とあるお姫様のまちがいだらけな青春ラブコメ   作:ぶーちゃん☆

7 / 8


スミマセン、結局一ヶ月掛かっちゃいました('・ω・`;)

もうダメかもわからんね(白目)




お姫様よ、大志を抱け!

 

 

 

 一色いろは

 

 言わずと知れた我が校の生徒会長。

 昨年十一月、一年生ながらに生徒会長に就任したこの女。通例では二年が会長になるはずのところを、一年でありながらのこのこと立候補しちゃう辺り、とんだ目立ちたがりの構ってちゃんだと推察される。

 自身の優れた容姿を自覚し、自身が周りからどう評価されているのかも自覚し、それらを十二分に生かして男にちやほやされている、実にムカつく女だ。

 

 それだけ恵まれた青春とやらを送れているにも関わらず、それでも尚こうして注目の的になりたいと……世界の中心で居たいと自ら目立つ場所へとしゃしゃり出てくる、なんと傲慢なクソ女だろうか。まくら的関わりたくないランキングで言えば、リア充いい子ちゃん由比ヶ浜結衣や、醸し出す雰囲気が偽物の私とは相反する存在すぎて、確実にペースを崩されてしまうこと必至な一個上の元生徒会長 城廻めぐり等々数多居る強豪たちを押さえ、実に三位に位置している程きら星のごとき逸材である。

 

 

 ──同学年の雪ノ下雪乃や由比ヶ浜結衣ならまだしも、まさか絶対に関わる事など無いと思っていた下級生とまで、こんな場所で関わってしまうことになるだなんて……っ!

 

 

 にしてもよ、なにゆえコイツがここに来たの……? この女、生徒会長兼サッカー部女マネよね。奉仕部は三人の部活って聞いてたし、つまり一色いろはが部員という可能性はゼロで間違いない。なら生徒会長サマがこんな辺鄙な吐き貯めになんの用事があんの?

 

 ま、まさか依頼人ってやつ? ……いや、こういう女は、もし悩みを抱えてたら、その悩みさえも武器にして男に擦り寄るはずに決まってる。弱ったわたし可哀想でしょ……? 守ってあげたくなるでしょ……? と儚げな潤んだ上目遣いを駆使し、下心丸出しのヤリチン性獣共を意のままに操ってほくそ笑むに決まってる。

 そういった観点から考えると、このクソ部は一色いろはのような存在にとっては不要の極致。なぜなら自身よりも上位に位置する女が二人も居る上、唯一の男がなんのステータスにもアクセサリーにもならない駄馬。こんな所に悩みを相談しにくるわけがないではないか。

 

 ……あ! じゃあもしかしたらあれかも。学園モノのアニメやらラノベでよく目にする、生徒会と学校のお荷物部活の確執ってやつなんじゃね? こんな怪しげな集まりに、いつまでも部費も部室も提供してられるワケないでしょ。一刻も早く廃部にしてやる! ってやつ。やっばい、早くも棚ぼたチャンス到来!

 

 残り一年ちょいの学校生活、三十路に無理矢理ブチ込まれたこの監獄で棒に振る事になるんだろうと諦めかけてはいたけれど、これはもしかしたらチャンスなんじゃないの? その確執を上手いこと煽って廃部に追い込むことが出来れば、合法的に奉仕部から抜け出せるってわけ。あははは、潰れちまえこんな部活!

 絶対に関わりたくない存在かと思っていたけど、これはもしかしたらもしかして、まさかの救いの女神になりうる存在かもしれ──

 

「あれ? お客さんですかー? 珍しいですねー」

 

「珍しいは余計よ。ところで一色さん、今からお茶を淹れるのだけれど、あなたも要るかしら」

 

「あ、頂きまーす」

 

 …………。

 

 野望が一瞬で潰えた瞬間だった。めっちゃ馴染んでやがったよこの一年。

 教室後方にうずたかく積まれた机と椅子の中から、慣れた様子で「んしょっ!」と一脚の椅子をあざとく選び、とてもナチュラルな流れで比企谷と由比ヶ浜結衣の間に席を構えた生徒会長を愕然と見守ること十数秒。なんかもう何もかもが悪い方向へと進みすぎて、なんだか視界がぼんやりと霞み始めてきちゃったよ。

 

 

 そんな霞み目な私の目に飛び込んで来た光景。それはまたもや私の度肝を抜く光景でした。

 比企谷の隣に陣を構えた一色いろはが、ごく自然の仕草でキモ男のブレザーをくいくい引っ張っると、夫婦漫才もかくやという程の、こんな軽妙なコンビネーションを見せ付けてきやがったのだ。

 

「てか今って他にも依頼きてませんでしたっけ。暇がウリの奉仕部で仕事が重なるなんてホント珍しいですよねー。明日って雪の予報とか出てましたっけ先輩」

 

「なんかお前が居着いてから、そのせっかくのウリが鳴りを潜めちゃったんだよ」

 

「なんですかもしかして今口説いてます? 一色が俺の前に現れてから毎日が楽しくて暇を感じる暇もなくなっちまったぜとか言って、常に先輩の隣に居る事を強要してます? 正直ちょっと重いのでごめんなさい」

 

「うわぁ、ウザイ。あれかな? 嫌味が高度過ぎて一色には解りにくかったかな? じゃあはっきり言うけど、ここ来ないで生徒会かサッカー部行け」

 

「はいはい。そーゆーツンデレは間に合ってますんで」

 

「……」

 

 

 ……なにこれ? 仲良しか。なにこの軽妙なやりとり、比企谷ともめちゃくちゃ馴染んでるよ。

 

 ま、まさかあの一色いろはが、なんのステータスにもアクセサリーにも成り得ない……、ともすればマイナスイメージにしか成り得ない陰キャなんかとこんなにも仲良しってどういうこと? マジでこいつらってどういう繋がりがあんの……? 勘弁してよ、もう……

 

 てかいま解ったけどこの女が悪の枢軸か。そりゃこのあざとビッチっぷりに慣らされてれば、比企谷ごときが私の甘ぁい攻撃に耐えられるのにも頷けるわ。……チッ。

 

「あ、そだ。いろはちゃん違くてね? 鎌倉さんは依頼じゃなくって新入部員なんだよ。いま入部決まって挨拶済ませたとこなんだー」

 

 そんな二人のやりとりにあははと苦笑いしていた由比ヶ浜結衣なのだが、ふと思い出したかのように一色の間違いを訂正しはじめる。おいおい、ただでさえこんな女と関わりたくないんだから、余計な真似すんなよこのホルスタイン女。

 

 

 ──しかし私は気付かなかったのだ。由比ヶ浜結衣のこの余計な真似が、私にさらなる……そして最大級の屈辱をもたらす事になろうとは……

 

 

× × ×

 

 

 由比ヶ浜結衣の余計な一言により、一色いろははほへー? と間抜けな声を上げた。実にあざとくて不愉快。マジであざとい女って目に毒、というか心に毒なのね。

 なんかこう、胸がざりざりとヤスリで削られてるみたいに苛立たしい事この上ないのだが、今はそんなことを気にしている場合ではない。

 嫌で嫌で仕方ないけど、残念ながらこの部活に入ってしまった以上は完全にこいつとも関わらざるを得ない状況っぽいし、だとしたらせめてこいつにペースを握られる事態だけは避けなくてはならない。

 ただでさえ雪ノ下雪乃にボロ雑巾のような扱いされてハートがブレイクしかかってんのに、さらに下級生なんぞにまでナメられてたまるかよって話よ。

 

 だから私は自ら進んで一色に声を掛けてやる。お前なんぞより私の方が上なんだと解らせてやるためにも、ここでペースを握るのは私の方なのだ。

 

「わぁ、すっごぉい! まさか生徒会長の一色さんまで登場しちゃうなんて、ウチ超びっくりぃ! 奉仕部って有名人ばっかり集まるんだねぇ! 今まで壇上とかに居る遠くの一色さんしか見たことなかったんだけど、近くで見るとやっぱ可愛い〜! ウチ、可愛い女の子とか大好きだからめっちゃテンション上がっちゃうよぉ!」

 

 と、なんだかついさっき言ったばっかな気がする軽い先制ジャブを一色にもプレゼント。私と同じくデジャブを感じているであろう、しらっとした表情の雪ノ下雪乃と苦笑いの由比ヶ浜結衣なんて気にしない。気にしちゃいけない。

 

 わたし可愛いとか思ってる女にこの手の言葉を投げ掛けると、「ありがとうございます」と答えても「そんなこと無いですよ〜」と答えても、どっちに転んでも嫌味に聞こえちゃうから結構返答に困んのよね。

 ホラ、せいぜい返答に困りなさいよ一年坊主。

 

「あ、どもです」

 

「……」

 

 ……チッ。なんも困っちゃいないしなんの感情も籠もってねーよこの女。なにこいつウザッとか、わたしが可愛いとか当たり前なんですけどー、って顔に書いてある。特大フォントで。

 

「えーと、……鎌倉、先輩? でいいんですかねー」

 

「あ、うん! ウチ、二年A組の鎌倉まくらって言うんだ、よろしくね♪」

 

「あ、よろしくですー」

 

 こうして、なんとも心が籠もっていない挨拶が完了した。なんだろうか、このお互いに仮面を被ったかのような上辺だけのにこやかなやりとり。私からこいつに向ける負の感情は当然の事ながら、この下級生も明らかに私に対して嫌悪感を顕にしている気がする。ああ、これが同族嫌悪ってやつかな。やっぱりまくら的関わりたくないランキングは精度たかいわ。

 そんな、精度が激高なランキング五位以内のうち三人が揃うこの最低な場末で、今後卒業までこいつらと関わっていかなきゃならないかもしれないというこの地獄。神はまくらを見放したのか。

 

「……あれ? 二年の鎌倉先輩……? 鎌倉まくら……鎌倉、まくら……」

 

 これは想像していた以上に今後の学生生活がクソみたいな毎日になるかもしれないなぁ……なんて辟易としていると、THE・作り笑顔だった一色いろはが、不意に顎に人差し指を添えた「わたし考えてます」ポーズをあざとく取ったかと思うと、なぜかぶつぶつと私の名前を連呼しはじめた。

 あっれー? なになにー? もしかして私のこと知ってたの? もしかしてまくらちゃんの名声って、学年の垣根を越えて一年にまで広まっちゃってるのかなー? やだぁ、まくら困っちゃうー! って、そんなわきゃねぇよってね。

 ……はいはい、期待させといてどうせここからまた急降下が待ってんでしょ? 今日は厄日過ぎて滑り台行きは慣れちゃったよ。もう大抵の事なら驚かない自信があるね、今日の私。

 

「……あー、なるほどなるほど。なんでこんなどマイナーな部活に突然入部希望者なんだろーって思ってたんですけど、……うん、あの鎌倉まくら先輩でしたか、なるほどです」

 

 諦めの境地に達した私の予想通り、一色いろははそう呟いてにんまりとほくそ笑む。あのってなんだよ、もう嫌な予感しかしない。

 ……こいつ、ホントに知ってるよ私のこと……私の裏の顔のこと……

 

 なんで? 私って生徒会にまで知れ渡るほどなの……?

 これはいかん。知らん顔して知らぬ存ぜぬでこの会話はさらっと流してしまおう。

 

「あら、一色さんも鎌倉さんの事を知っているの?」

 

「まぁちょっとだけですけどねー。あれ? もって事は雪ノ下先輩も知ってたんですか?」

 

「ええ」

 

 私の寒々しい心境とは対照的に、室内はふわっとした温かい香りに包まれる。どうやら午後のティータイムの準備が整ったようだ。

 ああ、なんと心落ち着く素敵な香りだろうか。ふざけんな落ち着くわけないじゃない。小憎たらしくなるほど美しい立ち姿と所作で部員&一色にお茶をサーブしてゆく雪ノ下雪乃が、一色いろはのセリフに食い付いちゃったのだから。

 

「どうぞ」

 

 まくら的関わりたくない一位or二位と三位の怖いやりとりを戦々恐々と窺っていると、不意に手渡されたひとつの紙コップ。頭痛と動悸が激しい現在の不健康状態をチェックする為に検尿でもしてろってことかな?

 

「は? ……あ。ふぇ? わ、わぁ〜、ウチにも淹れてくれたんだぁ! めっちゃ美味しそぉ」

 

「どうぞ、一色さん」

 

「ありがとうです」

 

 突然手渡された、尿ならぬ紅茶入りの紙コップにびっくりして、思わずひょっこりと素が顔を覗かせてしまった。

 やばいやばいと猫を被ってせっかく紅茶を賛美してあげたのに、ゆきのんたら可愛らしく喋ってるまくらちゃんをガン無視☆

 あ〜、もうマジぶっとばしたい。

 

「それで、なぜ一色さんが彼女のことを知っているのかしら」

 

 ……えぇぇ……まくらちゃんの素敵スマイル無視しといてそこ掘り下げちゃいますぅ……? 私が故意的に一色に触れないようにしてんだから、そこは察しろよ……。あ、この雪女の場合、察した上での行動の公算が大かも。

 そして底意地の悪いクソ女同士通じるトコがあるのだろう。雪ノ下雪乃の質問に、一色いろはは間髪入れず口を開く。

 

「ほら、わたしって超優秀な生徒会長じゃないですかー?」

 

「……だったら生徒会行けよ」

 

「比企谷くん、今一色さんは私と会話しているのよ。少しの間だけでいいから、上唇と下唇を溶接しておいてくれないかしら」

 

「おい、最近の溶接技術は優秀なんだぞ。一度溶接しちゃったら少しの間だけじゃ済まなくなっちゃうからね? せめて外しやすいように仮縫いくらいにしといてもらえませんかね」

 

「縫っちゃうのはいいんだ!?」

 

「で、部活動の予算決めとか、生徒会が権力を行使して実権を握ることが出来る、生徒会にとっては数少ないメインイベント的なトコあるじゃないですかー? なので私、部活動事情にはちょっと精通してるんですよ。各部活のウィークポイントとか押さえとくと、予算会議の時とか超便利ですからねー」

 

「無視かよ。あと黒いし恐えぇよ」

 

「比企谷くん?」

 

「……はい」

 

 ……なんでまたお笑い劇場が始まっちゃってんのよ。夫婦漫才からグループショートコントに変化しちゃってるし。なにこの一体感、腹立つ。それと比企谷なんかに同意するのは癪だけど、この一年生生徒会長、思ってたよりも黒すぎでしょ。

 そして、そんな下らない奉仕部お笑いライブをぐぎぎと憎々しげに観覧する事しか出来ないでいる私の耳に、次の瞬間ついに決定的なとある事実がもたらされるのであった。

 

「そんなわけで、部員が起こした問題行動とか問題生徒とかの話題って、自然と耳に入ってきちゃうんですよねー。主に平塚先生から」

 

 ──またテメェかよ三十路ぃ! 結局、全部あの行き遅れに繋がっちゃうのか……

 

「……え、えー? 一色さんがなんの話してるのかよく分からないんだけどぉ……、問題行動とか問題生徒って、もしかしてウチのことぉ……? ウチってこう見えて結構優良生徒なんだけどぉ。……ちょっとひどくなぁい? ……ウチ、あなたの上級生だよ?」

 

 そして、よせばいいのに満面の笑顔にビキビキッと血管浮かせて即座に反応しちゃう私。煽り耐性ゼロか。わざわざ地雷を踏み抜きに行く不器用な生き方をしている覚えはないんだけど。

 でもでも仕方ないじゃない。絶対関わりたくないと思ってたムカつく一年のクソ女にそんな物言いされちゃったら、いくら太平洋くらい心が広くてマリアナ海溝くらい心が深いさすがの私だって、いい加減我慢の限界ってなものでしょうが。

 イラつき過ぎて、太平洋なんかユーラシア大陸とアメリカ大陸があっという間に大陸移動して消滅しちゃったし、マリアナ海溝なんて埋め立て事業が一瞬で完了してディスティニーリゾートが建設されちゃったわよ。

 

「……」

 

 そんな私の逆鱗に触れた一年生生徒会長サマは私の笑顔の圧に怖じ気づいたのか、一瞬で口をつぐみ静かにすっと俯くと、ぷるぷると肩を揺らしはじめる。

 なぁにぃ? うふ、ちょっぴりお姉さん恐かったかなぁ? けっ、ざまぁ、あんま調子に乗って上級生をナメんじゃないわよっつの。

 

「ぷっ、あはははは! やっばい、鎌倉先輩ってやっぱ超面白いんですねー」

 

「……」

 

 はいはい分かってましたよー。定番ですもんね、肩震わせて笑いを堪えてるのを恐くて悔しくて震えてると勘違いさせといてからの滑り台行きってオチ。

 そしてひとしきりウケて満足した一色いろはは、にやにやと下卑た笑みを浮かべながら私を値踏みするように上から下へと視線を巡らせ、あろうことかフッと鼻で笑いやがった。

 

「やー、なんかぁ、わたし鎌倉先輩とは上手くやっていけそうな気がしちゃいます♪」

 

 そう言って立ち上がった一色は、素敵な笑顔のまま私に向かってとてとてっとあざとく駆け寄ってくる。恐い恐い恐い。

 そしてついに私のもとへと辿り着いた一色は、ニコニコ笑顔で私の耳元に口を寄せ、静かに優しく、そしてナチュラルな声音──つまりめっちゃ低い──で、こしょこしょとこう囁くのだった。

 

「……あれですよね、鎌倉せんぱいっ。どういった経緯で先輩をターゲットに選んだのかは知りませんけどー、どうせここがどんな場所でどんな子が居るか知りもせずに、無謀にも突撃かましちゃったんですよねー? で、いざ来てみたら雪ノ下先輩と結衣先輩という残酷な現実を突き付けられて、涙目で途方に暮れちゃってた、みたいなー?」

 

「っ! ……な、なんのこと言ってるのかなぁ? い、一色さん、なんか勘違いしてなぁい……?」

 

「あはっ、そーゆーのいいんで。わたしもちょっと前まで色んなトコで似たようなことしてたんで、鎌倉先輩の思考とか手に取るように分かるんですよねー。ま、全てにおいて下位互換ですけど。鎌倉先輩が」

 

「……ぐぎっ」

 

「気付いてましたー? 鎌倉先輩、わたしが部室に入ってきた時から顔超真っ青だったし超引きつり笑顔だったし、額とかめっちゃ脂汗まみれになってましたよー?」

 

「……ぐぎぎっ」

 

 ……ぐ、ヤバイ今にも胸ぐら掴んで、その可愛いお顔に唾吐きつけてやりたいっ……! でも正直、怒りよりも先に違う感情に全身を支配されてしまっている私は、身動きなどとれず、引きつった笑顔をなるべく長く持続させる事くらいが関の山。びびび、びびってなんかねーし。

 

 ──こいつ、思ってたより遥かにヤバイ……。見た目と派手な交友関係なノリだけで調子に乗って生徒会長に名乗りを上げただけのバカ女かと思ってたけど、一筋縄ではいかない、とんだ曲者かもしれない。

 

「……言っときますけど、わたしでさえ奉仕部の皆さんの輪に入るのは結構苦労してるんですよ。あのお二人が居るのに先輩を狙うとか尚更ムズいですし。……なので申し訳ないんですけど、鎌倉先輩“程度”だと、ちょぉーっと無理だと思いますよー?」

 

「……グギギギッ……!」

 

 そして一色いろはは私の耳元から一旦口を放し、わざわざ満面の黒い笑顔を私に見せ付けてから、声の音階をもう一段階落としてこう言葉を続けるのだった。

 

「……ここはお三方にとって、そしてわたしにとってもとても大切な場所なんですよ。ですのでぶっちゃけ邪魔なんで、……とっとと尻尾巻いて敗走する事をオススメしちゃいますっ。……あ、でもあの様子から察するに、もしかしたらすでに逃げられない状況に追い込まれてるんですかねー? だとしたら…………ぷっ、御愁傷様death♪」

 

「くはっ」

 

 

 

 ──チクショウ! やはり私はこいつに関わるべきではなかった! てか、やはりまくら的関わりたくないランキングには大人しく従うべきだったのだ!

 今すぐこの素晴らしきクソ女に言ってやりたいよ……。声を大にして言ってやりたいよ……。もう平塚と雪ノ下雪乃に逃げ道を塞がれちゃってんだよ、クソが! ってさぁ!

 

「どうかしたのか一色」

 

「どしたの? いろはちゃん」

 

「一色さん、どうかしたのかしら」

 

 すると、初対面であるはずの上級生といつまでもこそこそ話を続けている後輩を不審に思ったのか、奉仕部の連中が一斉に一色に声を掛けた。だったらもっと早く一色を止めてよお願いだから。

 

「あ、なんでもないですよー。ただ、学年は上とはいえ奉仕部員としてようやく出来た初めての後輩なんで、念入りに挨拶してただけです」

 

「いつから部員になったんだよ……」

 

「あなたを入部させた記憶は無いのだけれど……」

 

「え!? いろはちゃんいつの間ににゅうぶとどけ書いたの!?」

 

「まぁまぁ、堅い事はいいじゃないですかー」

 

 そう言ってきゃるんと比企谷達を躱した一色は、今一度愉しげに私を見やり──

 

「ではでは改めまして、これからヨロシクです、まくら先輩っ」

 

 まるで小悪魔のような……いやさ悪魔のようなニコニコ微笑を浮かべ、親しげなファーストネーム付きの挨拶をぶちかましてくるのであった。

 

 

 ……ハッ、そんなんで勝ち誇ったつもりかよ一色。アハハ、これはとんだ甘ちゃんだこと。

 なに勘違いしてんの? 笑わせるんじゃないわよ。私、お前ごときに全然負けてないし? お姉さんの余裕を見せ付けて、ちょっと様子を見てただけだし? ちょっと後輩ちゃんを泳がせてあげてただけだし?

 

 だから私だって、最っ高に嫌味ったらしい笑顔で言ってやるよ。見せ付けてやるよ。お前なんかに負けてねーからって。まだ本気出してないだけだからって。小娘にお姉さんの余裕をぶちかましてやるよ。

 

「こ、こちらこそよろしくねぇ! ……い、いろはちゃん♪」

 

 

 

 ──こうして始まった、私の新しいお姫様活動。

 とっても優しい仲間達ととっても可愛い後輩に囲まれたこの素敵な部活では、一体どんな依頼やどんな毎日が待っていることでしょうっ?

 

 

 

 

 

 ……が、次の瞬間には部室内にこんこんとノック音が響き渡った。

 おいおい、来客早すぎんでしょ。せっかく人が意識を保つ為に現実逃避し始めたってのに、次の瞬間に客ってどういうことよ。

 マジちょっと勘弁してくれないかしら……。まさかここにきて更なる追加シナリオが発動すんの……? 今日はちょっと神様はしゃぎ過ぎじゃない?

 

 

 ……とはいえ、とはいえよ。もうここまで来れば恐いモンなんかなにもない。今日の私、一体どれだけ酷い目に遭ったと思ってるのよ。

 今までの人生の中でも指折りの災難が、次から次へと怒涛の勢いで押し寄せて来た今日という一日。すでに想像しうる災厄をすべて経験しちゃった今日の私からすれば、今からどんな追加シナリオが襲ってきた所で、そんなのはもうただの劣化焼き増し改悪コピペ。

 ケッ、今さらなにが襲ってこようとも別にどうということもないっつの。もう大抵の事では動じないから、私。

 

 

「くはっ」

 

 

 どうぞ、と、雪ノ下雪乃の入室を促す声と共にガラリと開いた扉。そんな扉の先にいた来客の姿を両まなこでしっかり捉えてしまった私が思わず吐血してしまうのも無理はない。

 

「……失礼しまーす」

 

 そこに立っていたのは、金色(こんじき)のたてがみをみょんみょんとひるがえす一匹の獣……一匹の百獣の女王だったのだから……! 牝なのにたてがみとはこれいかに。

 

「あれ? 優美子どしたー?」

 

「あ、んー。……なんつーの? あんな依頼してる身だし、進捗状況が気になるっつーの……? なんか、今どうなってんのかちょっと気になっちゃって寄ってみた。…………って、……は? 一色はともかく、なんで鎌倉? だっけ? がここ居んの? なに? また違う依頼でも入ったん?」

 

 ……そう。そこにどんと仁王立ち、今にも襲い掛かってきそうなほどの不機嫌さをガンガンに醸し出すは女王、三浦優美子。なにを隠そう、まくら的関わりたくないランキングで雪ノ下雪乃とダントツで一位二位を争う片割れの女。

 一年のとき同クラで、ほぼ話した事も関わった事もないというのに、ただ同じ教室に居るというストレスとプレッシャーだけで、私の生命を毎日脅かしていた獄炎の女王様。

 

 ……オタクがこの世で最も恐れるもの。それは、周りの空気など一切気にもせず、我が道を自由にひた走るウェイウェイなリア充と、そしてご存知DQNなヤンキー。

 そしてこの三浦優美子という女王様は、その両方の要素を最大級レベルで併せ持つ、まさに私の天敵なのである。なんで女子高生なのにそんな見事な金髪と威圧感なのよ……

 

「あ、優美子も鎌倉さん知ってるんだ。鎌倉さんはさっき入ったばっかの新入部員なんだー」

 

「……は? なにそれマジで言ってんの? じゃああーしの依頼、鎌倉にも知られちゃうわけ……? チッ。……鎌倉ってさぁ、確か口が軽くって、クラスの女子の悪い噂とかすぐ仲いい男子とかにチクッてなかったっけ……? ……ねぇ鎌倉ぁ、言っとくけどあーしの依頼内容誰かにチクッたら、…………マジどうなっても知んないし」

 

「……は、はひ」

 

 

 ──その瞬間を持ってして、私はその日の意識を手放したのでした。

 

 

× × ×

 

 

 ぐっちゃぐっちゃぐっちゃ……。ぐっちゃぐっちゃぐっちゃ……

 

 

 あの人生最悪の日に思いを巡らせているぐちゃぐちゃな頭の中では、ぐっちゃぐっちゃと、なんとも不快でなんとも汚らしい音だけが鼓膜を揺すり続けている。

 あれ? この音ってなんの音だったっけ? 荒んだ心象風景の中の淀んだ効果音かなんか?

 

「ちょっとまくら、あんたどんだけ納豆混ぜれば気が済むのよ。もう混ぜすぎて液状化しちゃってんじゃないのー?」

 

「あ」

 

 いけないいけない。つい昨日の放課後に意識持ってかれて意識遠退いちゃってたわ。なにこれ、いつのまにか納豆がめっちゃクリーミーになってんだけど。

 

「どしたの? あんた今日は朝から変よねぇ。あ、昨日帰ってきた時からかー。まぁあんたが変なのは今に始まったことじゃないけど。ホラ、中学の時なんかワカメみたいなもっさい髪振り乱して『美少女仮面ビューティーピロー!』とかなんとか叫んでたもんね。夜な夜な自分の部屋で」

 

「やめてぇぇぇ!」

 

 おい朝からマジやめろ。ホントこのババァ、過去の記憶と共に息の根を止めてやりたい。いっそ殺っちゃおうかしら。

 てか自分の部屋で夜な夜なやってたのになんで知ってんのよ。

 

「ま、あの頃よりは毎日元気で楽しそうだからいいけどねー」

 

「……うるさいよ」

 

 そりゃ、まぁ、ね。あの頃はホント毎日つまんなかったし。日頃のストレス発散で、妄想の中で美少女仮面に変身してムカつく奴らにお仕置きしてたとかマジ黒歴史。

 ……うん、当時はあんま学校のことには触れてこなかったけど、なんだかんだ言ってクララには心配かけてたんだろうな……。ありがとね、お母さん……

 

 

 って違う違う。誰も私の暗くてじめじめしたシリアス過去話なんて求めてないから。クララの突然の母の顔に感化されて、イイハナシダナーしてる場合ではないのである。

 今はネクラマクラとか言われてた陰キャ時代ヒストリーはどうだっていいのよ。

 

 確かにあの頃はあの頃で暗い毎日送ってたけども、今日から送らねばならない毎日は、あの頃とはまた別種の暗黒の毎日となること必至。地獄度合いで言えば、一人で完結出来ていたあの頃とは比べるべくもないほどにヤバイのだ。

 

「……んな事よりさぁ、私今日から、ってか昨日からだけど、また帰り遅くなると思うから宜しく〜……」

 

「そなの? あんたまた新しい部活でも入ったの? あんたってそんなアグレッシブだったっけ?」

 

「……攻撃的なのは部員共と依頼人の方だっつの……」

 

「ん? なんか言ったー?」

 

「……なんでもなーい」

 

「そう? あ、まくらまくら、それはそうとね〜──」

 

 

 

 それからもクララの取り留めのないマシンガントークを軽く聞き流しつつ朝食を摂り終えた私は、現在腐り果てた目を鏡に写してしゃこしゃこと歯磨き中。

 可哀想なほど歪んでしまったプリティーな顔をぼーっと眺めつつ、奉仕部のこと、今後のことを悶々と考えている。

 

 

 正直に認めよう。いま私は、あいつらに負けてしまうことを恐れている。そりゃいくら雪ノ下雪乃や由比ヶ浜結衣、一色いろはだからといったって、この私が負けるわけはない。仮に現状が負けているように見えたとしても、それはまだ私が本気出してないだけだから。本気出せば楽勝。超楽勝。

 

 でもね、さしものこの私でも、あの連中に束で攻めてこられたらひとたまりもないのだ。なぜなら、人の機微を見極めて見下すのが得意技のこの私が見たところ、あの連中は少なからず比企谷に好意を抱いているから。比企谷に好意を抱いている以上は、こっちがどれだけ素知らぬ顔をしていようとも、目障りな私を排除しようと一致団結してくるに違いない。

 

 比企谷への好意が最も分かりやすくてバレバレなのは由比ヶ浜結衣だろう。なにあれ、ご主人様にじゃれつく犬か。

 

 そして雪ノ下雪乃。あの女、確か三学期が始まってから葉山とかいうイケメンリア充と噂になってたはずなのに、あの様子では、結局ただの低次元な連中の下らない噂に過ぎないのだろう。どう見ても、比企谷に対して特別な眼差しを向けていた。

 昨日聞いた三浦のくっだらね〜依頼を奉仕部として請けているのを見ても、雪ノ下雪乃が葉山に好意を抱いている線はゼロだと思われる。

 

 さらには一色いろはだ。あいつも葉山狙いとかって噂が絶えないクソビッチのはずなのに、比企谷に向ける素の表情や私への敵意を見る限り、どう考えても狙いは比企谷だろう。

 

 つかあの比企谷だよ? なんで我が校の有名人共があんな底辺陰キャ? あんなののどこがいいの? 揃いも揃ってバッカじゃねーの? マジウケる。

 

 あとは……三浦、かぁ。

 ま、まぁあいつの襲来は正直ビビってちょっと漏らしそうになっちゃったけども、まぁ三浦優美子は単なる依頼人でしかなく、昨日聞きたくもないのに嫌々聞かされたあのくっだらね〜依頼さえ終われば、もう三浦とは関わらなくても済むはずだからなんとか我慢できる、はず。

 もうちょいでバレンタインが来ちゃうし、なんか次の依頼人もまた三浦な気がしてならないんだけど、それは気のせいに決まってる。

 てか神様、もう十分でしょ? これ以上私を虐めないでください。連続で三浦の恋愛相談とかホント死んじゃうんで。

 

 

 

 ……とにもかくにも、だ。私は、あのふざけた部活でどうやって生き延びてゆけばよいのだろう。退路はがっつり塞がれてるし、ホントマジで下手したら死んじゃいそう。精神的に。

 

 かといって、私の……いやさお姫様の性分として、奴らに屈しないよう目立たず動かず貝になる毎日なんて冗談じゃない。ざっけんな、この私を誰だと思ってんのよ。プリンセスまくらさんだぞ。

 ちょっと可愛くてちょっと有名人だからって調子に乗ってんじゃねぇよ。私がこのまま負けたままでいると思うなよ? いやいや負けてないし。むしろ勝ってるし。

 ……クッソ、なんとしてでもあの女共を見返してやりたい! 私をこんな目に合わせた陰キャ野郎をぎゃふんと言わせてやりたい! なんか、なんか一発逆転できないの……!?

 

 

「……あ」

 

 そうだ。これって考えようによってはまたとない好機なんじゃない? 昨日はあまりの惨たらしい事態に逃げ回ることばっか考えてたけども、一晩時間を置いてよくよく考えたら、当初の狙い通り比企谷を落とせさえすれば、あのまくら的関わりたくないランキング上位者共に吠え面をかかせてやれるじゃん。泣かせてやれるじゃん。

 

「フッ……」

 

 確かに雪ノ下雪乃、由比ヶ浜結衣、一色いろはと正面きって大立ち回りを演じるのは得策ではない。け、決してあいつらに勝てないとか思ってるわけじゃない。省エネまくらちゃん的に割りに合わないってだけ……!

 でも、裏でこっそりと比企谷を……あんな地味で嫌われ者の陰キャ野郎を落とすのなんて、この美少女プリンセスがちょちょいと本気出せば造作もないことじゃん!

 

 少なくとも私には対比企谷において、奴らにはない取って置きの武器があるのだ。それは、対オタク用に磨き上げてきた仕草行動オタ知識。

 ハッ、この私の目を見くびるなよ? あの三下プリンセス共が。お前らが比企谷相手に素直な好意を示すことが出来ないことくらい、昨日のやり取り見ただけでお見通しなのよ。バッカじゃねーの? なに恥ずかしがってんの? 今どきツンデレなんて流行んねーんだよ、バァーカ!

 

「フハッ……、アハハハハ!」

 

 だからだよ。だからこそだよまくらちゃん。ツンデレ気取って手も心も出せないあいつらを出し抜いて、このナンバーワンお姫様が自身の魅力を総動員してお前らの比企谷を奪ってやる。そしてあの三人に愛想尽かされて一人になった比企谷を無惨に棄ててやる!

 アハハ、ざっまぁ雪ノ下雪乃! ざっまぁ由比ヶ浜結衣! ざっまぁ一色いろは!

 

 

「よっし……!」

 

 目標は決まった。野望も出来た。だから昨日までのしょげた鎌倉まくらはもう居ない。いま鏡に勝ち気な瞳と歪んだ口元を写しているのは、いつもの……いつも通りの絶対王者、オタサーの姫・鎌倉まくら様なのだ!

 

 

 

 ──私はおもむろに右手を右斜め上に真っ直ぐ掲げると、左手は不遜さを表すかのようにがっつり腰に添える。

 そして、クラーク博士よろしく明日という未来に人差し指をぴんっと向け、ここに堂々宣言するのだ。あいつらに……、そして、鏡に写った自分自身へ。

 

 ──お姫様よ、大志を抱け、と。

 

 

 

「プリンセス ビー アンビシャァァス!」

 

 

 つってね。

 

 

 

 

 ……よっし、じゃあまずは放課後に部室行ったら、こないだ廊下で比企谷にパンツ見られた事を全員の前で報告してやろう。

 アハハ、ざっまぁ比企谷ぁ!

 

 

 

 

 

 ちなみにその日の放課後もやっぱり散々痛い目に遭わされ、さらにその日の夕飯時、鏡の前でのこの朝の奇行をクララに弄られてイタい黒歴史が新たに追加されたというのは、また別のお話。

 

 

 

 

 やはり、鎌倉まくらの青春ラブコメは間違いだらけである。

 

 

 

 

 

 

 





お姫様の大志→パンツ見られちゃった報告。アンビシャスちっちゃいな!



というわけで、ひと月ぶりにようやくの更新となりましたがありがとうございました!
まさかのあーしさん乱入と相成りましたが、まぁ勘の良い読者さまなら時期的にこの依頼中のお話だと……そしてまくらの『まくら的関わりたくランキング』一位があーしさんだと気付いていた方もいらっしゃるのではないでしょうか?(^皿^)
いろはすは三位だったのです!でも、やっぱ久し振りにいろはす書いたら楽しくて仕方なかった☆


そしてこれにてこの物語も一旦の幕引き……かな?
もしもまだ続けられそうなら、ここからマラソン大会→バレンタインでまくらの七転八倒血反吐ドバドバとかもアリなんですけども、私の現状的になかなか難しそうです。か、書けないよぅ(吐血)

でもまくらは個人的にかなりお気に入りなオリキャラなんで、この忌々しいスランプを抜けられる日がいつかきたならば、またこのヒドインの雄姿(笑)を書いてみたいなー♪なんて思ってます(^^)


ではでは皆様、またなにかしらでお会いいたしましょうッノシノシ
(なんかまた気楽に書けそうなヤツでも始めたいなぁ…)

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