ポッケ村に座する猟団《蠍の灯》が進めていた遠征の準備が、遂に済まされた。
彼ら彼女らは旅立つ。
目的地たる北方、アクラ地方へ。
只の遠征では無い。寒冷期のフラヒヤ山中を抜け、氷海を望む場所 ―― かつてフラヒヤを切り拓いた者達が求めた、『永氷壁』観測のための行
アクラの凍土とは海を挟んでこちら側に存在する、永氷壁。学術院の取り決めにおいて、大陸の北側たるフラヒヤとアクラのふたつの地方は、ここを境に別たれることになっている。学士らによって、この星の
星の脈路。
地を縦横無尽に巡り耕す ―― 地脈。
天駆の獣が追いかけ飛び跳ねる獣道 ―― 龍脈。
それら力を幽かに象って
より詳しく分別をするならば、他の脈路もあるのだろう。しかし今現在の人類が確認可能なものはこれらのみ。今後の調査に期待がかけられている最中である。
話を戻して。では永氷壁とはなんなのか。
つまるところ『古代の氷塊がせり出した断層によって形作られた
ひと昔前の学術院主導の遠征によって到達が成され、フラヒヤ周辺の環境の基準として……古代の土壌。空気成分などの調査が行われた地点。それこそが永氷壁なのである。
氷壁と名がついてはいるが、何も万年氷がせり出しているわけでは無い。圧雪。氷土。岩塊混じりのアイシスメタルに氷結晶。それらが混合された「昔は地面だった場所」という訳だ。
その地を目指して《蠍の灯》は進みゆく。
「―― ポッケん民方々の力ば借りて、これから
寒冷期の真っ白い晴天の下。
猟団の長であるオニクルが、ポッケ村の広場の中心に立ち、朗々と声を出している。
仕事の邪魔をしない時間帯を選んだのだろう。村人達は各々、仕事へ向かう道中で立ち止まっては顔を上げ、彼の言葉に耳を傾けている。
「先祖方々から継がれたもん、守りにゆく。数年に1度の事ではあるばって、ご協力ば、よろしく願う!!」
歓声というよりは応援の声がそこかしこから上がった。
オニクルは髭を揺らし。拳を握り。フラヒヤの峰の奥、そのまた向こうへと向けて突き出す。
「猟団《蠍の灯》 ―― 出陣!!」
雄々しい号令で締め括った。
オニクルは演台を降り、村の入り口から続々と出て行く猟団の最後尾へ並ぶ。
ギルドガールズやマネージャー。ネコートや村長らに見送られ、彼自身も出立となった。
そうして、村に残された予備人員以外の猟団員が、全て中継地へと向かったのを見送って。
ダレンら王立古生物書士隊のチームも動き出すことにする。
「では、ゆくか」
「おうし、ゆくニャ! フシフ。お前は村で待っているニャよ。……皆さま、お子をどうかよろしくお願いしますニャ!」
「ニャ。ダレン、カルカ。皆さま。私はここポッケ村から、調査の無事を祈っておりますニャ」
ああ、と頷きながらダレンが立ち上がり。カルカがぴょんと身震いをする。彼の
隊長であるダレンらの後ろにも、各々荷物を背負った隊員。まずはヒントとクエスが、連れ立って後を追う。
「いいかいクエス。ひとまずは北嶺まで。その後は仮設されたテントを……この順で渡り歩く。工匠兵器の有無と、各駐在ハンターの人数も。頭の中に置いておいてくれよ」
「順路は覚えているけど、その他はねぇ……ヒントが覚えていてくれるんだから良いじゃない。というかあたしはジラバの調整手伝わなきゃなんだから、それで役割分担は出来ているわよね……ねっ?」
いつも通り遠慮のない2人の様子を大笑いしながら。
その後をウルブズとジラバが続く。
「だっはっは! まぁクエスの役割としてはそれもあるがな? 防具であれば我らは皆、自分の物は整備も補修も出来るからなぁ。……それに、おお。予備の武器などを含めて、ジラバだけでなく猟団の人員を借りられるのだろ」
「ハイ。ですが外様であるワタクシどもとしては、猟団のお力はなるべくあてにしないほうがよいでしょウ。今回のこれは遠征も遠征、大遠征。後半には物資も人力も、足りなくなってくるでしょうかラ」
書士隊のダレン隊。4人と1匹で1組。
揃って並んだその後ろからもうひと組 ―― 新たに設立された、ヒシュ隊。
「ん。それじゃあ、出発」
「長い道程となるでしょう。ノレッジ女史、シャルル女史。同道、何卒よろしくお願いします」
「りょーかいです、お師匠! わたしにできる限りのお手伝い、させてもらいますよっ!」
「エェ。ゆきましょう、征きましょう。ウフフ。あの地、あの果て、あの先にまで……!」
ヒシュ。ネコ。ノレッジ。シャルル。
これにてダレン隊。ならびにヒシュ隊。今回の調査で稼働する計2つの書士隊チームが出揃った形となった。
あの後、ノレッジ・フォールが予定通りに合流し。猟団員の広がりを待つ間にフラヒヤでの装備を
(戦力としてもチームとしてもこれ以上無い布陣だろう。それですら万全ではないというのは……まぁ、いつものことではある)
ハンターという生業においては。ここフラヒヤの寒冷期においては。なにをどう準備をすれば万全と呼べるか、の方が判らないと言った方が適当だろう。
ダレンは隣を見やる。同行者に安心感すら感じさせるヒシュとネコ。彼らに心寄せているノレッジについても腕は確か。いつも通りの調子であるシャルル・メシエだけは読めないが……少なくともヒシュとの連携は取れている。手綱を握ることも出来るのならば、戦力としては申し分ない。
そうとまとめながら、ダレンは振り返ってヒシュを呼んだ。
ん、と駆けよってきたヒシュと並び。視線を交わして、最終確認を挟む。
「指示系統は規約に則ったものとなる。君は隊長だからな。……ただ、それはそれとして必要な相談はなんでもしてくれ。君は隊長だが、これは初陣だからな」
「りょーかい。よろしく、お願いします。……んー、でも。指示については、心配してない」
「そうか」
「そう。多分、連携は
ヒシュの表情は無いなりに、自信が見て取れるもの。
……ノレッジならば即席でも連携を行える、ということだろうか。
「それもある。ケド。そのために今度は、ネコがいるからね」
「お任せください」
ネコがすっと並んで、合間を埋める働きをしてみせましょうと意気込んだ。
そもそも近接での密な連携が必要なダレンの部隊と違って、ヒシュの部隊はバランスが良く出来ている。調査部隊としての質ならば兎も角、狩猟においては問題などあるはずもない。
「せめて、狩猟については心配をなくしておきたかった。……ジブンの場合、新人隊長。調査の方、心配だから」
「なるほどな」
ダレンとしては遊撃が出来る部隊がもうひとつ存在するというだけで十分なのだが。そもそも机働きは拠点で行うべきである。
とはいえ、今のヒシュは「調査」という言葉ひとつに色々な意味を含んだだろう。そうしなければならない意味合いは、隊員ら全員が十分に理解しているに違いない。ダレンとしてもそうだ。
「いずれにせよ北嶺に到着してから最終確認だ。向こうの観測班からの情報と、拠点に残るグエン殿の方針を加味した上で、王立古生物書士隊としての動きを示そうと思っている」
「ん。すり合わせ、大事」
ヒシュがかくかくと頷く。
話している内に、自然と門は潜り終えていた。遠くをみやる。
ぽつぽつ、真っ白な中に点々と。フラヒヤを進んでゆく猟団員らの姿が薄く伸びて広がってゆく。
その長い人の線を、遠くに眺めながら。
ダレンは最後に村長に挨拶をして。書士隊員らも後追って、白雪の上を歩く。
王立古生物書士隊は、寒冷期のポッケ村を旅立った。
□■□■□■□
調査拠点・北嶺までは、予定通りに移動を終えられた。
北嶺の内部はいつにない活気に満ちている。歩く度、昇る度、降る度にハンター達とすれ違う。ダレンはドンドルマであってもこうもハンターばかりが揃うような場所は無かったな……などと考えながら、目的地である会議室を目指す。
中層で食事を。下層で武具を。それぞれ満たし、時刻となれば、彼ら彼女らハンターは次々と調査拠点を後にする。大遠征へと向かうためだ。
書士隊としての簡易な礼装……濃紺に金糸の外套を被って、ダレンらは階段を登ってゆく。岩中を丁寧に削られて。燭台の灯りに照らされた最後の一段を踏み越えれば、オニクルらが待つ会議室は目と鼻の先にあった。
取っ手を鳴らす。
「―― ダレン隊、到着です」
「同じく、ヒシュ隊。到着しました」
「おう。入れ」
オニクルの声に応じて扉を開き、隊長ふたりが入室する。
広くはないが、北嶺の中では最大の一室。拠点の多くがハンターらへの補給施設、
上座の前まで歩いてきて、互いに挨拶を交わす。オニクルの隣にはいつもの様に観測役を担う黄の部族、カルレイネが立っていた。
そう。立っている。
その、さらに隣に。
「どうも……今の時間はこんばんわ、で合っていますでしょうか」
「いいえ、こんにちは。今日も巫女君が失礼しています、書士隊方々」
レイーズとシャシャだ。青の部族の筆頭までもが、何故かここに揃い踏みである。
彼らは客人であるはずなのだが……とは思いつつも顔には出さず。ダレンとしては疑問符も浮かぶが、オニクルの表情に否定はない。招かれた人員であることは確かなのだろう。
そんな風に。この出立前に少しばかりの厄介事の気配を感じながら、円卓にそれぞれが腰掛けた頃合いをみて。
オニクル。
「んだば、話を進めっか。……カルレイネ、最新のを」
「はい。こちらが、フラヒヤ周辺の最新版の地形」
彼が太い指をごりとこすると、カルレイネは大きな……本当に円卓の殆どを覆うような大きさの地図を広げた。
中心から北限まで。高い峰が折り重なるように続くフラヒヤの中に在りながら、ここ北嶺から目的地である永氷壁までは、殆ど真っ直ぐと言っていいほどに遠回りが必要無い。理由はある。北嶺は中継拠点として建てられたものだからだ。ポッケの人々は限られた物資と人員を割く程の価値を、この拠点に見出しているのだろう。
カルレイネは地図を
「そしてこちらが、観測隊による最新の生物配置となります」
盤上遊戯の様に。地図の上に、取り出した木彫りの
小中規模のギアノスの群れ。ブランゴ達。極寒の最中に活動を始めたフルフルベビー達のクレイドル。
駒であればこれら動的な生物たちの動きを……書き込むよりも柔軟に対応でき、使いまわしも可能だということなのだろう。
カルレイネは琥珀の耳飾りを揺らし。幾度も手元の資料を参照しつつ、コトリ、コトリ。群れを示す、そして大型生物を模した駒を配置してゆく。
中でも。
置かれてすぐさま、隊員ら全員の目を惹いたのは ―― 北嶺から北上し、谷をひとつ挟んで東の位置。
精巧に彫られたその駒の特徴は、裂けた口。盛り上がる筋肉に無数の傷。棘状の鱗。獣竜種。
ダレンは目を剥き。ため息を飲み込んで、問う。
「これは……恐暴竜、でしょうか」
「ああ、んだ。……厄介な」
細めた目で語り、オニクルは髭をぼりぼりと掻いた。
恐暴竜。学術名はイビルジョー。食欲のまま、ありとあらゆる生命を糧とする、超大型の生物だ。ここにきて最大級に場を乱す生物の登場である。
ダレン自身、イビルジョーとの遭遇経験はある。環境不安定であったアルコリスの森丘にて。組んでいた先達のハンターに曰く、迅速に逃げの一手。幸いにして対処できる状態ではあったため、近場に居たアプトノスの群れへと
そんな生物が、よりにもよって猟団の進行方向付近に居るという。オニクルは指を机の上に戻すと。
「先に
「……」
「んでもって、これは別口。ハンターとしての
声を途切れさせ。鯉口の代わり。オニクルは背に佩いた彼自身の得物『
「あれは、駄目だ。放っておけね。今、何とかしてハンターらの増援をやりくりしてるとこだ」
やりくりとはいったが、つまりは援軍が必要な状況となったのだ。この寒冷地の
とはいえ彼の言い分からするに、必要であれば自らが出陣するつもりなのだろう。オニクルは得物の終点、柄から指を離すと目を閉じる。今度こそため息を吐きだした。
猟団長が落ち着けている間に、傍に控えていたカルレイネが歩み出る。
「今の内に、他の大型生物についても報告させてもらいます。我々観測隊の先行気球で捉えられているうち。永氷壁までの道中、影響範囲を縄張りにしている……あるいは徘徊しているものは、2体。砕竜・ブラキディオス。そして氷砕竜・ボルボロス亜種となります」
ことり。駒が2つ。永氷壁の手前の山中とその脇道へと置かれた。大型生物は合計で3体となる。
片方 ――
しかし。ダレンの記憶が確かならば、もう片方は。
「……ブラキディオスは、フラヒヤ周辺での目撃は初なのでは?」
ダレンが問う。フラヒヤの連峰において砕竜は未だ、目撃例すら届いていない。
事実として彼の生物の適応力を考えれば、新大陸の寒冷地から火山まで活動域は広く大きい。彼の竜が扱う「爆発」というものは、粘菌との相互な関係によって生み出される武器であり、フラヒヤでも問題なく作用することだろう。
つまるところ、活動および生殖は可能。しかし。しかしだ。
「新たな生物種が予兆も変遷もなく突然と現れる……というのは。いささか……」
「
既に調査はある程度進めてあるのだろう。オニクルは黒い防具の3人組を名指しで挙げてよこした。
彼ら彼女らはあれからやはり、ポッケ村には戻っていない。近くの小規模の村や野営によって、寒冷期を凌いでいるようだった。
ダレンとしては怒声を浴びせられた
そうと考えている内に話は進む。オニクルは険しい顔のまま呆れるという器用な表情繰りをしておいて。
「ま、恐暴竜とは違って砕竜にはもう人員ば割いてある。……とにかく、先に恐暴竜の方を何とかしたい。ダレンの頭借りたいんは、こっちだ。率直に聞くべ。ダレンなら、どうする?」
オニクルとカルレイネの視線が向けられる。
考える。もう少し猟団側の思惑を聞いておきたい所だ。
「……《蠍の灯》としては今の所、恐暴竜以外の2体。砕竜と氷砕竜への対処について、意見などは挙がっているのでしょうか」
「ん。グエンとニジェの副長ふたりから聞いた感触だば、氷砕竜と砕竜……いんや、判りづれなこれ……ダレンらの名前ば借りるか。ともかく、ボルボロスは放置。ブラキディオスは討伐だべな。……ボルボロスの方は今んとこ、他の大型生物らには近付くどころか、避けていってる。争いたくないってか、『我関せず』て感じだって聞いた。んだよな、カルレイネ」
「はい、そうですわね。大型生物との縄張り争いには参加せず……その合間を縫うように。雪山をかなり自由に闊歩しているとのことでしたわ。それでいて猟団員の痕跡を明らかに避ける様子も、気が立った様子もない。要観察からの放置が望ましいだろう、とグエン殿から」
流れを説明しながら。カルレイネは、ボルボロス亜種が観測された進行路に置き石をしてゆく。
確かに。ボルボロスの足跡は恐暴竜の進攻先をやや遠回りになぞるように、不思議な軌道を描いていた。近づきもせず遠ざかりもせず。だから実際にぶつかるまでは放置。
主目的は狩猟ではない。遠征と言う困難な路において、ぶつかる先を減らすという方針にはダレンも賛成である。
「ではブラキディオスについての人員はどうでしょう」
「グエンのとこが行く。いちおう言っとくと
怪我から復帰してやる気を出しているのだろう。オニクルも彼に任せるつもりであるようだ。グエンにしろニジェにしろ、ハンターとしての技量は上の上。地の利もある。大型生物の対処などは、むしろダレンらよりも得手であるに違いない。
(しかし爆発物、か。グエン殿の怪我の原因になった事故にして、この遠征が寒冷期に差し掛かった最たる理由。……ブラキディオスの力を起因とした爆発であれば確かに、粘菌の跡が残る。火薬以外の特徴が、誰かによって見つかるだろう)
一夜にして何者かによって持ち出され盗まれたという逸話のある、初代の撃龍槍でもあるまいし。
あの巨体が猟団員に囲まれた陣地にまで忍び寄る、などということは考え難い。オニクルとしても一応の調査を入れ、否定をしておきたかっただけなのだろう。
おおよそ。これで
(……イビルジョー。ブラキディオス。ボルボロス。黒の3人に、永氷壁。……思い付いた手段はある。私たち書士隊が猟団へ助力をしつつ、少人数でも目的地に向かうための……)
地図に視線を落としたまま、閃いたひとつの策を
奇抜な策ではあるだろう。だが大部隊とまでは言えない書士隊が遠征に伴するためには、これくらいの大胆さは必要だろう。そもそも恐暴竜に対する対処は、いずれにせよ誰かが担う役回りである。
視線を上げる前にちらりと横を見やる。隣に座るヒシュは……。
「……? うん」
かくりと脱力したように、頷いて見せた。任されたのだろう。
今度こそそのまま、ダレンは面を上げる。
「判りました。それらを踏まえて……我々王立古生物書士隊は、恐暴竜の後ろを
オニクルの眉が潜められた。問われる前に、続ける。
「最終的には必要であれば狩猟をするという形になるでしょう。ですが恐暴竜の挙動は生態を理解していれば、
「ほう? どういう風にすんだべ」
「ポポを『撒き餌』に使います。例えばこの順路のうえに……」
ダレンの指は北へ、北へ。
歩きやすい場所をなぞり、永氷壁周辺の麓までを繋げてみせる。
「恐暴竜が空腹と貪食を繰り返すような間隔で、ポポを追い立ててゆきます。かなりの精度で誘導は可能でしょう」
「そうなんか?」
「ええ。特に空腹や疲労が貯まった際など、彼の竜はハンターの目の前であっても……たとえそのハンターが差し出したのを自ら視認していたとしても。毒入りの肉を迷いなく食べたという事例が、複数例報告されています。かなりの再現性もあるようです」
フラヒヤ周辺に出現するような……むしろ、ブラキディオスのような別地域・別大陸で目撃が集中しているような生物だとしても、書士隊だ。最低限の情報収集は済ませてある。
恐暴竜については以上の通り。むしろ誘導のための餌として使うのであれば、死骸であっても十分役目は果たせるだろう。何分ここは食物に乏しい極寒の地、フラヒヤなのである。
ダレンは自信を持って頷いて。
「では、そうまでして誘導をする理由ですが……永氷壁付近にある我ら書士隊の最終調査目的地。『巨人の洞』を目指すための、
なにせ恐暴竜である。フラヒヤ周囲をふらつく大型の生物達は、積極的にぶつかろうとは考えまい。偶発的な遭遇があったとしても、所詮、イビルジョーは風来坊。わざわざ他の区画の大型生物と争うために縄張りを犯してゆくよりは、目前のポポを優先する可能性が高いと考えている。
そもそも争いを始めたとすれば、それはそれで好都合。
「その場合は私たちが横槍を入れ、乱戦のまま狩猟を開始する形にするのが好ましいと考えます」
「……なるほどな。それだば、結果的には、恐暴竜をじっと観測してるのと変わらんもんな。他生物の矢面に立ってもらっといて、そもそもぶつかって弱らせられるならそれはそれ。こっちん都合にゃ良いってことか」
ダレンは頷く。
《蠍の灯》の方針としては、北上のための障害物を取り除ければそれで良い。それは恐暴竜を進路から
猟団からは物資や拠点の支援を潤沢に受けている。ダレンとしても、任された分の領域では助力をしたい。……それが恐暴竜への対処だというのは、やや外れクジな気はしないでもないのだが。
「そのために隊をひとつ増やさせてもらいました。私どもとしては猟団への助力までを含めて、調査任務として万全の形であると思っています」
「そう言ってくれると、ありがてな。……んだな。どうせ《蠍の灯》が受け持っても、直接ぶつかる以外の選択肢は
了解しました、と。ダレンは大きく息を吐いた。
猟団とのすり合わせ、方針は決まりである。恐暴竜任せだとは言え、書士隊としても進路は固まった。
「そんだば、次に ―― 」
オニクルは向かって円卓の横を見やる。
星聞きの巫女、レイーズ。彼女が両目を覆う眼帯の中から、こちらへ視線を寄越したのが判る。
そしてその従者。これまで沈黙のまま動向を見守っていたシャシャが、それではと口を開いた。
「少々蛇足ではあるのですが。私と彼女……巫女君がここに居る理由をお伝えし、共有させていただこうかと思います」
「はい。……私レイーズと従者のシャシャは、寒冷期の最中ではありますが、カントの村へ向かいます」
カント村。ここ北嶺から少しばかり北東に位置する、中規模の集落だ。
寒冷期の内はポッケの村に寄せていた青の部族。その中核たるふたりがわざわざ遠出をするという。
ダレンの仕事だろう。理由を問う。
「……我ら書士隊としては恐暴竜を誘導するに当たって、貴方がたがその村を訪れるという情報はあって助かるものです。ですが……」
「大丈夫だ、ダレン。こんふたりにゃ丁度、トキシの奴ば護衛に付けることになってるはんで、心配しねくて
ダレンが憂慮したところを、オニクルは率直に切って捨てる。
トキシ。書士隊がポッケへ到着した辺りから活動をしてくれているギルドナイトだ。村中で姿を見かけたことは無いがギルドとの連絡は密に取っているようで、今は主に《蠍の灯》からの依頼によって『馬鹿者共』の足跡を追っているようなのだが。
レイーズがこくこくと、小さな顎を揺らして頷く。
「ええ。この時期に猟団の方々や貴方方にご迷惑をおかけするつもりは、毛頭ありませんもの」
「正直なところ、私だけでこのじゃじゃ馬を守り切れるかは、獣達の気分次第でしかありませんさね。ギルドナイトであるトキシ殿が居てくださると、大変に心強く思います」
シャシャは着膨れた黄衣の腰元。鞘付きの剣の柄を握って開いて飄々と語る。
オニクルはそれら2人。寒冷期に勝手に外出をなさる客分の言い草を最後まで聞いて後。ふと視線を逸らして、窓の外を見た。
雪が舞っている。途切れの無い灰色の雲は山を越え空を覆い、永氷壁をも超えてアクラの地まで続いている。
「……奇妙な感覚、あんな。全部の全部が今、このフラヒヤの峰。大遠征さ集束してきてら。
「ふむ。ですが密使のギルドナイトが嗅ぎ回っている時点でそれは今更と言う物でしょう、オニクル殿」
シャシャが差し込むように付け足した。彼もギルドナイトが「活動をしている」のがどういう事なのか、を正確に理解しているらしい。
厄介毎だ。大陸の時勢に影響をするような何かが、ここフラヒヤで起ころうとしている。
「よりにもよってこのフラヒヤで、ですか」
「んだ。この仕立てられてる嫌ぁな感じだば、覚えはある。あの赤衣の奴めの……うんにゃ。でもま、
オニクルは首を振る。最後はどしりと迷い無く、言い切って見せた。
視線をそのまま青の部族、星聞きの巫女へと定めれば。
「そんで、星聞きの。ここさきた理由。託宣ばくれるって、聞いたばって……?」
「えぇ、そうです。私たち青の部族が寒冷期にポッケへ身を寄せるための条件のひとつでしたから……先日のうちに視てきていました。それをお伝えします」
猟団長の促しに応じ、レイーズは腰元から『扇状の刃』を取り出した。
表面はカットされた鉱物の様で有りながら、刃の全体が鈍く光っており、透明さはない。混ざり合い濁った七色の
そう考えていると、後ろ。ジラバから注釈が入る。
「―― 玻璃瑠璃の原珠の扇刀。原珠は、命の堆積によって形作られる琥珀の類でス。酷く脆いそれを武器ニ。しかも星聞きに扱うとすれば、それはもしや、筆頭古龍占い師の宝刀……」
「そうですよ、ジラバさん。この祝器は今代の最も優れた星聞きが持つべきだ、と。一昨年の狩人祭の後に元筆頭の
レイーズの顔の前。誇らしげに翳されたそれは燭台に照らされ、玉虫色に輝いている。
それを。刀身をゆらりと傾け。
「……では、未来を。……。……結末は無数に分岐しているとはいえ……」
扇刀の先の先。
薄く燃えるように光る端をなぞってゆくように、彼女は視線を動かした。
「猟団の行く先は、世の果て。動き始めた世界の中、崩れ続ける世界の端です。選ぶ猶予はないでしょう。走り続け、走り抜け、人の界にて迎え撃つべきかと。……路に交じわりそうな大型生物の類いは、おおよそ先ほどの通り。群れとしては凍傷にご注意ください。今年のアクラは北より風の吹き
「……つまりは、勝算はあんだな?」
「ええ。十分に」
「わかった。肝に免じとく」
曖昧なようでいて具体的な言葉に、オニクルはうんと頷く。
そのままふいと、ダレンにも視線が向けられる。
「書士隊の皆様は、白地を奔る黒の
「……そうなのか」
「はい。……ヒシュ、貴方と。ノレッジ、貴女と。ダレン、貴方にも……縁があるようですね。そこから枝が別たれているのが、はっきりと見えましたから」
よりにもよって3人が指摘された。
全員で顔を見合わせるも、ヒシュとノレッジには心当たりがないようだった。それもそのはず。ダレンと違い、ふたりは黒装束の3人と顔を合わせたことがない。
だから面と向かって相対したダレンの場合は、考えを済ませて整理してある。何せ初対面からして、あの『黒い大太刀』を扱う女に怒声を浴びせられたのだから。
あの女はダレンがギアノスに振るった「見切り」の技を指し、「求めた剣」と言い表わした。この技はフェンが太刀で扱う術法を口伝から再構成したものであり……そうと考えれば、候補は自ずと絞られてくる。
「そして勿論、貴方がた書士隊の動きも、この大遠征の結末には大きく影響を与えるでしょう。路は複雑が過ぎて、聞き取るのが困難でしたが……」
レイーズの言葉によって思考が戻される。
ここは彼女の言葉を待つ場面だろうと、構えている。と。
「……すいません。正直に言ってよく判りませんでした」
「……巫女君、巫女君。今の流れをその発言で〆るのは、流石に具合がよろしくないだろう」
隣に立つシャシャがびしり。彼女の側頭部を突っつきながら、指摘を入れてくれていた。
レイーズの頭が
「巫女君が失礼しました。ですがまぁ、託宣については参考に出来る範囲であるかと。ただでさえ人数が多くなったこのフラヒヤの地では、星の震えを聞き取るのが難しい事も……まぁ、本当ではありますからね」
「いずれにせよ世界は崩れます。ならばそこは、世界の外と成るはずです。原初の混沌。闇の内。だからこそ私の星聞きでは遠く、細くしか見えない物でしたが……」
シャシャの言い様に不貞腐れてみせながら、レイーズは語る。
「例え崩れていようとも。先ほどオニクルさんに伝えさせていただいた通り、道は続いているのです。落ちても。降っても。ずうっと底の深くまで。それだけ判れば、ヒシュ。あなた達にとって問題では無いだろうと思っているのです。……そうでしょう?」
レイーズはそこだけは自信満々に言う。
ヒシュは言葉を受けて、かくり。
「まぁ、そう。……どうせそっちも、そのために動いているんだと、思うし。闇の底を見に行く、でしょ?」
言い返して見せてくれた。
こういう応答は想定していなかったのだろう。レイーズは眼帯のまま、隣のシャシャと視線を合わせる。
「……貴方を雇い受けたあの時から、私達のやるべきことは決まっているようなもの。お互い力を尽くしましょう。世界を焼き尽くさぬために」
「モチロン。ジブン達はジブン達で、やれることは精一杯やる。忠言ももらったから。……こんな感じで良い? オニクル」
やたらと演劇染みたやり取りで〆ておいて、ヒシュはオニクルへと話題を振った。
オニクルは額の皺を右へ、左へ。
「……んまぁ、だから、やるべきことは変わんねべ。道中もダレンとヒシュとは連絡密に取って、進められればそれで良」
どしり。背もたれに思い切り寄りかかり、軋んだ音をたて。それが会議終了の合図となった。
「んだば、始めるべ。大遠征。各々、宜しく頼んだ」
オニクルの言葉に各員が頷き、礼を返す。
翌日の夜明けを待って。猟団《蠍の灯》の本隊と、時を同じくして。
ダレンら王立古生物書士隊は、北嶺を出立した。
大分お久しぶりです。マイペース過ぎる……。
・鋼爪剣・G(ブレイズブレイド・イペタム)
オリジナル解釈。ネーミングはオニクルさんの元ネタに寄ってます。
Gと書いて色々読ませるのは、近年のマスターなネーミング的にありだと勝手に思っています。自己解釈過ぎる。
・ブラキディオス
作中で語っている通り、大陸間を挟んでのご登場。
旅立ったばっかりなのにぶっちゃけてしまうと、寒冷地のボスキャラとしてやはり、ブラキディオスさんには立ち塞がって欲しいなという作者私の願望が詰まっております。
……なのでまぁ、何でここに居るのかとかは、きちんとあとから面倒な説明が付け足されますのであしからず。
・砕竜、氷砕竜
ややこしっ。
ちなみに氷砕竜さんの方が、先に作中への出演が決まっていました。
・恐暴竜
過去回想で登場は終了したと思いましたか……?
ゲス顔でそんなことはないですよ、と言い放っておきます。
私の好きなモンハン二次のおかげで、やっぱり寒冷地周辺では彼彼女と戦って欲しいですねと言う願望があります。
・玻璃瑠璃の原珠の扇刀
私がついったランドからの直リンで限定公開している「人獣無道」より。
それそのもので間違いありません。スキルと言ったらやっぱり、原珠ですよね……というのは炭鉱夫以降の感性な気もしなくもない。
取り外したら壊れるとか勘弁してくださいね……(ドス