書士隊は調査拠点・北嶺を出立した。
向かうは「巨人の洞」 ―― 永氷壁の東側に存在する、
かつてヒシュが老齢なクシャルダオラに導かれ発見した『黒の大祭槍』。
大遠征の準備期間中に、青の部族によってポッケ村内の畑区画から発見された『黒の大礼剣』。
そして3つめの『祀導器』があると目されている場所。それが大空洞なのである。
『大祭槍』と『大礼剣』と名付けられた理由は、外見そのまま。刀身だけでも数十メートルはあろうかという巨大が過ぎる武器だからだ。ダレンが知る唯一の巨人族である大長老であっても、あれを持つには苦労するに違いない。
果たして何者かが扱っていた得物なのか、はたまた、示威のために造られたのか。定かではないがいずれにせよ、これらは確かな意味を付与され、フラヒヤの地に放逐されている。そうとダレンは
これら『祀導器』は大きさもさることながら、柄から刃まで、素材不明な真っ黒なもので組成されているのも特徴である。書士隊と猟団で話し合い、便宜的に『祀導器』と呼称することにしたのが、シャルル・メシエの催した会食の翌週の出来事だ。
(魔剣……いや、祀導器……か。いずれにせよ未解明の
あの武器の呼称を決め。本格的な調査に乗り出し。大剣と槍を削り、組成を見て。
そしてこの剣を構成する物質が、未明のものであることが判明した。判らないことが判ったのだ。
この結果をもって、ヒシュ。ポッケの長老、オババ。猟団の頭オニクル。そしてダレン隊、ジラバの鼻によって、すぐさま結論が出された。
これらをもって、書士隊は最後の『祀導器』が存在する場所へ急行し回収すべきである……という方針が打ち出されることとなる。
次になぜ、他の『祀導器』がある場所を特定できたのか。
ダレンらがポッケ村へ到着後すぐ。
この調査によって『祀導器』が周辺の環境に及ぼす影響の特性が特定された。
『祀導器』が奉られた周辺一帯には「黒の欠片」と呼ばれる……まるで龍が古い鱗をふるい落としたかのような……破片が入り込む。また武器本体が一定の形を保とうとする性質を持っており、あろうことか、削れたぶんだけ刃が
また刃の芯から微弱な熱が発せられており、周辺の雪を溶解させる。それにより年月をかけて縦型の
それらをもとに書士隊はフラヒヤ連峰周辺の地形記録を洗った。
結果、猟団《蠍の灯》が前の寒冷期に行った永氷壁周辺の地質から、影響を受けた「黒の欠片」が確認された……という流れである。加えて大遠征に向けて更新された永氷壁付近の地図から、最近に地面が崩れ現れた大きな縦穴も特定されている。これらを総括し、目的地として固有の名称を付けたものが「巨人の洞」という訳である。
さて。
書士隊が北嶺を出て2日ほど経過した地点。
フラヒヤの渓谷部を歩く群れの中に、少女がひとり。
「―― それでは、ここでお別れですね」
後ろを歩いていた青の部族の星聞きの巫女・レイーズが、真っ白な道に足関節までを埋めながら振り返り、言った。
ギルドナイトの護衛がついたとはいえ、順調な道程だった。カントの村へ向かうという巫女と従者を途中まで送るため、同時に拠点を出てからここまで。ハンターでは無いというのに彼女の移動速度は市井の町娘らよりも数段上、見事な健脚であった。
ここからさらに北上する書士隊と、カントの村へ向かう青の部族の主従。それぞれの目的地への岐路にあたるこの場所は谷。辺りは吹雪いていないが、フラヒヤの景観を堪能できる場所でも無い。岩と雪に囲まれた、部隊が2つすれ違うことが出来るかどうかと言った程度の細道の上である。
今は他の書士隊員は居ない。殿を務めていた隊長ふたり……ダレンとヒシュが、向き直る。
「では。レイーズ殿、シャシャ殿、トキシ殿。旅の無事を祈ります」
「ん。巫女さまも、うまくいきますように」
「……そうですね。ありがとうございます。書士隊の皆様の運命にも、傍に星のあらんことを」
「シャシャも。ふぁいと」
「お前もな、ヒシュ。それにこちらこそです、ダレン隊長。……寒冷期は、多くの獣が眠る時期。カントの村への強い影響があるような時期ではない。そう考えての移動さね。貴方達は貴方達の、私どもは私どもの全てでもって尽力するとしましょう」
互いに手を差し出した。今はハンターとして着膨れた黄衣の上から『蛍光色の柄を持つ片手剣』を佩いたシャシャと。そして両目を覆う眼帯を外さぬまま歩くレイーズと、順に握手を交わした。
ダレンの隣に居たヒシュも同様に握手をし……次いで。
彼と彼女の、その隣。3人目。
「―― ま、護衛自体はオレ様に任せときな」
青色のギルドナイトの制服に
彼は目線が隠れるまで目深に被った帽子の奥から、こちらを楽しそうに見つめている。レイーズとシャシャより前には出ず、横に立ったまま腕組み。腰に差した細身の鉱石剣『双聖剣ギルドナイト』をきらりと揺らした。
そんな様子を見てか、はたまたダレンが
「んー……そう。オトモの、モービンがいたからね。居るのは知ってた。でもなんで偽名を使っているの? ―― ペルセイズ」
「おいおい、今更かよ。……つうて確かに、聞くならタイミングは今しかないか」
トキシ改めペルセイズと呼ばれた男は、隠そうともせず笑って応じた。
ヒシュはぐるりと周囲を見回す。ヒシュとダレンの隊長コンビと、ペルセイズが護衛するレイーズとシャシャ。それ以外の人影も、気配も、獣の姿すらも……
「そう。……ジブンとダレン以外の書士隊は、
「おっ、ならいいな。そんじゃあご期待に応えまして、さわりだけ説明しとくと……オレ様の護衛が必要な
ペルセイズが親指で後ろを指すと、レイーズが仏頂面のまま。シャシャがやれやれと頷いた。
ハンターと言う界隈において、ペルセイズという名前は大きな意味を持つ。彼は大陸における4つの指定観測地「極圏」の観測を任されている猟団《根を張る澪脈》の団長であり。ギルドに認められた最上位の狩人「
ダレンも、ペルセイズがギルドナイトとして活動をしているのは知っていた。しかし偽名を使ってまで(つまりは公的な立場を退いて、偽装をしてまで)遠征し。こんな場所で出会うとも思っていなかったのだ。
……いや。本当に、思っていなかっただろうか? 改めて順に、経緯と情報を整理してみる。
「……寒冷期のフラヒヤという禁足地。閉鎖環境だからこそ予測もし辛く、外部からの観測も入り込み辛い。だとすればペルセイズ殿がここへ出向いたその理由と言うのは、今回の大遠征の経緯そのもの」
脳裏に理由を並べてゆく。時間を遡ってゆく。
未だドンドルマに居た頃。書士隊の詰所。ギュスターヴの前。
ああ。そこで自ら話していたではないか。
「……猟団が寒冷期であっても出征を強行すると決定した。その切っ掛けとなった出来事は火の極圏における、覇竜。アカムトルムの
「皆中だ。流石はダレン。オレ様がこっちまで来てるのはご想像の通り、天秤ばかりの重し役。もっと言えば『罪滅ぼし』ってやつだな」
罪滅ぼし、とペルセイズは言った。
苦い顔。指先で左の前腕を掻く動作に、虚偽や見栄は含まれていない。
「オレ様と《根を張る澪脈》は、いいように使われっちまった。極圏の観測も、アカムトルムの討伐に強制力が働いてたあの場のセッティングも……全部が全部、
「だろうね。ん、判る」
「だろ? いいねぇ、ヒシュ。前の時のまっさらカンバスの状態よりも、ずっといい感じになってんじゃあねえの」
「そうだね。……そういえば、ペルセイズ。
「そらぁよかった。オレ様とモービンが空気の薄い中、転げ回った甲斐があったってもんだ。……あー、ともかくだな。今の《根を張る澪脈》は、おかげさまで動かせない。極圏の事後観測にはりつきよ。今のオレ様にとっちゃあ、ギルドナイトが1番身軽な訳なのよ」
本来であれば忌避されるような……煙たがられるような役割を持つギルドナイト。だが、ペルセイズが身分を隠して。可能な限り彼自身の勇名をひけらかさずに動くための立場としては、有用と言うことなのだろう。
そして。
偶発的にアカムトルムを討伐した ―― してしまった。させられてしまった。
その
ヒシュは納得がいったようだった。かくかくと頷いて。
「そっか。頑張って、ペルセイズ。―― あと、
「おうよ。ギュスターヴの坊にも言っとくぜ。ダレンとヒシュと……あと叔父貴もか。その辺りからきちんと仕事するよう励まされてた、ってな」
ヒシュとペルセイズの間だけでやり取りがなされ。それで何かしらの決着はついたようだった。
……筆頭書士官の名前である。しかしダレンが深く口を挟まずにいるうちに、ペルセイズは「あばよ」と手を振り、レイーズとシャシャを連れて行ってしまった。
寒冷期のフラヒヤ。峰を降ってゆく白さの中に、ギルドナイトの制服と。貴色の青の外套と。着膨れた黄色の外套とが、消えてゆく。消えて尚、白中には浮く色だな……と。その背中を見送ってから、隣の彼へダレンが問う。
「……ということは。カントの村には、筆頭書士官殿がいるのだろうか」
「ん。タブンね。ノレッジが乗って来た商団の竜車。あれに素材を積んでくれた師匠のふたりが、多分行くよーって。手紙で、教えてくれた」
ヒシュは遠くの空を見ながら言う。彼の師匠であればおそらくは、前筆頭書士官にあてがわれた最上位のハンターなのだろう。彼が準備期間の間に制作を終えたあの防具の出来も、その素材の恐ろしいまでの
だとすればあの村で行われるのは……と考えてしまう脳内の奔放さを、ダレンは途中で放棄した。いずれにせよギルドナイトであるペルセイズが向かったのであれば、任せよう。書士隊としては管轄外である。
そちらはそちら。こちらはこちら。自分達はまずは、目先の課題に集中すべき。
恐暴竜の誘導。巨人の洞への到達。調査。「祀導器」の回収。
目標を脳裏に並べて息を吸う。頬を叩くまでもなく、肺を刺す寒さが心地よい。
現在の経路を確認するため、観測気球と連絡の取れる原に出るため、前方の部隊に追いつくため。ヒシュとダレンは北へ向けて、雪道を駆けていった。
□■□■□■□
ダレンとヒシュが見送りを終え。恐暴竜の誘導を続けている書士隊らの元へ戻ってきたのは、それからしばらく後の事だった。
観測を引継ぎ、隊員は後方へ。睡眠、食事の休憩時間はそれぞれ1日1回ずつ交代で取ることになっている。
雪の吹く曇天包まれた頭上には、観測気球が3つ、ものものしく浮いている。猟団とギルドと学術院から、それぞれ周辺調査のために先遣されているものだ。
どうやら猟団の長であるオニクルは先頭近くの気球に乗り込み、ニジェやグエンと合流を済ませたようだ。黄の部族で観測を佳とするカルレイネも、既に乗り込んでいると連絡を受けている。
その他に今回は、書士隊の方で融通させた紋章付きの気球がひとつ。これにて合計3つの大盤振る舞いである。龍紋の気球には書士隊からジラバが乗り込んでいる。そちらで簡易の工房と、アイテムボックスの管理を務めている形だ。
ダレンらはジラバと伝書鳥によるやり取りを行い、彼の誘導を得ながらポポ達を牽引してゆく。情報のやり取りをするにしても相手がジラバなので、ダレンが受け持つ業務は幾分以上に楽になってくれている。
球皮から突き出した望遠鏡にフォーカスされた恐暴竜は常に移動を繰り返しているようで、同じ場所を回遊することもある。単純に獲物を探していることもあれば、
前進。地図でいうところの、北上である。
この恐暴竜は、北を目指そうという意志を持っているようだった。
そもそもの話をするが、フラヒヤという寒冷地には明らかに餌が少ない。寒冷期であれば猶更だ。貪食を友とし食事量を必要とする生物が、何を求めて訪れるものだろう。
とはいえ恐暴竜の挙動は常からして理屈の通じないものなので、考えるだけ無駄なのかも知れないが。
「―― それはもう、決まってるじゃない。恋の季節。繁殖でしょ、繁殖! 交尾よ交尾! お嫁さんを探して歩いているに違いないわ!」
書士隊の面々が焚き木の周囲に集まり、夕食の乾物を口に放り込む中。クエスが朗々とした態度で言い放った。繁殖、交尾という力強く甲高い単語が山肌の雪に吸い込まれて消えてゆく。
今は観測役を担っている隊長ふたり。ヒシュとダレンが近くには居ないのも幸いしてか、彼女は自信満々の様だった。とはいえ彼女に突っ込みを入れる役割は隊内に在籍している。隣で黒パンを齧っていたヒントが、呆れたように返した。
「……なんでこんな寒冷地で繁殖を?」
「だってイビルジョーは、繁殖期には食べるので忙しいじゃない。だったら他の季節にすべきだけれど、温暖期は温暖期で
相棒の言葉に首を傾げて、クエスは堂々と返してみせる。
ヒントとしては返しようがない。そう考えるのは自由で理も通ってはいるが、内容が突飛だ。寒冷地に他個体の恐暴竜が繁殖のために集まる、というのは……字面としても絵柄としても、余り想像したくない景色ではある。
あまりにも堂々としているので、ヒントとしては正論でもって突っぱねるのが1番効果的に思えたので、そうすることにした。
そもそも向かう先、北の地には大型生物が確認されていない。観測気球が飛ばされているのだ。樹林帯でもない。あれほどの影響力がある生物の
……そういうあたりを語り、ヒントはクエスを封殺した。
「ぐぎぎぎ……」
「
「ふうむう。とはいえあの獣が北へ向かっている、というのも今現在我らが視認できる範囲からの予測でしかない。実際何を考えてるかなんて判らんもんだぞ、あのイビルジョーという生物はな」
あまり興味はないと言った風。会話に割り入ったウルブズは最後の乾物の一切れを、ひょいと腹の中へ入れ切った。
彼はイビルジョーとの遭遇および討伐の経験がある。隊の中では最も経験を有しているのだ。その彼が言うのだから、恐暴竜とは行動を読みづらい生物で間違い無いのだろう。
だが、と区切って。
「それはそれとして。お前さんらは恋人のひとつも作らんのか?」
腕を組んで。今度はとても興味深そうに、ウルブズは尋ねた。からかう風ではない。本当に、只の興味なのだろう。
この場に居たヒントとクエスが顔を合わせて。ダレン隊最後の1匹。この話題に自分は必要ないだろうと口を挟まないでいたカルカも、ウルブズにじぃと視線を向けられ……溜息をつきながら。
「俺はいませんね」
「あたしもいないわ。必要がないものね。強いて言えば……防具? かしらね」
「はぁ。番がいるニャ。フシフの奴はポッケに居て、もうすぐお産ニャ」
互いに立場はそれぞれだ。しかし、こうして書士隊として集っているからには共通点がある。時間もなければ、定住もしていないという壁が立ちはだかってしまうのだ。
既に番としてフシフの理解を得られていたカルカが例外なのである。彼の場合はメラルーで、しかも書士隊付きのオトモという例外中の例外なので、外れ値と言うべきなのかも知れないが。
ふたつめのため息を飲み込んで。厄介お節介への意趣返しを兼ねて、カルカは質問の主へ問い返す。
「ウルブズの方も……妻は、ドンドルマに置いてきたって聞いてんニャ」
「置いてきたのではない。待っていてくれるのだ。そこをはき違えては、仲は上手く回らんぞ?」
いきなりこんな話題を振ったことへ対する皮肉であることを理解しながら、ウルブズはだっははと笑った。
ふむぅと息を吐いて雪の上で胡坐をかく。背中の
そこでは……
女ふたりと1匹。ウルブズは悪意もためらいもなく、蛮勇でもって問いかける。
「お前らはどうだ? ノレッジ、ネコ。それにシャルルよ」
「あー……わたしですか。えーと生憎、いませんね……?」
「ウルブズ殿の興味を惹けず申し訳ないですが、生憎おりませぬ」
「ウフフフ。いない、エェ、いないわ。番の星など、墜とされるのが宿命でしょうに」
砲モロコシのスープに口を付けながら、ノレッジが苦笑。薄味のサシミウオを噛み千切ったネコが素っ気なく。そして乾燥させた銀シャリ草の湯戻しにスプーンを差し込みながら。シャルルが、やたらと妖艶に微笑んだ。
女性連中の言葉を受けて、クエスが最も安心したように。首が外れてしまいそうなほどの勢いで、うんうんと頷いてみせている。
「そうよ。そうよね! というかあたしたちの場合、そもそも作っている暇が……え、ないわよね? ねっ、ノレッジ?」
「あはは。ナイナイ、ないですよー。わたしの場合も本当、ハンターと書士隊の二足の
「まぁ俺達の年齢なら……市井の民だったなら。ハンターという職業でなかったなら、命題なんだろうな。お相手探しは」
クエスにしろ、ノレッジにしろ、ヒントにしろ……シャルルにしろ。適齢期ではあるのだ。
ハンターによって遠方との交流が増えた現在、街や村を越えて嫁を迎えるような事例も数多く出来てきている。結婚などを機会に移住を考える者も居る様だ。そういう意味では人と人との交流も、ハンターという職が広げたと言っていい。
ただ当のハンターと言う職業の場合となると、不安定さがどこまでいってもつき纏う。職場は辺境、町の外。命を失ったらそこで未亡人をひとり、遺してしまうことにもなってしまう。そのくせ収入は良いというのだから、装備品や食べ物に対して青天井に金をかけるハンターが多くなるのも頷けようというもの。
その点でいうならば、ウルブズの場合は成功例と言えるだろう。彼の妻は同業……ハンターである。ハンターとしての歴と職を持ち、財産を築いて後、しっかりと相手を選んで恋愛結婚をしたという。
「我が妻にはドンドルマでの
「……ウルブズ叔父はこの調査に欠けてはならない役どころであると、俺も思います。それだけ価値のある遠征です。実際ダレン隊長も、ウルブズ叔父がいてくださらなければ、ここまで調査に傾倒することは出来なかったでしょうね」
「だっはは! 褒めてくれるなぁ、ヒントよ! そうあれれば、我としても来たかいがあると言うものだ」
豪快に胸を張って、むんと笑う。
……笑って。これで話題を区切ろうとしていたヒントの意図を汲み取りはしながらも。
老婆心のような何かしらを発揮して、ウルブズは続けた。続けてしまった。
「ちなみにヒシュなどは、どうだ?」
大柄な男が首をかくりと傾げると同時、男衆であるヒントとカルカは顔を素早く下へと向けた。火にかけられた鍋。雪を溶かした湯と粥がある。塩漬けのサシミウオ。
人間とメラルーがふたりして粥の器と向き合っていると、空気を読まないクエスが「どうしたの? お腹、そんなに空いてるの?」と問いかけてきたので、そうだと答えておくことにする。
クエスは主ではないだろう。ウルブズに問いかけられているのは残る3名。その内の最も無頓着なノレッジであっても、これに答えるには、むずがゆそうに頬を掻かざるをえなかった。
「えぇと、わたしは好きですが……どうなんでしょう。近くに居るのは嬉しいというか、光栄といいますか。なので男女的な意味で結ばれたいのかと言い表されると、よくわかりませんね。ですが師匠のお手伝いはしたいと思います。恩は返したいですから」
「うむぅ。ハンター同士であればその辺りは上手く調整できると思うのだが……急かすようなことでもないと言われてしまえば、それはそう。では、シャルルはどうだ?」
「ウフフフ。貴方に話す道理は、ないわね」
真っ白な笑みには威圧感があるな、とヒントは思ったが口には出さず。粥を咀嚼する。
それをどう受け取ったのか。ウルブズは筋肉に膨れた胸と肩で、傾国姫の突き刺す視線をどしりと浴びて。
「だっはは! まぁ、それはそうなんだがなぁ。人の恋路に口を出すなど、厄介以外の何物でもないのは承知の上よ。とはいえ
「お生憎。ワタシのことは、ワタシが決めるわ。当然のこと。……だからヒシュのことは、ヒシュが決めるのでしょう」
「おお、それは勿論。所詮我らなど傍観者よ。ただ、彼奴の傍に誰かが居るのといないとでは、道行きの不安さは大分違ってくるのでな。ヒシュが決めるにしろ、それが苦痛と寂寞と後悔の道程であって欲しくないと願うのは……
「エェ。それもそうね」
端から問うつもりは無かったのだろう。言葉の通りに当然と、シャルルは小さく満足げに頷いた。
……そして、ウルブズの視線が移る。
最後の1
「―― 語るまでもありませぬ。私と
「そうか。ネコは、それでいいのか?」
「ご助言およびお気遣いのお言葉をありがたく思います、ウルブズ殿。ですが私は初めから決めているのです」
ちりん、と首元の鈴が鳴る程に丁寧な所作で背筋を伸ばす。
文様付きの緋色の外套をまとったネコは、迷いなく。憂いの無い顔を、ウルブズへと向け笑ってみせた。
「隣に誰が居ようと関係はありませぬ。供とは……友とは。傍に在るものなのですから」
ぴしりと伸びた髭も小さくつぶらなその瞳も。大男であるウルブズが相手であっても、動じはしない。
ウルブズは、唸らざるをえなかった。
「うぅむ、確かにな。……暗い道先を照らす相棒は、別に伴侶で無くても良いのだな」
「でしょう。私がカンテラなど持ち歩けばよいと考えていますので。……とはいえより正確に言うなれば、伴侶も居てくだされば3人。さらには3人よりも4人です。主殿を理解し支えられる者が、多くて困るということはないでしょう」
「だっはっは! そのナリで誰よりも豪気なやつなのだなぁ、ネコは! まさにグレエトな返答よ!」
笑うウルブズ。してやったりな含み笑顔のネコ。
こんな結末で良いんだな、と半ば呆れたヒントが、最後の粥を掬って飲み込んだ。
「―― ん。うわさ、されてる……?」
「どうした、ヒシュ。どこか問題がありそうだろうか」
「んー……。……ん。なんでもない、カモ」
鼻の下を掻いたヒシュに尋ねながらも、ダレンは眼下から目を外さずにいる。
張り出した崖の端から見えるのは、遠くからでも明瞭な異物感を醸し出し続ける ―― 二つ脚で雪を踏み砕き歩く巨体。
彼の竜。恐暴竜。イビルジョー。暗緑色の身体は傷だらけで白地に映え、この個体もまた種族の例に漏れず歴戦の輩であることを窺わせる。
まるで筋肉の山が動いているようだ、とヒシュは思ったが。そこで山に例えてしまうと、老山龍と無駄に争ってしまうなとも思った。サイズ的にはあちらが山だし、
監視下。かつ管理下に入れてからここしばらく、恐暴竜の挙動は安定していた。
きちりとポポの誘導には反応をするし、無軌道に回遊することはあっても、最終的には北へと続く谷間の経路から外れること無く帰ってくる。そうと思えば北に向かって歩き出し……書士隊の面々へ合図を飛ばし、えっちらおっちら追いかける。そういう時間が続いている。
そう。
あの恐暴竜が、人の予測の範疇をでない行動を、繰り返しているのである。
「……やっぱり、ぶれない。おかしくはないけど、不気味。……理由、理由……うーん。この渓谷が竜脈の真上、とか? でもそうなると行き先が、ん~……」
「あり得るな。イビルジョーの行動に指針があり過ぎる。過去の老山龍も渓谷上を沿うように誘導するのが定石と言われていたが……とはいえ雪下の凍土の地形調査など、幾ら手があっても足りはしない。あくまで私達の予想の範疇は出ないが……む」
と。自分だけではキリの無い思考を止め、更なる意見を求めるべく首を回す。
隣を見た。前だけを真っ直ぐに見る、雪の色と空の色に溶けてしまいそうな、溶けて居なくなってしまいそうなヒシュの横顔がそこにある。
彼もまた北嶺で準備を万端にしてきたようだ。「いよいよ大遠征の後を追い始めてからこちら、気球での荷物管理が増えましてネ」とジラバから連絡をもらっている。どうやら整備の必要ないものや使い切りの狩猟用具は気球に預けているようだ。彼らしい、実用的な運用であるなとダレンは思う。
「……? ダレン。ここ、離れる?」
「ああ、いや。そういうわけではない」
「ここまでの経過が、予定通りが過ぎる……と思ってしまったのだ」
「んー、それはそう。……アッチの。馬鹿者さんの挙動は、どうせ、近づいてからじゃないと確認できない……と、思う」
「だろう。しかしあちらが動くと言うことは、準備も
果たしてどう手を出してくるのか。どこへ粉をかけてくるのか。レイーズのいう書士隊との因縁はどこまでのものなのか、猟団への手出しはないのか。
あらゆる意味で、こちらは
「……いずれにせよイビルジョーへの対策は、うてる限りはうってある。端から討伐のつもりではあるからな。だからこそヒシュには聞いておこう。待ち人は、どうだった?」
「ん。トレジィと、トレニャーと、ハリーさんだね」
ヒシュがポッケ村で協力をあおいでいた者たちだ。
トレジィは村長と共に村を起こした後冒険家兼探検家として活動を始めた老翁で、トレニャーはその相棒アイルー。ハリーは書士隊の中でも特に活動的な、古くからの
ヒシュは彼らにとある物を探してもらっていた、と聞いた。過去形であるからには既に受け取っているとも。
「見つけてもらったよ。
「そうなのか。だがアーサー元筆頭書士官が
「そう。おかげで馬鹿者……さんたちの立ち位置について、ちょっとだけ理解は出来た。でもこれに学術的な意味があるかって言われると、ない」
「それはそうか」
あの真っ黒い3人との関係はどちらかというと、言葉では説明しづらいほう。因縁。恩讐。信仰。そういう、一般化がし難いものに寄っている。
とはいえだ。ダレンが難しい顔を崩せずにいると、ヒシュがこてり。
「その人達には、勝手に喧嘩をふっかけられただけ……って聞いた。ウルブズから。それって、ダレンが気にすることなの?」
「ああ。私は
確信を持って頷いたダレンに、ヒシュはお~と感嘆の声をあげた。
こういう話題について言い切ったことが珍しかったのだろう。瞳を興味津々に輝かせてくるので、くだらない話であるとしても、続けることにする。
「……ヒシュ。色恋沙汰ではないぞ」
「ん、了解。ん~……ん。ダレン、
「心配無用。フェン殿の教えの内にある。人も、獣だ。訓練は積んである。私とウルブズ殿、それにカルカがいれば対応できるだろう。そちらはどうだ」
「多分、全員いける。ネコとシャルはそっちのが得意……だし。ノレッジも昨年まではネコの国に入り浸ってて、ハイランドから教えられてる。……って、そうそう。沢山もらった手紙に書いてたと、思う」
「そうか。そういう意味では戦力として十分だな」
逸らした話題にのって最終手段の確認を終える。
……そうこうしている内に、観測対象である恐暴竜が動き出していた。ポポの死骸のうち、ようく肉の付いた部分だけを噛み千切り腹に入れ込むと、視線を上へ。空へ。裂けた口の端から血の雫をぽつぽつと垂らし、自らの足跡を刻みながら、再び谷間に沿って北上を始めた。
「動いたな。この先にポポの群れが2つ。足止めと誘導と、どちらにも使えるだろう」
「ん。じゃあ今度はジブンの隊で誘導しにいく」
「頼んだ」
ヒシュが腰を上げ、雪踏で待機場所へと滑っていった。
眼下では恐暴竜がのっしのっしと、雪を踏みしめ歩いてゆく。その歩みは獲物を追う際の力強さや荒々しさを削ぎ落とされ、まるで散歩でも試みているかのような印象を受ける。
異様だ。異様である。
だからこそ目を離さず。竜を気球の観測域まで見送って。
ダレンもまた、フラヒヤの雪の上で腰を上げた。
・大礼剣
2ndで畑の横っぱら大爆破で出てくるアレ。
なーんで再生するんでしょうねアレ。実質無限のエネルギーかも知れませんけど厄過ぎて使えない。
・トレジィ、トレニャー
フレーバーの拡張としてはよい機能だったので惜しく感じてしまいますが、昨今の気風に合わないのもまた確かなので、オミットされるのもむべなるかな。
・古龍生態
火山のトレジャー。
著者の名前部分が執拗に破られている書物のようだ。
・竜脈
竜脈……龍脈……いや、霊脈……石? 結晶……? りゅうちち……。
渦状に広がる……歌……。竜結晶の地……ゾラ・マグダラオスとの決戦の地、は、あれは違う。竜脈ではなく地脈回廊だ……よかったこれは想像しやすい……。
私は雰囲気で創作をしている。
・祀導器
まつる、みちびく、うつわ。
本来は片手兼シリーズ、一門外などにつけられている呼称なのですが、ここでは意味を含めて引用をさせてもらった次第です。本作の自己設定的な時系列において、3系統よりは幾らか前の出来事となっております次第。
具体的には巨大な剣、槍、あとひとつ。これらをオリジナル設定としてシリーズ化しており、それらをまとめて呼ぶ際の名前がこれ。説明の簡易化は大事ですがオリジナルのネーミング出し過ぎると判りづらくなるだろ常考(
・大空洞
イメージはこちらの現実にも存在するあれ。グーグルマップでも見れちゃうと聞きました。あちらは底に悪魔がいると言われているそうですね?
あれをモンハンナイズにフル改造したので、底の見えない真っ暗闇になりました。