「俺と食事してて面白いか?」
10月と言えどまだ暑さの残るキャンパスの片隅で、俺と雪ノ下は昼食を食べている。
俺は昨夜の残り物に冷食をぶち込んだ適当弁当、対して雪ノ下は大学近くで流行りのパン屋のパンが数点。あそこのパンは高いのに、このブルジョワが。
「うん、その辺の有象無象と食べるよりは全然楽しい」
「有象無象って」
俺の人生において、本当の意味で取り巻きの存在する人間なんて、この女くらいだ。
男女先輩後輩問わず、雪ノ下の周りにはいつも人がいて、その中心で雪ノ下は華やかに笑うのだ、表面上は。
「若葉ちゃんには無駄なこと言わなくていいし」
「大した雑談もできない俺に対するあてつけ?」
3つ目のパンを食べ始めた雪ノ下。この女、細いくせに意外と食べる。
理由はよくわからないが、遠慮なく食うのは俺の前だけらしい。
「そーゆー、捻くれた事ばっかり言ってるとつまらない人生になっちゃうぞ」
「いや、理想の人生とかないし」
話を戻すと、雪ノ下は2日に一回くらいのペースで俺をランチに誘う。
ランチと言ってもお洒落なイタリアンの店に行ったりではなくて、人がほとんど来ないような農学部棟の端のベンチでこうしてそれぞれの昼ごはんを食べるだけなのだが。
「ねぇ、二週間後の金曜の夕方って暇?」
「忙しい」
「どうせ論文読んだり、でしょ?」
「髪を切りに行く、付いてくるなよ」
「土日でいいじゃない」
「…」
雪ノ下は悪魔のように笑うと、スマホを操作し始める。
程なく俺のスマホが通知を表示した。
誰もが使っているカレンダーアプリの2週間後の金曜日に予定が追加されていた。
【デートwiith陽乃】
「おい、この悪魔、どうして俺のカレンダーの予定を変更できる」
「ふふー、さて、どうしてでしょう」
「もういいや…、で、どこ行くんだ」
「あれ?付き合ってくれるんだ」
「飯は奢らないぞ」
「男らしさがないなぁ…、まぁいいや、ちょっと会ってほしい子たちがいてね」
「子供?」
「うーん、大人になりきれない子供?」
「よく分からないな」
「まぁ、先生を目指す若葉ちゃんには悪い経験にはならないはずだよ」
命までは取られないだろう、どうせ断ってもなんども誘ってくるはずだし。
☆
「ねぇ、若葉ちゃんって一人暮らしだよね」
いつものようにキャンパスの隅で一人昼食を食べていると、雪ノ下がやってきた。
こいつ、実は友達いないんじゃないか?人のこと言えないけど。
「いきなり何だよ」
「楽しいかなぁって」
この女は確か実家暮らしだったか。
「脛をかじれる親がいるならかじっておけ、一人で食う飯は大してうまくないぞ」
「えー、でも、私がいるじゃない」
「お前はいらない」
朝昼晩雪ノ下と一緒に飯を食べてたら俺の精神がもたない。一人で食べる飯は好きでもないが、もともと一人でいるのは好きなのに。
「私も一人暮らししようかなー」
「おい、俺の話聞いてた?」
「一緒にご飯食べようよ」
「食べてるから、今」
「私の作るご飯美味しいよ?」
「魅力的だけど、疲れるからヤダ」
「うー、冷たいなぁ…」
最初から期待してなかったのか、この日の雪ノ下は、これ以上話題を続けなかった。
☆
【from はるの】明日12時西門前ね
お弁当いらないよ
見なかったことにしようか。
スマホの通知画面を見ていると、俺の着信履歴を埋める記録保持者から電話がかかってきた。
「…はい」
「私メリーさん、今、あな」
「そういうのいいんで」
ガチャ。
よし、寝よう。
「で、ちゃんと来てくれるところ好き」
翌日、死んだ目で西門前に行くと、魔王、じゃなかった、雪ノ下陽乃が本を読みながら立っていた。
今日の格好は白のロングスカートに紺のカーディガン。伊達眼鏡なんかかけてどこぞのファッション清楚文学系お嬢様みたいだ、決まりすぎてムカつく。
「どこ行くんだよ、天気も怪しいぞ」
今日は昼過ぎから雨の予報だ。
いくら午後の講義がないので慌てる必要がないとはいえ、雨の日は出歩きたくない。
「隣駅に、新しいカフェができて、カップルだと安くなるんだって!」
「へぇ」
カップルでも何でもない俺と雪ノ下には関係ないな。
「コーヒーもすごく美味しいらしいよ!」
「へぇ」
量もないのに高いんだろうな、どうせ。
コーヒー豆の違いとか正直よくわからんし。
「行くの」
「誰が」
「私たち」
手首を掴む力が強いんですけど、確かこの女、合気道か何かやってたって言ってたよな。
「隣町って、若葉ちゃんの家も近いからいいじゃない」
「何で知ってる」
「私だから」
「はぁ…、割り勘だぞ…」
「おいしー」
食後のデザートを上品に頬張りながら、幸せそうな顔の雪ノ下。こうしてみれば美人だし年相応に可愛いんだけどな…なんて思ってはいけない。
「そうだな」
確かに美味しいチーズケーキを上品さのかけらもなく食べながら相槌を打つ。
「このあとなんだけど」
「まだ何かあんの?」
「行きたいとこがあってさ」
そういうとトートバッグからカタログを取り出す。そこには最近リニューアルしたらしい水族館に付箋が貼ってあった。
「ちょっと遠いんだけど、だめ?」
雪ノ下陽乃はたまに遠くに行きたがる。
その理由を深くは知りたくもないのだが、どうやら本当にお嬢様らしい彼女にも色々と思うことがあるのだろう。
『困ってる人には、優しくしてあげて』
(…分かってるよ)
「車!流石の私もこれにはビックリだよ」
10分後、雪ノ下を店で待たせて家から車を取って来た俺を見て、雪ノ下は心底驚いたようだった。
「言ってなかったか?」
「そこまでは知らなかった」
俺の車は小さな赤い軽自動車で、地味な俺にはとてつもなく不似合いなものだ。
「まぁ、乗れ。安全運転くらいは保証する」