こんばんわ、雪宮春夏です。
連続投稿何とか続いています。
いつまで続けられるかは不明ですけど。
それでは秘宝伝 よければ楽しんで下さい。
「……どうしたんだ?」
闇に紛れやすい暗緑色のショルダーバックを担いで現れた相棒に、セツは黙って己の対面の席を指し示した。
身振りだけで要求を察した彼は微かに吐息を零して、黙ってそこに座し、ショルダーバックから紙の束を取り出す。
「あの男が話していた、標的の詳細だ」
その一言で漸くセツも顔を上げ、相棒に向き直った。
個人的な鬱憤は直ぐさましまうその姿は、仕事に向き合う職人のようである。
手渡された紙の束をパラパラと捲りながら速読するセツに、この酒場の女主人も察しよく、無言のまま彼……嵐にお冷やのみを置いて離れていく。
(……
そこまで読み進めたところでセツはその事実に気付き、嵐に確かめる。
「嵐……この商品って、もしかしなくても……」
「人間だな。人身売買という奴だろう。しかも人物を指定して求めた時点で、相手もかなりの金を動かしたとして見て良い」
淡々と紡ぐ言葉と同様、覗くオリーブ色の瞳にも僅かな動揺も見られない。それとは逆に、聞かされるセツの表情は直ぐさま苦々しい物へと変わった。
「……胸くそ悪いわね。自分と同じ人間を金銭でやりとりだなんて、聞いているだけで頭にくるわ!」
正義感とは違うだろう。
これはセツの持つ独自な価値観によるものと言った方が正確だ。
彼女は盗賊を生業としているが、己と同じ人間を商品とすることはしない。
それは正義感よりも偏に意志と知能を持つ人間を生かしたまま連れ歩くというのがただ面倒臭いからだ。
彼女に言わせれば邪魔なものは……敵対者は、払うに限るなのである。
まぁ、それ以上に標的となった相手を生かすこと自体が苦手分野であるから、今回のように、それを実際に出来る……即ち、己の苦手としている事が出来る人間に対しては、八つ当たり的な怒りを抱いてしまうのだが。
「……それで、どうするんだい? 今からでも依頼を断るって言うんなら、私からあんた達の依頼人に連絡しておくけど」
セツ達が情報を一通り見終わる事を待っていたかのように、軽食を置きに来た女将さんが声をかけてくる。
「当然やるわよ。あとそれ入らないから」
それと、軽食を指し示しつつ、そのままセツと嵐は席を立つ。緩く一つに結ってある彼の黄緑色の髪が、たった拍子に僅かに円卓の上を撫でた。
「なんだい、忙しないねぇ。……決行は?」
軽食の小皿を二つ手で弄びながらの女将さんの言葉に、今夜と言葉を返しながら、少し前に潜ったばかりの二面扉を押し開く。
「了解。またのご贔屓に」
因みにこの酒場は、注文するという普通は当然の手順が無い。客の持つ金額を察した女将さんが、軽食やら飲み物やらを勝手に運んでくるのだ。
お冷やだけなら料金は入らないが、一度何かを口にすれば、その時点で支払い責任を課せられ始めるという、人によってはぼったくりバーと呼べる方法を採用している。
深夜二時。午前のうちに必要な装備を整え終えたセツと嵐は、しんしんと雪の降り積もる
偵察もままならない現状に、セツは覗き込んでいた望遠鏡から、傍らで、自前のノートパソコンを使ってディム・カムイの屋敷に使われている警備システム、そのデータのハッキングに勤しむ嵐に視線を移した。
今二人がいるこの宿屋は、ディム・カムイの住む本邸、そこから道路を挟んで向かい側にある。
宿泊予約をしたのは前夜、件の仲介役を殺した後、標的の詳細を調べた嵐によってだ。
この時点でかなり、セツは嵐に上げ膳据え膳……と言っても良い扱いを受けているのだが、セツ本人はそれを全く気にすることはない。
なぜならその分、これからの実行に関して、前方へ躍り出り、危険な役を熟すのはセツになると言うことが、今までの二人の共通認識だからだ。
セツは、己が荒事に秀でている分、下準備等の裏側作業が苦手であることを理解している。
だから全てにおいて、そつなく熟せる嵐を相棒に選んだと言っても良いのだ。
「本邸の敷地面積はおよそ五千坪。その中には貯水池と、広大な森がある。公に提出されている書類の中では都営で派遣されている護衛門番は十人のみだが、私設の警備員が六千。指紋認証の必要な箇所が十六。循環小型ヘリが二十……」
そこまで言い終えた嵐が、コンピューターに走らせていた手を止めた。
「三時だ」
その言葉とほぼ同じくして、嵐の身に纏う雰囲気が一段階仕事用の
「三時に護衛門番が持ち場を交代する。それに紛れて敷地内に侵入。標的のいる最上階、八十四階まで進む」
それに頷きだけでセツは返す。この場合、細かいことを彼らが詰めることは滅多にない。現場では何が起きるか分からないというのが実地で鍛え上げられてきた彼らの共通認識であり、下手に手順を決めると、万が一となった際にその場に応じての対応が難しくなるからである。
「八十三階にはディム・カムイの居室とメイン・コンピューターがある。六千人の警備員のほとんどはおそらく八十階より下にいると思って良いだろう」
「成る程ね。じゃあご丁寧に全員相手にするよりは、見つからないように八十階より上に行った方が効率は良いってこと?」
暫し無言で思案した嵐だが、コンピューターをスリープ状態にして閉じてから音も無く立ち上がった。
「……って!? ちょっとっ!!」
階下へ向かおうとする彼を、慌ててセツも追いかける。
考えに耽りながらも、時間があまりない、若しくは頭を整理するための気晴らしとして全く思考とは異なる行動をするとき、嵐が必要最低限以上に喋らなくなるのはよくあることだ。
だが……。
(こんな時までその癖、発揮しなくても良いじゃない……!!)
その後、嵐がその二者選択を決断したのは、決行前最後の食事をし終えてから、三十分後の事だった。
しとしとと、音も無く降り積もる雪を見ながら、男は白色の風景を眺めていた。
それは手持ち無沙汰で共に警備を行う相方も同様だろう。
彼らは「護衛門番」と呼ばれる警察機関の一部隊であり、れっきとした公務員であるが、この都市ではその役職はほとんど役に立たなかった。
何せこの都市に住んでいるのは方法こそは違えど皆、金に不自由のない生活を送れる一定水準以上のものばかり。
良くも悪くも実力一律で法や規則、様々なものに雁字搦めにされているお役人の配下よりも金はかかるものの実力は確かな者達を雇った方が、確実に己の身は安全だからである。
当然この屋敷の主……ディム・カムイ氏も同様に考えに行き当たり、同じように実力者を雇った。ただその規模は男が知る中でも桁違いである。
「名目上は「警備員」だが……実際どうなんだろうなぁ。まともな身の上の奴が何人いることか……」
「……おい。バカ止めとけ」
思わず愚痴るように言葉を吐き出した男に、相方が慌てて口を挟む。
「余計な事は口に出すな。私語は厳禁なんて言わなきゃいけない年じゃねぇだろ」
男にとって、相方の彼は何度もペアで仕事を任される事の多い気安い相手だ。だからこそ、この場で軽く口が開いたと言うこともあった。
「わかっているが……」
「だったら口閉じてろ。
暗に見て見ぬ振りをしろと言い聞かせる対応は、この街では正しいことだった。
未だ納得のいかない男の若さを笑った相方は、ザクザクと雪を踏みしめる足音を聞いて、視線を手元の時計に向けた。
見ると丁度交代時間である三時を回るところだった。
交代の時間かと、何事もなく終わりそうな今日の仕事に、安堵の息を零した俺を認めたのだろう、相方もお疲れと労うように肩を叩いてくる。
帰ったら体の温まる飲み物でも作ろうかと、思考を遊ばせながら、取り決められている合図のリズム音が門から伝わるのを確認して、正門のロックを外す。
その直後、体に感じた痛みと共に、男は意識を失った。
瞬く間に懐へと入った嵐から、鳩尾に一発の拳を受けた護衛門番の一人は、見事に泡を吹いている。
同じく正門の警備に当たっていたのだろう相手を締め落としたセツも、既に行動に移している嵐同様、直ぐさま正門近くの茂みの中に、その相手を拘束して転がした。
その際、彼らの身につけていた通信機器は全て奪いはしたものの、身ぐるみを剥がさなかったのはせめてもの情けと言うものだ。
「それにしても、やけに静かね……六千人もいるんだから、野外にも相当数、警備員とやらは居るかと思ったんだけど」
見渡す限り一面の銀景色……足跡さえ自分達以外は今し方の二人分しかいない光景に、好都合とは言え、不可解と言うように、セツは皮肉交じりに吐き出した。
「警備員はディム・カムイが、あくまで私的に集めた集団。それに対して、護衛門番は都市が派遣した公務員だからな。連携が取れていないと言うことだろう」
警戒を緩めないまま答える嵐の顔は、心なしか僅かに口元がほころんでいるように見える。
最もそれは、喜びよりも嘲りに近いのだろうが、どちらにしろ、こちらとしては好都合であることには変わりは無い。
「さて、門を通るところまでは成功だけど……これからどうするの? ご丁寧に屋敷に入って、そのままバカ正直に警備員の方々とご対面は流石にごめんなんだけど?」
「……当たり前だろう」
明らかに調子に乗りつつあるセツを一瞥でたしなめながら、嵐は懐から
「……って、これ使うの? こんな季節に?」
それを視認したセツが思わず頬を引き攣らせたそれは、「超小型の酸素ボンベ」だった。
「出来ないのか」
言葉に詰まらせたセツに問いかける嵐の声には抑揚がない。
感情を表に出さない彼には珍しいことでほないが、今回セツには副音声によって「そんなことが」と続けられた気がした。
「出来るわよ!!」
反射的に叫んだセツだが、後悔するつもりは毛頭無い。
生来から負けず嫌いの気は有るが、こと眼前にいる相棒の嵐に対しては、負けられないという、対等でいたいという矜持があるためだ。
それでもこう言うときはいつも、思考の片隅で思うように転がされている己を自覚せざるを負えないのだが。
「なら行くぞ。支度しろ」
そう呟きつつ、嵐が再び懐から取り出したのは高出力を誇るスタンガンで。
それをポイと、屋敷に並列するように流れる水路の中に放り投げた。
バチリと、鋭い音が立ったことだけで、その威力たるは十分だっただろう。
昔に書いた物のせいか、今見ると色々と説明が抜けている箇所も多くあります。
それを直しながら辻褄が合うように……。
これ、単に書くだけの方が簡単なのかなぁと考えてしまうこの頃です。