家探しの前に一先ず互いの情報の交換を行うことにした。とはいえそこまで重要な情報を持っているわけではないため、それぞれがどういう経緯でここにきたのか、それぞれの目的が何なのかを擦り合わせた程度に終わった。
その中で安藤は守谷教授がこちらに対して敵意のような物を抱いている事に気付いた。おそらくは先程の化け物への恐怖から精神的に参っているのだろうと判断し、守谷教授の心を落ち着かせるように意識して会話をする事で、彼から敵意を取り除く事を試みて、それは成功したと判断した。
それから未だに路上で眠っている江戸川を目覚めさせようと溜息を吐いた。
その様子を見ている守谷は、どうすれば彼らから沙耶を守護れるだろうかと考えていた。
どうやったのかはわからないが、沙耶は安藤達を信用してしまっている。少なくとも彼女の夫である文則の友人である自身よりも探偵だと名乗る彼らの方が信頼されているのは確かだろう。
まずは沙耶に彼らの危険性を説く事が先決であり、そのためには彼らが如何に危険であるかを自身が見極める事が重要であると守谷は判断した。
そして安藤の介抱のかいがあってか、ようやく江戸川が気を取り戻した。
パンツ一丁で小も大も漏らして悲惨な状態にあった江戸川がまずしたのは、とりあえずパンツを脱ぐ事であった。
危険性を見極めるために様子を窺っていた守谷教授は無言で顔を背けた。
それに気付いたのか、江戸川は恥ずかしそうに頬を染めている。
「誰かコンビニにでもいって下着くらいは買ってきてやりたまえよ」
「何故俺がそこまでこの変質者のために動かねばならんのだ。そこの家に多少は着替えが――」
「絶対に嫌。絶対に貸さない」
安藤の提案を聞く前に先んじて拒否する沙耶の姿にそこまで嫌われているのかと江戸川の事が更に不憫に思えた。
その当の本人はというと、取り敢えず手持ちにあったバナナの皮を取りだし、それで股間を隠すことにした。
――――江戸川は恥ずかしさから解放されているようだ
そんな様子を見ていたハーマイオニーはあることに気付いた……気付いてしまった。
バナナの皮が地面に落ちてこないことから、あるおぞましい考えに達する。
江戸川は……江戸川の江戸川は、戦闘態勢になっているっ!
ハーマイオニーに釣られた結果同じくその事に気付いてしまった沙耶はSANチェック――――正気度が1減少した。
そんな身体の一部が戦闘態勢になっている江戸川は守谷教授を見ている。かと思えばブリッジしながらそのままワサワサと守谷の乗る車に近付いてきた!
意図的に無視している守谷教授を気にせずにスピードを落とす事もしなかった江戸川は、そのまま車にぶつかってしまい、痛そうにしている。
「さて、それで今からどうするかね。もうこんな時間だが」
守谷教授はそれを無視して安藤にそう問い掛ける。車から外をみれば陽も暮れているようだ。
その際にふと視界に入ったほぼ全裸状態で仰向けで痛そうにしている江戸川の、股間のバナナから恐ろしい悪意を守谷は感じたが、やがてその悪意は顕現する事なく萎むように消え去った。
「さっきも言ったが、まずは家の中を調べんことには始まらないだろう」
「ふむ、確かにそうかもしれない。フミノリの行き先の手がかりもあるだろうし、今夜は泊まりがてらに探す一手もあるだろう」
江戸川の股間から目をそらしながら教授は提案をする。
「おなかすいたー」
それを聞いてか聞かずか、ハーマイオニーが発言する。江戸川はそっと、バナナの皮をハーマイオニーに差し出した。
「い ら な い」
「(・ω・)」
――――バナナの皮に栄養価は少ない。せめて身を渡したまえよ
守谷教授はそんなことを心の中で呟いた。
「なら服と飯を買ってきてやるからお前らは馬車馬のように痕跡を探しておけ」
そう言って安藤は運転席にいるハーマイオニーを追い出してハンドルを握る。
それに続くように江戸川が車の後部座席に乗り込んできた。
「お前は残っていろ変質者!!」
安藤の言葉に江戸川は辺りに変質者がいないかキョロキョロ探す。自分が変質者ではないと確信しているようだ。
「……もはや、なにもいうまい」
呆れながら教授は先んじて車から降りてフミノリ宅に戻ることにしたのだが、そんな教授を見て江戸川は変質者が誰なのかを悟った。
守谷は不快な勘違いをされたのを察して江戸川の頭頂部に手帳の背を叩きつけた。
「お前はまず風呂に入ってろ変態木偶が」
江戸川は息を吐いて車を降りた――――――――車内で屁をこくのを忘れずに。
……安藤のストレスがたまった。
◆◆◆◆◆◆◆
安藤は窓を開けて換気をしながら近くにコンビニか何かないかと探しながら車を走らせる。
何気なくラジオのスイッチを入れると、最近話題の事件~通称魔の金曜日事件~という特集コーナーが流れていた。
その中の一つに、こんな内容の事件があった。
この事件は不審な点が多い。その最たる箇所を上げてしまうと、被害者が存在しないのだ。
この事件を一言で纏めるならば、大量の血痕が道端に作られる事である。それも致死量を遥かに越えている量の血液でだ。
その血痕を調べてみると、それが複数人の血液を混ぜたものではなく全て一人だけのものであることが判明している。しかし、肝心のその血液の持ち主が誰なのか、それが全くわからないのだ。
明らかに致死量を越えているのに、被害者は浮かび上がってこない。
警察で把握している行方不明者など、少しでも被害者である可能性のある人物情報と照会しても一切一致しないのだ。
なので、明らかに夥しい量の血痕があるにもかかわらず警察も事件性なしと処理するしかない。
道端にただ、血の池ができるだけ。被害者もなく、失踪者や死亡した人間と血液を照合しても一致しない――――故にこの事件はこのように呼ばれていた。
―――血の池事件――――
……いつも通りの、なんの変鉄もないニュースだった。
◆◆◆◆◆◆◆
一方、家に残った4人はというと、まず何をすべきかを話し合っていた。とはいえ、ある程度すでに決まっているようなものではあったが。
「さて、まずすべきことはなんだろうか」
「お ふ ろ ?」
「だね。そのなんとも汚れた哀れな青年をいれてやってくれたまえよ。女性陣が使う前に、私が掃除するから」
その提案に返事をするかのように江戸川は早速屁をこく。
沙耶は大分ピクピクと頬を動かし、守谷教授は一抹の殺意を抱いた。
――――そういえば、この青年によく似た自分の部活のマネージャーもこんなキチガイだった気がしないでもない……はず……
……どうみても現実逃避であった。
そんな事を思われているとは露知らず、江戸川は風呂へ向かう――――――――ケツだけ歩きで。
その結果、廊下には茶色の軌跡ができた。
「……沙耶くん、掃除道具はどこかね」
こめかみをひくつかせながら教授は沙耶に尋ねた。
しかし沙耶は「わからない」と頭をさすっている。教授には沙耶が悲しそうな顔をしているように見えた。
…………結局掃除用具は見つけることができなかった。
「茶色いシミを放っておくしかないのか……」
教授は顔をひきつらせながら絶望感に苛まれることになった。
そんな事とは露知らず、江戸川が風呂から上がってくると共に、外から「帰ったぞ」と言う声がした
ちなみに江戸川はバスタオルを見つけられなかったためビショビショだ。
そんな江戸川を見て教授は天井を見上げてどことも知れない神に祈りを捧げる。……誇大妄想が何か電波を受信した気がしないでもない。
「とりあえず服を着ろ気狂い木偶。あとなんだこの茶色い……」
買い物から帰ってきた安藤は全裸でびしょ濡れの江戸川を見て嘆息を漏らしながら、靴下のしたの茶色の軌跡に気が付く。
「……大体哀れな青年のせい……察してくれ……」
教授は俯いた。その反応で茶色の軌跡の正体を察した安藤は靴下を犠牲に茶色い染みを除去した。
靴下は捨てた。
◆◆◆◆◆◆◆
江戸川が安藤の買ってきた下着と世紀末ファッションな服に身を包み、頭もモヒカンになった辺りで、一行はまず食事をする事にした。
安藤が適当に買ってきた食事を匂坂宅リビングにある机に並べて食べ始める。
今日起きた事への様々な事への整理と休養を兼ねての食事は、彼らが一服入れるのに十分なものだっただろう。
それは、そんな食事の最中にした雑談の一つだった。
何がきっかけだったのかはわからないが、沙耶がこのような話をし始めたのだ。
「――――これは例えばの話だけど、あなたはある日、公園を散歩しているの。もし、その途中にね、雷に撃たれて死んじゃったら、どう? 嫌だよね。当たり前だよ。でも、もし、不思議なことが起きて、同じ時間にすぐ近く雷が同じ場所に落ちる。化学反応が奇跡を起こして、その近くに落ちた雷が原子レベルであなたとまったく同じ物体ができるの。記憶もなにもかもそのまま。あなたは普段通りの生活に戻るの。普段通りに仕事をして普段通りに誰かと会って普段通りに眠って、そして普段通りにまた起きて普段通りの一日を繰り返す……果たしてこんな奇跡が起きたとき、あなたはどう考える?」
よかった、と喜ぶかな?
こんなひどい話があるか、と憤るかな?
「私は、なにも感じないよ。だって、例え前のあなたが死んでも、あなたはまだ確かに存在してるのだから、ソレは紛れもなく、あなただよ」
そんな沙耶の話に対してまず反応したのは守谷教授だった。
「その通りだね。意識が連続しているのならば、それは間違いなくその人本人だよ」
その教授の肯定に対して、安藤が馬鹿にしたような口振りで反論した。
「馬鹿か。例えあらゆる特徴が全く同じだったとしても、雷に打たれたソイツは間違いなく死んだ事に変わりはないだろう」
「でも誰もあなたが偽物だって、死んだって気付かないんだよ? 親も、友達も、同僚も、自分自身でさえも。これってあなたは死んだことになるのかな? ならないよね。だってあなたが死んだことにあなた自身も気付かないんだから」
「例え誰にも気付かれてなかろうが、雷に打たれたヤツが死んだ事に変わりはないだろうが」
「でも意識は継続しているんだから、それは死んでいないと言えるのではないかね?」
これは、あくまで雑談ではあるものの、思いのほか盛り上がっていた。
守谷教授は沙耶の考え方に肯定的な意見であり、安藤は否定的な意見でそれぞれ主張をぶつけ合う。
それを見ていたハーマイオニーにはどちらの意見が正しいのかわからなかった。どちらの言い分も間違っていないように思えたからだ。
そして江戸川は、考える人のポーズを取って深く考え始め――――そのうち江戸川は、考えるのをやめた。
◆◆◆◆◆◆◆
食事も終わり沙耶が食事の後片付けをしている間に、一行はリビングを始めとした一階の部屋を捜索したが、特にこれといった成果はでなかった上に、幼女嗜好の江戸川がリビングで大の字になって横になり少しずつ移動することでこっそりと沙耶の下着を覗こうと画策して、探索の邪魔になり時間も無駄に浪費していた。
少しでも今日の間に成果を出しておきたい安藤としては不本意ではあるが、目を離しておくのも面倒であり、かつ人手が必要なのも事実なので江戸川を引き連れて二階を探索する事にした。
ちなみにハーマイオニーはさらなる一階の探索を、教授はというと、内心の三人への不信感と沙耶を守護るという目的のために沙耶が見えない場所に移動しようとしなかった。
そうしてようやく二階へと足を進めようとする安藤に対して、いつの間にかついてきていたのか、沙耶が声をかけてきた。
「ちょっと待って、探偵さん」
「何だ?」
「二階はきっと汚いから、今夜の内に私が掃除しておくよ。二階の探索は明日にしたらどう?」
「少しでも早くフミノリ氏に会いたいのだろう? なら少しでも出来る作業を進めるべきだ。違うか?」
「……そう。なら私は止めないよ。でも無理はしない方がいいと思うな」
そう言い残して、沙耶はリビングへと戻っていった。
それを見送った安藤と江戸川は、改めて二階への階段と向き合った。
二階はカーテンも閉め切られているのか完全に真っ暗闇で、下からでは様子を窺う事もできなかった。
しかし上から下へ何か異臭が漂って来ており、何か異質なものが二階にある事も推測できた。
立ち止まっていてもどうしようもないので二人は階段へと足をかける。
一段、一段、暗闇に包まれている二階へと階段を踏み進めるたびに生臭い臭いがさらに漂ってくる。さらには何か擦れるような、掠れたような不気味な音まで聞こえてきた。
さらに一段、一段、足を進めると、何か柔らかい、そして弾力のあるものを踏みつけたような感覚が足から伝わってきた。
安藤は無意識に明かりを求めて電気のスイッチを探して、手を壁に向けて伸ばし、そして、触れた。
――――ぐにっという、まるで肉に触れたような弾力と滑り気が手から伝わってきた。
「――――!?」
それは、間違っても家の壁を触った感触などではない。
「ゥ…………ィ…………ォ…………ィ…………」
さらに先程から微かに聞こえていた擦れるような音が、その音源に近付いた事でより聞き取れるように耳へと入り込んでくる。
その音―――聞き覚えのある声に反応して壁に置いた手の方へと目をやった安藤は気付いてしまった。
「フ……………ミ…………ノ…………リィィ…………」
――――その声が、手のすぐ側の、剥き出しになった人の声帯のようなものから発せられていることに。
そしてそれは、彼が手の付いている部分だけの話ではなく、壁や天井、床さらには扉といった二階部分全ての面に至り、生々しい脈動している状態でこびり付いている事に――――
そんな常識では考え付かないような冒涜的な光景を目にした安藤は――――その手の感触と塗れた手に思わず顔を顰めた。
「気持ち悪いな、何だこの物体は……?」
「――――失敗作だよ」
そんな安藤の疑問に答えたのは一階から追いかけるようにやって来た沙耶であった。
「これは、『沙耶』になれなかった『沙耶』の出来損ない。『沙耶』は私なのに」
沙耶はいまだ声を上げる肉の床を踏みにじりながら嫌悪感を隠すことなくそう口にした。
「それは、どういう意味だ?」
「……これは私が今夜掃除しておくよ。ここの探索は明日にしたらどう?」
「……いや、今からする」
「……そう、わかった」
今の時点で安藤は沙耶を信用するか悩んでいた。
依頼内容や依頼人として信用できないわけではない。沙耶の様子を見る限り以上そこを疑う必要はない。
しかし掃除の最中、沙耶が気付かずに、あるいはカッとなってフミノリに繋がる物証を始末してしまう可能性は否定できない。
安藤は沙耶が軽度の怒りに任せて事務所の机に皹を入れた事を忘れていなかった。
しかし掃除というがどうするのか、掃除道具どころか何も持っているように見えないが、どうやってこの空間にこびりついた肉塊群を除去しようというのか。
その答えは、すぐに彼らの目の前で判明した。
沙耶が片腕を前方へと向けると、人の身体からは決して鳴らないような異音と共に変化を始めた。
その華奢と表現するに相応しかった少女の腕が、ボコり、ボコリ、と内側から気泡が膨れ上がるかのように膨張していき人体や通常の生き物では考えられない巨大な肉塊へとに変形していったのだ。
そしてその異形の腕で壁や天井など至るところにこびりついている生きた血肉を吸い込んでいく。
そんな明らかな常識ではあり得ない冒涜的な光景を目の当たりにした二人はというと――――江戸川はそんなことより沙耶が可愛いなーと夢中になっており、安藤は吸引力の変わらないとはまさにこのことだななどと思いながらいまだに沙耶に見とれている江戸川を伴い手前の部屋へと入っていった。
ちなみに沙耶を守護るために一緒に二階に来て二階の有り様と沙耶の変貌を目の当たりにしていた守谷教授がいたのだが、精神的にまずいのでは、と勝手に判断をした江戸川の不思議な踊りによって取り憑いていた狂気が祓われ、誇大妄想から解き放たれて正常な判断ができるようになった。……不思議とMPが減ったような気がした。
その後、沙耶の掃除二階の探索の結果、文則の物だと思われる研究資料を手に入れた。
成果としてはまずまずと言ったところだろう。
だがその数は膨大であり、読み解くには結構や時間がかかりそうなので明日にすることにした。
ちなみに一階を探索していたハーマイオニーだが、ライターを見つけたくらいで特に成果はなかった。
沙耶は掃除した二階の一室を寝室として使用し、一行はリビングで毛布を羽織って床の上で一夜を過ごした。
◆◆◆◆◆◆◆
翌朝、安藤が目覚めると、目の前に下着姿のハーマイオニーが同じ毛布で隣で眠っていた。
――――確かに昨夜眠った時は一人で一つの毛布を使っていたはずだが……変態木偶の仕業か
そう嘆息して、隣のハーマイオニーを完全に無視して起き上がり、早速昨日見つけた研究資料を調べることにした。
そこに声を掛けてきたのは、昨晩に江戸川の不思議な踊りによって正気に戻り、安藤たちへの警戒心の解かれた守谷教授であった。
「手伝おうかい?」
「当然だ。時間がないんだ、さっさとしろ」
「人の親切にはそんな態度じゃなくてちゃんと感謝を言葉するべきだと私は思うんだけどネェ……」
そう言いながらも守谷教授も研究資料の解析に加わった。
そんな最中、突如として二階から断末魔のような江戸川の叫び声が上がった。
その叫び声に眠っていたハーマイオニーが飛び起き、教授も思わず上に視線を向けたが、安藤の視線は資料を見つめたままで、特に気にした様子もなかった。
「……見に行かなくてもいいのかい?」
「知らん。あの変態木偶が何をしてようと俺に関わりはない。それより今は調査が優先だ」
「そうか。なら急いで調査を終わらせるとしよう」
友人と教え子が危機かもしれない状況で特に動こうとしない薄情な男二人を横目に見ながら、ハーマイオニーは江戸川を心配して急いで服を着て二階へと向かうことにした。
今、居間にいた三人を除いてこの家にいるのは、同じ部屋で寝ていたはずだが姿の見えない江戸川と二階の一室を寝室として使っていた沙耶の二人だけである。
つまり江戸川に断末魔を上げさせたのは沙耶である可能性が一番高い。
……ハーマイオニーとしては最初から沙耶を信用することができなかった。今フミノリ探しをしているのも友人の付き合いと暇潰し程度のことでしかない。
たとえ完全な変質者であっても友人である江戸川に何かしたのならば、沙耶を許すことはできないだろう。
そして何かどたばたと音が溢れてきていた半開きの扉に手をかけた。その先にあった光景とは――――
腕を異形のそれへと変化させ、顔を赤くしながら怒りの形相でそれを振るう沙耶と、片手に白い布のようなものを握りしめながら、必死に沙耶の腕をかわし続ける血まみれになった江戸川の姿であった。
――――わけがわからない
しかし原因はどうあれ、江戸川が沙耶に襲われているのは間違いなかった。
ハーマイオニーは江戸川を守るためにその拳を沙耶へと振るった。その不意をついた拳は沙耶が気付いたときにはその顔面へと向かっていき――――突如割り込んできた江戸川へと突き刺さった。
「「!?」」
さらに沙耶の咄嗟の迎撃ももろに喰らった吹き飛んだあと江戸川は地面へと倒れ付した。
あまりの予想外の展開に頭に血が上っていた沙耶も呆然としていた。
血塗れで倒れる江戸川の表情は不思議と達成感に溢れていた。
彼の右手には、戦利品が握り締められていた。
◆◆◆◆◆◆◆
文則が残していた研究資料――半ば日記のようなものであったが、それを読み解いていった結果、様々な事が判明した。
「スワンプマン、死んだはずの沙耶君、そして私たちと共にいる沙耶君……」
「現実は小説より奇なりとは言うが、これは……」
研究日誌の内容を簡単に掻い摘んでいくと、次のようなものになる。
文則は死んでしまった妻の沙耶を生き返らせるために職場である大学を辞め、様々な可能性に手を付けていった。それこそ医学などの現実的なものから呪術や伝承のような世間一般ではオカルトと呼ばれる分野にまで。
その過程で、一人の女と出会った。その女は世間一般に語られるような眉唾物などではない正真正銘本物の
その中の一つが『スワンプマン』。
その『スワンプマン』が具体的にどういう物なのかは明記されていなかったが、それと沙耶の死体を用いることで文則は沙耶を生き返らせようとするが、最初に生み出したものは人の形状にすらならず、その後も上手くいかなかった。
それでも諦めずに実験を続けていく最中で、時間跳躍すらもしようとした結果、『猟犬』とやらに見つかってしまい狙われることになり、家に結界を張って急場を凌いだものの、そのまま引き篭もらざるを得なくなり、外に出る事も出来なくなってしまった。
「つまりはあの化け物はフミノリ氏から貴様に押し付けられたものらしいな、教授」
「みたいだね……まあそれは一旦置いておこう」
「わかったことはフミノリ氏がスワンプマンとやらを研究していたこと、そのスワンプマンとやらに死者――――死んだ妻を生き返らせられる可能性が秘められていること、そしてそれらの情報をフミノリ氏に提供した女がいること」
色々と判明した事も多いが、文則が向かいそうな場所に繋がるモノはなかった。
「強いて言えば、この協力者らしきこの女が手がかりになる、か……今も諦めていないのであればまだフミノリ氏はこの女と一緒に行動しているだろうしな」
二人が読み込んだ研究日誌の内容を纏めていると、安藤の背後から何かぽとりと音が聞こえた。
「――――フミノリが他の女と一緒にいる……?」
今の音は、沙耶がタオルを落とした音だったようだ。先程の安藤が口にした『文則が女といる』発言を聞いてしまい動揺を隠せずにいる。
「た、たたたた探偵さん、ははは早くフミノリををををを」
そんな沙耶は動揺を抑える事もなく、呂律の回らない状態で、さらに顔面を蒼白にして安藤の両肩を掴んで揺すり始めた。
その速度はどんどん早くなり、隣にいた守谷教授から見て残像が見える程に頭ががくがくと揺られていた。
当然ながら非力な合法ショタである安藤に人外染みた筋力持ちの人妻ロリである沙耶の拘束を物理的に逃れる術はない。
「落ち着け肉塊ロリ、まだそう決まったわけではないし、心配せずともフミノリ氏はあんた以外眼中にないだろう」
「沙耶君落ち着きたまえ、そのままだと安藤君が死んでしまう」
守谷教授のとりなしもあって、何とか揺すりから解放された安藤はぐわんぐわんと未だに揺れる視界を治めるために深呼吸を繰り返す。
安藤はこういったドロドロとした人間関係を第三者視点で観察して愉悦に浸りたいがために探偵という職を志したと言っても過言ではないが、それに巻き込まれたり八つ当たりを受けるのは好きではないのだ。
一応言動には気を付けておこうと決心した。
「で、肉塊ロリ、その女に思い当たりはないか」
「ない……あったら放っておかないよ、泥棒猫なんて」
そういうのは潰しとかないと、と若干怖い事を口走るのを聞き流しながら文則と旧知の仲であるという教授にも聞いてみた。
「教授の方はどうだ? 仮にもフミノリ氏が自宅に呼ぶほどの仲だと思われていたわけだろう?」
「うーん、そうだね……」
そう言って目を瞑り記憶を探る守谷教授を安藤と沙耶がジッと無言で見つめ続ける。
そしてスッと目を開いた教授は次の言葉を発した。
「……………………すまないが、特に思い浮かばないね」
つまりは、手詰まりだった。
次回の更新は、11月27日の23時を予定しています。