楽しい夏休みは凄い速度で過ぎてしまった。オスカーはエストやみんなと過ごすホグワーツが楽しみで仕方なかったが、『隠れ穴』での一か月はそれに匹敵するくらいの時間だった。
ウィーズリー兄弟と他の四人は良く、家の傍の畑で箒で遊んでいたがウィーズリー兄弟とエストはみんな箒で飛ぶのが上手かったし、トンクスもそれと同じくらい飛ぶのが上手かったので、オスカーとクラーナが同じチームになってしまうといつもボコボコに負けていた。
最後の夜には豪華な夕食だったが、ウィーズリー兄弟のまだホグワーツに入学していない子供達はホグワーツ組が行ってしまうのを寂しがった。
翌朝、ウィーズリー家の眼の前には魔法省からレンタルした車が二台止まっていた。キングズリーとウィーズリーおじさんが借りてきてくれたらしい。
「魔法省から君への監視という口実で借りてきたんだ」
キングズリーがオスカーに耳打ちする。
「オスカーの死喰い人設定も役に立つときがありますね」
確かにクラーナの言う通り、今回に関してはオスカーという名目が役に立っている気がオスカーはした。なにせ、ホグワーツ組六人をトランクごと一気にキングズ・クロス駅に運ぶのは容易ではないからだ。
駅への道中は快適だった。魔法省から貸し出された車は見た目以上の容量を持っていて、六人分のトランクは悠々入ったし、他のウィーズリー家のみんなが乗っても車の中は不思議と一杯にならなかった。その上、信号待ちの度に一番前までワープした。
しかし、初めに乗った時刻が遅かったのか、九と四分の三番線に着いた頃にはすでにホグワーツ特急の発車まで二十分を切っていたので、みんなダッシュで特急に乗り込んだ。
「じゃあみんな、規則を破らずに元気で過ごすんですよ」
ウィーズリー家のみんながオスカー達に手を振っていた。オスカー達は開いているコンパートメントを見つけて、ホグワーツ特急が曲がって見えなくなるまで窓から手を振っていた。
コンパートメントは去年よりも騒がしかった。トンクスは夏休み中は禁止されていた七変化を使ってみんなをからかい始めたし、エストは相変わらず百味ビーンズを馬鹿みたいに試しまくっている。オスカーはエストがへんな味とかいうたびに口にスコージファイをかけた。
「そう言えばみんなはクィディッチの選抜試験を受けるの?」
「エストは受けようと思ってるよ?」
「私も!!」
トンクスがエストの顔で同意した。確かにこの三人は夏休みの遊びでも飛ぶのが上手かったので、寮の選抜メンバーに選ばれてもおかしくはないとオスカーは思った。
「私はパスですね、チャーリーやエストはおろか、フレッドとジョージにも勝てる気がしませんでしたからね」
「俺もパスだな、箒とか夏休みと一年生の飛行訓練の時しか乗ったこともないからな」
「あれー? もしかして二人でクィディッチの時間にまたなんかやる気なんじゃないの?」
「なんかって何ですか? もうエストと決闘するわけじゃないですし、これ以上決闘が上手くなっても相手がいないでしょう?」
去年までのクラーナとの戦闘訓練はエストとの決闘が目的だったし、そもそもあれはクラーナからのクリスマスプレゼントという扱いだった。今年は他の寮のみんなとは遊ぶことも少なくなるのだろうかとオスカーは思い、すこし寂しくなった。
「じゃあ宝探ししない?」
「エスト、宝探しってなんだい?」
「ホグワーツにはお宝とか秘密の部屋みたいなのが隠されてるらしいの」
「スリザリンの秘密の部屋のことを言ってるんですか? 歴代の校長やダンブルドアが探しても見つからないものが見つかるとも思えないですけど」
ダンブルドアのすべてを見通すような目や、杖の一振りでルーンスプールを封じてしまうような技量を見せられていたオスカーは、ダンブルドアが見つけられないものをとても見つけられるとは思えなかった。
「うーん秘密の部屋が難しいなら、レイブンクローの失われた髪飾りっていう方かな?」
「それって頭が良くなるっていう、レイブンクローが持ってたっていうやつだよね? ママが言ってたかもしれない」
「これ以上エストの成績が上がったら、先生方は点数の上限を突破させないといけなくなるな」
「もう……、別に成績の為じゃないもん。なんかニックが言ってたんだけどね、ホグワーツを作った人たちのお宝の中でも。その髪飾りとグリフィンドールの剣はホグワーツにあるかもしれないんだって」
「ニックって首なしニック?」
「そうだよ?」
「なんでグリフィンドールの寮霊と仲良くしてるんですか……」
だが、オスカーはもう何百年もホグワーツにいるであろうゴーストの話なら割と信憑性があるのではないかと思った。
ゴーストたちは人生? 霊生? に退屈しているためにホグワーツに流れる噂には敏感なのだ。
「だから、それを探してみようかなって思ってるんだけどどうかな?」
「まあいいんじゃないですか? 見つからないと思いますけど」
「私も賛成。太った修道士にも聞いてみようかな?」
「僕も面白そうだと思うよ」
「オスカーは?」
「ああ、面白そうだし探してみるかな」
「やった!! じゃあ今学期の空いてる時間で探してみようね」
そうエストが言い終わるとそろそろホグワーツに着くというアナウンスが流れた。チャーリーとオスカーは女子陣が着替えるために一時的にコンパートメントから出た。出た際に隣の列車につながるドアに消えていく金髪がオスカーには見えた気がした。
ホグワーツ特急は間もなくホグズミードの駅に着いた。駅は雨こそ降っていなかったが、黒い雲に覆われていた。去年はハグリッドに引率されて湖をボートで渡ったが今年は馬車で行くらしい。
駅の外には百台ほどの馬車が奇妙な黒い、骨がむき出しに見える動物に曳かれて待ち受けていた。オスカーにはその生き物が馬というよりはドラゴンやトカゲといった爬虫類に近い生き物に見えた。翼も生えているが、鳥の翼というよりもコウモリなんかに近く見えるのだ。
「なんかすごい生き物だなこれ」
オスカーは他の四人に話しかけたが、エスト以外は何を言っているのかという目でオスカーを見た。
「ほんとだね? 翼が生えてるからペガサスなのかな?」
エストが物怖じせずにその生き物のうなじを触ると、生き物は気持ちよさそうな顔をした。
「二人共なんのことを言ってるんですか?」
「えっ、もしかしてそこになんかいるの?」
クラーナとトンクスは訳が分からないという顔だったが、チャーリーはまさかという顔をして、エストが手を当てている場所を触りに行った。
「凄い!! これって凄く珍しい生き物だよ!!」
「ほんとにそこになんかいるんですか?」
「ああ、何か馬とドラゴンを組み合わせたみたいなのがいる」
「オスカーとエスト以外には見えないってことなの?」
チャーリーとエストが触っている間、その生き物は嬉しそうにしていたのでオスカーは少なくとも、ルーンスプールよりは友好的な生き物だと思うことにした。
「これは多分、セストラルだよ、死を見た人にしか見えないペガサスの一種なんだ!!」
チャーリーがそう言った瞬間、奇妙な沈黙が流れた気がした。つまり、オスカーとエストが誰かの死を見たことがあるということに他ならなかったからだ。
チャーリーは興奮していたが、いつもこういう雰囲気の際に気にしないエストでさえ、今回は沈黙していた。
「そろそろ乗りませんか? 組み分けとごはんを見逃すわけにはいかないでしょう?」
「そうね、クラーナがおなかをすかせてオスカーが食べられちゃう前に乗りましょうよ」
「どうやって私がオスカーを食べるって言うんですか? 変身術でケーキにでも変えると?」
「それはまあ食べるって言っても色々あるしね」
二人が気を利かせて乗り込むように促した。チャーリーはまだ興奮しているようだったが、オスカーとエストは馬車に乗っている間、しばらく無言だった。
「今年の闇の魔術に対する防衛術の先生は誰なんでしょうね?」
「確かに、ポドモア先生いなくなっちゃたしね」
「闇の魔術に対する防衛術は毎年、先生が辞めちゃうらしいよ」
去年のポドモア先生にはオスカーは世話になったので、他の先生になってしまうというのは少し寂しかった。一番かわいがられていたエストも同様だろうとオスカーは思った。
「なんで一年で辞めちゃうのかな? 呪いがかかっているとかなのかな?」
「職種に対する呪いとかかけれるのか? かけれたとしてもダンブルドアが解けない呪いがあるとあんまり思えないけどな」
「そうですね、偶然が続いているのか、相当ヤバイ呪いがかかっているのかどっちかでしょうか?」
「私は単に偶然だと思うけどな~」
そんな談義をしている間に二人の沈黙は破られ、馬車もホグワーツの正面玄関前にたどり着いていた。
玄関ホームを抜けて、両開きの大扉を抜ければ新学期の宴が行われる大広間が見えてくる。空を模した天井は空の通りに真っ黒だったが、かえって燭台の炎やゴーストの真珠色の輝きが映えて見えた。
四つの寮があるテーブルに座りに行こうとみんなが分かれようとした瞬間、トンクスが立ち止まった。
「ちょっとトンクス。そんなとこで立ち止まらないでくださいよ、邪魔です」
「ママがいる」
「は? 何言っているんですか?」
「あそこにママが座ってるんだけど」
そう言ってトンクスは教員が座る席を指で差した。そこには見知っているスネイプ先生、スプラウト先生、マクゴナガル先生といった先生方に交じって、柔らかそうな栗色の髪をした女の人が座っていた。その人はオスカー達の方を見ると一瞬、ウィンクした。
「なるほど、新しい闇の魔術に対する防衛術の先生っていうことですか」
「ええ~‼‼ 私何にも聞かしてもらってなかったんだけど‼‼ パパもなんも言わなかったし」
「トンクスの両親らしいですね」
「クラーナどういう意味よ、それ‼」
「そのままの意味ですけど」
確かに、その女の人を見るとトンクスの面影がある気がした。少しトンクスよりも高慢というか気高くしたというかそういう印象が先に出るような顔だったが、眼は優しそうだった。
「面白くなりそうだね? オスカー?」
「まあトンクスの母親っていうくらいだからな」
「だからどういう意味よ、それ‼」
しかし、あんまり各テーブルへの導線の上で立ち止まっているわけにはいかないので、オスカー達はそれぞれのテーブルに分かれた。
スリザリンのテーブルではエストは挨拶されていたが、相変わらずオスカーのことは無視された。
「あっ、男爵が座ってるあそこに座らない?」
「なんでもいいけど」
エストは血みどろ男爵が鎮座している席を示した。スリザリンでも血みどろ男爵にひるまないのはエストくらいなものだとオスカーは思った。
「男爵、久しぶりなの」
「おお、これは姫、ご機嫌麗しく」
男爵はそう言って血まみれな服をはためかして一礼した。オスカーは少しだけペンスを思い出した。しかし、この男爵のエストに対する特別扱いはなんなのだろう? オスカーは去年度の組み分けが終わって以来から疑問だった。
「ねえ、男爵は失われた髪飾りって知ってる?」
その瞬間、オスカーには男爵のただでさえ血の気の無い(ゴーストに血があるのかはわからないが)顔がさらに真っ青になったと思った。そうとうな衝撃を受けているようにオスカーには思えた。
「ほんとはロウェナ・レイブンクローの持ち物らしいんだけど、ニックがホグワーツにあるかもしれないんだって言ってたの? 何かしらない?」
「姫はそれを探すべきではない、断じて」
そう言って、男爵は消えてしまった。オスカーは明らかに何かおかしいと思った。いつもの男爵ならエストとだけは長い間笑顔で喋るし、エストが城の中を移動するときにピーブズが何かしようものなら、ボコボコにピーブズを打ちのめすくらいに好かれているのだ。その男爵が消えてしまった。
オスカーは少しだけ、失われた髪飾りについて胸騒ぎがした。
「変な男爵なの、なんでエストは探しちゃダメなんだろう? ね、オスカーもおかしいと思うよね?」
「なんか、いつもの男爵じゃなかったな」
「うーんなんだろう? あっ、組み分け始まるみたいだね」
大広間の中央に組み分け帽子が置かれて、今まさに組み分けが始まろうとしていた。
組み分け帽子が去年とは違う歌を歌って、組み分けが始まった。マクゴナガル先生が新入生を順番に呼び始める。
段々と一年生の列は少なくなってきた。オスカーは一年生の列の中に見覚えのある金髪を見つけた。マクゴナガル先生が名前を読みあげる……
「マッキノン・レア」
間違いなく、ダイアゴン横丁でハグリッドに連れられていた女の子だった。
「オスカー、あの子なの」
「マッキノンだな」
レアはびくびくした足取りで前へでて、組み分け帽子を被った。少しの沈黙の中、帽子のつば近くの裂け目が動き、叫んだ。
「レイブンクロー!」
レアはまだびくびくした足取りで拍手で迎えられながらレイブンクローのテーブルへ座った。
「あの子、レイブンクローなんだね? クラーナと喧嘩してたからグリフィンドールかと思ったの」
「なんでクラーナと喧嘩するとグリフィンドールなんだ?」
「だって、なんだかんだいって去年クラーナはグリフィンドールの生徒ばっかりと喧嘩してたの」
「確かにそう言われればそうかもしれない」
オスカーはファッジ先輩の魂を抜かれた顔を思い浮かべた。確かにクラーナは他の寮ではなく自分の寮の先輩をおちょくっていた。
組み分けはつつがなく終わり、去年のエストのように何十分も待たされるような生徒はいなかった。
夕食が始まり、オスカーとエストはおなかを満たしたが、その間に男爵が戻ってくることはなかった。
「さて、すばらしいディナーを、みながそのお腹に収めているところで、学年度始めのいつものお知らせを始めよう」
ダンブルドアが話を始めた。ざわざわしていたテーブルは一瞬で静かになった。禁じられた森への立ち入り禁止やフィルチのバカバカしい規則が伝えられる。
「さて、今年は一人の先生を迎え入れることになった。なんとも闇の魔術に対する防衛術の先生を探すのは毎年難しくなっておるので、非常にありがたいことじゃ。では、アンドロメダ・トンクス先生、闇の魔術に対する防衛術の新しい先生じゃ」
そう言って、トンクス先生が立ち上がって一礼すると大広間は拍手で満たされた。みんな美人の先生がくるのは嬉しいらしい。
ハッフルパフのテーブルを見るとトンクスが質問攻めにあっている。
その後、ダンブルドアがホグワーツの校歌を指揮して、学生は寮へ向かうように促した。
「今年もよろしくね? オスカー」
「ああ」
オスカーはエストの顔を見て、今年も楽しい一年だといいなと思った。
※失われた髪飾り
失われたダイアデム、レイブンクロー髪飾りとして知られる。
ホグワーツ創始者の一人、ロウェナ・レイブンクローの持ち物。
かぶっている人間の知恵を増幅する効果があると言われている。
※アンドロメダ・トンクス
旧名、アンドロメダ・ブラック。ニンファドーラ・トンクスの母親。
テッド・トンクスの妻、ナルシッサ・マルフォイ、ベラトリックス・レストレンジの姉妹。
シリウス・ブラックのいとこにあたる。