2日に一回くらい書けたらいいなと思っています。
よろしくお願いします。
「さ、行こっか」
今週最後の講義が終わり、喧騒に包まれる教室。
あわよくばそのまま帰宅しようと、素早く筆記用具をカバンに入れた俺の腕を、雪ノ下が掴んだ。
「なんだっけ」
そっぽを向いてとぼけた俺に返事をせず、雪ノ下はそのまま廊下を進む。
「痛いっっての」
「私を置いて帰ろうとするから悪いの」
「片付けてただけだ」
「嘘つき。定期入れをポケットに入れたでしょ、若葉ちゃんは帰るときにしか定期入れをカバンから出さないし」
「ちょっと待て」
恐ろしい一言に、思わず足を止める。
それは俺自身も気づいていなかった。
「お前どんだけ俺を観察してんの?怖いんだけど」
「私にかかればこれくらい余裕だよ」
「若葉ちゃんだってたまに私ですら気づかないことに気づくじゃん」
「そんなことあったか?」
「ほら、この間だって飴くれたじゃない、あのあと本当に喉が調子悪くなったし」
「そういやそうだっけか」
なんとなく声がいつもと違うな、くらいでしか思ってなかったんだが。
「よく考えたらいっつもお前に振り回されてるからなぁ」
雪ノ下はニヤリと笑った。
「不服?」
「遺憾の意を表明する」
「まだ足りないのかー、じゃあ今日からは帰ってからも積極的にラインしてあげよう」
「いらねぇから」
この女は俺の既読スルースキルを無効化するくらい、延々とスタンプを送りつけてきたりする。
朝起きたら通知が360件ほど着ていた恐怖を俺は忘れない。
その日も平気な顔をして昼飯時に現れた時は、本気で恐怖を覚えた。
なんでかって?
無視していた6時間、1分おきにスタンプが送られてきたからだよ。
何かのツールを使ったんだよな。うん。
☆
「付き合うとは言ったけど、どこ行くんだよ」
「んー、着いてからのお楽しみ」
「なんだそれ」
肝心の質問には答えず、他愛のない会話をしながら駅へと向かう。
今日もどこぞのセレクトショップで買ったのであろう大人っぽい服装の雪ノ下。同じ服を着ているのをほとんど見たことないな。
俺なんてだいたい白シャツにスキニーパンツの組み合わせだ。考える必要がなくて大概の場所なら浮かない。
「雪ノ下はどんなん服でも似合いそうだからいいよな」
「え?」
思わず口に出してしまった一言に、今度は雪ノ下が足を止める。
「なに、急に褒め出したりして。風邪でもひいた?」
お前今結構すごい顔してるからな。それは何をこらえて何を考えている表情なんだ。
「別に褒めてない」
「私にだって似合わない服装はあるよー」
「例えば?」
「ミニスカートとか、フリルの服とか」
「ああいうのは一部だけじゃないのか?」
フリルっていうとゴスロリチックなものを想像してしまう。
「多分想像してるようなレベルじゃなくても、似合わないんじゃないかな、例えばほら、あの子みたいな」
雪ノ下が指差す先には同じく大学帰りらしい女子、紺のワンピースの端々に少しフリルが付いている。
「多分、似合う似合わないの前にお前が耐えられないな」
フリルを着た雪ノ下陽乃。
「絶対着ないから」
「ふーん、楽しみにしてるわ」
「ぜっったいに、着ないからね」
そう言ってそっぽを向いてしまう雪ノ下。
耳が赤いのは隠せてないぞ。
数分後、電車に乗る頃にはいつもの調子に戻った雪ノ下。
雪ノ下陽乃という人物の根底はかなりの気分屋である。
それを隠し通せてしまうほどの仮面を被り続けられるから、彼女は完璧に見える。
だが本当のところはどうなのだろうと、たまに思う。
雪ノ下が仮面を被り続ける理由、そこにある程度の推測はつく。
表向きの、環境に適応するため、という部分も大きいだろうが、本当の部分で彼女自身でも気づいていないなら…。
「ちょっと聞いてる?」
「なに?」
「若葉ちゃんは兄弟とかいるの?って」
「いない、言ってなかったか」
「聞いていないよー、若葉ちゃん自分のこと全然話してくれないんだもん」
「話せるほどのことがない」
これは嘘ではなく、本当にある時点までの佐倉若葉の人生には、目標も、成功も、挫折も、情動もなく。
「普通かどうかは分からないけど、なんとなく生きてたからな」
「生きて"た"ね、何が君を変えちゃったのかな」
俺は変わったのだろうか。誰かの真似をしたいだけなのかも知れない。
だとすれば雪ノ下の仮面どころではなく、のっぺらぼうで空虚で無機質な人形が、綺麗な服を来たマネキンになっただけなのかも知れない。
本質的な部分で何も変わっていないとしたら。
「若葉ちゃんまた考え事してる」
「いつもこんな感じだろ」
「もうちょっと話を聞いてくれてると思うんだけど」
そう言って雪ノ下はわざとらしく泣き真似なんかをし始めた。
「で、どこへ向かうんだよ」
「ひどい、女の子を泣かせて謝ってもくれないの」
「行き先も知らせず電車に押し込む方もひどいと思うんだが」
このまま旅行に行く、とかはやめてくれよ。金もないんだから。
もしそれが今日でないとしても、いつか実行しそうだ。
「お金は私が出すから」とか言って。
雪ノ下の金で旅行になんて行った日には、あとが恐ろしい。
「大丈夫、もう着くから。今日行くのは私の母校」
「何しに」
「私の後輩がね、生徒会長をやってるんだけど、文化祭の企画がどうにもうまく行ってないみたいで、手伝ってあげようかなって」
「俺の必要性がないな」
「ふふ、若葉ちゃんがその状況をどう見て、どう解決に持って行くのか。あの子達にどんな影響を与えるのかがみたいんだよ」
「意味不明だ」
「すぐわかるって」
「あと、バンドやるから、ギター弾いてね」
やっぱり雪ノ下陽乃の考えることは、今日もわからない。