職員室から出た後、男子生徒三人と女子生徒二人を拾って、校舎の玄関まで来た。そこには相当数の<奴ら>が徘徊しており、12人の人間が<奴ら>に気づかれずに突き抜けるには、少々荷が重い状況になっている。今は全員、一番隅のロッカーで<奴ら>の様子を伺いながら打開策を検討中だ。といっても、高城の音に反応する説を誰が証明するかというので話あっているのだが。
眉間に手を当てている小室を見て、やれやれと思いながら口を開きかけた小室の言葉を遮る。
「ぼ―――」
「俺が行こう。<奴ら>が音に反応しないのは俺も何度も確認しているからな」
「え? い、いや、綾部が行くより僕が行くほうが…」
「いや、俺がいなくなっても毒島さんがいるし、あそこに行くならそれなりに静かに<奴ら>を狩る技術がいるが、幸い予備のナイフもナップサックの中にある。第一、あの程度の数が一斉に襲い掛かってきたとしても、全て狩れる自身はあるよ」
「確かに…それが一番合理的だろうな」
「毒島先輩…」
これ以上反論がないようなので、通学用鞄とサバイバルナイフを取り出したナップサックを高城と鞠川先生に渡して、足音を出さないよう慎重に足を進めながら、玄関口を目指す。もう嗅ぎ慣れてしまった血の臭いと吐き気のする口臭、寒気のするような呻き声を感じながら周りを見回すと、一足だけ上履きが落ちていた。それを拾い上げて、全員のいる方とは反対側のロッカーに向かって軽く放物線を描くように上履きを投げた。
ガシャン
「う…」
一斉に音がした方向に体を向ける<奴ら>を尻目に玄関のドアを静かに開け、周囲に<奴ら>がいない事を確認して全員がいるロッカーに手を上げて、安全が確保できたことを伝える。全員がこちらに来るのを確認すると、俺は外を警戒するためにナイフを取り出して、逸早く校舎を出る。数十分前の手榴弾の爆発音で、ほとんどはグラウンドや中庭の方に集まってはいるが、駐車場に続く道にまったくいないわけではない。もしかしたら銃を使う場面が出てくるかもと思いながら、振り返る。
カアァァン!!!!
刺又(さすまた)を持った男子生徒が長さを把握せずに走ったために玄関口の鉄製のガラス枠に当たった瞬間、学園中に響き渡るほどの大音響を発っしてしまった。音に敏感な<奴ら>が、それに気づかないわけもなく、全ての<奴ら>が玄関口に体を向けた。
「走れ!!」
小室の言葉に全員戦闘態勢に入り、毒島さんと宮本が手近な<奴ら>の頭を潰し、平野が釘打ち機で<奴ら>の頭に釘を刺し、俺はサバイバルナイフを腰にしまい、両脇のホルスターから愛用のデザートイーグルを両手持ちで構え<奴ら>の頭を打ち抜いていく。どうせ、さっきの音でもう<奴ら>に俺たちは獲物として捉えられたので、いくら音を出そうがあまり変わらない。
「何で声だしたのよ!? 黙っていれば手近な奴だけ倒してやり過ごせたかもしれないのに!」
「あんなに音が響くんだもの。無理よ!」
「話すより走れ!?」
「いや待て!? 小室、平野、毒島さん、宮本!! 十秒だけ持ちこたえろ!! 鞠川先生! ナップサック出して!!」
「え? あ、はい!!」
今にも走り出しそうな小室たちを声で制止させて、デザートイーグルをしまって鞠川先生のところに走る。全員怪訝な顔をしたが、すぐに全員の四方を取り囲んで向かってくる<奴ら>を食い止める。俺はというと、ナップサックの前ポケットからサングラスと耳栓を取り出して手早く装着。そして、チャックを開き、ゴチャゴチャの中から一つ取り出して、ピンを抜いて駐車場とは反対側の中庭に向かって投げる。
「全員、目と耳を塞げ!! 使えなくなるぞ!!」
「「「「「!?」」」」」
全員手に持っていたものを手放して、目と耳を塞いでいる間に俺はデザートイーグルを取り出して、辺りにいる<奴ら>にマガジンが尽きるまでトリガーを引き続けた。そして、投げた手榴弾が中庭の地面に落ちた途端―――
―――――――――!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
学園中か、もしくは街中に響くのではと思うほどの大音響が十数m先で発せられ、耳栓をしていても軽い耳鳴りが出てきてしまう。しかし、耳鳴り程度で止まるわけはなく、両脇のホルスターにデザートイーグルをしまうと今度はベレッタM12を取り出すと同時に、サングラスと耳栓を外して、<奴ら>の様子を確認した後、声を張り上げる。
「おい!! さっさと駐車場に向かうぞ!!」
「何で声を張り上げるのよ!? 折角爆発音で<奴ら>が……え?」
耳を押さえていた手を離した全員が恐らく耳鳴りで表情が歪むが、宮本は手放したものを再度持ち直し俺に怒鳴りながら、進行方向を確認すると彼女の顔は怒りから驚愕に変わった。
「スタングレネードの本来の用途は、敵の目と耳を封じることだ。<奴ら>視覚は機能してないが、聴覚は異常に発達している。そんな状態で、すぐ近くであんな大音響を発せられたら耳鳴りどころか難聴になるさ」
俺があんなに大声を張り上げたにもかかわらず、<奴ら>はスタングレネードが爆発した場所に向かっている。<奴ら>が音に反応するとわかった時に思いついたその場しのぎの打開策だ。用は<奴ら>の唯一のこちらを察知する場所を潰してしまえばいいという単純明快な作戦だ。ナップサックの中に何が入っているかは記憶していたため、後は状況さえ整えばいつでも決行できるところまで準備はしていた。まぁ、何はともかく作戦がうまく行ってよかったと思いながら、ベレッタM12をフルオートに設定して、頭の中で意識を切り替える。
「俺が前で道を開く。毒島さんと平野は俺が取りこぼした残党の処理を頼む」
「承知した」
「イエス・サー」
「他は死なない程度に自衛しろ。俺は前だけで手一杯だ」
俺の言った言葉に全員不安ながらも頷いたのを確認すると、顔を<奴ら>に向けて進行に邪魔な奴だけを一瞬で頭の中に刻んでいく。一度目を瞑って深呼吸をしたあと、俺は頭の中であるスイッチを入れる。再び目を開けた俺は全神経を研ぎ澄ませて声を上げる。
「行くぞ!」
言ったと同時に走り出し、ベレッタM12のトリガーを引き絞った。フルオートのベレッタM12は一分間に550発ものスピードで弾丸を掃射する。それは一秒間に九発もの弾丸を銃口から弾き出す。いくら銃の扱いに慣れているからといって、これほどのスピードで弾き出す弾丸を一発一発、相手の頭、しかもそれぞれ違う相手に叩き込むのは不可能に近い。だが、俺達が走り出した五秒後、俺の目の前には『頭を撃ち抜かれた<奴ら>が40体倒れ付して』いた。すぐに空のマガジンを抜き取り、体に巻きついているツールベルトの中から一本予備のマガジンを抜き取り、ベレッタM12に装着させる。空のマガジンは後ろのポケットにしまっておく。また銃弾を詰めれば使えるので捨てるのはもったいない。
「す、凄い。コンマ一秒で発射される銃弾を、あんないとも簡単に、全弾ヘッドショットなんて…」
「そうだな。だが、見惚れている場合ではないぞ。私たち二人は綾部君の後詰めを頼まれているのだからな」
「あ、は、はい!」
後ろから毒島と平野の話し声が聞こえたが、俺は聞き流して目の前の敵に集中する。初めのベレッタM12の掃射は確認を含めて全弾撃ち尽くした。大声と違い、銃声はそれなりに響くため、もしかしたら音が聞こえている奴がいるかもしれないと思ったのだが、どうやらその心配は杞憂だったようだ。近くの<奴ら>はともかく、駐車場の入り口付近にいる<奴ら>すらもスタングレネードが爆発したところに向かっている。
俺達全員が走って駐車場に着くまで、およそ数十秒。その間の<奴ら>の数は二百を軽く超えているように見える。その中から、俺達が走るのに必要な分だけの道を確保するために排除する<奴ら>を頭の中で選別する。その<奴ら>を瞬時にベレッタM12で撃ち抜き、駐車場へと近づいていく。
そして、駐車場に辿り着くと同時にベレッタM12の残弾が尽きた。瞬時にベレッタM12をしまい、腰からサバイバルナイフを取り出すと同時に近くの首を切り落とす。ここで銃を使うとバスに引火する恐れがあると判断し、近接戦闘で対応すると頭の中で決める。<奴ら>の波を切り開きながら進んでいき、後バスまで半分のところで、再び悲劇が起こってしまった。
「うわあああああ」
「卓造!!」
階段で助けた男子生徒の絶叫を聞き、視界の端に捉える。<奴ら>に右腕を噛まれ、恐怖の表情を浮かべて<奴ら>の群れに押し倒されていた。その光景を見て同じく階段で助けて噛まれた男子生徒に好意を向けていた女子生徒が、その男子生徒の名前を叫びながら向かおうとするが、高城が止めるも女子生徒は群がる<奴ら>の方へと向かっていった。
高城は理解できないという風な表情をしているが、俺としてはそんな事はどうでもよかった。それよりも<奴ら>の中に音に反応している奴がいることが気になり、周囲を見回すと、駐車場に一番近い教室側の窓が割られているのを見つけた。記憶を掘り下げて、あの場所が視聴覚室だということを思い出し、軽く舌打ちする。恐らく、俺が撃ったベレッタM12の弾が<奴ら>の頭を貫通して、あの窓に穴を開けたのだろう。あの男子生徒があれだけの絶叫をしたというのに中庭方面へとむかっている<奴ら>を見ると、未だに他の<奴ら>は耳が回復していないのだろう。
そう結論付けて、考察を終了する。バスに向かう途中の邪魔な<奴ら>の首を次々に切り落として、ようやくバスに辿り着いた。
「鞠川先生!! 鍵を!」
「あ、は、はい!!」
高城たちが何やらゴチャゴチャ言っていたが、そんな事は無視して鞠川先生にバスのドアを開けるように促す。鞠川先生は慌てて鍵を取り出して、ドアを開けて急いでバスの中に入る。俺と小室、毒島さんで周囲を護衛して他の連中は全員バスの中に入っていく。平野が窓から援護射撃をしているが、恐らくもう釘の残弾は少ないはずだ。最後の一人が入ったところで、俺たち三人もバスの中に入りドアを閉めようと小室がドアの取っ手に手をかける。
「……くれぇ!」
「!」
「…」
声が聞こえて目だけそちらに向けると、数人の生徒とスーツを着込みメガネをかけた男性教師が視界に入る。
「誰だ?」
「三年A組みの紫藤だな」
「! …紫藤」
「もう出せるわよ!!」
「もう少し待ってください!!」
「前に大群が来てるのよ!!」
「ちっ…平野! そこどけ!」
「え? わわ!?」
小室と鞠川先生の言葉舌打ちすると、助手席に置いてあるナップサックの中から手榴弾を取り出して、窓を開けるのも煩わしくて平野がいる場所を無理矢理奪い取る。ピンを抜いて前に近づいてくる<奴ら>の群れに向かって投げる。全員俺の行動で何が起きるのか予測できたのか、一斉に伏せる。
ドガアァァン!!
瞬間、爆音が鳴り響き<奴ら>が爆炎と衝撃で飛び散る。幸いバスとの距離は10Mはあった為、爆炎がバスに向かうことはなく、事なきを得た。こっちに向かってくる紫藤や生徒たちは爆発のことを気にする余裕がないのか、一心不乱に走ってこちらに向かってくる。だが、視聴覚室から出てきた<奴ら>が紫藤と生徒たちに向かっていくのを視界の端に捉える。
「く…」
「あんな奴助けることないわ!!」
小室が<奴ら>の行動に気づいて、バットを持ってバスを降りようとしたのだが、宮本が怒りの形相で小室を止める。
「麗!! 何だってんだよいったい!!」
「あんな奴死んじゃえばいいのよ!!」
小室と宮本の会話を聞きながら、小さなため息を吐いて俺は高城から鞄を返してもらって、近くの席に座って傍観に務めた。バス前の<奴ら>は踏み潰して押し通ればいいし、万が一にも横転するような数ではない。そして、紫藤たちがここに辿り着こうが、噛まれて死のうが、俺にはどうでもいいことだ。
そんなことを考えつつ、先ほど高城から返してもらった鞄からパソコンを取り出して、電源を入れた。それと同時に、車体が大きく揺れ動き人が入ってきたのだとわかった。
「鞠川先生!!」
「行きます!」
ドアを閉めた音に続いて小室が全員乗ったと伝えるように声に出す。鞠川先生は言葉と共に、アクセルを思いっきり踏んで、バスを急発進させる。すぐに<奴ら>がバスの前に姿を現す。
「人間じゃない…………もう、人間じゃない!!」
さらにアクセルを踏んで、<奴ら>を跳ね飛ばしていく。そして、一秒と経たない間に、学園の正門を突き破り、俺たちは藤見学園から脱出した。
「後悔するわよ……絶対、助けたことを後悔するわよ」
宮本の不吉な言葉を耳にしながら、俺は頭の中でONになっていたスイッチをOFFにした。