激甘なターレルです。
火をつけようとすると持っていた筈のその指から煙草が消えていた。
「吸いすぎではありませんか?」
彼女の手には、先程私が箱から出したばかりのそれが有った。
「ターニャ。それを返しなさい。」
「いいえ返しません。そもそも私の前では煙草は吸わないと約束した筈ですが。」
覚えているとも。
だが私は「ああ」と曖昧に答えてしまった。
「いっその事このまま禁煙をなさってはいかがです?」
いかん、返事の仕方を間違えた。これは怒っている。
彼女は他の何よりも煙草の煙が嫌いなのだ。ここで誤魔化しても話を拗らせるだけである。
「ターニャ。分かった。吸わないから返してくれ。」
今時分、嗜好品の煙草は貴重品。小さなその手の中で無残に折られるのも忍びない。
「本当ですね。エーリッヒ。」
「ああ。」
私の返事にしぶしぶとそれを差し出した。
「貴方といると髪も軍服も、煙草の臭いがついてしまいます。」
そう言われても、今更禁煙となど私には無理である。
手持ち無沙汰になってしまっているこの手は煙草の箱の入った胸ポケットへと無意識に動いてしまっていた様で、
「エーリッヒ…言ったそばから貴方は…。」
彼女の呟きは私への非難ではなく、ただただ呆れたのだと伝えていた。
「…済まない。」
ああ、降参だ。私は煙草を箱ごと彼女に手渡した。
「体にも良くありませんよ。」
受け取ったそれを見ながら私に優しく語りかける。
「知っている………。」
彼女はいつも私の心配をしているのは知っている。私が彼女の無事を祈るのと同じくらいに想ってくれている。
……
『本当なら新居に臭いをつけたく無いのですが。仕方ありません。』
この家に2人で住む事になった時に決めた約束だった。
それが彼女にとっての妥協案。ならば私も守らねばフェアでは無いのだが、私の煙草の量は増えるばかり。
こうして彼女が帰って来る度に、煙草の事で喧嘩をしてしまっている。2人で一緒にいられるのは限りある貴重な時間なのだ。こんな風に過ごしてしまうのはあまりに勿体ない。
未だにふらふらとしているこの手で彼女を引き寄せ耳元で囁く。
「口が寂しいんだが。」
「全く。我慢くらいして下さい。」
「ターニャ。君が慰めてくれるのなら。いくらでも。」
私達は夫婦になったのだ。これくらいの事は期待しても構わんだろう。
「仕事中の貴方からは想像が出来無い姿ですね。」
クスリと笑いながら私の頰に触れ、
「随分と私に甘えて下さる。」
そう言いながらキスをしてくれた。
彼女を私の妻にしてからも、私達は戦争という現実からは逃れられなかった。
こうしてずっと側にいたいのに。
「苦…」
「エーリッヒやはり煙草をやめませんか?」
甘い筈の口づけの後の言葉がそれか…。
私は溜息をつきそうになる。
「まあ、でもこれが貴方の匂いなのですが……。」
彼女の小さな独り言。
「どんな悲惨な戦場でも貴方を忘れないでいられる。」
その言葉を耳にして私は思わず彼女を抱きしめてしまった。
彼女を失うのが1番恐ろしい。
「どうやら私は禁煙をしなくて良さそうだな。ターニャ。」
冗談のようにそれを口にすると
「エーリッヒ。貴方って人は…仕方ないですね。」
私の腕の中の小さな妻は降参したように私を抱き返した。
2018.04.22.
タイトルの意味
さんべんまわってたばこにしょ
休む事は後にして手落ちのない様に念入りに確認せよ。
要はいちゃいちゃしろって事ですね。