ドロホフ君とゆかいな仲間たち   作:ピューリタン

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モリーおばさんって強すぎる


一年目 ゆかいな仲間たち
ホグワーツ特急


 九と四分の三番線。9月1日のキングスクロス駅のプラットホームはホグワーツへ向かう生徒達とその見送りの家族でごった返していた。

 夏休みの間会えなかった友人との再会を喜ぶ声、家族との一年間の別れを惜しむ声、たくさんの声がマントやローブと一緒に行き交っている。

 そんな中、一人の少年はホグワーツ特急へ乗り込んだものの、コンパートメントに入ることもなく、人のいないコンパートメントを探して列車の奥へ、奥へと進んでいた。

 やっと最後尾に人が座っていない場所を見つけて、トランクと腰を下ろした。

 傍にあった窓からプラットホームを見れば、少年が人がいない場所を探している間に発車の時間が迫ったのか人がまばらになり始めていた。

 汽笛が鳴り、ホグワーツ特急の発車の時間が迫るが窓からはまだ別れを惜しむ家族の声が聞える。

 

 赤毛の女性と黒髪の女の子の声だ。恐らく、女の子は少年と同じホグワーツの新入生なのだろう。赤毛の女性がホグワーツで何を注意するべきか口やかましく述べている。

 

「エスト……、お行儀よくするんですよ、授業中に寝たり、目上の人や先生を呼び捨てでよんだりしてはダメよ」

「ん~眠かったら寝ちゃうかも」

「バカなことを言わないで、もし、何か困ったことがあったら隠れ穴にふくろう便を送るか、ビルに相談すればいいわ」

「おばさん、大丈夫だって思うな。教科書の呪文とかもビルよりうまく使えるようになったし」

「いい? いくら呪文がうまくできても、規則を破ったり先生に逆らったりしてはダメなのよ?」

 

 もう一度、ホグワーツ特急の汽笛がプラットホームに響く。

 

「ほら急いで! クリスマスには隠れ穴にいらっしゃいな」

「ん~、分かった。じゃあね~ モリーおばさん!」

 

 ホグワーツの特急が発車する。

 モリーと呼ばれた赤毛の女性はホグワーツ特急に向かって手を振っている。

 その様子を汽車がカーブを曲がって見えなくなるまで、少年は窓から見ていた。

 

 

 コンパートメントには少年以外誰もいない。

 ホグワーツ特急が発車したことから、これ以上コンパートメントに誰かが入ってくることもないと思い、少年は少し息をついた。

 これでホグワーツに着くまでは一人でいられると思ったのだ。

 家々の屋根が窓の外を飛ぶように過ぎていった。少年が窓の外に目を移している間にコンパートメントの戸が開いた。

 

「ね? ここあいてるよね?」

 

 女の子がトランクを引きずりながら入ってきて少年の向こう側の座席を指した。

 

「他のコンパートメントはもういっぱいなの」

 

 その少女がさっき最後まで家族と言葉を交わしていた少女だと少年は気づいた。

 黒い髪と赤い目が特徴的な女の子だった。

 女の子は少年が頷くのを見るとトランクをなんとか引きずり込み、椅子の上に寝転がった。

 

「新入生だよね? エストも新入生なんだよ?」

「ああ、確かに俺は新入生だけど」

 

 エストと自分を呼んだ女の子は少年の方を見て顎を傾ける。

 少年の顔を見て何かを思い出すような仕草だ、そして何か期待しているようにも少年には思えた。

 

「ね? 君の名前を当ててもいい?」

 

 少年の方を見てニコッと笑った女の子に少年は思わず身構えた。

 少年は自分の名前が持つ意味を知っているからだ。

 

「ドロホフの家の人でしょ?」

 

 やっぱり当てられた。しかし少年はドロホフの家の人間だと予想したのに、少女の態度が柔らかいことが違和感だった。

 ドロホフなんて名前は今の魔法界では殺人鬼とか虐殺者とか闇の魔法使いとかそういったものとすぐに結びつけることができる名前だからだ。

 

「確かに俺の苗字はドロホフだけどなんでわかるんだ?」

 

 少年の声は意識していないのに少しだけ低くなっていた。

 確かに少年の父親の顔写真は例のあの人が倒れる前も、倒れた後もよく日刊預言者新聞に載っていた。

 しかし、だからと言って少年の顔だけ見てもドロホフの家の者だと簡単に看破できるものだろうか?

 

「だって君のお父さん? おじさん? の写真は新聞とかでよく見るし、エストは顔を見たこともあるもん」

 

 少年は息を呑んだ。

 確かに少年の父、アントニン・ドロホフの名前と写真はこの数年間、日刊預言者新聞をにぎわしていた。

 例のあの人が倒れるまでは悲惨で残虐な事件の首謀者や実行犯として、倒れた後は裁判の内容や、やった事柄の詳細について顔写真付きで載っていたのだ。

 ベラトリックス・レストレンジや魔法省の重鎮の息子、バーティ・クラウチ・ジュニアなんかと一緒くらいの掲載率だっただろう。

 しかし、アントニン・ドロホフと顔を合わせたことがあるというのは、死喰い人の子供かそれとも、敵対組織の子供でもないとおかしいと思ったのだ。

 

「それで? なんなんだ? 俺の苗字がドロホフだったらお前に不都合でもあるのか?」

 

 そう、少年が誰もいないコンパートメントを選んだのはこういった話をしたくなかったからだ。

 そもそも少年には悪名高い死喰い人の子供とホグワーツへの道程を一緒にいたいなんてやつがいるとは思えなかった。

 

「別に? 似てたから聞いただけだよ? 新入生だよね? 名前も教えてくれる?」

 

 変な女の子だと少年は思った。ドロホフという苗字を聞いた後も名前を聞いてくるなんて。

 傍にいるだけで他の奴らから嫌われそうな名前なのにだ。

 

「そうだ、俺はアントニン・ドロホフの息子、オスカー・ドロホフだ」

 

 オスカーはじっと目の前の女の子を見つめた。女の子はオスカーの顔をじっとみるだけで特に名乗りに対して反応していなかった。

 オスカーがアントニン・ドロホフの縁戚どころか実の息子だと聞いてもだ。

 

「じゃあ、新入生同士これからよろしくね?」

「俺は名乗ったのにお前は名乗らないのか?」

 

 アントニン・ドロホフの息子だと聞いても女の子がリアクションをおこさないのにはびっくりしていた。

 しかし、それ以上にオスカーとしては割と勇気を出して名前を名乗ったのに、女の子の方が名乗らないのが気に入らなかった。

 

「ん~、エストが名乗ってもオスカーは態度を変えたりしない?」

 

 オスカーにはドロホフの息子より名乗りにくい名前があるとは考えられなかった。

 例のあの人の娘とか、グリンデルバルドの娘とかなら話は変わってくるとは思った。

 

「俺の名前より悪名高い苗字なんてそうそうないだろ? ましてやお前の苗字がそうとは思えないんだが」

 

 女の子はちょっと目を瞑って決意を固めているような神妙な表情をした。

 

「じゃあ、名乗るね? エストは、エストレヤ・プルウェット。ギデオン・プルウェットの娘で、フェービアン・プルウェットの姪だよ? あと、お前じゃなくてちゃんとエストって呼んでね?」

 

 正直、オスカーは目の前が真っ暗になった。

 多分、オスカーが一番会いにくい人物こそ、目の前のエストレヤ・プルウェットだった。

 父のアントニン・ドロホフが行った凶行の内、最も悪名高い事件の一つ。

 純血の旧家で聖28族かなんかにも選ばれているプルウェット家。いわゆる血を裏切るものであるウィーズリー家と婚姻し、例のあの人に表立って逆らっていた家の一つ。

 そのプルウェット兄弟、エストレヤ・プルウェットの父であるギデオン。叔父であるフェービアンを大量の死喰い人を連れて襲撃し、殺害した人物。

 それこそがオスカーの父、アントニン・ドロホフである。

 文字通り、エストにとってオスカーは身内の仇の息子である。

 

 しかし、少しの空白の後、エストは話を切り出した。

 

「ね? オスカーはどの寮に選ばれると思う?」

 

 オスカーはまた驚いた。

 エストは目の前の少年が親の仇である人物の息子だと分かっても、話を続けようというのだ。

 しかも名前で呼んでくるのだ。

 

「そんなもん、決まってるだろ。ドラゴンの子はドラゴン。吸魂鬼の子も吸魂鬼。俺はスリザリンだろ」

 

 寮なんてものはほとんど血統で決まる。オスカーは自分がスリザリンに選ばれるであろうことを一ミリも疑っていなかった。

 

「そうなの? エストの家系はスリザリンもグリフィンドールも色々だったって聞いたんだけどな」

 

 エストは机に首をのせながら、首を傾ける。

 オスカーは自分達の出自を聞いた後に、自分の血統について語らせる目の前の少女の神経がわからなかった。

 

「あっ‼ でも、モリーおばさんが結婚したウィーズリー家はグリフィンドールばっかりって聞いたかも」

 

 得心したと言わんばかりの顔になるエスト。

 

「そりゃあウィーズリー家って言ったら、うちの家とは真逆の感じだからな」

 

 ウィーズリー家と言えばダンブルドア傘下の地下組織に表立って加わっていた家でもあり、グリフィンドールばかりなのは当たり前だとオスカーは思う。

 

「え~、でもオスカーはチャーリーとかビルと仲良くなれそうだと思うんだけど」

 

 そもそも、チャーリーやらビルとかいうのはだれなのか。

 話の流れからしてウィーズリー家なのは確かなのだから、どうせ赤毛なんだろうなとオスカーは思い浮かべた。

 ウィーズリー家は赤毛と相場が決まっている。

 

「他のコンパートメントに行った方がいいんじゃないのか?」

「えっ? なんで?」

 

 オスカーが聞くと、エストは本当に何を言っているのか分からないという顔をした。

 

「だって、俺の親父はお前の家族を殺しているんだぞ? 普通に考えて一緒に喋るのはおかしくないのか」

 

 エストは少し悲しそうな顔をした。

 

「オスカーはオスカーのお父さんじゃないでしょ? エストもお父さんじゃないし、叔父さんでもないよ?」

 

 オスカーには目の前のエストが本当にそう考えているように見えた。

 

「お前はそうかもしれないけど、周りはそう見ないだろう? だいたい仇の息子じゃなくても、殺人鬼の息子と喋りたいやつなんていないだろう?」

 

 そうオスカーが言うとエストは笑う。

 

「オスカーは優しいんだね、だってエストのこと心配してくれてるんでしょ? あと『お前』じゃなくて、エストだから」

 

 オスカーにはやっぱりエストのことが理解できなかった。

 

「それになんか運命みたいじゃない?」

「運命?」

 

 運命? これから殺し合う運命くらいしかオスカーには想像できなかった。

 

「だって、二人共同い年だし、偶然同じコンパートメントになったし、親にも因縁があるんだよ? こんなに偶然が重なるのかな?」

 

 確かに、まるで仕組まれたような出会いだとは思う。図ったように同い年で、図ったように同じコンパートメントに乗ることになった。

 確かに、目の前のエストとは何か変な繋がりがあるのかもしれないとオスカーは思った。

 

「車内販売よ? 見つめ合っている仲の良いお二人には申し訳ないけれど、何か要りませんか?」

 

 二人は慌てて目をそらした。

 

「エストもうおなかペコペコなの、大鍋ケーキとカエルチョコと百味ビーンズください!!」

「はい、ありがとうね。そっちの男の子はなにか要りますか?」

「いや、サンドイッチがあるので」

「そう、じゃあこれで失礼します」

 

 車内販売のおばさんは二人に大きなウインクをして去っていった。

 

「オスカーのサンドイッチは誰かに作ってもらったの?」

「ああ、うちには誰もいないけど屋敷しもべはいるからな」

「へー、おいしそうだねサンドイッチ、ちょっともらっていい?」

「ああ勝手に食べてもいいぞ」

 

 オスカーはそう言えば、屋敷しもべ妖精や見張りの闇祓い以外の人物とごはんを食べるのは久しぶりだと思った。

 

「モリーおばさんのサンドイッチよりおいしいかも、屋敷しもべ妖精って料理上手いんだね」

 

 サンドイッチを食べたエストは、なぜか他のものを放って百味ビーンズを取り出した。

 

「百味ビーンズっておもしろいよね? いくら食べても全然飽きないもん」

 

 そう言って、なにやらやばそうな色のビーンズを取り出し始めた。

 紫、ショッキングピンク、茶色、黒…… オスカーは嫌な予感しかしなかった。

 

「この肌色っぽいやつから行こうかな? オスカーも食べる?」

 

 オスカーは無言で首を振った。

 

「うえええ、これ、多分シュールストレミング味なの…… 口の中の匂いがとれない……」

 

 オスカーはエストの口にスコージファイを唱えた。

 




※ゲラート・グリンデルバルド
20世紀初頭において最も有名な闇の魔法使い。アルバス・ダンブルドアとの伝説的な決闘で知られる。

※アントニン・ドロホフ
最古参の死喰い人の一人、元作中ではプルウェット一家、リーマス・ルーピンを殺害している。

※ギデオン・プルウェット、フェービアン・プルウェット
不死鳥の騎士団創立メンバー、モリー・ウィーズリーの兄弟。アントニン・ドロホフら五人の死喰い人に殺害される。ハリーはフェービアン・プルウェットの時計を成人の祝いとして貰っている。


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