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今、一人の少年が森の中を歩いている。少年が歩いている道には木の根がいくつも張り巡らされており、歩くたびにゴツゴツとした地面が足の裏を通して伝わってくる。空は晴れているようだが、背の高い木々が太陽の光を遮っている。それにより、ひんやりとした、または少し寒気のするような空気が辺りを漂っている。
いや、この寒気は少し異常だった。いくら太陽光が遮られているといっても、自らを抱きしめるようにして暖めなければならない程の、身体の芯まで凍らせるような、そんな寒気を感じている時点で異常だった。
足を止め、息を深く吸い、長く吐き出した。吐き出された息が白くなる事はない。
「…やっぱり、変だ」
寒くもないのに、なぜこんなにも寒さを感じるのか。…なぜ、段々と、感じる寒さが強くなってくるのか。
彼は謎の寒気から逃げるように、少し早く歩き始めた。だが、痛みを感じるほどの寒気が弱まることなど無く、寧ろ強く大きくなっていた。
少年は走り出す。これ以上寒くなると身体が言うことを聞かなくなりそうだからだ。
しかし寒気に気を取られ、木の根に足元を掬われた。
「っ…!?」
彼は右半身を強かに地面に打ち付けた。肌の表面からじわじわと痛みが内側へと浸透してくる。
痛みを感じながらも身体を起こす。そうしないと…
目の前にいる
「………。…」
その化物の見た目はただの少女にしか見えない。金髪に真っ赤な瞳、真っ赤なリボンを首元に結び、腕は白に覆われている。その上に黒を纏っていた。その顔には見たものを温かくするような笑みがあった。
こんな森の中を少女が一人歩いているのは奇妙な光景だろう。だが、それ以上の奇妙な、異常な光景がそこにあった。
その少女は、人の腕を食べていた。
彼が感じていた寒気はこれだった。生き物ならどんなものであれ備わっている機能。
命の危険を知らせる機能だ。
彼の機能は生まれて一度も使われた事が無かった。それゆえに、彼は寒気だと感じてしまったのだ。
少女が人の腕を食べながら少年の方へ歩いて行く。ここに来るまでに食べて来たのであろう、口の周りや腕、髪、腹の辺りや足など、全身に血が付着していた。
少女が近づいてくるにつれて、少年の鼻が異臭を捉える。この状況を見れば容易に察しがつく。
少年は身体を起こそうとしたが、動かなかった。寒さが彼の身体に纏わり付いているようだった。
少女は腕をぱくんと平らげ、倒れている少年の前で立ち止まった。挨拶をするように腰を少し曲げ、両手を後ろに伸ばし、満面の笑みで言葉を発した。
「ねえ、あなたは食べてもいい人類?」