モンスターハンター 閃耀の頂   作:生姜

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第十七話 ゴルドラ紀行 - 後

 

 かくして。

 ノレッジとミナガルデ卿らがゴルドラの谷を登り、下り。

 どうやらミナガルデ卿もハンターでは無くとも冒険者としての心得があるらしい。護衛ふたりに負けず劣らずの健脚で、ノレッジの後ろを遅れること無く追随出来ている。

 その甲斐あって商隊を出立してから半日ほどで、件の生物を目視出来る崖上にまで到達していた。

 

 渓谷は起伏に富んでいる。上下に大きく広がる断崖と、地を割って走る水脈。水脈に沿って広がる緑と、緑の広がりを遮るように吹き続ける鋭く乾いた風と岩。隠れる場所にも隘路にも困ることはないな、というのが身も蓋もないハンターとしての感想である。

 崖上に伏せたノレッジその隣。ミナガルデ卿は黒の外套ごと地に伏せ、彼自らが持参した『不思議な装飾の双眼鏡』を覗き込んだまま呟く。

 

「―― なるほど。あれが」

 

「はい。棘竜、エスピナス。ただいまメゼポルタで絶賛研究中の、界隈的には盛り上がっている大型の飛竜ですね」

 

 ノレッジの方は肉眼で ―― 薄い緑の窪みに嵌まるように寝そべった、棘棘の竜を見やる。

 翼が2つに足が2つ、突き出された頭に長い尾。骨格的にはリオレイアに代表される飛竜そのものだが、節と棘によって全身が彩られている。浅緑の身体の所々に茶色をまぶしてある様は、深緑に萌ゆるというよりは、麓に薄くのばされた芝生の様相を思い起こさせる。

 彼の竜は危険度としては高い。と。少なくともメゼポルタの追跡者(トレーサー)は判断している。中央でも同様の判断がなされ、書士隊に上がってきた報告でもそうと聞いている。気性も穏やかには見えるが、敵対した生物に対する苛烈さは凄まじく。そもそも人にとって未解明の毒を扱うという報告がある時点で、水源や土壌に対する危険性も上がるもの。

 その毒でさえ既存の他の生物らとは違った扱い方をするというのだから……。

 

「それで、ノレッジ殿の策を聞かせてはもらえるのだろうか」

 

 双眼鏡から目を離し、ミナガルデ卿が問う。

 手元にぶらさがった双眼鏡が、深い金色の身体にぎょろりと陽光を反射して。まるでこちらを威圧するかの様。

 

「ああ、すまぬ。これは小職が持つことを許された唯一の武器(・・)。貴族趣味な色味と輝きの、狩り場には相応しくないものであるが……ここより実践に入る際にはつや消しの蛇竜革で覆い、土を(まぶ)して葉で装う。陽光も反射させないことを約束する。許してくれると有り難く思う」

 

「ああいえ、そうではなくてですね」

 

 ノレッジは唇をきゅっと結んでから。

 

「……作戦は確かにありますが。えぇと」

 

「成る程。無論、構わないとも。もとよりノレッジ殿がおひとり(・・・・)で実施する予定だった策である。小職とこちらふたりを、ノレッジ殿の指示に従う観測手として扱ってくれて構わない。元より狩り場に同道した理由は、貴殿を見ることそのものなのだから」

 

 存分に利用してくれたまえ……と語っている間に、後ろで控えていた従者の視線がこちらへ。視線に冷たさも無ければ懐疑心も感じない。こちらの反応をまっすぐ、窺っているようだ。

 ふたり。背格好は殆ど同じ。従者着は黒色だが、主とは違い、斑模様が特徴の革で作られている。

 

 ……渓谷であることが幸いしてか、観測ポイントは幾らでもある。ノレッジの言う所の作戦は時間はかかるものの、観測手がいて損はない。自衛は従者の男女が可能であるとも聞いている。条件は揃っているだろう。

 

「ではお言葉に甘えて、観測手をお願い出来ますかね? アレクさんとその従者さん」

 

「承った」

 

 ひとつ大仰に頷いて、ミナガルデ卿はすぐさま手元で地図を開いた。

 互いに観測ポイントを確認。サインを確認。ノレッジの具体的な作戦を話すと。

 

「それを可能とするところが、ノレッジ殿の武器なのだろうな」

 

 呆れたような。感心したような。……珍しいものを、見たような。

 教導などでもあまり受けることのない希少な表情でもって、見送られることとなった。

 

 

 

 

 ■□■□■□■

 

 

 

 

 棘竜(エスピナス)

 バイタリティに溢れたメゼポルタが敢行した追跡調査から、好物は体内に毒液をため込む甲虫や毒蛙(ドクガエル)と伝え聞いている。

 いつだか自身(ノレッジ・フォール)が狩猟したガノトトスとおんなじだな、と詮無きことを思う。毒の有る無しに関わらず蛙は蛙である。

 

 意識を前へ。

 木枝の(ブラインド)を4重。高低差を利用した視界切りをひとつ。吹き上がる風を利用して風下。そういう立ち位置の崖にあたりをつけて移動し、目標を観察する。

 眠っているようだ。本当だろうか。いずれにせよ生き物である以上どこかで食事は必要だろう。ノレッジが切る手札を直接的に左右はしないが、位置取りを先回りするためには、相手の行動を予測していて損はない。やれることは全部やっておきたいと、自身の師匠も言っている。

 少なくともすぐに飛行に移る事の出来る体勢でないのは確かか。

 ならば確認の意味を含めて、策の実行に移して良いだろう。

 

 強化銃身から特注の長身消音器へと付け替えた『流星雨(ミーティア・スワム)』を展開。弾丸を装填。

 掌を。指を前へと突き出して。彼我の距離を目視と指の三角で適当に測っておき……今ではなく、後々の参考にするためだ……重弩の銃身を崖の先からはみ出させ。

 

 風がこちらへ吹き付けた瞬間を目掛けて ―― 射撃。

 

 静けさを裂き、硝煙が頬の横をなびいて、ひゅるりと弾丸が飛翔する。

 弾丸はうす青い寒冷期の空を越え、目の分離能を越え、渓谷の乾いた土色に(ほど)けて消える。

 

 着弾。

 外殻を貫かずその表面で弾けた音。その後、棘竜の身動ぎによっても確認できた。

 感覚の比重を耳から目へ。場所を変えずとも問題ない。今は音を立てたくないというのが本音である。息を殺してじっと伏せ続けると、エスピナスは再びその場にうずくまり、少なくとも外見上は目を閉じた。

 

「……」

 

 ノレッジはゆっくりと後ずさり、腰を上げ、その場を退いてゆく。

 観測をミナガルデ卿らへと任せ、次の目星へと向かうためだ。

 

 通商路になるくらいには人の手の入った渓谷だ。

 向かいの橋梁へと走りながら次の弾丸 ―― 毒弾を鞄から取り出し、装填する。

 

「流石にハイランドさんみたいな技には出来ませんねぇ」

 

 位置と角度を変えながら疎らに。

 つまりはノレッジの作戦とは「毒弾による区画外からの遠距離狙撃」。

 体調不良による不快感を与え、エスピナスを影響のない区画まで自主的に退()かすというものである。

 

 これの発案はノレッジでは無く、彼女の(だい)師匠。ハイランド・グリーズによるものだ。

 曰く、毒弾スナイプ。彼女が扱うそれは、単一弓を使って毒矢を曲射。岩山ひとつ隔てた隣の区画で眠る大型生物に、ハンターの存在を悟らせないまま先手を取り続ける……というものである。

 (キモ)は局所的な殺傷率よりも、毒による体調不良や周囲の生育環境の変化を起こすことで、相手に不利な時節を作り出すことにあるとハイランドは言う。

 そう言いながらも彼女は完全に遮られた隣の区画から、ランポスの喉元もボルボロスの腹も、超長距離からの鏃でもって貫いていたのだが。

 

「あれは無理ですし、曲射は弓だから出来る芸当でもありますからね。……山菜お爺さんによれば、円盤石があれば出来なくも無いらしいですが……ともかく。そもそも長距離では外殻を傷つけることが出来ませんもの」

 

 ノレッジとしてはその技術というか考え方の中から、自身が扱うことの出来るものだけを抽出したつもりだ。

 距離が長大だとは言え、今のノレッジならば目視出来る範囲ならば当てることも不可能ではない。『流星雨』のニュートラルがミドルボウガンで、カスタムによって弾丸の適性を増やした結果、重弩となり。故に長距離運用に()てられるのも幸いした。

 またエスピナスならば毒、特に神経毒には耐性(・・)があるはずだ。植生から見て周囲の環境に居る蛙。刺激によってガスを吹き出すものをその場で絞めて、利用させてもらう。

 耐性があるため効率よく効果を出すことは不可能だが、生物であるからには許容量がある。逆に言えば「相手を怒らせない程度に調節することが容易である」ということだ。

 

 エスピナスが根城を構えたのは通商路の近く。

 拓けていて。人の手が入っていて。つまりは大型生物にしてみれば、捨てるに惜しくない場所であるとも言い替えることも出来る。

 そもそも観測の間隔からして、この個体は最近に移動してきた者だ。嫌がらせを重ねればより居心地の良い場所へと移る。そういう確信があった。この場合の確信とはノレッジの経験則と言うよりは、これを発案したハイランドのもの。むしろ自身のものよりも得心のゆく、根拠のある成り行きであろうと思っている。

 ついでに毒弾を生産する過程で食料となる蛙の間引きが出来ていれば一石二鳥。上等だろう。

 

 考えつつ。ノレッジは次の狙撃のための地点へと移り、周囲の生物の状況を確認しながら重弩を手に取り、照星(サイト)を覗く。

 眼下。エスピナスは先ほどから寝息で背中を上下させているのみ。向かいの崖上を陣取ってもらった仲間……従者の片方から、周囲の生物も差異はないと明滅(レスポンス)

 

 問題は無いだろう。続行である。毒弾を込めて撃ち放った。

 的中。尾。ゆらりと棘付きの尻尾が、そこにはない何者かを払うように揺れる。

 後ずさりながら銃身を戻し、棘竜の側が咆吼も視線も無い事を確認。

 

 エスピナスが胡乱な眼で周囲を見回し。先ほどよりも警戒し、上を見たことまでを確認して、大きく後退する。

 裏まで周り、視線も飛行による上昇路も遮断可能な場所まで来てから。

 一息。

 

「ふーぅ。……とりあえず2撃。あとはこれを繰り返します。かなり気の長い話にはなりますがお付き合い下さると幸いです、従者さん!」

 

「了解しました」

 

 従者の片割れ……岩陰の裏のその裏にで控えていた女性が応じた。。

 崖向こうを位置取っている男性従者との連絡は彼女に任せている形になっているため、ノレッジは必要な説明を挟んでおく。

 2発撃った。エスピナスの反応を見るに、どちらにしろ次の狙撃までの間は作るべきだろう。捕食などのアクションに合わせた方が良いかも知れない。

 

「だとすれば飲水。水場ですかね。直近の水脈は……」

 

「こちらをお使い下さい」

 

 脳内をこね回していた所に、ミナガルデ卿も使っていた地図が差し出される。

 ノレッジは2度、彼女と手元で視線を往復させてから。

 

「これは、わたしが使ってもよいので?」

 

「書き込みをしても構いませんし、そのままお持ち頂いても結構です」

 

 所謂、飯の種でもあるはずだが……という含みまでも理解して。従者はこくりと頷いた。

 ありがとうございますと礼を返し。改めて水路の確認を行い。

 

「必要分の間引きをしておきますか」

 

「……間引き」

 

「はい。直接的なものではありませんが……」

 

 周囲を見回す。

 急峻な岩の峰と谷。遮蔽は十分で、風の通りも予測できて、水路の位置も確認できた。

 

「わたし達が囲まれないように、逃走経路……隘路の確保を行います。多少ながら、肉食の獣とは小競り合いになるはずですから」

 

 到着して間もない区域だ。作戦の実施には時間がかかる。小型生物に囲まれてしまい不利な遭遇戦に発展してしまうと言うのが、考え得る最悪の展開だ。これを防がない手はない。加えて、棘竜の狙撃には間をおくべきで、使える時間は十分にある。

 

「狙撃のポイントへ移動しながら実施します。基本的にはわたしだけで相手をしますが、自衛のために武器を構えておいてくださると助かります」

 

「了解しました」

 

 従者が腰元から大ぶりのナイフを取り出し逆手に持ったのを見て、ノレッジも重弩を腰に着けた。

 段々の岩場を降る。棘竜の寝床がある場所から離れ、水場への順路に平行した方向へ向かって移動する。程なくして崖下をゆく走竜を目視出来た。

 

(ランポス。数は3。もう少し乾燥帯の側へ寄ればゲネポスの縄張りになりますかね? そう考えると合間を縫って作られた、あの通商路も理があるというか何というか)

 

 この土地が渓谷になったのは、土の性質と風の流れと水の貯蓄具合の兼ね合いから。

 そうして出来上がった土地において。人の側としては、竜とも獣とも、ぶつからなければそれが最も好ましい。可能な限り避けようとした結果が現在の通商路なのだからして。

 人の足跡を認識していないということは無いだろうに。その近くへわざわざ寝床を構えようとしているエスピナスの考えは、いまいち理解は出来ないが……。

 

(まぁ、もとから鋼龍と争うような生物だと聞いていますからね。棘竜は。こうやって実際に()てみると、無頓着という風味が正しいような気もします)

 

 あくまでノレッジの感覚では、そう思う。生物間では、カースト的上位の生物との争いは基本的に避けるものが多い。それなのに……闘争をしかけている生態が、複数個体に渡って報告されているのだという。とはいえ全ての棘竜が鋼龍に喧嘩を挑むかと言われたら、それはない。無謀であると理解していながらも挑む生物。それぞれが持つ心持ち(・・・)は、決して珍しいものではないからだ。

 人ですらもそうだ。一生涯を大型の生物を見ずに終える王国民などのような者もいれば、ハンターもいる。言ってみればノレッジ自身もその類いであるのだし。

 

(それで鋼龍さんに争いで勝利する、というところまでいけるのも。相性とか、鋼龍さんの側のコンディションによってはあり得るのでしょうね)

 

 結果があって、メゼポルタからは研究対象として熱が入っているという経緯もある。いずれにせよエスピナスそれ自体、生物危険度はとても高いと見ていて間違いは無い。

 そう、考えを巡らせていると。

 

「―― ハンター様。そろそろ行動の指針をお聞かせ願えると、有り難く思うのですが」

 

 足を止めていたため、従者から疑問の視線を向けられてしまっていた。

 

「ありゃ、すいません。えぇっと……」

 

 考えの中に閉じこもり過ぎていた。意識を視線の中に戻す。

 ランポスらは視界の内に捉え続けている。あれは処理しておくべきだろう。こちらに気付いた様子は無い。走竜が首をもたげ、判りやすく視線を向けているのは……崖を降りてくる、子連れのエルペ。

 

「……あのランポスとエルペの合間に入って、漁夫の利を狙います。従者さんは上手で控えてくださっていればと」

 

 間引きのついでに食料を確保しておこうと思う。手当たり次第に狩りにゆくよりは、ランポスとの争いを被せたほうが都合も良い(バレづらい)

 

「了解しました。お任せします」

 

「はい! もし私があちらに降りている間にエスピナスの方で動きがあったら、炸裂条件を刺激に変更してある連絡用の閃光玉を崖下のこちらへ投擲してくださると助かります」

 

 言ってすぐさま、木の根にぐるりとツタの弦で編んだロープを回す。腰で留めて身を投げる。崖を2度蹴り、がんがんと谷を降ってゆく。

 ノレッジの性分として。傷と命とを天秤に置いて、古龍とぶつかるような愚策を選ぶ。そんな心持ちを持つような生物が、人以外でもいるのだな……と、どうしても感心してしまっていた。疑問の筋は通っている。が、今は目前の壁を順番に登ってゆくことに注力すべきである。

 

「と、と。……3匹。別の群れの声は聞こえていない。毒弾だけは別の鞄に入れてあ……る。よし。挑みます!」

 

「―― ギァッ!」

 

 意気揚々とエルペに向けて牙を剥いたランポスに向けて。

 ノレッジ・フォールは銃身を跳ね上げた。

 

 

 

 

 ――

 ――――

 

 

 ランポスの間引きを終えて後。ノレッジと従者は、水場を観測できる丘陵の端まで移動した。

 寝床から近く、移動経路の道中ではエスピナスの新しい足跡を確認できている。張り込むには十分な地形であろう。

 

 水源は湧いたものでは無く、谷を削りながら流れてきたものだ。周囲には水音が満ち、水分を多く必要とする植物。動物について繁殖する植物らが群れを成して生育している。

 おかげで狙撃地点には悩まなくて済む。水場の側に遮蔽物を作ることが出来ているからだ。ノレッジとしては、崖下に降りて実際に周囲を確認できたことも収穫と言えるだろう。

 

(おかげで仕込みも出来ましたからね。さてさて)

 

 一昼夜かけて待った成果はあったようだ。

 崖と崖の間。土から緑へと移り変わるその狭間に、のっしのっしと ―― エスピナス。

 

 歩みと共に首を真っ直ぐ。尾の揺れは少なく、視線はぶれず。

 波打ち際で口を開くと、がぶりと水を飲み込んだ。

 

 水を滴らせたまま、じろり。周囲を確認して、逃げる素振りを見せつつあった蛙の1匹に目星をつけて。

 翼を使って跳躍。首を伸ばして一口に。待ちきれないというような勢いで、蛙を飲み込んでみせた。

 その様子を確認したノレッジはよしと拳を握り、後退る。

 

 エスピナスの姿が見えない位置まで来て、身を起こし。あとは姿を確認できる場所まで回り込むこととした。

 しばらくすると、退路の側を警戒していた従者が横に並ぶ。

 

「成功でしょうか」

 

「はい。蛙以外の毒でも、飲み込んでしまえば別ですから」

 

 エスピナスが動き出した……と観測手から報告が飛んだ後。蛙の腹の中に、薬包で包んだ「別地域の毒」を含ませて回った。

 胎に入ればどれかの毒が効くかも知れないし、効かないかも知れない。棘竜の毒袋に吸収されるものもあれば、されないものもあるだろう。

 それでいい。好みでない味でさえあれば。

 

「……そうは言いますが」

 

 従者はナイフで枝葉を切り払い、ノレッジの横顔を窺いながら言う。

 

「ハンター様は棘竜の動き出しを知っていたのでしょう。(コレ)らより報告が来る前から、準備は整えられていました」

 

 鋭い突っ込みである。

 ノレッジは説明をどうしたものか、ううんと悩んだ末に。

 

「……えーと、判るには判るんです。だって丸一日、あのエスピナスを観察していましたので」

 

 考え方までは判らない。眠っている時間も確かに多い。しかし、ノレッジ・フォールは観察に費やす時間を十分に割いた。

 だから理解出来る。動くタイミングでは無く、そうしたいという願望の端切れが伝わってくる。そうとしか言い様はないのである。

 

「……」

 

 従者からの視線が痛い。値踏みをされている感が強い。

 一応の釈明をしておきたい。罪ではないものの。

 

「報告が無ければ動くつもりはありませんでしたよ。わたしはまだ、自分のこの感覚には自信を持てていないんです。師匠であればまた別なんでしょうけれども、あれはあれで感覚だけじゃあなくて。経験の比重も大きそうですからねー」

 

「師匠。ハイランド・グリーズ氏以外の方でしょうか」

 

「はい。ヒシュさんと言う方です!」

 

「……ヒシュ、ヒシュ。……ああ、成る程」

 

 名前を聞いた従者は、納得という風体にうんうんと頷く。

 

「ご存じですか?」

 

「はい。それこそ棘竜ではないですが、鋼龍の単独撃退を成し遂げた方だと聞いております」

 

「らしいですねー。さっすが師匠!」

 

 彼ならば可能だろう。疑いは無い。あれから実力を更に伸ばしても居るだろう。自分ばかりが高くなってしまった位階(ハンターランク)の査定についてもヒシュについては妥当で、評価が遅いとすら思う。

 そういうことを思っている内に。話している内に。ノレッジらは、ぐるりと迂回を終えることが出来ていた。

 

「んー……」

 

 撃退対象との距離は、近くは無いが十分。棘竜の動きを見てからでも猶予はあるだろう。

 この合間に行うべき準備もある。一度腰を下ろして。ついでに。折角なので尋ねてみようか、と思い至った。

 

「少し休憩です。……ついでなので。よろしければ聞いてみたい事柄がいくつか、わたしにはあるんですけれども……」

 

「今は声をたてても大丈夫なのでしょうか」

 

「距離は十分です。わたし達の声よりも、アプケロスとか草食竜の嘶きとかの方がでっかいですからね。言葉と鳴き声の差異も……いやまぁ、判る相手は判るかもですね。これは。あと、見境無くタンパク源を探している方々は別でしょう」

 

 こちらから話題をずらりと並べてゆく。

 この女性の従者は、ミナガルデ卿の後ろに控えている時よりも会話が出来そうな印象だ。別動している観測手がいるのならば、無言で寝そべり身を隠しているよりも、会話をしながらでも弾丸を作ったり喉・腹を満たしておく方が有意義である。

 そもそもノレッジとしては従者ふたりそのものにも興味がある……ので、言い訳で押してゆく。

 

「小型はわたしが対処可能です。おっきいのはあちらの従者さん方が見てくれています。エスピナス相手であれば危害を加えたという認識をされないことにさえ注力していれば、と思います……ので!」

 

「そういうものですか。ならば構いません。主からもハンター様の要望には応じるようにと命じられています。部外秘のこと以外であればなんでもどうぞ」

 

「ありがとうございます!」

 

 主の後ろに控えている印象ばかりが先立ったが、印象よりも話が出来るようだ。

 ノレッジのお礼に応じるように。従者は、黒斑模様のフードを外す。

 銀の髪。薄い肌の色。深い青の瞳。そんなどうでも良いことよりも。

 

「えぇっとですね。まずは、あなたともうひとりの従者さんのお名前とかをお聞きしても?」

 

「申し訳ないのですが、ハンター様方のような個としての名はありません。従者としての呼び名はあって、コレも(ツガイ)も ―― 同様に。プラネテス、と呼ばれます」

 

 ほえーという声が出た。不思議な音の響きを持つ名だ。

 女性の従者は自分を指さして「コレ」と呼称する。であれば番と呼ばれたのは男性の従者の方だろう。

 番。つまりは雌雄の夫婦。どちらかというと人よりも獣などに使われる言葉だ。それらをふたりして同じく呼称するという慣習にも、覚えはない。普通に不便だろうし、呼び名を分けない理由も思い当たらない。部族の仕来りだとか、貴族周りの慣習なのだろうか。

 プラネテスは首を振る。

 

「コレと番の境遇は特殊なもので。皆がそうではありません。そもそも今のヴェルド貴族という仕組みは、かなり形骸化しております」

 

「あ~……リーヴェルの方が勢いとか、いいですものねぇ」

 

 鞄から取り出したカラの実を掌でつるりと回して。弾丸の元となる形状に切り出しながら、ノレッジが応じる。

 

「ハンター様は、あちらの様子をご存じなのでしょうか」

 

「はい。生まれが東の、育ちが西周辺なもので」

 

 鞄の中は空けて、その分毒弾の素材を積んできた。瓶の封を切って次の毒を取り出し。師匠譲りの抗菌手袋で弾丸を作りながら。

 ノレッジとしては苦笑する他ない。先日もミナガルデ卿とそちらの話にはなったが、共通の話題を探すならば故郷の話というのは落とし所ではあるだろう。

 ならば早いですね、とプラネテスは続ける。

 

「それならば部外秘の内容に触れる必要はないでしょう。どうせ暗い話ばかりですので助かります。他には?」

 

「あちらの従者さんはお兄さんですか? それとも、弟さんですか?」

 

「どちらでもありません。同体として扱われます」

 

「おぉ……。そもそもが双子、ということでしょうか」

 

「はい。髪も肌も眼も、同じ親から継がれております」

 

 プラネテスが見せつけるように、青の視線をふらりと寄越す。

 

「それでも通常、市井では兄妹として順番を付加することも知識として理解はしています。しかしコレらは市井に在らず、国の最中に在ったもの。生まれを同じとして扱うことに意味があった、ということです。これすらも過去形ですので、お気になさらず」

 

「なるほど、なるほど。……なるほど? というかそれは部外秘とかじゃあないんですね」

 

「はい。コレらの境遇を話すことは、主から定められている禁止項目には触れておりませんので」

 

 視線をあげてあげて。そのまま外へ。

 丘陵と岩山の向こうを、空と地面の境目を眺めるように視線を伸ばす。

 胸元に黒革手袋に包まれた掌を添えて。自分を指して。

 

「……主はコレらを外へ連れ出すことに躍起になっているもので。護衛としての機能を付与されました」

 

「あー、それでですかぁ。護衛の中に猟団のハンターさんがいないのは、ちょっと気になってました」

 

 ノレッジが手のひらの上でくるくると、出来上がった弾丸を回しながら相槌を打つ。

 貴族が外を歩くのに従者を付ける。当然の流れではあるだろう。しかし今回のミナガルデ卿ほどの行動範囲を着いて守護するのであれば、彼が盟主を務める《遮る縁枝》のハンターが同道するのが筋というもの。

 《遮る縁枝》はミナガルデのハンターの大部分が籍を置く大陸最大級の猟団だ。質も数も規模も、どれをとっても不足はない。しかし彼と彼女、従者はハンターではないという。その疑問に対する回答が「外へ連れ出すことに躍起になっている」と。

 

「ことある毎に、お付きという役職を利用しては。遠征へと帯同させてくださるのです」

 

「優しいのですねぇ」

 

「そうなのでしょうか。コレらには、外の世界を見せたいと考えている……とだけ伝えられておりますが」

 

 声色にしろ内容にしろ。プラネテス自身、しっくりきていない回答である事は理解出来た。

 

「ふーむ……んお?」

 

 なんと返したものか考えていると、風向きが動いた。気温が移り変わる前の予兆である。

 ノレッジは瞼を閉じ、西と東と北の風に混ぜ込められたゴルドラの空を見やる。動くだろう。棘竜も。とすれば、こちらの場所を変える必要もある。

 

「先に、動くことにしましょうか」

 

「了解しました。……ああ、それと」

 

 腰を上げ。瞳を向け。

 黒の衣装。銀の髪。青の瞳の上から、またしっかりとフードを目深に被り込んだ。

 視線。奥深くからノレッジをしっかりと捉え、話す。

 

「誤解はなきよう。コレらは狩り場に同道出来ていることを不満に思っておりません。(ひるがえ)っては、楽しくすらある」

 

 表情は変わらないが声音に喜色を滲ませて。

 覗き込む。

 

「貴女が商隊に頼んで運ばせている金銀火竜の素材、その出所。アレら(・・・)双子 ―― ピーシーズが蹴破り、飛び出した、部屋の外。家の外。国の外。その先にあるものを……一生目にすることはないと思っていた光景を。コレらも知ることが出来たこと。とても嬉しく思っております」

 

 ありがとうございます、と。プラネテスは腰を深く折り、そしてまた、背筋をぴんと伸ばす。

 視線を谷の向こう。岩の陰。双子の片割れが控えているであろう場所を……そこに居るという確信を持ち、ぶれなく捉えながら。

 

「番からの伝言です。あちらからも……ありがとうございます、と」

 

 まるでたった今、互いの意思を交換し合ったかのように、告げられた。

 

 

 

 

 ――

 ―――

 

 

 

 

 遠くで草食竜の小競り合いを起こしてから弾丸を撃ち。

 

 エルペの崖下りに合わせて弾丸を撃ち。

 

 近くの落石に合わせて弾丸を撃ち。

 

 雨風に紛れて弾丸を撃ち。

 

 2日目。

 計40回目の毒弾を撃ち放つ。

 エスピナスの翼の上で毒弾が弾け、翼膜を伝って溢れた液が地面に垂れた。

 

 ―― 棘の肌がぴりと痺れる程度。慣れたもの。

 しかし不快ではあるし。そもそも、周囲の餌は目に見えて減っていた。

 

 蛙は不味い。水は涸れがち。

 岩はよくよく落ちてくるし、敵の臭いは血生臭くてたまらない。

 

 風に紛れて竜は息を吐く。

 毒混じりの炎で燻す必要も無い。腹が減った。

 ふいと尾で地面を擦り首をもたげ、周囲を軽く見回す。

 

 翼を上下に大きく揺する。

 足元を懐かしむように、僅かに名残惜しく見つめてから。

 

 自分へ「ここを退いて欲しい」と根気強く訴えた輩が居る。

 つまりそれは、争いたくないと言っているのと同義である。

 賛成だ。この場所を動くのは面倒ではあるが、捨てられないという訳でも無い。

 

 浮いて。浮いて。上昇する。上昇する。

 向こうの空へ、ようく眠れる場所はあるだろうかと視線を向けた。

 

 ……。

 

 そのまま飛び立った棘竜の影は灰色の、いつしか降り出した寒冷期の雨に移って変わった。

 完全に消えた竜の後ろ姿に手を振りながら。仕事をやり遂げたノレッジ・フォールは、立ち上がる。

 

「―― ふぃ~。これで安全は確保できましたかね」

 

「周囲に新たな火種が生まれた様子もない。小職も、通行出来る環境になったと考える」

 

 お見事、と。隣に駆けてきたミナガルデ卿から声をかけられた。

 結局彼は2日間、商団に帰ることはなく。ずっとノレッジの様子を見ていたようだった。

 

 棘竜の挙動を逐一観察できていたのは彼の従者のおかげである。

 ノレッジからもその点について礼を返しておくと。

 

「いや。得られた損得……その大小を鑑みるに、小職の方が得られたものは大きいだろう」

 

「そうでしょうか」

 

「そうとも。そも小職が狩り場へ付いてきたのは、我が儘。ノレッジ殿に負担をかけるものである。その点については従者らの観測手としての働きの中から、僅かばかりに返すことが出来たとしても……」

 

 ミナガルデ卿が振り返る。

 その後ろには従者がふたり。視線を逸らすことなく、黒の斑衣。銀の髪。白の肌。青の瞳を携えて立っている。

 掌で乗せるようにかざして。

 

「貴殿は彼と彼女にも、佳い景色を見せてくれたようだ。感謝する。つまりはふたつ分、小職の側に借りが出来たということだな」

 

 貴族らしくない破顔をしながら言った。

 ノレッジのそう言われても、という空気を正しく汲み取って。続ける。

 

「惑い子らが受けた借りの分、今ここで返せる物は返して置きたく思うとも。丁度商隊からも離れている事だ」

 

 彼は黒の外套の内側から掌を出し、指を立てた。

 ふたつ。

 

「ふたつ。貴殿()が気になっていることを聞くと良い。小職の誠心でもって、隠し事無く答えることを約束する」

 

 いやに楽しそうな。ノレッジが属する書士隊の筆頭が、よくよく浮かべているような。

 そういう笑顔でもって、ミナガルデ卿は手近な岩に腰掛けた。従者がふたり左右に控える。どうやら時間をかけてもよいというアピールであるらしい。

 

「そうと言われましても……」

 

「はっは! だろうな! ……この礼は貴殿にとっては悩みの種となるかも知れないが、なに。小職の肩の荷を降ろすという体で。貴殿の気になっていることを聞いてくれると、有り難く思う」

 

「ほ~ん。……いやその、なんでもと言われましても……」

 

「そうかね。例えば惑い子らの言う所の部外秘、であっても。小職ならば答えられるが?」

 

 試すような視線。成る程、と。ここまできてやっと、違和感が(ぬぐ)えた。

 確信がある。ノレッジ・フォールは確実に、買い被られている。ヴェルドの貴族である彼が話す部外秘とか、そもそもなんでフラヒヤへ商団を伴って向かっているのかとか。そういうバックボーンの部分に興味があると思われているのだ。

 残念ながら。それは隊長であるダレン・ディーノの性分であろう……と。彼女は脳内でため息を吐いた。

 白一角竜の討伐は機運が作用した側面が強い。霞龍の報告は偶然の産物である。未知の討伐については言わずもがな、最も評価されるべきはダレンとヒシュとネコである。自分は気絶などかましていたのだし。

 自身についているのは実力などよりも、天運である。少なくともノレッジ・フォールという少女はそう思っている。

 

 ならば、と気は楽になる。

 気になることだけ聞いておこう。それが良い。開き直りとも言うが。

 

「では、えぇと。アレクさんの武器(・・)のことなのですが」

 

「ほう?」

 

 ノレッジの言葉に鋭敏に反応し、ミナガルデ卿は懐から開閉式の双眼鏡を取り出した。

 相も変わらず宝玉の様な紫金色と、不気味な色に染まった薄い眼鏡(レンズ)。その癖、鈍く深い光沢を纏ってもいる。

 

 只の双眼鏡だ。形状も大きさも疑うべくもない。

 それを彼は武器と呼んだ。

 

 その紹介が気になったというか引っかかったというか。

 喉元であろうと胸元であろうと。つっかえた物は、せめてその正体を確認したくなるのがノレッジ・フォールという少女の性分である。

 

「その武器にもお名前とか、あるんでしょうか?」

 

 差し支えはないだろうと、双子の従者にしたのと同様の質問を放った。

 暫しの間。後。ミナガルデ卿は双眼鏡をぱくり、ぱくりと開き。その眼鏡(レンズ)を翳しながら。

 

「―― あるとも。小職が外から内を観る(・・)ための武器。王国が闇の閨から盗んだ宝玉を、削って磨いた双眼鏡。名を『オペラグラス』という」

 

 少しだけ誇らしげに、そう言った。

 ぴんとくるようなこないような。しかし、思い当たる名前はある。確か。

 

「おお~。観劇とかがご趣味で?」

 

「いや……と言いたいところだが。最近は巷で劇団が流行しているようなのでな。小職も多少嗜んではいるのだよ。とはいえその際に持ち込むのは、これではないが」

 

 双眼鏡を懐に戻しながら、名前に反していて申し訳ないと笑う。

 そして。今度こそ面白そうな空気を隠そうともせずに、ノレッジと視線を合わせ。

 

「成る程。武器と趣味。今のでふたつと数えてしまうか。貴殿はよほど、真っ直ぐに視るための眼を持つようだ。それを少しだけ、小職は羨ましく思う」

 

「……? いえ、その……恐縮です……?」

 

「いや、すまない。これは遠回しが過ぎる小職が悪いのだ。……しかしこれでは気が済まぬので、多少のおまけを付け足しておく。アレク・ギネスという男の独り言だとでも思ってくれると有り難い」

 

 異論を挟む猶予もなく。

 ミナガルデ卿は。アレク・ギネスは続けた。

 

「この『オペラグラス』が観るのは景色だけでも、生物だけでも ―― ましてや人だけでもない。星にたゆたう流れを見極め、幕引きを見定めるための(かい)。人という種の果て(・・)へ向けた舵取りをするための、政治のための。星聞きの巫女達に勝るとも劣らぬ、紛れもない武器なのだよ」

 

 大層で大仰に、舞台の上で歌うように朗々と。

 

「北の地での活躍を期待しよう、ノレッジ・フォール。互いに目的は違えど、偶然に(・・・)相見えることもあるだろう」

 

 最後の最後まで芝居がかった声音で、天に奏上するかのように、告げたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日朝。

 棘竜という障害は除かれ、商団は北上を再開。

 その後の道中は大きな遭遇も滞りも無く、日程通りに進むことが出来た。

 

 息が白くなり。土が霜を纏い。目前を雄大なフラヒヤの山脈が塞ぎ始めた頃合い。

 麓に差し掛かった辺りで、行商は2団に分けられる。

 

 一方はポッケ村へ。

 もう一方は、それより奥の中規模の村へと向かうようだ。

 

 ノレッジは当然、ヒシュの招集に応じるためポッケ村へ向かう隊へ。

 ミナガルデ卿とその従者は別の隊へと同道し、別れることと相成った。

 

 最後まで丁寧さを崩さないミナガルデ卿の別れの挨拶と。

 率直で後腐れの無い従者ふたり、プラネテスらの挨拶を受け取り。

 ノレッジ自身も力の限りぶんぶんと手を振って、彼らの旅路を見送った。

 

「……まぁあの口ぶりからして、どこかで逢うことになるのでしょうねぇ」

 

 そもそもポッケは大きな村である。周辺の村に向かったからには、縁を切ることの出来ない場所なのだ。

 そんな風に再会の予感を抱きしめながら。

 

「とはいえ今はそれよりも、ヒシュさんにネコさんにダレン隊長です! 防具の材料も持ってきましたからね、待っていてくださいよ~!」

 

 あと少しの道程を越えるため、冬空に向けて拳を突き出してゆく。

 

 そうして、ノレッジ・フォールがかつての隊員らと合流したのは。

 

 寒冷期が本格的に牙を剥き。

 

 調査拠点・北嶺への設備の運び込みが終了し。

 

 猟団《蠍の火》の副長であるグエンの怪我が治癒し。

 

 ―― ポッケ村が、大遠征に取り掛かる準備を終えた頃の話であった。

 

 

 

 

 □■□■□■□

 

 

 

 

 竜車が揺れる。

 商隊は別たれ、護り手は減れども、旅は続く。 

 

 アプトノスからポポへと引き手を変えて。

 車輪から雪車へと足を変えて。

 

 客室の窓へ顔を近づける。

 雪景色へと変わった外を眺めながら、ミナガルデ卿が口を開く。

 

「―― どうだった? 英雄殿は」

 

 質問は後ろの従者ふたりへと向けたものだ。

 客の前では滅多に見せることのない、しかし最近では隠さないことも多くなってきた笑みを浮かべて、問うた。

 

「ハンターとしての手並みは見事という他ないでしょう。狩猟のそこかしこに生きようかという工夫が施されていて。彼女の内には明らかなハイランド・グリーズの色が見えます」

 

 プラネテスが言う。

 楽しそうに。

 

「そうだな。では人と成りはどうだったか」

 

「繊細とは言い難く、大胆ではありますが……勢いをもって貫き通す。物事の定点をぶれることなく捉えきる。人の感覚で表すところの視界において、英雄の条件を満たしているものと感じます」

 

 プラネテスが言う。

 楽しそうに。

 

「小職も同意見だ。よりにもよって……時代に選ばれたダレン・ディーノ。天運に選ばれたノレッジ・フォールがあるところに……」

 

 ミナガルデ卿が言う。

 重ねて。一層。楽しそうに。

 

「あの、第六の結晶までもが居るとは」

 

 楽しそうに。

 楽しそうに、嗤ってみせた。

 

「これにて役者は揃い踏み、と言えるでしょうか」

 

「ふむ。そこまではとうの昔に予見されている。小職らが観たもの。その働き。つまりは舵取り(りゅうそうじゅつ)の成果が試されるのは、これからである。……。ふむ。とはいえ惑い子の身としては、どうか。かの結晶に、忸怩(じくじ)たる想いなどを抱いたりするものだろうか」

 

「いいえ。彼に対して想うところはありません。あちらはコレら失敗作と違い、巨人の剣。人の生み出した業ではありませぬ故」

 

 プラネテスが言う。

 ふたりとも。銀の髪。白の肌。青の瞳が全く揃って……楽しそうに。

 

「ではドンドルマで、かのフラム殿とエリーカ殿の顔でも見た方が気分は晴れただろうか」

 

「あちらもあちらで。生まれが同じというだけで、コレら造人とは比べることすら烏滸がましい。彼と彼女は坩堝の中に生まれながらにして自分という牙を持ち。互いに噛み付きながら運命という名の壁を蹴破った、切り拓いた者。羨望こそ抱けど、恨み嫉みはありません」

 

 ふたりにとっての想いも感情も、余すこと無くこれが全て。

 今という時に不満はない。これからの先に不安もない。

 声はふたつ。淀みなく重なる。

 

「後から来て背中を蹴飛ばす追い風でも無く、激しく燃えてがなり立てる導きの色の星でも無く。人こそが夢に観た、理路整然と順路在る星の路。それらを主と共に見届けること。コレらこそ、プラネテスにとっての願いであります」

 

「そうか」

 

 従者が掲げる常套句を受け、ミナガルデ卿は再び窓の外へと視線を移す。

 今度こそ。独り言。

 

「風見鶏の代わりにと(けしか)けてはみたが。逆立たぬ棘と暴れぬ風では……白の部族でもない只人が仕立てた舞台では、真に力あるものは動かぬ。そういう結果になったか。そも、同様に放ったあの未知すらも弾き飛ばしてみせた英雄である。分かってはいたがこうも間近に見せつけられるとな。及ばぬ力を悔しく思う」

 

 灰色の空。照り返す雪。聳え立つフラヒヤの峰。

 それら全てを遮るように。

 

「星をかき混ぜる風に抗い櫂を立て。燃える大地に抗い壁を立て。凍える海に抗い篝火を立て。……人は星に抗おう。切り拓こう。霊長の踏み立つ地を(なら)すべく。その為の駒は全て、いずれ、ここに完成を見る」

 

 双眼鏡を覗き込む。

 ぎょろりと瞬く様に応えるように ―― (フラヒヤ)の天。

 レンズの奥に広がった空が、黒色の幕を掲げた。

 

 






 二転三転したり、色々書いた中から選りすぐりの好き嫌いで切り貼りした跡が見える見える……。
 しかしまぁ内容はまとまったと思うのでよしとしましょう。


・毒弾スナイプ

 かつて実在した戦法。実際に倒しきるというのではなく、毒の状態異常だけで体力を削れるだけ削るのが目的。
 ただし対費用、対時間の効率は共に悪い……と、個人的には思う。普通に対面練習した方が早い。

 利点としては、ワンパンされるリスクは軽減されるし、ソロ専用の戦術のため時間はのびのびと使うことが出来る。
 ガンナーの立場で考えると、精神的にはかなり楽にはなる。でもリロードとか弾丸管理とか考えると、何かの片手間に行うことが出来る作業というわけでもないしなぁ……これ。


・竜操術

 あー、竜操術ってひらがなで言ったー!
 操竜でもなく、なんかこうもやっとした表現でも無く。はっきりと、竜操術って言ったーー!!

 はい。
 仔細はどこにも存在しません。
 単語それ自体は武器、ランスの竜騎槍ゲイボルガのフレーバーテキストより抜粋。

 完全に個人の解釈ですのであしからず。これは二次創作です。


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