甘いです。短いです。
その紫煙を抱(いだ)いて。
「私と一緒の時は吸わないと言う約束ですよ。」
「あ、ああ。そうだったな。」
ベッドのサイドボードへ手を伸ばそうとした動作だけで、彼女には私が今から何をするか分かった様だった。
一言謝り彼女の顔を見ると、
「そうですよ。」
と言わんばかりに怒りがこもったその碧い瞳が私を見つめていた。
参謀本部での激務を、煙草に火をつける事でこなしてきた私はすっかりそれを口まで運ぶ一連の動作が無意識になっていた。
同じベッドには私のシャツを1枚だけ身につけた幼女と言うほどの幼き女性が、恋人がいた。彼女は煙草の煙をとにかく嫌がった。彼女の所属している特殊な兵科では煙草自体はあまり歓迎されないというが、楽しむ者が皆無という訳でもあるまい。
それでも彼女はとことん嫌がるのだ。
恋人であってもそれほど長い時間を共にする事が出来ない2人。
ではせめて、
「私の前だけでも」と約束をさせられた。
「吸いすぎですよ」とも。
私の身体を心配しているのか、単に嫌いなだけなのかその心は計り知れないが、苦笑しながら一度伸ばしかけた腕を戻すと彼女は満足そうにしていた。
手持ち無沙汰になってしまったその腕を、彼女の腰に回し私に引き寄せる。
「ならば私を慰めてくれ無いか」
口が寂しくてしかたない。この手もそうだ。
共にいる時間がとても惜しい。
この様な関係になってから、そこそこの時は経ってはいたが、仕事で共にいる時間よりも、恐らく数えられるほどの短い時間しか、私達2人きりでこの様に側にいる事が出来ていない。
彼女の全てを感じていたいなど、この私が思うなんて。自嘲気味に彼女に出会った頃を思い返してしまう。
化け物と恐れていた彼女を愛す事になるなんて。
「エーリッヒ」
私の名を呼びながら、小さな顔が近づくと唇が重なった。小さな舌がそのまま唇を割り侵入してくるが、私の中を侵すことはできそうにない。私は舌を絡めながら主導権を握るために、彼女の中へ押し返した。
離れた後の彼女は不満げに
「私に慰められたかったのでは無いのですか?」と私を責めた。
普段はあまり彼女からしてくれないキス。少し恥ずかしげなその顔はとても愛おしかった。
「その通りだターニャ」
返事をするとそのままベッドに押し倒す。
もう今晩だけでも、何度こうしたか分からない。しかし、幾度もなく彼女を支配した所で私は満足など出来やしなかった。
こんな小さな体をと躊躇した事があった事などすっかり忘れてしまっていた事に自分でも呆れ返ってしまう。
私の顔に小さなその手が伸びると、その眼鏡を外し、サイドボードの私の煙草の側にそれをおいた。
彼女が私を受け入れるのサインを確認すると私は彼女を愛するのだった。
「本当は、貴方の煙草の匂いは嫌いでは無いのです。」
呟きは小さい物で本当にそう言ったのかもう一度聞き直そうとすると彼女は私の煙草を1本手に取った。
「貰っても良いですか?」
というので反射的に「ああ」と答えてしまったがまさか彼女が吸うのかと驚いた。
が、それを手に握ったまま、彼女は床に散らばったいた軍服を拾うと上着の内側のポケットへとそれを丁寧にしまっていた。「これで貴方と飛べます。」
お守りがわりです。と笑っていた。
「でも今吸うのはダメですよ。貴方も懲りないですね。エーリッヒ。」
隙あらば私が煙草に手を伸ばしたくなっているのを彼女は見逃しはしなかった。
「私がいない時だけ吸っても構いません。でも、その時は私を思い出して下さい。」
またこの腕から離れ、戦場に行ってしまった彼女。今はこうして触れられない金の髪と敵を見据えても、私を見てはくれない碧い瞳を細い煙草を咥えながら約束通りに思い出していた。
彼女は私を胸に抱きながらこの空を飛んでいる。
「苦い」そういいながら噛み付いた。
紫煙の染み付いた私の指には彼女の歯の跡が少し残っていた。
これが消えないうちに帰って着て欲しいと彼女と同じ瞳の空に願いをかけた。
2018.02.18.嫌煙運動の日
煙草の臭いが嫌いでも
彼のはオッケーな甘いターレルでした。
ありがとうございます