依頼を請け負ってからまずスマホを手にどこかに連絡を取っていた安藤は、通話を切るとその場にいる依頼者とその他二名に向かって口を開いた。
「フミノリ氏の住居がわかったぞ」
「早くない?」
ハーマイオニーの言うことも最もだが、所長に依頼受諾のついでに確認をしてみたら住所を教えてもらえたというだけなのだ。
所長ももしかするとフミノリに関して調べているのかも……と思ったが、特に何かを言及されたわけではないのでその点は一旦置いておくことにした。
「車でならここからそう遠くはない。一度向かってみるぞ。おい木偶女、車を回せ」
「オッケー。安藤のポルシェを乗り回すわ」
「俺のではないが、まぁいいか」
「探偵さんは運転できるの?」
「出来ますが何か?」
安藤にとって運転免許証は重要なものであった。何せ見た目はどうみても子供の体躯なのだ。何をするにも年齢を確認されてしまう。移動手段として以上に身分証明として免許は適していた。
「小さいのに意外だなって」
「その小さいのよりも貴女の方が小さいだろうがよ、ロリータ」
失礼な物言いに思わず被っていた猫から悪態が漏れてしまう。というよりも猫を被る必要があるのかと思いながら他の同行予定者に目を向けると、人のジャンプを勝手に読んでいる変質者こと江戸川がそこにいた。
「おい変質者、人のジャンプを勝手に読むな」
「面白いのある?」
ハーマイオニーへの返答のつもりなのか、江戸川はくだらねぇ、くだらねぇっ! と安藤のジャンプをビリビリに破り捨てた。何度も言っているが、安藤のジャンプである。
「おいジャンプ弁償しろよ」
江戸川は逃げるように駆け出し、破いたジャンプの欠片に躓いてその際にズボンが脱げてパンツ一丁の状態になったが、気にすることなく車に乗り込むべく走り続ける。
同行を指示したのは間違いだったのではないか……早くも後悔し始めている安藤であった。
◆◆◆◆◆◆◆
守谷教授は怒っていた。
置いてきぼりにされた後、外部に連絡をとるために文則宅の電話を探していたのだが、その途中で身体に異変が起こったのだ。
何故か、ムラムラし始めたのだ。
急遽電話探しからエロ本探しへと目的をシフトした守谷教授は、一冊のエロ本を見つけ出した。
タイトルは『ババアだってコスプレしたい!』。熟女物である。
「要らねぇよこんなもの! どんな趣味だふざけるなフミノリィ!!」
守谷教授はエロ本を投げ捨てた。どうやら教授の趣味には合わなかったようだ。
……教授はまだまだ若かった。
この屋敷が魔窟に思えてきた守谷教授は最初の部屋に戻り、ソファで休むことにしたのだが。そこでインターホンらしき音が鳴った。しばらく待ったが家主である文則が出る気配はない。
外部との連絡手段がない現状、手っ取り早く誰かと接触できるチャンスであると考えた教授は来訪者と接触するために玄関へと向かった。
扉を開ける直前、ふと文則の忠告を思い出し、扉を開けるのを隙間ができるくらいに留め、その隙間から覗きこむように外の様子を窺った。
外にいたのは四人ほどの集団であり、男女バラバラ、さらには身長も凸凹と、彼らの外見からはどういう集まりなのか判別する事は難しそうだった。
その先頭に立つ少年と目があった。
瞬間、守谷は例えようのない恐怖に襲われた。少年の胸にかけてあるボールペンからおぞましい悪意が流れてきたのだ。
どろり、どろりと不浄と悪意の塊とも思える紫色の肉塊が腐臭をまき散らしながら守谷教授の方へと這って来ていた。
さらに四本の足のような器官を形成して犬に近い形になった肉塊――――否、その化物は、一目散に守谷教授へと跳びかかった。
口と思しき器官を開いたその奥から、舌のようなものが飛び出し、守谷教授に向かって襲い掛かる。
「――――――!?」
守谷教授は咄嗟の事に考えるよりも先に身体が動いていた。
それは危機感だけでなく、不浄の化物をこれ以上直視したくないという嫌悪感からというのもあったのだろう。外を覗くために開いた扉を閉めたのだ。
結果、突き出された舌のようなものは扉に阻まれ、弾かれる事となった。
それを確認する余裕もない守谷教授は恐怖に駆られるままに家の奥へと逃げていく。その間にも恐怖への対抗のためか思考が途切れることはなかった。
――――あの化物は一体何だったのか……外にいた連中が生み出した生物兵器だったのだろうか
――――まさか、文則君の言っていた外に出ない方がいいというのは……おお、まさか彼は彼らに対抗するために一人動いているのだろうか
守谷教授はあまりの恐怖に誇大妄想を抱かずにはいられなかった。自身の中で理屈を合わせなければ自身の正気が保てなかったためだ。そしてそれはたとえ自己防衛のための妄想であっても彼にとっては紛れもない真実であった。
だが、現実はそれとは関係なく近付いてくるものだ。
家の中に逃げ込んだ教授を追うように、一つの足音が確実にこちらに近付いていた。
「フミノリはどこ?」
足音の正体は一人の少女であった。見間違いでなければ彼女は先ほど外にいた連中の一人ではなかっただろうか。
しかし、教授は彼女に見覚えがあった。そう、確か彼女は…………
「フミノリはどこ? フミノリはどこ? フミノリはどこ?」
彼女の外見、そしてフミノリ、それらによって刺激を受けた守谷教授は思い出す。彼女は文則の妻の沙耶であると。
だがそれはおかしい。もし彼女があの沙耶であるのならばこの場にいるのはおかしい。何故なら彼女は……
「フミノリはどこ? フミノリはどこ? フミノリはどこ? フミノリはどこ? フミノリはどこ? フミノリはどこ? フミノリはどこ? フミノリはどこ? フミノリはどこ? フミノリはどこ? フミノリはどこ? フミノリはどこ? フミノリはどこ? フミノリはどこ? フミノリはどこ? フミノリはどこ? フミノリはどこ? フミノリはどこ? フミノリはどこ? フミノリはどこ? フミノリはどこ? フミノリはどこ?」
――――沙耶は、死んだはずではなかっただろうか――――
◆◆◆◆◆◆◆
目的地である匂坂宅に到着し、早速インターホンを鳴らすと扉から一人の男がこちらを除くように現れた。
その男は写真に移っていた匂坂文則とは別の人物であり、文則氏とはどういった関係なのか安藤は気になったが、それを深く考える時間はなかった。
何故なら自身の胸ポケットにしまっていたボールペンから、得体のしれない犬のようにも見えなくもない不浄の化物が出現したからである。
その不浄の化物はこちらには目もくれず、その扉の影にいるその男に向かって舌のような器官を撃ち出すかのように攻撃を仕掛けた。しかし標的にしていた男が扉を閉じて攻撃を防がれたからなのか、すぐさま空気に溶けるようにその姿を消してしまった。
そのあまりにも非日常的な宇宙的恐怖を目の当たりにした一行は精神に多大な負担が掛かる。
江戸川はあまりの恐怖に小便を洩らしながら失神してしまっていた。医学知識を持つ彼だからこそ先程現れた不浄の化物が如何に有り得ないか理解してしまったのだろう。ひきつけを起こしたようにビクビクと震え、白目を向いており、痙攣する様は、普段の彼と大差はなかった。
ハーマイオニーは安藤の持つボールペンに対して極度の嫌悪感あるいは忌避感を抱いていた。得体もしれない化物がいきなりそこから現れたのだ。無理もないだろう。あからさまにそのボールペンを持っている安藤から距離を取ろうとしている。
沙耶は化物に少し驚きながらもそれらを気にする事なく男の後を追うかのように家の中へ入っていった。ここに文則がいるのかどうか、それこそが彼女にとって何より大事な事であるからである。安藤の静止の呼びかけには答える事はなかった。
安藤はというと、とりあえず何か変なものが出てきたボールペンを放り捨てた。得体の知れない化物が出現してきたものをいつまでも持っているほど図太い性格はしていない。
そしてこの状況でまずどうするべきかを考えて、面倒だと思うながらも酷い状態である江戸川を介抱する事にした。
◆◆◆◆◆◆◆
死んだはずの沙耶を目の前にした守谷教授は先程の恐怖感も相まって混乱していた。
――――まさか彼女は外の連中によって新たに生み出された生物兵器なのでは……いや、もしも兵器であるのならばこのような少女の姿にする理由はないだろう。ではまさか死んだと思われていた沙耶は実は生きていたとでも……? いや、そもそも彼女は本当に沙耶なのか……?
想像は尽きないがこのままでは正解に辿り着く事はないので、思い切って守谷は目の前の少女に問い掛けてみる事にした。
「き、君は沙耶君だろう? 文則君の妻の。覚えていないかい? 私は文則君の友人の守谷という者だが……」
「貴方なんて知らない。フミノリはどこ?」
きっぱりと知らないと言い切られたものの、沙耶であるという事を否定しなかった。という事は友人の妻である沙耶であることには間違いないようだ。そして頑なに文則の居場所を聞いてくる沙耶に守谷は自身の知っていることを返答する。
「私は文則君の友人なのだが、彼に招かれてこの家に来た。しかし、彼は私に何かをしてからどこかに行ってしまった」
「そう、じゃあここにはいないのね。探偵さんの所に戻らないと」
その言葉を沙耶は信用したようだが、もう用は済んだとばかりに踵を返そうとする。
「ま、待ちたまえ。彼らは生物兵器を使用しているとんでもない連中なのだから、友人の妻をそんなところに行かせるわけにはいかない」
「……?貴方が何を言ってるかはわからないけど、私はフミノリを探さないといけないから探偵さんの所に戻らないと」
「彼らは彼らで勝手に入ってくるだろう。であれば私と共に家の中を探さないかい? もしかするとまだこの家にいるかもしれない」
守谷は沙耶を説得しようとしたが、それに対して沙耶はきっぱりと言い切った。
「フミノリの臭いがしない、ここにはいない。ここにいるのは出来損ないだけ。あいつらを見たくないの」
臭い?出来損ない? 沙耶が何をいっているのか、守谷には分からなかった。
ただ彼女の行動を止められないのは理解できた。しかし、友人の妻である彼女を一人あの連中の中に放り込むわけにはいかない。
そう考えた守谷はなけなしの勇気を振り絞って口を開いた。
「……では、私も君に同行してもいいかね?」
「ついてくるの? そうだね、そうするしかないもんね。別にいいよ」
そう言って家の外へと歩き始める沙耶に着いていきながら、守谷は心の中で決意する。
――――私が彼女を守護らなくては――――
◆◆◆◆◆◆◆
介抱しても小だけでなく大まで漏らしてすら起きない江戸川と、恐怖のあまり視野が狭まり行動に余裕のないハーマイオニー。役に立たない木偶共めと内心悪態を吐く安藤の元に一人家の中に入っていった沙耶が一人の男を伴って戻ってきた。
「探偵さん、依頼の続きをお願い」
「それは構わんが、念のために訊くがこんな成りの探偵よりも警察に頼った方がいいんじゃないのか?」
「フミノリに迷惑はかけたくないから」
「……まあ、いいだろう」
自身の問いに対して寂しそうに微笑みながらそう答えた沙耶を見て、乗り掛かった舟であるし仕方ないと思いつつ、沙耶に着いてきた謎の男に問い掛ける。
「で、貴様は誰だ? フミノリ氏の知り合いか?」
安藤の問いかけに答えようとする直前、守谷はその声に聞き覚えがある事に気付いた。
確か自身の講義で終始グループワークに不和をもたらしていた合法ショタがいたような……名前は確か……
「君は確か……安藤君じゃないかね?」
その守谷の言葉に、ハーマイオニーが何かを思い出したかのように口を開いた。
「あなた確か水泳部の顧問の……誰だっけ?」
思い出しそうだったハーマイオニーも肝心の名前が出てこずに中途半端な結果に終わる。
杜或大学の水泳部の顧問という事で今もマネージャーとしてそこに所属している江戸川の様子を見てみるが、モルスァと寝息をたてている状態である。役に立ちそうになかった。
探偵一行が思い出せそうにないのを察した守谷は改めて自己紹介を行う事にした。
「私は守谷、杜或大学に務める教育心理学の教授で水泳部の顧問だよ。そういえば君たち全員顔に見覚えがあるな……」
「……ああ、あの大学の教師か。思い出したぞ。たかだか講義を受けていただけのかつての一学生の事をよく覚えているものだな」
「学生間の不和で中退した生徒のことなどそう忘れられんよ」
「はっ、ふざけた勘違いをしているのは癪に触るが、今は置いておくとしよう」
守谷としては自身の教え子が危険な生物兵器を操るような人間だとは思いたくなかったが、しかし実際にその姿を目の当たりにしてしまった以上己を誤魔化すわけにもいかない。できれば更生を促したいが、いざと言う時には沙耶を守護れるように気を付けなければ……と、守谷教授は改めて気を引き締めた。
……それを置いても色々と体液を垂れ流し過ぎて悲惨な状態になっている江戸川は哀れ過ぎる。いくら生物兵器を使う危険人物とはいえこの有様はあまりに忍びなかった。
「それで次はどこにいく? 運転するよ」
ハーマイオニーはいつのまにか車の中に移動しており、既に運転席でハンドルを握りしめて待っていた。それ以外のことは先程目の当たりにした恐怖感によりできない様子である。
その様子を見て沙耶は自然と車へと乗り込んでいった。一刻も早く文則に会いたいのだからそのためには行動するしかない。
「私も同行しよう。微力だが力になるよ」
そしてその沙耶を守護ると決意した守谷教授も続けて車に乗り込む。周りが危険人物ばかりの中で彼女だけを置いていくわけにはいかない。
そうして気を失っている江戸川を除いた全員が車に乗り込んでいく様子を眺めていた安藤は口を開いた。
「手がかりもなしにどこに行くつもりだ馬鹿ども。まずは家探しだ。さっさと全員降りろ」
江戸川がヌルポ……と言いながらにへらーと苦笑した。
守谷教授のエロ本のくだりですが、あれは守谷教授が安藤達が来るまでに匂坂邸を探索しようとして、目星判定で二連続ファンブルを出したためです。
KPとしてもどうしようかと悩んでの苦渋の決断で、リプレイ化の際にKPに「ここ削ってもいいんじゃない?」と言われましたが、敢えて残しました。
次回の更新は、11月24日の23時を予定しています。