「信号弾……!?」
アッガイの腕を吹き飛ばしたクラノは、レイエスと共に、コンテナの陰に隠れたアッガイの様子をうかがっていた。
上空で言われていた通り、ミノフスキー粒子の影響を受けたレーダーはノイズだらけで、まともに機能していない。メインモニターに映る外の様子は、濃霧のせいで制限されている。
気がつけば隊長機とはぐれてしまったようで、姿を確認できないが、交戦音が聞こえていることから、他の敵と戦っているのだろうことは分かるが、打ち上げられた信号弾に呼び出されて、敵の別働隊が現れる可能性があった。
なんとか隊長機と合流したいが、目の前のアッガイを放置しておくわけにはいかないし、かと言って、レイエス機と離れるわけにはいかなかった。どうにかして、レイエスと共にアッガイを、なるべく早く撃破する必要があった。
レイエスもそのことが分かっているのかクラノ機の背中を守るようにして、警戒をしていた。ミサイルランチャーの直撃を受けたシールドは半壊しているが、まだ使い物になりそうだ。
クラノはレイエスに左右から挟み込む、お前は左から回り込めと、モビルスーツでハンドサインを送る。
「了解しました、クラノ少尉……!」
軽微とは言え損傷したレイエス機を、敵の左側へと回り込ませるのと同時に、クラノも敵の右側へと機体を進める。
シールドを構えながら、ゆっくりとコンテナの裏へ回り込んだ時、スラスターを全開にしたアッガイがクラノ機に向かって、勢いよく突っ込んだ。
「ぐぅっ、こいつ!」
ぶつかった衝撃で機体が大きく揺らされて、同時にコクピットの中でクラノの頭がシートに押しつけられる。下半身に血が集まり、頭から血が抜けてしまう。パイロットスーツが下半身を空気で圧迫して、意識が飛んでしまうのを防いでいた。
「坊ちゃんがくるまで、持たせなくちゃな!」
スラスターの勢いが強まり、アッガイは更に加速をかけて、ジム改をコンテナの壁に叩きつけようようとする。
「クラノ少尉!」
叫ぶのと同時にライフルのトリガーを引いた。
巨体であるアッガイが直線移動をしていれば、当てる事は容易だ。
いくつかの弾丸がアッガイに命中して、その内の一発がアッガイのバックパックに直撃した。
「スラスターに当てるパイロットが!」
「ひっつくなっ!」
頭部バルカンをアッガイに撃ち込みながら、正面のコンソールでビームサーベルのコマンドを切り替えて、右中指のボタンを叩き、ジムの左腕でビームサーベルを引き抜く。手首を回転させて、発振機の口をアッガイの頭部に押しつけると、ピンク色のビームの刃を伸ばして突き刺した。
「カメラが、なっ!?」
突き刺さったビームサーベルの先端がコクピットに到達して、パイロットごとを焼いた。
「機体が爆発する!?」
ビームサーベルをオフにしながら、ペダルを踏み込む。スラスターのスロットルを限界まで上げて、一気に飛び上がり、アッガイから離れる。暫くすると、後方でアッガイが大きな音と共に爆発した。
「ビームサーベルは、空いている手で使えると便利なんだな」
刀身の伸びていないサーベルを左肩のラッチに戻しながら、初めて撃破した敵の残骸を見つめる。火を帯びたアッガイの欠片から、魂が天へ還るかのように、黒い煙が立ち上っていた。
「やばっ!」
突然、レイエスの機体がいた場所に黄色のビームが飛ぶ。回避が一瞬でも遅れていたら彼は死んでいた。戦闘が終わったわけではないことを失念していたクラノは、ビームが飛んできた方向にシールドを構える。
濃い霧を裂くようにして、ゴリラのような紫の巨体が姿を現した。
「ロックオンしていないビームを避けるパイロットが、まだ連邦にいたとはなぁ?」
「なんだ、あの機体は」
薄紫色のずんぐりとした機体を見るなり、クラノは驚愕した。モビルスーツに搭載されたオペレーションシステムは、敵機を自動で識別して、緑色のターゲットマーカーをメインモニターへと映し出した。ターゲットマーカーの横には敵機体の型番と、ジュリックという機体名が表示されていた。
「ジュリック……? ゴッグとは似ているが、違うか」
ジュリックのすぐ隣に居た茶色の機体、ゴッグとは似ても似つかないその姿に、少しの動揺を覚えた。が、それは同時に、クラノの希望にもなった。
「知らないモビルスーツが存在する。なら、ティターンズが勝つ可能性だって!」
敵をロックオンすると、ターゲットマーカーが赤色に変わる。
操縦桿につけられたトリガーを親指で力強く押し込む。ライフルから90ミリの弾丸が発射されてジュリックへと飛んでいくが、分厚い曲面の装甲で弾かれた。
連射は止まらない。二発目三発目と、連続で装甲に弾丸が突き立てられては弾かれた。
「ライフルが弾かれた!?」
重モビルスーツであるドムの装甲さえも貫通する弾が、敵の装甲で弾かれてしまっては、ダメージを与える手段が限られてしまう。残っている手と言えば、至近距離で撃ち込むか、あるいはビームサーベルで切るか。どちらにしても、敵に近づく必要がある。
「きさまが、アンドレイをやったのか!」
ジュリックを操縦しているカリートは、散らばるアッガイの残骸に涙した。
あまり見かけない形のジムではあったが、ティターンズカラーである以上、敵であることは間違いなかった。
敵からのロックオンと攻撃のアラートが鳴り響くコクピットの中で、装甲が弾を弾く音を聞きながらトリガーを引く。
腹部に搭載されたメガ粒子砲に黄色い光が集束し始める。
「撃たせはしない!」
スラスターを噴かせて、ジュリックの懐へと飛び込む。右腕で持ったビームサーベルで斬りかかろうとした瞬間、ゴッグのアイアンネイルがビームサーベルとつばぜり合った。
「中尉どのに怪我をさせるわけにはいかんのでな」
「超硬質合金製だからって、切れないと思うなよ!」
硬い爪を切り裂こうと、レイエスはトリガーに力を込める。アイアンネイルが中々切れないと判断すると、同時に頭部のバルカンを至近距離で撃ち込んだ。普段なら弾かれるであろう弾も接近した状態では、ゴッグの装甲といえども防ぎきることはできない。弾丸が次々に装甲を貫いていく。
「ケードル、そいつは任せた。私はアンドレイをやった奴を叩く」
斬りかかってきたレイエス機を無視して、クラノのジム改を中心に、回るようにしながら距離を詰める。
「シミュレーションは十分に積んであるのに、追いつけないのか!」
巨体に似つかわしくない高い機動力を見せるジュリックに、クラノは翻弄されていた。
なんとか必死に食らいついて、ライフルを連射し続けるが、有効弾は与えられていない。
「内蔵兵器が連邦だけの物だと思うな!」
頭部バルカンを撃ち込むレイエスの機体に、ゴッグの腹部メガ粒子砲が光りだす。
「くっそっ!」
慌てて避けようとスラスターを噴かせて飛び上がるが、放たれたメガ粒子にジムの下半身が撃ち抜かれた。
「レイエス!」
「よそ見をしている場合かねぇ!」
ジュリックの丸く太い腕がクラノ機のシールドを突き破って、左肩に刺さる。反撃をしようと、損傷した左腕で再びビームサーベルを引き抜こうとするが、サーベルを上手く握ることができずに落としてしまう。
「早い!?」
「死ねよ、ティターンズ!」
ジュリックが再びアイアンネイルでジムを貫こうとした時、ピンク色のビームがジュリックの足下に着弾した。
「俺の部下を可愛がってくれたみだいだな」
ベースジャバーに乗り、二機の無人操縦されたベースジャバーを従えたラダーのクゥエルがジュリックとゴッグに向かってライフルと、ベースジャバー達が追従するようにメガ粒子砲を撃っていた。
「ちっ、目的は達成した筈だ。撤退するぞ、ケードル!」
下半身を損傷したレイエスのジムが、空になった頭部バルカンをゴッグに撃ち続ける。
哀れな姿を見下すようなゴッグは踵を返すと、ジュリックと共に霧の中へと消えて行った。
「遅くなってしまって悪かったな」
通信の制限を解除すると、ラダー隊長のコクピット内の様子がメインモニター右上のサブモニターに表示された。一人でアッガイ二機を相手にしていたようだが、クゥエルに損傷らしい損傷を見受けられない
「いえ。隊長こそ、よくご無事で」
「申し訳ありません隊長。足をやられてしまいました」
左上のサブモニターに、機体が大きく損傷しているせいか、レイエスの苦い顔がノイズ混じりに映る。初出撃で足を切られたことに対する悔しさもあるが、この基地で友軍機に遭遇していないことを気にしているように思えた。
「俺に謝るぐらいなら、整備班にワインの一本でも持って行くことだ」
「隊長、生存者の捜索をしてもいいでしょうか」
今すぐにでも友人を探しに行きたいであろうレイエスの代わりに言うと、隊長の表情が険しい物になった。
「許可する。が、レイエスは機体から降りろ」
「了解、しました……」
レイエスの声が震えているのがモニターを通しても分かる。モビルスーツのコクピットハッチが開き、レイエスは機体から降りた。
「先ほど見つけた車両まで運んでやる。車両に乗ったらお前達は司令部を捜索しろ」
レイエスがクゥエルの手に乗り、コンテナ近くにあった車両まで運ばれる。
「なんですか、これ。車両……?」
運ばれた先にあったのは、前半分がバイクで、後ろ半分に履帯のついた荷台が繋がったような、奇妙な形の車両だった。
「使えそうか?」
「鍵はついています」
地球儀のストラップがついた鍵を回すと、一発でエンジンが掛かった。見た目も比較的新しい物に見える。レイエスが乗り込むと、奇妙な形の車両は動き出した。
ラダーの指示通り、レイエスとクラノは崩れた基地司令部へと向かう。
左の操縦桿のボタンを叩いて、ジムのレーダーを対人レーダーに切り替えて、捜索を開始するが、レーダーではレイエス以外の生体反応を捉えることはできなかった。
「誰か、生き残っている人はいないんですか!」
大声でレイエスが叫んだが、帰ってきたのは瓦礫となった司令部が崩れる音だけだった。
「誰かがいます!」
崩れた瓦礫の陰に、人の腕をジムのカメラでも捉えた。しかし、それはすでに死んだ人の腕だった。
「よせ、レイエス。もう亡くなっている」
外部スピーカーで語りかけながら、右腕で制止すると、二人は死体から目を背けるようにして俯いた。
「戦争はもう終わったのに、なんで人が死ななくちゃならないんですか」
呟いた彼の声をヘルメットのマイクが拾い、クラノの耳に届けた。
それから暫く捜索を続けたが、誰一人として生存者を見つけることはできなかった。司令部を捜索している間に、隊長は港や格納庫を捜索したようだが、前者は海中に、後者は誘爆を起こしたようで、死体一つさえ見つけることができなかったと言う。
大破したレイエスのジム改の回収班が到着した所で捜索班に後の捜索が引き継がれることになった。
「クラノ、レイエスをベースジャバーに乗せてやれ」
「了解しました」
右の操縦桿についてあるトリガーカバーを閉じて、非戦闘モードに切り替える。正面のコンソールを弄って挙動をセッティングすると、ジムの右手が車両を適切な強さで摘まんで、ベースジャバーの上に載せた。
車両を降りたレイエスはベースジャバーのコクピットへと乗り込んで、ラダー小隊はベースジャバーでロンドン基地へと飛び立った。
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