何故かバトル会。
グダグタになってる気がしなくもないけど、是非もないよネ!
「それで、お主が未来から来た、というのは真実だとして、だ。」
ポケっとした顔から一転。
佐々木さんはその顔を元の表情に戻した。
口元は愉快そうに歪んでいる。
本能的に恐怖を感じ取ってしまった。
「お主、体から剣気が漏れ出ている。中々に強いのであろう?」
飄々とした雰囲気はもうそこには存在しない。
その群青の瞳はただひたすらに俺の瞳を見つめていて、心の中でも読まれているような錯覚を覚えてしまった。
道場に通いまくって上級者たちの剣を受け続けてきたせいだろうか。
目の前の男、佐々木さんから漏れ出る、見るだけで人を切れそうな程の剣気に、俺の体は急速に警戒態勢に入る。
無意識の内に手に出現させた隕鉄を見て、佐々木さんはますます笑みを深くする。
「ほう…。何もないところから剣を取り出すとはな…。妖術の類か?」
俺が隕鉄を手に握り、威嚇のつもりで殺気を向けているにも関わらず、佐々木さんは一切その笑みを絶やさない。
強者の余裕、というやつだろう。
ふざけた調子で佐々木さんは問いかけてきた。
もっとも、その目が全然笑っていない辺り冗談にならないが。
「いやいや、妖術なんてそんな大層なものは使えませんよ。俺は才能がないんでねぇ…。」
才能がないなんて残念だなぁ…、と心にも思っていない言葉を呟く。
佐々木さんはさっきから殺気を徐々に大きくしているので少しでも意識を逸らそうと軽口を叩いてみるが、何故か逆効果だったようだ。
口元の笑いを更に深めながらも佐々木さんはその目をスッと細める。
切れ長の目と群青の瞳に何が映っているのかはわからないが、少なくとも俺とは次元の違う物が見えているのだろう。
佐々木さんは鋭く俺の全身を見てから、いきなり圧を抜いた。
ホッ。
思わずそんなため息が漏れる。
思ったよりも緊張していたのだろう。
黒鉄の家で父親がくれた暖かめの服が汗に濡れて背中に張り付く。
夏の暑さではここまで汗を掻くことなんてできやしない。
ここまでのプレッシャーを持っているとは。
正直、NOUMIN舐めてた。
前世で見たFate/stay night/unlimited blade worksの中では簡単にアルトリアにやられてたからわかんなかったけど、間近で相対するとここまでの覇気を持った人物だとは。
やっべぇ。
俺が何をされるのか、今更ながらに心配になってきたんですが。
青ざめているであろう俺の表情を佐々木さんはバツが悪そうにチラリと見る。
そして、口を開いた。
「いや、すまんな。未来から来た剣客など初めてなもので、ついつい実力を見定めようと剣気を漏らしてしまった。」
嘘だろオイ。
あれ程の圧力を伴う剣気が、ただの漏れ出しただけの物だってのかよ。
ヤバイ。
コレはヤバイ。
俺の本能が全力でこの人に逆らってはいけない、と警鐘を鳴らしているんだが。
固まっている俺に向かって、佐々木さんは愉快そうに言った。
「お主、一度拙者と戦ってみんか?」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
竹がぼうぼうに生えている竹林の中、俺たちは向かい合っていた。
竹林の中で思い切り切り合えるようなスペースを探すのは中々に難航したが、それでもようやく見つけることができた。
周りの竹が日光を遮っているせいで、地面には木漏れ日のみが降り注いでいる。
チュンチュン、という小鳥のさえずりも響き渡っており、竹林の中で寝転びたい衝動に駆られる。
もしも、この目の前から放たれる圧がなければ、だが。
若干目が絶望で死んできていることを実感しながらも前を向く。
俺の視界に入り込んでくるのは、羽織を纏った剣客だ。
というか、佐々木さんの剣気が凄すぎて逆に視線が反らせないんだが。
もわもわした生ぬるい空気の中、背中に冷たい汗がつたる。
「では、始めるとしようか。」
佐々木さんが声を上げ、背中に背負っていたメッチャ長い剣、通称物干し竿を抜いた。
「来てくれ、隕鉄。」
佐々木さんが刀を抜くのと同時に俺も口を開いて隕鉄を呼ぶ。
木漏れ日が、黒い刀身に当たって周りには弾けた。
「それじゃあ…、先に行かせてもらいます!」
口を開いて気合を入れ、佐々木さんに向かって走り出した。
「ああ、来い!」
佐々木さんも笑って答えてくれる。
佐々木さんの構えはだらりと剣を下ろしたもので、傍から見ればただ単に剣を持ってダラッとしているだけにしか見えない。
「フッ!」
十五メートルほどあった距離を一秒で詰めて剣を振るう。
剣の速度、足の踏み込み共に完璧。
前にちょっかいをかけてきた黒鉄分家の子供だったらこれでやられたのだが…。
「シッ!」
カーン、という金属がぶつかり合う甲高い音とともに隕鉄が弾かれた。
佐々木さんの元々の体制は、だらりと脱力したもの。
つまり、人間が剣を振る上で最も大切な姿勢の一つである自然体だ。
だが、完璧な自然体になれるものは多くない。
黒鉄家の英雄的な存在の黒鉄龍馬だとか、かなりの実力者でなければ自然体のまま実戦に臨む者などいないだろう。
「マジ…、かっ…!」
隕鉄を弾いた状態から一瞬で体勢を切り返し、もう斬る準備はできている、とでも言わんばかりに煌めく物干し竿を見て思わず声が漏れる。
ダラッとした体勢から隕鉄を自然に弾き、一瞬で体勢を切り返す。
そんな今の俺では到底できないことを、佐々木さんはいとも簡単にやってのけた。
つまりはそういうことなのだろう。
いくら俺が足掻いたところで、この侍には勝てない。
その事実は、最強を目指している俺の心に突き刺さる。
「フッ!」
目にも止まらない速さで振られた物干し竿を、直感と感覚で体を大きく反らして避ける。
俺の服が、ピリッと切り裂かれた。
だが、そんな事を気にしている暇はない。
弾かれたままの体勢で上に反らされていた隕鉄。
思い切り右腕を下に振り下ろして、それを俺の目の前、何もないところに振り下ろした。
ガキン、という音が鳴る。
隕鉄が触れているのは、佐々木さんの物干し竿だ。
俺が体勢を立て直している隙にもう一回振ったのだろう。
ホントなんなんだよこの人。
マジで人間じゃないんだけど。
心の中で愚痴りながらも今度は隕鉄で相手の物干し竿を弾く。
下から切り上げるように鋭く剣を振るう。
だが、そんな一撃も届かない。
佐々木さんはその物干し竿の腹を隕鉄に当て、やんわりと受け流した。
受け流された状態で左足を地面にめり込ませる。
そして、思い切り蹴りを放った。
「ッ!?」
驚いたような顔をしながらも佐々木さんは後退する。
そりゃそうだ。
お互いに剣を持って勝負しているのだから、足を使うとは思うまい。
佐々木さんの顔を驚きで歪ませられたことに少し笑みを浮かべながらも蹴った右足で地面を踏みしめ、距離を詰める。
上段の唐竹割。
佐々木さんは同じように剣を振って隕鉄を抑え込む。
先程見た佐々木さんの剣技を真似るように少し隕鉄をずらし、隕鉄の腹で物干し竿を受け流す。
「ほう…」
驚いた表情を浮かべたのはほんの一瞬。
佐々木さんはそのまま振り下ろした俺の隕鉄をするりと避ける。
そして、物干し竿を持って再び自然体になった。
「ハァァッ!」
気合を入れて剣を振り下ろす。
佐々木さんは斜め下から物干し竿を振って隕鉄を弾いた。
ここまで技術に差があるのならもうヤケーーになるようなことはせず、縦、横、斜めに数え切れないほどの回数で隕鉄を振る。
だが、そんなもので惑わされる佐々木小次郎ではなかった。
佐々木さんは俺の剣を見切って全てを全く同じ威力で返してくる。
「オオォッ!」
裂肛の叫びを上げて振られた隕鉄と、静かに振られた物干し竿が、チリチリと火花を立てながら鍔競り合った。
このままやってもキリがない。
そう判断し、俺は隕鉄に一段と力を込めてから急に力を抜いた。
力を込められた隕鉄に呼応するように佐々木さんも力を込めたが、俺が急に力を抜いたことでその勢いが俺を押し出した。
「フゥ…」
火照った体で一つため息を吐く。
まず前提条件として、俺は佐々木さんよりも剣の腕が低い。
それこそ、今は逆立ちしても勝てないだろう。
だったら隕鉄の能力に頼るのはどうか。
隕鉄の能力は身体強化。
俺は佐々木さんと戦っているときにせいぜい身体能力を二倍くらいにしか上げていなかったが、やろうと思えば三倍には上げられる。
それなら、少しは勝率があるのではないか。
……いや、無理だな。
佐々木さんの技量だったら、相手の身体能力が高くなった程度で動揺したりしないだろうし、ましてやその隙を突いて勝利なんてできやしない。
つまるところ、積んだ、というやつである。
勝てる可能性はゼロ。
まあだが、アレを試すにはちょうどいい機会だ。
無意識の内に口角が上がっていたらしい。佐々木さんはますます興味深そうな目つきで俺を見ている。
そうだ。
佐々木さんは俺が逆立ちしても勝てないほどに強い。
だったら、現時点で俺ができる最強の技を使っても死んだりはしないだろう。
覚悟を決め、下に向いていた顔を上げる。
「さて…、これで終わりにします…。」
今の自分ができる限りの剣気を放出する。
佐々木さんは、その余裕気な笑みを消した。
俺は立ったままぶらりと隕鉄を持っている右腕を垂らす。
「ほぉ…」
佐々木さんが感心したような声を上げた。
俺も子供だし、子供が自然体になれるだなんて考えてもいなかったのだろう。
自然体のまま、前にぐらりと重心を傾ける。
そして、一瞬で佐々木さんの前に辿り着いた。
目の前には佐々木さんの見開かれた瞳。
佐々木さんが驚くのも当然だろう。
今使ったのは、全国の道場にいた縮地を使える剣客の動きをトレースしまくった結果編み出された、独自の縮地モドキなのだから。
勢いを殺さずに大きく呼吸を一つ。
その間に、俺は四回の斬撃を繰り出した。
一呼吸の間に四回の斬撃を繰り出すというやった自分でも頭可笑しいんじゃねえの、と思う程の斬撃を佐々木さんはいとも簡単に弾いてみせた。
だが、俺の本命はこれではない。
先程佐々木さんがやってみせたように、斬撃を放ち終わった体勢を無理矢理整えて剣を水平に構え、体でそれを隠すようにする。
いわゆる燕返しの構えをした俺に佐々木さんは焦ったような顔をする。
だが、もう遅い。
ニヤリと笑った俺はーーーー、
取った。
確信して笑みを浮かべる。
だが、そんな俺の目に映ったのはーー、ブレる佐々木さんの体だった。
手から伝わってくる衝撃。
視界の端から闇が滲んでくるのを感じながら、俺は地面に倒れ伏したのだった。
「全く、無茶をしてくれる…」
呆れたような佐々木さんの声が、耳の中に響いて消えた。