モンスターハンター 閃耀の頂   作:生姜

43 / 58
第二話 雪の村、拓けて

 

 

 暖かな(ポッケ)村。

 大陸の北部も北部……万年雪を纏って連なるフラヒヤの中腹に、その村はぽつんと拓けていた。周囲に点在する村を含めて、人口は約1600名。これは雪に閉ざされた土地に開墾された村としては大き過ぎる程の規模である。

 この大きさにまで成長出来た理由のひとつとして、険しく厳しいフラヒヤの山々を味方につけた土地の使い方が挙げられる。段々に拓かれた急峻な斜面を、縫うように建てられた家々。見るからに狭く家畜のポポが通るのもやっとの通行路を螺旋形に張り巡らせ、斜面に造られた水路には、山深くの地熱によって暖められた温水が滑り降り……そこかしこに、水車を利用した昇降機が取り付けられている。川辺まで下れば畑や牧畜場も存在し、中心地には温水を利用した行楽施設まで建てられていた。

 これら山の斜面を使った村の造りは、特に大型のモンスターから村を防衛する(すべ)として殊更に強力な楯となる。体躯の大きさ故に、常に滑落の危険性と隣り合わせの状態で戦わなければならなからである。

 身の小さい人や亜人……アイルーらであるからこそ自由に行き来でき、留まることの出来る場所。その上、近年は大陸中に王立工匠が力を入れる防衛兵器が出回り始めている。特に人手の足りない所へは優先して回される事もあって、ポッケ村も今はその恩恵に預かることが出来ていた。

 つまりは、僻地だとはいえ。人々の苦労の末に拓かれたポッケの村は、総じて住み良いと呼べる……人心地の着く場所なのである。

 

 さて。

 斯様な時代に在るからには、ポッケ村の中央地……山の中腹辺りにはハンターズギルドが併設されている。ドンドルマやメゼポルタといった前例(規模は遥かに小さいがこれにはジャンボ村も含まれる)の急伸によって、ハンターを中心とした社会づくりが齎す利益には注目が集まった。元より(モンスター)に溢れた大陸である。ハンターという生業は、市井にとっての重要事として根付くことに成功していたのである。

 

 ―― その、ハンターズギルドの、幾つか隣の家屋。

 ポッケ村に数件存在する借家(ハンターハウス)のひとつに、奇妙な一団が逗留していた。

 

「―― すまなかった、皆」

 

 奇妙な集団その上座。木製の無骨な丸椅子に腰掛けた青年が、固い声音で謝罪を告げながら、机に向って勢いよく頭を下げる。

 茶髪を短く狩り揃え、ある程度は日に焼けた肌。精悍な顔立ちをしているが、その目鼻立ちには青年の持つ几帳面さが顕著に顕れ、机に向けられた両の瞼は硬くきつく、あらん限りの力を込めてぎゅうと閉じられている。

 青年の前には、4人の人間が立っていた。

 その内の正面に座る ―― 落ち着きなく手足をとんとんと動かしていた若い女が声を上げる。

 立ち上がり、隅々まで丁寧に補修の成された飛甲虫素材の防具を鳴らし。

 

「まったくもうっ! 謝るのは……ん゛~~っっ……もうもうっ!! 隊長は無茶しすぎなんですよ! ねっ? ねっ!?」

 

 身振り手振りに拳を振り、女は同意を求めるように周囲を見回す。

 辺りに立っていた残しの3人が、順に首肯した。

 

「ああ。俺も今回ばかりは、クエスの忠言に私も同意しちゃうよ。ダレン隊長」

 

「ええ。ワタクシら鍛冶屋も鉄は熱いうちに打て、とは言いまス。けれども……それで無用かも知らぬ怪我をされては、いささか困りますネ」

 

「だっはっは! しかし、ティガレックスは『グレエト』だったからな! 我、無茶をしたい気持ちは理解できるとも!」

 

 女の言葉を皮切りに、机を囲む男3人が順に同意を示した。

 それら返答を受けて、上座に座った隊長 ―― ダレン・ディーノは、全くもってと頭を下げ直す。

 

「すまない。確かに無茶をした……かも、知れん」

 

 青年はこの一団の長である。だのに、その部下に彼が謝り倒す理由。それは先日のティガレックス討伐の件に由来する。

 ダレン・ディーノ率いる「王立古生物書士隊」がここポッケ村に逗留を始めてから1週間。まさに調査の冒頭 ―― において、周囲の地質調査中に偶発的に遭遇した轟竜・ティガレックスを討伐し ―― さらに1週が経過していた。

 書類上は最もハンターランクの高いダレンが、囮を務めたまでは良い。問題はそのティガレックスを討伐せしめた方法である。崖から飛び降り、追ったティガレックスを岸壁に激突させ落下させるという、無謀極まりないそれだ。

 ダレンとしては、十分に勝算はあった。だから行動に移した。後悔はない。

 とはいえ心配をかけたこと……斜面を滑落して数日安静にしなければならなくなった……については、謝らなければというよりも、謝るべきなのであろう。青年はそういう心持でもって、素直に頭を下げ続ける。

 そんな隊長の様子に、最初から喧しいクエス……金髪(ブロンド)の女が、甲高い声でもってお小言を幾つか挟み続け。ダレンが律義に相槌を打ちながら謝ること暫し。

 小言が止んだ。

 不思議に思った青年は面をあげる。上げられた面の先。目前のクエスは、非常に困ったとでも言うような表情を浮かべていた。

 

「……。ダレンさんは変な上司です。自分より下の、しかも苗字もない成りあがりの小娘にこんな風に言われて、嫌な気持ちじゃないんですか? ね、ヒント?」

 

 疑問符を盛大に浮かべて、クエスが隣を傾ぐ(・・・・)

 隣席の、クエスと揃いの金髪の男はバトンを受けて、彼女の疑問に相槌をうった。忠告を添えて。

 

「成程。まぁ、俺もダレンさんが上司らしからぬ上司だなっていう点には同意するよ。けど『変な』というのは表現が悪いかな。俺としては、それは魅力的な部分だと思う。……どう思う、ジラバ」

 

 次に、彼は更に奥……壁際で防具の分解整備を始めていた男へと話題を回す。

 色素の抜けた青白い肌。黒から色の抜けた紫髪の男が、憮然とした視線をあげ、片眉を下げ。

 

「ワタクシは、ドンドルマに居た頃から、ダレン隊長はそういうお人だと聞いていましタ。噂になっていましたからネェ。無茶をしたという点については兎も角、否やはありませんヨ。それに、ワタクシが苦労して再現した『斬破刀』を微塵も破損していないという刀剣扱いの力量こそが、余りあって十分に評価に値しますでショウ!」

 

 いつもの、武具を中心にしたコメントを差し挟む。

 最後の1人。巨漢で禿頭の男はダレンの横に回り込み、その背中を叩きながら豪快に笑った。

 

「だっはっは! だがまぁ、ダレンが小怪我を負ったお陰でティガレックスは討伐出来たのだ。我ら王立古生物書士隊が『ダレン隊』の、ポッケ村における初戦としての結果は、悪くはあるまい。むしろ良い! 益々もってザッツ・グレエト、なぁダレン!」

 

「……部下だけでなくウルブズ殿にもそう言って貰えるのならば、救われる(ありがたい)

 

 ダレンは心底安心したと、溜息を吐いた。

 早々から暖炉で火を燃やしているにも関わらず、吐かれたその息は未だ白い。大陸最北端たるポッケ村の……フラヒヤ山脈の寒冷さをこれでもかと認識させられる。

 今回の遠征においてため息が癖に成るほどの荷を背負い込んだ青年、ダレン・ディーノ。

 狩人の防具に関する学を修め、その知見を活かすため自らもハンターを目指した少女、クエス。

 ハンターを志し、その若さと腕前を見込まれて他のギルドから引き抜かれ(・・・・・)た少年、ヒント。

 若くして学士となり、独自の鍛冶技術を持つ竜人達の目線と技術とをまとめ、その継承に大きく貢献した男、ジラバ。

 ダレンの民俗学としての先達にあたる壮年の男、ウルブズ。

 これら5名に加え、今は席を外しているそれにメラルーのフシフとカルカ。全7名が今回、王立古生物書士隊からのフラヒヤ遠征に参加した部隊員なのであった。

 彼ら彼女らを率いる側として、話を進めるべきだろう。締めくくって再び、ダレンは机に広げられた地図へと視線を落とす。

 

「では、これからの行動指針の相談に移ろうと思う。……私が滑落に伴う怪我で休養している間に、先のティガレックスは討伐を確認された。谷間に落ちていた死体も本日辺り、村へ持ち帰られるだろう。私の軽挙があったとはいえ、結果については悪くはないと言える」

 

「いや。ウルブズ叔父さんの言う通り、むしろ良いでしょ。そうよねっ? ねっ?」

 

「そうだねクエス。ティガレックスは、俺たちがここポッケ村に介入する切欠として選んだ対象でもある『要観察』な生物だ。四つ星っていう光栄なハンターランクを、レポートによる書類加点で贔屓通過した俺やクエスには荷の重い、途轍もないモンスターだよ」

 

「なにおう!? あたしのランゴスタ製防具が轟竜の爪に負けるとでもぉ!?」

 

「ちっ、ちっ。君の防具に不備はないさ。だとしても。筋肉量も質量も違う轟竜と真正面からぶつかるのは、それこそお門違いというものだろう?」

 

 隣でやれやれとでも言うように肩を竦めたヒントと、クエスが睨み合いを始めていた。

 このチームが結成されてから既にふた月、村に着いてから1週間が経過している。今では見慣れたこの光景に、向かいで机に手をもたれていたジラバがやれやれと眼を閉じ。首を振り。

 

「ワタクシは元より上位のハンター資格を有していないので、狩場での優劣に関するコメントは差し控えまショウ。……その分、武具の調整には気を配りまス。明日には済みますからダレン隊長、村の武具屋で刀を受け取っておいてくださいネ。今は奥方の様子を見に行っているカルカ助手の剣も、合わせて受け取れるよう手配しておきマスので」

 

「ありがたい。……して、次の行動なのだが」

 

「ええ。失礼。そちらが重要ですネ」

 

「だっはっは! 問題ないだろう。これで脱線しかけた話を、仕切り直せるというものだ。……さて、ヒントにクエス。仲が良いのは結構だが、部隊の次の行動くらいは聴いておくのが、部下たる者の役目と思うがな?」

 

 そう言って、大男であるウルブズは鎧ごと、2人の首根っこを掴みあげてしまった。

 少年と少女の両足が浮いている。やたらな苦しさに両名むぐっと息を吐いて、床に降ろされる。

 

「……成程。これは素直に謝るよ。すまなかった、ダレン隊長」

 

「……ごめんなさい。でも、次の目標も何も。ティガレックスは隊長に討伐されたんでしょ?」

 

「ああ。だから、次の目標をたてねばならん(・・・・・・・)

 

 ダレンはウルブズに目線で礼を言うと、ヒントとクエスに向けてフラヒヤ周辺の地図を広げた。

 ゴルドラ地方から数週もかけて移動し、雪山を幾つも超えた位置にポッケ村はある。更に奥には小さな離村も存在しているが、それらの玄関口としての役割も持っている。

 そのひとつ向こうの ―― 先日、ティガレックスと遭遇した山を指して。

 

「私達は『行動派』の書士隊だ。故に皆がハンターではあるが、だからこそ、討伐して終わりという訳でもないだろう。元々、目的は轟竜とその周囲の生態調査なのだ。だから暫くはあの山を調査する、という辺りで構わないだろう」

 

「その次は? だって、もっと時間が必要よね?」

 

「ああ。クエスの言う通りだ。私もそれは考えているが ―― 恐らく、逗留する理由に関しては難しく考える必要はないのだと思っているよ」

 

 次々と疑問を飛ばす彼女に、ダレンは顔をあげた。

 

「臨時で、しかもよそ者だとは言え、いつ何時も人手の不足するハンターの逗留だ。ここの村長は我々を歓迎してくれていたよ。彼女(・・)から聞くところ、我々は村人達からの評判も悪くない。これらは、出会い頭ではあるが、早々にティガレックスを狩猟したおかげなのだろうな」

 

「でしょうね。俺が書類を担当しましたけど、ダレン隊長、あの轟竜の素材も殆ど村に納品していましたし。お人よしですね」

 

「うむぅ、成程な。村にとっては『有益なハンターの逗留』であるという訳だな、我らは」

 

「あまり無欲が過ぎるといらぬやっかみを受けたりする憂慮はありますけれどネ。今のところは好印象だ、というだけでショウ」

 

 ダレンは隊員たちが理解した事を確かめ、頷いた。

 流れで次の話題を出そうとして……ふと、部屋の入口を端目に留めて。

 

「だからこそ、私達が真っ先に考えるべきは ―― ああ。丁度、来たな」

 

 ダレンの言葉と同時に、扉が小さくノックされる。

 在室をである旨を告げると、扉がゆっくりと開かれる。外から日差しと、はらりと舞った雪が入り込む。

 入口から顔を見せたのは、多量の毛皮で覆われた民族衣装に身を包んだ、この村のハンターズギルド職員である。

 

「―― 書士隊の皆さん。《(さそり)の灯》の方々があなた達を呼んでいるんですが……ご予定は空いてらっしゃいますか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハンターズギルドが籍を置く場所 ―― 『集会所』は、村の中心地に据えられている。先に挙げた温泉の沸く地帯の横。すぐに暖の取れる、雪国の一等地である。

 ダレンらの借家から降って少し。ハンター向けに並んだ武器屋や道具屋の道なりに、その入り口は見えている。これら立地は村に駐在するハンター達の利便性を第一に考えられたものだ。ハンターハウスからの距離は付かず離れず、しかし距離があるわけでも無い。

 その道なり。

 

「―― 居てくれたか、カルカ」

 

「もちろん居るニャ。呼ばれたんなら、オレも行くニャよ」

 

「頼む」

 

 事態を聞きつけたお供のメラルー、カルカが合流する。人数を増やして、一団はそのまま集会所の風除室へと立ち入る。

 ポッケ村の集会所の内装は、それこそドンドルマやロックラックのような大人数が駐在する前提にはなっておらず、こじんまりとした物だ。最低限の酒場設備と依頼窓口(クエストカウンター)。道具や装備を点検しポポ車に積むための場所などはあるが、寛ぐための利便性は無い。酒場としての機能に耐えうるのは、本来は大勢のハンターが会議を行うための長机程度だろうか。それも幾つかは、使わない間は奥の倉庫に畳まれてしまっているが。

 寒さへの対策を第一に、窓は最低限。空調は別口で換気扇を回しているらしい。唯一飾られたその窓すらも二重張りという念の入りようである。ポッケ村へ到着した直後にも見ることになったこれら質実な景観は、この集会所の『主』らの趣向であるらしい。

 風除室の中で靴の雪を落とし、皮張りで二重構造に組み立てられた木製扉の前に到着。ダレンはこつこつと扉を鳴らして返答を待つ。

 

「誰だ」

 

「王立古生物書士隊、ダレン隊だ。要請に応じて到着した」

 

「ダレンな。入れぇ」

 

 野太い声だった。促されて後、一度後ろの隊員達と足下のカルカを見て、頷いてから戸口を潜る。

 松明に照らされ昼でも薄暗い室内。その上座に、熊と見紛うばかりの男がどっかりと腰掛けている。先の声はこの男から発せられたものだ。酷く訛った言葉で、続ける。

 

「よぉ来た。早速で悪ぃとも、ハンターの話するべ。そこら辺さ座れじゃ」

 

「ああ。勿論だ ―― オニクル。ティガレックス狩猟の件と、次の行動方針だな」

 

「そうとも。なぁ賢いんは、話が早ぇくて()な!」

 

 大男 ―― ポッケ村の筆頭ハンター、オニクルは膝を叩いて豪快に笑った。

 ダレン達にも座るよう促し、その両脇に積んであった椅子を手ずから机に寄せる。全員が席に着いたところで、用意してあったのだろう飲み物をギルドガールズが運んで来た。酒精のない蜂蜜茶である。

 最も、当のオニクルの木杯に注がれているのは梅種である。ゴルドラの梅を大量に取り寄せて造られたそれは、彼がいつでも愛飲しているものだ。

 ダレンの一隊にも飲み物が行き渡った事を確認し、オニクルが続ける。

 

(わぁ)の副長どもが、あんたら狩ったとら模様(・・・・)とば持って帰ぇった。よぉやった」

 

「……褒めの言葉はありがたいですが……大型のモンスターを討伐するのに、事前に連絡出来ずにすいませんでした。オニクル殿」

 

「そぇだっきゃ良べ。鳥で知らせっより、ダレンが倒してしまうんが早い。そんだけの事だはんで。……これで、わぁどもは雪獅子(しし様)と、あの馬鹿ものら探すんに力割ける。ダレンらの邪魔すん必要もねぇべ」

 

「配慮に感謝します」

 

 再びダレンが頭を下げるとオニクルは長い髭を揺らし、格子状に編まれた自らの髪を撫でつけ、そのまま頭をぼりぼりと掻いた。カウンターに戻っていた受付嬢が、その様子を見て口元に微笑を浮かべる。訛りと口調の荒さで判り辛いが、オニクルは困っているようだった。

 とはいえ、ダレンの立場……外様のハンターとしてポッケ村に駐在させてもらっている身としては、真っ先にそこを謝らない訳にもいかないのであろう。オニクルは総勢50名のハンターが籍を置く猟団《蠍の灯》、そしてそれらを支える団員の頂点に立つ団長である。ただ狩猟に出るだけでなく、管理の責任も負っているのだ。上に立つ者の不自由さ、そして責任の重さは、ダレンだからこそ判りうるものもある。だからこそ後ろに控えたクエスやヒント、ジラバやウルブズ……足元から膝の上に移動したカルカもその会談に口を挟むわけにはいかず、こうして閉口しているのだが。

 

「固でな。ま、仕方ねが」

 

 様相を崩したのはオニクルの側からであった。彼は先にぐいと酒杯を仰ぐと、口角を大きく吊り上げて笑いかける。身振り手振りに、今は居ない猟団の副長2名を指折り数え、やれやれとでも言うように肩をすくめる。

 

「慎重さなるんは、悪ぐね。わぁんとこの狩人にお()らを良ぐおもんね人らが居るんはホントだ。ポッケの村の生え抜きばりだはんでな、《蠍の灯》は。副長のグエンとニジェもそんだし。だばって、わぁとしてはダレンの調査には出来る限り協力するはんで心配すな」

 

 話題が率直だがその分、彼の人柄が伝わってくる物言いだとダレンは思う。

 彼の無骨な誠実さに応えるため、実直な自身の出来る精いっぱいで感謝を示す。

 

「はい。オニクル殿も、私達で協力できることがあればご相談ください。村に住まわせてもらっている分には、我々もポッケ村の戦力ですので」

 

「ふん。そいう貸し借りで話すんだば、判り易くて良な。何かあればだば、ダレン。そっちさもお願いすべ」

 

「その時には、引き受けましょう」

 

 結んで、ダレンも蜂蜜茶に口をつけた。荒いが素朴な風味が心地よく鼻を抜けてゆく。団員達によって今も拡張が進められる農場で養蜂された蜂らによって集められた蜜である。厳しい寒さの中に在って、この暖かさと甘さはとてもありがたいものだ。

 暫くして、猟団と調査団のこれからの動向についてすり合わせを始める。

 

「さき喋った通り、《蠍の灯》はしし様と『馬鹿もん』どもを探すのに人員ば割いてる。副長は2人とも、今はそっちさ行ってら。周りの山2つだば管轄地だはんで、そちに大きなの出だんだば、わぁ(んど)か ―― あのもいっこの外様な。白くってら『判らんの』に要請出すはんで心配すな」

 

「ああ。了解だ。……そのもう片方の逗留者は、居場所が判らないと聞いているが……?」

 

「んだ。熱心に監視ばしてる副長がいないはんで、ここ2日はどっかさ出てら。だはんで、そん時に近くに居だんだば、ダレンらにも頼むかもしんね。怪我だばもう良んだべ?」

 

「む。健を少し痛めたらしく、医師の見立てで安静にしていただけなのだ。心配をかけて申し訳ない。―― そして、これを。私たちの行動予定だ。しばらくは、先の管轄地外の調査の続きを行うつもりだ」

 

 謝りながら、ダレンは鞄から日付毎の予定表を出して机に広げた。メモ程度だが、オニクルらに調査団の予定を知らせるために用意したものだ。

 ポッケ村全体の識字率は低いが、この猟団《蠍の灯》においては最低限の読み書きは必須。専門たるギルドガールズには及ばないにしろ、文字によるやり取りが出来ることが入団項目にある程には重要視されている。

 オニクルはその冊子を手に取ると、雪獅子に負けない毛むくじゃらな外見をしておきながら太い指を精緻に動かし、ひとつひとつ捲る。大仰に頷き。

 

「判った。こん村の猟団にしろダレンらにしろ、あの判らんのにしろ、うまぁく使って見せんのがわぁの役目ってもんだはんで。お前んども、頑張れな?」

 

「はい。応援を頂けて力強く思います。―― では、今後もよろしくお願いします。オニクル殿」

 

 切り上げて席を立ったダレンに倣い、隊員達とメラルーが次々と腰を曲げ……集会所を出てゆく。

 木製の分厚い背もたれに寄りかかり、篝火の明かりに照らされながら、オニクルは残った梅酒を機嫌よく啜る。今回快く待機番を務めてくれたギルドガールズのシャーリーに続きを飲みますかと尋ねられ、とりあえずもう一杯と注文を出し。

 脳裏に最後まで型通りの応対をしてみせたダレンの背を思い出しながら、オニクルはふんむと息を吐いた。

 

「あれが、ダレン・ディーノな。あんたさ聞けた(・・・)通り(・・)、どっちとも取れるんた男だ」

 

「―― ええ。良い御仁でしょう?」

 

 裏口の側から声が聞こえた。

 壁に寄りかかる小さな体。白い毛並みに赤いポンチョの様な外套の映える、アイルーの声だ。

 オニクルは其方を向かずに、手元の……先ほどダレンから渡された紙を見つめたままで返す。

 

「信に足るんかは、まだこれからだばってな。とにかく、とら様の狩猟で、頭が回るんたは証明されたて」

 

「ふむ。ならば、私も彼らの力となれるよう全力を尽くすまでです」

 

「この2年で判っちゃはんで、あんたの力は疑ってね。でも、それもお前の『ご主人』ってののためだんだべ?」

 

「それは勿論。そしてきっと、それはあなた達の利益にもなり得ることでしょう ―― オニクル殿」

 

「なら、わぁも楽しみにしてるて。―― ネコート」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 集会所を出て、ダレンらは帰路に着く。

 マフモフ装備だとはいえ、ハンターの装備品で村の只中を歩くのは目立つ。……が、常日頃から猟団が多数出入りするポッケ村の中心部ならば過剰に注目される事もないようだ。屋根で雪下ろしをしている村人が少しだけ此方に目を向けたが、手を止める事もない。

 そして、本日は元より方針確認それ以上の予定もない。ダレンは真っ直ぐに借家へ。ヒントとクエスは先ほどのオニクルの態度に思う所があるようで、やや不満げに声を挙げながら。ジラバは中途の武具屋で別れ、ウルブズは温泉に浸かりに行くと踵を返す。

 唯一、隣に並んだカルカがダレンを見上げる。

 

「村からしてみれば、外部からの調査団ですものニャ。いっつもあんな感じなんかニャ?」

 

「うむ。むしろ副長がいない分、オニクル殿の態度は柔和だったと思う。例えば小さな村における調査などであれば、書士隊という肩書が証明にならない場合すらある。そういう点において我々がハンターだというのは、一定の信頼を得るのには役立つのだがな」

 

 カルカは一旦周囲を見回して、大きな溜息をついた。溜息すらも水車のがらがらという音にかき消され、道具屋の主人やその前に立つ主婦には届かない。

 

「ここポッケ村はハンターが中心になって発展しただけあって、外の人に慣れてるって側面もあるんだろニャァ」

 

「違いない。カルカとフシフには、苦労をかけて済まないな?」

 

「心配せずとも。ダレンに付き合ってこの方、この程度はマシな方だからニャ。この3年間で、物語でしか聞かなかったリオレウスとリオレイアの夫婦だとか、未知の海竜だとか、そういうのとぶつかり合って来たもんニャ。大型モンスターと本気で相対するのと比べれば、権力者の前に立って置きメラルーと化すのくらいは気楽なもんだろニャア」

 

「ありがたい。そう言ってくれると助かるが……実のところ私は、この調査の成否に関しては心配はしていないのだ」

 

「そうなのニャ?」

 

 珍しい切り返しに、カルカが首をかしげた。

 ダレンはその言葉にああ、と同意して。

 

「今回の調査団は、3年前の時よりもかなり多くの戦力を持ち込めているというのがひとつ。私が一等書士官に昇進した事による、最も大きな利点だな。団員もそれぞれが専門分野を持つようひとりひとり選別した、粒ぞろいだ」

 

「確かに。……前回の部下のノレッジもあれはあれで、結果的には凄まじい事になったけどニャア」

 

「……はっは! それは確かにな」

 

 ダレンは固かった様相を崩して笑いながら、続ける。

 

「そして王立古生物書士隊が知名度を増した事によって、こういった辺境の村でも多少なりとも融通が利くようになったのがもうひとつ。先ほどの話にあったオニクル殿の態度などが、その最たるものだろう」

 

「成程ニャア。背景含めて、準備が整っている……って考えて良いんかニャ」

 

「そこに『出来る限りの』という冠は付くかもしれん。加えて、それ程の力をつぎ込む価値のある案件だという事にもなるため、油断は全くもって許されないのだがな」

 

「結局は自分の首を絞めてないかニャ? ダレン」

 

「まぁ、これが私の仕事だよ。最も興味があって、取り組みたいと自ら願う、やり遂げたい仕事だ」

 

 感傷的な声色に変えて、ダレンが首を上へと傾ける。つられてカルカも空を見上げた。

 晴れ間の覗くフラヒヤの空は透き通るように青く、いつかの山頂の朝を思わせる。

 

「―― 何より、私達には他にも協力者がいる。それこそ、心配は無用だろう」

 

 雲間の風に遊ぶ何かが一羽。

 それは稲穂によく似た尾羽を靡かせフラヒヤの空を征く、大鷲の姿であった。

 

 





 本編進めるのは1年以上ぶりですけれども、活動再開してからは2か月ちょいなので実質初投稿です(





・ポッケ村
 モンスターハンター2nd、およびそのアペンドである2ndG。もしくはXシリーズにて訪れることが出来る村。
 大陸北東に位置するフラヒヤ山脈の中腹に位置し、トレジィや村長らと共に数百年超をかけて興された場所である。
 ハンターの活躍に応じて物流が活発化すると、雪山草や毛皮を筆頭とした特産品の交易によって利益をあげることが可能となったようだ。
 また、大全によれば(文脈からして2nd冒頭の時系列では)ティガレックスの本来の生息域からは大きく離れた場所にある。
 本作においてダレンらが調査目標としたティガレックスの生息域移動が、これに当たる。


・雪山草
 雪山の高所にのみ生育する植物。滋養強壮の効果があるらしい。
 拙作本編には書いてないため、解説の解説(ぉぃ


・ダレン隊
 ダレン(25)、クエス(17)、ヒント(18)、ジラバ(22)、ウルブズ(44)。これにオトモメラルーのカルカとフシフを合わせた7名をひっくるめてダレン隊と呼ぶ。
 ダレン以外はオリジナルのような、そうでもないような。
 書士隊としては平均年齢の若い一隊だが、それだけに体力がある。一番大事。


・蠍の灯
 オリジナルの猟団。というかオリジナルじゃない猟団はあまりない。
 ポッケの村を急進(僻地度が半端ないので、実際はいう程でもないが)させた一団。幅が利く。
 元ネタは有名ですけれども、ほんとに名前だけ拝借。




2020/03/21 会話をちょっとだけスムーズになるよう追記。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。