モンスターハンター 閃耀の頂   作:生姜

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第三話 辿る雪路

 

 

 ダレンが快癒しオニクルとの面通しを終えたその翌日。

 

「―― 準備は済んだか、みんな」

 

 ポッケ村の中央区からの出入り口。標である縄の巻かれたひと際大きなマカライト原石の横で立ち止まり、ダレン・ディーノが振り向く。

 分厚い灰の雲の下、自らが率いる一隊の面々が点呼の要領で声を上げてゆく。

 

「はーい! クエス、準備は万端だよ! ヒントもだよねっ? ねっ?」

 

「ああ。でもそれって、俺から隊長に伝えるべき内容だろ。クエスに言われるまでもないね」

 

 不遜に肩をすくめるヒントの呆れに「なにおう」と反響するクエス。その横を、麻袋を肩に担いだウルブズがだっはは、と勢いよく息を吹き笑いながら通り過ぎる。通り過ぎたその先で、隊の中で最も大柄なその身体を傾け、ポポの左右に吊るすように荷を結ぶと、ふんと額をぬぐいダレンの側を振り向いた。その後ろに調教された成体のポポを数頭並ばせる。

 

「こちらも荷は積み終えたぞ、ダレン。装備は言わずとも、ジラバが万全にしてくれているであろうしな!」

 

 隣の背を叩き、ウルブズが口角を吊り上げた。大男が口の端を頬にまで届かせて笑う様は威圧感こそあれど、しかしウルブズの人柄か、重苦しさは感じない。不思議と暖かく思える物だ。

 叩かれた側。青白く細身の男は、薄く唇を動かして呟く。

 

「ええ、そこはお任せくだサイ。皆さんの武器の整備はワタクシに課された……勅命、みたいなものですからネ?」

 

 こちらも目尻を下げながら小さく笑う。含みのある言い様に真っ先に反応したのは、カルカである。

 

「ジラバ。皮肉が効いていて嫌いじゃあないけど、その表現は色々と面倒だニャ?」

 

「おお。これは失礼しましタ、カルカ」

 

「出立前だというのに、皆さん方いつも通りですニャァ……」

 

「フシフが呆れるのも仕方ないけど、ま、緊張しすぎるよりはいいんだろニャァ」

 

 カルカの言葉を最後に、全員が笑う。肩の力がほどよく抜けた頃合いを見計らって、ダレンは口火を切る事にする。そもそも現在行っていた準備は、先日話していた管轄地外の再調査に向かうためだ。

 

「ではこれより書士隊として2度目のフィールド外調査に出立する。現在《蠍の灯》の部隊は管轄地の内に2隊、外に1隊がそれぞれ派遣されている。現場での無駄な衝突を防ぐため、書士隊員は外套を着用するようにとの伝令が来ている」

 

 主に猟団側からの要請だが、狩猟に関する権限は当然そちらが持っている。あくまでこちらが生育調査を主とした活動を許された側であることは忘れてはならない。

 書士隊の外套は通常、雲羊鹿(ムーファ)鹿(ケルビ)の毛と皮を使い軽さを重視して作られる。が、ダレンが率いる隊で用いられる外套は違っていた。

 

「あれかぁ……俺、外套着て動くのには慣れてないんですよねぇ」

 

「文句を言わないの。これって結構、縫製に時間もお金もかかるのよ?」

 

「ほう? 流石にクエスのお嬢は詳しいな。どれ、我も ――」

 

 ウルブズを皮切りに。手元にあった荷物袋を掴むと口紐をほどき、各々が暗い藍色染の外套を纏う。

 肩峰下に金色の龍章と、絡み合う菱形の刺繍。龍を囲む菱形を構成する線の本数は、クエスとヒントが3本。ジラバとウルブズが2本で、ダレンが1本。本数が少ないほど位階が高い事を表す、書士隊の紋章である。因みに通常は率いる一等書士毎に赤か緑の色をあてられる(そめ)色に、紋章が際だつ暗い藍色が選ばれたのは、ダレン隊が『観測所』にも属している故の特殊性である。

 ダレンらは裏方に徹する書士とは違い、揃いの外套の下にハンターとしての鎧も着込むため、例えば民草の間で噂話に語られるような、何処ぞの隠密部隊に見えない事もない。勿論支給の制服を身につけなければならない(と、少なくとも表立っては布告されている)ギルドナイトの方が、市井にあっては良くも悪くも目立つものだが。

 ヒントの前でクエスが、身を捻ったりして外套の留め具を確認。すると。

 

「―― ほぉほぉ。みんな、よぉく似合いだねぇ」

 

 その付近 ―― ひと際大きなマカライト原石の前で焚火にあたっていた小柄な老人が、体躯の通り小さいがよく響く声で一隊を呼び止めた。

 彼女の姿に気付いた……いや。そこは定位置であるため、予想はついていたのだが。ダレンは彼女に礼をひとつ、大きく頭を下げて歩み寄る。

 

「村長。先日の轟竜の件ではご迷惑をおかけしました。申し訳ありません」

 

「ほっほ。よいよい。気にせんでもええのよぉ、これくらい。ハンターが増えてくれるのは嬉しい事だもの。あなた達を紹介してくれたネコートちゃんには、むしろ感謝を言いたいくらいだわぁ。……ところでダレン、もう怪我は大丈夫なのかしら?」

 

 老婆 ―― ポッケ村の長たる人が、焚火の組木を軽くつついて組み直し、重ねられた皺の向こうからダレンを見上げる。

 彼女こそが、このフラヒヤの地を文字通りに先頭に立って切り拓いた、ポッケという集落の頭である。ハンターズギルドとの縁も深く、ハンターの頭であるオニクル及び構成員ら生え抜きとの関係も固い。ハンターの選抜から祭事まで、村の機能を司る文字通りの長。故にダレンらを招集したのもまた、彼女の要請によるもの ―― と、いう事になっている。

 ダレンは近くまで寄り、壮健ぶりを示すために両手をぶらぶらと動かしてみせる。

 

「おかげさまで。元々、打ち身と擦過傷くらいでしたから。治療と言うよりは安静にしていただけでした」

 

「ほっほ、それはよいねぇ。今日はこれから、この間の調査の続きかえ?」

 

「はい。昨日に許可も得ましたので、早速再出立をしようかと思います」

 

 違いない。管轄地は猟団に任せ、周辺の……特にまだ手の入っていない山岳地の地形と生体を調査するのが、今のダレン達の主たる目的である。

 村長の目の通せる村の中央部には既に資料を渡してあるが、文字の小さい資料ではよくよく「寄る年波には勝てんねぇ」と気を遣わせてしまう。ある程度の日程は口頭でも伝えておくべきだろう、とダレンは思い直す。

 

「偶発的ではありましたが、甲斐あって轟竜は対処出来ました。管轄地の外故に、他にも大きな障害が出る可能性は勿論考慮しますが……何日かは向こうに逗留して調査を重ねる予定です」

 

「そうかえ。頑張りんしゃい。最近は《蠍の灯》子らが追い回しているんで、雪獅子とその取り巻きがお怒りでね。縄張り争いとは別だけんども、気の荒いのが出てきて(・・・・)もおかしくないよ、今の雪山は」

 

 村長は細い眼をさらに細めて、フラヒヤ嶺の奥を見つめる。ダレンも手を(ひさし)に同じ方角を向くものの、そこには白く飾られた常ながらの山々が並ぶだけだ。しかし村長からの忠告である。この地を開墾した者だからこそ感じる空気というものも存在するだろう。ダレンはそういった特別な感覚や知見を備えた者がいることを、確かに知っている。

 

「承知しました。隊員が危険な目に遭うのは避けたいところですが……とはいえ、それもまたハンターの腕の見せ所というものでしょう」

 

 真面目な容貌を崩して、ダレンは(にわ)かに笑う。自分はこの様に思う事が出来るようになったのだ。この3年で。そういう心強い考え方を、学んだのだ。

 

「それもそうねぇ。それじゃあいってらっしゃい、ダレン。クエス、ヒント。ジラバに……ウルブズ、だったかしら?」

 

 村長に見送られ、ダレンは隊を引き連れ村境を跨ぐ。

 外へと一歩踏み出せばまた、変わりなく広がる雪の世界が待っている。

 

 

 

 

 

 

 

 村へと続く路を抜ければいよいよ山道へと入る。

 山を登る道になると移動手段は臨機応変になるが、管轄地近くの整備された雪道の範囲を抜けてからは雪車(そり)を使う。ポポに大きな籠状の雪車を引かせ乗ることで体力の消耗を防ぐのである。ハンターは身に着けた鎧の分だけ自重が増すため、積雪があればある程、距離が長くなればなる程に移動が困難になる。こういった工夫は現地のオニクルらが行っているものを遠慮なく真似させてもらうことに、ダレンはしていた。

 藁で編んだ(すだれ)から吹き込む寒気に身を小さくしながら、一つ目の山を越えた頃。

 

「―― そろそろ準備をするか。道具の点検から始めよう」

 

「判ったわ、隊長!」

 

「おう。もうそんな位置か?」

 

 ダレンの発令に嬉々としてクエスが、そして香辛料に浸した肉を噛んでいたウルブズが手元を探り始める。皮を接ぎ金属の留め具で囲われた背負い鞄から、特に緊急時に使う物と整備が必要な狩猟具を選んで目を通してゆく。クエスは早速と飛甲虫の外鎧を取り出して装備を始め、その横でヒントとウルブズが自らの得物を取り出しては点検。特に風変わりな武器を扱う者の多いこの部隊において、武器の整備は必須と言えよう。

 そうしている内に、狩場から村へと帰投する幾つかの部隊とすれ違う。向こうの御者と小さく挨拶を交わして、それだけだ。同じ猟団に属しているなら兎も角、此方はよそ者である。すれ違いざまに様相を観察。荷台の傷跡の高さからして小型の牙獣種 ―― 十中八九ブランゴであろうが ―― とやりあったのだろう。ポポの側には殆ど怪我がない事から、遭遇戦ではあったにしろ、うまく狩猟を運ぶことが出来たのであろう事が伺える。

 幸いなことにポッケ村は、ハンターの小隊を数多く抱えることが出来ている。

 猟団《蠍の灯》においてはオニクルと副長2人を筆頭に四つ星(ランク4)以上のハンターが指揮権を有し、状況に応じて編成を行うことが可能である。これだけで隊数は10に近い。ここにダレンらと、先日のオニクルにも語られた別の2隊を加える事も出来るとなれば、ポッケ村がどれだけ潤沢な人資源を持っているかが判るというものだ。

 それでも全部の隊を狩猟には派遣していない。村を守るため、駐在として家族と過ごす時間も必要である。加えて「別の2隊」についてはそもそも「隊」として数えるのは(はばか)られる状況であり、戦力として数えられない理由もあるのだが。

 

「―― ダレン。その『他のふたつ』の隊について、今の内にもう少し状況を聞かせてもらってもよろしいニャン?」

 

 そう切り出したのは、羽毛の座布団付きの籠という一等席を与えられている、雌メラルーのフシフだった。傍で瞑目していたカルカが片目を開き、ダレンに頭を下げる。

 

「オレからもお願いするニャ、ダレン。ニャーの(つがい)は村に到着してすぐにつわり(・・・)が酷くなり、席を外させてもらっていましたからニャ」

 

「番って……え、フシフって奥さんなのっ? カルカのっ!?」

 

「……前にも言ってなかったかニャ―……?」

 

 クエスの驚き様に、カルカはがっくりと呆れている。ダレンの記憶によれば間違いなく説明したことはあるが、彼女の記憶には留まっていなかったらしい。

 ダレンはフシフに思い切り近づこうとするクエスの肩を掴んで留め、視線はカルカがさりげなく遮っている。クエスの持つこの猪突猛進な気性は、手間はかかるもののかつてのノレッジを思い出させる。ダレンにとっては慣れたもので、懐かしいものだ。

 そして当然、カルカは嘘をついていない。フシフはカルカの子をその身に宿していた。とはいえまだ体型に大きな影響は出ていないが、体調には影響の出る時期である。本来であればこうした出撃任務には帯同しなくてよいとダレンは思うのだが、裏方でもとフシフ本人から希望があったのだ。今回は山一つ先の……先日ティガレックスと遭遇した場所の調査の続きであるため、遠出という訳でもない。可能な限り隊の力になりたいというフシフたっての願いとカルカの了承を得て、帯同する運びとなったのである。

 相変わらず(フシフとの間に立ち塞がる)カルカの肩をがくがくと揺らすクエスの後ろで、ジラバが懐から取り出した乾パンに薄く蜂蜜を塗ってヒントへ差し出す。ヒントはこれも自分の役目と、クエスの口にそれを突っ込んだ。

 

「クエス、はいこれ黙って」

 

「話が逸れるのデ、クエス嬢。少々お暇をお願いしますヨ? ワタクシは少し外を見てきますのデ」

 

「ううむぐっ」

 

 要らぬ流れ弾を避けたのだろう。ジラバは簾を潜って御者の側へ。クエスが空気を読んで咀嚼し始めたのを見計らい、ダレンが切り出す。

 

「―― では、改めて。良いか? フシフ」

 

「はい。自分から同行を申し出ておいて、お手数までおかけして申し訳ないですニャ」

 

「む。そこを気にする必要はない……と、思う。私の隊の方針を理解して動いてくれる人員は貴重だ。身重だとて、裏方の仕事は幾らでもある。人手はあればあるだけ助かるものだ。ただし決して、無理はしないでくれ。その時には別の人員を当てるまでなのだから」

 

「ありがとうございますニャ」

 

 フシフがぺこりと小さく頭を下げたのを手で軽く制し、ダレンは腰の鞄のひとつを探り藁半紙を取り出す。解説は苦手ではない。塗料と染筆を取り出すと素早く筆を走らせ、赤い星とそれを突き通す(やじり)の意匠が描かれた紋章を描く。

 

「これが《(さそり)()》の猟団章だ。目下、ポッケ村……どころかフラヒヤの最大勢力である猟団だな。オニクルを筆頭に、ハンターを50人近く抱えている。ポッケ村を守りつつ部隊を外へ出す事も出来る、文字通りの守護の要だ。平均ハンターランクは3。オニクルと副団長2人が六つ星で、その他は中堅、新人共にバランス良く構成されている」

 

「ハンターの方は、ポッケ村から志願された方を採用されてるんですよニャ? 随分と良い環境ですニャアァ」

 

「ああ。オニクルと副団長らの手腕だろうな。フラヒヤで唯一のギルド支部を置いているだけあって、ここら一帯……かなり広範囲の守りを受け持っている。それはつまり、裏を返せば新人や中堅の教育の機会が多くあるという事だ」

 

 ダレンの説明にフシフはこくこくと頷く。同じような経緯だったな、と自らの来歴をふと思い出しながら。

 

「……成程。ハンター業が活性化しているこの時代に、新規の方を取り込むのに成功したのですね」

 

「ああ。数年前のジャンボ村と状況的には似ているな」

 

「俺からも付け加えさせてもらうと、俺自身がハンターになった3年前にはもう《蠍の灯》自体がかなりの勢力を持っていたよ。ドンドルマで何度も名前を聞いたね。同時期に七つ星昇進の要請を蹴ったと噂の《墜刃》オニクルが頭だというのも、話題性があった」

 

 感心しているフシフに、ヒントが当時の状況を付け足して伝える。ダレンが頷き。

 

「私達がポッケ村に逗留できるよう取り計らってくれたのも、この猟団だ。オニクル殿がロン殿と顔見知りだったのでな。あとはネコート女史が段取りを組んでくれたという流れだ。……さて。この最大規模の集団を除いてしまえば、あとは零細も良い所なのだが」

 

 ここでダレンが視線をずらすと、荷台の最後尾に腰かけていたウルブズが合わせる。愉快そうに腹を震わせ、上体を乗り出す。

 

「んむう! 残るは外様。殿規模の順だとすると、次は我ら王立古生物書士隊か?」

 

「そうなります。……しかしこれは、説明不要でしょう」

 

「だっはは! 自分らの事だものなぁ! フシフに説明するべきは、残るふたつ。『馬鹿者』共と『漂流者』の事だろうなぁ。任せてくれて、おーけぃだとも!」

 

「ありがとうございますニャ、ウルブズさん。ある程度は番いから聞いたのですが、お名前からしてどちらもかなり特徴的な部隊のようですね……?」

 

「それはそうとも!」

 

 ウルブズはフシフを鷲掴みに出来そうな掌で顎髭をなぞり、そこで間を挟む。

 ふぅむと周りを見渡し。

 

「ところでヒント。『漂流者』はお前の方が詳しいだろうから、任せたいのだが。良いかな?」

 

 一行の視線が彼へ。ヒントは隣で柄と刃を合わせる手を止めて、ウルブズを見やる。

 

「……まぁ、でしょうね。ウルブズ叔父貴。俺は長い事クエスと組んでますから、その人らの情報は自然と耳に入ってきてますよ」

 

 武器を弄る手を止めず、ヒントは件の少女を視界に収める。遂にダレンを根負けさせた彼女は、フシフを膝に乗せてご満悦の様子である。

 諦めて眦を歪に傾けた少年と対照的な少女を笑い飛ばし、ウルブズはフシフに向き直る。

 

「ではそちらは任せて、我から。村に来た順に説明するなら『馬鹿者』共になるだろうが、まぁこれは主にオニクルらが呼称している名だな。そう呼ばれている理由は明白。彼ら……その3人組はここ数ヶ月、ポッケ村に戻らずギルドへの報告も怠り……フラヒヤの山中で野営して狩猟を続けているからだな」

 

「それは成る程、問題児ですニャ。それで『監視が入っている』のですね?」

 

 そうとも、とウルブズは頷く。

 彼ら彼女らは管轄地に直接入る訳は無く、他のハンターとの諍いも起こしてはいない。だが特に問題視されていない大型モンスターを偶発的に討伐する、特に対応に苦慮する事のない位置に居を定めた生物を狩猟しにかかっては手負いにする等々、管理側を泣かせるような行動をとり続けているのである。そういった問題行動ばかりを重ねる3人組を、ポッケ村を守るという観点からみて『馬鹿者』共と糾弾しているのだそうだ。

 特にここ数ヶ月は頻度が増えており、流石に看過できないと判断した《蠍の灯》の副長の片割れに監視をされているのだが。

 

「彼らは3人。だが組んでいる訳では無く、各々が別の目的を持って勝手に動いているようでなぁ? 野営という目的でのみ協力しているらしい。ばらばらに、しかも管轄地の外を中心に動かれていることもあって進捗がないそうだ。元々そういう用件で雇われのハンターとして契約している事もあってか、近隣の小さな村の周囲で至急の案件があった場合などには最低限の警護は行うので、全力で排斥するにも惜しいらしい……というのが聞いた話だが」

 

 どうにも、とウルブズが言い倦ねる。斟酌しつつ。

 

「情勢からしても十分に理解出来る話ではありますニャ。ですが、ウルブズさんには別の角度の意見もおありなのですニャァ?」

 

「うむぅ。まことに偶然ではあったが、我だけはここに来る際、彼らに会っているからな。『ダァクネス』なその風貌を見てくれれば、言葉を濁す理由はフシフにも判ると思う。まぁ次の集会の日か……狩り場で出会す機会があればの話だがな、だっはは!」

 

 そう笑って締めたウルブズから、ヒントが話題を引き継いだ。

 クエスが拾ってきて聞かされた話題が殆どだけど、と前置きを挟み。

 

「では俺からは『漂流者』について。彼女ら……まぁ、此方も3人なんですがね。その人らについて情報が錯綜するのは当然で、とても話題性があるんですよ。特に挙げるとすれば」

 

 フシフの相づちを待って、ヒントは指をたててゆく。人差し指から薬指まで、3つ。

 

「ひとつ。他2人が主人と仰ぐリーダー格の女が、その名をシャルル・メシエと名乗った事。ふたつ。ここポッケ村へひと月前に移動してきた彼女らは、たった3年前からドンドルマでハンターとして活動を始めていて、以降は雇われとしてしか活動をしていないにも関わらず、めきめきと頭角を現しては既にハンターランク5という位置につけている事。みっつ。彼女が新しい武器種 ―― 銃撃槍(ガンランス)の考案者としてその存在を知られている事」

 

「ちょっと。あの防具についての話題がないじゃないの?」

 

「それは一つ目に含まれているよ、クエス」

 

 頬を膨らませた少女にもう少し黙っててねと水蜜飴の缶を持たせておいて、ヒントは自身の腰で鞄を探る。

 出てきたのは、所々に折り目の付いた冊子であった。装備目録であるらしいそれを手渡され、フシフは小さく広げる。

 

「これは?」

 

「2つめと3つめは、話題になるのも理解できると思うからね。ひとつめの話題についての解説、その援助になる物だ。最後の頁を見て欲しい」

 

 促され、フシフは冊子の後書きを見る。

 真白い頁の右下隅にぽつり。そこには「メシエ・カタログ」という名義だけが簡素に表記されていた。

 

「それは数年前にハンターの間で流行した、洒落た防具のデザイン集だよ。個人受注なのに大層な人気でね。クエスがハンターが扱う防具に熱中し始めたのもその冊子のせいなんだけど、その話題は置いておいて。『メシエ・カタログ』は制作側が既に退いていてね。その理由は明かされていないけれど、まぁそこへ姓が同じ彼女の急進という話題が加わった訳さ。同一人物かどうか以前に、彼女からそれらについて言及は全くされていないのだけれどね。妄想たくましいことさ」

 

 家名を持つ者の方が珍しいこの大陸において、この一致は偶然では無いと言いたいのだろう。しかしそれら全ての噂話に筋を通そうとするなれば、シャルル・メシエなる彼女は「界隈で売れる程の知名度があったにも関わらず防具の制作業を止めてハンターとして活動を始めた」……という物語然とした人物像であることになってしまうのだが。

 フシフはふにゃぁと吐息を漏らすと、再び冊子を中央当たりで開く。そこには主に女性向けらしいデザイン画が並べられていた。獣人の目から見ても美しいと思えるそれらは、ハンターに要求される防御能力も満たしているらしい。隣で喧しくも詳しく説明をしてくれるクエスに曰く「大型生物と争うならば、いずれにしろ受け方を間違えれば傷は付く」という考え方で、必要な箇所に必要な分の強固さを持たせているのだそうだ。確かに急所の他にも両手や大腿など、身体の部位毎に「ここで受けろ」と言わんばかりの構造が見受けられた。

 ヒントがついでに、と付け加える。

 

「そしてこれは、ウルブズさんが話していた三馬鹿(・・・)とも同じなのだけれど……彼女らも会うのが難しい(たち)だね。何でかは知らないけれども夜にしか出歩かないみたいだ。夜は夜で狩猟に出掛ける。時間帯さえ合致すれば猟団の要請にも応じていて、疎まれては居ないみたいだね。住居は村の端っこに置いてて昼間は居るみたいだけど、直接会おうとすると、断られる。他2人が従者として常に警護をしているってさ」

 

 どうやら、猟団の中に居た『メシエ・カタログ』のファンが数人押しかけ門前払いされたという前例があったようだ。これには耳聡く聞きつけたヒントが猟団に確認し、今にも押しかけんとしていたクエスを留めるために利用したというオチも付いている。

 

「他にも村に居る昼の間は、鉄製品の農具や家具日用品なんかの修理も請け負って日銭も稼いでいるみたいだね。報酬は主に嗜好品の類いなんかと物々交換らしいけど」

 

「ほぉ。少なくとも手先が器用なのは間違いなさそうですニャァ」

 

 フシフが感心した声を挙げる。丁度道具を見直し終えたウルブズが自らの革袋の口を締め直し。

 

「ふむぅ。主要な集団はこんなところか」

 

「戻りましタ ―― そして、ウルブズ殿の意見には同意でス。その他にも周りの小さな集落にも少数ずつのハンターは居ますがネ。それを挙げていてはきりがないでショウ」

 

「おお、ジラバ。外の様子はどうだった?」

 

 外から戻ったジラバは、小さく雪を払いながらダレンの横に座る。

 

「どうも行く先の塩梅は悪くなさそうでス。空と湖畔周囲を見ている限り、動物達が荒んでいる感じは、少なくとも今はありまセン。吹雪くかもしれませんガ、それはまぁいつもの事でショウ」

 

 ウルブズに手渡された生ぬるめの発酵酒を合掌して受け取ると、ひとくち含む。足の先をぐにぐにと揉んで血行を確かめながら、ジラバが続ける。

 

「ただ、気になる事も一つありまス」

 

「それは?」

 

「ダレン隊長ご贔屓のフリーランスさんから、今さっき便箋が。ワタクシらの調査対象区域の端っこで、件の馬鹿者さん達が野営をしていたであろう跡が見つかったそうでス」

 

 あまり芳しくない報告だ。ダレンが顔をしかめる。ジラバは生来の青白く涼しい表情のまま、手元で紙を広げて流し読む。

 

「目的は兎も角、馬鹿者さん方も同じ動きなのやも知れませんネ。『村の人々やハンターがあまり踏み入っていない場所』を、という目端を付けたのハ。フリーランスさんも、奴らの動向が気になるので今日の内には対象区域へ向かって下さるそうでス」

 

 ウルブズとヒントに解説を任せている間に、ダレンは自身の武器防具を繕い終える事が出来ている。息苦しく、肩や首が重くも感じるのは、毛皮で縫い合わされ補修を終えたハンター一式(メイル)を纏ったから、だけではない。

 しかし吉報もあった。()と合流出来るのであれば調査の進捗も十分に見込める。

 ダレンは口元で小さく有り難いと呟くと再び手元に視線を落とし、今度は部隊逗留の費用算出に取り掛かることにした。

 ポポの引く雪車は、数刻後。日の沈む前に調査区域の麓へと到着する。

 

 

 

 

 

 

 ■□■□■□■□■

 

 

 

 

 

 

「―― なんだ。行くのかい、ヒシュ」

 

 ダレンらが目的地へと到着した頃。

 更に山一つ向こうの、移動式住居が立ち並んだ一画の、物見(やぐら)の上。黄色の、着膨れていない外套を纏った男が、上に立っていた人物に向かって声をかける。

 声をかけられたその人 ―― ヒシュはぴくっと野性的な動作で男の側へと振り返り、すぐに櫓を飛び降りてくる。

 

「多分、行った方が良い。シャシャ。巫女さんはだいじょぶ?」

 

「此方は気になさるな。いやさ、彼女の傍仕えは私なのだからね。キミはあくまで雇われだ」

 

 シャシャはかくりと首を傾げたヒシュに向けて、単純な動作で答える。

 この部族の雇われ……守りの要としてヒシュは動いている。そもそもこれから向かうであろう場所は、部族の駐屯から離れた位置という訳でもない。守りのためにという言い訳は、十分に通る位置である。

 

「そも、キミの目的は達成されていると聞いたのだが?」

 

「そうだね。ひとつ、槍だけは。でも ―― 」

 

 頷き、ヒシュは首を上へと傾けた。淀む灰色が縦横、世界の端までを覆っている。

 

「雪が吹く。多分、雪獅子とポッケのハンター達の衝突も佳境になる。なら、紛れて動きたいと、ジブンなら思うと思う(・・・・・)

 

「あの者らが動くとみる訳か。他の魔剣も求めるのか?」

 

「ウン。魔剣という形じゃ、なくしちゃうけど。でも集める……というか、あっちの手に渡らないようにはしたい……かな?」

 

 もむ、と干し肉を口に放る。しばし何かを考え。

 

「夜だし、都合は良い。戻るのはこっちにするから、心配しないで。シャシャは部族の人達にジブンの出立を伝えておいてくれると有難いかも」

 

「引き受けた。キミ自身の目的を優先してくれたまえ、ヒシュ」

 

 白髪の入り始めた髪を撫でつけ、シャシャは顎鬚を擦る。頷いたヒシュの背を、細めた目で見送る。

 足早に遠出用途の装備を整え。太陽が端に消えゆくその前に、ヒシュは集落を出立した。

 

 

 

 







 これで1万字くらい。やっと狩猟の描写に入れる……。
 どこまでを会話文からの想像に任せて、どこまでを地で描写すればいいのやら。


・乾パン
 こう表記はしましたが、特に小分けに持てるジャンクフードの別表記と考えて頂ければ幸い。
 具体的にはハードタック。低温下での保存となると、かなり有用らしいですね。


・村長
 よいよーいの人。
 公式設定を準拠し、ポッケ村はこの人(ら)とトレ爺が中心となって興した村となっている。ただ数百年との事なので、一代で興したとは限らないのがミソ。
 彼女が立つ場所にあるマカライトの原石は、恐らくハンターの防具に革命を起こした鉱石のひとつである。


・シャルル・メシエ
 彗星の狩人ってロマンがありますよね(
 名前はそのまま使いたいので使用。女体化させたい訳ではない。
 父称みたいなミドルネームと思ってくれると有難く思います。ので、名前は後々。


・猟団の規模について
 《蠍の灯》の50人は恐らく、かなり大きいです。ポッケ村の人口を1600としたのも結構盛っている感はあります。
 ただこの人数の多さは、他の対抗馬がいない故の規模で、かつ僻地における猟団だという部分がかなり影響しています(物語の中で幾つも出すと訳わかんなくなるという理由もありますけれどね)。
 ついでに言うと。ドンドルマにおける最大の猟団としている《轟く雷》は200人前後。西側最大手の《遮る緑枝》はそれより一回り大きいくらいとしています。これはもっと単純に母数のせい。

 本当は人数はゲームにも準拠したい所ですが、意図して故フロンティアのそれより遥かに多くしています。

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