学生艦であるため、晴風を始めとして現在連絡の取れる横須賀女子海洋学校の直教艦は全て連絡の取れない直教艦の捜索に当たり、教員艦の長良・浦風が猿島の捜索・対応を行う。
4月8日、機関の回復した晴風は鳥島方面への捜索に出ていた。
出港禁止が発令されており、貨物船も護衛艦が付いているため、ビーコンの出ていない艦は基本的に通信途絶艦だ。
☆☆☆☆☆
「副長、定時交代です。この4時間に周囲に艦影無しです。」
「はい、確認しました。ゼロヨン当直お疲れ様、納沙さん…じゃなくてココちゃん。」
「副長もあだ名呼びなんですか?」
「郷に入っては郷に従えよ?ココちゃん。艦長がそう呼んでるんだから私もね。」
「なるほど…この後は08:00までのヨンハチ当直ですけど、副長大丈夫ですか?」
「ええ、通常配置の時には各課で融通出来るからその時に休んでいいって言われてるわ。まあ、なるべく休む気は無いけどね。」
「無理はしないでくださいよ?」
この艦内でも、もう私の虚弱体質は結構知られてる。
「それにしても、なんで通信途絶艦が出たんでしょうか?もしかして…『我々は、ブルーマーメイドの教員艦などというちっぽけな存在ではない!せんげんする!我々は、独立国家、猿島!意見を同じくするものよ、着いてこい!』『きゃー!古庄教官!かっこいー!どこまでも着いてきます!』って言うのはどうでしょう?」
「流石にそれは…そもそも猿島を初めとしてどうなっているかも分からないのよ。どうなってても不思議じゃないわね。」
「ですよね!夢は大きく!」
「いや、それは夢じゃなくて―――」
ドーン!
『着弾!左舷!』
『至近弾!第2倉庫に浸水!』
ドーン!
『また着弾!右舷!夾叉されています!』
『烹炊室で茶碗と炊飯器が壊れました!』
「総員配置について!」
私は握っていた操舵輪を回す。
「機関第3戦速!取舵いっぱーい!野間さん、砲撃点は!?」
『10時の方向!距離26,000!』
「なんで気が付かなかったの!?」
『電探に反応ありません!』
『あれは……望遠で確認しました!本校所属の改インディペンデンス級哨戒艦『猿島』です!』
「もしかして…あの時試作した光学迷彩装置まだ積んでたの…しかもあの船に使われている板はステルス…気づかないわけね……」
「「遅れてごめん(ました)!」」
「ごめん…」
「ごめんね!遅くなった!」
ミケちゃんとリンちゃんとタマちゃんとメイちゃんが艦橋に来た。
「艦長、指揮権を戻します。リンちゃん、操舵よろしくね。」
指揮権と操舵輪を開け渡す。
「つぐちゃん、学校に打電!対応の確認お願いね。」
『了解です!』
「リンちゃん!おもーかーじ!」
「おもーかーじ!面舵いっぱーい!面舵30°!」
「い…メイちゃん、右舷魚雷発射用意、弾頭教練弾、発射雷数2、目標猿島。直接当てていいわ。」
「よっし、了解!距離…角度…速度…三角関数が……よし!照準よし!未来位置計算よし!」
「攻撃始め。」
「撃てー!」
遠距離雷撃戦を指示する。
ぶっつけ本番ではあるが、航行と攻撃を分担するミケちゃんと私。
お互いに同じ船に乗ってきた仲であり、どんな動きをするか自ずと見えてくるものだ。
『学校から連絡です!停船を呼び掛けつつ威嚇射撃、それに応じなければ足を止めて欲しいとの事です!』
「了解、ありがとね!」
「古庄教官…何が目的なのかしら……だいたい、決める気がないように見える…レーダー照準も無いわね。」
「それって、手加減してるってこと?」
「そうですね…改インディペンデンス級なら毎分22発でこの距離を誤差数メートルで撃てるはずです。」
「……誤作動で電波系が使えない?」
「それもありそうですね…もしくは今までに民間護衛艦と戦闘して壊れたとか?」
「それは無いわね。私たちにその情報が無い以上、そんな戦闘があるはずがないわ。」
「ですよね…」
『左舷に至近弾!後部甲板に浸水!』
「…傾斜し始めたわね。」
「不味い…」
「に、逃げようよ…」
「………機関いっぱい、取舵20°、右砲戦、左雷撃戦。」
「ミケちゃん?」
「回り込むよ。このままじゃあ逃げるにも逃げられない。」
「確かに、航洋艦と非装甲哨戒艦―巡回艦じゃあ巡回艦の方が速いわね…巡回艦は長距離を速く巡回しつつ抑止力になりうる艦として設計された艦。決戦艦のひとつでもある航洋艦よりも武装こそ少ないけど速度と敏捷さと居住性ではかなわないわ。」
「じゃあどうすりゃいいんだー!!」
「………魚雷を撃とう。」
「当てるのね?」
「確かに装甲が無い巡回艦を沈めずに足を止めることは今の状況では難しい。でも、実弾魚雷を横っ腹に当てれば…」
「速度は殺せる、よね?」
「うん。そもそも巡回艦の対水雷防御は薄いから。1発だけ、機関部に当てれば止められるはず。」
「いいわ。水雷指揮代わって、メイちゃん。」
「りょ、了解。」
「よし、次のタイミングね!」
「了解よ。」
「リンちゃん、おもーかーじ!」
「おもーかーじ!面舵25°!」
「魚雷発射管2番、発射雷数1、弾頭実弾、左115°。」
『了解…二番発射管、旋回完了。』
「とーりかーじ!」
「取舵20°!」
「第2魚雷発射管、攻撃始め!撃て!」
発射された魚雷はミケちゃんが反航戦に持ち込んでいたものをすれ違いざまに猿島の艦尾にぶち当てた。
「めいちゅう!」
「機関第4戦速!鳥島方面へ!」
「進路30°!」
「つぐちゃん、学校に連絡お願いするわ。緯度経度と戦闘データを送信しといてね。後で艦長が顛末書を提出するから。」
『了解です。』
「あのぉ…」
「顛末書は手伝わないわよ?ミケちゃん。」
「だよねぇ…たはは。」
「ほら、まだ気を引き締めなさい。猿島の砲の死角とはいえ何があるかわからない距離よ。」
「「「了解!」」」
☆☆☆☆☆
『それで、猿島は?』
艦長室にあるテレビ電話会議システム用のパネルに映る宗谷校長が席に座ってテレビ電話で報告しているミケちゃんに聞く。
「先程PDFで送信しました顛末書の通り…ですけど、そんな話が聞きたいわけじゃないんですよね?」
『ええ。あなた達がみて体験した勘を聞きたいのよ。』
「恐らくまた戦いになるでしょうね…」
「付け加えて私からも言わせてください。猿島からは対水上レーダー波及び火器管制レーダー波が探知出来ませんでした。何らかの不具合…もしくは使えない理由があったかと。火器管制システムが正常ならばもっと被害が大きかったと考えます。それほどまでに近かったですから……」
『そう…』
宗谷校長は意を決してといった風に顔を上げる。
『あなた達の被害は泊地修理でなんとかなるかしら?』
「吃水線より下のダメージは無くはないですけど…まあ何とかはなるでしょう。」
『そう。じゃあ後で明石と間宮に合流して、修理と補給を。何か足りないものは予め連絡した方がいいわね。』
「了解しました。」
私とミケちゃんが敬礼すると答礼を返しつつ宗谷校長は通信を切った。