前回の雪乃の罵倒は不評でしたね。原作に負けないくらいの罵倒をと無駄に意識し過ぎていました。
次回はまた舞台裏話です。
「陽乃さん…」
「……」
思わず呆けたように呟く俺と、目をそらして俯く雪乃。俺たちを邪魔していた二人の騎士も、突然の陽乃さんと平塚先生の出現に困惑し、硬直している。
「やっはろー、比企谷君。まだ残ってたんだね」
「……まあ、色々あったんで」
横目で硬直している騎士二人を見ながら言う。陽乃さんも俺に吊られたように二人の兵を見やった。途端、二人の騎士の姿がビクッと硬直する。
おい、陽乃さん。なんでそんなに怖がられてるの?一体何したんだ、あんた。
「それに平塚先生まで…」
「陽乃に見送りに行かないかと誘われてな。私もお前にもう少し言いたいことがあったから付き合ったが……まあ、私の話は後でいいさ」
そう言って距離をとり、腕を組んで全体を見るようにこちらの視線を向けて佇んだ。こう言う仕草が本当絵になる人だ。
……雪乃はまだ何も喋らない。先ほどからずっと陽乃さんに視線を合わせないように俯いている。そして、陽乃さんもそんな雪乃の態度に興味を向けるでもなく、なぜか俺の方に話しかけてきている。なんだこの姉妹?
「ふぅん。君たち、雪ノ下家のお抱えの騎士だよね?なんでこんな所にいるのか聞いていいかな?」
平塚先生が距離を置いたのを確認してから、陽乃さんは騎士二人に話しかけていた。その声は優しげで、表情も警戒心を解す様な笑みが浮かんでいる。こんな美人にそんな態度を取られたら普通の男なら気を引こうとぺらぺらといらんことまで喋りそうだし、いっそ俺なら勘違いして告白して振られるまであるが……彼らは怯えたように言葉につまり「あの…」とか「それは…」とか声にならない呻きを漏らしている。まあ俺はその笑顔が仮面だと気付いているが、堅物そうなこいつらがそれに気付いていると言うのは何か納得がいかない。
疑問に思った俺は、さりげなく気配を消して離れている平塚先生にこそこそと近づいた。
「……陽乃さん、なんであんなに恐れられているんですか?」
「当事者がこっちに来るな。まあ、お前は王宮の争いには興味が無かったからな。知らないのも無理はないか……」
「いえ、陽乃さんが派閥築いていることくらいは知ってるっすけど」
「それだけ知っていれば十分だ。陽乃が雪ノ下家から離れた時、当然雪ノ下家もすんなりとそれを認めようとはしなかった」
そりゃそうだ。賢者になった将来有望な跡取りが独立するなんて言ってきたら、多少強引な手を使っても止めようとするだろう。
「雪ノ下家は強引に――終いには抱えた兵力でもって陽乃を従えようとした。そして陽乃は……」
あー(察し)。そりゃ、酷い目に合ってる筈だ。分を弁えず刃向った弱者がどうなるかなど、考えるまでもなく解る。
「まあ、誰も傷一つ残さずに平和的に陽乃は雪ノ下家を出た。とだけ言っておこう」
傷を負わせてないとは言わないんですね、解ります。陽乃さん、回復魔法も使えるからな。そう、魔法に対処する特訓だと言って俺にベギラマ放ってきて、ほどよくこんがりローストされた所にべホイミ掛けられて「まだやれるよね?」と……う、頭が。ア、アア、別ニナニモナカッタヨ。ホントダヨ。
「――それは、まあ、恐れますね」
「誰しもお前のように平然と相手をできる、と言うわけではないさ。あそこまで怯えているのは実際に争ったことがある雪ノ下家の関係者くらいのものだろうがね」
いや、俺も陽乃さんはかなり苦手ですけど。平塚先生にはそう見えているのか……意外、と言うほどでもないか。
俺たちがそんな会話を交わしている間にも、陽乃はニコニコと笑顔を張り付けて、二人に騎士に問いかけていた。
「うん?何をしてたのか聞きたいだけなんだけど。どうして比企谷君の邪魔をしていたの?」
「その……こ、この男が、雪乃様をかどわかそうと……」
「おい勝手に人を人攫いにするな。むしろその場でリリースするまである」
あまりに酷い言い訳の言葉に、つい口を挟む。ついでに、もう一度雪乃をちらりと見た。…今の言葉にも反応しなかったか。
「て、比企谷君は言ってるけど?」
「そ、それは、あいつが勝手に……」
「そうだ!あんな出来損ない勇者の言葉など――ヒッ!」
不意に、陽乃さんの目から笑みが消えた。そして、ゆっくりと聞き返す。
「今、なんて言ったのかなー。まさか、正式に認定を受けた比企谷君を出来損ないだなんて、そんなこと言わないよね?」
「そんなことは…」「そ、その通りです」と目茶目茶キョドりながら弁解する騎士二人。あれ、俺あいつらが哀れに思えてきちゃったんですけど。
その言葉に、陽乃さんはにっこりと微笑んだ。うん、男なら思わず見惚れちゃうくらいの笑みだ。さっきまで怯えていた彼らですら、魂が抜かれたように見惚れている。……あいつらはまだまだ甘いな――あの笑顔は、普段の仮面の笑顔よりも余程危険な兆候だと知らないらしい。
「うんうん、解ってくれてうれしいよ」
微笑みを絶やさぬまま、嬉しそうにうんうんと頷いて、続けた。
「じゃあ、雪乃ちゃんが勇者である比企谷八幡の仲間になるのも、問題ないって解ってくれたんだよね?」
ああ言う笑顔を浮かべているときが、陽乃さんは一番怖いのだ。あの人は相手をいたぶる時にこそ極上の笑みを見せる。ソースは俺。精神的にも物理的にも俺を追い詰める時が一番いい笑顔を浮かべていた。陽乃さんは絶対Sだ。……そう言えば雪乃も俺を罵倒する時が一番生き生きとしていたな。え?ドS姉妹なの?引くわー。
騎士の二人はしまったと顔をしかめてから、しかし受け入れるわけにもいかず反論を口にする。
「い、いや、それでは雪乃様の身に危険が…」
「そ、そうです!それに雪ノ下家のメンツの問題も…」
「二人とも」
笑顔を浮かべたまま言葉を遮って言葉を掛ける。顔は先ほどの見とれるような微笑みのままなのに、その質がまるで違って見えた。
「私と雪ノ下家……君達はどっちに付くのかな?」
騎士二人は顔面を蒼白にさせて、絶句した。
「……詰み、だな」
平塚先生がぼそりと呟く。同意を求められていたのでは無かろうが、俺も黙って首肯した。
これが、最強の賢者雪ノ下陽乃だ。彼女は優秀だ。常人離れした美貌に、それを十分に上手く活用させた高い社交力と人を惹きつけるカリスマもある――それだけでも十分人の上に立つ資質を持っていると言い切れるだろう。だが、それさえも霞ませるくらい、彼女は圧倒的な『力』を手にしていた。だから、彼女はやりたい事をして、自分の意思を押し通す。彼女のもつ『力』がそれを許してしまう。唯一対抗できそうな平塚先生が陽乃さん側なのだから、彼女に敵はなかった。
もう一度ちらりと雪乃を見ると、彼女はこうなることは分かっていたと言わんばかりに、ただ黙って俯いていた。
先ほどまで俺と雪乃の行く手を阻んでいた騎士二人が、すごすごと引き返していく。結局、彼らは陽乃さんの言葉に従い、雪乃が俺の仲間になることを黙認した。立ち去り間際、陽乃さんに「勇者の旅立ちなんだから、一言くらい掛けていったら?」と言われ、目茶目茶苦々しげな声で「……ご武運を」と言われた。本当、不満が滲みまくった声で、つい俺が「お、おう、なんかスマンな」と悪くもないのに謝ってしまったレベル。
まあ彼らの対応は、雪ノ下家所属の騎士としては間違っているかもしれんが、あの陽乃さんを相手にしたのであれば仕方がないと認めざるを得ない。誰だって命が惜しい――いや、そこまでの目には合わないだろうが、平穏が大事なのだ。俺なんかに関わったせいで散々な目にあったのかと思うと、謝罪の一つくらいはサービスしてやらんでもない。……別に嬉しくは無いだろうが。
陽乃さんは立ち去っていく騎士二人にはすでに興味をなくしたようで、先ほどから俯いて押し黙っている雪乃に話しかけていた。
「で、雪乃ちゃんは、こんなところで何やってるのかな?」
「……」
「一応、関わった手前、最後までフォローしなきゃって思って見に来たんだけどね。まさか、あんな連中に足止めされてるなんて思わなかったなあ」
「私は……」
雪乃はようやく声をあげたが、そのまま続けられずに黙ってしまう。
「わざわざ素顔を晒さなければもっといくらでも誤魔化せたのにね?もっと上手くできなかったのかな?」
「……それでも、私は――」
「陽乃さん」
雪乃が何かを言いかけたが、先ほど陽乃さんが言った言葉は俺としても捨て置けないものだった。
「雪乃が自分の正体を晒したのは、俺が賛成したことです。俺は、その判断を間違いだったは思っていない」
確かに、陽乃さんの言う通り雪乃が正体を隠したままの方が話は楽だっただろう。あの騎士たちともバカ正直に押し問答せず、雪乃に対して何かしらのリアクションを起こそうとした時に、勇者の仲間に危害を与えようとしたとして返り討ちにしてやっても良かった。そしたら、今頃俺と雪乃はもうアリアハンを出ていただろう。雪乃に相談せずに俺が決めていたら、きっと俺はそうしていた。
だが、それは効率が良いだけのことだ。身の上を隠したままで良しとしない、後ろ暗い所はないとまっすぐに主張する。それは、きっと不器用だろうし、身の程知らずな所もあるが――正しい行動だ。だから、その選択はあの時の最善だったと断言できる。
「ま、だからその件で雪乃を非難するのなら、それは俺にしてください」
陽乃さんはこちらに顔を向け、少し不満そうな顔で睨んできた。
「……雪乃ちゃんは呼び捨てにするんだ。私はさん付けなのに」
不満そっちかよ。え?俺言い過ぎた?ベギラマとかくらっちゃう?って一瞬焦っただろうが。
「さすがに陽乃さんを呼び捨ては無理ですよ。言われた通り名前で呼んでるんで勘弁して下さい」
余談だが、陽乃さんと知り合ってすぐに名前で呼ぶように言われている。その頃にはすでに雪ノ下家と抗争状態だったから仕方ないかと割り切ったが。
俺の返事が気に入らなかったのか、陽乃さんはなおも「む~っ」と小さく唸りながら此方を睨んでいた。…と言うか、なんでそんなに可愛らしく頬膨らませて睨むの?うっかり惚れそうになっちゃうんですけど。
「……ま、いっか。雪乃ちゃん、比企谷君がこう言ってるから、これくらいにしておいてあげる。比企谷君に感謝するように」
「……姉さん。感謝するかどうかは、私が決めることよ」
雪乃はようやく顔を上げて、陽乃さんと目を合わせた。その顔には強い意志が現れている。陽乃さんはしばらく間まっすぐに雪乃を見ていたが「ふぅん、じゃあ頑張ってね」と声を掛けて顔を背けた。
「話はついたようだな」
そこまで黙ってやり取りを見守っていた平塚先生が、ようやくと言うように声を掛けてきた。
「私はそこの雪乃さんとは面識が無いからな。だから、彼女に掛けてやれる言葉は頑張れ程度だが、比企谷には言っておきたいことがある」
「そう言や、そんなこと言ってましたね」
まあ、俺もちょっとドタバタで最後の挨拶を済ませてしまったとは思っていた。あれくらいが自分らしいとは思ったが、わざわざ見送りに来てくれた恩人の言葉を聞かないわけではない。
「……比企谷、妹を悲しませるような真似はするんじゃないぞ」
が、その言葉に、思わず笑ってしまった。
「俺が小町を悲しませるようなことをする訳ないじゃないですか?と言うか、皆小町好きですね。川崎にも似たようなこと言われましたよ」
これが女性に言われたからよかったが、野郎が言ってきたらてめぇに小町は渡さんと詰め寄っているレベル。
しかし、俺の言葉に、平塚先生は意外そうに眼を丸くした後、くくっと含み笑いを零した。
「なるほど、確か盗賊の同期とか言っていたな。よくお前のことを分かってるじゃないか」
「まあ、俺くらいのシスコンになると黙っていても伝わっちゃうレベルですからね」
小町のことなら誰にも負けない自信がある(キリッ)。……おい、雪乃。さり気なく距離を取るな、傷つくだろうが。
「そう言う事ではないさ」
が、平塚先生は俺の言葉を否定して、俺をまっすぐに見て、言った。
「彼女は君に『気をつけて』と言いたかったんだよ」
「は?」
意外そうに聞き返す俺に、平塚先生は呆れの混じった笑みで返す。
「君は小町ちゃん曰く捻デレだからなあ。素直に言っても聞きはしないだろう?」
「なに、その捻デレって?小町の奴、そんなこと言いふらしてるの?」
何新しい造語を広めているんだ、あいつは。お兄ちゃん的に少しポイント低いぞ。
「――君は、自分を傷つけることを躊躇しないからな。でも、それが妹のためなら違うだろう?」
「…何の事だか解りませんね」
俺は自分がかわいいし、何なら自分が一番好きなまである。あ、いや、小町の次だから2番目だな。とにかく、だから俺は自分を傷つけることを躊躇しないわけではない。むしろ傷つけるなんて嫌に決まっている。どんなマゾだよって話だ――ただ、合理的に考えて自分が傷つく必要があるのなら、躊躇しないだけだ。
「それを捻デレと言うんだ」
平塚先生は呆れたような笑みをこぼし、それから真面目な顔でまっすぐに俺を見た。そう、この人はいつもまっすぐだった。こんな俺でも、手を抜かずにまともに相手をしてくれるほどに。
「比企谷……もし、何か自分の身を掛け金にして行動をすることがあった時……誰でもいい、お前が大事に思う相手の顔を思い浮かべろ。その相手がどう思うか、ほんの少しでいい、想像してくれ」
「……解りました」
本当は解らない。だが恩師の言葉だ、頷くしかない。――相手が、出来損ないに対してどう思うのかなど、俺には分かるはずがない。
「何、すぐに理解しろとは言わんよ。ただ、頭の片隅に置いておいてくれれば、それでいい」
平塚先生は苦笑を零し、それで終わりとばかりに少し距離を取った。
「静ちゃん、熱いセリフだったねー。本当、比企谷君のこと好きすぎでしょ」
「こんなでも可愛い生徒だからな。情の一つも沸くさ」
陽乃さんのからかうような言葉に、平塚先生は素気無く答える。――こんな扱いか。でもまあ、この人が相手なら嫌な気分ではない。
「じゃ、雪乃。そろそろ行くぞ」
そう言って雪乃を見ると、何故か呆けたように此方を見ていた。おい、なに気の抜けた顔してるんだ。ちょっと可愛いじゃねえか。
「あ……え、ええ。そうね、確かに長居は無用ね」
気を取り直したように雪乃は俺の隣に来た。もう顔を隠す必要は無いため、フードは被っていない。
「じゃあ、陽乃さん、平塚先生、見送りありがとうございます」
「いいよいいよ~。比企谷君も雪乃ちゃんも元気でねー。あんまり喧嘩しちゃだめだぞ」
「ああ、二人とも達者でな」
「……ありがとう、ございます」
もう一度二人に一礼して、俺と雪乃は見送られながら街の門に向かった。――どうにもこそばゆいが、不思議と悪くない感覚だった。
門を出てしばらくして――門の外とは言え、この辺は魔物も出ないまだ街の中のような場所だが――雪乃がぼそりと呟く様に話しかけてきた。
「……あなたには、いい先生がいるのね」
「あ?あー、まあな。俺が少しはマシになったのは平塚先生のおかげだな」
少しだけなら陽乃さんのおかげも無いこともないと認めないこともない。…って回りくどすぎるだろ。でも陽乃さんからは酷い目にあわされた経験方が多いからな。
「……羨ましいわ」
「ん、なんか言ったか?」
小声過ぎて聞き取れなかった。いや、難聴系主人公とかじゃないから。
「それで、これからどうするのかしら?」
「とりあえずこのままもう少し行ってから考える。あ、フードは被っとけよ。顔隠すためじゃなくて日よけのためだからな」
「解ったわ」
素直にフードを被りなおす彼女を横目で見て考える。
ここまででも分かったことだが、雪乃は体力が低いし身体能力も高くない。旅の行軍は当初の予定よりも大分下方修正する必要があるだろう。それに、彼女の格好から判断するに、食料も携帯していないだろう。
(やれやれ、前途多難だな。ま、どうにかなるだろ)
俺の少し後ろに付いて歩く雪乃をちらりと盗み見て、楽観的にそう結論付けた。
さあ、旅立ちだ。