ホグワーツでの生活が再び始まった。
去年のようにグリフィンドールの生徒に襲撃されるようなことこそなかったが、やはりドロホフの名前が効いているのか、いつもの四人以外にオスカーと付き合おうというものはいない。
先生方はそのような態度を示す先生こそいなかったのがオスカーにとっては救いではあったものの、そもそも授業ではエストが嫌でも目立つので、オスカーが触れられるようなことはほとんどなかった。
去年から先生が変わったのは闇の魔術に対する防衛術だけだった。去年の先生はグリフィンドール出身にも関わらず、エストをえこひいきした疑惑があったので、今年の先生はスリザリン出身だったから、さらにえこひいきして点数を与えるのではないかとの噂が広まり始めていた。
しかし、そんな噂は闇の魔術に対する防衛術の授業が実際に始まると霧散していった。
「とりあえず、自己紹介しておくわね、私はアンドロメダ・トンクス。今年一年の間、闇の魔術に対する防衛術の先生をすることになったわ、あとまだ座らなくていいわ、後ろに整列しててくれる?」
トンクスに似た魔女が自己紹介をする。やっぱり、どこかトンクスよりもきつそうな印象を受けるとオスカーは思った。オスカー達スリザリンの生徒はトンクス先生の言う通り、席から立って後ろに並んだ。
「魔法省の指導要領では、三年生では比較的大人しい闇の生物に関して実践的に学び、四年生では反対呪文、逆呪いについて学ぶことになっているの」
トンクス先生が杖を振ると、レッドキャップや河童と言った怪物たちの絵や、呪文をかけようとしている魔法使いに対して、これまた呪文をかけている魔女の絵が出てきた。
「だから二年生では闇の生物がどんな存在なのかとか、反対呪文はどうやって開発されたのか、そういう知識を蓄えることになっているわ」
また先生が杖を振ると絵は消えて、さっきオスカー達が座っていた椅子は綺麗に整頓され、教室の端に積み上げられた。
「けど、最初に闇の呪いがどういうものなのか見てみたいと思うわよね? 知識を学ぶにしても、見たことがあるものを学ぶのとそうでないのでは大きな違いになるわ」
また先生が杖を振る。今度は必要の部屋で見たような青い泡がオスカー達を優しく包んだ。
「本当はね、六年生にならないとそう言った呪いは見せちゃいけないことになってるの、だから今からやることは内緒よ」
そう言ってトンクス先生はオスカー達にウィンクした後、今度は真剣な顔で杖を振った。
その瞬間、とんでもない熱量がオスカー達を襲った。赤と紫に近い色の炎が教室の中に現れたのだ。青い泡の保護呪文に守られているはずの生徒達にその熱が伝わってくる。
炎は様々な姿を取りながら、教室の中を荒れ狂った。巨大な蛇、山羊、悪魔、髑髏、おおよそ人が醜悪や邪悪だとおもうようなモノの姿を取り、暴れまわったのだ。
オスカーはその炎に魅入られた。
しばらく、炎が荒れ狂いやがて落ち着くと無事な姿のトンクス先生が現れた。
生徒たちは拍手喝采でトンクス先生を迎えた。
「オスカー? ねえ、オスカー? 大丈夫? しっかりして」
その炎を憑りつかれたように見つめていたオスカーはエストの声で自分を取り戻した。
「ああ、大丈夫、大丈夫だ」
「ほんとに大丈夫? 顔色がドクシーに刺されたみたいだよ?」
オスカーはドクシー妖精に刺されたことがなかったのでその顔色がどの程度悪いのかわからなかったが、相当悪いことは伝わった。
「大丈夫だ。ちょっと暑かっただけだ」
「ほんとに?」
「ああ」
エストはまだ心配そうにオスカーの顔をのぞき込んでいた。
トンクス先生が杖を振って、机と椅子を元に戻し、オスカー達に座るよう促した。
「さて、拍手をありがとう。じゃあそこのドロホフ君、今の術はなんなのか分かる?」
オスカーはエストと話していたのが目立っていたのか、当てられてしまった。
「ぁく霊の火…… 悪霊の火です」
奇しくも、オスカーはさっき見た炎のことを知っていた。闇の魔術の中でも最も破壊的な魔術の一つ、悪霊の火だ。
「正解よ、スリザリンに五点あげるわ。そう、さっき見せた炎こそが、闇の魔術の中でも最も破壊的で破滅的な魔術の一つ。悪霊の火よ」
またトンクス先生が杖を振ると巨大な蛇の姿を取った炎がマグルや魔法使いと思わしき人々やゴブリン、巨人、オオカミ人間といった生物を追い回している絵が浮かび上がった。
「あの炎は基本的にあらゆる魔法的な法則を破壊して、魔法使いやその他の生き物、闇の生き物、魔法具等を破壊するのよ、多くの魔法使いはあの炎を操ることができずにその代償を自らの体で支払ったわ」
絵が動いて、炎の蛇の後ろに立って笑っていた魔法使いを飲み込んだ。
「じゃあ、これから学んでいくものについても分かったことだし、教科書を出して、ちゃんとした授業に戻りましょう。貴方たちもあの炎に呑まれたくはないでしょう?」
そう言って笑ったアンドロメダ・トンクスはニンファドーラ・トンクスが悪戯をした時の笑い顔と本当にそっくりだったとオスカーは思った。
その後の授業は普通に進んだ。先生がとんでもない闇の魔法を使うこともなかったし、反対呪文の開発法だとか、闇の魔法生物の分類の歴史だとかを学んでいった。
だが、その授業の間中、オスカーは自分の顔色が戻ってないことを自覚していた。エストは授業の間ずっとオスカーの方を心配そうにのぞき込んだ。
「じゃあ、今日の授業はここまでね、来週までに攻撃呪文の系統について羊皮紙一枚にまとめてくること、解散‼‼」
授業が終わるとエストはすぐにオスカーを医務室に連れて行こうとした。
「マダム・ポンフリーに見て貰った方がいいの」
「大丈夫だって、エストはクィディッチの選抜があるだろ? 早く行った方がいい」
そう言って、オスカーはエストをクィディッチの競技場へ連れて行こうとした。しかし、エストは頑として動かない。
「マダム・ポンフリーのとこに行くって言うまでクィディッチの選抜にはいかないの」
そう言って仁王立ちになるエストにオスカーは困り果ててしまった。
「おやおや、また決闘でもするんですか? お二人さん」
後ろからクラーナが現れた、出てきた教室から見て妖精の魔法の授業が終わったところなのだろう。チャーリーも教室からでてきた。
「二人共こんなとこで何してるんだい? 今日はスリザリンのクィディッチの選抜じゃなかったの?」
「なんでグリフィンドールのチャーリーが日程を知ってるのか分かんないけど、オスカーが顔色が悪いのに医務室に行かないって言うの」
「だからちょっと暑かっただけだって」
「暑かっただけじゃあんな顔色にならないの、アズカバンから出てきた後みたいな顔色だったもん」
クラーナとチャーリーに説明すると、エストは腕を組んでオスカーを睨みつけ、クラーナとチャーリーはオスカーの顔をのぞき込んだ。
「確かにまだ百味ビーンズの外れを引いたみたいな顔をしてるよ、オスカー」
「分かりました。このあほのオスカーは私たちがマダム・ポンフリーに引き渡しますから、エストはクィディッチの選抜に行ったらどうですか?」
「むぅ…… 絶対にオスカーを医務室に連れてってね?」
クラーナとエストがやり取りして、やっとエストはオスカーを開放してクィディッチの選抜に向かった。
「で? 何があってそのヌルメンガードに幽閉された顔になったんですか? 叫びの屋敷の幽霊にでも取り憑かれました?」
「別に授業中に気分が悪くなっただけだ。だいたい叫びの屋敷の幽霊とかもういなくなって久しいんだろ?」
「それがそうでもないらしいよ、最近なんかまた音が聞こえるらしいって噂らしいんだ」
「ゴーストもよく引越しをするんだな」
そうやり取りするとクラーナは大きくため息をついた。
「なるほど、エストにも私にもマダム・ポンフリーにも喋りたくないってことですね」
「だから暑くなっただけだって」
「それじゃすまない顔をしてたから、エストも私もチャーリーも貴方を捕まえてるんですけど」
「そうだよオスカー、普通に医務室に行った方がいいと思うけどな、マダム・ポンフリーはああ見えて口が堅いからね」
オスカーの脳裏にマダム・ポンフリーが浮かぶ。去年度にグリフィンドールの生徒に追い回されてけがをした際に何度も世話になったが、確かにマダム・ポンフリーはいちいちその理由を聞いたりはしなかった。
しかし、マダム・ポンフリーは生徒達のそういった事情をダンブルドア先生にだけは伝えているのではないかとオスカーは思った。
「あら? 貴方達、ニンファドーラのお友達よね?」
先ほどオスカー達が授業をしていた教室からトンクス先生が出てきた。オスカーの顔を強引にのぞき込んでくる。
「ドロホフ君よくみたらなんか顔色が悪いわよ? 三人ともちょっといらっしゃい」
そういってトンクス先生は三人を強引に先生の居室へと連れて行った。
トンクス先生の居室はキッチリと整理整頓されていて、まさに品と由緒のある魔法使いの部屋という感じだった。
オスカーはこういうところはトンクスには遺伝しなかったのだなと思った。
「ほら、これを食べなさい」
そういってトンクス先生はオスカー達にチョコレートを手渡した。
「そのチョコレートを食べればだいたいの場合は顔色は良くなるわ」
チョコレートを食べると何やら体の中が熱くなった気がした。
「ほんとは吸魂鬼とかレシフォールド用なんだけどね、ほら少しはましになったわ」
オスカーの顔をのぞき込んでトンクス先生はそう言った。
「ここなら他の生徒もいないし、好きに喋れるわ。オスカー君、クラーナちゃん、チャーリー君よね? ニンファドーラが去年はよくふくろう便で貴方達の話をしてくれてたわ」
トンクス先生が杖を振ると今度はティーカップが先生と三人の眼の前に現れる。中には熱い紅茶が並々と注がれている。
先生は落ち着きある動作でそれを飲んだ。オスカー達も先生に習って紅茶を飲もうとした。
「それで? オスカー君はエストちゃんとクラーナちゃんのどっち派なの? ニンファドーラからのふくろう便は四分の三くらいその内容なのだけれど」
クラーナが紅茶をむせ込んだ。チャーリーは隣でそれを見て笑っている。
「授業中はエストちゃんとべったりなのに、授業が終わったとたんにクラーナちゃんと一緒にいるとはやるわね、そもそもスリザリンのオスカー君がグリフィンドールの生徒と仲良くしてるのも凄いわ」
トンクス先生は本当に感心しているという感じだった。
「やっぱり、トンクスはそればっかりなんですね、そんな事実はないですから‼‼」
「あらそうなの? グリフィンドールとスリザリンのカップルってロマンチックで先生はいいと思うんだけどね、私もマグル生まれの主人と駆け落ちした口だから応援するわよ」
そういって顔を赤くしたクラーナを笑うトンクス先生は本当にトンクスにそっくりだとオスカーは思う。さっき紅茶を飲んでいた人とは別人のようだ。
「オスカー、髪飾りのことを先生に聞いてみたらいいんじゃないかな?」
「確かにそうだな」
「あら? 髪飾り?」
「そうです、レイブンクローの失われた髪飾りをいま私たちは探してるんです」
クラーナは話題を変えたいのか、早口でまくし立てた。
「あれはおとぎ話よ? 貴方達も知っているでしょう?」
「でも、おとぎ話っていうのは大概なにかの事実に基づいてできるものじゃないんですか?」
クラーナがまた早口でそう言うと、トンクス先生はまた笑う。
「いいこと? クラーナちゃん。失われた髪飾りっていうのは失われたという部分が重要なのよ」
「失われた…… ですか?」
「そう遥か昔、四人の創始者がまだいたころにね」
「つまり、どこにあるのか知っている人はいないってことですか?」
そうオスカーが言うとトンクス先生は、チッチっと指を振った。
「そうね、今生きている人に聞いても千年前のことなんて分かるわけないでしょう? だって髪飾りが失われた時の記憶を持つ人はいないのだから」
そのトンクス先生の言葉を聞いて三人はハッとなった。最初に、髪飾りの話をエストは誰から聞いたと言っていたのか? トンクスはあの時だれに聞いてみようと言っていたのか?
「ゴーストに聞けばいいっておっしゃっているんですか?」
「少なくとも数十年しか生きていない私に聞いても仕方ないし、ゴーストたちの方が私たちよりも生きた記憶を持ってるんじゃないかしら?」
三人はそれを聞いて顔を見合わした。ゴーストならば千年前の記憶を持つ人すらいるかもしれないのだ。ゴーストの記憶が生きているかどうかは別として、失われた時の記憶が分かれば髪飾りがホグワーツにあるかどうかも分かるかもしれない。
「それにいいことを教えてあげるわ、ゴーストにはね、その人が死んだ日、絶命日を祝うっていう習慣があるのよ」
「絶命日? ですか?」
「そうよね、死んだ日を祝うなんて私たちにはなじみがないことだけどね、ホグワーツのゴーストの絶命日なら、それは多くのゴーストが集まるでしょうね」
話を聞くゴーストが多ければ多いほど髪飾りのことを聞けるかもしれないし、もしかしたら千年前からいるゴーストすらいるかもしれないとオスカーは思った。
※悪霊の火
闇の魔術の一つ。あらゆる物体を焼き尽くす火。
作中ではゴイルが必要の部屋で使用。
映画版ではヴォルデモートが魔法省の戦いで使用。