったわ。おじさん、ここって宿はあるかしら?」
「現実逃避じゃねえ!クエストだよ!」
これほど言っても、まだ理解できてないアクアを放っておいて、インベントリから、カエルの肉をだす。
「おじさん、これ」
「おお!これはジャイアントトードの肉じゃないか。これがあれば新メニューができるよ。ありがとう」
と、店主のおじさんがなにか思い出したのか、
「そうだ。お詫びに家宝の剣をやろう。少し待っておいてくれ」
そういった店主は、店の奥に戻ると、すぐに鞘に入った剣を持ってきた。
「この剣は、家宝として伝わっていたんだが、使う人がおらんでな。報酬と言ったらなんだが、これをやろう」
「おおっ!ありがとうございます!」
「うむうむ。名前は決まっていないから、かっこいい名前を付けてくれ」
マジか。名前までつけれんのか。
俺がわくわくしながら、剣の詳細を見る。
アイテム名《無銘刀》
攻撃力は、最終段階まで強化すれば、十層ぐらいまで持つぐらいだ。
俺は刀を装備する。
腰の剣が、収納され、刀の鞘が、腰につけられた。
「へえー、なかなかね」
アクアからの評価も上々のようだ。
「念願の帯刀もできたし、ラッキーだったな」
「ふふん、私のおかげだから、私を崇めてもいいわよ?」
「はいはい、それじゃ、おっさんありがとな」
「また来てくれよ」
俺は店のドアを開け放つ。
これからも、様々なことが起こると思うが、この腰の相棒と乗り越えてみせる。
俺は未来への第一歩を踏み出した。
ーーカツン
「あれ?」
しかし、刀がつっかえて通れなかった。
これから先、本当に大丈夫だろうか。
カズマ「これから先大事か?」
アクア「大丈夫に決まってるじゃない。この、私がついてるんだから」
カズマ(大丈夫な気がしねえよ!)