と言うわけで禁煙を頑張る?ターレルです。
「少佐には関係ないのだが、これは参謀将校への共通の通達なので、一応渡しておく。」
「はぁ…。」
上官の前で思わず気の抜けた返事をしてしまい慌てて背筋を伸ばしそれを受け取った。
「禁煙期間?ですか?」
軽く目を通せばそんな事が書いてあった。
「そうなのだ…」
目の前のゼートゥーア閣下は溜息をつくのを我慢しているのか微妙な顔で言葉を返した。
なにやら国際法に則った物で帝国以下、参加各国が示し合わせての事らしい。
なるほどそれで上官各位が皆揃って憂鬱な顔をしているのか。
私からしたら会議室に渦巻く煙が無くなるならそれだけでも大歓迎なのであるが、
ヘビースモーカーだらけのこの参謀本部。本人達にとっては死活問題なのであろう。
喫煙年齢に満たない私には確かに関係がない話であったが身近な人が喫煙者であればそれはまた違って来るのだ。
………
「いい気味です。」
「貴官はまたそうやって…。」
気がつけば手持ち無沙汰に指をクルクルと動かしイライラしている。今日だけでもこれだ。果たして期間中持つのかも分からない。命令なら仕方ないと私は禁煙をする羽目になっていた。
小悪魔な顔をした幼女が、おとなしく私の腕の中にいるのは私からタバコの臭いがしないからだろう。
彼女の前では吸わない約束ではあったが、仕事であれだけの量を常日頃ふかしていれば、服や髪に臭いが染み付いていた。
お陰でこちらは嬉しくとも、毎度彼女のあの顰めっ面を会うたびに拝む事になっていた。
満面の笑みで迎えられたのはもしかしたら初めて経験であったかのもしれなかった。
「もう少し言い方はないのかね…。」
呆れた様に返事を返せば
「では、大変結構。」
ああ言えばこう言う。彼女の口の悪さには舌を巻く。
ああ、と諦めて彼女を引き寄せれば嬉しそうにしていた。私達はお互いの仕事柄、滅多に会う事が出来ないのだ。2人の時間は大切にしたい。
私の負けだと言わんばかりに白旗代わりにキスを迫っても嫌がられる事は無なかった。
こんなに素直な彼女の姿を見られるならば、確かにこのまま禁煙を続けても良い気がして来た。
しかし長年愛飲してきたのだ。そんな簡単にはいかない様で、無意識で今は取り上げられたそれを探してしまう。
そんな私を目敏く見抜き、彼女は目が笑ってない笑顔に変貌してしまうので、私は我慢をするしかなかった。
「中毒者にはきついですね〜」
くつくつと小さな声で笑っている。何故こんな幼女に囚われているのか。
はぁと思わずため息が出てしまいそうになる。
そう言えば、煙草はアルコールと同じで中毒症状になれば病気と同じらしい。彼女が力説をしていた事がある。
「いっそそのまま永遠に禁煙をして下さればいいのに…」
これは願望と言うか希望というか…強制なのだろうか。
私の身体の心配をしている事は分かるのだが、余りに迫真に迫るその言葉に、思わず気持ち冷や汗をかいてしまいそうになる。
とりあえずできる所まではやるしかないと私は心に誓ったのだった。
………
彼女がまた戦場に行ってしまい、その間に
例の禁煙期間は終了していた。
参謀本部の会議室にはいつもの光景が広がっていた。いや、禁煙前より遥かに多い煙が漂っている。そこでは葉巻を咥えながら上官達は談笑に耽っていた。
「おお!中佐。君も一本やらないかね。」
上官からの申し出を断る術は私には無かった。
「こんな企画は無くした方がいい。やはり煙草がなくてはな!」
ルーデンドルフ閣下が豪快に笑いながら私の背中を叩いている。
私は細巻きに火を付け咥えた。
「美味い…」
久しぶりの煙草。一度咥えて仕舞えば後戻りは出来なかった。私はそれをゆっくりと味わいながら、次に彼女にあった時の言い訳ばかり考えていた。
………
「お久しぶりです。」
「ああ…。」
私は出迎えに来たレルゲン中佐殿と、歯切れの悪い挨拶を交わしていた。
どうやら約束は果たされなかった様だったのだ。顔を近づけて匂いを嗅げばやはりいつものタバコの臭い。
「吸いましたね。」
上目遣いに少し凄んで責め寄れば彼はあっさりと白状をした。
「まぁ、期待してませんでしたし…。」
私がそれ以上責めるそぶりをしなかったので彼は明らかにほっとした表情になっていた。
先に挨拶をしたゼートゥーア閣下から聞いた話に寄ると、禁煙の努力はかなり頑張っていたらしい。最後はまあ、あの方々から勧められてしまったら一介の中佐殿程度では断れなかった筈。軍とは縦割り制度。これは仕方ない。
彼ばかり責めるのも可哀想だ。
「タバコの臭いがしない貴方は貴方ではない気がしますしね。」
ふっと笑いかけながら、そんなセリフを
エーリッヒに向けてもう一度帰都の挨拶をし直した。
「エーリッヒ。ただいま戻りました。」
「おかえり。ターニャ」
彼の禁煙はまたの機会に。
2018.05.30.
世界禁煙デー
甘いターレルでした。