努力は裏切らないと教わった。大切な人から贈られたその言葉を信じて、僕は野球を続けてきた。
打撃はイマイチでも、足の早さと守備範囲に定評のある二塁手にまでなっていた。
小学校、中学校と大好きだった野球をしていた。
ある試合を境に、僕は野球から逃げた。野球だけではなく当時の仲間達から、生まれ育った町から逃げた。
周りの目が恐くてビクビクする毎日が嫌になった。
ここならば、かつての僕を知る人はいない。
町から遠く離れた場所にある神原学園。
寮暮らしになると聞いたときは嫌がることなく、何にも考えずに受け入れた。
編入試験を通り、入学するのは僕だけらしい。
嘘か本当か。この学園の生徒は漏れ無く神に憑かれているらしい。
なんで幽霊ではなく、神なんだろう……。
まあ神や幽霊に憑かれようがどうでもいい。普通に学園生活を送り、ただ卒業する。
その後はなんとかなるだろう。
校門を通ると、その先は大きな十字路があり、中心には噴水が設置されていた。
1.男なら真っ直ぐ進むべし。
2.お箸を持つ手でしょ右へ 。
3.縁起は悪くても関係ねえ左へ。
さて、どうしようかな。
というか、1度来ただけで道を覚えてるわけないんだから、せめて地図くらい用意すべきだろ。
たかが教室に向かうだけなんだから、深く考えるのも馬鹿馬鹿しい。
また考えることを放棄して、僕は左の道へ進んだ。
この選択が、僕の未来を左右するターニングポイントだとは知らずに。
しばらく歩くと、校舎……にしては古く、怪談に出てきそうな建物を見つけた。
ハズレだったんだなと思うも、せっかく来たんだし、校内見学の一環として見ていくことにした。
中はちゃんとした学校だ。玄関があって近くには階段もある。
ただ音沙汰の無い学校ほど怖いものはない。 息する音と足音が、やけに大きく反響して聞こえる。
3階立てのようだが、3階と2階は教室しかなく興味が湧かず、直ぐ様1階へ戻った。
1階は視聴覚室や職員室、それに理科室と美術室と技術室があった。
視聴覚室から順に入ってみると当時のプリント類や教科書で散らかっていた。
職員室も同様で、理科室と技術室はそれぞれの器材や実習に使う材料も散乱していた。
いくら田舎と言えど、使わない建物をボロクソになるまで放置するとは。
そして1番最後に美術室へ入った。
特に意味は無い。単に見ていったら最後だっただけ。
美術室も例に漏れ無い散らかり様だ。
椅子は机に上げられ、全部教室の後方へ追いやられていた。
絵や彫刻など、かつてここにいたであろう先人たちの忘れ物が、教室のほとんどを占拠していた。
絵心も無ければ、興味関心も無い。
そんな僕でも、何故かもう少しだけ見ていようとここに留まってしまう。
……しばらく眺めながら、時間を忘れていたことを思い出した。
どっちにしろ遅刻扱いだろうし、迷うような造りにしてる学園側の責任だろう。
しかし編入初日からは……と思い始めて、ようやく立ち去ろうと振り返った。
すると、誰もいなかった教壇に座って足をブラブラ遊ばせている女の子がいた。
……正直、むちゃくちゃドッキリしたが、声に出ないよう抑えた。
意を決して声をかける。
「君はこの学園の生徒ですか? 僕は今日からここに編入する者ですが」
…………………………。
「話……聞こえてます?」
……………………!
あ、こっち向いた。
「学園のこと知らないから案内してくれますか?」
「貴方は、私が見えるんですか?」
「……いや見えるも何も、この部屋僕と君以外誰かいるのか?」
………………。
なんだろう。急に表情も明るくな……
「やったぁ♪ これで私も人に憑けます!」
女の子は思いっきり僕を抱き締めた。どこか違和感を覚えつつ、女の子に抱きつかれる喜びをゆっくり味わう。
「えっと、ツケル?ってどうゆうこと?」
「……? この学園の生徒になる人ならわかってると思ったんですが」
僕の瞳と女の子の瞳が逢う。透き通るような藍色が僕には眩しくて、思わず目を反らしそうになった。
「ここでは皆さん、私達神様に取り憑かれることを義務付けられているんですよ」
「……そうだった、かな?」
「見える神様は十人十色。人によって違いがあるわけです。つまり私は貴方にしか見つけることの出来ない神様でございます」
「…………僕がここに来たのって偶然のたまったまなんだけど、そうすると君は一生誰にも見つけられないままってことになるよね?」
「その通り。ですから、貴方からはどう思われようとも、私にとってはこの出逢いに運命を感じます」
こっ恥ずかしい台詞をこうもスラスラと。
言われるこっちが赤くなるよ……。
「とゆーか、憑かれるの確定なの?」
「確定です。おめでとうございます」
「そうか。ところで、学園に住み着いているなら、案内をしてほしいんだけど」
「神様に物を頼む態度ですかそれ」
「神様だろうと地縛霊だろうと、取り憑いているなら上下関係もないだろ」
「神様は偉いんですよ」
「知るか。それに権力とか地位とかで威張る奴大嫌いなんだよ」
いくら実力で上回っていようとも、先輩の命令に逆らえなかった頃を思い出し、唾のように言葉を吐き捨てた。
「…………………」
「ご、ごめん……なさい。別に君が嫌いとかじゃなくて、そういうカテゴリーの輩が嫌いだってだけだから。真顔で涙流さないで怖いから」
何だかなぁ……本当に神様なんだろうかこの娘。