まちがいさがし。 作:うさぎ餅
「さぁて、さっきと何処が違うでしょーかっ」
現在は授業中である。
なのにこの隣の女子ときたら、頻りにこの手の遊びを仕掛けてくる。
小学生なら分かる。中学生までならギリギリ理解可能かもしれない。
しかし、だ。
「──高校二年生にもなって、そんなことして楽しいの?」
冷めた目で彼女を見るが、その顔は満面の笑みだ。ショートカットの割に長めの前髪をピンで留めた額は丸出しで、そこに「にく」という文字を貼り付けてニコニコと笑っている。
普通にしてりゃ可愛い部類なのに。まったくもって残念である。
「はぁ……おでこ、か」
「おっ、当たりー!」
ぱちぱちぱちと小さく手を叩いて、彼女は楽し気な笑いを浮かべる。
「でも、ちょっと味気ないなぁ。もっとこう、じっくりと
阿保か。今の俺にそんな余裕は無いから。
この期末試験でもし赤点があったら夏休みの補講があるんだぞ。
いや、既に中間試験の時点で赤点は二教科。補講追試はほぼ確定だ。
「じゃあ、佐伯。この問題やってみろ」
教壇からの声に慌てた隣の彼女は、急いでピンを外して前髪を垂らして教科書を捲る。
それから0.5秒後。
彼女は見事に正解を答え、難を逃れた。
「ふぃー、危ない危ない」
手の甲で額を拭う仕草をした拍子に、額の「にく」の文字がチラリと見えた。
……なんでこんな奴が学年三位の成績なんだろう。
世の中、不公平だ。
☆
昼休み。
友達が少ない(いないとは言っていない)俺は、昼飯のパンを持って屋上へと避難するのが通例だ。
梅雨明け間近。照りつける太陽は容赦が無い。屋上には遮蔽物は無く、まるでオーブントースターの中にいる様な気分だ。
暑い。喉が渇く。
そのせいでパンよりも先に飲み物が無くなってしまった。
残ったパンをじっと見つめる。あと三回ほど咀嚼すれば食べ終えられる量だ。
しかし口内の水分が瞬く間に失われることは確実。
はて、どうしたものかと思案していると、屋上の鉄扉が音を立てて開いた。
「あっ、間に合ったー」
ちっ、間に合わなかったか。こいつが来る前に立ち去りたかった。
だばだばと上履きを鳴らして走ってくるのは、隣の席の彼女だ。こいつは友人たちと昼食を食べた後、かなりの頻度で屋上に来るのだ。
大概はその前に隠れるか逃げるかして難を逃れるのだけれど、今日は間に合わなかった。
「ほいっ」
彼女が放り投げてきたのはペットボトルか。突然の事に二、三回お手玉しつつキャッチする。
ラベルを見ると、超有名な炭酸飲料だった。
「購買の自販機で当たっちゃったから、お裾分け」
ほーん、すげぇすげぇ。てか、頭が良いだけじゃなくてクジ運も良いのか。ますます不公平だ。
俺が最後に当たりが出たのは中学三年の冬、駅のホームの自販機での事だ。
その時は二本も要らなかったから、適当に温かい飲み物を選んでベンチに腰掛ける人の横に置いてきてしまった。
「さ。ささ、ダンナ。ぐいっと。ほら、ぐいっといっちゃってくだせぇ」
何処で覚えたのか古めかしい言い回しでコーラを勧めてくる笑顔の彼女。その額には既に「にく」の文字は無い。
しかし生憎だが、俺は他人から物を貰うという経験に乏しく、どの程度のお礼を述べて良いものかが分からない。だが物を頂いたからには、せめてお礼を述べてから開封しないと失礼なのは重々承知である。
したがって、すごく困る。
「ほらほら、冷めないうちに、ぐいっと」
冷めるも何も、まだキンキンに冷えている。
「い、いただき、ます」
たどたどしい口調と共に頭を下げ、コーラのキャップを捻る。
ぱきしゅっ。
開封音と共に泡が弾ける音が聞こえてくる。
そしてその泡は瞬く間に溢れて。
「──あ」
俺のズボンにたぱたぱと垂れた。
こいつ、やりやがったな。
彼女をじっと睨むと、慌ただしく自身のポケットを探っていた。
「ご、ごめ、ちが、あの……」
彼女は涙目でポケットを探り続ける。俺は、その様子を茫然と見ているしか出来なかった。
七月の太陽の下、パンを食べ終えてコーラで口内を潤す。
その間、彼女はずっと正座したまま俯いていた。こんなしおらしい様子を見るのは初めてで、すっかり調子が狂ってしまい、パンの味なんか分からなかった。
手を合わせて心中でご馳走様と唱え、未だ屋上の床を見つめる彼女を見遣る。
「もう、乾いたから」
「で、でも……」
溢れたコーラを拭こうと思ったのか、手にはネクタイが握られている。
つまり。
「わざとじゃないんだろ。ならいい」
我ながら偉そうだとは思う。だが今の俺にはそれ以外の言葉は見つからない。
「怒って、ない?」
「こんな事くらいじゃ怒らない」
「──ありがと」
膝を払って立ち上がると、それを追う様に彼女は上体を起こす。
──いかん。ネクタイをしてないから胸元の奥が。
てかこいつ結構……じゃないっ。
けほんとひとつ。
ラッキーな動揺を隠しつつ、その無防備な胸元から視線を上にずらす。
こいつって、こんな顔してなかったよな。
いつもはガサツで無遠慮で、もっと楽しそうだった筈だ。
ここで気の利いた台詞でも吐ければ、と思うのだが。
俺には嫌味ったらしい台詞しか浮かばない。
「ま、悪いと思ってるなら、授業中にちょっかい出してくるのをやめてくれ」
「あ、それは無理」
即答された。何故だ。ホワイ。
「なんでだよ」
短いスカートの裾を払いながら立ち上がる彼女に視線を浴びせる。
そこにはもう、情けない泣き顔は無かった。
「だって、間違い探しの間だけは……あたしを見つめてくれるもん」
…………。
…………。
はい?
「だから……明日も間違い探し、してね」
──はい?
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