[0084年 6月17日 ロンドン基地]
サウサンプトン基地をジオン軍残党が襲撃して、初めての実戦を経験して以来、基地の中で身体を鍛えるか、シミュレーターで訓練をするか。あるいは今そうしているように、モーションパターンの作成に勤しむぐらいしか、やることがなかった。
暇を持て余していたクラノの元をレイエスが訪れたのは、彼を昼食に誘うためだった。時計を見て、昼を過ぎていたことに若干の驚きを覚えながらも、誘いに応えて士官食堂へと二人で向かう。
「モーションパターンですか?」
「それぐらいしか、やることが無いからな」
機械工学に関する知識は皆無に近いはずのクラノだったが、自分でも驚くほどに教本に書かれている内容を飲み込むことができたので、モーションパターンの作成に力を入れていた。
アッガイとの戦闘で咄嗟にモーションを作成して、サーベルを頭部に突き刺したが、グリップから手を離すのは非常に危険な行為だ。
あらかじめモーションパターンを作成しておけば、作成した分だけ緊急時の状況に対応しやすくなる。これから起きる戦争で生き残るためには、身体や技術を鍛えるだけでは足りていないのだ。
「今度、僕の作ったモーションも見てくれませんか?」
「俺の方からお願いしたいぐらいさ、是非頼むよ」
他の人が作ったモーションパターンを交換しあう交換会が開かれるぐらいに、パイロットからは重要視されていた。
伝説のニュータイプであるアムロ・レイも部屋に籠もって大量のモーションパターンを作成していたのだと言う。
士官食堂の列に並んで食事を受け取り、席を探しているとラダーが食事をしているのが見えた。隣には基地司令官の姿も見える。
「隊長、お邪魔してもよろしいでしょうか?」
声をかけると快諾されて、ラダーの隣にクラノとレイエスが座ると、入れ替わるかのように基地司令官が席を外した。
ハンバーグと蒸したにんじん、ポテトサラダにフランスパンとブルーベリージャム、それとジャブロー産のコーヒー。ほとんど毎日食べるロンドン基地のランチセットはティターンズに用意された特別なものだ。ひとつ上の待遇を与えることで、ティターンズに入隊するために一般兵が奮起することを狙っていると言うが、実際は僻まれることが大半だった。
周囲の視線を気にもとめず、フォークでにんじんを刺して口へと放り込むと、ほくほくとほぐれるにんじんはほんのりと甘い味がした。
「二人とも、かなり成長しているじゃないか」
食事の最中にラダーが話を切り出す。
確かにシミュレーターの成績は上がっている。着任当初は最高で十三機撃破だったのが、二十四機まで撃破できるようになっていた。
実戦と訓練は違うと言うが、訓練を実戦のように行うことで、技量が上がっていることを実感できた。自信は実戦における最強の武器と言ってもいいだろう。もちろん、過信も禁物ではあるが。
「レイエス少尉はオーガスタ上がりだったな?」
食事の手を止めたレイエスが「えぇ、そうですが?」と言葉を返す。
「オーガスタがニュータイプの研究をしていると言う話を耳にしたんだが、どうなんだ?」
「自分もその噂話を聞いたことはありますが、しょせんは噂話ですよ。訓練は他の所より厳しいらしいですけど、慣れてしまえば苦ではありません」
クラノは横目で見るレイエスの瞳が一瞬陰ったようにみえた。
「クラノ少尉の所属していたハミルトン基地にも似たような噂が立っていたな」
話を振られて少し驚く。そんな噂話は全く聞いた事が無かった。
「ふむ、どこにでも立つ噂話だったか」
「突然どうしたんですか?」
不思議に思っていたけれど、口には出さなかったことをレイエスが平然と尋ねる。
「お前達がニュータイプだったら、俺が楽できるだろう?」
「だったら、良かったんですけどね」
全くだ。しかし、生まれ変わったらニュータイプ! なんて夢物語はない。レイエスも、時々凄まじい反応を見せることがあるが、ニュータイプと呼ぶにはほど遠い。
実際にニュータイプを見てみたい気もするが、そうそうお目にかかれるものでもないだろう。自分がニュータイプだったら、なんてことは考えるだけ無駄だろう。
「食事を終えたら第三ブリーフィングルームに来い」
一足先に食事を終えたラダーが、食器を返しに向かう前に言った。予定では訓練をする筈で、作戦があるわけでは無かった筈だ。疑問に思いながらも食事を終えて、レイエスと共に第三ブリーフィングルームへと向かう。
ブリーフィングルームには、ラダー隊長の他に連邦軍の標準的なフライトジャケットを着た男が二人いた。
「ミデアパイロットのケースとジュリアスだ。次の作戦から俺たちを運ぶ〝足〟となってくれる」
二人のミデアパイロットと挨拶を交わしながら席に着くと、ラダーがブリーフィングモニターをつけた。
「サウサンプトン基地襲撃の際に、強奪された物資の中に仕込んだ発信器から、ジオン軍残党の拠点である、フェロー諸島基地の詳細が明らかとなった」
フェロー諸島に属する島のひとつであるノルソイ島がモニターに拡大表示されて、島の端に赤いバツ印がつけられる。
「俺たちは基地の戦力を確認する為に、水陸両用モビルスーツで威力偵察を行う。先ほども説明したとおり、敵基地まではミデアで輸送して貰うこととなる。予定降下ポイントに到着次第ミデアから降下、基地に攻撃を仕掛けてしばらくの間交戦し、敵の戦力を確認したのちに撤退する。ここまででなにか質問はあるか?」
レイエスが右手を挙げた。
「威力偵察とは言いますが、壊滅させるのが我々ティターンズの役割ではないですか」
「そう言うな。もやしのような残党共の隠れ家とは言え、基地は基地だ。叩くのならより大きな戦力で確実に叩かねばな」
納得した様子のレイエスが手を下げる。
他に質問がないかをラダーが確認したあと、出撃は明日の昼十一時であることと、今日の訓練は中止して、各自、搭乗機体のチェックと慣らしをしておくようにと伝えた。
解散して、格納庫へと向かうと紺色に塗装されたモビルスーツが三機。右端と左端には水中仕様のザクが、中央には水中仕様のガンダムが並べられていた。
「ガンダムじゃないですか!」
レイエスが歓喜の声を漏らす。シミュレーターがバグを起こしていると言わせるほどの実力を持つガンダムは、連邦兵なら誰もが憧れる。水中型とはいえ、ガンダムはガンダムだ。
そんなガンダムの両隣にザクが並んでいる光景は、異様だった。
「隊長が乗るんだろう。俺たちはザクだな」
「ティターンズの隊長にもなればガンダムにも乗せて貰えるってことですかね」
昇降機を使い、ザクのコクピットに座る。ジオンのコクピットを連邦軍の共通規格に改修した物だからか、コクピットは少しだけ狭く感じた。
規定の手順に従い、機体を立ち上げる。機体各部の動作チェックも行ったが、問題はないように思えた。ジム改に比べてやはり反応が鈍く感じてしまうが、水中の機動力では水中型ザクの方が勝るのだろう。
一通り動かして、問題がないことをチェックすると、コクピットから降りる。水中戦シミュレーション訓練も十分に受けている。明日の実戦でも問題なく戦える筈だ。
作戦まで十分に身体を休めるため、部屋に戻って布団の中に入り、部屋の電気を消してからクラノは眠りについた。
一週間空きました、申し訳ありません。
今月17日にROZが日間ランキングの2位にランクインしていました。
ここまで書けていて、かつランキングにまで掲載されたのは他の誰でも無く、ROZを読んでくださるあなたのおかげです。
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これからもどうか、応援をよろしくお願いします。