真・恋姫†無双 ご都合主義で聖杯戦争!?   作:AUOジョンソン

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「カボチャの頭に黒い外套の従者と」「頭に紙袋被って同じく黒い外套を着た主・・・」「この時代に110番がなくて良かったな、二人とも・・・」

それでは、どうぞ。


第二十四話 主と従者と決着と

多喜は、高揚していた。

ふらふらと蜀の軍に付いて来たものの、戦う気になれずに森の中で寝ていた時、魔力を感知して跳ね起きた。

そして見たものは、あの時対峙した男が、自分の潜んでいる森の近くを通るところだった。

魔術師の英霊を使役していた主の顔を、忘れるはずも無かった。

 

「・・・ほう、ライダーのマスターですか。・・・いえ、元、と付けるべきでしょうか?」

 

「ハッ。んなものどうでもいい。取り合えず、一発殴らせろ」

 

「お断りします。どっちみち、あなたは私に勝てない。・・・そうですね、良いでしょう。この私を倒すことができれば、私の軍団の進軍を止めましょう」

 

その言葉には、自信が溢れていた。自分が負けるはずが無い、という自信が。

不遜な言葉にも、多喜は仮面の下の笑顔を崩すことは無かった。

多喜も、自信にあふれていた。何故かは分からない。何故かは分からないが、勝てると思った。

拳を握り、目の前の敵に集中する。・・・空気が張り詰めたその時。

 

「マスター、珍しいじゃねえか。自分から苦しいほうに動くなんて」

 

声が聞こえる。

間違いなく幻聴だと断言できる声が。

だが、多喜はその言葉に勇気を奮わせる。

 

「これでもう、お前を導く必要もなさそうだ」

 

そうかい、と心の中で答えて、多喜は疾走した。

まずは一発、その涼しいツラにぶち込む! 

 

「っだらぁっ!」

 

「ふっ・・・」

 

警邏の仕事や兵士の訓練で鍛えられてるとはいえ、管理者に届くほどではない。

拳は空を切り、一向に当たる気配が無い。

 

「どうしたのですか? 勢いがなくなっていますよ?」

 

「っせぇ!」

 

再び拳が唸る。

が、それも届かない。

 

「・・・もう良いでしょう。あなたを倒して、進軍させてもらいます」

 

そういうと、長髪の男は手を光らせ、ナニカを発射しようとする。

 

「ちっ・・・!」

 

避けようと体を動かすが、頭のどこかで冷静に理解してしまっている。

―――避けられない。

 

「っ!?」

 

だが、多喜にその光が当たることは無かった。

長髪の男があわてて後ろに飛びのき、攻撃を中断したからだ。

先ほどまで長髪の男がいたところには、十字の形をした投擲武器・・・手裏剣が刺さっていた。

 

「ふむ、そういう手を使うのならば俺が出張ろう」

 

そういって多喜の隣に降り立ったのは、一人の男。

 

「アーチャーに恩を売るには、このタイミングが一番だろうからな」

 

「・・・お前、誰だ?」

 

「お前と同じようなものだ。ま、今回は元マスター同士ということで手を組もうじゃないか」

 

多喜の言葉に、割って入った男は光を失った令呪を見せる

そして、片手で小太刀を構え、もう片方の手で手裏剣を構えた甲賀忍者の子孫・・・ランサーの元マスターは、にやりと笑った。

 

「なるほどな。敗退者同士、仲良くしようぜってことか」

 

「そうなる」

 

「ふふ、魔術師とはいえ、人間二人で外史の管理者に挑むとは・・・愚かですね」

 

長髪の男の嘲笑交じりの言葉に、二人はそれぞれ口を開く。

 

「やってみねえと分からねえだろ、まったく」

 

「そのとおりだ。・・・それに、そういう言葉は巷では俗に・・・負けフラグ、というのだぞ?」

 

その言葉を最後に、黒い二つの影は左右から挟みこむように疾走を開始した。

 

・・・

 

アサシンは、キャスターを相手に善戦していた。

数は少ないとはいえ、ホムンクルスに攻め立てられ、爆発する石がキャスターの手から間断なく投げ込まれては、いくら敏捷の高いアサシンであっても接近は困難だった。

すでにホムンクルスを一体妄想心音(ザバーニーヤ)で処理しているものの、残りは二体。さらにキャスターまでいる。

ダークでけん制しつつ、白い軍団も減らし、と二つの行動を平行して行っているため、少しずつ攻撃がかすり始めてきていた。

アサシンは暗殺者であって、戦闘者ではない。それは当然の結果だった。

このままでは、負けてしまう。

・・・そう、このままでは。

 

「助太刀いたす。・・・いや、良く踏ん張ったな、アサシン」

 

背後からの声。

次の瞬間には、弾丸のように疾走した影が、横をすり抜けていった。

二刀を振るうその姿は、まさに最優のサーヴァントの姿としてふさわしい。

 

「行くぞ、魔術師! 我が兄弟との連携に、貴様の実験体はどのくらい持つかな!?」

 

キャスターとセイバーがつばぜり合いをした瞬間、キャスターとホムンクルス、そしてセイバーが消えた。

アサシンは固有結界に飛んでいったのだ、とすぐに判断し、ならば自分はここで白い軍団をとめなくてはならない、と思考を切り替えた。

 

「・・・」

 

ダークを構え、油断なく腰を低く下ろす。

ともすれば老人のようなその立ち姿に隙はなく。

直接対決になると分が悪いアサシンクラスといえども、ただの人間の群れに負ける気は、さらさら無かった。

 

・・・

 

「吹き飛べ!」

 

鏡に収束された魔力が、白い軍団を吹き飛ばす。

 

「・・・ほう? お前、管理者か?」

 

その威力を見た管理者が、卑弥呼をにらみつけながら問う。

 

「あんな筋肉ダルマと一緒にしないでくれる? わらわの美しい身体と筋肉は相性が悪いわ」

 

胸を張りながら答える卑弥呼に、男は鼻を鳴らしながら口を開いた。

 

「ふん。その貧相な体つきで何が美しい、だ」

 

「・・・言うじゃない。貧相な体から打ち出される魔力光、受けてみる?」

 

「やってみろ」

 

一触即発の空気の中、二人はにらみ合う。

二人の強大な威圧感がぶつかり合い、空気が軋む。

 

「ッ!」

 

「合わせ鏡!」

 

合図もなしに、二人は同時に動いた。

男の周りに鏡を配置する卑弥呼。だが、男は鏡と鏡の隙間を抜けて卑弥呼へ駆け寄る。

 

「ふふん? なかなか早いじゃない」

 

宙に浮く卑弥呼は余裕の表情を浮かべる。

あれの囲みを抜けられたからといって、自分の下に来るまではまだ余裕がある。

男の進行方向を塞ぐように鏡を再び配置する。

・・・だが。

 

「はっ!」

 

「っ!?」

 

男はそんな鏡を物ともしないかのようにその場で前方に跳躍。

その先には鏡を構える卑弥呼がいる。

 

「あの距離で跳躍!? しかも早い・・・!」

 

驚きの声を上げつつも、卑弥呼は自身の周りに鏡を配置し、迎え撃った。

しかし、一瞬遅かった。男はまさに矢のように一直線に卑弥呼の下へ跳ぶと、勢いを乗せた蹴りを卑弥呼に当てた。

 

「きゃうっ!」

 

体を縮める卑弥呼。

衝撃で宙に浮くための力を抜いてしまったのか、地面へと落ちてしまった。

あまり高所ではないとはいえ魔法の力があるだけのただの少女には、かなりの痛みに違いない。

 

「くっ、あ、痛い・・・うく」

 

苦しげな声を上げつつ、卑弥呼は立ち上がった。

服には土が付き、鏡も汚れてしまった。体中には痛みが走り、意識は少し朦朧とし始めている。

 

「・・ふ、ふふっ。私に真正面から向かってきたのは、あんたで二人目よ。・・・もっとも、あんたはわらわの好みじゃないけど」

 

「ふん。良く吠える」

 

男は構えたまま、油断せずに卑弥呼と相対する。

 

「いつまでそれが続くか、楽しみだ」

 

「いつまででも続くわよ。平行世界がある限り」

 

・・・

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

「はああああっ!」

 

気合をこめた掛け声とともに、バーサーカーにエアを叩きつける。

もとより英雄王の能力は全ての英雄にとっての最適解を叩きつける能力。制限も制約も無いのなら、負けることは無い。

王の財宝(ゲートオブバビロン)に巻き込んで困るような人間はいないし、俺とバーサーカーのぶつかり合いに巻き込まれた人もいない。

『戦争そのもの』と呼ばれたギルガメッシュの能力を遺憾なく発揮できて、バーサーカーと正面からぶつかり合えるスペックを惜しげもなく使うことができる。

振り下ろされた薙刀を筋力とエアによってはじく。その間に宝具の弾丸がバーサーカーを襲うが、バーサーカーも刀を投げて宝具の弾丸をいくつか地面に落とす。

その間にエアを袈裟切りに振り下ろし、バーサーカーが薙刀でそれを防ぐ。そして、バーサーカーが薙刀を振り下ろし・・・と、最初に戻る。

・・・さっきからの攻防は、大体そんな感じの流れになっていた。

宝具を打ち鳴らすたびに発生する衝撃は近くにいる白い軍団を弾き飛ばし、遠くにいる桃香たちに突風として襲い掛かる。

さっきちらりと見たのだが、ほとんどの将が女性のため、悲鳴を上げながら突風でめくれたスカートを抑えていた。

最初に悲鳴が聞こえた時は何事かと思ったため、思わず笑みを浮かべてしまった。

こんな死合いの後ろで、そんなラブコメのハプニングのようなことが起こってるなんて、とギャップに笑いが漏れたのかもしれない。

・・・おい、こらそこ。誰がムッツリか。

 

「お、おおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 

すでに足や肩にさまざまな宝具が突き刺さっているが、バーサーカーは雄たけびと暴風のような攻撃を止めることはない。

流石、矢が体中に突き刺さっても戦い抜いただけはある。

・・・だが、そこまでだ。

突き刺さる宝具はバーサーカーの体力を奪い、さらに傷口から血という形で魔力が抜け出ていく。

実体化するだけで魔力を大量に消費するバーサーカーが、ここまで持っているのが不思議なくらいだ。

背後の白い軍団も数えられるぐらいになってきている。

 

「・・・?」

 

そして、振り下ろされる薙刀をはじいた後。

衝撃を堪えて次の攻撃に備えるが、攻撃がこない。

疑問に思って今まで薙刀に集中させていた視線をバーサーカーに向けると・・・。

 

「・・・なるほど、ね」

 

弁慶の立ち往生。背後の白い軍団を守るために宝具の雨を一身に受けていた男の、最後だった。

仁王立ちしたバーサーカーは狂気に染まった顔ではなく、ただ戦い抜いた男の顔で、消えていった。

 

「・・・ん?」

 

バーサーカーが消えた瞬間、その後ろにいた白い軍団が倒れた。

近くに寄ってみてみると、気絶しているようだ。

・・・謎である。孔雀あたりに調べてもらうか。

 

・・・

 

目の前で広がる光景に、蜀の将たち以外は頭を抱えたくなった。

宙に浮かぶ武器、敵をなぎ払う光の線や消える剣士。全てが信じられるものではなく、桃香に説明されて漸く曹操達は目の前の光景を現実だと受け止め始めた。

 

「・・・で、あれがあなたの・・・従者、というわけ?」

 

曹操が、近くにいた月にそう尋ねる。

 

「はい。・・・といっても、私は主らしきことをしてあげたことは無いんですけど」

 

くすり、と微笑を浮かべる月。いつも守ってもらってばっかりでしたし、と自嘲するように続ける月の答えに、ふぅんとつぶやく曹操。

 

「・・・なるほど、ね」

 

「それにしてもすごいわねー。あ、敵が消えてくわよ?」

 

雪蓮がなにあれ、すごいわねー。あれも妖術? と誰に問うわけでもなくつぶやいた。

戦いを終えたアーチャーが中央に固まった将たちの元へと戻ってくる。

一瞬臨戦態勢になる兵士もいたが、大丈夫だよ、というアーチャーの声で自然と警戒を解いていた。

ギルガメッシュのカリスマのランクの前では対魔術など無いに等しい兵士たちはその呪いの様なカリスマに抵抗できるはずもなく。

勝手に身体が反応し、武器を下ろしていた。

 

「桃香、南の敵は排除したから、そっちから逃げて」

 

「う、うん。お疲れ様、お兄さん」

 

「ああ、ありがとう。でもまだ三方向残ってるから、そっちも助太刀してくる。・・・嫌な予感がするから、できるだけ早く逃げてくれよ?」

 

「うん、分かった。・・・ここまでおおっぴらにやっちゃうと、後でみんなに説明するの大変そうだね?」

 

心配そうな表情を浮かべた桃香が、少し小声でつぶやいた。

・・・ああ、まったくそのとおりだ。曹操とか雪蓮のこっちを見る目がすごいもの。

 

「ギルさん」

 

「月か。悪いな、魔力、もう少しもらっていくぞ」

 

「あ、はい。どうぞ。・・・あの、もう少しで終わるんですよね。三国の諍いも、聖杯をめぐる戦いも。だから・・・帰りましょうね、絶対」

 

笑顔でそう言い切った月に、俺も笑顔を返す。

 

「ああ、そうだな」

 

答えてから、辺りを見回す。

孔雀はどこだ。

 

「孔雀ー?」

 

「ん? ボク?」

 

ひょっこりと顔を出したのは執事服の上から白衣を着た孔雀だった。

 

「そうそう、孔雀に用があるんだ。あっちの方向の白い軍団、バーサーカー倒したら全員気絶したんだ。魔術か何かかかってるのかもしれないから、調べておいてくれないか?」

 

「了解。分かったよ」

 

ありがとう、と孔雀に伝えてから、戦場を見渡す。

アサシンのほうはすでに片付きかけている。卑弥呼も白い軍団はほぼ片付いていて、後は過激派の男だけ。多喜と・・・あれ、いつの間にランサーのマスターが。

・・・とにかく、あそこはいまだに白い軍団が一人も減っていない。手助けするならあっちからか。

 

「エア、もう一働きだ」

 

セイバーがキャスターを下し、聖杯戦争が俺とセイバーだけになれば戦う必要は無くなるだろう。

その後に聖杯を壊す予定だが、そうなったら俺たちはどうなるんだろう。消えるんだろうか。

・・・まぁ、終わったら分かるよな。

乖離剣を回転させたまま、地面を蹴る。長髪の男に狙いを定め、王の財宝(ゲートオブバビロン)から宝具を発射する。

 

「くっ・・・! アーチャーが追いつきましたか・・・!」

 

それを避けた長髪の男は不利を悟ったのか、一瞬だけ逡巡すると、脱兎のごとくもう一人の男の下へと走り出した。

 

「逃がすか! 王の財宝(ゲートオブバビロン)!」

 

「くっ! ・・・これでも、食らえ・・・!」

 

間一髪で宝具の射線から逃れた男は、何か握りこぶし大のものを投げた。

それは一瞬で強い光を放ち、俺の視界を塗りつぶす。

食らったことは無いが、閃光弾とか食らったらこんな感じだろう。とにかく目が見えない。

 

「・・・ちっ」

 

視界が回復したときには、すでに長髪の男はどこかへ消えていた。

・・・逃したか。

 

「多喜、あと・・・ランサーのマスター。桃香たちの所に行って、一緒に逃げろ」

 

「・・・あいつを殴るまでは逃げねえ。・・・と言いたい所だが、どうにも動き回りすぎたな。大人しくそうするよ」

 

あいつ殴るのは諦めないけどな、と人懐っこい笑顔とともに言うと、指笛を吹いて森の中の馬を呼び戻した。

多喜はその馬に跨ると、さっさと行ってしまった。

 

「・・・切り替え早いというかなんと言うか・・・。あ、ありがとうな、多喜を助けてくれて」

 

「ふっ。礼を言われるほどではない。貴様に見逃されたあと、どうやってその恩を返すか悩んでいたのでな。いい機会だと思っただけだ」

 

「そっか」

 

「ああ。・・・貴様に言われたとおり、俺は甲賀忍者を育てることにした。・・・開祖となるのも、面白そうだからな」

 

だから礼を言うならむしろ俺のほうだ、と彼はニヒルに笑った。

二枚目である彼がキザっぽく笑うと、クールに見えてカッコいいのがちょっと悔しい。

 

「・・・それではな」

 

そういうと、彼は消えるように去っていった。・・・こういうのって、忍者には必須スキルなのかな? 

長髪の男が去っていったからか、白い軍団は再び倒れていた。

回収は後だな。そう考えながらアサシンと卑弥呼の様子を見る。

アサシンはいきなり倒れた兵士たちに驚いているようだ。あ、セイバーが帰ってきた。

・・・ということは、キャスターを倒したのか。

卑弥呼は・・・おお、焼け野原となった荒野に一人立ってる。・・・なんていうか、あそこまで荒野で夕日を浴びて仁王立ちするのが似合う女の子っていないだろうなぁ。

あ、こっちに気づいた。ふよふよと浮かびながら近づいてくる卑弥呼。・・・楽そうで良いなぁ。

アサシンは響たち侍女組の護衛に戻ったようだ。セイバーだけが馬に乗ってこちらにやってきた。

 

「金ぴか! 無事みたいね」

 

俺の目の前に着地した卑弥呼が開口一番にこちらを心配するような言葉をかけてくる。さては偽者か。

卑弥呼が優しい言葉をかけてくるなんて・・・! 

 

「ギル! バーサーカーを倒したようだな!」

 

少し遅れてやってきたセイバー。

消耗しているようだが、目立った外傷は無い。

 

「ああ。キャスターは?」

 

「倒した。あっちも全盛とはいかなかった様だからな。魔力不足のキャスターに、俺と兄弟が負けるわけ無いだろう」

 

「・・・そっか。・・・後は聖杯なんだが・・・」

 

「過激派が持っているんだよな?」

 

「ああ。話によるとな」

 

「・・・ねえ、金ぴか?」

 

俺とセイバーが相談しあっていると、空を見上げた卑弥呼が俺の鎧についている赤い布を引っ張る。

 

「なんだ卑弥呼。今大事な話を・・・」

 

「いや、こっちも大事な話なんだって」

 

俺の言葉に半ば被せる様に卑弥呼は続ける。その視線はこちらに向けられることなく、いまだ空を見上げている。

 

「あれ、何だと思う?」

 

そういって空を指差す卑弥呼。俺とセイバーは卑弥呼の指差す方向を見上げてみる。

 

「・・・うわぁ」

 

「・・・なんと」

 

空に合ったのは、太陽の代わりとでもいうかのように、真っ黒い穴が開いていた。

そこからは黒い何かが、以前の赤壁の時とは比べ物にならないほどの量と速さで流れ出しているのが見えた。

 

「聖杯の泥、だな。・・・逃げろ、あれにつかまるとまずいぞ・・・!」

 

「ギル、お前はどうするんだ?」

 

「・・・宝具で消し飛ばせないか試してみる」

 

「お前・・・」

 

「大丈夫。死ぬ気は無いさ。月とも約束したし。・・・ほら、行けって」

 

そういいながら、乖離剣に魔力をこめる。

擬似時空断層を生み出し、地獄の再現とするには十分なタメがいる。

セイバーたちは少しの間渋っていたが、流石にあの泥に対抗する気にはならないのか引き始めた。

・・・さて、後は俺の役割だ。

泥の広がり方からして、朱里の生まれ故郷までは届かないだろうが・・・それでも、危険は排除すべきである。

 

天地乖離す(エヌマ)・・・」

 

魔力の大きさから脅威だと感じたのか、泥は俺のほうへ向かって加速したように見える。

だが、俺のほうが早い。聖杯も見えたし、あれと黒い太陽を破壊すれば終わる・・・! 

 

開闢の星(エリシュ)!」

 

原初の地獄を再現する一撃は、泥をかき消し時空断層へと巻き込んでいく。

よし、これならいける。

・・・と、思ったのだが。

 

「・・・?」

 

エアの出力が思ったより上がらない。・・・いや、違う。

泥の勢いが上がっている・・・!?

 

「しまっ・・・!」

 

気づいた時にはもう遅い。

勢い良く流れる泥が押し寄せる。

・・・せめて、聖杯に一撃・・・! 

王の財宝(ゲートオブバビロン)を開き、刹那の間に一発だけ射出する。

 

「ぐ、がっ・・・!?」

 

一瞬で意識がさらわれ、泥は辺り一帯を業火で包み込む。

・・・王の財宝(ゲートオブバビロン)から発射された宝具の一撃がもとよりガタガタだった聖杯を破壊し、天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)が泥をある程度排除したことによって、被害は当初より少ないものとなった。

 

・・・

 

暗い。

一番最初に感じたのは、目を開けているのか閉じているのか分からないくらいの暗闇だった。

次に、意識に・・・いや、脳に直接叩きつけられてるかのような怨嗟。

痛いとか苦しいとか殺すとか許さないとか呪ってやるとか死ねとか死ねとか死ねとか死ねとか死ねとか・・・

・・・いや、これは違う。この怨嗟が異質なんじゃない。俺がこの空間で異質な存在なのだ。

 

「うる、さいぞ・・・」

 

暗闇が驚いたのを感じた。

・・・いや、空間が驚くって言うのもあれなんだけど。

俺が声を出したことが意外なのか、さらに脳に黒々とした負の感情が叩きつけられる。

万力で頭を締め付けられているかのごとく痛む頭。

この泥の中で異質な俺を認めてなるものかと泥が俺に殺到する。

 

「あ・・・ぐ・・・!?」

 

これは、あれか。

四次の時に聖杯に巻き込まれたギルガメッシュの立場なのか、俺。

・・・ならば、負けるわけにはいかないだろう。

仮にも英雄王の力を宿しているのなら、その魂まで彼と同等の強さでなくてはいけない。

そうでなくては、英雄王に顔向けできないからだ。

この能力を持っていて、聖杯に取り込まれるのは許されない。

 

「・・・おれ、を・・・!」

 

意識が体の隅々までいきわたる。

自分の体、というものを掌握し、泥に対抗する。

 

「・・・俺、を・・・!」

 

まだだ。まだ足りない。

月のもとに帰るには・・・もっと、意識を拡大させる――! 

 

「・・・オレ、を・・・!」

 

まだだ。英雄王のように尊大な意識を。どんなものより強いという誇りを。

この泥に、『個』として認めさせるには、自分という存在を確立させなければならない。

この世の全てなどとうに背負っていると言い切った彼のように・・・! 

 

「・・・(オレ)を・・・取り込めると思うな――!」

 

その瞬間、光が目に入ってきた。

燃え盛る荒野に一人立っているようだ。城が燃えているが、確かあそこは無人になっているはずだ。

・・・戻ってきた・・・みたいだな。

全裸になっていたので、慌てて鎧を装着する。まったく、危うく変態になるところだった。

・・・ん? 月とのパスが切れてる。

あー、聖杯に取り込まれて、完全に受肉したからかな。実体化に魔力を使わないのは良いけど、月からの魔力供給がないとおちおち宝具も使えない。

黄金と宝石の飛行船(ヴィマーナ)は・・・取り出せるけど、稼動させるのは無理だな。仕方ない、南に向かって進めば合流できるだろう。

 

・・・

 

「・・・え?」

 

五胡の侵攻を止めるため、それぞれに散っていった将たち。

その将たちに追いつくため、先ほどの戦場から脱出し、移動していた時に、その異変に気づいた。

 

「・・・パスが、きえ、た・・・?」

 

何かに急かされるように、左手の甲を見る。

・・・いつもは赤い令呪が、光を失って灰色になっている。

いつもあったつながりも無くなっている。常に少量引き出されていた魔力供給も止まっているようだ。

それが意味するのはたった一つの結論・・・。私はすぐにその結論に至り、この世の終わりかのようにつぶやいた。

 

「ギルさんが・・・消えた・・・」

 

行軍中の馬上で、拳を握った。ガタガタと震えるほどに。

侍女服の袖を伸ばして、手の甲を隠す。そうしないと、事実に押しつぶされそうになったから。

唇を強く噛む。油断すると、泣きそうだったから。

幸いにも自分のいるところは後方の隊列なので、誰かが後ろを向かない限りは顔を見られることは無い、と少し安心する。

・・・こんな顔、誰にも見せられない。

 

「・・・なんで」

 

あふれ出る疑問と怒り。

何故消えてしまったのかという疑問と・・・何故、私は最後まで傍にいると言わなかったのかという自らへの怒り。

自分を責めるかのように、右手で左腕を強く握り締める。

 

「劉備殿っ!」

 

その時、後ろから声がした。

突然の事態に驚きつつも振り返る。

 

「っ! 正刃さん!?」

 

桃香さまの体が、驚きで跳ねた。

セイバーさんはそのまま桃香さまのもとへ馬で走り寄ると、なにやら耳打ちしているみたいです。

・・・ギルさんの、ことかな。

私の頭の中で、嫌な想像ばかりが浮かんできてしまう。

自分の知らないサーヴァントにやられたのか、とか、あの二人のマスターのどちらかがギルさんを押し切ったのか等とありえないと頭では理解していても続々と浮かび上がってくる想像を追い出すように、頭を左右に振った。

・・・少し、髪が乱れてしまいました。

いつもなら、傍にいてくれるギルさんが、暖かくて優しい手で髪の毛を梳くように撫でてくれるのに。私の大好きな、あの手で。

なんだか自分で髪の毛を整えるともうギルさんに撫でてもらえない気がして、髪を乱したままただただ進んでいく。

 

「愛紗ちゃん!」

 

考え事をしている間に、いつの間にか国境近くまで来ていたらしい。桃香様が、なにやら指示を出している愛紗さんに声をかける。

 

「桃香様。こちらの五胡の侵攻は食い止めました。やはり、夏候姉妹の力は流石というべきですね」

 

「そっか。ありがとうございます、夏候惇さん、夏候淵さん!」

 

桃香様の言葉に、二人は笑顔を見せてくれました。

それから、五胡の再侵攻が無いか警戒するため、ここに駐屯することに。

準備が終わると、桃香様の天幕へ、聖杯戦争の関係者が集まりました。

・・・案件は、もちろんギルさんのことと、黒い聖杯のことについてです。

 

「ここへ来る途中、管理者の二人・・・貂蝉と卑弥呼に出会った。二人によると、聖杯が取り込んだサーヴァントの数が少なかったことと・・・ギルが聖杯を破壊したことによって、外史の破壊は免れた」

 

その言葉に、天幕の中の人たちが安堵の息を吐きました。

ですが、私はまだ安堵の息なんてつけません。ギルさんが・・・どうなったのか、聞いていないからです。

 

「・・・月殿。ギルは・・・だな」

 

少し言いづらそうに、セイバーさんは説明してくれました。

その話をまとめると、聖杯の泥が流れ出した時、乖離剣という世界を切り取る剣で泥と聖杯を何とかすると言い出したこと。

結果的に聖杯は破壊され、被害も最小限に抑えられたこと。

・・・だけど、ギルさんは泥に取り込まれ、聖杯がなくなってしまったことによってセイバーさんとアサシンさんが近いうちに消えてしまうこと。

ギルさんがどうなっているのかは、流石に管理者といえども分からない、という内容でした。

ちなみに、本来ならセイバーさんとアサシンさんは聖杯が無くなった時点で消えてしまうらしいですが、管理者のお二人が何とか二日ほど持たせるといっていたそうです。

何でも、漢女の秘密の・・・ぱ、ぱぅわぁー? と言うもので引きとどめている、とのことです。

・・・へぅ、発音が難しいです。

 

「・・・劉備殿、安心してほしい。三国の諍いも終わった。聖杯戦争も、二日後には終わる」

 

それは、サーヴァントの皆さんが、全員いなくなってしまうということを意味している。全員が、そう直感しました。

響ちゃんはすでに涙を浮かべてアサシンさんの腰布を掴んでいますし、銀さんはにらみつけるかのような鋭い視線をセイバーさんに向けています。

・・・彼らはこの後、お互いに最後の別れを済ませるのでしょう。

私も、最後にギルさんとお話ぐらい、したかったなぁ・・・。

 

「何か、聞きたいことはあるか、劉備殿」

 

「え、えーと・・・。また、聖杯戦争が起こることはありますか?」

 

その言葉に、セイバーさんだけではなく、愛紗さんの顔も硬直する。

これから天下三分という平和が始まりを告げるのに、再び聖杯戦争が起こっては大変なことになる。

桃香さまは、そういいたいのだと思います。

 

「・・・分からん。そもそも、この聖杯戦争の発端は過激派の管理者の暴走からきたと聞いている。彼奴等が再び黒き聖杯を平行世界から持ち出さぬ限り、聖杯戦争は起こらんだろう」

 

「そう、ですか」

 

安心して良いのか、気をつけたほうが良いのか・・・どうすれば良いか分からない、といった顔で、桃香さまはうなずきました。

 

「貂蝉の話によれば、今回の聖杯の元となった位のかけらが手に入る確立は低く、おそらくもう起こらないだろうとは言っていたが・・・」

 

「うーん・・・。聖杯戦争のことを忘れないようにするのが、一番の対策ですかね?」

 

「そうだろうな。・・・さて、他に何も無いなら、解散してもいいのだが・・・」

 

周りをぐるっと見渡したセイバーさんが、誰も何も言わないのを確認すると、ではお開きだ、といって天幕から出て行きました。

すぐに銀さんが後を追い、響ちゃんがアサシンさんを引っ張ってその次に出ていきました。

私も詠ちゃんに説明しなければならないので、天幕を出ました。

・・・軍師として頑張っている詠ちゃんに余計な心配をかけないようにギルさんのことは伏せていましたが・・・流石に、全てを話すべきだと思ったのです。

 

「泣いちゃう、んだろうなぁ・・・」

 

私も、詠ちゃんも。きっと、大泣きするに違いない。

 

・・・

 

兵士さんたちが五胡の勢力を追撃している。

退却し始めている敵に、更なる痛撃を与えるために。

そんな中で、桃香さまが曹操さんに声をかける。

 

「曹操さん・・・」

 

「・・・何かしら?」

 

「まだ、戦う気は・・・ありますか?」

 

「・・・!」

 

桃香さまの言葉に、曹操さんの顔がこわばったのが分かりました。

そんな曹操さんに向けて、桃香さまは再び口を開きました。

 

「私たちは協力してこの国の敵を退けることができました。・・・それでもまだ、戦いますか?」

 

桃香さまはいつものように胸の前で両手を組み、ゆったりと微笑む。

 

「五胡と戦っている時、私たちの心は一つになれたって思う。ならこれからも、この思いを共有することだって難しいことじゃないと思うんです」

 

それに、と桃香さまは荒野の先を見つめつつ、言葉を続ける。

 

「お兄さんや・・・正刃さんに教わったんです。強大な敵でも、みんなの力を合わせれば大切なものを守れるって」

 

お兄さん。

その言葉を聴いた瞬間にギルさんの笑顔を思い出して・・・パスがなくなったことも、思い出してしまった。

気づいたら、左手の光を無くした令呪にそっと触れていた。

 

「だから、私たちもみんなの力を合わせて、この国の未来を守りませんか?」

 

桃香さまの瞳はまっすぐに曹操さんを見据えていた。

 

「ふふっ、どうするの、曹操?」

 

「・・・劉備よ」

 

令呪に触れていると、ギルさんのことを思い出してしまっていた。

・・・思い出すのに集中していたので、それから先の話はよく覚えていない。

響ちゃんに声をかけられた時には、すでに話は終わっていて、三国はこれから協力していくことになったと聞いた。

良かった。

これで、三国の間での戦争は終わったんですね。

 

・・・




「新番組! 魔法王女ミラクル卑弥呼!」「魔法王女は背後に爆発を起こしながら仁王立ちするのか・・・あ、あの時のってこれのための練習・・・?」「日曜朝八時半から始まるよ!」「やめろよ。少女たちに仁王立ち流行らせる気か!」

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