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ある金曜、酔いつぶれた魔王を背負って夜道を歩きながら、この魔王と出会った頃のことを思い出していた。
「雪ノ下さん、飲みすぎでは」
「まだまだ」
当時、海の見える民宿でバイトをしていた俺の元に、ひとりの女性がやってきた。
驚くほど整った顔立ちの彼女はなぜか一人で、荷物も少なかった。
一人旅ってやつだろうか。
一人が嫌いでない俺は多少の親近感を覚えたが、彼女は一人が好き、というタイプには見えず、想像通り、食後の晩酌に付き合わされていた。
この時のことを、雪ノ下はよく覚えていないだろう。
よく見ればスニーカーを脱いだ足はマメでも潰れたのか絆創膏が貼ってあるし、かなり疲れた様子で勢いよくビールなんかを飲むものだから、相当ろれつも怪しかった。
後から知ることだが、雪ノ下陽乃は酒に弱いわけではない。
ただたまに潰れたくなる時もあるらしい。
「佐倉さんには私がどう見えます?」
「どうとは?」
「そこそこかわいい?」
「世間一般からみたらそうではないかと」
俺は自分をかわいいなんて言ってしまう女子が大嫌いだが、その時の雪ノ下は媚びるような雰囲気がなかったことと、自分で言ってもおかしくないくらいに、彼女は美人だった。
「あなた個人の感想」
「それはタイプかどうかってことですか?」
「そうそう、佐倉さんみたいな人は私みたいなのが嫌いでしょ?」
「…」
「いつも笑ってさ、完璧に振舞って」
「大人なんじゃないですか?」
「本当はそう思ってないでしょ?」
「嫌いではないですよ、多分、少なくとも自分よりは」
「自分が嫌い…か、私もきっとそうなの」
「あなたみたいな人でもですか」
「私はきっと、誰かから見た私でしかない。私ひとりでいる時の私はひどく空っぽで、つまんない人間」
「自分で自分が面白い人なんてそんなにいませんよ」
「佐倉さんは?」
「僕はもっとひどいかもしれませんね。僕は、誰かから見た自分ですらなく、人の夢で作った服を着ているだけの人形みたいなものですから」
「その夢は誰のものなの?」
「手の届かないところにある人です」
「どんな人?」
「長くなりますよ」
「いいの、時間はいっぱいあるし、お金もかからないもの」
この時のことを、きっと雪ノ下陽乃は覚えていない。
「誰かに話したのは初めてだったかもなぁ」
「…なんの話?」
「起きてたのかよ、自分で歩けよ」
「やだ、寒い」
「あのなぁ…」
「役得でしょ?」
「もう慣れたよ…」
「えっち」
「はいはい」
いつのまにか雪が舞い始めて来た。
雪ノ下陽乃、相反するイメージの名前を持つ彼女。
まさにぴったりだと思う、人前の彼女と、今のような彼女、どっちが陽の光か最近ようやくわかって来た。
夜道は続く。背中に当たる感触からは気を散らしつつ、軽い身体を背負って俺は家路を急いだ。