モンスターハンター 閃耀の頂   作:生姜

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≪ 剣鎧の章 ≫
第一話 物語


 

 積もる雪。山間に渦を巻く風。堂々と聳えたる白の山々は、あるがままに形作られた自然そのものである。

 肌を貫く寒気と、身体の芯までを冷やし込む寒気と、肺を焼く寒気。そのどれもがこの地を表す特徴であり……種によっては外敵を退ける壁とも成る。故に生物は遙か北の地フラヒヤにまで手を広げ足を伸ばし、生息域を広げてきたのだ。

 

 陽は中天を昇り切り昼間。日の恵みを映して眩しい山脈ら……その内のひとつ。

 ずしん。山肌にぽっかりと穿たれた洞窟から破砕音が響き、辺りを揺らした。

 粉々に砕けた石が散り散りに。もうもうと土煙が巻き上がり、雪に覆われた斜面を小さな雪玉が転がり。

 そこから ―― 洞穴から、両手で鉱石を抱えた人間が飛び出してゆく。

 

 出口にして入り口、山肌に開いた洞窟。人間は速度を維持したまま境にがつりと楔を打ち込むと、内から外へ駆け抜け、勢いそのまま斜面を滑り落ちた。

 人間 ―― 青年は久方ぶりの眩しい陽光に目が眩みながらも、楔に繋いだ減速の為の綱を手放さず。手に持ったマカライト鉱石の原石は斜面に放る。鉱石はいつしか雪玉となり、山道を駆け抜けて谷間にまで落ちてゆく。

 鉱石に遅れて暫し。青年も山道に到達した頃合いで減速し、命綱を外す。山道の足場が戦闘に問題ない事を雪を踏みしめて確認し終えると、体勢を整えながら背中の得物に手を伸ばした。

 茶色の髪を短く切り揃え、馴鹿(ガウシカ)鹿(ケルビ)の合皮によって縫われた皮鎧を纏う青年。この皮鎧はフラヒヤの地で広く親しまれ「マフモフ」と呼ばれる防具で、見た目の通り寒気の強い地域における活動に長けた物。狩り場に籠もって調査や活動をする場合に可動性や取り外し易さ、軽量さなどといった頑強さ以外の要素が必要となる。特にフラヒヤにおいてはよくよく見かける、汎用性に優れた防具。それがマフモフである。

 青年は背中の得物を握りながら周囲を見回し、自らを追い回していた生物の気配を探る。

 気配。足下……しかしこれは目当ての物とは違うか。そう考えると同時、数歩横の雪下を蹴破って、小さな身体の獣人が顔を出した。

 

「―― ダレン! 転がってった鉱石は現地協力者に回収を依頼、洞窟の採掘点は後追いの4人にマッピングを要請、周囲の旅客と商隊への退避お知らせ、どれも(つつが)なく終了! 囮役、ご苦労だニャ!!」

 

「ああ、ありがとう! カルカ!」

 

 青年 ―― ダレンが報告に小さく頷く。

 カルカと呼ばれた黒毛の雄メラルーは返答を受け、その身を振るって雪を落とす。ダレンを膝丈辺りの高さから上目に一瞥。現在の主である彼に従い、緋染めの外套の中で木製(どんぐり)の槌を握りしめた。

 

「……ところで、怨敵(アイツ)はどこ行ったニャー?」

 

「先の洞窟という環境は、大型生物にとって動き易いとは言い難いからな。私達が採掘していた場所……襲撃された地点は大空洞の近く。だからこそ向こうも襲うことは出来ただろうが……まさか隘路を無理矢理に破壊しながらまで、追ってくるとはな」

 

「ふんす。まったく、しつこい奴だニャぁ!」

 

「私達は久方ぶりのタンパク源なのかも知れん。それにあの種は気性が気性だ……」

 

 彼らは辺りを油断なく見回しながら、小さな声でやり取りを交わす。

 斜面を登る強い風に紛れて音は聞き取り辛いが、あの巨体だ。音の質までを聞き分ける必要はない。音の大小にさえ注意を払えば十分であろう。例えば雪を踏みしめる音、地面を踏み鳴らす音、周囲の障害物にぶつかる音。

 

 ―― 逆風に乗って、空を切る音。

 

「敵影確認っ! ……上だニャっ!!」

 

「了解……むぉっ!?」

 

 あげられたメラルーの声を信じ従い、ダレンは飛び退く。

 ひと呼吸あるかないかの間を挟んで、堅く踏みしめられていた山道の雪をあらかた捲って吹き飛ばすほどの質量 ―― 陽光と見紛う黄色の巨体が降下した。

 降下。鋭い爪先。目前の雪が割れ飛び散り、舞い上がる。

 ますます白い視界を腕で覆って保ちながら、ダレンは前方の生物を確認する。

 

 小さな耳をぴくりと動かし、其れは振り向く。

 四つ足を地に根ざし這う竜だ。特に肥大化した前脚に広げていた皮膜を折畳み、吹き付ける風にも靡く事無く悠然と周囲を見回す。

 陽光に照らされて尚浮き立つ黄色(けいかいしょく)の皮と、裂く様に走る青の虎模様。そして赤く怒張する腕の血管。滑空するには十分と割り切って退化した翼。代替に地上での強大な移動力を得た太い翼脚、堅い爪。その爪で岩をも砕く膂力と腕力。突き出された2本の翼脚の間に覗く頭部には、獲物を微塵に噛み砕く強靱な顎と細かく鋭い牙が生え揃い……その眼に(ダレン)を認めるとがちんがちんと歯を鳴らし、威嚇する。

 轟竜、ティガレックス。生息域が極めて広く、餌を求めて大陸中を徘徊する飛竜種。その気性は獰猛の一言に尽き、他者の縄張りに侵入する事を全く厭わず、生態系を乱す恐れの強い……人の世に驚異を与える可能性の高い種族としてハンターズギルドなどに要注意観察されているモンスターである。

 

「余所様のとこばかりを荒らしといて絶対王者とはまた、大層なお冠ニャ?」

 

「危険度と生物間の力関係はまた、別物なのだからな。では ―― 来るぞっ!!」

 

「……ルル、グリォォォォーーーーッッッッ!!」

 

 此が獲物と見定める猶予は十分とばかりに顎を鳴らし、咆吼を轟かす。

 開戦と同時、ティガレックスの両足が激しく交互に前後する。地面を削る勢いで、全身を叩きつけるべく、猛進。

 これを見たダレンは、背の得物を強く握りしめた。カルカが大きく横に飛び退いたのを確認し。

 

「ヨウ捨流が末席、ダレン・ディーノ。お前の獲物を務めよう……!」

 

 すらりとした金属音と共に、『斬破刀』を抜き放つ。

 狙うは交差の隙。突き出されるであろう左前脚を見計らい袈裟斬り、斬り下がり。轟竜の猪突を僅か横に逸らし、反作用で自らの身体を横へとずれ込ます。

 どしどしと圧雪を割り迫る巨体。鋭い顎。激しい爪。熱い吐息。両脚に赤く灯る脈動 ―― に紛れて刹那、雷が鳴り轟いた。

 

「グゥゥ、ゴオッッッ!!」

 

「まだ来る。そうだな、まだ来るか……!」

 

「加勢するニャア、ダレン!」

 

 ダレンは再び吐息を整える。轟竜は躱された先で脚を我武者羅に動かし反転。ダレンらを再び射程に捉えていた。

 強く激しく動き回る轟竜に、ハンターは立ち向かう。雪に覆われた山道は狭いが、轟竜の動きを制限する程ではない。その狭さはむしろ、縦横無尽に雪上を奔る轟竜を優位に立たせ、ハンターとお供の動きを阻害する。

 轟竜が三度、突撃。ダレンが斬り流し、カルカが飛び退く。

 白色の画板の上に人ひとり、獣が1匹、竜が1体。岸壁と眼下の絶壁とに挟まれた隘路……その先で、轟竜が再び前後を入れ替える。

 

「―― カルカ」

 

「なんニャ、ダレン!!」

 

 ダレンが轟竜の巨体をすんでの位置ですれ違わせながら、背後の相棒に声をかける。

 どしどしと足下を潰して這う巨体を前に。

 

「私の部隊は採掘点のマッピングと採取に全員を費やしている。周囲に応援の要請もかけている。間違いはないな?」

 

「ふニャ? それはさっき報告した通りニャ」

 

「判った。……正直、私とお前だけでこの轟竜をいなす方法が思いつかなかないのだ」

 

 底なしの体力と膂力を生かし、轟竜が奔る。

 段々と此方の動きを掴んでいるらしく、避けるべく踏み出した先を狙うなどといった芸当を混ぜ込んでくる様になった。その巨体を幾度となく避け、躱し。

 

「っとっと。……そらまぁ、ティガレックスは危険度の高いモンスターだからニャあ。装備も探検用途。キャンプに一度戻らなきゃ、ニャアとダレンじゃ初見の討伐は厳しいだろニャ?」

 

「だな。だとすると逃走という選択肢が浮かぶ物だが……しかし、救援の部隊が居るとなれば話は別だ」

 

 ダレンは強く笑う。

 口の端だけでなく頬を持ち上げ、自分自身を指し。

 

「私達は書士隊だ。そして、ハンターでもある。ここは欲張るとしよう。いずれにせよ轟竜には可能な限りの痛手を与えておかねば、この近辺での調査が停滞するという顛末も、鮮明に見えるのだから」

 

「だとすると……どうするニャ?」

 

 首を傾げながらのカルカの返答……疑問に、ダレンは視線でもって答えとする。

 山道。岸壁。斜面と、谷。

 

「―― まさかニャ!?」

 

「気にするな。死ぬつもりもない。策はある ―― 任せた、カルカ」

 

「逸るニャ、ダレンッ!! ……ああもう、無鉄砲なのはあのノレッジの隊長らしいがニャァ!?」

 

 叫んだカルカ。しかし当のダレンは既に『斬破刀』を納刀し、遙か前方に向って走り始めていた。

 轟竜は突進を繰り返す。狙いは刀傷を負わせたダレン。その矮躯を押し潰すべく……巨体は突進を繰り返す。

 気付いていない。突進の速度は15歩目で頂点(ピーク)に達した。雪を割り岩を砕き、遮る物などない道路(レール)の上をひた奔る。

 気付いていないのだ。そう。彼または彼女が突進を繰り返しているのは、ハンターがそうするよう誘導した……「轟竜にとって突進が最良の選択肢となる間合いを保っていた」からであり。

 それがダレンの持つ知識による策で、轟竜が「目前の獲物に目を眩ませている」事をも彼が「識っている」という前提が無いが故の流れであり。

 

 策は滞りなく発揮される。

 ダレンの後を ―― 背走するダレンを追っていた轟竜の視界が突如、白い耀きで埋め尽くされた。

 

「―― さあ、付いてこい! 轟竜(ティガレックス)!!」

 

 ダレンが、崖際から、跳んでいた。

 釣られて飛び出した轟竜の目前、真白い雪肌、黒い岩肌、曇天の空が目まぐるしく入れ替わる。

 前後の感覚がない。上下の感覚も無い。自らよりも先に跳び出た、人間の姿すらも無い。……無いままに、轟竜は両腕の皮膜を広げた。いずれにせよ宙に居る。それだけは判っていた。宙で自らの身体を支えるのは、この皮翼である。だからこそ。

 轟竜は滞空手段を有している。それを識らぬ書士隊ではない。書士隊とは智を積み重ねた賢しき輩にして、生物らの生態調査と解剖とを務める学徒にして、何時れは研磨と鍛冶の末に剣と成る原石。ましてやダレンは隊長だ。彼は岸壁に楔を打ち垂らした綱に身体を括り、谷間にぶら下がりながら、策の顛末を見届ける。

 

「お前は飛行……いいや。滑空(・・)する。長距離の移動を試みる際はその膂力でもって上空に跳び(・・)、そこから皮膜で宙を滑るのだ。だが……」

 

 かくして轟竜は空を滑る。揚力を足かけに前進する。

 しかし間もなく眼前、フラヒヤの岩山が現れる。ダレンが用意した宙。そこは自由な空では無く、僅かな隙間しかない谷間なのだ。

 前後不覚。現状の把握も成されぬままの唐突な展開に受け身をとる事すら許されず。

 轟竜は身を捩る猶予も無く、やむなく、重く鈍い音を轟かせて激突した。

 

「ゴ! グ、グ! グリュァァァアアアァァ……ァァ……!」

 

「……十分な空間が無ければ滑空も、不可能だろうな」

 

 驚愕の表情のまま。岸壁にぶつかりながら雪深い谷間に落ちて行くティガレックスを、ダレンは中空に居ながら見届けた。

 絶えず轟いていた音も途切れ、谷間を吹き上がる風と雪の世界に立ち戻ったのを確認し。

 さて、と息を吐く。

 

「カルカにも心配をかけた事だ……私は上がるか」

 

 轟竜との遭遇戦は、少なくとも終了した。一先ずは安堵の息を吐いても許されるだろう。

 ダレンは書士隊長として本来の目的を果たすため。山道に戻るべく、身体に巻かれた鋼線を握った。

 ……その時。

 

 ぼろっ。

 呆気ない、残酷な手応え。

 

「―― は」

 

 両手が儚く空を切り、背筋を極寒の怖気が伝う。

 その気はマフモフ装備の内側にまで入り込むとすれば、ともすればフラヒヤの万年氷よりも恐ろしく人を凍えさすに違いない。

 すぐさま訪れた落下の浮遊感に、身が竦む。

 

「ニャはぁ!? ……ダレーン!? だから言ったニャーっっっ!?」

 

 追いかけてきたカルカの叫びも虚しく。

 ダレンは雪の崖、そして運良くせり出した斜面を何処までも滑落して行く羽目になるのであった。

 

 








 んでは、2章を始めさせて頂きます。


・轟竜
 モンスターハンターP2ndの看板モンスター。突進のモーションはとにかく迫力がある。
 2章はじめのこの展開はオープニングを踏襲し、結末やら諸々を改ざんした物。


・斬破刀
 由緒正しい雷属性の太刀。
 ふらりと現れた東方風味の男によって作成法がもたらされた。


・ダレン
 書士隊長。一等書士官。
 1章幕間の調査指令を受けて、律儀にフラヒヤを訪れた。


・カルカ
 1章から続投。
 主に心酔していたり、女好きだったり、宮仕えのモンスターハンターに率いられていたりする事の無い、真っ当なオトモアイルー。
 でもメラルー。

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