とあるお姫様のまちがいだらけな青春ラブコメ 作:ぶーちゃん☆
ようこそ、めくるめくヒドイン(酷いヒロイン)の世界へ♪
そして今回のまくらは輪をかけてドイヒーです(・ω・)
怒りと屈辱により、新たな決意を打ち建てた私。その瞳には、一片の揺らぎもない。正直に認めよう。このヒキタニとかいう男、私が思ってたのとは大分違うという事を。どうやらちやほや要員にするのは一筋縄では行かなそうである。
ま、それならそれで構わないけど。落として堕とすまでのプロセスを愉しんであげるから。
「うぅぅー、ざんね〜ん……。でもたったあれだけの時間だったし、忘れちゃっててもしょうがないよねっ」
とはいっても所詮は陰キャぼっちのヒキタニ。計算を軌道修正してちょっと微調整してやれば、どうという事もないだろう。
そして新たな目標を見つけだした私の行動は、とても速やかかつスマートだ。ヒキタニのムカつく呟きなんか聞こえなかったフリして、段差に座ったまま訝しげに私を見る根暗そうなシケた顔を覗きこむように、花咲くような微笑みでニッコリと話し掛ける。
「でもウチはずっと覚えてたんだよぉ? だって、すっごく助かっちゃったんだもんっ」
「……ああ、そう」
「……」
心底面倒くさそうな適当すぎる返事に、一瞬で心が折れそうになる。心が折れて、思わず罵詈雑言を浴びせちゃいそうになるレベル。
マジでこんな男は初めて。この私がこんなにも愛嬌振りまいて話し掛けてあげてるってのに、ここまで無反応な奴なんて普通居る?
……コイツはアレだ。今まで女にぞんざいに扱われる人生を送ってきたあまりに、女に対しての警戒心ってやつが剥き出しなんだろう。
まぁ、なんて可哀想なヒキタニくん。大丈夫でちゅよぉ? そんな憐れな子羊ちゃんは、柔らかくって温かいまくらちゃんが優しく包み込んであげるからねぇ。ふふ、女の子に対しての信頼と信用を、二人でゆっくりと芽生えさせていこうね? そして、二度と女を信用出来なくさせて あ げ る。
「うん! まだちゃんとお礼も言えて無かったし、ウチもっとお話したかったんだぁ」
常時よりも幾分高い音階の声でこれでもかと心をくすぐり、ヒキタニのすぐ隣にちょこんと腰掛ける。
適度な距離感と適度なスキンシップは、男を落とす基本である。
「……っ、……別に礼を言われるような事はしてねぇだろ。拾えと言われたから仕方なく拾っただけだ」
ブレザーが触れ合うくらいの距離で突然隣に座った私の行動にビックリしていたヒキタニだが、次の瞬間にはようやく脳が再起動したらしく、ずずっと距離を取る。でも私は、広がった分のその距離をずずいと詰めた。
どうよ、体温さえも感じちゃいそうなほど近い距離に座る美少女の甘〜い香りは。あんたなんかにはなかなか訪れるシチュエーションじゃないでしょ。大サービスでたっぷりと堪能させてあげるから、ほら、早く私のちやほや要員になっちゃえば?
「えー、拾えって言われたとか、ウチそんな風に言ってないんですけどぉ。それに仕方なくなんてひどぉい! もぉ、超いじわるー」
うん。普段男を落とす時も同じような事してはいるけど、なんか今日の私はさすがにキモいわ。
初めっから距離詰め過ぎだし、初めっからラブラブオーラ全開過ぎだし、いくら陥れてやりたいからって、ちょっと張り切りすぎじゃない? 私。
こんなんじゃ、落とすまでの面白味を感じる前に即効で落ちちゃうんじゃね?
「でもあの時も思ったんだけど、なんかこう、そういう不器用な優しさってゆーの? そういうトコが、なんか……えへへ、いい人そうだなぁって! だからウチ、もう一度お話したかったし、ちゃんとお礼言いたかったんだっ。……あの時はありがとね!」
そうは思っていても、やはり私は飛ばしまくる。不器用な優しさとかって、こういう斜に構えたオーラ出してる、俺カッコいいとか思ってそうな奴に対してはキラーワードよね。
どうやら自分で思っていたよりも、ずっと悔しかったみたいだ。早くコイツを落として、早くコイツを捨ててやりたくてたまらない。
その時のコイツの絶望の表情を思い浮かべただけで……、ああ、めっちゃゾクゾクして堪らなぁい……。やば……、ちょっと濡れてきちゃいそ……
「……で、話は終わったの? じゃあ俺もう行くわ」
「……」
……マジかよコイツ。せっかくお姫様がちょっぴり悦に入ってるってのに、なにその態度。
これはもう落ちる落ちないの問題じゃなくて、本気で私を拒絶してやがる。いや、私じゃなくて女を拒絶してるんだろうけど。
どんだけ女にトラウマ持ってんだコイツ。
「ちょ、ちょっとぉ!?」
はぁ……と深く溜め息を吐き出し、うんざりした顔で立ち上がりかけたヒキタニの袖をギュッと掴み、必死に元居た場所へ座らせる私。
くっそ……ちょっと本気出せば簡単に落とせるだろうと思ってたのに、これは想像してたよりもずっと難航しそうかもしんない。
「……チッ、んだよ」
舌打ち!? ふざっけんなよ。なんでアンタが舌打ちすんのよ。こっちはさっきから口からラップ音が出ちゃいそうになってんのを、歯を食い縛ってずっと我慢してんだよ。
「え、えー? だってまだ自己紹介だってしてないんだよぉ? せっかくだし、もっとお話しようよぉ」
「は? 自己紹介とかする意味あんの?」
「……」
……ダメだ、マジで取り付く島がない。ヒクヒクッと頬の筋肉が痙攣するのを必死にこらえた私は、怒りにプルプル震える体をなんとか自制し、未だこの場から早く去ろうと抵抗し続けるヒキタニの袖を力ずくで抑えつけ、埒があかないのでこちらから一方的に名前を告げる事に。
「……ウ、ウチ、鎌倉まくらって言うんだぁ。えっと、二年A組だよ♪」
これ、もしかしたら無理なんじゃない? なんて若干弱気になりかけながらも、お姫様が一度虜にすると決めた以上、それは絶対の決定事項なの。お前ごときに姫の決定を覆されてたまるかよ。
ま、まぁ、確かに面倒くさそうに顔を歪めてはいるものの、何だかんだで顔とか赤いし、今は可愛い女の子の体温といい匂いに極度の緊張と興奮を憶えて意固地になってるだけだろう。
であるならば、今はなんとか我慢して、少しでもコイツとお近づきになっておかなければならない。なんかここで何も聞けず仕舞いでなんの縁も持てなかったら、二度とコイツを取り込むチャンスがなさそうな気がする。これは女の……いやさプリンセスとしての勘なのだろう。
「……?」
そして、その強引なまでの自己紹介は功を奏した。
そりゃそうよ。なにせコレは私が男の子と仲良くなる為の鉄板ネタなのだから。
「あ〜! 今『まくら』って変な名前だなコイツとか思ったでしょお!」
そう。ヒキタニは私の名前を聞いた瞬間、今まで興味無さげに振る舞っていた顔に初めて興味の色を添えて、ようやくこちらに向けたのだ。
ヒキタニほどではないにせよ、今までだって私との初接触で緊張しちゃってる男子は何人か居た。でもこの鉄板ネタですぐに打ち解けられちゃうのよ、そういうチキンな連中とだって。
そして私はこの鉄板の一撃を繰り出すべく、頬をぷくっと膨らます。
「もー、超失礼しちゃうよね! ウチ名前言うと、いっつも最初はからかわれちゃうんだよぉ」
まぁそりゃね。なんだよまくらってって話だし。子供の頃は、こんなDQNネーム付けた親を恨みもしたもんだ。今は感謝でいっぱいだけど。
「パパもママもホントに寝るのが大好きな人たちでねっ? 若い頃から趣味は昼寝って感じらしくってぇ、そんで良く寝て健やかに育つようにって、まくらって名前にしたみたいなのっ」
寝るのが好きと言っても別に意味深な寝るではなく、本当に昼寝が趣味な両親のおかげで、子供の頃は良くからかわれたものだ。いや、子供の頃もなにも、現在進行形で散々ネタにされる。クラスのクソ女共に。
「なんか鎌倉さんって枕営業とか得意そぉー! ウケる〜」なんていう陰口を何度叩かれたことか。陰口ってのは相手に聞こえないように言えよ、あの低能共。
ぷっ、そもそも自ら枕営業を申し出ても、相手に真顔で断られそうなブサ……素敵なお顔立ちした子たちに妬み根性でそんなこと言われても、こっちはなんとも思わないからぁ。なんなら可哀想になっちゃうまである。人を妬んで陥れてる暇があるんなら、その前にその厚く塗りあげたメイク落として、スッピンで人前に出てみたらぁ? ぷっ。
それに何度も言うけど、こっちはお前らビッチと違って、格安セールで身体を売り物に出来ないんで。中古扱いがどれほどこの至高の嗜好に影響すると思ってんのよ。
キモオタ共の夢を壊さない為に清らかな身体のままでいる私って、ホントお姫様の鑑。心はちょっとだけ清らかじゃないけど。
「えへへぇ、でもね、最初はからかわれるんだけどぉ、仲良くなってくるとみんなに良く言われるんだぁ。まくらちゃんと喋ったりまくらちゃんの柔らかい笑顔見てると、なんか暖かくてふわふわな羽毛に包まれてるみたいに心地よくって、すごい良く寝れそう、って。まくらだけに♪」
……ふふん、どうよ、この癒し系エピソード。変な名前を巧みに利用したこの微笑ましくもあざといエピソードで、今まで落ちなかったキモオタなんて居やしないんだから。どいつもこいつもにへら〜っと鼻の下伸ばして、すぐに私の家来になってきたのよ。
いつか膝枕とかしてもらえるんじゃなかろうかって……いつか抱き枕になってくれるんじゃなかろうかって夢まで見せてあげる私って、本当に最高のまくらよね。ま、キモオタ共にとって、そんなのは夢のまた夢だけど。
これはさすがに少しくらい心が動いたんじゃない? と、期待を込めてチラッと横目で見てみると──
「うわぁ……」
コイツは、先日の「うわぁ」が可愛く思えるくらいに寒々しい「うわぁ」を私にプレゼントしてくれた。
「……チッ」
そして私は、危うく舌打ちを鳴らしかけてしまうくらいの殺意が芽生える。なんならもういっそこのままコイツ殺っちゃえば解決するんじゃない? なんていう突拍子も無い発想を自然と実行しかけてしまうほどの殺意が。
──ハァ!? 今のどこに私に対してそんな態度を取る要素あったの!? 誰がどう考えたって、ほっこりしてアハハ〜とお互いに心を打ち解け合うシーンだろうがよ!
マジで意味分かんない。
「……あー、自己紹介ってのは済んだのか? じゃあ俺はこれで」
「ちょ、ま、待って! じ、自己紹介! あなたの自己紹介済んでないから!」
「えー……」
でもここでこんな奴に屈するわけにはいかないのだ。なぜならお姫様の決定事項なのだから。
もうこうなりゃ意地だ。意地でもこの野郎屈伏させてやる。
「……つーか、いい加減袖引っ張んのやめてくんない……? もう皺くちゃになっちゃってんだけど。怪力かよ」
「だ、だって離したら行っちゃうじゃん!」
「はぁぁ〜……」
なにこの必死さ。これじゃ落として捨ててやるどころか、まるで私が捨てられる寸前の必死な女みたいじゃん。
「……比企谷。二Fだ」
それでも、ようやく事態は前へと進む。なんかすでに私の思惑とは掛け離れてる気がしないでもないけれど、それでも一歩前進は前進だ。
継続は力なりって言うし、小さな一歩だろうがなんだろうが、自分で掲げた目標を達成する為なら多少の泥水くらいは啜ってやる。それがお姫様の矜持ってね。
「……ん?」
ヒキガヤ? 今こいつヒキガヤっつった? 偽名?
「えと……ヒキ、ガヤくん?」
「……そうだけど」
あれ? なんか嘘じゃないっぽい。てかいくら私に自己紹介したくないからって、ここでいきなり偽名とか使われたら流石に泣くわ。じゃあヒキタニじゃないじゃん。どういうこと?
ヒキガヤって言うと比企ヶ谷だよね、たぶん。じゃあなんでヒキタニ? ヒキタニじゃ比企谷でしょ?
いや待てよ? ヶを抜いて比企谷ってのもありえる。でもそれだと初見でヒキガヤって読む人なんてまず居ない。……ああ、だからヒキタニなのか。要は読み間違えがそのまま浸透しちゃったって奴ね、成る程成る程。
よく居るのよね、変わった読み方だと間違えたまま認識されちゃうヤツ。そもそも教師が間違えて呼んだりね。
で、本人が訂正しないとそのまま浸透したりする。その場合、悪いのは生徒の名前もきちんと把握してない教師と訂正しない当の本人だし、コイツもクラスの注目を浴びる中で、恥ずかしい思いしてまでわざわざ訂正しないタイプでしょ、どうせ。
だからヒキタニと誤認してそう呼び続けるクラスメイトにはなんら非が無いし、今まで心の中でヒキタニ呼ばわりしてた私も一切悪くない。はい、証明終了。ま、どうだっていいけど。
つかヒキタニだろうとヒキガヤだろうと、そんなの今はどうだっていいのよ。重要なのは、ようやくコイツが折れたってこと。今ならコイツの情報が得られるかもってこと。
「へぇ、比企谷くんって言うんだね! それにウチと同じ二年なんだぁ。これからよろしくねっ☆ ……それにしても、まくらも変わってるけど比企谷もちょっぴり変わってるよね〜。えへへ、ちょっと親近感湧いちゃうかもぉ」
どう考えたってまくらと比企谷で親近感なんか湧くわけないだろ。でも話を繋げられるんならこの際なんだっていい。
「……いや湧かねーよ」
そして当然のように比企谷が否定的な呟きを漏らしてるような気もするけど、これまた当然のように私には聞こえない。コイツのぼそぼそ台詞は私の精神衛生にとてもよろしくないから、脳が勝手に全力でシャットダウンしちゃうのだ。
だからパッツン前髪に隠れているおでこに浮かんでいるであろう血管みたいな線は、決して怒りマークとかではなく、四時限目に机に突っ伏していた際に出来てしまった単なる寝跡に違いない。
……さ、さてと、名前は聞いた事だし、次に私が得たい情報なんてひとつしかないよね。
些か性急すぎな気がしなくもないけど、このすこぶる面倒くさい陰キャ相手には、この勢いを大事にしなくてはならないのである。
「あ、そーいえば比企谷くんってぇ、なにか部活とかやってるの?」
「は? なんでいきなり部活なんだよ。脈絡なさすぎだろ」
……チッ、やっぱ無理矢理すぎたか。
「えと……、ついさっきまで教室で部活の話とか盛り上がっててさ、なんとなーくその流れでっていうかぁ?」
「ああ、そう……」
あぶない。咄嗟に上手い言い訳が出てきてくれて助かっちゃった。さすが私。ちなみについさっきまで盛り上がってたのは、部活の話題じゃくて乳繰られ女の喘ぎ声だけどね。
なんにせよ、こういう警戒心剥き出しの奴に変に疑われると、もう取り返しがつかなくなるから気を付けなきゃ。すでに手遅れな気がしないでもないけど、まぁ気のせい気のせい。
「それでなんか部活とかやってるのぉ?」
ぶっちゃけ、実はもうコイツが部活やってるとかは思ってない。だってコイツ、嫌われ者で陰キャで、さらに惨めなぼっちだもん。なぜならこんなトコでひとりで昼ご飯食べてるくらいだからね。
こんな協調性の欠片も無さそうな嫌われ者陰キャが、好き好んで部活なんかに所属しているわけがない。周りだって迷惑だし。
だからこれは単なる通過儀礼ってヤツ。オタサーの姫としては、ターゲットがサークルに所属しているのかどうかは確認しとかなきゃならないことだから。
今回に限っては、オタサーの姫としての崇高な職務を投げうってでもコイツを落として捨てる気構えではいるけれど、やっぱり一応はね。一応は。
それに、この学校では部員ひとりでも部活が認められている以上、ひょっとしたら比企谷もなんらかの根暗な部活をやってるかもしれない。その場合は部活時間中ずっとコイツと二人きりで居られるから、ただ落とすだけなら絶好の場となるわけだ。
もちろんオタサーの姫としたらそんなもん面白くもなんともない。まくらを取り合う相手も居なければ、まくら達を見て妬む女も居ない部活なんて、はっきり言って私にとっては無価値もいいところ。
でも今一番優先すべきなのはオタサーの姫としての満足感ではない。いま私が求めてるのは、姫としてのプライドを守れるかどうか、それ一点のみ。
「いや、だからそれ答えなきゃなんない理由が無いだろ」
「えー、いいじゃーん! せっかくこうして縁があったんだもん。ウチ、比企谷くんのこともっと知りたいなぁ」
「……マジでうぜぇわこいつ。縁なんかどこにもねぇよ……」
またも相手には聞こえないくらいのボソッとした声でムカつく呟きをこぼす比企谷。てかこれってもしかしたらただの独り言なんじゃなくて、心の声が無意識に漏れてるだけなんじゃなかろうか。
でも私にはそんな呟きは聞こえてないのだ。聞こえてないったら聞こえてない。だってその呟きを意識しちゃったら、思わず胸ぐら掴んじゃいそうなんだもん。
「……一応な。入ってるには入ってる」
「え」
果たして比企谷は予想外の答えを返してきた。そのあまりの予想外さは、胸ぐらを掴みかけた右手が宙を掴んでしまうほど。
──うっそ、コイツってマジで部活やってるんだ。陰キャぼっちのくせに。
「……へ、へぇ〜、そーなんだぁ!」
「……いや、なんで聞いといて動揺してんだよ」
「えー? 動揺なんてしてないよぉ。……で、それでどこに入ってるのっ?」
動揺なんかしてないと言いつつ、とても不自然なくらい必死に詰め寄る私に、比企谷はまたも距離を取るように身をのけぞらせる。
しかしそんな比企谷を絶対に逃すまいと、袖を掴んだままの左手をさらに力強く握り込み、おまけに右手は比企谷の腕を直接がっちりとホールド。周りから見たら、私が比企谷の右腕に抱き付いてるように見えるんだろうなってくらい、こっちにグイグイと引き寄せた。
でも大丈夫。まだ胸とか押し付けてないから身体は全然安売りしてないよ。だから三流以下のなんちゃってお姫様ではないのだ。よし、セーフセーフ。
……我ながら必死過ぎな気がしないでもないけれど、だってコイツの部活、聞かないわけにはいかないじゃん……!
「どこだっていいだろ……」
「いいじゃん教えてよぉ」
今まで臣下達にご褒美してきたどのスキンシップよりも熱烈なスキンシップしてあげてんのよ? ここまできて引き下がれるワケないだろが!
アンタだってめっちゃ近いまくらの顔と身体に欲情してキモく頬染めてんだから、いつまでも抵抗してないでとっととゲロしやがれ。
「……マジでなんなんだよこいつ、めんどくせぇな……、チッ。……あー、言ったってどうせ知らねぇよ。奉仕部ってマイナーな部活だ」
すると、全身をぐらんぐらんに揺すられてる比企谷の口から、ついに待望の言葉が発せられたのだ。
正に継続は力なり。あれだけ壁を作っていた比企谷が徐々に陥落してゆくサマを見るのは、なんとも心地よい。これはまくらちゃんの完全勝利が近そう。
「奉仕、部……?」
でも、せっかく部活名を吐かせたというにも関わらず、私は眉根を潜めて首をかしげる事となった。なんだよ奉仕部っていかがわしい名前の部活。
奉仕、すなわちボランティア。部活動におけるボランティアとは、大概の場合は地域の清掃活動に参加したり地域の催し物の手伝いに行ったり、なんなら校内の草むしりとかを自主的という名の強制でやらされるアレであろう。
……てかこの自己問答、つい数日前にやったばっかじゃなかったっけ……
「へ、へぇ! なんか変わった部活だね! ……えと、奉仕ってことは、地域の清掃活動に参加したり校内の草むしりしたり、なんならベルマークとか集めちゃったりするアレ……?」
「……別に奉仕っつってもボランティア部みたいなのじゃなくてだな、……ま、簡単に言うと生徒のお悩み相談室みたいなもんだ」
「……」
……お悩み相談室、ね。
ボランティアとか言い出すから脳裏に行き遅れのドヤ顔がちらついたけど、どうやら奉仕は奉仕でも、三十路が紹介という名の強制をしようとしていたボランティア部とはかなり方向性が違うようだ。
生徒の悩みを聞いて、それに対して奉仕する。……つまり──
「んっとぉ、それって生徒の悩みを解決してくれる部活って事かなぁ?」
つまりあれか。確か……スケット団……だっけ? そんなようなアニメが昔やってたのをなんとなく覚えてる。つまりお助け軍団みたいなヤツってことか。
んー……まぁ奉仕は奉仕な気がしないでもない。でもそれはボランティア活動か? と問われると、それもまたなんか違う気がする。
奉仕とボランティア。同じ意味のはずなのに全く違う意味に感じるコレは、特殊とスペシャルみたいな日本語の妙よね。
「……まぁ厳密に言うと、うちで解決するんじゃなくて依頼者が自分で解決できるように促す部活ってとこか。理念は『飢えた人に魚を与えるのではなく、魚の採り方を教える』、ってことだ」
「へ……ほえ〜」
危うく素で間抜けな返事をしてしまいそうになる程に、比企谷が語る奉仕部とやらの実態は驚きに満ち満ちていた。
魚を与えるのではなく採り方を教えるとか……、うん、上から目線で偉そうと言うかなんというか……、ボランティア部なんかよりもよっぽど意識高そう。なんかめっちゃ部室内をなんちゃってビジネス用語とかが飛びかってそうなイメージ。
意識高過ぎな部長とかが眼鏡クイッとして、創造的なクリエイティブ精神で顧客をサティスファクションさせつつ、カスタマーを満足させる活動を目指そうじゃないか諸君! とか言ってそう。
つかなんでそんな部活に陰キャぼっちが在籍してんのかが謎すぎる。
まぁアレかな。コイツって実は結構意識高そうだから、名目上そういう部活を自分で立ち上げてはみたものの、実際は部員ひとりで依頼者ゼロの、幽霊部員ならぬ幽霊部活ってトコだろう。だってそんな部活聞いたこともないし。
他でもないこの私が聞いたこともないんだもん。一般生徒に周知なんてされてないはず。……確かにそうとしか思えない。思えないっちゃ思えないんだけどぉ〜──
「へぇ〜っ! 凄そぉ! なんかちょっと格好良いかも〜!」
そう。なんかちょっとだけ興味を持ってしまった。
ボランティアではなく奉仕。意味は同じだけど、意味するところは全く違う。
汗水垂らしてただただ偽善活動するボランティアなんて、私のようなお姫様がやるような事じゃない。
でも、人の悩みを聞いて“あげる”
そして解決へと導いて“あげる”
これはもう上流階級の嗜み、高貴なる者の義務・ノブレスオブリージュな世界。正にお姫様に相応しい部活ではなかろうか?
どうせ活動なんかしてないんだろうけど、部活動としての建前上だけで言えば、このプリンセスまくらに相応しいんじゃない? つまりは──
Aくん「鎌倉さんってどんな部活やってるの?」
まくら「んっと、掃除したり草むしりしたりする部活……」
と、
Aくん「鎌倉さんってどんな部活やってるの?」
まくら「んっと、生徒の悩みを解決に導いてあげる部活なんだ〜!」
──どちらが見栄えが良いかは一目瞭然。圧倒的大差で私が選ぶんなら後者でしょ。てか掃除とか草むしりとかやりたくない。しかも善意の無償で。なにそれ笑える。
今の私の目的は比企谷を落として堕としてメチャメチャにしてやる事。そしてその手段として、もし比企谷がなんらかの部活に所属しているのであればそこに入る事を望み、蓋を開いてみたらその部活はお姫様が入部してもなんら問題のない……むしろ上流階級の為に存在するような部活でした。うん、これは一石二鳥一挙両得どころか濡れ手で粟でしょ。もうウハウハである。
……ふふ、なんだか面白い事になってきたかも。
「あ、ところでぇ、その奉仕部って、比企谷くんの他にどれくらい部員が居るのぉ?」
こんなに面白そうなのであれば、とりあえずリサーチする時間を割いてあげても損はないだろう。どうせコイツひとりでやってる幽霊部活に決まってるけど。
「……は? それ聞いてお前になんの意味があんだよ」
……チッ。
「えー? だからただの興味本位だってばぁ。なんか凄そうな部活だし、どーゆー人達がやってるのかとかぁ、やっぱ気になっちゃうじゃーん」
「……ホントなんなんだよこの女、マジでうぜぇ」
「……」
額からピキッと音が鳴った気がするけれど、今の独り言も当然私には聞こえてないんだから、ただの気のせい、ただのラップ音。
なんか最近身の回りで心霊現象が多発しすぎて怖い。
「……はぁ〜。……俺と、あと二人。計三人しか居ない少数の部活だ」
「っ……!」
しかしもう抵抗するのを諦めたのか、深々と溜め息を吐き出しつつもやれやれと返してきた答えを聞いた私は、思わず息が詰まる。コイツひとりでやってる部活じゃないんだ……
「……そぉなんだ〜! えっと、男子三人とかで楽しくやってるのぉ?」
ま、多少驚きはしたものの、それならそれで構わない。構わないどころかめっちゃウェルカムまである。
今回の目的は比企谷を落とす事、ただそれ一点。でもぶっちゃけ、それって姫的にはモチベーション的にどうなの? っていう不安は多少なりとも付きまとっていた。
でも他に部員が居るのであれば、そんな不安は一発で解消する。憎っくき比企谷をメチャメチャにしてやれる一方で、他の部員からもちやほやされて気持ち良くなれるという副産物まで得られるのだから。やばい、モチベがぐんぐん上がる一方じゃん。
しかしそんな私の期待とは裏腹に、次に比企谷の口から出された言葉に私は目を丸くする事となる。
「……男子は俺だけだ」
「っ!?」
……男子は俺だけ。……コイツ、なんとも答えづらそうにではあるものの、間違いなく男子は俺だけと言った。それは、裏を返せば女子二人の中に男が一人と示すこと。
これはあまりにも予想外すぎでしょ……。誰がこんなの予想できるってのよ。
だって比企谷だよ……? 陰キャでぼっちで嫌われ者だとばかり思われていたあの比企谷が、よりにもよって女子二人と三人で部活やってるってどういうこと……?
──女性社会というのは、女に夢見るキモオタ童貞なんかが想像しているような、キャッキャウフフでキラキラした生易しい世界ではない。
ニコニコ笑顔で笑い合いながらも、テーブルの下では足を蹴り合い引っ張り合い、昨日まで「わたし達ズッ友だよ!」と言っていたのに、翌日から敵になる事なんてザラにあるドロドロした世界。
そんな女性社会において何よりも重要なのは、周りの女に対する優位性と優越感。それを失えば、それを傷つけられれば、社会から……世界から一気に転落する。つまり自身にまつわるマイナスイメージなんてのは以ての外なのだ。
そういった観点から考えると、女性社会の中で生きている奉仕部の女子二人とやらが、陰キャでぼっちで嫌われ者の比企谷とつるむのは異常とも言える。なにせ女性社会からはすでにはみ出し気味な私でさえも、この比企谷という男子と関わる事に一瞬の躊躇いをみせた程なのだから。
故に普通に考えたら、その女子二人は奉仕部からこの男を排除しようとするはずだ。どんな経緯で比企谷がそんな部活に入ったのか知らないけど、例えそれがどんな経緯であれ、女性社会に生きるその女子二人が自身にとってマイナスにしかならない存在を放置しておくわけがない。
女ってのは、自分の不利益になる物を容赦なく切り捨てる事が出来る、とてもドライな生き物なのだ。
にも関わらず、二年のこの時期にその三人で部活が成立しているという事は、非常に驚くべきことではあるが、……比企谷はその女子二人と良好な人間関係を築けている。そう他ならないってワケだ。
──ああ、そっかぁ……♪
最初こそ唖然としてしまった私ではあるが、高速回転する脳がとある推論に達した瞬間、私の顔は酷く歪みはじめる。今までの納得出来なかった事が、一気に全て繋がった気がしたから。
──女には全く縁がなさそうな陰キャが、なぜ私とそれなりに会話が出来るのか? 普通であればもっとキョドったりどもったりしそうなもんなのに。……それは、単純にコイツが女にそれなりに慣れていて、それなりに会話も交わしていたから。
──なぜこの陰キャはこうも警戒し、なぜ簡単に私に仕えないのか? ……それは、実はコイツにはすでに仕えている主が居るから。
──女子部員二人は、なぜこんな嫌われ者の陰キャ野郎を同じ部活に席を置く事を許しているのか? ……それは、その二人の女子部員こそが比企谷の主だから……
つまりその女子部員二人は──
………………オタサーの姫なのだ。
「……あはっ……!」
なるほど、そっかそっか。これでようやく合点がいった。そう考えれば全て辻褄が合うじゃない。
そしてその女子部員二人ってのは、まず間違いなく最底辺のブサイク女子に違いない。なぜなら、二人掛かりでこんな嫌われ者の陰キャ野郎をつなぎ止めてまでお姫様気分を満喫しているのだから。他では誰にも相手にされないような最下位カーストのブスだからこそ、唯一自分達をちやほやしてくれる比企谷と一緒に過ごしてるんだろう。
そして比企谷も、唯一自分と会話してくれる女子だからちやほやしているだけに違いない。……キモオタってのは、意外と従順だからね。お熱になっている時“だけ”は。
……やっばい、もうニヤニヤが止まんないよぅ。だって、これは私にとって最っ高のシチュエーションなんだもぉん……!
そう。キモオタってのはお熱になってる時だけは従順なのだ。お気に入りのキャラが居る時は○○は俺の嫁! などと他のヒロインを叩いてまで熱を上げたりするわりに、季節が変わり違うアニメが始まって、もっと可愛くて好みのヒロインが登場した瞬間に、すぐさま嫁を乗り換えちゃったりする生き物なのである。
ヒロインやリアル女には絶対的な処女性を求め、ひとたび経験者と知るや否や即座に女を中古と蔑み叩く。その癖して自分はあっちこっちに手を出したりハーレムを求めたりとヤリチン気取りっていうね。二次元相手の妄想だけど。
自分はいいけど女は処女でいるべき? 処女じゃなければ俺様と付き合う資格がないって? マジ何様って話よ。
ま、私はそういう欲望丸出しな、まるでお子様みたいな男の子は嫌いじゃないけどね。だってそういうお子様……良く言えば純真な男共が私ひとりにかしずいているというのが、最っ高に快感なのだから。
つまりはそういう事。コイツも今はどんなに忠誠を誓っていようとも、シーズンが変わって新たな嫁……しかも選択肢が無いから仕方なく妥協していたブス嫁と違って、最高に可愛い嫁が目の前に現れたのならば、一瞬で乗り換えるのよ。
もしもコイツがブス専とかだったら手の打ちようがないけれど、まぁその心配は杞憂に終わるだろう。だってキモオタってのは、総じて身の程知らずの面食いばかりだから。
「……なにがおかしい」
「あ、んーん? なんかぁ、男の子一人と女の子二人で奉仕部って、なんかちょっとエロくない? とか思っちゃってぇ」
そう言って、つい漏らしてしまった笑いと歪みきった目元口元を誤魔化す私。
ヤバイヤバイ、もう勘弁してよ、笑いが止まんないって。
「……あ? アホかこいつ。そういうんじゃねぇよ……」
「えへへ、分かってるぅ。冗談冗談っ」
「……チッ」
もうさっきまでいちいち癇に障ってた比企谷の悪態も舌打ちも、今や清々しく感じちゃう。だって……まくらちゃんの歪んだ趣味を思う存分楽しみつつ、コイツをドン底に落とせちゃう算段がようやく付いたんだもぉんっ。
「あ」
と、そんな時だった。
まるで、天使が私の満たされた心を祝福してくれたかようなとても澄んだ鐘の音が、校内全域に鳴り響いたのだ。
「あ〜、ざんね〜ん……。予鈴鳴っちゃったぁ! ウチ、もっと比企谷くんとお話したかったんだけどなー」
なんつって。もう要件は済んだから今は用済み。今は、ね。
「えっと、比企谷くん! こないだレポート拾ってくれたのに引き続いて、今日は楽しいお話ありがとね♪ ウチ、めっちゃ楽しかったぁ! ……またご縁があったら、その時はまた楽しくお喋りしよぉねっ」
ずっと握っていた袖をパッと離した私は、比企谷からの返事も待たずにすっくと立ち上がり、小さく手を振り振りしながらヤツに背を向け歩きだす。
分かってる分かってる! どうせ返事なんて無いんでしょ? ただただ鬱陶しそうにしてるだけなんでしょ?
……でもいいよ? 今はまだそれでも。今はあなたが私を見てくれなくても、私、頑張るから。あなたが私だけを見てくれるように、頑張るから。……すぐにあなたを、振り向かせてみせるから。
私決めたよ、比企谷くん。私、奉仕部に入部するね。これから一緒に、奉仕部を盛り上げていこうね!
私の新しい目的であり愉しみ。それは、奉仕部の二人のオタサーの姫からアンタを奪ってやる事。
アンタをメロメロにして骨抜きにして、そのサマをお姫様モドキ共に見せ付けて歯軋りさせて悔しがらせてアンタを嫌わせて、奉仕部からアンタの居場所を、無くして あ げ る……!
ああ……想像しただけで堪らない。ゾクゾクゾワゾワして身体中が熱くなる。
ヤバい、お腹の辺りがきゅうって疼いてきたぁ……!
『ぐ〜』
……あ、弁当食べ損ねちゃってんじゃん私。
結局あまりの空腹に耐え兼ねた私は、五限の休み時間にウォータークローゼットの個室にて遅めの昼食を取り、放課後には即座に行動を開始する事となった。
しかし当然のように事態は難航する。なぜなら担任のハゲに聞いてはみたものの、奉仕部なんていう部活は知らないとのこと。その光る頭は伊達かよ。
さらにクラスの仲のいい男子達に訊ねてみても、誰一人として存在を知らない謎の部活。これは予想だにしなかった問題が勃発である。
しかし……、まさか比企谷に担がれた!? と途方に暮れかけていたそんな時、ふととある行き遅れのとある台詞が頭を過ったのだ。
『こう見えても生徒指導担当だ。部活動にも色々と詳しいからな』
……あぁ、そっか……アレかぁ……
ぶっちゃけ超気が乗らない。訪ねていったら、まず間違いなく根掘り葉掘りと問い質された上、最終的には自分が紹介したがっていた方のボランティアへの加入を勧めてくるのが目に見えている。超めんどくせぇ……
でももう決めた事だから。なにがなんでも遣り遂げてやるという不退転の決意を固めた事だから。
だから私は、背に腹は替えられないという強い思いを胸にとある場所へとまっすぐ向かい、とある人物へとこう問い掛けるのだ。
「あ、平塚せんせぇ! ……あのー、……奉仕部って、知ってます……?」
× × ×
結論から言うと、予想とは違い三十路から奉仕部の情報を聞き出すのは容易だった。
『……ほう、奉仕部、ね。なぜ鎌倉は奉仕部に入ろうと思ったのかね?』
『しかし本当にいいのか? あの部活は一癖も二癖もある、なかなかに難しい部活だぞ?』
『よし、じゃあこれが入部届けだ。あとで顧問の手元に届くようにしておくから、ついでに今書いてしまいなさい』
三十路の口から出てきたのは、大体こんな台詞と部室の場所くらい。もっとめんどくさくなると思ってたし、上手い事ボランティア部へ誘導されそうになるだろうと臨戦体勢でいたから、正直拍子抜けである。楽だからいいんだけど。
ようやくあの三十路も、愉しみは人から言われるモノではなく自分で見つけるモノ、という尊さに気が付いたのカモ。まぁ理想を追い求めて必死に探し続けるあまり、大事な婚期を逃した女性教諭が居るとか居ないとかいう噂をどこかで聞いた事があるから、せんせぇも十分に気を付けてねっ!
そして私は今、その奉仕部の部室とやらの前に立っている。
そこは特別棟四階の片隅。文化系の部活を転々としてきた私でさえ、今まで殆んど足を踏み入れた事のない、とても静かな一角。
「へぇ……、こんなトコにあったんだ。そりゃ誰も知らないわけだ……」
なにも記されていないプレートを見上げ、思わずそんな呟きが漏れてしまうのも仕方ない。だって、それほどに異質だったから。
こんな人通りがほぼゼロのような特別棟四階の片隅にある怪しげな空き教室でひっそりと行われている人助けの部活。誰が好き好んで悩みを相談しようだなんて思うかっての。
やはり予想通りの幽霊部活だね、これ。てかこんな人気の無い場所の空き教室で、ろくな活動もしてないであろう男女三人がナニやってんの? って話なんだけど。大丈夫?
……まぁ、中から喘ぎ声やら変な音が聞こえてきてるわけではないから、入室したらそこはアダルトな世界でした……なんて事にはならないだろうけど、なにせここはあの陰キャ比企谷がナイトとなり、そんな陰キャナイトにちやほやされて喜んでるブサイクお姫様モドキ共の居城である。どうせこの扉を開けたその先では、ろくな景色は待ってないんでしょうね。
こんこん、と。意を決して扉をノックする、この城の新しい主たる私。
先ほどの平塚先生の言葉『しかし本当にいいのか? あの部活は一癖も二癖もある、なかなかに難しい部活だぞ?』が若干気にならなくはないけれど、別に私はこの部活動をエンジョイする為にここに来たわけではなく、あくまで今回エンジョイするのは明確なサークルクラッシュなわけで、ぶっちゃけ人に聞かれて恥ずかしくなるような部活でもなければ、どんな部活だって構やしないのよ。
だから多少気にはなるけど、それはただ気になるだけ。今まで入部の為に何度も何度も叩いて来た色んな部室の扉たちとなんら変わらず、緊張とかとはまったくの無縁な世界。
「……どうぞ」
無音の一帯に唯一の音となるノック音を響かせてからしばらくの後、入室を許可する声が鼓膜を揺らした。
それは、思っていたよりもずっと凛として、思っていたよりもずっと澄んだ、とても美しい声だった。
これがお姫様モドキの片割れの声なのだろうか……? 正直なところ、かなり意外と言えば意外。比企谷以外には誰にも相手にされないようなブサイク女の声なんて、どうせしゃがれた汚らしい声だと思ってたから、そのあまりの美しい音色に思わず硬直してしまう。
──ハッ、ばっからしい。声なんてしょせんは声に過ぎないでしょうに。声だけは可愛いのに、メディアに露出しちゃうとこっちが居たたまれない気持ちになっちゃう声優とかよく居んじゃん。
「……んん! 失礼しまぁーす!」
気を取り直した私は、軽く咳払いをしてから扉に手をかける。そして自信に満ち溢れる勝ち誇った笑顔を浮かべ、意気揚々と開け放った。
──お待たせ、比企谷くんっ。まくらが来てあげたよぉ? 今から私が、あなたを偽物のお姫様達から救い出して、本物のお姫様の魅力をた〜っぷりと味わわせてあげるからね♪
扉が開ききり、自信満々な微笑を浮かべ室内を見渡す私。
やはり私の姿を視界に捉えた比企谷は、唖然とした表情を浮かべて目元口元をヒクッと歪ませる。そんな今回のターゲットの姿にニンマリとほくそ笑んだ私は、勝ち誇った笑顔をブサイクなお姫様モドキ共へゆっくりと向けた。
さてと奉仕部員さん方。入室した私の第一声は、一体どんなものがご所望かしら。お姫様の余裕たっぷりなご挨拶がいい? それとも偽物達に向けた満面の笑顔のままで「比企谷くぅん、来ちゃったぁ!」とでも挑発しちゃえばいいのかな?
それとも……、「ほら、早く負け犬の無様な姿を私に晒してみなさいな」「本物の可愛いお姫様の登場に歯軋りしなさいな」「そんな惨めなルックスの分際でオタサーの姫を楽しんでいた事を後悔しなさいな」……なんて本心を曝け出しちゃえばいいのかなぁ?
──しかし、そんな口汚い台詞が思わず出かかってしまうほどハイテンションだった私の口から出てきた音は、それらの台詞の中のどれでもなく、優越感に浸ったお姫様の余裕を窺わせる挨拶でもなく、ましてや自信たっぷりな挑発でもなかった。
それは奇しくも、本日の昼間にテニスコート脇で自然と出てしまったのと同じ音。しかしあの時と同じ音ではあれど、それはあの時とは完全なる別物。
……それはまるで、狭い狭い井戸の中で我が世の春と栄華を誇っていたカエルが、初めて大きな海を目の当たりにしてまった時、思わず口から零れてしまった悲痛な鳴き声のような、そんな小さな音だった。
……そしてそれは、入室する前から浮かべていた、勝ち誇った自信満々な笑顔のままで──
「……うげぇ……っ」
続く
まくらちゃん逃げてぇぇ!
というわけで、持ち前の運の良さでせっかく回避できたイバラの道に、わざわざ自分から突っ込んでいくという男前な生きざま(逝きざま)を見せつけたヒドインの物語でした☆
ま、そもそもオタサーの姫という題材を扱っているのに奉仕部に入んないわけがないっていうね(>ω・)
しかしここで残念なお知らせです。第1話の後書きで述べましたようにこの『まくらの大冒険』は、あくまでもスランプ中の気晴らしであり手慰みでありましてですね、ぶっちゃけコレを思いついた時点で考えていたのはここまでです!
てなわけで次回以降の更新はマジ未定でございますm(__;)m
気が向いたり思いついたりモチベが上昇したりテンションが上がったりしたらまた更新する事もあると思いますので、その時はまたよろしくです><
まくらの物語は思いのほか楽しく書くことが出来たので、なるべく早く次をお届けできるように頑張りますぅ(白目)