部屋から連れ出され、僕は学園の外に来ている。
学園の長い下り坂を下って10分程度の場所にバス停がある。
平日でも3時間に1本しか出ないバスに乗って30分。
田舎らしさと都会らしさが半々に混ざったような街へ到着する。
連れ出した当人は、何やらアイスを買いに出て、未だ戻ってこない。
ここまでに掛かった時間よりも、ベンチに座ってボーっとしてる時間の方が長く感じる。
「ま、待たせたね大地」
何ともたどたどしい口調で呼ばれた。
名前に負けないほどの眩しさはどこへいったんだろうか。
「日永。アイス買うのに時間掛かりすぎじゃないか? 何かあったの?」
汗だくで帰ってきた彼を見て、問いかけた。
その手に持ってるアイスが溶けそうなので、なるべく早く渡してほしい。
「い、いや買う事自体は直ぐ終わったんだ? そ、その~……買うまでに、色んな人に割り込まれたり、いざ買おうとしたら声を掛けられて写真撮るようにお願いされたり……」
日永は人差し指をツンツンと合わせ、目もこっちに向けず話した。
「普段の君はどこ行ったのさ?」
「学園のあれは、常に神様が乗り移ってるから、あんなハイテンションでいて、1年の頃からこんな感じでさ」
恐らく生き返ったようで楽しいんだろうな。
優希も同じようなこと言ってたし。
「そういう大地は変わらないのな」
「それは少し違うね」
僕は直ぐ様否定をした。
間髪入れずに言ったせいか、日永は少し後ずさった。
「神様に出逢う前は、人間が嫌いになって、何も信じられないくらいに駄目になってた。この学園に来て出逢った神様は、そんな僕を怒ってくれたんだ。貴方は今のままじゃダメですって」
出逢った頃を思い出す。
そこを出発点に、今日までの事を思い出す。
日が浅くて記憶が濃い。
学園に来て過ごした時間が有意義に感じられる。
「大地って、そんな風に笑うんだな」
「え? いま笑ってた?」
「うん。笑ってた。教室の時にいたみたいな作り笑いじゃなくて、本当に嬉しそうにさ」
「作り笑いって。酷いよそれ」
「神様が乗り移ってる時は端から見てるようなものだから、そんな風に見えてたんだよ」
はっきり物を言うくせに、まだ視点はウロチョロしている。
まあそれはいいとして、明日の答え次第では、1番最初に何とかしてやりたいな。
神様に依存してるのは、ほぼ確定と言っていい。
ただ依存をどうにかするのは、時間が掛かりそうだな。
「作り笑いは否定しないけどさ」
「そこは否定しようや」
「神様がきっかけとはいえ、僕が変われたのは、僕に話しかけてくれた君達のおかげでもあるんだ。ありがとう」
「い、いや俺はっ、神様の影に隠れてる卑怯者だし!」
「じゃあさ」ヒョイ
待ちきれなかった僕は、無理やり彼からアイスを奪い取り、溶けかけの甘味を舐めた。
「学園でも出てきなよ。難しいのであれば、少しずつ時間を増やしていけばいいし」
「簡単に、言うなよ! それが出来たら、お前に言われる前からやっているさ!」
「それはごめん……」
「お前みたいに、簡単に変われない奴もいるんだ。人が信じられないとか、過去に何があったか知らないけどっ」
唇を噛み締め、絞り出すように彼は言い放った。
「自分だけが、不幸みたいな面、するんじゃねえよっ! 端から見てて、ムカつくんだそれっ!」
それまで塞き止めていた物を吐き出し、日永は疲れきって肩で息をした。
しかし、彼の表情は苦しんで見える。言いたいこと言ったであろうに、何故なんだろう。
「それを言いたいがために、連れ出したのかな?」
「い、いやっ、ごめん! そうじゃないんだ! 違うくて!」
「否定は可笑しいよ。だってそれが君の思ってたことなんだろ? 」ペロ…パリパリ
「そ……それは」
「君が神様のいない学園の外に僕を連れ出した意図が見えないな。いや、聞くのは後日でいい」モグモグ……ヒョイパクッ
ベトベトに汚れた手を拭きながら、僕は続けた。
「正直怒ってる今聞いても、曲解してしまいそうだから」
「あ……そ、その」
「別に不幸自慢してないし、僕が君の過去を知らないように、君も僕の過去を知らない。どっちがどうとか関係ない」
日永は返す言葉を探すように惑う。
普段、マシンガン撃たれてる仕返しではないけど、あんな風に言われたら頭に来てしまう。
遠慮を忘れて、僕は言葉を投げつけた。
「過去は比べるものじゃない。何であれ、その人にとって悲しく不幸に見舞われば、そういう面になっちゃうだろ」
「…………」
「実際、色々と酷い目に遭った。僕はそこから立ち上がろうとしてるだけだ。君はどうなの?」
「オ、オレだって少しは……」
彼なりの努力はしてるのかもしれない。
それが見えていない以上、僕にはどうしても努力してるとは信じ難い。
「学園でも"君自身"が話せないと、いつまでたっても成長しないよ」
「!…………」
居づらくなって、僕はその場から去ることを考えた。
「君の本性が見えたのが唯一の収穫だね。じゃあ神様が待っているし、僕は帰るよ」
「まっ、待てよっ! オ、オオッ、オレの話は終わってな」
「じゃあ明日、学園で」
そう言い残し、寮へ帰るためのバス停へ向かう。
丁度来ていたバスに乗り、彼を置き去りにした。
彼と彼の神様は正反対なんだろう。
あれだけ性格が違えば、流石にわかる。
寮に戻るまでの間。
彼がなんで神様のいない学園の外へ、僕を連れ出したのか。
『大地っ! 時間あんだろ! お前来たばっかで街を見てないだろ! 一緒に行こうぜ!』
…………。完全に神様の仕業であって、彼の意思じゃないじゃんかあれ。
「どうでした? 神様のいない彼を見て」
優希は部屋へ戻った僕に言った。
「どうもしないよ。学園では常に憑依状態してるのには驚いたけど。優希、君は知ってたね?」
「はい。あの方から私が見えていたかは別に、私からは見えてましたから。姿と魂が同じなら、中身は神様しかいない」
「神様? というより、幽霊同士は見えるの?」
「か・み・さ・ま・です! 魂のみしか存在してないもの同士ですし、何ら不思議ではありません」
そういうものなのか。
「日永自身は生きてるから、魂だけになっても優希は見えないのが自然だね」
「しかし、このまま放って置くと彼自身の為にもなりません」
「だから日永に取り憑いてる神様が気を効かして、学園の外へ出掛けるようにしたのか」
最も、その神様も僕には見えない。
神様同士で話が出来るのであれば、そこから情報を得ればいいだけなので問題は無いからいいか。
「日永の神様と話した?」
「詳細は伏せますが」
優希は前置きして、日永の神様との話、その概要を教えてくれた。
「日永くんの心配していらっしゃっいました。あのチャラけた態度にムカムカしましたが」イライラ
「日永に憑依してない方がうざいんだなあれ」
「大分日永くんが好きなのようで、だからこそ自分が憑依し続けることを止めようと試みていますが」
優希は俯き、片手で顔を覆った。
「日永くんに大甘なので、最終的に折れて憑依するようです」
「なんでそこは、日永本人と一緒なんだよ」
なんというか、色々と苦労しそうだね。
「優希のこと、信じてないわけじゃないけど、明日の答えを聞かないと、まだ動けないね」
「学園の内と外。そこを使い分けるのが鍵かと」
「それでも、全員救えるわけじゃないのは、どことなく分かってる」
「そうですね。今更10を救うことなんて叶いません。下手したらもう……最高学年の中には」
「義務でも使命でもない。僕達がやりたいからやっているだけ。救いたいと思う人だけ救えれば、それでいい」
なんとしても問い質す。
優希が教えてくれたこと。それが事実だとすれば、この学園は壊れてしまえばいい。
他に同じような考えを持ってる人がいても、関わる必要もない。
むしろ僕が動くまで動けずにいた臆病者と協力なんて出来ない。
「味方を無下にしてはいけませんからね」
「僕が誰と仲良くしようと僕の勝手だよ。友達100人作ろうって話じゃないんだからさ」
「それもそうですね」ハー
優希はため息を吐く。
何度言っても意味なしと呆れたのだろう。
「明日に備えてもう寝ようか」
「その前に、私へのお土産は?」
……………………………。
「週末、何か探しておくから許して?」
「仕方ありませんね」
消灯し、ベットに横たわり眠りにつく。
相変わらず、優希は僕の隣で寝ている。なんでか実体化している。
思わずは僕は壁に顔を向ける。思春期の男には心臓に悪すぎる。
何を考えてるのやら。
翌日の放課後。部活動入部届を提出しなかった僕は、担任に直談判し学園長と話せるようにしてもらった。
担任からは何でもいいから入れと言われたが、従う気は毛頭ない。
折れた担任に、学園長室まで連れられて、現在に至る。
「やあ、天城大地くん。面接の時とは大分変わったね、見違えたぞ」
20代後半くらいであろう男がそこにいた。
清潔感のある見た目と裏腹に出てくる言葉は雑に砕けている。
「学園に来て色々とありましたからね」
「その様子だと、もう神様を見つけたんだ?」
「初日の時点で出逢いました。あの校則が嘘じゃないんだと思い知らされましたね」
「そうさ。あんな校則信じるバカはそうはいない。そんなものはいないと一蹴し、何の迷いもなく入学してくれる。でなきゃ試験のレベルを低く設定した意味がないよ」
悪怯れる様子もなく、学園長は吐き捨てた。
終いには煙草を1本取り出し、火を点けた。
「学園内は火気厳禁なのでは?」
「いいだろ別に。私と君し……いやもう1人いるんだっけ?」
学園長の目線は僕の隣にいる優希へ向けられる。
「学園長には見えているんですか?」
「ん? そりゃあ神様だからね。そこにいる奴と違って、純粋のね」
学園長が神様……。
「校則を定めたのも、 あなたですか」
「だって学園創った頃からいるんだし、それくらいいいじゃん。でも、君は校則に従わないと」
「はい。部活動に入りません。僕は僕のやりたいようにするだけです」
「ふぅ~ん……」
不敵な笑みを浮かべて、僕に歩み寄ってきた。
「ダ~メ。折角手に入れた神様の力、その身体に馴染ませてあげないといけないんだ。折鶴先生から聞いたよ。君は美術部で決まり。私でそう手続きしておくよ」
「馴染ませて、神様に身体を渡せるようにしておけってことですか?」
「! そこの人から話を聞いちゃった?」
「神様の身に起きたことは全部聞きました。幽霊が実体化したり、憑依が出来たり、恩恵と言って神様の力をもらえたりするその意味を教えてくれました」
「意味?」
「あなたの目的は、神様を世の中へ進出させることなんじゃないですか?」
「…………というと?」
「憑依をする事で魂を受け入れやすくして、恩恵で与えた力を取り憑いた人間に馴染ませて、実体化する事で魂をこの世に留まらせている。そして……」
意を決して結論を述べる。
「最終的に、取り憑いた人間と神様の魂が入れ替わり、神様が学園を出ていく。これが、この学園で言う"卒業"です」
「何人もの人間を見てきたけど、そこに辿り着いたのは1番早かったね」
「神様から直接聞いたので。いま話したこと、事実ということでいいんですね?」
「紛れもない事実さ。神様はこの学園にいくらでも転がっている。君にはそいつしか見えなくてもね」
「あなたが純粋な神様というのは?」
「そのまんまさ。神様の力だけ持ってる人間と違う。魂も器も生まれた頃から神様」
目の前にしているのが神様だとして、この人に何が出来るのかはわからない。
「神様だからって、人間をただの器としか見ないあなたの身勝手に付き合わされるのは御免です」
「ほぅ。君は人間に見捨てられて、死んだっていいって位に絶望してたから、話を聞いたところで何にもしないって思ってたのに。私の人間を見る目を曇ってきたかな」
確かにそう思っていた。
誰も信じられなくなって、家族から見捨てられてた。
ならば僕の方から捨ててやるとさえ思った。
神原学園を偶然に見つけて、場所も田舎だし、その内どこかへ誰もいない山奥へ消えようとも考えていた。
「神様でなくても、その子は僕を勇気づけてくれた。卒業までに何を変えられるのか。何を救えるのか予想もできません」
「そうだね。君のその正義感?はどこから来るものだい?」
「僕は僕の救いたいと思う人を救う。だから、あなたが描いているシナリオ通りにならないよう動いてみます」
「どんな結末になっても?」
「はい。最悪だろうと最善だろうと結末は決まっていません。僕が迎えたい終わりへ向かうために残されてる可能性を信じて、"僕達"が卒業出来るように行動していくだけです」
学園長に、神様に宣戦布告のような形になってしまった。
優希が、この学園の被害者だと知ったその時に心は決まった。何の後悔もない。
「じゃあ君の自由に動いてみるといい。君達2人を泳がせたところで学園が壊れるわけでもないからね」ケロ
「それが目的ではないので」
「正気に戻れば、こんな面白い人間だったとは嬉しい誤算さ」クスクス
「個人的には、そのにやけ顔をいつか崩してやりたいと思います」
「楽しみにしているよ♪ ああ、それと」
学園長室を去ろうとした僕に1つの事実を突きつけられる。
「左手痛かったろ? グローブはめてたから、遠慮なく思いっきり踏みつけちゃったんだ。謝るの遅れたね。ごめんごめん」
突然言われた言葉に、僕は金縛りを受けたように動けなかった。
あの試合に、こんな奴がいたのかすら思い出せないでいる。
でも、言い方を考えると、まるで自分がやったことのように言い……
「そう感情的になるなよ。神様気取りのお嬢ちゃん?」
「"卒業"から長い時間が経ちましたけど、相変わらずの畜生ですね貴様は」
気が付いて振り向くと、優希が学園長に馬乗りし、殴り掛かっていた。
「優希。実体化を解いてよ。そんな事するために来たんじゃない」
「貴方のためでもあります。そして何より、この現状を招いた元凶を、私が許せません」
「許せない? ありがとうございますの間違いじゃないの? だってここに彼が来るように仕向けてあげたんだからさ」
「人間1人の全てを壊しておいて、へらへら笑っている貴様に言われても説得力は皆無です」
「優希!」
こんな大声を出して叫んだのは初めてかもしれない。
「例え、その神様を消したとしても、壊されたものは元に戻らないよ」
「…………」
「過ぎ去った事は何をしても上書き出来ないから、僕はそれを背負いながら未来を探す事に決めたんだ」
「立派な決意だ事」
「黙りなさい」
「そのためにも、もうこいつに関わらない方がいい。さっきのが事実なら、こいつは自分の思った筋書きにするためなら何でもしてきそうだし。僕達の部屋へ帰ろう?」
「…………わ、かりました」
優希は実体化を解き、ふわふわ浮きながら僕の背後についた。
「ご迷惑おかけしましてすみません。失礼します」ペコ
「バイバーイ♪」
とりあえず校則にあまり縛りはないようで、自分達の行動も咎めないとのことだが、あれは神というより悪魔に分類されると思う。
最初から最後まで、煽りがうざい神様だったな。
やっとこの学園で過ごす意味を見つけた気がする。
あれは許せない存在だが、現時点でどうにかする術もない。あの試合をきっかけに負った傷は深い。
表向き……いや、優希と一緒に学園を出ること。それが僕の思い描く結末だ。
その最中で、もしあいつに対抗出来る術を手にしたなら、僕は独りで立ち向かおうと思う。
出来ることなら、そんな日が来ることなく、卒業まで時間が流れることを強く願う。
こんばんは。蓬操です。
これにて序章の終わりです。
次回は日常的な話を予定してます。
年末前に序章を終えてホッとしてます。
お恥ずかしながら、何かを書ききるの初めてです。
書くための準備をして、その段階で終わって……。
書ききる達成感はいいものですね。
この調子で第1章も頑張って参りますので
よろしくお願いします。
ここまで読んで下さり、ありがとうございます。