Reincarnation of Z   作:秋月 皐

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誤字脱字の指摘や感想等大歓迎です。
一言でも感想を貰えれば泣いて喜びます。
拙い文章ではあるかと思いますが、よろしくお願いします。


U.C.0084 - 残党狩り
目覚め


 深夜、くたびれ果てた男性は白い溜息を吐きながら、自宅への帰路を辿っていた。

 

「疲れた」

 

 無意識に呟いた言葉に気づくと、自分に嫌気が差して、更に溜息を重ねる。

「溜息を吐いていると幸運が逃げる」と姉が口煩く言っていたが、自分の幸運は既に尽きている物だと割り切っていた。けれどそのような言葉が思い浮かぶのは、姉に対する劣等感からだろうか。

 やっとの思いで自宅のマンションに辿り着く。

 

 いつも通りにエレベーターのボタンを押した所で、扉の張り紙の存在に気づいた。

「しまった、昨日から点検だったか」思い浮かべるも、言葉にする気力すら沸かない。

 我が家に辿り着く為に、階段を使う必要があるが、我が家は三階にある。その程度であれば、まだ歩く事ができるはずだ。

 疲れきった身体に鞭を打ち、我が家で待つ冷たいベッドの為に、歩みを始めた。

 

 一歩、二歩、ゆっくりと階段を登っていく。一度目の踊り場に出た所で、再び溜息を吐き出す。大学生の頃にやった富士山登りよりも、辛く感じたのは、共に歩んでくれた友達が、居ないからだろうか。無い物をねだった所で、友人が現れる筈も無い。

 あいつは今頃、暖かな布団で眠っているんだろうか? 脳裏にはあいつの笑顔が浮かんできた。

 

 大学生の頃はこんな仕事につくだなんて、微塵も思っていなかった。そこそこ名のある大学を出た自分に待ち構えていたのは上司からのパワハラは当たり前、残業したって給料は出ない。有給休暇であるにも関わらず、会社に出社してはタイムカードを押さずに働かされる。もはや、企業とすら呼べない奴隷施設だ。

 考えれば考える程に涙が出てくる。けれど、泣いたって明日はやってくる。明日の為にも、今は休まなければ。

 

「しまっ――」

 

 休む事だけを考えていたせいか、一瞬だが目の前が暗転してしまう。目をつむっていると気付いた時にはもう遅く、階段からは足を踏み外し、ただ重力にしたがって転げ落ちる。階段に全身が打ち付けられる度に、ほんの僅かに残っていた幸運を、さっきの溜息で逃してしまったと悔いる。

 この世の中で、何かやるべき使命があった筈なのに、それさえも見つけられずに、命が尽きてしまう。

 

 あぁ、こんな最後は嫌だ。

 

******

 

 声が、聞こえる。俺を呼ぶ声が、聞こえてくる。

 暖かく優しげな声が、微かだが、確かに聞こえる。

 

「誰だ、俺を呼ぶ声は!」

 

 大きな声を上げてみるが、返事は無い。

 身体に違和感を感じる。階段から転げ落ちた筈なのに、痛みが無い。残業で体力は枯れていた筈なのに、普段通りに身体が動く。むしろ、心地良いぐらいだ。

 

 天に登ると言うのは、こういう感覚なのかもしれない。

 けれど何故か胸の鼓動は高鳴り、生命の力を感じさせる。

 この声が原因なんだろうか? 耳を澄ませ、声を聞こうと集中してみる。

 

「あなたにはまだ、やらなければならない事があるのでしょう」

 

 聞こえた。女性の声だが、聞き覚えの無い声だ。

 自分がやらなければならない事なんて、親の老後の面倒を見るぐらいだ。嫁もおらず、子も居ない自分にはやらなければならない事なんて……。

 

「きっと、あなたなら出来るわ」

 

 途端に声が遠のいていく。

 

「待てっ! なんだ、俺がやらなくちゃならない事ってさ!」

 

 声を荒げ呼び止めようとする。けれど声はどんどん遠のき、暫くもしない内に声は聞こえなくなってしまった。

 青に染まっていた世界が、ゆっくりと黒く塗りつぶされていく……。

 

******

 

[0084年5月 ハミルトン基地]

 

 ピピピピッ、ピピピピッ。朝を知らせる電子的なアラームの音が鳴り響く。耳障りな音を止めようと布団から手を伸ばし、スイッチを切る。

 

 目元を擦り、布団から出て靴を履く。思いっきり身体を伸ばし、顔を洗おうと洗面所へ向かう。両手に冷えた水を溜めると、顔にかけた。

 

 冷たい水に意識が叩き起こされ、眠気が消えていく。外からは小鳥のさえずりが聞こえてきた。気持ちの良い、いい朝だ。

 

 途端に違和感を感じた。先程まで、当たり前の用に使っていたが自宅の洗面所は、オートマチックで水が流れてくる、ハイテクな物では無かった。

 よくよく考えてみれば、自宅で靴を履いているのもおかしい。これではまるで海外のようでは無いか。

 水に濡れた顔をタオルで拭き、辺りを見渡せば『知らない筈なのに知っている』自分の部屋が目の前に広がっていた。

 

 いや、違う。ここは自分の部屋ではあるが、そうではない。『地球連邦軍の部屋』だ。頭が混乱する。意味が分からない。理解出来ない。

 何故、自分が今いる部屋が地球連邦軍の部屋だと分かった? そもそも地球連邦軍ってなんだ。

 

「地球連邦軍って、まるでガンダムじゃない……か……」

 

 自分の置かれている状況に理解が出来た。けれど信じる事は出来ない。

 急いでクローゼットを開けたが、ハンガーに掛かっている服は、地球連邦軍の制服と、フライトジャケットだった。次にデスクの上に置かれたコンピュータを見る。自宅で使っていたパソコンとは、似ても似つかない代物だ。

 

 脳に浮かんでくる手順通りに起動させてみると、地球連邦軍のデータベースにアクセスする事が出来た。

 

 いくつもあるファイルの中に、気になるファイルを見つけた。モビルスーツと書かれたファイルだ。動悸を感じながらもマウスを操作し、ファイルを開く。

 ジオン軍と連邦軍に分かれてファイルが存在していたので、連邦軍のファイルを開く。いくつものアルファベットと数字の羅列、つまりは型式番号が表示されている。

 試しにRGM-79Cと書かれたファイルを開いてみる。

 

 ジム改と表示されたファイルには機体のスペックからパイロット達の評判、それに配備状況等を簡単に纏めた物が書かれていた。

 

「小隊配備中……?」

 

 ジム改と言えば、確か一年戦争の後に配備されていた機体の筈だ。ガンダム好きの友人が、誇るような顔で話していたのが思い浮かぶ。

 それと同時に確信した。が、念のために自分の頬を抓る。痛い、当たり前だ。けれどようやく確信を得た。

 

「やっぱりなのか……!」

 

 コンピュータの横に置かれたデジタル時計を見ればU.C.(ユニバーサル・センチュリー)0084年5月15日と表記されている。間違い無いらしい。自分は今、ガンダムの世界に居る。

 

 クローゼットの中を再び確認すると、モビルスーツパイロットにのみ支給されるバッジが、フライトジャケットには縫い付けられていた。これも自分の物だ。

 自分がモビルスーツのパイロットという、夢にも見た現実に身体を震わせる。

 

 喜びのあまりに声を上げようとした途端、電話機から電子音が鳴った。恐る恐る受話器を取り、耳へと当て、声を出す。

 

「はい」

 

 少し上ずったような声になってしまったが、相手が気にしないでくれる事を願うしかない。

 

「少尉、すぐに司令室に出頭したまえ。良い知らせがあるぞ」

 

 電話の相手は少し落ち着いた雰囲気のある男性だ。声の質からしてそこそこに年を取っている相手だろう。そして自分の事を少尉と言った事から、少なくとも目上の相手である事は直感で理解が出来る。

 だが、どう返した物か。ガンダムのアニメを最後に見たのは、高校生の頃だ。体感では、かなり昔の事に思える。

 

 記憶の奥底から、ガンダムでの会話と一般的な軍隊での会話や、普段使っている仕事場での会話から話し方を組み立てようと、注意する。不敬で銃殺なんてされたら、堪ったものではない。それに、相手方の言う良い知らせと言う物にも、興味を引かれた。

 

「良い知らせ、でありますか?」

「あぁ、そうだ。すぐに来たまえ」

「はっ、了解であります」

 

 カチャリと電話の切れた音が鳴る。受話器を元の位置に戻すと、どうやら無礼な態度は取らなかったようだと一安心する。

 聞き返したら勿体ぶられた辺り、かなり良い知らせのようだ。この世界に来て早々に昇進だろうか? だとしたら無神論者だったが、考えを改めねばならない。

 

 思考に一区切りつけると、クローゼットから、一般的な連邦軍の制服を手に取る。襟元に少尉の階級章がつけられているのを見れば、自然と口元に笑みが浮かんでいた。大急ぎで寝間着から着替え、洗面所へ向かうと髪型を軽く整えてから、部屋を後にした。

 

******

 

「マサシ・クラノ少尉、ジャブローから直々の転属命令だ」

 

 記憶を頼りに司令室へ辿り着くと、先程の電話で聞いた声と全く同じ声の男性が、神妙な面持ちで――けれど、どこか嬉しそうに――話した。

 ジャブローと言えば地球連邦軍の心臓部、総司令部が存在する場所だ。そんな場所から直々の転属命令だ。司令官殿の表情からして、悪い知らせでは無いだろう。

 

「転属でありますか? しかもジャブローから……。何処の部隊への転属でしょうか」

 

 確認を取るように聞き返と、司令官殿は待ってましたと言わんばかりの雰囲気を醸し出すが、軍人らしく落ち着いた口調で話し始めた。

 

「クラノ少尉、貴官はティターンズへの入隊を許可された」

 

 意気揚々と話す司令官をよそに、私は絶望していた。

 ティターンズへ入隊だって? 冗談じゃない。ティターンズと言えば、毒ガスでコロニーを壊滅させて、機動戦士Zガンダムでエウーゴにコテンパンにやられた悪役組織じゃないか。何故そのような凶報を喜々として話すんだ。この基地を去って欲しいと願われるようなミスを自分はしたのだろうか?

 思考が巡り、回る。取り乱してしまっているが、状況の整理を行わなくちゃならない。

 

「どうした、少尉?」

 

 仮にも今は司令官殿の前だ。泣き出したくなる気持ちもあるが、なんとか押さえ込め。心の中で自分に言い聞かせると、なんとか落ち着きを取り戻せた。

 

「いえ、自分がティターンズへ入隊するのですか?」

「ティターンズと言えば、連邦軍の中でも選りすぐりのエリートだけが入隊を許可される部隊だ。自分の部下から、ティターンズ入隊者が出てくれて私も鼻が高い」

 

 司令官はそう言いながら、書類を纏めたファイルを手渡してくる。ファイルを受け取った所で、ようやく納得が行った。

 時計で見た今の年は84年だ。一年戦争が終結してから僅か4年しか経っていない。この時期のティターンズと言えば、デラーズ紛争後に設立された、正真正銘、連邦軍のエリート部隊だ。部下が栄転する事を喜ばない上司は山ほど居るが、どうやらこの人はそういうタイプの人では無く、自分の部下の栄転を素直に喜べる人のようだ。きっと良い人なんだろう。

 

「光栄であります。マサシ・クラノ少尉、ジャブローからの転属命令、確かに受けました」

「うむ、ティターンズでの貴官の活躍を期待する」

 

 ファイルを受け取ると、軍人らしく敬礼をしてみせる。敬礼の仕方に問題は無かったようだ。

 

「では、失礼します」

 

 回れ右をして、そのまま司令室を後にした。機械の自動ドアが締まると、緊張から開放され溜息を吐きそうになったが、喉元で止めた。

 

「運が良いのか、悪いのか……」

 

 脇に抱えたファイルを両手で持ち、恨めしく睨む。

 ファイルには、鷹をモチーフにしたティターンズのエンブレムが描かれていて、室内灯の明かりがエンブレムに反射し、煌めいて見えた。


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