屋敷しもべ
「オスカー坊ちゃま。お友達はお昼前にいらっしゃるのでしたね?」
ドロホフ邸はいつもに増してピカピカに磨けあげられていた。オスカーの目の前にいる屋敷しもべ妖精のペンスはエスト達がオスカーを迎えに来ると聞いて、気炎を上げておもてなしをしようとしていたのだった。
「ああ、チャーリーのお父さんの時間に合わせてお昼前に暖炉飛行でくるって言ってた」
「いらっしゃるのは五人で間違いありませんね?」
「多分そうだ、エスト達四人とチャーリーのお父さんで五人だってふくろう便が来たから」
こうやってペンスが来客の人数をオスカーに確認するのは今日で八度目だった。ドロホフ邸の応接間にはすでにキングズリーとオスカーの分を合わして七人分の椅子と、皿やゴブレットが並んでいる。
「ああ、オスカーお坊ちゃまのお友達をおもてなしできるとは、このペンス、喜びに心が打ち震えています」
そうってペンスはオスカーの前で震えている。
オスカーはため息をついた。ペンスは小さいころからオスカーの面倒を見てくれているが、オスカーの為に何かするたびにこうして一生分の感謝とか言って、震えだすのだ。
「そろそろ、アーサー・ウィーズリーが言っていた時間になる」
キングズリーが暖炉を見ながらそう言った瞬間、応接間の暖炉がエメラルド色の炎に変わり、グルグルと高速で回転する人影が現れ始めた。
最初に部屋の中に姿を現したのは少し禿げ上がった赤毛の魔法使い、チャーリーの父親であるアーサー・ウィーズリーだ。
「ああ、オスカー君始めまして、チャーリーの父親のアーサー・ウィーズリーだ。キングズリーは久しぶりかな?」
そう言って、アーサー・ウィーズリーはオスカーとキングズリーに挨拶をしたが、すでに暖炉は後続の訪問者を吐き出し始めていた。
「やっぱり死喰い人の家って豪華なんですね」
「なにこれ? 凄い広い家じゃない? オスカーこんなとこに住んでるの?」
「隠れ穴の何倍もありそうなの」
「間違いなく数倍はあるんじゃないかな、というかこの部屋だけで僕の家より広いかも」
エスト達の話声を聞いてウィーズリー氏は少し顔を赤くした。
「なかなかいい家だね、オスカー君」
「いえ、ドロホフの家にはもう僕と屋敷しもべ妖精だけですから、使わない部屋しかないですよ」
オスカーにとってはこの家にはいい思い出なんてなかったので、本当にただ広いだけの家だった。
「お客様は皆さまお揃いでしょうか? ささやかながら、昼食を用意いたしましたので、召し上がっていただくことはできますでしょうか?」
そう言って、ペンスはウィーズリー氏たちに完璧なお辞儀をした。
「オスカーがクリスマスプレゼントを貰ってた屋敷しもべ妖精ってこの子?」
「ああ、ペンスって言うんだ。まあおもてなししないとペンスは死にかねないから、食べていって貰えると助かる」
そう言って、オスカーは席についた。なんだかんだオスカーはペンスが楽しみにしていたおもてなしくらいはさせてやりたかった。
ホグワーツにいる間はこの家にはペンス以外に誰もいないのだから、少しくらいペンスに楽しみを与えてあげてもいいと思ったのだ。
「じゃあエストも食べてくの、ペンスさん? よろしくね?」
「このペンス、オスカーお坊ちゃまのご学友であらせられるエストお嬢様からそのようなお言葉を頂けるとは、感極まる思いです」
そう言ってペンスは床に着くか付かないくらいの深いお辞儀をした。
「流石、死喰い人の家の屋敷しもべですね、私が見たことのある屋敷しもべ妖精の中で一番奴隷根性が染みついてるみたいです」
「とか言ってクラーナは一番最初に席に座ってるじゃない」
「ふん、あほのトンクスに教えてあげましょう。屋敷しもべはこういうのをやりたくて仕方ない生き物なんですから、とっとと私たちは座って食べるのが屋敷しもべの為になるんですよ」
「ぜったい食い意地がはってるだけでしょ」
この二人は相も変わらず喧嘩を始めようとしている。
「ほんっとにオスカーの家って広いね、ちょっとこの家の後だと隠れ穴に招待するのが恥ずかしくなりそうだな」
「人がいない家より、人がたくさんいる家の方がいいだろ」
オスカーはいつも寂しいドロホフ家よりも、ウィーズリー家の兄弟が沢山いて、両親がいるにぎやかな家のほうがよっぽど楽しいだろうと思った。
「ではささやかながらですが、昼食をお楽しみください」
ペンスがそう言って、指をパチッと鳴らすとホグワーツの大広間のように、空の皿の上に突然食事が現れた。
明らかにいつもの昼食ではでないようなメニューと量だったので、オスカーとキングズリーにはペンスが本当に力を入れて料理を作ったことが分かった。
「屋敷しもべ妖精って凄いんだね、一人? 一匹? いればモリーおばさんの仕事がなくなっちゃいそうなの」
「屋敷しもべ妖精は人の世話をするために生きるらしいからね、ママは家事の為に生きてるわけじゃないからやっぱり敵わないんじゃないかな」
オスカーの眼から見てもペンスは生き生きと動いていた。テーブルの向こう側では、クラーナとトンクスがどっちがたくさん食べるかの勝負をしているのをその大きな目で見ながら、皿が開いた瞬間に新しい食事を指をパチッと鳴らして召喚していた。
クラーナとトンクスはいくら食べても次の食事が出てくることに戦慄し、どっちが先に根をあげるのかチキンレースをしているようだ。
キングズリーとウィーズリー氏はなにやら話し込んでいた。
「アーサー、以前問題になったマグル製品への不正魔法使用の…… マンダンガス・フレッチャーが沢山持っていたあれはなんだったかな?」
「ああ、補聴器のことだろう。本来は耳が聞こえにくいマグルの為のものらしいのだが、呪文がかけられていて、文字通りに本物の耳が沢山体中に生えてくるという代物だった」
「ああ、そのせいで先週のロンドンのとある通りが耳を体中から生やした人間だらけになってたのか」
「あれのせいで四日も魔法省に缶詰めになってしまった。マンダンガス・フレッチャーめ」
しかし、『魔法省』という言葉がウィーズリー氏から発された瞬間。キングズリーとオスカーはしまったという顔でお互いを見合わした。
「魔法省!! 人の皮を被った獣がまたオスカーお坊ちゃまに何をしようというのですか!!」
パチッという音がして、ペンスが先ほどの礼儀と気品のある優し気な表情ではなく、眼を見開いて憤怒を露わにしながらキングズリーとウィーズリー氏の間の机の上に立ち、ウィーズリー氏を睨みつけていた。
「これ以上オスカーお坊ちゃまになにをしようというのですか!! 闇祓いに加えて、あんなおぞましいモノを玄関に置かせておいて何が足りないと言うのですか!!」
ペンスは自分が朝早くから準備した食事を踏みつけるのも構わず、ウィーズリーの眼の前に迫っていた。ペンスの眼は怒りで見開かれていたが、少しだけ涙が浮かんでいた。
「お前たちがオスカーお坊ちゃまに何をしたのか知らないとは言わせません!! 心優しいオスカーお坊ちゃまの心と記憶を踏みにじった!! その上、学校にも行かせずに犯罪者と同じ見張りをつけて幽閉しようとした!! 小さく心優しいオスカーお坊ちゃまが武器を持つお前たちに何ができると言うのですか!! 恥を知れ!!」
そう言って、ペンスは指をウィーズリー氏に突きつける。
「ペンス‼ やめろ‼ テーブルから降りるんだ‼」
オスカーは慌てて、ウィーズリー氏の方へ向かいながら命令した。ペンスは傍にあった皿で自分を叩いて罰しながらも、ウィーズリー氏に向かって行こうとしていた。
「恥を知れ!! この家から出ていけ‼ お坊ちゃまには指一本触れさせないぞ‼‼」
「アーサー‼ 他のみんなを連れて暖炉飛行で戻るんだ‼」
キングズリーが素手でペンスを取り押さえようとしているが、ペンスは無茶苦茶に自分を叩きながらウィーズリー氏の方へ向かっている。
「お前たちと闇の帝王と何が違うというのか‼ お前たちがやったことを忘れないぞ‼」
「ペンス! 黙れ‼」
ウィーズリー氏が暖炉に煙突飛行粉を慌てて投げて、炎がエメラルド色に変わる。ウィーズリー氏は子供達を先に行かせようとして暖炉の前で待っているが、喋ることを禁止されたペンスは眼だけでも十分に分かる怒りを発しながら、そのウィーズリー氏の方へ向かって行こうとしていた。
「アーサー、君が先に行くんだ!」
「すまない、キングズリー。隠れ穴‼‼」
エメラルド色の炎の中へウィーズリー氏が回転しながら消えていく。
「君たちも早く!」
キングズリーが他の四人を急かす。四人は心配そうにペンスを押さえつけるキングズリーとオスカーに視線を送りながら暖炉の中へと消えていった。
ペンスは全員がいなくなって随分たっても怒りに体を震わしていた。
「オスカー、すまない、せっかくの昼食を台無しにしてしまったようだ」
「いえ、ウィーズリー氏に先に忠告しておくべきでした」
キングズリーはオスカーにすまなさそうな顔をした後、ペンスの方を見てさらに憐れむような顔をした。
「ペンス、喋っていいぞ」
「申し訳ございません、お坊ちゃまの学友の皆さまとそのご家族にご迷惑をかけ、昼食を台無しにしてしまいました」
ペンスはそう言って傍にあった燭台で自分を突き刺そうとした。
「ペンス、自分の体を傷つけるのを禁じる」
ペンスはそう命令されると、ぷるぷると体を震わせながらカーペットに崩れ落ちた。
「お坊ちゃまのご学友との時間を台無しにして、お坊ちゃまの命令を守れなかったペンスめにドロホフ家のしもべの資格はありません。どうか洋服をお与え下さい」
ペンスは涙を流しながらオスカーに解雇しろと願った。
「ダメだ。お前がいなくなったら誰がこの家を守るんだ? だいたいお前がいなくなったら俺は本当に一人になってしまう」
そうオスカーは言った瞬間、ペンスはこれ以上無いくらい大声で泣き始めた。
「申し訳ありません。申し訳ありません。ペンスめは心優しいオスカー坊ちゃまにふさわしい屋敷しもべではありません。」
そう言って、泣き崩れペンスが落ち着くまでオスカーとキングズリーは待っていた。
「申し訳ありませんでした。オスカーお坊ちゃま。今すぐにでも出発なさいますか? すぐにトランクを用意いたしますが」
ペンスは泣きはらした赤い目をしていたが、完璧なお辞儀をオスカーにして見せた。
「キングズリー、いつでてもいいんですか?」
「ああ、アーサーがついてからいつ出発しても大丈夫なような許可を貰ってある」
「ペンス、トランクを頼む」
「承知いたしました」
パチッと音がするとホグワーツ指定のトランクがオスカーの前に現れる。
「オスカーお坊ちゃま、クリスマスはどうなさいますか?」
「うーん、まあエスト達と話して考えておく」
「承知しました。もし何かございましたらいつでもご連絡ください」
ペンスはいつもの礼儀と品性を取り戻していた。オスカーはこのペンスが苦手だったが、同時に好きでもあった。
「じゃあ行ってくるよ、ペンス」
「行ってらっしゃいませ、オスカーお坊ちゃま」
そう言ってお辞儀をするペンスを後に、オスカーはエメラルド色の炎の中に入っていった。
オスカーとキングズリーがエメラルド色の炎の中を回転して出た先は、静かで寂しいドロホフ邸とは全く違う、モノが溢れて、狭くて、人が一杯いる空間だった。
「オスカー、大丈夫だったのかな? 申し訳ない、私のせいで屋敷しもべ妖精の逆鱗に触れてしまったようだ」
「いや、アーサー、事前に注意しなかった私の注意不足だった」
ウィーズリー氏は本当に申し訳なさそうだった。
「ペンスは大丈夫だったの?」
「ああ、まあ魔法省の人がくるとあんな感じなんだよ、チャーリーのパパには申し訳ない」
「まあパパなら大丈夫だよ、ママも怒ったらあのくらい怖いしね」
「確かにモリーおばさんは怖いの」
オスカーには優しそうなチャーリーの母親があんな怒りを見せることがあるとは信じがたかった。
「随分と屋敷しもべに愛されてるみたいでしたね、オスカーお坊ちゃま?」
「クラーナはペンスにビビってたんだけどね」
「トンクスだってビビって糖蜜パイを顔面にぶちまけてたじゃないですか」
「お前ら食べ物で遊ぶのはやめろよ」
「やっぱりオスカーお坊ちゃまは私たちの競争に気付いてたんですね」
「オスカーお坊ちゃま、分かってたんなら止めてくれればよかったのに、私たち食べすぎで爆発しそうだったのよ」
「分かった。分かった。もうオスカーお坊ちゃまでいいよ」
いじられるネタがあるときにこの二人に近づくのは賢明ではないとオスカーは思った。
「そうです、おとなしくオスカーお坊ちゃまは私たちにいじられていればいいんですよ」
「クラーナはさっきの席でオスカーの隣に座れなかったから拗ねてるのよ、オスカーお坊ちゃま」
「こいつあほ変化がなくてもむかつきますね、そう思いませんか? オスカーお坊ちゃま」
だがオスカーにはペンスの豹変なんかに突っ込んでこない四人の心使いがありがたかった。この二人もオスカーを元気付けようとこんなお坊ちゃま、お坊ちゃま言ってるんだと思うとまだ耐えられる気がした。
「じゃあチャーリーの部屋にトランクを運んじゃおうよ、オスカーお坊ちゃま?」
「ああ、エスト、僕がオスカーお坊ちゃまのトランクを持つよ」
オスカーはこの夏休み中、お坊ちゃま呼ばわりされるのは耐えられないと思った。