まちがいさがし。   作:うさぎ餅

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まちがいさがし。その2

 02

 

 授業中。

 いつもなら煩く聞こえる蝉の合唱が、今日は祝福のファンファーレに聞こえる。

 その理由は目の前、たった今返却された答案だ。

 赤ペンで書かれた点数は……48点。

 もちろん50点満点ではなく、百点満点中の48点だ。

 クラス平均が57点なのを考えると全く誇れる点数ではないのだが、俺にとっては十分に誇れる結果だ。

 何故ならこの点数によって晴れて全科目赤点から逃れたのだ。同時にそれは夏休みの補講を逃れたことを意味する。

 夏休みを丸々自分の為に使えるなんて、こんなに嬉しいことはない。別段予定がある夏休みでは無いけれど、やはり休みは休みたいし、何より自由でいたい。

 

 先生によるテストの解説が一通り済んだところで、不意に視線を感じる。

 ──またか。

 俺に視線を投げかける相手はクラス内では限られている、というかほぼ一人だ。

 あまりにも簡単な証明問題を脳内で解き、ゆっくりと振り向いて隣の彼女を見る。

 

 目が合った。

 やはり、こいつだ。

 だが、いつもと様子が違う。普段なら俺が見た瞬間から始まる、まちがいさがし。

 それがやって来ない。

 いや別に望んでいる訳でも待ち焦がれている訳でもないけども。

 がしかし、普段と違うということには自然と注意が向いてしまうものだ。

 

 まさか。もう「まちがいさがし」が始まっているのか。

 いつもの掛け声を聞き漏らしただけなのか。

 果たしてそれは──

 

「ふふっ。授業中にそんなに見つめてくるなんて、今日は随分と大胆だね〜」

 

 ──ただの罠だった。

 

 じゃあいいよ、もう絶対見ないし。と意固地に考えてしまうのは俺の悪いクセなのか。

 気がつけば俺は、彼女の席に背を向けて左手で彼女の側の視界を遮り、黒板だけを注視していた。

 

 壇上の先生がチョークを持つ。軽快な音を立てて、黒板に文字が並べられていく。出遅れまいと必死に黒板をノートに書き写す。

 書き写す。

 書き……駄目だ、隣の彼女が気になって集中出来ない。

 

 覆った手の指の隙間から、少しだけ彼女を盗み見る。

 相変わらず笑顔でこちらを見ていた。

 が、次第にその表情は変わってゆく。

 笑顔に影が落ちて不安な表情になり、果ては目に涙を溜め始める。

 

「……見てよ。こっち見てよ」

 

 それは鼻声で小さい、囁きよりも微小な音量。

 

「なんで見てくんないの……悪いことしたなら謝るからぁ」

 

 ──いかん。集中集中。

 この先生は教科書ではなく、板書から多くの問題を出すのだ。ここでの写し洩らしは二学期最初のテストの結果に直結する。

 

 しかし。

 しかしである。

 無視しつつも、さっき見たこいつの顔はしっかりと記憶されているのが癪にさわる。

 はぁ……仕方ねぇな。

 

「──リップの色」

 

 彼女に顔は向けず、視線は黒板とノートの往復を繰り返しながら答える。

 

「……はぇ?」

 

 あ、あれ。外したか。

 てか何だよ今の声。

 

「まちがいさがしの答えだよ。リップの色、変えただろ。それより今は授業中だ」

 

 前を向いたまま台詞を吐き終える。

 反応は無い。やっぱりハズレか。残念。

 いや待て、何故俺が残念がる必要がある。これはただのお遊び、しかも隣の女子が勝手にやっていることだ。

 

 なのに何故、俺の神経は隣の彼女に集中しているのだ。

 ……そうか。いつもと違うのだ。

 彼女は必ず、正解か不正解を言葉で示す。今日はそれが無いのだ。

 

 ふと目を遣る。

 隣の気配が固まっている。

 彼女は俯いていて、耳が赤い。

 そうか、体調が悪いのか。

 それで本調子では無いのだな。そうかそうか。

 

 おぅふ、俯いたままチラ見してきた彼女と目が合ってしまった。

 あれ、なんだ。

 何なんだ、この感じ。

 

 目を逸らしたい。目と目を合わせるなんて恥ずかしい。

 だけど、視線は隣の彼女に固定されたまま。外せない。ずっと見ていたい。

 微かに吐いた息は熱を持ち、その熱を意識した時、心臓が強拍を打った。

 

 見惚れて、いた。

 

「ハ、ハズレ……だよ」

 

 彼女が呟く声を逃すまいと聴覚が鋭敏になる。

 

「だけど……」

 

 だけど、なんだ。

 早く、早くその先を聞きたい。

 

「今日のは嬉しいハズレだった、かな」

 

 顔を向けてくれた彼女は、ほっぺたにネコのヒゲを付けたまま柔らかな笑みを浮かべていた。

 




今回、短めです。
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