空っぽ勇者と魔王   作:しゃらく

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魔王との日常③


3. 魔王と放課後とカツカレー

「コピー終わりました」

教育棟の研究室で講義に使うための資料を人数分コピーし終え、隣接する教授の部屋へと持って言った。

講義が一般教養科目のため、100部を超える資料を運ぶのは結構骨が折れる。

「お疲れ様」

大学2年生にも関わらず、ゼミ生としてこの研究室に出入りしているのは、とある事情から教授と繋がりがあったからだ。

「PDFにしませんか?講義資料」

「それでもいいのだけどね。やっぱり紙をめくって調べたり、そこに書き込んだりする経験は重要だと思うの」

「そういうもんですか」

「ちゃんと目で見て、耳で聞いて、口で話して、手で調べる。今の人は面倒臭がるけど、きっとそういう体験の方が、人間は成長するんじゃないかしらね」

もとより最短の作業で成果を出したがる俺とは真逆の考えで、だからこそ俺はここにいるのだが。

 

「そうだ、この間来ていた雪ノ下さんだっけ?今日は来ないの?」

「来たら迷惑ではありませんか?」

先日、ゼミの終わりを見計らったように雪ノ下が研究室に来た。

お手製だというクッキーなんかを持ってきて、若葉ちゃんがお世話になっています、なんて言うもんだから、ちょっとした騒ぎに。

「まさか、とってもいい子だと思うけど?美人だし。佐倉君も隅に置けないわね」

「そういう関係じゃないことは先生なら分かるでしょうに…」

「まぁそうだけどね、いいと思うわよ、私は」

そう言って教授は部屋の隅に目をやった。

 

 

「若葉ちゃん帰ろー」

ゼミが終わって、缶コーヒーを片手に西門を出ようとすると、雪ノ下が待っていた。

「帰る方向別だろ…」

「いいじゃない、駅まで」

「はぁ…」

最近はもうこの女の扱い?にも慣れてきて、大して迷惑じゃなさそうなら希望通りにしている。

俺はどうかしてしまったのかもしれない。

「なんかおじさんくさい」

「何が」

「その缶コーヒーと猫背とため息」

「仕方ないだろ、疲れた」

「華の大学生が疲れたとか言わない」

「お前は疲れなさそうだよな」

「私だって色々疲れてるよ」

雪ノ下は自虐気味に笑う。その顔はちょっとした違和感があった。

「まぁ、あれだけ人と関わってればな…俺だったら1日持たずに逃亡する自信ある」

「若葉ちゃんは関わらなさすぎ」

確かに、夏休み中に雪ノ下に出会わなければ、こんなに人と話すことはなかっただろう。

出会えてよかったと素直に言いたくはないが。

「若葉ちゃんは今日の夕飯決まってる?」

「カレー」

今日から3日間はカレー三昧の予定だ。

飽きないためにも、毎日少しずつ具材とスパイスを投入していくのがコツだ。

「食べたいー」

「嫌だ」

上流階級の雪ノ下の口に、様々工夫しているとはいえ、あくまで庶民の域を出ない俺のカレーが合うとは思えない。そもそも家に入れたくない。

 

「ケチ」

「貧乏学生だからな」

「一口だけ」

「やだ」

「カツ買ってあげるから、ほら二人でカツカレー食べようよ!」

非常に魅力的かつ卑怯な手を使ってくる。

「無言はオーケーと取るよ」

「今度な」

「食べさせてくれないと、今度は指輪して研究室行くから」

「シャレにならないからやめてくれ」

どうせさりげなく見せびらかしながら、時折さすったりするんだろ。

「分かったよ…、すぐ帰れよ」

カツと社会的な評判に負けた。俺は日本人だから、世間様は重要だよな。

 

 

ということで、半ば脅迫に近い形で、魔王の襲来を許してしまった。

「なんか一人暮らしにしては広くない?」

「まぁな…」

大学から一駅という立地でワンルームだが、広さは10畳ほどある。

前に借りていた奴から契約を引き継ぐ形で借り、大家とも知り合いだったため、家賃は少し安めになっている。

「というか、物少なすぎじゃない?」

「欲しいものがないんだよ」

俺の部屋には勉強用のデスクの上にノートパソコンが一つ、テレビはなく、少し大きめのソファーとベッドが置いてあり、本棚があるだけだ。

掃除機やら何やらはクローゼットにしまってあるため、殺風景この上ない。

 

部屋をチラチラ見ている雪ノ下、どうやら何かを探しているようだが、どうせロクなものじゃないだろう。

「エロ本ならないぞ」

「クローゼットの中とかは?」

「興味ない」

真顔で言うと、雪ノ下はうへぇ…と顔をしかめた。

「それはそれで不健全…私にも靡かないし、ひょっとしてホ…」

「違うからな」

まだ何か探したそうな雪ノ下の肩を掴んでソファーに座らせると、俺はキッチンに立った。

「実は眠いだろお前。寝てろ」

校門前で見た時から何となく勘付いていたが、普段より少し厚めのメイクでクマを隠しているらしいし、動きが微妙に遅い。

雪ノ下は驚いた顔をした後、遠慮もなくベッドに飛び込みやがった。

「おい」

「ねていいんでしょー?」

「もういいや、できたら呼ぶから」

「(どうして気づいちゃうかなぁ…)」

耳はいいから、聞こえてるからな。

 

 

☆Side 陽乃

どれくらい眠っていただろう。

普段とは違うベッド、違う香り…ダメだこれは変態っぽい。

普段なら昼寝なんて滅多にしないのに、彼といるとどうにも緩んでしまう自分がいる。

私に媚びてこないから?

ちょっと違う気もする、はっきりとは分からないけれど、彼といる時の私は雪ノ下陽乃とは違う誰かになったような感じ。

初めはからかうだけのオモチャだったのになぁ。

大人しそうな見た目と可愛らしい名前の割に口が悪いし、話すのが下手なわけでないのに人と話したがらないし、たまにすごく大人に見えると思ったら、ご飯で釣られるし。

家の力を使えば、彼の過去も知ることができるはずなのに、私は出会ってから一度もそれをしていない。

あくまで自分が見て、話した彼のことしか知らない。

佐倉若葉。あなたは一体誰なのかな。

 

「起きてんだろ」

わざとらしく寝返りを打つと、若葉ちゃんは目ざとくそれを見つけて声をかけてきた。

「ほんとよく分かるね」

こんなに私の所作に敏感な人はいない、もっとも彼の場合誰に対しても気づいているのかもしれないが。

「お前は分かりやすいんだよ」

そんな事を言われたのは初めてだ。

人前に出るときは完璧な雪ノ下陽乃になれる自信はあるし(強化外骨格なんて不名誉なアダ名をつけてきた男の子もいるが)、彼の前でも気は抜いているが、そこまでわざとらしく振舞ったことはない。

なぜだから面白くて、私は笑ってしまった。

「化粧もとらずにうつ伏せで寝やがって」

「私の香りで嬉しいでしょ?」

「はっ」

こら、ゴミを見るような目で見ない。私でも傷つくんだぞ。

「ひどいなぁ…」

「お前も二十歳超えるんだから寝るときは化粧落とさないと、お肌の曲がり角を曲がるぞ」

「失礼な心配!」

私は肌荒れとは無縁だ、ちゃんと手入れもしているし、この先も大丈夫……だよね。

「飯できたから、手洗ってこいよ」

 

いつのまにか床に置かれたテーブルには美味しそうなカツカレーが並んでいた。

 

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