やはり俺のDQ3はまちがっている。   作:KINTA-K

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回想話。いつもよりも短いです。
サブタイ変更するかも。


16.75話

 俺にとって、その人は最初から得体の知れない相手だった――

 

 

 

 俺は、何時もの様に一人で城の訓練場で素振りしていた。

 周囲に居る騎士の連中は集団で何か訓練をしているが、俺には何も関係が無い。周囲には何も期待などしていない。

 だが、小町のためにも、俺は強くならなきゃいけない。どうすれば強くなれるかは分からないが――それは自分で見つけなければならないことなのだろう。誰かが教えてくれるなどと、そんな期待はとっくの昔に捨てた。

 だから、俺は常に一人で素振りしていた。誰にも頼らず、適当に見よう見まねで、只管一人で。

 ――しかし、その日はいつもと違っていた。

「どうした、少年。こんな隅っこで一人で素振りをして」

 不意に、ややハスキーな女性の声が掛けられた。素振りの最中に声を掛けられるなどほとんどない事だったので、驚いて振り向くと、見慣れない女が俺の方を見ていた。

 やや釣り目だが十分以上に整った顔立ちで、誰もが美人と評するだろう。何よりもその瞳には強い意志が宿っていることを感じた。

 ま、だから何だと言う話だ。

「……別に」

 すぐに興味をなくして、俺は素振りを再開した。しかし、女は立ち去るでもなく、その場にとどまったままだった。

 ……もしかしたら、出来損ない勇者の話を知らないから、俺の事を気にしているのかもしれない。どうでもいいけどな。

「君の教官はいないのか?」

 今度はそんなことを聞いてきた。素振りの手を止めずに、適当に答える。教官か――今更過ぎるな。

「さあ?知らないな」

 一応、教官らしき人物に心当たりがないでもない。俺に何も指導せず、話しかけることさえも許さず、別の場所で騎士の訓練をしている教官なら知っている。俺の担当と紹介はされたが――まあ、何も教わっていないのだから何も知らないも同然だ。

「ふむ、君には教官はいないのか。ならばなぜ、ここで素振りをしている?」

 尚も踏みとどまろうとする相手に、いい加減苛立ちを覚えていた。どうせ出来損ない勇者の話を聞いたら立ち去るくせに、一々対応させるな。

「出来損ないの勇者なんで」

 俺が答えると、相手の驚く気配が伝わってきた。ほらみろ。どうせこいつも俺を避けてどっかに行くのだろう。

「君がオルテガの息子だったのか。私は幼いころオルテガに助けられたことがある。あの人に憧れて強くなろうと思ったものだ。懐かしいな」

 ――少々予想外の返答だった。出来損ない勇者と知ってなお、憐憫でも侮蔑でもなく話を続けてくるとは思わなかった。

 だからと言っても、どうでもいいけどな。素振りを続ける手に力を籠める。これ以上、話しかけるなと主張する様に。

「君は、強くなりたいのか?」

 しかし、その女は俺の意思に気付かずに――いや、多分気付いた上で敢えて無視して俺に話しかけてきた。

「……答える必要はない」

「そうか。だが、私はそれを知りたいと思っている。できれば、教えてくれないか」

「……そりゃ、できれば強くなりたいな」

「理由を聞いてもいいかな?」

 ぐいぐい踏み込んでくるな、この女。普通の相手なら出来損ない勇者と言う時点で関心をなくすんだが。

 俺は少し躊躇した後で、素直に答えることにした。こんな風に踏み込んで話しかけられるなど初めての経験で、どんな対処をすればいいのか分からなかったのだ。

「……小町の、妹のためだ」

 小町にばかり負担を掛けている周囲が……何よりも自分が許せない。勇者なんて肩書きはどうでもいいが、せめて小町の負担を減らしてやれる程度には強くなりたい。

「ほう、妹のためか。いい理由じゃないか。……決めたぞ。今日からは私がお前の教官だ」

「……は?」

 思わず素振りの手を止めて振り返る。女は、自信に満ちた顔で、まっすぐに俺を見つめていた。その瞳になぜだか気圧されそうになり、ぐっとこらえる。女は、そんな俺の様子を見て満足そうに頷いた。

「さて、早速手続きに行くとするか、少し待っていろ」

「お、おいっ!」

 立ち去ろうとした相手を慌てて呼び止める。

「ん?何かね?」

 足を止めて振り向いた相手に言葉に窮する。呼び止めたのはほとんど反射的な行動だったし、普通に無視されると思ったし。つか、いきなり教官だとか言われても訳分からねえし。

「ああと……何もんだよ、あんたは?」

「ふむ、まずはその無礼な口の利き方から躾けねばならないか」

 何が可笑しかったのか女は低くククッと笑い、それから自信に満ちた態度で胸を張ってこたえた。

「私の名前は平塚静。今日付でアリアハンの教官になった者だ」

 ニヤリと笑みを残すと、長い髪を靡かせて颯爽と立ち去って行った。

 俺は思わずぽかんと口を開けて、その後ろ姿を見送っていた。

「……得体のしれない奴」

 出来損ない勇者を蔑むでも憐れむでもなく、まさか指導しようなどと思うとは。そんな相手は初めてだった。

 だから、その時の俺は、訳の分からない感情の行き場所が分からずに、そう呟くのが精いっぱいだった。

 その日から、平塚静は――平塚先生は、正式に俺の教官になったのだった。

 

 正式に教官になってからも、平塚先生は俺にとって得体のしれない相手だった。

 

「ほう、なかなか筋がいいな。鍛えがいがある」

 才能の無い俺の何が筋がいいんだよ?本当、訳分からねえ……

 

「もう闘気の第一段階を修得したのか……凄いぞ、比企谷!」

 誰でも使える力なんだろ。何が凄いんだよ。なんであんたが嬉しそうなんだよ。

 

「安心するがいい、私が必ずそこまでお前を鍛えてやるさ」

 出来損ないの勇者をなんでそんなに信じられるんだよ。本当、訳が分からねえ。

 

「…諦める必要はない、私が、必ずお前をそこまで至らせて見せる」

 出来損ないの勇者ができないことが当たり前のようにできないだけだ。だから、そんなことをあんたが気負わないでくれ……

 

「……そうか。すまなかったな、比企谷」

 違う、そうじゃない。俺は、あんたのそんな顔を見たくて、強くなろうとしてた訳じゃ――

 

 

 

 

 ――不意に、意識が覚醒して、跳ねるように上体を起こした。

 視界にまだ闇の濃い見慣れない部屋の内装が飛び込んでくる。ああ、由比ヶ浜の家に世話になってるんだったな。

 しかし……

「なんで平塚先生の夢なんて見てんだよ、俺は……」

 禁じ手を使って平塚先生のことを思い出したからかもしれない。もしくは、ホームシックか。

 いや、ホームシックで夢に見るのが天使小町でも母親でも無く平塚先生って、本当何でだよ。

「……そう言や、平塚先生と一週間顔を合わせなかったのって、何気に初めてだな」

 俺が盗賊の実習で野外訓練に行ったり、平塚先生が陽乃さんに連れられてルーラで何処かに行ったりなどで数日顔を合わせないことはしばしばあったが、それでも一週間も間が空いたことは無かったと思う。いや、一週間って決して長くないけどな。

「……しかし、中々消えないもんだな」

 罪の意識と言うのは。

 俺が出来損ないだったから、俺は平塚先生の期待に応えられず、恩人とも言うべき人を傷つけた。

 闘気の第二段階など使えようが使えまいがどうでも良かった。――いや、まったく期待していなかったと言うと嘘になるが、自分に才能が無いことは自分が一番良く知っている。だから、そういうものだとすぐに割り切ることはできた。

 だが、平塚先生の期待を裏切ってしまったことだけは、まだ自分の中で消化しきれずに澱のように濁り残っている。

 思えば、誰かの期待に応えられなかったことに絶望したのは、あれが初めてだった。それまでの俺には、他人の勝手な期待などどうでもいいことだった。勝手に次期勇者と期待して、勝手に裏切られた気になって馬鹿にする連中なんて知ったことでは無い。だから、俺は他人に期待しなかったし、他人の期待もどうでもいいものと思っていた筈だった。

 だけど、平塚先生だけは違っていた。あの人だけは、次期勇者と言う肩書き抜きに、まっすぐに俺を見て期待してくれていた。それを、俺は裏切ったのだ。

 恩人の期待に報いることすら出来ない……確かに、出来損ないだな、俺は。

「……もうひと眠りするか、折角堂々と休める理由が出来たんだからな」

 乱れかけた心を強引に押さえつけ、もう一度布団に横になる。

 瞼の裏に浮かんでくる顔を無視しながら、俺はもう一度意識が眠りの淵に落ちるのを待っていた。

 

 

 

 

 

 俺にとってその人は、得体の知れない相手だった。

 

 出来損ないの自分に関わろうとする相手なんて、今まで誰もいなかった。

 出来損ないの自分によくやったと褒める相手なんて、今まで誰もいなかった。

 出来損ないの自分を信じるなどと言う相手なんて、今まで誰もいなかった。

 出来損ないの自分が、出来損ない故に出来ない事にあれほど傷つく人なんて、今まで誰もいなかった。

 だから、俺にとってあの人はいつまで経っても得体の知れない相手のままだ。

 

『よくやったな、比企谷』

 

 だから、あの人に抱いているこの淡い想いも、きっと得体の知れないものなのだ。

 




今後も回想話を入れる予定があるんですが、サブタイどうしたものか。
時系列(八幡が回想したタイミング)で言うのなら16.5話と17話の間の話ではあるんですが。
最近なろう小説読み漁っててSS書く時間が圧されています…

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